暈冥と愛て覊ぐ足枷
n a m e
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
慶応三年末ーー
倒幕の気運が高まる中、徳川幕府は大政奉還により政権を朝廷に返上し、将軍職を辞した徳川慶喜公は大阪城に下り、薩長を抑える新体制作りに奔走していた。
将軍のお膝元と言える江戸でさえ薩摩藩の横暴は目立つ様になり、結果、旧幕府軍は相手の挑発に乗る形で薩摩藩に向けて攻撃を仕掛けて仕舞い、不満の治まらない旧幕府軍は、薩摩藩にケジメをつけさせようと続々と大坂へ集結し始める。
旧幕府勢力は武力によって自らの威光を表し、新体制における優位性をも示そうという事で、この時は新選組もまだ間に合うと思っていた。
旧幕府軍の大きな戦力を見せれば薩摩藩も考えを改めると思っていたのだが、其れが慶喜公の思惑から外れている事も知らず。
新選組も京を抑える戦力として他藩の兵と共に伏見奉行所の守護を任され、そして慌しく年の暮れを迎えた頃、大きな事件が起きて仕舞う。
(悪魔の唆、来訪の神酒を)
「…近藤さんをやったのは、君達だよね?」
近藤が、京市中からの帰り道に御陵衛士の残党から銃で狙撃され、何とか一命こそ取り留めたものの右肩に大怪我を負って仕舞い、同じ其の晩、怒り満ちた沖田は、新選組に何かの目的で接近し探る南雲薫により唆され【変若水】を飲む事と成る事柄が重なり、近藤右肩負傷の犯人を殺害し沖田の敵討ちは成功するものの、やはりどう転んでも新選組は苦しみの呪縛に絡み憑かれるのであったーー
月灯りと血液を吸った霊薬、惑を誘い灼き轉す。
結局、近藤の右肩負傷の件の始まりも、南雲薫が御陵衛士の残党へと近藤を銃で襲う様に唆し、その晩、タイミング良く沖田の部屋に紛れ込み「労咳も完治する薬だ。」などと言い、口も行動も旨く沖田の重要な鍵二つを揺さぶった様で…労咳に蝕まれて体が思うように動かない沖田は、労咳からの呪縛から解放され刀を握り近藤の敵討ちに行く為には、悪魔を体内に取り込む選択しか術は無かった。
『…例え、あの薬を飲んででも…。』
いつの日か山南に向けて言った己の言霊が、まさか己に返ってくるとは…沖田自身も予想して居なかったのでは無かろうか?
若変水如きで労咳の呪縛から解かれる事は決して無いのだがーー
「…なまえさん…ごめ…なさ…」
深夜の事柄の際に、序でに薫とも刀を交えた所為であろう…血塗れの沖田を連れ帰ってきたなまえは、苦虫を噛み潰す様な表情をし情景を鮮明に思い浮かべては、更に負を重く背負う。
人間と鬼の調和が許されぬ事は無論、痛い程理解させられているがしかし何故、たかが此んな水に新選組の運命を握られ亡ければならない?
(【切札】= joker )
『千鶴や、あんたに関わる人間は不幸になるんだよ?まあ、僕が優しく教えてあげる。』
クスクス…と嗤いながら闇に消えていく昨晩の薫は、流石のなまえでさえも握拳を作り、其の儘横に殴りつけ壁を鈍い音で鳴かせば、己の無力さを改めて身を持ち、知る事と稔ーー
『弱い犬程良く吠え、威勢と口だけは御立派』
そんなレッテルを己自身に叩きつけるしか出来ない自慰的懺悔法に、なまえの瞳には悔しさと無念が痛く滲む。
序でに、薫と千鶴の関連性を頭の中で巡らせ推測してみるのだが、やはり、なまえにとって愛しい近藤の負傷や沖田羅刹化の所為で、心や脳が激しく揺さぶられる感覚に陥り、正直、今の彼には余裕は無く、其方を優先に脳内を占めては頭を抱えるのであった。
「…最初から俺だけ狙えばいいのに…!」
薫の目的がなまえの血液や連結鍵ならば、なまえ自身に接触すれば良い話であって…何故しかも頼によって己の大切な人、新選組を狙うのであろうか?
