金平糖の星座奏、五線記譜法
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「…総…司…?」
脳裏と心裏を同時に鈍く、黒々示威ブツで、重たく、想たく、殴りつける容赦ない【現実】
眩暈、気絶、痛覚、
掌で弄ばれ堕ちる、
無慈悲な運命論
ーーー
『僕、近藤さんのために…もっともっと強くなるために、ここに来たんだ』
『…あっそ、ほざいてなクソガキ。…役不足、』
ある日の懐かしいワンシーン。
其処には、悔しがりながらも、最近覚えたてのクシャッ…とした顔で笑う幼い沖田と、此の年齢で無愛想な表情を持つ幼いなまえが居る。
『…っ、なまえさんより僕の方が近藤さんを守れます!…そして誰よりも僕は、なまえさんの為に生きます…』
揺るぐ事の無い、堅いアイデンティティー
欲張りで強情な彼らはーー
こうやって今まで共に、生きてきた。
ーーー
「…なまえさん、驚いた?」
沖田は、クスクスと普段浮かべる悪戯な笑みを見せながら柔らかく語りかけた後、フッ…と蝋燭の灯火が消えたように表情を暗くしたと思えば、「…この間の健康診断で明確になったんだ…」とぽつりぽつりと、静かに言葉を紡いでいく。
「…松本先生には、近藤さん達には黙っておいてって頼んでおいたんです。…だから、この事は…なまえさんだけしか知らない…。」
先程から沈黙を守り、反応を示す事のないなまえの頬に手を触れながら、彼の涙の流れる道筋を予想しながらツッ…と指で優しくなぞる。
余り感情を映す事の無い此の綺麗な顔が、己の【死】によって何を映すのか、…もしかしたら、この紅い月から涙石を産み出す事はあるのか?
沖田は己の死をも、なまえの表情の為の材料として扱って仕舞っていたー…。
現在のなまえの心情としては、己と全く同じ選択をした沖田に怒鳴りつけたい怒りの感情と、其れは許される事が出来ない虚無…そしてこれ以上、己から大切な存在を奪うのは許さない、との悲壮感…兎に角、心底平和では無い感情の渦を巻き上げているのであった。
「…総司。」
沖田の指が紅金双方の涙の予想道を辿り終えた頃、静かになまえの低い声が響き、沖田はいつも通り「はい」とはっきりと存在を主張する。
僕は、いつでも貴方の側に居ますよ、とでも改めて誓う様にー…。
「…お前さ、あんときの賭け、忘れてねーべな?」
「…えっ?もしかして…」
沖田が不思議そうな表情でなまえを見つめれば、「ん、お偉いさんの前でやった上覧試合の時の、」と放ちながら紅い月の輝きを強くし、沖田が覚えていた事に「よしよし、イイコ、はなまるー、」と言い、沖田の頭をガシガシと撫でながら褒めてやったのだった。
「…なまえさん…痛いです…」
「あ?我慢しろ、褒めてやってんだ、」
「…だって、僕から仕掛けた事ですし…それで今どうしてその話を…?」
やっぱり僕はかないませんでしたけど…どうしてもなまえさんが欲しくて…と呟いた後、沖田は、ウットリ…としながら身を委ねなまえに問えば、 なまえは「んー、」と静かに言葉を紡ぎ「…俺、賭けの代償、保留したままだべ?」と、ゆっくりと繋げていった。
「…総司、てめーは俺の為に生きて、俺の為に死にな?
