桜樹木に抉られた刀傷
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「小鈴、あんた‥そんな安っぽい簪、いつまで髪に刺しとるん‥?あんたの綺麗な髪が勿体無いわぁ‥」
此処は、自尊心と誇りを兼ね備え情景にも雰囲気にも麗を劣る事無かず、然し、美しく凛と‥故に妖艶に舞う夜蝶が声明を掲げる花街。
厭に号泣する今宵の空にも決して邪魔される事も啼く、寧ろ雨音冴えも誘い虜んで味方に取り込んで仕舞えば、世の男の性と共に無条件で跪けさせて終う鱗粉が蜃気楼の如く魔歌の酔ーー
其んな宵中、僅かながら年を召した熟女と、食べ頃見頃である美しい女のやり取りが、其の街の在る一角の屋敷からポツリポツリと聴こえてきたのであった。
「着物は上等なもんなのになあ‥?其れに、あんたには、こっちの豪華な簪の方が‥」
熟女‥元い此の店の女将は、口を吐きつつ何故其処まで其の簪に拘るのかと不思議そうな表情を浮かべては、その手に此の店自慢の簪を持ち麗しく丁寧に翳しながら、目の前のある一輪の華‥小鈴に問い掛けて見せた。
豪を司り妓の命で在る髪に咲かせるであろう華は、シャンデリアが靡かせる乙女【オト】だと想わせる様に、女将の両手の掌の飢で、魅惑をする手段はまだかと出番を待つ。
確かに、此の世界で生きてきて目が肥え光る女将の立場から言えば御世辞にも良いとは言えず、目の前のプルプルとした愛くるしい小鈴の髪に咲く簪は豪華とは程遠く、まあ‥下町の店舗で普段売られている簪の部類でなら良くした方なのだが、何せ此処は花街な訳であり、小鈴が纏う着物と比較して仕舞えば到底、今、彼女の髪に咲いている簪はどうしても不釣り合いであった。
花街に居る小鈴が、其んな街でも買える様な簪を女将が心配に問いかける程、己の武器の一つである髪にわざわざ咲かせて要るのには、何か深い理由が在るのであろうか?
女将の的確な言葉に対して、小さな鈴が凛‥と鳴く様に、プルプルと可愛く華奢な彼女がゆっくりと振り返れば、おそらく彼女は此の事柄は女将以外の人物からも言われ慣れているのであろう‥その可愛いらしい顔を緩ませ一つ微笑むと「いいえ、うちは此の簪がいいんどす。うちの大切な大切な宝物どすから‥」と頬を染めながら、しかし決して折れる事の無い決意を含めた感情を含めながら、言葉をハッキリと返したのであった。
(これだけは‥このうちの想いだけは、誰にも何にも譲らない。)
くりっとした小鈴の瞳が紅色に染まる頬と同時に目伏せると、小鈴の髪で咲く華は、此の贈り主とは真逆に無情にもキラキラ‥と綺麗に輝いては、シャンデリアの中枢に銃口を向けた。
(愛し続けます‥あの御方だけを‥)
己を武器にして此の世界を生き抜く舞妓の度胸と意地は、その変にいる男よりも深くて強いのかも知れない。
【簪の花占い、生涯を誓う花弁の演舞】
ーーー
「‥っ、土方さん!なまえちゃん見つかったぜ!」
宵の雨に撃たれて見事にずぶ濡れに為り、急いで駆けて来た証拠の吐息と全身に雨を含んだ水音を奏で勢いよく屯所に帰った永倉は、己の事より先にと背に背負っていたなまえを屯所で待機していた土方や残りの者らに託せば、気を失っているから早めに温めてやってくれ、と、彼の保護を頼んだ。
「‥っ!?なまえさん‥大変‥!お湯と布と着替えと‥私、準備してきます!」
気を失っているなまえの姿を見た瞬間、大きな瞳に涙を浮かばせながらバタバタと急いで廊下を駆ける彼女も、なまえに親愛を捧げて折り‥全く、此のなまえって男は女性関連に対して憎い。
「永倉‥ご苦労だった‥!
