鬼面の慕の雨響普、輪舞
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ギリギリッ…と軋み錆を剥ぎ、厭に動き始める歯車は、刻と酷を刻む古時計の基盤ーー…
【桜】の情景さえ響で劣し、バラバラに撒き散らせる。
宿命、甘い菓子の様な馴れ合いは許される事無く、背負う十字架。
ーーー
「…昨日今日で決めた訳じゃねぇんだ。
尊皇攘夷とか佐幕とか、誰が正しいとか、どっちか正しいとか…やってみないとわからないと思う。」
この国の為には何が必要なのか見てみたい故に伊東について行く、との平助の堅い意志は、平助が特に想うなまえにでさえ奪う事など不可能だったのだが、しかしなまえは最初から彼を留める事無く、ただ静かに頷くのであった。
「…ついて行く背中が、俺とは違うってだけだべ?」
謝る必要ねーよ、寧ろ尊敬する、と静かに語りながらなまえは、己の紅い月光を力強く放ち、平助の左胸にコツン…と拳を当てる。
「いつか…新選組と…なまえと戦う事になっても、自分の意志を貫こうと思ってる。」
平助は、己の左胸に置かれたなまえの拳と、彼から共に放たれた眩しい紅月光を、己の眼力を鏡に見立て反射させ弾き返す様にギリッ…と言い返し、なまえの拳を静かに払い退け落とせば、「あんたはもう敵だ」とも言う様に、紅月光に冷酷を突き着けたーー…
「…ったりめーだろ?主君護る為なら、俺だって容赦しねーよ、」
払い落とされ行き場のない手を、ひらひら~と空で遊ばせながらニッ…と歯を見せ口角をあげ、しかし何処か寂しく強がりの様に放つなまえは、その言葉の次に表情を少し意地悪そうに作ると「…まぁ、平助とは花弁を咲かす枝が違うだけで、咲かせる木樹は共に一緒な気がする、…俺の勘だけど?」と呟くのだった。
「…っ…?!
…オレさ、なまえの…そういうとこ…大嫌いだ…!」
呟きを聴いた平助は、眼を見開き数秒間だけなまえと視線を交合わせた後、己の瞳からボロッ…!と零れ落ちていきそうな体温を堪える為、急いで顔を俯かせなまえの横を急ぎ足で去っていったのだった。
「…やはり志の前では、情など無用のものだな…」
初めて平助に「嫌い」と言われ、いつも味わう苦しみの痛覚とは又異なる、ズキズキッとする胸の痺れる様な感覚に戸惑うなまえの前に、普段は敵にしか魅せない冷たい表情をした斎藤が静かに近づくのだった。
「…聞いてやがったな?
やっぱ気配消すのお上手、」
なまえは、さすがだな、はじめー、なんて言いながら複雑な表情で斎藤に放てば、なまえの全身を爪先から頭を流れる様に冷たい視線を注いだ後、斎藤は小さく溜息を零し更に冷たい雰囲気を纏い、刺す。
「…今のあんたには、付いて行こうとは思えぬな…」
新選組と言えば「みょうじ なまえ」がどう転んでも看板の位置に居る。
なら己がついて行くのは、彼の背中が見愛なく、視選ない道であってー…
斎藤は冷たい表情を変える事無く、己も新選組を離れる件をなまえへと告げた。
「…俺は、少し昔の…己であろうが隠しきれず湧き上がる生気を持つあんたに憧れていたのだ。
…今のあんたは、生気を隠す所か嘘の様に弱まり、反対に比例して強くなった【猛毒】を纏う何かを隠してる…。」
斎藤は、ギリッ…と冷たく冷酷な刃の視線をなまえに突き刺せば、周りの空気さえ冷たく変え、先ほどから黙っているなまえの反応を図ったのだが、なまえは表情を変えず紅い月を主張するのであった。
「…一がそこまで想ってくれてたなんてな、…禁忌な妖鬼やってて良かったのかもなー?」
ごめんなー、最近は皆に任せてた事が多かったから、平和呆けしてたかも、なんてなまえが苦笑いしながら放いた後、すぐさま「さっきの平助との話、聞いてたんなら話ははえーよ、…俺は留めるつもり無い。…勘は働いてるけど、」と足したのだった。
「まさか一まで…とは、ちと予想外だった、」
「…やはり、俺が此処まで聞いても…黙ってるんだな…。」
斎藤は先ほどの冷たい表情を崩し、物凄く哀しい表情をしなまえの紅い月を見つめながら静かに零せば、黙って背を向けてその場から立ち去って行ったのだった。