此んな感情に生殺されるのであれば、一層、銃で撃ち抜かれた方が稔るのにーー
「なまえさん…」
只一人きりで胡座を掻き頭を抱え座り込んでいたなまえを心配し、千鶴の優しい声が遠慮がちに響けば、なまえは哀しい表情を隠せない儘、弱々しく紅月光を光らせながら彼女に視線を移すと、決して見たくもない薫と瓜二つの姿見に、なまえは眉間の皺を思い切り不愉快そうに寄せた。
「…お嬢、」
こんな夜更けに男に寄るなんて何されても文句言えねーぜ?と、八つ当たりするかの様に冷たく放ち千鶴に自分の部屋へと帰る様に促せば、千鶴は「こんな寂しそうななまえさん…私、放っておけません…」と食い下がって仕舞うと、なまえの紅月は鋭く冷酷に光ると同時に、千鶴の小さな悲鳴と鈍い音が響いた。
「…あ…っ…!」
千鶴は己の身に何が起きたのか理解できずしかし何時もと雰囲気が異なるなまえを静かに見れば、千鶴の小さな身体の上になまえの身体が跨ぎ千鶴を無理矢理押し倒す様を画くと、千鶴は吐息を吐き出し状況を理解していく。
「…じゃあ、あんたを犯っても文句ねーよな?」
支配階級を翳す紅月は、
多寡が白桃に激昂する様に、
なまえの綺麗な手が千鶴の細い手首に軽く力を加えると、千鶴の身体はビクンと跳ね上がり「なまえさん…それは…どういう意味ですか…?」と、吐息を零しながら目の前の愛しい男に問いかけるのだが、なまえは、顔色一つ変えずに「…言葉の意味と今の状況を、判断できねー年齢でもねーべ…?」と放ち、千鶴の着物に静かに手を掛け、布の擦れる音を淫らに奏でる。
「…んっ…私…どんな形であろうと…貴方になら…」
目に涙を浮かべつつも頬を薄桃に染める千鶴は、己からなまえを誘うように目をゆっくりと閉じ、抵抗などせずに訪れる感覚をただただ待ち望み、愛しい男の手に身を委ねる決意をーー
夜風に桜坊、惟又、風流韻事
(砕け散る柘榴の末路、觴詠)
ーー…
「…俺達ァ、これからどうなっちまうんだろうな…?」
数日たった在る晩に、土方の珍しい嘆きを受け止める羽目になったなまえは「…おー、さすがのあんたも今の状況にお手上げか?」と言葉を真面目に返せば、土方は「…たまには許せ…おめェの前なんだからよ…」と長い前髪を掻きあげ苦笑いを含み促した後、ゆっくりとなまえの肩へ埋まる。
当然、毎度、先陣を錐、
勇ましく不軌抜ける紫は、
今宵のみぞ有り得なく澱む
「…よしよし、めずらしー、」
なまえは、土方の頭をぽんぽんっと撫で、からかう様に明日の天気を心配しながら、しかし最後には「…あんたが疲れた時は、俺を使えばいい…」と静かに優しく投げ掛けると、土方は僅かに身体を震わせながらなまえの弱々しい身体をキュッ…と抱き締めるのであった。
「なまえ…飯、あんまり食ってねェだろ?」
「…食欲ない…、」
「…また痩せちまってる…」
土方がなまえの腰周りを抱けば、毎度休むことなく刻んでいる土方の眉間の皺が更に深く刻んで仕舞ってる事をなまえが己の目で確認して仕舞うと「…ん、気をつけます、」と気まずそうに言葉を返すのであった。
「ったく、てめェは大体…」
「ーー副長、お話が」
多少、冷たい空気を感じ取りサポートしてくれたのか、(まさか…偶々だとは思うが)丁度良いタイミングで戸の向こう側から山崎の声が響けば、なまえの表情はパァァッ…と明るくなり、なまえ自身が山崎へと応えると、山崎は己が求める人物からの返しでは無く、意外な人物からの返しに「…みょうじさん…?」とつい驚く様に言葉を放つのであった。
「…悪ィな山崎、入れ。」
こんな時間にてめェは…声抑えやがれ、となまえの頭をペシッと軽く叩きながら山崎の要件を聞けば、なまえは、ぶーたれた表情をしながら、山崎の凛々とした姿を目に焼き付け始める。
逸、途端に、最期が訪れ用途、
後悔の降灰が、埃薔薇されぬ酔、
(…最初に出逢った頃から、全く変わんねーな、)
決して拗曲げる事なく頑固で真っ直ぐな意志を宿す瞳は、間違い無く新選組一なのだろうと、なまえは、惚れ惚れしながら業務を遂行する山崎を見ていれば、始めて山崎が此処へ入隊し、自己紹介していた時の情景をふと想い浮かべると、懐かしさに心は温まり「…あの頑固で屈しない瞳だからこそ…俺らは支えられて生きて、救われて両足で立ってられるんだべな…、」と小さく呟くのであった。
「ーー以上です……失礼ですがみょうじさん…自分に何か…?」と視線に気がついていた山崎が頬を染めつつ困る様に返せば、なまえはニッ…と歯を見せ微笑む様な表情で「んー?山崎は相変わらずイイ男だな、って思ってよ?」と返すと、山崎は「なっ…!?なんですか、いきなり…!」と何時もの冷静な表情を崩し慌てる様な素振りを見せるのだった。
「…みょうじさん…何か企んでらっしゃいますか?」
山崎は、疑った視線でなまえを見つめれば、なまえは「あんだと?失礼だな、」と悪戯に返した後、山崎の頬をぐににっ、とオマケに引っ張ってやり、三拍程和やかな余韻に浸り味わうと、伝えておきたいもう一息言葉を詠う。
「…っ、みょうじ…さ…ん?」
「…ね、山崎、」
「はっ」
つい先程の和やかな雰囲気から一転、なまえの真剣を含む重たい声に山崎もハッキリと返事を返せば、なまえの紅月も山崎の返事に負けない程綺麗に輝くと「…新選組…土方さんの事、これからも宜しくな?」と改めて山崎へと哀しく、そして真剣に伝えるのだった。
「…は…?」
「…なまえ…!てめェ何ほざいてやがる!!」
この人はいきなり改めて何を言ってるんだと…全くもって意味が解らない山崎は、キョトンとした表情をなまえへと向けながら返す反面、なまえの【真実】を理解する土方は、なまえの放つ言葉の意味を悟り瞬時に反応し怒鳴りつける様に言葉を叩きつければ、なまえは「…っ…!土方さん…!しーっ!!今なーんーじー?」と急いで己の手で土方の口を塞ぎ、土方の怒りを遮るのであった。
「てめェが…っ…ふが…!!」
「…御言葉ですがみょうじさん…自分は、此処へ入隊した時から新選組の為だけを考え、そして行動し、局長や副長…あなた方幹部の手足として生きていく事を誓い今まで…そして此れからも、それは屈する事は無くーー」
改めて膝をつき忠誠を誓う様に頭を下げる山崎に、なまえは「さすがだな…安心した、」と放ち、土方から手を離し今度は山崎に近付くと、山崎の頬へと指を持って行き優しく表情を掬いながら視線を拾えば、今度は山崎の瞳を貫く様に真っ直ぐと己の二色をぶつけて絡ませ「…どうか、頼みます、」と真剣に静かに放った。
「…!?みょうじさんっ…!!」
憧れのなまえから物凄く綺麗な表情で申し付けられた筈なのに、何故だろうか?