とりあえず詳しい話は後だ、おめェは風呂に入って身体あっためてこい。風邪なんざひかれちゃァ‥敵わねェからよ。」
土方が永倉に御礼を言い体調管理を促すと、永倉は苦笑いを落とし「‥ははっ、あんたにこそ俺は敵わないっつーの。‥言葉に甘えて風呂頂くぜ‥なまえちゃんの事、頼んだ‥」と少し俯きながら土方に背を向け足を進ませながら言葉を放つと、視線は最後まで交わる事は無く土方との距離が拡がって行方、其の大きな背に視線で縋らせれば、土方は、己の形の良い唇をキリキリ‥と、噛んではやり場の無い想いを唯、ぶつけるのであった。
ーー‥‥
『‥本気、なんだな?』
なまえの後から追い付いて合流するから、との言葉を皆が信じていた先程の刻ーー
永倉と原田は話があると近藤と土方を呼べば、其の心に前から抱いて居た芯を曝け出し決意を固めては報告をし、新選組が掲げる【誠】の桜樹の枝分かれを自ら心願しながら、カッターの刃をキリキリ‥と挿頭躍し大和魂を燈した。
『こんな事、本気じゃなきゃ言わねぇ‥。結論を出すのに何日で決めた?なんて、そんな悲しい事は聞かねぇでくれよな。』
原田は、拳をギリッ‥と握り締めコツン‥と畳に落としながら眉間に皺を寄らせて低音な声を放ち、深々と頭を下げ計り知れない様々な情を詰め込んだ挨拶をすれば、その漢の情景を殴り付けられた様な感覚に陥った土方の胸には、ググッ‥と何とも表現出来ない何かが、容赦無く襲い掛かって来たのであった。
其んな土方を他所目に、近藤は静かに頷き『‥わかった。』の一言のみ放つと、癪に触ったのであろう永倉は、ギッ‥!とした視線に豹変させ其の場から勢い良くガタンと動く。
『‥っ、あんた‥!!』
足の側にあった湯呑みは無論、足に触れて傾き、ゴト‥と中身の緑茶を畳に染み込ませれば、彼らとの関係を映し出しているかの様な絵図を本書きし、互いに負った沁みと溝を、不覚、不快、屯所の用紙へと造って絞まった。
『‥っとは‥ほんとはなまえちゃんの首根っこ掴んで連れて行きてぇけど‥!!だけどなまえちゃんは、あんたの為にって‥今迄も、此れからも刀振るって生きていくんだぜ‥!?もっと、もっと‥しっかりしろよ!!大将さんよぉっ‥!!』
永倉は自身の特性である熱い感情で叫んでは遂に近藤の胸倉を掴むのだが、然し近藤は眉一つ動かす事無く表情を変えない儘、永倉の鋭い瞳を黙って無言で覗くだけであった。
『頭、冷やせって‥!』
急いで制止に入った原田と土方は、頭に血を昇らせている永倉を落ち着かせてやれば、次に土方は、無言を貫き通す近藤を庇う様に背に隠し、肩で呼吸をする永倉に、なまえの事は任せろ、と己の紫を鋭く輝かせ放つと、永倉は到底、土方になまえの件を言われ口を出されて仕舞うと、此の鬼副長には敵わないと諦め、歯を食い縛り黙るしか永倉には術は無く、無条件降伏をし両手を翳した。
『っ‥俺が最後に、あんたに頼みたいのは‥なまえちゃんの事だけだ‥!‥世話になったな‥』
欲を言えば、酒と妖が欲しい。
簡単に奪え泣い殻、酔い誤魔化す嶽、
所詮、人情(にんじょう)は脆く守く、裏切りの最後は刃傷(にんじょう)
無情にも薔薇の花弁と供に散るのならば、情に施されて何度泣く?
【無菌を臨む灰闇、屑の雷炎】
「くあーっ!なまえちゃん可愛いっ!もっと俺の頬つねってぇーん♪」
「なまえ、晩酌に付き合ってくんねぇか?美味い酒には、良いオンナ、ってな、姫?」
「‥あー!もー!新八っつあんも左之さんも、なまえ独占すんなって!‥へへっ、オレだって今日、なまえに頭撫でてもらいたい!」
‥さすが、三馬鹿トリオ。
やっぱり、おめーらには‥
ーーねぇ、俺は必要?
ゆらゆらゆらと揺れる揺籠だと思えば、吐き捨てたチューインガムが双眼に絡み付いて施錠する。
(嗚呼、どうすればいい?)
存在しない神に十字を錐、埃の床で閉塞を毟り楔を喉に罪めば、火傷する様に刻まれる其の状に反吐が出る。
「‥っ‥!?」
なまえの紅月は、寝苦しさから逃れたいと勢い欲、ガッ、と紅と金の双方を輝かせると、上半身を起こし酸素を求め手を伸ばし覚めても、やはり息苦しい現実へと口惜しく誘われれば、仕方なく目醒めを迎得ざる得なかった。
ハァ‥ハァ‥と乱れた呼吸と大量の汗を流す自身に血液を循環させ、まず第一に思考した状況は、何故今現在、己は己の部屋に居るのだと未だ覚醒しない頭を抱えながら「ん‥?」と呟きくしゃっと前髪を掻きあげた事柄であった。
さすがの妖でも動揺が生じるか?