「一…」
再び静まり返った縁側の宵に、なまえはすっかり眼も醒めて終い、腰掛け寄りかかる背の柱に己の頭を後ろにゴツン…と傾け預ければ、目線の先の月に視線をも預けた。
(…なんなんだ、これ…)
先程から響く胸がズキズキ、と不思議な痛覚に襲われ、なまえの眉間に深く皺が寄れば、いつもの様な苦しく血を吐き、猛毒に蝕われる方が全然マシだと思いながらーー…目を瞑り、その場をやり過ごしたのだった。
(好きと大嫌いじゃ、嫌いの勝利) チュン、チュンーー
「…んー…?」
温かく眩しい日光と、優しい雀の囀りが、なまえの貴重な今朝を導いてくれた様で、何より彼はどうやらあのまま此処で眠って仕舞い、そのまま一晩を過ごしたらしい。
(…身体、痛…)
その場から腰をあげ、広間に移動しようとすれば、ミシッ…と骨が鳴るような感覚に襲われ、うげ…と思わず苦笑いを零すのだった。
「今後は衛士と新選組隊士との交流は禁止するつもりだろう?」
負担のかかる体制と、布団の中では無く冷たい床の上で寝たせいで、身体に若干の痛みを和らげる為に、軽く身体を馴らして伸ばしながら広間に到着すれば、室内から井上の声がし、なまえは部屋に入らず戸の前で腰掛け、井上達の言葉を拾っていった。
御陵衛士ーー…
孝明天王の拝命する為、友好的な関係を前提とし、新選組を分離させたと、伊東と近藤との間で話し合いが行われ正式に決定し、そして伊東派に分離してついて行くのが、平助と斎藤であったとの事だった。
「平助と斎藤がついて行くとは…計算外だったな。」
土方がホロッと零す様に吐けば、近藤や井上は「かなりな…」と、静かにうなだれた。
「でもまぁ…なまえ君を連れていかれなくて良かった、と思えば…」
井上が2人に放てば、近藤は「伊東さんはなまえを相当気に入っておったからな…内心、冷や冷やした…」と返すと、土方は「あいつは近藤さんが居る限り、此処を抜けるって事はネェな。…まぁ、近藤さんが居る限り、の話だけどよ。」と苦く含み笑いながら、話を締めたのだった。
人斬り集団の新選組ーー…
仲良しだとか馴れ合いだとか仲間とか、そんな思い出や絆は、正直どうでも良い事であり、彼らは甘く美味しい平穏を望む事も、可愛く柔らかい未来を描く事も許されないのかもしれない。
色々な意味を含め最も悪く言えば、【捨駒】
そう考えると今回の出来事は、なまえが「忌み子」として産まれてきた過去も、新選組の秘密の「切札」として要る現在も、やはり“殺し交い”の中で生きていく宿命として、拒否権など無論無く…繋がっていたのではと再確認できる。
血を浴び、流し、生死の狭間で生涯過ごすと定められた鎖で、雁字搦め状態のなまえに、最近、平和呆けしていただろう改めて鞭として叩き付ける良い機会であったのではなかろうか?
「…はっ、…すげー笑える…」
“情”を持てば己の心が痛く傷つき、又、相手をも痛く傷つけると、あの時(小鈴と千代)に身を持って理解した筈なのにーー…
なまえは、ギリギリ…ッと拳を握り震わせ、爪が己の掌の肉を裂きポタポタ…ッと血を垂らしながら、広間の戸に静かにうなだれた。
悲しい事に時は当然の様に、なまえに同情する事なく過ぎていき、そして伊東達は御陵衛士として新選組から離隊。
月日は流れ、慶応三年六月となる。
ーー…
「なまえ、起きろ」
昼間、千鶴の小太刀の稽古を見てやる様にと言われ渋々見てやったなまえは、稽古となるとやはり真剣になって様で…それと連日の疲れが溜まって仕舞い早く布団に入っていたのだが、土方から叩き起こされ、不機嫌に睨む。
「…何?俺に関係あんの、」
御陵衛士が離隊した件から暫くしてからだろうか…なまえは少し変わって仕舞っていた。
無表情ながらも持っていた温かい表情や、親しみやすく柔らかい雰囲気を故意で抑えるように成った様に見え、周りの連中は特に問い詰める事はしない様であったが、悲しく思いながら物凄く心配になっていた。
「…悪ィが、なまえも来てくれねェか?」