瞬きの其の舜、なまえが己の前から消えて亡くなる溶な胸糞悪い幻覚が蜃気楼、同時に気を失う様な悪寒が山崎の隅々まで全身を激痛が襲えば、山崎は、らしくない大きな声を張り上げ、なまえの腕を両手で『逃がして堪るもんか』と強く掴むのだったが、気が付けばハァ…ハァ…!と荒く呼吸を乱しながら汗をぽたぽたと垂らして仕舞った。
「…んぐ?」
普段は決して見ることは無いであろう山崎の反応に、なまえは若干怯みながら「あー、…変な事言ってごめんな?」と小さく謝れば、山崎はハッと我に返り「…っ…!?御無礼、お許しください!」と姿勢を忠し頭を下げ謝罪し返すと、なまえも苦笑いを浮かべながら「…ったく、らしくねーな、」と言いながら溢れる汗を優しく拭ってやるのだが、山崎は今の不思議で怖い感覚に何事かと混乱しながらも「…すみません…」と謝り続ける。
「…山崎、今日はもう休め…。」
山崎が何かを感じ取ったと悟った土方は、一つ咳払いし状況を纏め命ずると、山崎は先程の嫌な予感を自身でも全く理解出来ず、心臓の爆音が収まら無い儘、しかし素直に返事を返すと「…失礼します…」と、部屋を立ち去った。
「…俺、悪い事言ったかな、」
嫌われたらどーしよ、と悲しそうな表情をし土方に問えば、土方は何も言葉を放つ事無くただただ目の前の儚い生命体を壊さない幼にそっと触、そして抱き締めては胸へと納めると、なまえにも「もう眠れ」と言う様に、ゆっくりと睡眠へと誘う。
(喪いたく亡い、懺悔でも何でもするから)
「…抱いてくれないんですね…」
温かい土方の抱擁の中で、あの晩の千鶴との情景を脳内で描くなまえは、そのまま己の二色を静かに閉ざし深い眠りにーー
「…私では駄目ですか…?」
組み敷かれてる筈なのに何故かその様な文句を放ちながら悲しそうな表情をする千鶴に、なまえは黙って千鶴から身を離した後、すぐさま彼女の身体を支え優しく起き上がらせれば「…悪かったな、」と謝りながら彼女の頭をぽんぽん、と撫でた。
「…最低だよな、俺」
「そんな言葉、聞きたくありません。」
「…ごめん、」
「…っ…!!なまえさんは、ずるいです…!!
…私の心にいつだって貴方が居て…私を惑わせて…っ…!!」
千鶴は、大きな瞳に涙を浮かべたと思えば直ぐにボロボロッ…と溢れさせ、恋心を正直に告白すれば、それを黙って聞き入れたなまえは「…お嬢、」と呼び掛ける事しか出来なかった。
「…解ってます…!
なまえさんの心には…私では無い他の女性がいらっしゃる事くらい…!
それでも私…初めて出逢ったあの時から…私…ひっく…!」
千鶴の幼く可愛い顔からは悲しみの色が淡く滲み、大粒の涙石をコロコロ…と産むと同時、それでも諦めきれないとの強く純粋な想いを一途に華麗に目の前の愛しい男へと捧げるのならば、彼も武士として一人の男として、筋を通し答を出すのが礼儀ではなかろうか。
「…俺には、心に決めてる女がいる、」
(「うちは…貴男をお慕い申し上げております…っ!」)
「…っ…!ふ……!」
「もう二度と…彼女に逢うことは無いけど、」
(「小鈴の全てを包み、愛してくれる男に …今の言葉、言ってやってくれ、」)
「なまえ…さんっ…!」
「まさか、お嬢が俺を…
でも…好きって言ってくれて、嬉しかった。 」
(「さよなら、」)
「…ひっく…ぐすっ……いいえ…それでも…なまえさんの傍に置いて頂けるだけで、幸せです。」
大粒の涙を流しながら笑う千鶴に向けてなまえが真剣に謝れば、千鶴は「何言ってるんですか…!私まだ諦めたわけではありません!」と東の女特有色で強く返しながら、なまえの腕の包帯を無理矢理解きゴシゴシと己の涙を拭く。
「…ありがとう、…千鶴、」
初めて彼女の名を呼んだなまえに、思い切り赤面をし鼓動を鳴らす千鶴は、喜びを噛みしめた後、一つゆっくりと深呼吸をし、そして吐き出した。
「…なまえさんは、その女性に想いを告げないのですか…?