(‥俺は、外にいたのに、)
ズキズキと靄が架かる記憶、耳に残る嫌な雨音の大きな泣き声を反響させ、ゆっくりと頭の中を整理しようと思った瞬間、其の場に居併せていた原田と永倉が安堵の表情と声を掛け、なまえに思い切りガバッと抱き付いた。
「‥っ‥!なまえっ‥!」
彼等がなまえに声を掛ける事に対し数秒の間隔が生じたのは、恐らくなまえの急な目醒めにより、流石の彼らも少々驚いたのかもしれない。
「体調はどうだ?‥何処か痛むか?」
「‥おう、へーき。‥だけど俺、外に居た、」
ずぶ濡れに成った筈の西洋の服を現在は身に纏っておらず、寝間着姿の自分に思わず安心感を覚えた直後、 左腕の包帯が新品に卸され変えられ丁寧に撒き施されている事にも気付き、なまえの左胸はズキッと痛覚を鳴らしては、泡立つ頭の中で必死に言い訳を探した。
「あのよ‥着替えとかやってくれたの、‥左之?新八?」
包帯を施した者が、此の腕の火傷は先程の戦で負った怪我だと素直に想定し、思ってくれれば幸いなのだが、しかし変に勘繰られて周りの人間大勢に言い振らされでもしたら、やはりなまえにとって事柄的にたまったもんでは無い。
なまえは、己の着替えの世話や包帯の巻き直しを誰が行ってくれたかを当たり障り無く二人に問うと、なんだ、そんな事かとでも言うような素振りで軽く「土方さんだ。」と二人から返れば、なまえは後々の想像する未来に苦笑いを落とし、己の秘密を暴いた極僅かな人物だと知った少しの安堵と、後に待つ対鬼副長からの理由を問い質される事情聴取という仮の名の【拷問】の対策を練る為の準備を同時に行う。
「でも‥すげえ汗かいて‥ごめんな、なまえちゃん‥。俺がもっと早めになまえちゃんを見つけてやればよかったのにな?」
ある意味も含め(土方からの事情聴取の件)汗だくのなまえの身体に、清潔な布をスッ‥と充ててやりながら永倉が謝り静かに放つ中、やはり結論として己の考える無謀な対土方対策を練るのは力量が足りず、あの鬼には到底勝てないと見込み直様諦めたなまえは、永倉の言葉に静かに耳を傾けたと思えば「‥喉渇いた、」と呟き、枕元に用意してあった氷水に口をつけ飲み干せば、生命を燃やすのに水は不可欠と素直に証明させた。
「‥んっ、いきかえるー、」
冷たい水をごくっと飲む姿や、二人からは特に熱も怪我も見当たらず、そして徐々にいつものなまえの様子に見えて仕舞えば、つい安心したのであろうか、己もついいつもの調子に戻った永倉は、ぐすんぐすん、となまえを抱き締めたのだった。
「なまえちゃん‥よしよし」
永倉は、腕の中のなまえの頭や背中を丁寧に撫でてやるのだが、いつもなら抵抗するなまえも黙って身体を預け、寧ろ、何かを思ったのだろうか‥自分から永倉の頭をぽんっ、と掴んでは一向に離そうとしなかった。
「‥ったく、新八、良い加減にしねぇとなまえが嫌がって‥あれ?」
「‥いやいや、それがよ?左之のニーサン。なまえ様の御様子がおかしいっす‥頭っから抱き締められちゃって幸せだけど怖い‥ぐふっ」
永倉が言葉を放った後、更に抱き締める力を込めたなまえに、さすがの永倉も息苦しくなり「なまえちゃ‥なまえ様~‥?如何為さいましたか?」と、普段とは異なるなまえの行為に、恐る恐る問いかけてはみるが‥やはりしかし嬉しいのであろう、顔は自然とニマニマしつつ鼻の下をデレっと伸ばして仕舞い、永倉らしい一面を見せた。
「なまえ‥?どうした?」
「‥飴は好き、雨は嫌い、」
何かなまえの異変を覚った原田が彼に問い掛ければ、案の定、哀しそうな表情をするなまえは、誰かの涙だべ、と意味深な言葉を続けると更に永倉をギュッと強く抱きしめ、離すもんかと震えている様に、繊細で硝子細工の様な錯覚冴えも覚えるザマであり、原田はツキン、と胸を傷ませた。
しかし、直様、表情を基に戻した原田は、優しくなまえの頭を撫でてやりながら「‥ったく、さすがなまえだな。昔から変なとこで鋭いんだからよ‥」と含み笑いを落とすと、ゆっくりと固い絆で結ばれて要る漢だけの時間を紡ぎ、ぽつりぽつりと言霊を産ませて遊け、逃れぬ事実を放ってゆけば、永倉もハッとした表情になり、拳をギリッ‥と含み握った。
「やらなきゃなんねぇ事がある。
‥俺達は、漢、だからよ。‥なあ、そうだろ?」
原田の真剣な黄色の槍は、鋭く勇ましく永倉となまえに言葉を馳せて突き刺さり、まあ‥彼らも伊達に白米と味噌汁の関係では無いので在ろう、言葉少なくとも重要なパズルのピースがカチリ、と嫌でも綺麗に当て嵌り‥完成は然程遠く亡く、未完成は誤魔化しは許される事泣く。
「‥っ、離隊すんのか、」
総てを察し理解したなまえの濁る紅月は、不安や哀しみの色をも含みながらユラユラと涙水面に揺れるのを、これ以上、どうしても眺めて居られなかった永倉は、己の心情を堪える事が出来なくなり「なまえちゃんも‥俺らと供に‥っ!」と叫ぶ様に言葉を放つ。
「‥っ‥!?」
ついて来ないか?と永倉が言い終える前に、原田は永倉の口に己の掌をバチン!と充て、其の解答は間違えていると拒否し無理矢理と言葉を遮れば、永倉もハッと我に返り黙っては瞳を哀しげに揺らした。
永倉の選択は、戦いに身を置く己らには決して許され無いと知っているので在ろう‥遮った其の原田の手が僅かにブルブル‥と悔し気に震えている様子を見れば、推測では有るが、心底は永倉と同じ気持ちなのかも知れないーー‥。
「‥互いに異なる枝を選んで張っても、最期に供に咲かす桜樹木は一緒だと思うぜ?ーー俺ら四人の絆は何よりも深いさ。」
原田の綺麗な唇から花弁がヒラヒラと零れ落ちるのを眺めていれば、なまえと永倉の志の芯にはじわっと友情が染み込んでは納得せざる得なく、無条件降伏で白旗を掲げた。
「‥降参、はなまる、」
信憑性を兼ね備える彼の言葉に幾ら助けられて来たのだろう?