俺に賭け挑んで負けたなら、代償は楽じゃねーよ、」
労咳より、苦しいんじゃねーの?と見下した表情で放てば、沖田は翡翠を思い切り開き驚き「…そんなの!いつだってそうでした…!だけど僕はもう、だんだん刀を握れなくなって…逆に貴方の足手纏いになっ…」と、途中で言葉を遮られ、先程までなまえの涙を考え望んでいた沖田は、逆にボロボロと涙を零す事になった。
「黙りなクソガキ、 …生死を決めるのは俺。
…許可無く勝手に死んだら、許さねーからな?」
なまえは沖田の頭上で印籠を傾け、ザラザラザラ…ッと中身の金平糖と飴玉をぶち撒ければ、「誓え、」と静かに優しく見下し、そして沖田を両腕で大切そうに包み込み抱きしめると、沖田の翡翠から、脆く綺麗でそして何より、誰よりも勝る【忠誠】が輝く涙石が産まれ転がるのだった。
「…まあ、飼い主が最期まで面倒見るのは、当たり前だべな、」
「ははっ…なまえさん、ほんとにそればっかりなんだから…!」
「何、文句あんの?俺に爪立てんの?…おら、さっさと理解して返事、」
「…はいっ…!喜んで…!」
金平糖は、沖田の涙と暖かい昼間の太陽から源を貰い、キラキラキラキラ…と、夜空の星に【命】の証明を譲らない程、美しく強く輝いて魅せた。
(悪く言えば金魚の糞、良く言えば酸素)
【僕らの最上級の決意】
その後も松本は、新選組の面倒を見る為に、屯所に通ってくれるようになった。
ーー…強き医龍の時折見せる何処か哀しき深い瞳は、平手打ちを受けたなまえにしか…いや、痛覚により承ったなまえでさえも、多少なりしか理解が出来なかった。
時折見せるとは言え、医療を施している信念の時間意外であって…「医師」を誇る者に、不覚を瞬も隙は誰にも与える訳がない。
又、羅刹と言う名が知らされてから、次第に【新撰組】は【羅刹隊】と呼ばれ始めるようになり、羅刹の研究は、このまま続けるべきなのかー…幾つもの不安は無くなる事は無く増え続け、渦を巻いていた。
ーー慶応二年、九月
京を大混乱に陥れた【禁門の変】の後、幕府は長州藩を朝敵とし、各藩に長州征伐の命を出す。
幕府は、長州藩を取り潰すつもりだったが、薩摩藩などの調停により、藩そのものは何事もなく存続していたのだった。
其の後、長州藩の動きは収まっていたかのように見えたが、最近になり、幕府に対して礼を欠いた行いが目立ち始めて仕舞い、幕府から長州藩へ詰問する使者が向かう事となり、新選組からも近藤が同行する事になったのだが…長州藩はその命令を徹底的に無視し続けたのであった。
そして彼らを懲らしめる為、夏には第二次長州征伐が行われる。
だがーー…
徳川幕府の、十四代将軍が亡くなった、との情報が耳に入った。
十四代将軍…家茂公といえば、新選組が警護した事もある人で、幕府の象徴とも呼べる存在ーー…
「長州征伐はどうなっちまうんだ?次の将軍は決まってるのか…?」
新選組の中でも、嫌な予感が大きく揺らぎつつも歴史は進み、後に幕府は大軍を率いて長州へと攻め込むが、戦費の負担が多く、各藩から集められた兵士たちの士気は思うように上がらなく、そんな時に入った家茂将軍の訃報に動揺し、戦線離脱する藩さえ現れ始めーー…第二長州征伐は、幕府軍の大敗北という衝撃的な結末で幕を閉じ、二百六十年の間、揺らぐ事のなかった幕府という大樹が、軋み始めた瞬間だった。
ーーー
「…冷てーの食べたい、」
蒸すような暑さを放つ京の町。
黙っていても汗が滲む其の日、なまえは、斎藤と共に巡察に出ていた。
「なまえ…汗かいてる…」
巡察で、ピリピリとした雰囲気を放っていた斎藤は、なまえの返しに応じる時には緊張感を少し緩ませ、なまえの首元の刺青付近に己の布を当ててやり、汗を拭ってやれば、「…っと、わり…。んな事言ってらんねーよな?緊張感、もたねーと」と気合いを入れ直し、御礼と共に、斎藤の頭をぽんっと撫でながら、なまえは息を一つ吐くのであった。
【禁門の変】以降、長州藩は朝敵として京を追われる身となり、残党がまだこの京に、潜伏していないとも限らない為、京の治安を守る彼らにとって片時も気が抜けない状況にいた。
「…なまえ」
「ん、どーした?」
京の治安の件は百も承知だが、しかし斎藤には一つ気掛かりがあった。
其れは以前、永倉の口から聴いた【なまえが健康診断を受ける事を物凄く嫌がっていた】という事が、どうしても斎藤の胸に深く引っかかり、抜けずにいた。
斎藤は、なまえと二人きりになる機会があれば聞いてみよう、と心に抱いておりーー…もしかしたら、今がそのチャンスかもしれない。
何故、なまえが健康診断を嫌がる必要が在るのか?