二度と逢わないとおっしゃいましたが、それで良いんですか…?」
千鶴は、未だ泣きそうな表情をしながら愛しの男へと静かに問えば、男の口からは小さな溜息の様な吐息と哀しみを含む声が産まれ「…ああ、逢うことも告げるつもりも無い、」と言葉を散らせれば、表情までも哀しみに染まる。
笛音に熨せ、籾消した恋心、
其れに…過ちは二度許されず、
血腥い十字架を背で軋み抱える男の背中は、彼女へと対する己の気持ちさえも…生涯賭けて戒めとして突き刺すのであろうか?
爆弾を鎖で繋ぎ結ぶ心臓は「愚問」だと嘲笑った。「それに、俺は新選組のみょうじなまえだ…。
近藤さん率いる新選組の為に生きて、そして死ぬ。」
背を向けその決意のみ語った後、なまえから千鶴の前から立ち去れば、千鶴はこれ以上何も言う事も追いかける事もなくただただ涙を溢れさせ、そして更になまえに対しての愛情が深まれば、胸の鼓動は暫く大きく鳴り響いていた。
『どんな事情も立場も、恋の前では無力だもんね』
ある時、千姫が放った言葉を思いだし千鶴の瞳の輝きは大きく増し、そして心に刻みつけ強く誓えば、叶わぬ恋の枷に桜の心を深く紡いだ。
彼の特色である紅月光を、
濁し遮る毒蜘蛛の存在に、
彼女如きが気付く訳も無くーー
火粉の鐘、凍る膿冷酒
冷と隷が澱む京の町は、相も変わらず厳戒態勢で居続けており、そして遂に戦いの火蓋は切って落とされた。
薩摩はイギリス、長州は英仏蘭米、そして幕軍と二度の戦闘を経験し近代戦術を完璧に自分たちの物にしており…最終兵器を手にした敵に、もはや新選組の剣術など役に立つ筈も無くーー伏見奉行所にも火がかけられ、新選組は京からの撤退を余儀無くされる。
(冷徹を演じ這い蹲れと、太陽は不愉快に囁いて)
ーーー…
「大丈夫かい?少し休もうか?」
「い、いいえ!大丈夫です。
休んでる場合ではないですもんね!」
千鶴は、ポタポタと流れる汗を拭い、共に行動していた井上の気遣いに感謝しながら、先程怪我をして仕舞った御陰で酷く痛む足を引きずり歩き続け、目的地へと足を急がせた。
「彼らは、助けてくれるのでしょうか…?」
このままでは薩摩連合軍に押し負けて仕舞うとの事で、援軍を呼び少しでも戦況を有利にする為に、井上と千鶴は土方の命で伝令として淀城へと向かう途中であるのだが…。
「そうでなければ困る。
ーーあの人に、敗北は似合わない。」
己の命を掛けても土方に勝利を捧げたいとする井上の想いを継、千鶴は瞳を鋭くし大きく返事を返すと、ズキズキと痛む足の叫びを無視すれば、更に駆け足し身体を急がせるのであった。
「…ちくしょう…武器が厄介だぜ…!
軽々と一発放てば、すぐさま火の海だもんよ…!」
悔しさの余り奥歯をギリッ…!と噛みしめ吐き出す原田に、共に行動する隊士達はその言葉に同意する様に小さく頷くしか無かったが、しかしその雰囲気を遮るかの様になまえが「…なら刀捨てて銃奪って戦うか?…でもまぁ結局、俺らは刀握ったまま這い蹲って足掻く莫迦の集まりなんだろーけど、」と口角をあげると、原田は「…っ…!ああ、勿論だ…!死んでも槍は捨てられねぇよ…!」と拳を強く握るのであった。
「上等、…てめぇらに命預ける価値あんべな、」
銃器や武器やらで火の粉を撒き瞬殺で海に去れ遙が、武士の誇りを掲げる【誠】の旗の基に、最早、便利な武器時代を迎えた悲惨な地代にでさえ這い蹲る男達の纏う浅葱の風は、血反吐を吐きながらも荒々しく吹き荒ぶ哀しい旋律。
武士の“紛い物”と胸倉掴まれ泥水啜って命刃り根気燃やす陣、誠心を貫く浅葱の蛇の生き様。
埃血るの欲の舞台に、凛とし威厳格を誇る誠の山形模様ーー
日本歴史へ永遠に遺す証明として支払う魂の代価。
もはや世は、刀(心)と刀(心)で交える武士道を必要とせぬ時代へと哀しくも突入しており、勢威や美徳で色彩を揮う戦は既に終わっていたーー…。