溢れ出す三人の漢の涙は、洟水と一緒に暖かい太陽を呼び戻し、とびきりの笑顔を浴びる事と成った。
冷たい雨とは異なるなまえの理論を毟り剥がせば、決して解ける事の無い絆と成り、彩度、育まれ永遠に誓う背中合わせ。
慶応四年 三月
新選組は其の後、江戸に戻り、現在の屯所である旗本屋敷へと身を置く。
初めての負け戦を経験した近藤の落胆は、皆の想像を遥かに超えるものであり、屯所に戻って来てからも、疲れた溜息を引っ切り無しに零す様に成るーー‥
幕軍の総大将たる慶喜公は朝廷からの追討令を受け、上野の寛永寺にて謹慎して仕舞い、朝廷も、薩摩や長州の重鎮たちの手で動かされる様に成り、いよいよ佐幕側の劣勢が確実に成り始めた。
「なまえさん、体調はいかがですか?」
あれから数日後、なまえの体調も調子に戻ってきた中、永倉と原田の離隊が正式に成立し其の日に出て行く事と成り、先程、なまえと斎藤は改めて、別々の道を歩く二人と挨拶を終えたばかりであった。
「‥お嬢、」
未だ其の事を知らない千鶴がなまえに体調の具合を問えば、なまえは微笑む様に「‥心配かけた、」と一言放ち千鶴の頭をぽんっ、と撫でると「‥土方さんにさ、あったけー茶でも持って行ってやってくんねーかな‥?」と続け、千鶴の前から其の儘ゆっくりと立ち去って仕舞った。
(なまえさん‥?)
いつもと異なる雰囲気のなまえを不思議に思いながら、言われた通り土方に茶を持って行けば、やっと其処で千鶴は永倉と原田の事柄を知る事に成り、千鶴は、直接、二人から挨拶を受ける。
「俺達と近藤さんじゃ、目指しているものが全然違う。
‥でもよ、なまえちゃんや土方さんが抱いてる感情は、きっと俺達とムカつく位、似てるものだと思うんだ‥。奴らの事、宜しくな?」
そのうち、俺が薩長の奴らを何百人も斬ったって知らせがこっちにも届くと思うから、と、千鶴に続け放つ永倉の後に、原田は「‥俺は、まだ江戸でやらなきゃなんねぇ事‥残しちまってるならな。」と千鶴の瞳をグッ‥と併せ、漢達は「‥じゃあな!」と背を向け去れば、千鶴は、新選組結成前からの彼等の気持ちを想って過去を振り返っては、どうしてこうなってしまったのだろうと胸を傷ませ、涙をツゥ‥と零して仕舞うのであった。
降伏狼煙、鬼の目にでさえも泪
風と背に歴史を熨せ、浅葱を靡かせながら刀や槍で陣を描き、駆け巡る彼らは、一体、今何処にーー
ーー‥
「‥風間、我々は人間共に義理を返しやることは終え此処にはもう用は無い。‥貴方は頭領なのですぞ。」
みょうじの事も、正直、猛毒に蝕まれている現状に目も当てられず、我々にはこれ以上何も出来る事は無い、と、苦虫を噛み締め天霧が続け風間に話しかければ、これ以上は詮索せず触れずに黙って見届けるのも、同胞へのせめてへの意では無いだろうか?と最後にポツリ‥と説き、それ以上、言葉を放つ事無く背を向け立ち去れば、風間は「‥わかっている‥」と顔に影を落とし、腰の酒瓶を忙しく口にしゴギュッ、ゴギュッ、と飲み干しながら、口の端から酒を溢れボダボダッと零し煽れば、風間は珍しく自棄に走り、殻に成った酒瓶を地に叩きつけ粉々に割り砕いたのだった。
ーーガシャァァンー‥ッ!!
「‥なまえ‥」
(純潔の唇から垂れる酒は、灼熱を欲する溶岩の如く)
名を呼ばれた当人の現在、哀切叩きつけながら錆びて連結鍵を響かせた寂音は、この音を抱く宵の基、崩れ奈落る隊士一人一人を虚しく撫で廻す。
「‥っ、苦‥、」
なまえの舌先には、血液に似た笛の錆垢が拡がり、んべっ、と舌を逃がせると、無論、演奏は遮られ止まり、鎖が虚しくジャラッ‥と腐り堕ちた同時刻ーー‥
「‥っ、げ‥ごぶっ‥!!」
真っ白な布団に真っ赤な薔薇を咲かせて終う沖田は、咳と罪を吐きながら、ギリギリ‥ッと拳の中に現実を握り潰し締めていた。
ーー‥
「…総司、てめーは俺の為に生きて、俺の為に死にな?
俺に賭け挑んで負けたなら、代償は楽じゃねーよ、」
『…っ、なまえさんより僕の方が近藤さんを守れます!…そして誰よりも僕は、なまえさんの為に生きます…』
ーー‥
「っ‥は‥絶対に貴方を‥僕の命に変えても‥!」
沖田は、既に甲州勝沼の戦の件を耳にし無力な己に心底嫌気がさしており、此の儘ではならないと意思を貫き、卸したての洋装を必死で纏い愛刀を腰に挿せば、残りの力と羅刹の力で宵を巡り、新選組の基へと急いで向かう。
「‥っ、は‥はっ、そうですもんね‥!言い出しっぺの僕が‥っ‥は‥賭けの約束、守らなきゃ‥ね‥?」
柔らかい布団の上で、勝手に許可無く死ぬわけにはいかない。
彼には労咳より厳しい賭けの代償が在るのだからーー‥
今年の桜樹は未だ未だ七分咲。
ポタ、ポタ‥ッと滲む血球が道筋を汚した漢の無様な生様は、美しき桜花弁も見る見るうちに凶器へと変化するであろう。
桜樹木に抉られた刀傷
(浅葱の士魂)(簪の極印)
ーーー
ほら、死んでる暇なんて無いよ?