…思えば此処最近、いや恐らくもっと少し前から…なまえの様子が多少なりとも変化している様な気がして胸騒ぎが止まずにいた。
…無論、何かとは判断できない故に信じたくは無いが、其れは恐らく悪い意味でーー…
物事を慎重に考え判断する斎藤は、徐々になまえの隠す【何か】に気がつき始めている様であり、拭いたくても拭えないモヤモヤは、心の奥底まで広がる一方であった。
「…俺に、何か隠し事してないか…?」
「あ、?いきなり意味わかんね、…一が珍しいな、どーした?」
暑いもんなー、巡察終わったら、冷たい物でも食いにいくか?なんて苦笑いで返すなまえに、斎藤は、もしかしたら己の考えすぎか?と自分を責め始めて仕舞い、沈黙し地面に視線を落としながら、なまえの羽織を指でギュッ…と掴むが、しかしどうしても、嫌な胸騒ぎは収まらないのだ。
「…俺に出来る事があれば、何でも言ってくれて構わない。故に、俺には隠し事しないでほしい…」
「一…?」
「俺では頼り無いかもしれぬが…頼む…なまえ…
俺はなまえの傍に…」
「…寧ろ、それ俺の台詞、」
なまえは、斎藤の鋭さを忘れてた…と苦笑いしつつ、現に隠し事をしている後ろめたさにズキズキと胸を痛ませ、兎に角、頭の良い斎藤は、何か己の事に対して気づき始めたと警戒を張り、誤魔化す様に斎藤の頭を優しく撫でた。
(ごめんな?許してくれ、一…。)
【嘘を嘘で塗り替える事も出来ない、嘘偽り】「おいおいおいっ、道を開けやがれ!勤王の志士様がお通りだ!」
斉藤との微妙に気まずい空気の中、通りの向こうから柄の悪い浪士が周りの人を威嚇しながら歩いて来るのが見え、なまえは内心、ナイスタイミング、なんて思って仕舞うのだった。
さて、勤王というのは尊王と同じ意味だが、【尊王の志士】とは名ばかりで、強盗や殺人に手を初める不良浪士も多くー…このような者を取り締まるのも、彼ら新選組の仕事の一つである。
「…っし、仕事いくべ、」
その浪士は威張り散らし、路地で遊んでいた己より遙かに弱い子供達を蹴飛ばそうと足を振り上げるのをなまえが見れば、なまえはすぐさま斎藤に此方は任せろと一言告げ、子供と浪士の間に割り込もうとした其の時ーー…
「やめなさいよ、みっともない!」
一人の女が、子供を庇うように立ちはだかり浪士に声を荒げれば、無論浪士は目を向いて「なんだと!?誰に口答えしてやがる!!」と怒鳴り散らし、其の女に掴みかかろうとする。
「…っ…!!」
さすがにその女も、浪士からの威嚇に足を震わせ、怖じ気づきそうになる場面を見た浪士は、ニタァッ…と嫌らしい顔で笑った。
「ヒヒッ…!黙ってれば良いオンナなんだ…そのまま静かに黙って言うこと聞けば悪いようには…」
「…良い歳こいた野郎が、女相手になにやってんの?…はーずーかーしー、」
やり取りの間に子供達を安全な場所へと導いた後、勢いで其の女に何か要求をしようとした浪士を好い加減見かねたなまえは、浪士の首もとをギリッ…!と掴み見下し締め上げると、浪士は苦しそうに「なんなんだテメ…っ…!新選組?!」と顔を青くしジタバタと暴れ始め、「舐めやがって…!」と慌てつつも刀を抜こうとする。
「…あんた、お決まりの悪役っぽい…もしかして残党さん?俺と仲良く一緒に屯所いくべ、」
なまえは、こいつ縛っておいてー、と仲間の隊士達にポイッと浪士を投げ渡せば、隊士達は「はいっ!!」とした返事の後、その不良浪士を縄で縛ったのであった。
ーー…
「いきなり子供達の間に突っ込んできて、危ないじゃない!」
まあ此処は大丈夫か?と声を掛けとけばお決まりかと、先程なまえが庇った女に声を掛けようとした瞬間、まさかの状況で何と其の女からまさかの小言が響き渡るのであった。