暈冥と愛て覊ぐ足枷
(刃が映す正銘)(比例する生命)
ーーー
恋焦し爛れた瘢瘡、憚り轟く戦慄
腐り熟す紅月へ、水面は苦笑と限界を映し「愚か者」との誓言を
倒幕の気運が高まる中、徳川幕府は大政奉還により政権を朝廷に返上し、将軍職を辞した徳川慶喜公は大阪城に下り、薩長を抑える新体制作りに奔走していた。
将軍のお膝元と言える江戸でさえ薩摩藩の横暴は目立つ様になり、結果、旧幕府軍は相手の挑発に乗る形で薩摩藩に向けて攻撃を仕掛けて仕舞い、不満の治まらない旧幕府軍は、薩摩藩にケジメをつけさせようと続々と大坂へ集結し始める。
旧幕府勢力は武力によって自らの威光を表し、新体制における優位性をも示そうという事で、この時は新選組もまだ間に合うと思っていた。
旧幕府軍の大きな戦力を見せれば薩摩藩も考えを改めると思っていたのだが、其れが慶喜公の思惑から外れている事も知らず。
新選組も京を抑える戦力として他藩の兵と共に伏見奉行所の守護を任され、そして慌しく年の暮れを迎えた頃、大きな事件が起きて仕舞う。
(悪魔の唆、来訪の神酒を)
「…近藤さんをやったのは、君達だよね?」
近藤が、京市中からの帰り道に御陵衛士の残党から銃で狙撃され、何とか一命こそ取り留めたものの右肩に大怪我を負って仕舞い、同じ其の晩、怒り満ちた沖田は、新選組に何かの目的で接近し探る南雲薫により唆され【変若水】を飲む事と成る事柄が重なり、近藤右肩負傷の犯人を殺害し沖田の敵討ちは成功するものの、やはりどう転んでも新選組は苦しみの呪縛に絡み憑かれるのであったーー
月灯りと血液を吸った霊薬、惑を誘い灼き轉す。
結局、近藤の右肩負傷の件の始まりも、南雲薫が御陵衛士の残党へと近藤を銃で襲う様に唆し、その晩、タイミング良く沖田の部屋に紛れ込み「労咳も完治する薬だ。」などと言い、口も行動も旨く沖田の重要な鍵二つを揺さぶった様で…労咳に蝕まれて体が思うように動かない沖田は、労咳からの呪縛から解放され刀を握り近藤の敵討ちに行く為には、悪魔を体内に取り込む選択しか術は無かった。
『…例え、あの薬を飲んででも…。』
いつの日か山南に向けて言った己の言霊が、まさか己に返ってくるとは…沖田自身も予想して居なかったのでは無かろうか?
若変水如きで労咳の呪縛から解かれる事は決して無いのだがーー
「…なまえさん…ごめ…なさ…」
深夜の事柄の際に、序でに薫とも刀を交えた所為であろう…血塗れの沖田を連れ帰ってきたなまえは、苦虫を噛み潰す様な表情をし情景を鮮明に思い浮かべては、更に負を重く背負う。
人間と鬼の調和が許されぬ事は無論、痛い程理解させられているがしかし何故、たかが此んな水に新選組の運命を握られ亡ければならない?
(【切札】= joker )
『千鶴や、あんたに関わる人間は不幸になるんだよ?まあ、僕が優しく教えてあげる。』
クスクス…と嗤いながら闇に消えていく昨晩の薫は、流石のなまえでさえも握拳を作り、其の儘横に殴りつけ壁を鈍い音で鳴かせば、己の無力さを改めて身を持ち、知る事と稔ーー
『弱い犬程良く吠え、威勢と口だけは御立派』
そんなレッテルを己自身に叩きつけるしか出来ない自慰的懺悔法に、なまえの瞳には悔しさと無念が痛く滲む。
序でに、薫と千鶴の関連性を頭の中で巡らせ推測してみるのだが、やはり、なまえにとって愛しい近藤の負傷や沖田羅刹化の所為で、心や脳が激しく揺さぶられる感覚に陥り、正直、今の彼には余裕は無く、其方を優先に脳内を占めては頭を抱えるのであった。
「…最初から俺だけ狙えばいいのに…!」
薫の目的がなまえの血液や連結鍵ならば、なまえ自身に接触すれば良い話であって…何故しかも頼によって己の大切な人、新選組を狙うのであろうか?