桜は儚く美しく、故に残酷
此処は、自尊心と誇りを兼ね備え情景にも雰囲気にも麗を劣る事無かず、然し、美しく凛と‥故に妖艶に舞う夜蝶が声明を掲げる花街。
厭に号泣する今宵の空にも決して邪魔される事も啼く、寧ろ雨音冴えも誘い虜んで味方に取り込んで仕舞えば、世の男の性と共に無条件で跪けさせて終う鱗粉が蜃気楼の如く魔歌の酔ーー
其んな宵中、僅かながら年を召した熟女と、食べ頃見頃である美しい女のやり取りが、其の街の在る一角の屋敷からポツリポツリと聴こえてきたのであった。
「着物は上等なもんなのになあ‥?其れに、あんたには、こっちの豪華な簪の方が‥」
熟女‥元い此の店の女将は、口を吐きつつ何故其処まで其の簪に拘るのかと不思議そうな表情を浮かべては、その手に此の店自慢の簪を持ち麗しく丁寧に翳しながら、目の前のある一輪の華‥小鈴に問い掛けて見せた。
豪を司り妓の命で在る髪に咲かせるであろう華は、シャンデリアが靡かせる乙女【オト】だと想わせる様に、女将の両手の掌の飢で、魅惑をする手段はまだかと出番を待つ。
確かに、此の世界で生きてきて目が肥え光る女将の立場から言えば御世辞にも良いとは言えず、目の前のプルプルとした愛くるしい小鈴の髪に咲く簪は豪華とは程遠く、まあ‥下町の店舗で普段売られている簪の部類でなら良くした方なのだが、何せ此処は花街な訳であり、小鈴が纏う着物と比較して仕舞えば到底、今、彼女の髪に咲いている簪はどうしても不釣り合いであった。
花街に居る小鈴が、其んな街でも買える様な簪を女将が心配に問いかける程、己の武器の一つである髪にわざわざ咲かせて要るのには、何か深い理由が在るのであろうか?
女将の的確な言葉に対して、小さな鈴が凛‥と鳴く様に、プルプルと可愛く華奢な彼女がゆっくりと振り返れば、おそらく彼女は此の事柄は女将以外の人物からも言われ慣れているのであろう‥その可愛いらしい顔を緩ませ一つ微笑むと「いいえ、うちは此の簪がいいんどす。うちの大切な大切な宝物どすから‥」と頬を染めながら、しかし決して折れる事の無い決意を含めた感情を含めながら、言葉をハッキリと返したのであった。
(これだけは‥このうちの想いだけは、誰にも何にも譲らない。)
くりっとした小鈴の瞳が紅色に染まる頬と同時に目伏せると、小鈴の髪で咲く華は、此の贈り主とは真逆に無情にもキラキラ‥と綺麗に輝いては、シャンデリアの中枢に銃口を向けた。
(愛し続けます‥あの御方だけを‥)
己を武器にして此の世界を生き抜く舞妓の度胸と意地は、その変にいる男よりも深くて強いのかも知れない。
【簪の花占い、生涯を誓う花弁の演舞】
ーーー
「‥っ、土方さん!なまえちゃん見つかったぜ!」
宵の雨に撃たれて見事にずぶ濡れに為り、急いで駆けて来た証拠の吐息と全身に雨を含んだ水音を奏で勢いよく屯所に帰った永倉は、己の事より先にと背に背負っていたなまえを屯所で待機していた土方や残りの者らに託せば、気を失っているから早めに温めてやってくれ、と、彼の保護を頼んだ。
「‥っ!?なまえさん‥大変‥!お湯と布と着替えと‥私、準備してきます!」
気を失っているなまえの姿を見た瞬間、大きな瞳に涙を浮かばせながらバタバタと急いで廊下を駆ける彼女も、なまえに親愛を捧げて折り‥全く、此のなまえって男は女性関連に対して憎い。
「永倉‥ご苦労だった‥!