土方が複雑そうに、夜分遅く広間に集合し幹部も勢揃いしているとなまえに放てば、なまえは「…あっそ、」と腰をあげ舌打ちしながら、呼びに来た土方を待たずに広間に向かった。
(…なまえ…)
雰囲気の変わったなまえに土方は胸をズキッと痛ませ、以前のなまえなら憎まれ口を叩きながら冗談を交える柔らかい雰囲気を作っていた筈なのに…と、頭を抱える様にクシャッ…と己の前髪を指で掴むのだった。
「なまえさん、お久しぶりです!…ふふっ、全員揃いましたね?」
「……。」
以前、京の町で出会った、生意気な女鬼ーー千の登場に理解が出来ず、睡魔が加わっているお陰で、なまえの不機嫌度は更に高まれば「…あんたが此処に何の用、」と冷たく放つのだった。
「なまえさん♪はい、僕の隣に来てください!」
「…くだらねー理由だったら、部屋戻る…、」
総司達いりゃいーべ、俺の分まで聞いといてー、と声を掛けてきた沖田に返しながら、目を擦り不機嫌に放つなまえに、後から入ってきた土方は、彼の腕を強く掴みながら己の場所まで引っ張れば、「俺の隣に居ろ」と無理矢理座らせた。
「こんな夜分にごめんなさい…。私ね、千鶴ちゃんを迎えに来たの」
千は申し訳なさそうになまえに謝り、今回屯所に来た理由を放てば、ザワザワ…と広間に戸惑いが広った。
「…えっと、どういう意味?お千ちゃんの言うこと、よく解んないよ…」
千鶴が複雑そうに問えば、千は「私を信じて」と冒頭から始まり、順を追って説明をし始めた。
風間の存在、彼の狙い。千が女鬼という事、そして【鬼】の存在ーー…
「ほとんどの鬼達は人と関わらず、ただ静かに暮らす事を望んでいました。ですが…」
なまえは己とは関係ない鬼の歴史を、黙って静かに聞いていたのだったが、次の千の言の葉一枚一枚から、感情を逆撫でされる様な感覚に陥られるのであった。
「今、西国で最も大きく血筋の良い鬼の家と言えば、薩摩の後ろ盾を得ている風間家です。
頭領は風間千景ーー…
そして、東側で最も大きな家は雪村家の生き残りである彼女…雪村千鶴、そして自ら「禁忌」と謳い、特殊であり異例である妖と鬼の混合族の頭領、みょうじ一族の生き残り… みょうじなまえ。」
千が真剣に言を打ち放つのに比例して、その弾を受けるなまえは、冷たい紅月光を突き刺す様に、無言で千を睨み付けるのであった。
「なまえさんが…妖鬼…?」
その場に居た新選組幹部は千鶴が鬼という事と、千が断りもなくなまえの秘密を暴く事に、千鶴は己の事柄と、ーー…なまえが妖鬼という現実に、眩暈に襲われる程動揺したが、しかしなまえと共にしてきた間、【鬼】だと思い当たる場面を思いだしながら、納得していくのであった。
「…俺の事はいいだろ、」
これ以上言うな、と言いたげに睨むなまえに、千は「…そうね…でも風間は貴方の事も狙ってるからそれは覚えておいてね」と静かに従い返し、主な千鶴の件に話を戻し説明を続けて行くのであった。
ーーー…
「例え新選組であろうと、鬼の力の前では無力です」
風間達が本気で闘ってなかったが為に今まで生きてこれたが、千鶴が居る限り、新選組は彼女も守れず朽ち果ててゆく、と千に断言されれば、幹部連中は「自分達が負けるわけが無い」と言い返し、千に食いかかった。
「周りがぐだぐだ言ってても仕方ねーよ、…お嬢が決める事じゃねーの?」
意見を言い争い揉めている中、なまえが遮る様に口をガツンと挟めば、その場は言い争いを辞め、近藤は静かに「雪村君はどうしたいんだ?」と彼女へ意見を求めた。
「私は…まだなんとも…」
千鶴が即答できず俯いていると、近藤は「ゆっくりと話してくればいい」と、千と二人きりで話す機会を与え、その結果、千鶴はこのまま新選組に居る事となったのだがーー…その夜、千鶴はなかなか寝付けず、己の事や風間の事、そして愛しきなまえの事を考えていた。
(…さっきは残りたいって言ったけど、私の希望を通してこのまま此処に居ても…いいのかな…?)
『新選組から離れない理由に、気になる人でも居るの…?』
千と二人きりで話した際に問われた質問に、迷うことなく肯定した場面を思い出せば、千鶴の頬は熱を込め、染まっていく。
(…なまえさん…っ…!)