此んな感情に生殺されるのであれば、一層、銃で撃ち抜かれた方が稔るのにーー
「なまえさん…」
只一人きりで胡座を掻き頭を抱え座り込んでいたなまえを心配し、千鶴の優しい声が遠慮がちに響けば、なまえは哀しい表情を隠せない儘、弱々しく紅月光を光らせながら彼女に視線を移すと、決して見たくもない薫と瓜二つの姿見に、なまえは眉間の皺を思い切り不愉快そうに寄せた。
「…お嬢、」
こんな夜更けに男に寄るなんて何されても文句言えねーぜ?と、八つ当たりするかの様に冷たく放ち千鶴に自分の部屋へと帰る様に促せば、千鶴は「こんな寂しそうななまえさん…私、放っておけません…」と食い下がって仕舞うと、なまえの紅月は鋭く冷酷に光ると同時に、千鶴の小さな悲鳴と鈍い音が響いた。
「…あ…っ…!」
千鶴は己の身に何が起きたのか理解できずしかし何時もと雰囲気が異なるなまえを静かに見れば、千鶴の小さな身体の上になまえの身体が跨ぎ千鶴を無理矢理押し倒す様を画くと、千鶴は吐息を吐き出し状況を理解していく。
「…じゃあ、あんたを犯っても文句ねーよな?」
支配階級を翳す紅月は、
多寡が白桃に激昂する様に、
なまえの綺麗な手が千鶴の細い手首に軽く力を加えると、千鶴の身体はビクンと跳ね上がり「なまえさん…それは…どういう意味ですか…?」と、吐息を零しながら目の前の愛しい男に問いかけるのだが、なまえは、顔色一つ変えずに「…言葉の意味と今の状況を、判断できねー年齢でもねーべ…?」と放ち、千鶴の着物に静かに手を掛け、布の擦れる音を淫らに奏でる。
「…んっ…私…どんな形であろうと…貴方になら…」
目に涙を浮かべつつも頬を薄桃に染める千鶴は、己からなまえを誘うように目をゆっくりと閉じ、抵抗などせずに訪れる感覚をただただ待ち望み、愛しい男の手に身を委ねる決意をーー
夜風に桜坊、惟又、風流韻事
(砕け散る柘榴の末路、觴詠)
ーー…
「…俺達ァ、これからどうなっちまうんだろうな…?」
数日たった在る晩に、土方の珍しい嘆きを受け止める羽目になったなまえは「…おー、さすがのあんたも今の状況にお手上げか?」と言葉を真面目に返せば、土方は「…たまには許せ…おめェの前なんだからよ…」と長い前髪を掻きあげ苦笑いを含み促した後、ゆっくりとなまえの肩へ埋まる。
当然、毎度、先陣を錐、
勇ましく不軌抜ける紫は、
今宵のみぞ有り得なく澱む
「…よしよし、めずらしー、」
なまえは、土方の頭をぽんぽんっと撫で、からかう様に明日の天気を心配しながら、しかし最後には「…あんたが疲れた時は、俺を使えばいい…」と静かに優しく投げ掛けると、土方は僅かに身体を震わせながらなまえの弱々しい身体をキュッ…と抱き締めるのであった。
「なまえ…飯、あんまり食ってねェだろ?」
「…食欲ない…、」
「…また痩せちまってる…」
土方がなまえの腰周りを抱けば、毎度休むことなく刻んでいる土方の眉間の皺が更に深く刻んで仕舞ってる事をなまえが己の目で確認して仕舞うと「…ん、気をつけます、」と気まずそうに言葉を返すのであった。
「ったく、てめェは大体…」
「ーー副長、お話が」
多少、冷たい空気を感じ取りサポートしてくれたのか、(まさか…偶々だとは思うが)丁度良いタイミングで戸の向こう側から山崎の声が響けば、なまえの表情はパァァッ…と明るくなり、なまえ自身が山崎へと応えると、山崎は己が求める人物からの返しでは無く、意外な人物からの返しに「…みょうじさん…?」とつい驚く様に言葉を放つのであった。
「…悪ィな山崎、入れ。」
こんな時間にてめェは…声抑えやがれ、となまえの頭をペシッと軽く叩きながら山崎の要件を聞けば、なまえは、ぶーたれた表情をしながら、山崎の凛々とした姿を目に焼き付け始める。
逸、途端に、最期が訪れ用途、
後悔の降灰が、埃薔薇されぬ酔、
(…最初に出逢った頃から、全く変わんねーな、)
決して拗曲げる事なく頑固で真っ直ぐな意志を宿す瞳は、間違い無く新選組一なのだろうと、なまえは、惚れ惚れしながら業務を遂行する山崎を見ていれば、始めて山崎が此処へ入隊し、自己紹介していた時の情景をふと想い浮かべると、懐かしさに心は温まり「…あの頑固で屈しない瞳だからこそ…俺らは支えられて生きて、救われて両足で立ってられるんだべな…、」と小さく呟くのであった。
「ーー以上です……失礼ですがみょうじさん…自分に何か…?」と視線に気がついていた山崎が頬を染めつつ困る様に返せば、なまえはニッ…と歯を見せ微笑む様な表情で「んー?山崎は相変わらずイイ男だな、って思ってよ?」と返すと、山崎は「なっ…!?なんですか、いきなり…!」と何時もの冷静な表情を崩し慌てる様な素振りを見せるのだった。
「…みょうじさん…何か企んでらっしゃいますか?」
山崎は、疑った視線でなまえを見つめれば、なまえは「あんだと?失礼だな、」と悪戯に返した後、山崎の頬をぐににっ、とオマケに引っ張ってやり、三拍程和やかな余韻に浸り味わうと、伝えておきたいもう一息言葉を詠う。
「…っ、みょうじ…さ…ん?」
「…ね、山崎、」
「はっ」
つい先程の和やかな雰囲気から一転、なまえの真剣を含む重たい声に山崎もハッキリと返事を返せば、なまえの紅月も山崎の返事に負けない程綺麗に輝くと「…新選組…土方さんの事、これからも宜しくな?」と改めて山崎へと哀しく、そして真剣に伝えるのだった。
「…は…?」
「…なまえ…!てめェ何ほざいてやがる!!」
この人はいきなり改めて何を言ってるんだと…全くもって意味が解らない山崎は、キョトンとした表情をなまえへと向けながら返す反面、なまえの【真実】を理解する土方は、なまえの放つ言葉の意味を悟り瞬時に反応し怒鳴りつける様に言葉を叩きつければ、なまえは「…っ…!土方さん…!しーっ!!今なーんーじー?」と急いで己の手で土方の口を塞ぎ、土方の怒りを遮るのであった。
「てめェが…っ…ふが…!!」
「…御言葉ですがみょうじさん…自分は、此処へ入隊した時から新選組の為だけを考え、そして行動し、局長や副長…あなた方幹部の手足として生きていく事を誓い今まで…そして此れからも、それは屈する事は無くーー」
改めて膝をつき忠誠を誓う様に頭を下げる山崎に、なまえは「さすがだな…安心した、」と放ち、土方から手を離し今度は山崎に近付くと、山崎の頬へと指を持って行き優しく表情を掬いながら視線を拾えば、今度は山崎の瞳を貫く様に真っ直ぐと己の二色をぶつけて絡ませ「…どうか、頼みます、」と真剣に静かに放った。
「…!?みょうじさんっ…!!」
憧れのなまえから物凄く綺麗な表情で申し付けられた筈なのに、何故だろうか?