とりあえず詳しい話は後だ、おめェは風呂に入って身体あっためてこい。風邪なんざひかれちゃァ‥敵わねェからよ。」
土方が永倉に御礼を言い体調管理を促すと、永倉は苦笑いを落とし「‥ははっ、あんたにこそ俺は敵わないっつーの。‥言葉に甘えて風呂頂くぜ‥なまえちゃんの事、頼んだ‥」と少し俯きながら土方に背を向け足を進ませながら言葉を放つと、視線は最後まで交わる事は無く土方との距離が拡がって行方、其の大きな背に視線で縋らせれば、土方は、己の形の良い唇をキリキリ‥と、噛んではやり場の無い想いを唯、ぶつけるのであった。
ーー‥‥
『‥本気、なんだな?』
なまえの後から追い付いて合流するから、との言葉を皆が信じていた先程の刻ーー
永倉と原田は話があると近藤と土方を呼べば、其の心に前から抱いて居た芯を曝け出し決意を固めては報告をし、新選組が掲げる【誠】の桜樹の枝分かれを自ら心願しながら、カッターの刃をキリキリ‥と挿頭躍し大和魂を燈した。
『こんな事、本気じゃなきゃ言わねぇ‥。結論を出すのに何日で決めた?なんて、そんな悲しい事は聞かねぇでくれよな。』
原田は、拳をギリッ‥と握り締めコツン‥と畳に落としながら眉間に皺を寄らせて低音な声を放ち、深々と頭を下げ計り知れない様々な情を詰め込んだ挨拶をすれば、その漢の情景を殴り付けられた様な感覚に陥った土方の胸には、ググッ‥と何とも表現出来ない何かが、容赦無く襲い掛かって来たのであった。
其んな土方を他所目に、近藤は静かに頷き『‥わかった。』の一言のみ放つと、癪に触ったのであろう永倉は、ギッ‥!とした視線に豹変させ其の場から勢い良くガタンと動く。
『‥っ、あんた‥!!』
足の側にあった湯呑みは無論、足に触れて傾き、ゴト‥と中身の緑茶を畳に染み込ませれば、彼らとの関係を映し出しているかの様な絵図を本書きし、互いに負った沁みと溝を、不覚、不快、屯所の用紙へと造って絞まった。
『‥っとは‥ほんとはなまえちゃんの首根っこ掴んで連れて行きてぇけど‥!!だけどなまえちゃんは、あんたの為にって‥今迄も、此れからも刀振るって生きていくんだぜ‥!?もっと、もっと‥しっかりしろよ!!大将さんよぉっ‥!!』
永倉は自身の特性である熱い感情で叫んでは遂に近藤の胸倉を掴むのだが、然し近藤は眉一つ動かす事無く表情を変えない儘、永倉の鋭い瞳を黙って無言で覗くだけであった。
『頭、冷やせって‥!』
急いで制止に入った原田と土方は、頭に血を昇らせている永倉を落ち着かせてやれば、次に土方は、無言を貫き通す近藤を庇う様に背に隠し、肩で呼吸をする永倉に、なまえの事は任せろ、と己の紫を鋭く輝かせ放つと、永倉は到底、土方になまえの件を言われ口を出されて仕舞うと、此の鬼副長には敵わないと諦め、歯を食い縛り黙るしか永倉には術は無く、無条件降伏をし両手を翳した。
『っ‥俺が最後に、あんたに頼みたいのは‥なまえちゃんの事だけだ‥!‥世話になったな‥』
欲を言えば、酒と妖が欲しい。
簡単に奪え泣い殻、酔い誤魔化す嶽、
所詮、人情(にんじょう)は脆く守く、裏切りの最後は刃傷(にんじょう)
無情にも薔薇の花弁と供に散るのならば、情に施されて何度泣く?
【無菌を臨む灰闇、屑の雷炎】
「くあーっ!なまえちゃん可愛いっ!もっと俺の頬つねってぇーん♪」
「なまえ、晩酌に付き合ってくんねぇか?美味い酒には、良いオンナ、ってな、姫?」
「‥あー!もー!新八っつあんも左之さんも、なまえ独占すんなって!‥へへっ、オレだって今日、なまえに頭撫でてもらいたい!」
‥さすが、三馬鹿トリオ。
やっぱり、おめーらには‥
ーーねぇ、俺は必要?
ゆらゆらゆらと揺れる揺籠だと思えば、吐き捨てたチューインガムが双眼に絡み付いて施錠する。
(嗚呼、どうすればいい?)
存在しない神に十字を錐、埃の床で閉塞を毟り楔を喉に罪めば、火傷する様に刻まれる其の状に反吐が出る。
「‥っ‥!?」
なまえの紅月は、寝苦しさから逃れたいと勢い欲、ガッ、と紅と金の双方を輝かせると、上半身を起こし酸素を求め手を伸ばし覚めても、やはり息苦しい現実へと口惜しく誘われれば、仕方なく目醒めを迎得ざる得なかった。
ハァ‥ハァ‥と乱れた呼吸と大量の汗を流す自身に血液を循環させ、まず第一に思考した状況は、何故今現在、己は己の部屋に居るのだと未だ覚醒しない頭を抱えながら「ん‥?」と呟きくしゃっと前髪を掻きあげた事柄であった。
さすがの妖でも動揺が生じるか?
(‥俺は、外にいたのに、)
ズキズキと靄が架かる記憶、耳に残る嫌な雨音の大きな泣き声を反響させ、ゆっくりと頭の中を整理しようと思った瞬間、其の場に居併せていた原田と永倉が安堵の表情と声を掛け、なまえに思い切りガバッと抱き付いた。
「‥っ‥!なまえっ‥!」
彼等がなまえに声を掛ける事に対し数秒の間隔が生じたのは、恐らくなまえの急な目醒めにより、流石の彼らも少々驚いたのかもしれない。
「体調はどうだ?‥何処か痛むか?」
「‥おう、へーき。‥だけど俺、外に居た、」