やはりどうしても千鶴はなまえの事を想い、迷惑を掛けてしまうと理解しても、どうしても彼とは離れたく無かったー…。
「…例え、なまえさんの想い人にさえも…」
千鶴の初めての恋、誰にも譲りたくない一途な想いは、千鶴は顔も知らないなまえの想い人にまで問い掛ける様に、強き純粋な愛を木霊させた。
「…~♪」
この晩、なまえは、風間と初めて会った、あの緑が綺麗で町を見渡せる丘に来ては、風間と出会った晩の事を振り返りながら、連結鍵を静かに奏でていた。
(あの晩と、全く同じ…)
歴史や時は進んで変わっても、この情景や風景、星空は見事に当時のままで、なまえは当時の自分と見つめ逢える様な感覚に陥っては、連結鍵を奏でるのを止めると、連結鍵は、瓶の中身の液体をキラキラ…と揺らしながら抵抗する事無く、基の位置に静かに戻り服従する。
連結鍵も当時と変わらず、未だなまえを主人に相応しいと認めている御様子に、いつ飽きられ蝕まれるのかと、なまえは苦笑いをしていれば、背後から己の知る気配がし、近付いてきた。
「…これ以上、何か俺に御用ですか?」
姫、と悪戯に、しかし視線を向ける事無く背後の女性…千に問い掛ければ、さすがに千も驚き「さすがですね?なまえさん」と返しながらなまえの隣に腰を掛けた。
「…さっきの護衛の、綺麗なねーちゃんは?」
なまえは、こんな時間に一人で彷徨くなんて、とんだ姫様だな、なんて返せば、千はクスッと微笑みながら「あら?心配してくれるの?大丈夫…少し遠くで待ってもらってるの。」と返し、連結鍵に目をやり「…それが噂の…綺麗ね…」と褒め語りかけるのだった。
「…鬼やら女と関わると、めんどくせー目にあう…懲り懲り、」
あんたとも、と嫌味を吐いたなまえに対し、千は驚く表情をすると、「私がなまえさんの気配を辿って、此処まで来た理由を言う前にフラれちゃったなー…」なんて苦笑いしながら放った後「まぁ、フラれるのは承知の上だったんだけどねー」なんて続けた。
「…先に言っとくけど勧誘ならお断り、」
断る労力使うのは千景で十分、と続けるなまえに、千は「それもお見通しだったのね…」と返せば「…ついさっき、お嬢にフラれて次に俺んとこ来るなんて…良い根性してやがる、」と呆れる様に言いながら、此処でやっと千に視線を当てるのだった。
「気が強いのは私の取り柄なのー。…女の子をフったんだから、慰めにその連結鍵、奏でてくれない?」
負けずと言い返す千に、なまえもつい押され気味になれば「…ちっ、連結鍵は駄目だから横笛で我慢して、」と語り奏でようとすれば、千は不思議そうに「なんで連結鍵じゃ駄目なの?」と問い掛ける。
宵の息吹が優しく二人を纏えば、黎明の記録頁を静かに巡りーー…なまえはつい、ホロリと零し落として仕舞うのだった。
「…俺自ら連結鍵を聴かせるのは、近藤さんと…龍だけ、」
後者の知らない名に、千は不思議そうな表情をし更に人物について問いかけたが「…黙んねーなら帰るけど、」となまえが言い出して仕舞ったので、千は渋々口を閉ざし、横笛の音色に聴き入ったーー…。
横笛を指揮者にして、星座が画く輪舞曲。
連結鍵に劣らない程とても綺麗な音色は、千の心に澄み渡り、日頃の疲れを除去してくれる様で…千は知らず知らずのうちに涙を溢れさせ、声を漏らしながら泣いていた。
「~♪♪…♪」
なまえは千を横目で眺めながら、響を途切る事なく奏で続け、彼女を優しく包み込み慰める様に、更に優しく吹いて撫でていったのだった。
(俺も姫も千景も…情を棄てた機械に成り下がる事が出来りゃ、遮る邪魔な件なんぞ壊す事くらい、意図も異図も簡単なのにな…、)
懐かしい此の場所で女鬼の涙を拾いながら、なまえは横笛を武器に…一体何を願い、思うのだろうか。
「…全部、あんたの言う通りかもしれねーよ、芹沢さん、」
鬼面の慕の雨響普、輪舞
(誰か教えて)(鬼の正当を)
ーーー
紛い物への罪十字、純血な鬼の血文字
鬼薊の棘に威され、
崩れて款、新選組
【桜】の情景さえ響で劣し、バラバラに撒き散らせる。