「ちょっと、私の話聞いてる!?無反応なのはヒドいわよ?」
「…んぐ?いや、つーかあんたは御礼を言う立場、」
何で俺が怒られんの?と若干不機嫌な表情で女を見れば、その瞬間、…【あの臭い】がし、益々不機嫌な表情を作った。
(うげ、でやがったな女鬼…しかも血、濃いし、)
なまえの渋そうな表情に気がつき閃いた表情をした女は、静かにクスッ…と笑い「そうね、一応御礼は言わなきゃね?私一人でも全然平気だったけどー?」なんて悪戯に言えば、さすがのなまえもムッとして仕舞い「怯んでたじゃねーかよ、ああ、ブリッコ演技か?」と意地になり負けずに毒を吐いた。
「なっ…なんですって!?」
「あんだよ、可愛くねーな?」
二人の間に、バチバチ…ッと火花が散れば(なまえは目線を決して合わせる事は無く)、すぐさま遠くから「なまえさん!」と、遣いがあり少し遅れて巡察に合流した千鶴の声が響き、彼女は斎藤の後ろに付き、彼と共になまえと合流した。
「お嬢?…つーかもう屯所帰れや、」
「なまえさん…?どうなさったんですか?不機嫌そうですが…。そして、其方のお方は?」
「あっ…すっかりご挨拶が遅れました。これも何かの御縁ですものね!私は【千】といいます。」
なまえが不機嫌な事と、見ず知らずの女性と会話していた事に胸をズキッと痛ませた千鶴は、どうしても複雑な表情をして仕舞いながら問い掛ければ、千と名乗る女は、千鶴を見た途端に逆に柔らかい雰囲気になり、互いの自己紹介を求めた。
「じゃあ、お千ちゃんって呼ぶね…?」
どうやら千は直ぐに千鶴が女性と理解した様で、「女の子同志、仲良くしましょうね!」と笑顔で返すのであった。
「あら?もしかして男装してる事、言っては駄目だったかしら?…でーもー、みょうじさんも゙お嬢゛なんて呼んでしまうのもいけなかったんじゃない?ふふっ!」
男装を見抜かれ動揺する千鶴の前で、千が意地悪くなまえをからかえば、なまえは「…げ、」締まりのない表情をし、ぷいっと顔を背け、印籠の中の飴を一つ摘む。
「…ふふっ、あんまりからかうと、 みょうじさんから嫌われちゃうかもしれないね!
…みょうじさん、先程は助けて頂いて、ありがとうございました!」
ぺこり、とお辞儀をしながら御礼をした後、ではまた!と明るく言いながら去っていく千に、なまえは、んべっと舌を出しながら「最初っから素直に言ってりゃいーんだよ、どあほ」と軽く頬を緩ませ、口の中の飴をカラン…と鳴らすのであった。
「なまえさん…あの女性とはどのような御関係ですか?」
千鶴がなまえへと無意識に問いかけた後、ハッ!と我に返り、万が一、千となまえが親密な関係だったとしても自分は関係無い事なのに…!と、後悔し胸を痛めていれば、なまえは暫し沈黙し「…生意気女、根性据わってて、おもしれー、」と答えになっていない言葉を返すのだった。
ある日の夜ーー…
なまえは久々に原田と二人きりで縁側に腰を掛け、ゆっくりと夜酒を楽しんでいた。
「綺麗な夜景に、隣には別嬪さんか…こりゃ酒も格別に旨くなる訳だな?…なぁ姫?」
とは言っても、なまえは酒は苦手なので、少し温い緑茶を啜りながら、微酔い気味の原田の酌をする。
「…あ、?何処さ目つけてやがる、」
なまえは、おら、酒注いでやるからよこしな、と不機嫌になり眉間に皺を寄せ、じろっ…と原田を睨みながら酌をすれば、原田は「冗談だって、可愛いなーなまえは!」と大きく笑いながら、なまえの頭を優しくぽんぽんと撫でた。
「ととっ…酒が零れる!勿体ねぇ!」
