千羽鶴が搦む歯車、孤独を叩き告ける紅き花
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「此処が京の都…」
我知らず唇から、ほう、と息が洩れ、つい…京に暮らす人々の優しい顔を眺めてしまう。
交わされる町人達の柔らかな言葉達とは裏腹に、市中に漂う冷たい空気に、千鶴は少し居心地の悪さを感じてしまうのだった。
「ううん、気のせいだよね」
京まで歩き通しだったから、心も体も疲れてるのかもしれない、と思い「すみません!」と千鶴は勇気を出して町人に声を掛ける。
「道をお尋ねしたいのですが…」
ーーー
(っし、上出来、)
同じ頃の新選組屯所内の一室。
なまえは、ジャラッ、パチンッ!と、算盤を弾きながら勘定を行っていた。
顔は、端から見れば不気味にニヤリと微笑むように見えるが、彼自身、此でもとびきりの笑顔であった。
ただ、笑顔というのが彼には難しいだけであり…。
「最近、算盤弾くのが癒しになってきたかも?」
どーだ、と言わんばかりの眼で勘定方の河合耆三郎に話しかければ、柔らかい笑顔で「今月もなまえ君の御陰で助かりました」と御礼を言われた。
「どういたしまして」
河合さんの山のような仕事も、新選組の台所事情も、今月も安心だなーと問いかければ、河合は再び御礼を言い、自らの懐をごそごそと探り、少しのお金をなまえに差し出す。
なまえは、不思議そうな顔で何だ?と返すと、河合は唇に人差し指を当てながら、「私の懐からなので僅かですが…いつもの御礼です。」となまえに小銭を握らせる。
「いらねーよ!」
なまえは、驚いた顔をしながら、そんなつもりで手伝っているわけではないと声を荒げると、河合は、たまには自分にも格好付けさせろ、と微笑み、なまえの背中を押した。
「はいはい、今日はもともと休みでしょう?その金で、好物の大福でも買って町でゆっくりしておいで。」
えっ、ちょっと…と慌ててるうちになまえは外に連れ出されて仕舞ったのだった。
(大福…だいふく…大きい福)
屯所の門の前にぽつん…と出されたなまえは、ふてくされた顔で、好物の大福の事をぽわんと頭に描くと、表情はそのままだが頬がぽっとピンクに染まる。
暫く硬直した後、折角だし…お言葉に甘えちゃえ、との事で、軽やかな足取りで京の町へ降りたったのだ。
「なまえー!いるかー!?」
茶でも飲もうぜ!と元気な声で、勘定方の部屋の襖をバッ、と開け開いた平助は、河合にニコッと微笑みを送られ、「好物と戯れる為に、旅に出てます。」と言われ、残念そうにしながら、河合の言葉の意味が解らず、大きな?を頭上に出した。
ーーー
「大福ふたつ、くださいな」
この白のね?と歯を見せながら微笑むと和菓子屋のおばちゃんは、「あんた、良い男ねー!サービスしちゃう!」と言われ、もう二個サービスしてくれた。
浅葱の羽織を着てないなまえに、ニコニコしながら頬を染めるおばちゃんを見ながら、なまえは、有難うと素直に御礼を言うと、またおいで!と言われるのであった。
(後で、近藤さんにもあげよ、)
嬉しそうな表情をしながら大事そうに買った大福を抱え、一つパクッと口に含む。
(…うっ…泣きそう)
久しぶりに味わう好物の味に感動しつつ、むぐむぐ…とゆっくり食べていると隣から小さく、すみません、と声が聞こえた。
「…んぐ?」
大福を口に加えながら、俺?と振り返れば、ピンクの着物を着た子供が声を掛けてきたようだった。
袴を履いてるが、まるっきり女で尚且つ、自分と同じ種族の気を放つ様で、どうやら彼女も…。
(…んー、訳あり?)