宿命、甘い菓子の様な馴れ合いは許される事無く、背負う十字架。
ーーー
「…昨日今日で決めた訳じゃねぇんだ。
尊皇攘夷とか佐幕とか、誰が正しいとか、どっちか正しいとか…やってみないとわからないと思う。」
この国の為には何が必要なのか見てみたい故に伊東について行く、との平助の堅い意志は、平助が特に想うなまえにでさえ奪う事など不可能だったのだが、しかしなまえは最初から彼を留める事無く、ただ静かに頷くのであった。
「…ついて行く背中が、俺とは違うってだけだべ?」
謝る必要ねーよ、寧ろ尊敬する、と静かに語りながらなまえは、己の紅い月光を力強く放ち、平助の左胸にコツン…と拳を当てる。
「いつか…新選組と…なまえと戦う事になっても、自分の意志を貫こうと思ってる。」
平助は、己の左胸に置かれたなまえの拳と、彼から共に放たれた眩しい紅月光を、己の眼力を鏡に見立て反射させ弾き返す様にギリッ…と言い返し、なまえの拳を静かに払い退け落とせば、「あんたはもう敵だ」とも言う様に、紅月光に冷酷を突き着けたーー…
「…ったりめーだろ?主君護る為なら、俺だって容赦しねーよ、」
払い落とされ行き場のない手を、ひらひら~と空で遊ばせながらニッ…と歯を見せ口角をあげ、しかし何処か寂しく強がりの様に放つなまえは、その言葉の次に表情を少し意地悪そうに作ると「…まぁ、平助とは花弁を咲かす枝が違うだけで、咲かせる木樹は共に一緒な気がする、…俺の勘だけど?」と呟くのだった。
「…っ…?!
…オレさ、なまえの…そういうとこ…大嫌いだ…!」
呟きを聴いた平助は、眼を見開き数秒間だけなまえと視線を交合わせた後、己の瞳からボロッ…!と零れ落ちていきそうな体温を堪える為、急いで顔を俯かせなまえの横を急ぎ足で去っていったのだった。
「…やはり志の前では、情など無用のものだな…」
初めて平助に「嫌い」と言われ、いつも味わう苦しみの痛覚とは又異なる、ズキズキッとする胸の痺れる様な感覚に戸惑うなまえの前に、普段は敵にしか魅せない冷たい表情をした斎藤が静かに近づくのだった。
「…聞いてやがったな?
やっぱ気配消すのお上手、」
なまえは、さすがだな、はじめー、なんて言いながら複雑な表情で斎藤に放てば、なまえの全身を爪先から頭を流れる様に冷たい視線を注いだ後、斎藤は小さく溜息を零し更に冷たい雰囲気を纏い、刺す。
「…今のあんたには、付いて行こうとは思えぬな…」
新選組と言えば「みょうじ なまえ」がどう転んでも看板の位置に居る。
なら己がついて行くのは、彼の背中が見愛なく、視選ない道であってー…
斎藤は冷たい表情を変える事無く、己も新選組を離れる件をなまえへと告げた。
「…俺は、少し昔の…己であろうが隠しきれず湧き上がる生気を持つあんたに憧れていたのだ。
…今のあんたは、生気を隠す所か嘘の様に弱まり、反対に比例して強くなった【猛毒】を纏う何かを隠してる…。」
斎藤は、ギリッ…と冷たく冷酷な刃の視線をなまえに突き刺せば、周りの空気さえ冷たく変え、先ほどから黙っているなまえの反応を図ったのだが、なまえは表情を変えず紅い月を主張するのであった。
「…一がそこまで想ってくれてたなんてな、…禁忌な妖鬼やってて良かったのかもなー?」
ごめんなー、最近は皆に任せてた事が多かったから、平和呆けしてたかも、なんてなまえが苦笑いしながら放いた後、すぐさま「さっきの平助との話、聞いてたんなら話ははえーよ、…俺は留めるつもり無い。…勘は働いてるけど、」と足したのだった。
「まさか一まで…とは、ちと予想外だった、」
「…やはり、俺が此処まで聞いても…黙ってるんだな…。」
斎藤は先ほどの冷たい表情を崩し、物凄く哀しい表情をしなまえの紅い月を見つめながら静かに零せば、黙って背を向けてその場から立ち去って行ったのだった。
「一…」
再び静まり返った縁側の宵に、なまえはすっかり眼も醒めて終い、腰掛け寄りかかる背の柱に己の頭を後ろにゴツン…と傾け預ければ、目線の先の月に視線をも預けた。