(左之のやろー…絶対、馬鹿にしてやがる…、)
冗談と言われて撫でられても納得できなかったなまえは、ぶーたれる様に頬を膨らませると、それを愛しそうに見て柔らかく微笑む原田は、なまえの頭を撫で続け、少し真面目な雰囲気に変化させ静かに語り出す。
「…この間の礼金が出て、開いた宴会の時にも言った制札事件の事なんだけどよ…。
俺らの包囲網を崩した千鶴に似た女、やっぱり何処か引っかかるんだよな…。」
原田が目を伏せながらコトッ…と杯を床に置けば、なまえは「…ああ、そいやそんな事言ってやがったな、」と茶菓子に手を出し、あむっ、と口に頬張った。
「…お嬢が知らねーって言ってんだから、いーんじゃねーの?だめ?」
むぐむぐ、と頬張るなまえの口から零れる菓子の欠片に、原田はクスッと笑えば、己の親指でなまえの口をグイッと拭い、その拭った親指を己の舌でぺろっと舐め、「…まぁ、そうだな。まさか千鶴が邪魔するとも思えないしな?」と微笑みながら返すのだった。
「…まあ、左之の邪魔…つーか俺らの邪魔する奴がいんなら、俺が直々に成敗してくれようぞ、」
ドヤッとした顔で、未だ茶菓子を頬張るなまえは、「女でも容赦しねーから、」なんて続ければ、原田は杯を手に持ち直し「そりゃー頼もしいこった!」と酒を再び口にするのであった。
「でもまぁ、姫は守られてなんぼだからよ?なまえは俺の傍にいてくれりゃ良い。」
「…誰の事だ、好い加減にしねーと、ぶっとばすぞ、」
今宵も原田の元気な笑い声が月光と共に綺麗に咲けば、なまえは、どうか此の儘、皆が笑って居てくれればーー…と、心の底で【平穏】を願って仕舞う。
闘いの中に身を置く己らの存在にとって、其の願いは断じて許されない事だと理解していてもーー…
其して、
もう一輪の華の存在、
(…薫…、)
楽しく飲み直した原田の横で、なまえは己の肩にかかる連結鍵をジャラッ…と弄り、宵を照らす月に、己の紅い月を重ね、一輪の華を想う心音を共鳴させた次の瞬間ーー…
「!?」
噂をしていた千鶴の部屋の方向から、激しい音が聞こえ、只ならぬ空気が流れ始めた。
「…おい、なまえ…!」
「…ああ…、いくべ、」
こうして二人が千鶴の部屋に到着した頃は、千鶴が腕を斬られたのだろう血を流しているのと、…恐らく羅刹隊士一人の死体、そしてその場に騒ぎを聞き駆けつけた伊東の怒鳴り声であった。
「そこの隊士はどうしたんですか?!部屋が血だらけ…幹部が寄ってたかって隊士を殺すなんて…説明しなさい!!」
後の山南の登場で、彼が生きていると知った伊東は、更に激怒し説明を求める最中、千鶴の血の臭いに狂って羅刹化した山南を食い止める為に、伊東を強制的に部屋から追い出し説明は出来ず、狂った山南を幹部達が取り押さえ、千鶴を土方の部屋へと避難させ、どうにかこうにか一段落終える。
「…どーにかなんねー?あの巻き込まれ体質、」
ふらふらとしながら土方の部屋に行く千鶴を呆れた表情で見るなまえは、さすがに溜息を大きく吐き出し、血生臭い部屋から一歩出て、廊下の壁に腰を掛けた。
「…くぁー…、」
「…なまえ」
大きな欠伸の後、印籠に手をやり中身の固形物の擦れる音をたて遊んだりしながら物思いにふけていれば、目の前から平助の自分の名前を呼ぶ声がし「あいよー、」と返事を返すと、急にガバッと覆い被さる重みに襲われ、なまえは平助に思い切り抱きしめられる形となった。
「…っ、平助…?」
平助の只ならぬ雰囲気に、なまえは、どーした…?と哀しげに優しく背中を撫でてやれば、平助は怯えた小動物の様に小さく震え、なまえを抱き込み決して離そうとはしなかった。
「なまえ」