ずぶ濡れに成った筈の西洋の服を現在は身に纏っておらず、寝間着姿の自分に思わず安心感を覚えた直後、 左腕の包帯が新品に卸され変えられ丁寧に撒き施されている事にも気付き、なまえの左胸はズキッと痛覚を鳴らしては、泡立つ頭の中で必死に言い訳を探した。
「あのよ‥着替えとかやってくれたの、‥左之?新八?」
包帯を施した者が、此の腕の火傷は先程の戦で負った怪我だと素直に想定し、思ってくれれば幸いなのだが、しかし変に勘繰られて周りの人間大勢に言い振らされでもしたら、やはりなまえにとって事柄的にたまったもんでは無い。
なまえは、己の着替えの世話や包帯の巻き直しを誰が行ってくれたかを当たり障り無く二人に問うと、なんだ、そんな事かとでも言うような素振りで軽く「土方さんだ。」と二人から返れば、なまえは後々の想像する未来に苦笑いを落とし、己の秘密を暴いた極僅かな人物だと知った少しの安堵と、後に待つ対鬼副長からの理由を問い質される事情聴取という仮の名の【拷問】の対策を練る為の準備を同時に行う。
「でも‥すげえ汗かいて‥ごめんな、なまえちゃん‥。俺がもっと早めになまえちゃんを見つけてやればよかったのにな?」
ある意味も含め(土方からの事情聴取の件)汗だくのなまえの身体に、清潔な布をスッ‥と充ててやりながら永倉が謝り静かに放つ中、やはり結論として己の考える無謀な対土方対策を練るのは力量が足りず、あの鬼には到底勝てないと見込み直様諦めたなまえは、永倉の言葉に静かに耳を傾けたと思えば「‥喉渇いた、」と呟き、枕元に用意してあった氷水に口をつけ飲み干せば、生命を燃やすのに水は不可欠と素直に証明させた。
「‥んっ、いきかえるー、」
冷たい水をごくっと飲む姿や、二人からは特に熱も怪我も見当たらず、そして徐々にいつものなまえの様子に見えて仕舞えば、つい安心したのであろうか、己もついいつもの調子に戻った永倉は、ぐすんぐすん、となまえを抱き締めたのだった。
「なまえちゃん‥よしよし」
永倉は、腕の中のなまえの頭や背中を丁寧に撫でてやるのだが、いつもなら抵抗するなまえも黙って身体を預け、寧ろ、何かを思ったのだろうか‥自分から永倉の頭をぽんっ、と掴んでは一向に離そうとしなかった。
「‥ったく、新八、良い加減にしねぇとなまえが嫌がって‥あれ?」
「‥いやいや、それがよ?左之のニーサン。なまえ様の御様子がおかしいっす‥頭っから抱き締められちゃって幸せだけど怖い‥ぐふっ」
永倉が言葉を放った後、更に抱き締める力を込めたなまえに、さすがの永倉も息苦しくなり「なまえちゃ‥なまえ様~‥?如何為さいましたか?」と、普段とは異なるなまえの行為に、恐る恐る問いかけてはみるが‥やはりしかし嬉しいのであろう、顔は自然とニマニマしつつ鼻の下をデレっと伸ばして仕舞い、永倉らしい一面を見せた。
「なまえ‥?どうした?」
「‥飴は好き、雨は嫌い、」
何かなまえの異変を覚った原田が彼に問い掛ければ、案の定、哀しそうな表情をするなまえは、誰かの涙だべ、と意味深な言葉を続けると更に永倉をギュッと強く抱きしめ、離すもんかと震えている様に、繊細で硝子細工の様な錯覚冴えも覚えるザマであり、原田はツキン、と胸を傷ませた。
しかし、直様、表情を基に戻した原田は、優しくなまえの頭を撫でてやりながら「‥ったく、さすがなまえだな。昔から変なとこで鋭いんだからよ‥」と含み笑いを落とすと、ゆっくりと固い絆で結ばれて要る漢だけの時間を紡ぎ、ぽつりぽつりと言霊を産ませて遊け、逃れぬ事実を放ってゆけば、永倉もハッとした表情になり、拳をギリッ‥と含み握った。
「やらなきゃなんねぇ事がある。
‥俺達は、漢、だからよ。‥なあ、そうだろ?」
原田の真剣な黄色の槍は、鋭く勇ましく永倉となまえに言葉を馳せて突き刺さり、まあ‥彼らも伊達に白米と味噌汁の関係では無いので在ろう、言葉少なくとも重要なパズルのピースがカチリ、と嫌でも綺麗に当て嵌り‥完成は然程遠く亡く、未完成は誤魔化しは許される事泣く。
「‥っ、離隊すんのか、」
総てを察し理解したなまえの濁る紅月は、不安や哀しみの色をも含みながらユラユラと涙水面に揺れるのを、これ以上、どうしても眺めて居られなかった永倉は、己の心情を堪える事が出来なくなり「なまえちゃんも‥俺らと供に‥っ!」と叫ぶ様に言葉を放つ。
「‥っ‥!?」
ついて来ないか?と永倉が言い終える前に、原田は永倉の口に己の掌をバチン!と充て、其の解答は間違えていると拒否し無理矢理と言葉を遮れば、永倉もハッと我に返り黙っては瞳を哀しげに揺らした。
永倉の選択は、戦いに身を置く己らには決して許され無いと知っているので在ろう‥遮った其の原田の手が僅かにブルブル‥と悔し気に震えている様子を見れば、推測では有るが、心底は永倉と同じ気持ちなのかも知れないーー‥。
「‥互いに異なる枝を選んで張っても、最期に供に咲かす桜樹木は一緒だと思うぜ?ーー俺ら四人の絆は何よりも深いさ。」
原田の綺麗な唇から花弁がヒラヒラと零れ落ちるのを眺めていれば、なまえと永倉の志の芯にはじわっと友情が染み込んでは納得せざる得なく、無条件降伏で白旗を掲げた。
「‥降参、はなまる、」
信憑性を兼ね備える彼の言葉に幾ら助けられて来たのだろう?