(…なんなんだ、これ…)
先程から響く胸がズキズキ、と不思議な痛覚に襲われ、なまえの眉間に深く皺が寄れば、いつもの様な苦しく血を吐き、猛毒に蝕われる方が全然マシだと思いながらーー…目を瞑り、その場をやり過ごしたのだった。
(好きと大嫌いじゃ、嫌いの勝利) チュン、チュンーー
「…んー…?」
温かく眩しい日光と、優しい雀の囀りが、なまえの貴重な今朝を導いてくれた様で、何より彼はどうやらあのまま此処で眠って仕舞い、そのまま一晩を過ごしたらしい。
(…身体、痛…)
その場から腰をあげ、広間に移動しようとすれば、ミシッ…と骨が鳴るような感覚に襲われ、うげ…と思わず苦笑いを零すのだった。
「今後は衛士と新選組隊士との交流は禁止するつもりだろう?」
負担のかかる体制と、布団の中では無く冷たい床の上で寝たせいで、身体に若干の痛みを和らげる為に、軽く身体を馴らして伸ばしながら広間に到着すれば、室内から井上の声がし、なまえは部屋に入らず戸の前で腰掛け、井上達の言葉を拾っていった。
御陵衛士ーー…
孝明天王の拝命する為、友好的な関係を前提とし、新選組を分離させたと、伊東と近藤との間で話し合いが行われ正式に決定し、そして伊東派に分離してついて行くのが、平助と斎藤であったとの事だった。
「平助と斎藤がついて行くとは…計算外だったな。」
土方がホロッと零す様に吐けば、近藤や井上は「かなりな…」と、静かにうなだれた。
「でもまぁ…なまえ君を連れていかれなくて良かった、と思えば…」
井上が2人に放てば、近藤は「伊東さんはなまえを相当気に入っておったからな…内心、冷や冷やした…」と返すと、土方は「あいつは近藤さんが居る限り、此処を抜けるって事はネェな。…まぁ、近藤さんが居る限り、の話だけどよ。」と苦く含み笑いながら、話を締めたのだった。
人斬り集団の新選組ーー…
仲良しだとか馴れ合いだとか仲間とか、そんな思い出や絆は、正直どうでも良い事であり、彼らは甘く美味しい平穏を望む事も、可愛く柔らかい未来を描く事も許されないのかもしれない。
色々な意味を含め最も悪く言えば、【捨駒】
そう考えると今回の出来事は、なまえが「忌み子」として産まれてきた過去も、新選組の秘密の「切札」として要る現在も、やはり“殺し交い”の中で生きていく宿命として、拒否権など無論無く…繋がっていたのではと再確認できる。
血を浴び、流し、生死の狭間で生涯過ごすと定められた鎖で、雁字搦め状態のなまえに、最近、平和呆けしていただろう改めて鞭として叩き付ける良い機会であったのではなかろうか?
「…はっ、…すげー笑える…」
“情”を持てば己の心が痛く傷つき、又、相手をも痛く傷つけると、あの時(小鈴と千代)に身を持って理解した筈なのにーー…
なまえは、ギリギリ…ッと拳を握り震わせ、爪が己の掌の肉を裂きポタポタ…ッと血を垂らしながら、広間の戸に静かにうなだれた。
悲しい事に時は当然の様に、なまえに同情する事なく過ぎていき、そして伊東達は御陵衛士として新選組から離隊。
月日は流れ、慶応三年六月となる。
ーー…
「なまえ、起きろ」
昼間、千鶴の小太刀の稽古を見てやる様にと言われ渋々見てやったなまえは、稽古となるとやはり真剣になって様で…それと連日の疲れが溜まって仕舞い早く布団に入っていたのだが、土方から叩き起こされ、不機嫌に睨む。
「…何?俺に関係あんの、」
御陵衛士が離隊した件から暫くしてからだろうか…なまえは少し変わって仕舞っていた。
無表情ながらも持っていた温かい表情や、親しみやすく柔らかい雰囲気を故意で抑えるように成った様に見え、周りの連中は特に問い詰める事はしない様であったが、悲しく思いながら物凄く心配になっていた。
「…悪ィが、なまえも来てくれねェか?」
土方が複雑そうに、夜分遅く広間に集合し幹部も勢揃いしているとなまえに放てば、なまえは「…あっそ、」と腰をあげ舌打ちしながら、呼びに来た土方を待たずに広間に向かった。