瞬きの其の舜、なまえが己の前から消えて亡くなる溶な胸糞悪い幻覚が蜃気楼、同時に気を失う様な悪寒が山崎の隅々まで全身を激痛が襲えば、山崎は、らしくない大きな声を張り上げ、なまえの腕を両手で『逃がして堪るもんか』と強く掴むのだったが、気が付けばハァ…ハァ…!と荒く呼吸を乱しながら汗をぽたぽたと垂らして仕舞った。
「…んぐ?」
普段は決して見ることは無いであろう山崎の反応に、なまえは若干怯みながら「あー、…変な事言ってごめんな?」と小さく謝れば、山崎はハッと我に返り「…っ…!?御無礼、お許しください!」と姿勢を忠し頭を下げ謝罪し返すと、なまえも苦笑いを浮かべながら「…ったく、らしくねーな、」と言いながら溢れる汗を優しく拭ってやるのだが、山崎は今の不思議で怖い感覚に何事かと混乱しながらも「…すみません…」と謝り続ける。
「…山崎、今日はもう休め…。」
山崎が何かを感じ取ったと悟った土方は、一つ咳払いし状況を纏め命ずると、山崎は先程の嫌な予感を自身でも全く理解出来ず、心臓の爆音が収まら無い儘、しかし素直に返事を返すと「…失礼します…」と、部屋を立ち去った。
「…俺、悪い事言ったかな、」
嫌われたらどーしよ、と悲しそうな表情をし土方に問えば、土方は何も言葉を放つ事無くただただ目の前の儚い生命体を壊さない幼にそっと触、そして抱き締めては胸へと納めると、なまえにも「もう眠れ」と言う様に、ゆっくりと睡眠へと誘う。
(喪いたく亡い、懺悔でも何でもするから)
「…抱いてくれないんですね…」
温かい土方の抱擁の中で、あの晩の千鶴との情景を脳内で描くなまえは、そのまま己の二色を静かに閉ざし深い眠りにーー
「…私では駄目ですか…?」
組み敷かれてる筈なのに何故かその様な文句を放ちながら悲しそうな表情をする千鶴に、なまえは黙って千鶴から身を離した後、すぐさま彼女の身体を支え優しく起き上がらせれば「…悪かったな、」と謝りながら彼女の頭をぽんぽん、と撫でた。
「…最低だよな、俺」
「そんな言葉、聞きたくありません。」
「…ごめん、」
「…っ…!!なまえさんは、ずるいです…!!
…私の心にいつだって貴方が居て…私を惑わせて…っ…!!」
千鶴は、大きな瞳に涙を浮かべたと思えば直ぐにボロボロッ…と溢れさせ、恋心を正直に告白すれば、それを黙って聞き入れたなまえは「…お嬢、」と呼び掛ける事しか出来なかった。
「…解ってます…!
なまえさんの心には…私では無い他の女性がいらっしゃる事くらい…!
それでも私…初めて出逢ったあの時から…私…ひっく…!」
千鶴の幼く可愛い顔からは悲しみの色が淡く滲み、大粒の涙石をコロコロ…と産むと同時、それでも諦めきれないとの強く純粋な想いを一途に華麗に目の前の愛しい男へと捧げるのならば、彼も武士として一人の男として、筋を通し答を出すのが礼儀ではなかろうか。
「…俺には、心に決めてる女がいる、」
(「うちは…貴男をお慕い申し上げております…っ!」)
「…っ…!ふ……!」
「もう二度と…彼女に逢うことは無いけど、」
(「小鈴の全てを包み、愛してくれる男に …今の言葉、言ってやってくれ、」)
「なまえ…さんっ…!」
「まさか、お嬢が俺を…
でも…好きって言ってくれて、嬉しかった。 」
(「さよなら、」)
「…ひっく…ぐすっ……いいえ…それでも…なまえさんの傍に置いて頂けるだけで、幸せです。」
大粒の涙を流しながら笑う千鶴に向けてなまえが真剣に謝れば、千鶴は「何言ってるんですか…!私まだ諦めたわけではありません!」と東の女特有色で強く返しながら、なまえの腕の包帯を無理矢理解きゴシゴシと己の涙を拭く。
「…ありがとう、…千鶴、」
初めて彼女の名を呼んだなまえに、思い切り赤面をし鼓動を鳴らす千鶴は、喜びを噛みしめた後、一つゆっくりと深呼吸をし、そして吐き出した。
「…なまえさんは、その女性に想いを告げないのですか…?