「…ん、」
「なまえ…っ…」
「んぐ、」
「…好き…」
「…知ってるよ、あまったれ、」
選択の時間、運命行路
分かれ道、別途、解未知
(浅葱の吹が、歴史鍵を不軌落とす。)
最近、仲間に自分の名を呼ばれる事が…怖くなる。
己を呼ぶ名が、新選組に【何か】が訪れる合図に成って終ってる様でー…
「…なまえ…っ…ごめん…オレ…」
金平糖の星座奏、五線記譜法
(想く、重い決意)(個々の恩誼)
ーーー
這い蹲って泥水啜り、
命を賭けて刻んだ歴史、
個々の【想い】殻、
膿まれた、枝羽枯れ、
「 判 決 時 間 」
脳裏と心裏を同時に鈍く、黒々示威ブツで、重たく、想たく、殴りつける容赦ない【現実】
眩暈、気絶、痛覚、
掌で弄ばれ堕ちる、
無慈悲な運命論
ーーー
『僕、近藤さんのために…もっともっと強くなるために、ここに来たんだ』
『…あっそ、ほざいてなクソガキ。…役不足、』
ある日の懐かしいワンシーン。
其処には、悔しがりながらも、最近覚えたてのクシャッ…とした顔で笑う幼い沖田と、此の年齢で無愛想な表情を持つ幼いなまえが居る。
『…っ、なまえさんより僕の方が近藤さんを守れます!…そして誰よりも僕は、なまえさんの為に生きます…』
揺るぐ事の無い、堅いアイデンティティー
欲張りで強情な彼らはーー
こうやって今まで共に、生きてきた。
ーーー
「…なまえさん、驚いた?」
沖田は、クスクスと普段浮かべる悪戯な笑みを見せながら柔らかく語りかけた後、フッ…と蝋燭の灯火が消えたように表情を暗くしたと思えば、「…この間の健康診断で明確になったんだ…」とぽつりぽつりと、静かに言葉を紡いでいく。
「…松本先生には、近藤さん達には黙っておいてって頼んでおいたんです。…だから、この事は…なまえさんだけしか知らない…。」
先程から沈黙を守り、反応を示す事のないなまえの頬に手を触れながら、彼の涙の流れる道筋を予想しながらツッ…と指で優しくなぞる。
余り感情を映す事の無い此の綺麗な顔が、己の【死】によって何を映すのか、…もしかしたら、この紅い月から涙石を産み出す事はあるのか?
沖田は己の死をも、なまえの表情の為の材料として扱って仕舞っていたー…。
現在のなまえの心情としては、己と全く同じ選択をした沖田に怒鳴りつけたい怒りの感情と、其れは許される事が出来ない虚無…そしてこれ以上、己から大切な存在を奪うのは許さない、との悲壮感…兎に角、心底平和では無い感情の渦を巻き上げているのであった。
「…総司。」
沖田の指が紅金双方の涙の予想道を辿り終えた頃、静かになまえの低い声が響き、沖田はいつも通り「はい」とはっきりと存在を主張する。
僕は、いつでも貴方の側に居ますよ、とでも改めて誓う様にー…。
「…お前さ、あんときの賭け、忘れてねーべな?」
「…えっ?もしかして…」
沖田が不思議そうな表情でなまえを見つめれば、「ん、お偉いさんの前でやった上覧試合の時の、」と放ちながら紅い月の輝きを強くし、沖田が覚えていた事に「よしよし、イイコ、はなまるー、」と言い、沖田の頭をガシガシと撫でながら褒めてやったのだった。
「…なまえさん…痛いです…」
「あ?我慢しろ、褒めてやってんだ、」
「…だって、僕から仕掛けた事ですし…それで今どうしてその話を…?」
やっぱり僕はかないませんでしたけど…どうしてもなまえさんが欲しくて…と呟いた後、沖田は、ウットリ…としながら身を委ねなまえに問えば、 なまえは「んー、」と静かに言葉を紡ぎ「…俺、賭けの代償、保留したままだべ?」と、ゆっくりと繋げていった。
「…総司、てめーは俺の為に生きて、俺の為に死にな?