(…なまえ…)
雰囲気の変わったなまえに土方は胸をズキッと痛ませ、以前のなまえなら憎まれ口を叩きながら冗談を交える柔らかい雰囲気を作っていた筈なのに…と、頭を抱える様にクシャッ…と己の前髪を指で掴むのだった。
「なまえさん、お久しぶりです!…ふふっ、全員揃いましたね?」
「……。」
以前、京の町で出会った、生意気な女鬼ーー千の登場に理解が出来ず、睡魔が加わっているお陰で、なまえの不機嫌度は更に高まれば「…あんたが此処に何の用、」と冷たく放つのだった。
「なまえさん♪はい、僕の隣に来てください!」
「…くだらねー理由だったら、部屋戻る…、」
総司達いりゃいーべ、俺の分まで聞いといてー、と声を掛けてきた沖田に返しながら、目を擦り不機嫌に放つなまえに、後から入ってきた土方は、彼の腕を強く掴みながら己の場所まで引っ張れば、「俺の隣に居ろ」と無理矢理座らせた。
「こんな夜分にごめんなさい…。私ね、千鶴ちゃんを迎えに来たの」
千は申し訳なさそうになまえに謝り、今回屯所に来た理由を放てば、ザワザワ…と広間に戸惑いが広った。
「…えっと、どういう意味?お千ちゃんの言うこと、よく解んないよ…」
千鶴が複雑そうに問えば、千は「私を信じて」と冒頭から始まり、順を追って説明をし始めた。
風間の存在、彼の狙い。千が女鬼という事、そして【鬼】の存在ーー…
「ほとんどの鬼達は人と関わらず、ただ静かに暮らす事を望んでいました。ですが…」
なまえは己とは関係ない鬼の歴史を、黙って静かに聞いていたのだったが、次の千の言の葉一枚一枚から、感情を逆撫でされる様な感覚に陥られるのであった。
「今、西国で最も大きく血筋の良い鬼の家と言えば、薩摩の後ろ盾を得ている風間家です。
頭領は風間千景ーー…
そして、東側で最も大きな家は雪村家の生き残りである彼女…雪村千鶴、そして自ら「禁忌」と謳い、特殊であり異例である妖と鬼の混合族の頭領、みょうじ一族の生き残り… みょうじなまえ。」
千が真剣に言を打ち放つのに比例して、その弾を受けるなまえは、冷たい紅月光を突き刺す様に、無言で千を睨み付けるのであった。
「なまえさんが…妖鬼…?」
その場に居た新選組幹部は千鶴が鬼という事と、千が断りもなくなまえの秘密を暴く事に、千鶴は己の事柄と、ーー…なまえが妖鬼という現実に、眩暈に襲われる程動揺したが、しかしなまえと共にしてきた間、【鬼】だと思い当たる場面を思いだしながら、納得していくのであった。
「…俺の事はいいだろ、」
これ以上言うな、と言いたげに睨むなまえに、千は「…そうね…でも風間は貴方の事も狙ってるからそれは覚えておいてね」と静かに従い返し、主な千鶴の件に話を戻し説明を続けて行くのであった。
ーーー…
「例え新選組であろうと、鬼の力の前では無力です」
風間達が本気で闘ってなかったが為に今まで生きてこれたが、千鶴が居る限り、新選組は彼女も守れず朽ち果ててゆく、と千に断言されれば、幹部連中は「自分達が負けるわけが無い」と言い返し、千に食いかかった。
「周りがぐだぐだ言ってても仕方ねーよ、…お嬢が決める事じゃねーの?」
意見を言い争い揉めている中、なまえが遮る様に口をガツンと挟めば、その場は言い争いを辞め、近藤は静かに「雪村君はどうしたいんだ?」と彼女へ意見を求めた。
「私は…まだなんとも…」
千鶴が即答できず俯いていると、近藤は「ゆっくりと話してくればいい」と、千と二人きりで話す機会を与え、その結果、千鶴はこのまま新選組に居る事となったのだがーー…その夜、千鶴はなかなか寝付けず、己の事や風間の事、そして愛しきなまえの事を考えていた。
(…さっきは残りたいって言ったけど、私の希望を通してこのまま此処に居ても…いいのかな…?)
『新選組から離れない理由に、気になる人でも居るの…?』
千と二人きりで話した際に問われた質問に、迷うことなく肯定した場面を思い出せば、千鶴の頬は熱を込め、染まっていく。
(…なまえさん…っ…!)