二度と逢わないとおっしゃいましたが、それで良いんですか…?」
千鶴は、未だ泣きそうな表情をしながら愛しの男へと静かに問えば、男の口からは小さな溜息の様な吐息と哀しみを含む声が産まれ「…ああ、逢うことも告げるつもりも無い、」と言葉を散らせれば、表情までも哀しみに染まる。
笛音に熨せ、籾消した恋心、
其れに…過ちは二度許されず、
血腥い十字架を背で軋み抱える男の背中は、彼女へと対する己の気持ちさえも…生涯賭けて戒めとして突き刺すのであろうか?
爆弾を鎖で繋ぎ結ぶ心臓は「愚問」だと嘲笑った。「それに、俺は新選組のみょうじなまえだ…。
近藤さん率いる新選組の為に生きて、そして死ぬ。」
背を向けその決意のみ語った後、なまえから千鶴の前から立ち去れば、千鶴はこれ以上何も言う事も追いかける事もなくただただ涙を溢れさせ、そして更になまえに対しての愛情が深まれば、胸の鼓動は暫く大きく鳴り響いていた。
『どんな事情も立場も、恋の前では無力だもんね』
ある時、千姫が放った言葉を思いだし千鶴の瞳の輝きは大きく増し、そして心に刻みつけ強く誓えば、叶わぬ恋の枷に桜の心を深く紡いだ。
彼の特色である紅月光を、
濁し遮る毒蜘蛛の存在に、
彼女如きが気付く訳も無くーー
火粉の鐘、凍る膿冷酒
冷と隷が澱む京の町は、相も変わらず厳戒態勢で居続けており、そして遂に戦いの火蓋は切って落とされた。
薩摩はイギリス、長州は英仏蘭米、そして幕軍と二度の戦闘を経験し近代戦術を完璧に自分たちの物にしており…最終兵器を手にした敵に、もはや新選組の剣術など役に立つ筈も無くーー伏見奉行所にも火がかけられ、新選組は京からの撤退を余儀無くされる。
(冷徹を演じ這い蹲れと、太陽は不愉快に囁いて)
ーーー…
「大丈夫かい?少し休もうか?」
「い、いいえ!大丈夫です。
休んでる場合ではないですもんね!」
千鶴は、ポタポタと流れる汗を拭い、共に行動していた井上の気遣いに感謝しながら、先程怪我をして仕舞った御陰で酷く痛む足を引きずり歩き続け、目的地へと足を急がせた。
「彼らは、助けてくれるのでしょうか…?」
このままでは薩摩連合軍に押し負けて仕舞うとの事で、援軍を呼び少しでも戦況を有利にする為に、井上と千鶴は土方の命で伝令として淀城へと向かう途中であるのだが…。
「そうでなければ困る。
ーーあの人に、敗北は似合わない。」
己の命を掛けても土方に勝利を捧げたいとする井上の想いを継、千鶴は瞳を鋭くし大きく返事を返すと、ズキズキと痛む足の叫びを無視すれば、更に駆け足し身体を急がせるのであった。
「…ちくしょう…武器が厄介だぜ…!
軽々と一発放てば、すぐさま火の海だもんよ…!」
悔しさの余り奥歯をギリッ…!と噛みしめ吐き出す原田に、共に行動する隊士達はその言葉に同意する様に小さく頷くしか無かったが、しかしその雰囲気を遮るかの様になまえが「…なら刀捨てて銃奪って戦うか?…でもまぁ結局、俺らは刀握ったまま這い蹲って足掻く莫迦の集まりなんだろーけど、」と口角をあげると、原田は「…っ…!ああ、勿論だ…!死んでも槍は捨てられねぇよ…!」と拳を強く握るのであった。
「上等、…てめぇらに命預ける価値あんべな、」
銃器や武器やらで火の粉を撒き瞬殺で海に去れ遙が、武士の誇りを掲げる【誠】の旗の基に、最早、便利な武器時代を迎えた悲惨な地代にでさえ這い蹲る男達の纏う浅葱の風は、血反吐を吐きながらも荒々しく吹き荒ぶ哀しい旋律。
武士の“紛い物”と胸倉掴まれ泥水啜って命刃り根気燃やす陣、誠心を貫く浅葱の蛇の生き様。
埃血るの欲の舞台に、凛とし威厳格を誇る誠の山形模様ーー
日本歴史へ永遠に遺す証明として支払う魂の代価。
もはや世は、刀(心)と刀(心)で交える武士道を必要とせぬ時代へと哀しくも突入しており、勢威や美徳で色彩を揮う戦は既に終わっていたーー…。
暈冥と愛て覊ぐ足枷
(刃が映す正銘)(比例する生命)
ーーー
恋焦し爛れた瘢瘡、憚り轟く戦慄
腐り熟す紅月へ、水面は苦笑と限界を映し「愚か者」との誓言を