溢れ出す三人の漢の涙は、洟水と一緒に暖かい太陽を呼び戻し、とびきりの笑顔を浴びる事と成った。
冷たい雨とは異なるなまえの理論を毟り剥がせば、決して解ける事の無い絆と成り、彩度、育まれ永遠に誓う背中合わせ。
慶応四年 三月
新選組は其の後、江戸に戻り、現在の屯所である旗本屋敷へと身を置く。
初めての負け戦を経験した近藤の落胆は、皆の想像を遥かに超えるものであり、屯所に戻って来てからも、疲れた溜息を引っ切り無しに零す様に成るーー‥
幕軍の総大将たる慶喜公は朝廷からの追討令を受け、上野の寛永寺にて謹慎して仕舞い、朝廷も、薩摩や長州の重鎮たちの手で動かされる様に成り、いよいよ佐幕側の劣勢が確実に成り始めた。
「なまえさん、体調はいかがですか?」
あれから数日後、なまえの体調も調子に戻ってきた中、永倉と原田の離隊が正式に成立し其の日に出て行く事と成り、先程、なまえと斎藤は改めて、別々の道を歩く二人と挨拶を終えたばかりであった。
「‥お嬢、」
未だ其の事を知らない千鶴がなまえに体調の具合を問えば、なまえは微笑む様に「‥心配かけた、」と一言放ち千鶴の頭をぽんっ、と撫でると「‥土方さんにさ、あったけー茶でも持って行ってやってくんねーかな‥?」と続け、千鶴の前から其の儘ゆっくりと立ち去って仕舞った。
(なまえさん‥?)
いつもと異なる雰囲気のなまえを不思議に思いながら、言われた通り土方に茶を持って行けば、やっと其処で千鶴は永倉と原田の事柄を知る事に成り、千鶴は、直接、二人から挨拶を受ける。
「俺達と近藤さんじゃ、目指しているものが全然違う。
‥でもよ、なまえちゃんや土方さんが抱いてる感情は、きっと俺達とムカつく位、似てるものだと思うんだ‥。奴らの事、宜しくな?」
そのうち、俺が薩長の奴らを何百人も斬ったって知らせがこっちにも届くと思うから、と、千鶴に続け放つ永倉の後に、原田は「‥俺は、まだ江戸でやらなきゃなんねぇ事‥残しちまってるならな。」と千鶴の瞳をグッ‥と併せ、漢達は「‥じゃあな!」と背を向け去れば、千鶴は、新選組結成前からの彼等の気持ちを想って過去を振り返っては、どうしてこうなってしまったのだろうと胸を傷ませ、涙をツゥ‥と零して仕舞うのであった。
降伏狼煙、鬼の目にでさえも泪
風と背に歴史を熨せ、浅葱を靡かせながら刀や槍で陣を描き、駆け巡る彼らは、一体、今何処にーー
ーー‥
「‥風間、我々は人間共に義理を返しやることは終え此処にはもう用は無い。‥貴方は頭領なのですぞ。」
みょうじの事も、正直、猛毒に蝕まれている現状に目も当てられず、我々にはこれ以上何も出来る事は無い、と、苦虫を噛み締め天霧が続け風間に話しかければ、これ以上は詮索せず触れずに黙って見届けるのも、同胞へのせめてへの意では無いだろうか?と最後にポツリ‥と説き、それ以上、言葉を放つ事無く背を向け立ち去れば、風間は「‥わかっている‥」と顔に影を落とし、腰の酒瓶を忙しく口にしゴギュッ、ゴギュッ、と飲み干しながら、口の端から酒を溢れボダボダッと零し煽れば、風間は珍しく自棄に走り、殻に成った酒瓶を地に叩きつけ粉々に割り砕いたのだった。
ーーガシャァァンー‥ッ!!
「‥なまえ‥」
(純潔の唇から垂れる酒は、灼熱を欲する溶岩の如く)
名を呼ばれた当人の現在、哀切叩きつけながら錆びて連結鍵を響かせた寂音は、この音を抱く宵の基、崩れ奈落る隊士一人一人を虚しく撫で廻す。
「‥っ、苦‥、」
なまえの舌先には、血液に似た笛の錆垢が拡がり、んべっ、と舌を逃がせると、無論、演奏は遮られ止まり、鎖が虚しくジャラッ‥と腐り堕ちた同時刻ーー‥
「‥っ、げ‥ごぶっ‥!!」
真っ白な布団に真っ赤な薔薇を咲かせて終う沖田は、咳と罪を吐きながら、ギリギリ‥ッと拳の中に現実を握り潰し締めていた。
ーー‥
「…総司、てめーは俺の為に生きて、俺の為に死にな?
俺に賭け挑んで負けたなら、代償は楽じゃねーよ、」
『…っ、なまえさんより僕の方が近藤さんを守れます!…そして誰よりも僕は、なまえさんの為に生きます…』
ーー‥
「っ‥は‥絶対に貴方を‥僕の命に変えても‥!」
沖田は、既に甲州勝沼の戦の件を耳にし無力な己に心底嫌気がさしており、此の儘ではならないと意思を貫き、卸したての洋装を必死で纏い愛刀を腰に挿せば、残りの力と羅刹の力で宵を巡り、新選組の基へと急いで向かう。
「‥っ、は‥はっ、そうですもんね‥!言い出しっぺの僕が‥っ‥は‥賭けの約束、守らなきゃ‥ね‥?」
柔らかい布団の上で、勝手に許可無く死ぬわけにはいかない。
彼には労咳より厳しい賭けの代償が在るのだからーー‥
今年の桜樹は未だ未だ七分咲。
ポタ、ポタ‥ッと滲む血球が道筋を汚した漢の無様な生様は、美しき桜花弁も見る見るうちに凶器へと変化するであろう。
桜樹木に抉られた刀傷
(浅葱の士魂)(簪の極印)
ーーー
ほら、死んでる暇なんて無いよ?
桜は儚く美しく、故に残酷