じっ…と姿を見てると、その女は「松本先生という、お医者様の自宅を探しているのですが、御存知ありませんか?」と、おずおず聞いてきた。
「見ての通り自分は善良で健康で医者要らずの一の民です。御存知ありません、」
ま、どーでもいい、と思い彼女の質問に本心(首を傾げるが)を答えた。
口に大福をくわえてる為、ふごふごした感じで答えてしまうなまえに、女…千鶴は、思わずクスッと笑って仕舞った。
「…む、あんだよ、」
そのまま口にパクッと含み食べた後、ペロッと舌をだし口の周りの粉を舐めると、そのなまえの仕草に千鶴は、思わずドキッとして顔を染め「いえ、ごめんなさい」と謝った。
「凄く美人さんな女性が、口に大福をくわえてらっしゃるから…」
千鶴は照れながら笑うと、なまえはピキッーー!と固まってしまった。
その状態を見た千鶴は、困った様に、あ、あの…?と不思議そうに声を掛けると、なまえはふるふる…と震えながら、「俺は男だ!何処に目ぇつけてやがる!」と声を荒げ、抱えていた大福を一つ取り出し、千鶴の口にグイッと押し込んだ。
「…ふ…!?」
千鶴は驚き、ぽかんと大福をむぐむぐと口に含むと、半分だけ食べて離し、ええっ!?男の御方だったんですか!?と驚きの言葉と、いきなり何するんですか!と抗議すれば、なまえはふてくされる。
「あんたの失礼なお口に栓してやったんだよ、満足だろ?」
なまえが気にしている事を言われ眉間に皺を寄せながらふいっ、と顔を背けると、千鶴も意固地になってしまい「大福、ご馳走様でしたっ!」と御礼を言い、去ろうとする。
「…仕舞った!」
俺の大事な大福返せ!と声を漏らせば、もう食べちゃいましたもん、と千鶴がふわっと意地悪く笑いながら言い、もう一度ぺこっと頭を下げる。
「…ったく、そろそろ日が落ちるから道中気をつけな、」
じゃーな、嬢ちゃん、と仕返しのように悪戯に歯を出しニヤリと笑えば、千鶴は、えっ!?と驚き焦る顔をしながら慌てふためく。
(もー…〃)
千鶴は顔を染めながら、己に背を向けて去っていく男を暫く佇んで見惚れていた。
「…むー、あと二個…」
なまえは、見ず知らずの女に例え事故だとしても、己の好物をあげてしまうという先程の失態に、ずーん…と沈みながら、屯所までの道を歩いていた。
女性関係において、どの様な形であろうと哀しい思い出が多い彼には、女に関わると、ろくなもんじゃねーな、と認識しつつあるようだった。
(しかし、女鬼か、)
今じゃ珍しいんじゃねーの、とふと考えたなまえは、鬼と医者のキーワードを結びつけて仕舞うと、新選組が今探しているあの男…雪村 綱道の顔が浮かび上がり、うげ、と心底嫌な顔をする。
(…やめた、早く帰ろ)
そう思って急ぎ足になった瞬間、
ズグンー…ッ!と心臓が大きく鳴いた。
「…ぐっ…!!」
なまえは口元を押さえながら早急に建物の物陰に入り、体の中から逆流してくる血液を、ごぽごぽっ、と地面に叩き出す。
ーービチャビチャ…ボタ…ッ、
妖と鬼を莫大に含む紅蓮の花は、明日を満たさないまま…地に血を虚無に染め散った。
ビチャ、ビチャ…と地を紅に染める己の血を眺め、ヒュー…ヒュー…と呼吸しその場に座り込む、消え入りそうな心の音。
(あー…勿体ね…)
げ、ぼっ…と咳をしながら必死に呼吸をし手で血を拭うと、先程、幸せに成りながら味わった真っ白な大福が紅く染まり、無惨な形で血液と共に地に堕ちているのを眺める。
残酷だが、偶にある吐血症状になまえは黙って従うしかない。
此から先、恐らくもっと症状は酷くなり吐血の回数も多くなるだろう。
忘れられない古傷は容赦なく、彼の生涯賭け存在を主張させるーー…。
まだ、死ぬわけには行かない、
周りにバレる訳には行かない、
頼む、もう少し待ってくれ、と縋るように己の左胸の着物をぐっ…と掴み握った。
声もいつか、届かなくなる。
脆く、儚く、降り続く呼毒ーー
親愛なる近藤に土産にと、大事に持っていた、己の返り血で汚れて仕舞った大福を哀色の川に投げ捨て、己の禁忌結合で汚れた両手と足を綺麗に洗い流し、何事も亡かった様に屯所に戻る。
水と交わり一緒になる己の血液を睨み付け、川から手を出し夜空に掲げて水滴を星に例えて見ても只、虚しく飛び散るだけの無色透明ーー
千羽鶴が搦む歯車、孤独を叩き告ける紅き花
(少女は、日本に轟く歴史を視る)
ーーー
暫しの別れ、儚い再会
日本の篤く切ない歴史を
旁に、私と御一緒願います、