やはりどうしても千鶴はなまえの事を想い、迷惑を掛けてしまうと理解しても、どうしても彼とは離れたく無かったー…。
「…例え、なまえさんの想い人にさえも…」
千鶴の初めての恋、誰にも譲りたくない一途な想いは、千鶴は顔も知らないなまえの想い人にまで問い掛ける様に、強き純粋な愛を木霊させた。
「…~♪」
この晩、なまえは、風間と初めて会った、あの緑が綺麗で町を見渡せる丘に来ては、風間と出会った晩の事を振り返りながら、連結鍵を静かに奏でていた。
(あの晩と、全く同じ…)
歴史や時は進んで変わっても、この情景や風景、星空は見事に当時のままで、なまえは当時の自分と見つめ逢える様な感覚に陥っては、連結鍵を奏でるのを止めると、連結鍵は、瓶の中身の液体をキラキラ…と揺らしながら抵抗する事無く、基の位置に静かに戻り服従する。
連結鍵も当時と変わらず、未だなまえを主人に相応しいと認めている御様子に、いつ飽きられ蝕まれるのかと、なまえは苦笑いをしていれば、背後から己の知る気配がし、近付いてきた。
「…これ以上、何か俺に御用ですか?」
姫、と悪戯に、しかし視線を向ける事無く背後の女性…千に問い掛ければ、さすがに千も驚き「さすがですね?なまえさん」と返しながらなまえの隣に腰を掛けた。
「…さっきの護衛の、綺麗なねーちゃんは?」
なまえは、こんな時間に一人で彷徨くなんて、とんだ姫様だな、なんて返せば、千はクスッと微笑みながら「あら?心配してくれるの?大丈夫…少し遠くで待ってもらってるの。」と返し、連結鍵に目をやり「…それが噂の…綺麗ね…」と褒め語りかけるのだった。
「…鬼やら女と関わると、めんどくせー目にあう…懲り懲り、」
あんたとも、と嫌味を吐いたなまえに対し、千は驚く表情をすると、「私がなまえさんの気配を辿って、此処まで来た理由を言う前にフラれちゃったなー…」なんて苦笑いしながら放った後「まぁ、フラれるのは承知の上だったんだけどねー」なんて続けた。
「…先に言っとくけど勧誘ならお断り、」
断る労力使うのは千景で十分、と続けるなまえに、千は「それもお見通しだったのね…」と返せば「…ついさっき、お嬢にフラれて次に俺んとこ来るなんて…良い根性してやがる、」と呆れる様に言いながら、此処でやっと千に視線を当てるのだった。
「気が強いのは私の取り柄なのー。…女の子をフったんだから、慰めにその連結鍵、奏でてくれない?」
負けずと言い返す千に、なまえもつい押され気味になれば「…ちっ、連結鍵は駄目だから横笛で我慢して、」と語り奏でようとすれば、千は不思議そうに「なんで連結鍵じゃ駄目なの?」と問い掛ける。
宵の息吹が優しく二人を纏えば、黎明の記録頁を静かに巡りーー…なまえはつい、ホロリと零し落として仕舞うのだった。
「…俺自ら連結鍵を聴かせるのは、近藤さんと…龍だけ、」
後者の知らない名に、千は不思議そうな表情をし更に人物について問いかけたが「…黙んねーなら帰るけど、」となまえが言い出して仕舞ったので、千は渋々口を閉ざし、横笛の音色に聴き入ったーー…。
横笛を指揮者にして、星座が画く輪舞曲。
連結鍵に劣らない程とても綺麗な音色は、千の心に澄み渡り、日頃の疲れを除去してくれる様で…千は知らず知らずのうちに涙を溢れさせ、声を漏らしながら泣いていた。
「~♪♪…♪」
なまえは千を横目で眺めながら、響を途切る事なく奏で続け、彼女を優しく包み込み慰める様に、更に優しく吹いて撫でていったのだった。
(俺も姫も千景も…情を棄てた機械に成り下がる事が出来りゃ、遮る邪魔な件なんぞ壊す事くらい、意図も異図も簡単なのにな…、)
懐かしい此の場所で女鬼の涙を拾いながら、なまえは横笛を武器に…一体何を願い、思うのだろうか。
「…全部、あんたの言う通りかもしれねーよ、芹沢さん、」
鬼面の慕の雨響普、輪舞
(誰か教えて)(鬼の正当を)
ーーー
紛い物への罪十字、純血な鬼の血文字
鬼薊の棘に威され、
崩れて款、新選組