俺に賭け挑んで負けたなら、代償は楽じゃねーよ、」
労咳より、苦しいんじゃねーの?と見下した表情で放てば、沖田は翡翠を思い切り開き驚き「…そんなの!いつだってそうでした…!だけど僕はもう、だんだん刀を握れなくなって…逆に貴方の足手纏いになっ…」と、途中で言葉を遮られ、先程までなまえの涙を考え望んでいた沖田は、逆にボロボロと涙を零す事になった。
「黙りなクソガキ、 …生死を決めるのは俺。
…許可無く勝手に死んだら、許さねーからな?」
なまえは沖田の頭上で印籠を傾け、ザラザラザラ…ッと中身の金平糖と飴玉をぶち撒ければ、「誓え、」と静かに優しく見下し、そして沖田を両腕で大切そうに包み込み抱きしめると、沖田の翡翠から、脆く綺麗でそして何より、誰よりも勝る【忠誠】が輝く涙石が産まれ転がるのだった。
「…まあ、飼い主が最期まで面倒見るのは、当たり前だべな、」
「ははっ…なまえさん、ほんとにそればっかりなんだから…!」
「何、文句あんの?俺に爪立てんの?…おら、さっさと理解して返事、」
「…はいっ…!喜んで…!」
金平糖は、沖田の涙と暖かい昼間の太陽から源を貰い、キラキラキラキラ…と、夜空の星に【命】の証明を譲らない程、美しく強く輝いて魅せた。
(悪く言えば金魚の糞、良く言えば酸素)
【僕らの最上級の決意】
その後も松本は、新選組の面倒を見る為に、屯所に通ってくれるようになった。
ーー…強き医龍の時折見せる何処か哀しき深い瞳は、平手打ちを受けたなまえにしか…いや、痛覚により承ったなまえでさえも、多少なりしか理解が出来なかった。
時折見せるとは言え、医療を施している信念の時間意外であって…「医師」を誇る者に、不覚を瞬も隙は誰にも与える訳がない。
又、羅刹と言う名が知らされてから、次第に【新撰組】は【羅刹隊】と呼ばれ始めるようになり、羅刹の研究は、このまま続けるべきなのかー…幾つもの不安は無くなる事は無く増え続け、渦を巻いていた。
ーー慶応二年、九月
京を大混乱に陥れた【禁門の変】の後、幕府は長州藩を朝敵とし、各藩に長州征伐の命を出す。
幕府は、長州藩を取り潰すつもりだったが、薩摩藩などの調停により、藩そのものは何事もなく存続していたのだった。
其の後、長州藩の動きは収まっていたかのように見えたが、最近になり、幕府に対して礼を欠いた行いが目立ち始めて仕舞い、幕府から長州藩へ詰問する使者が向かう事となり、新選組からも近藤が同行する事になったのだが…長州藩はその命令を徹底的に無視し続けたのであった。
そして彼らを懲らしめる為、夏には第二次長州征伐が行われる。
だがーー…
徳川幕府の、十四代将軍が亡くなった、との情報が耳に入った。
十四代将軍…家茂公といえば、新選組が警護した事もある人で、幕府の象徴とも呼べる存在ーー…
「長州征伐はどうなっちまうんだ?次の将軍は決まってるのか…?」
新選組の中でも、嫌な予感が大きく揺らぎつつも歴史は進み、後に幕府は大軍を率いて長州へと攻め込むが、戦費の負担が多く、各藩から集められた兵士たちの士気は思うように上がらなく、そんな時に入った家茂将軍の訃報に動揺し、戦線離脱する藩さえ現れ始めーー…第二長州征伐は、幕府軍の大敗北という衝撃的な結末で幕を閉じ、二百六十年の間、揺らぐ事のなかった幕府という大樹が、軋み始めた瞬間だった。
ーーー
「…冷てーの食べたい、」
蒸すような暑さを放つ京の町。
黙っていても汗が滲む其の日、なまえは、斎藤と共に巡察に出ていた。
「なまえ…汗かいてる…」
巡察で、ピリピリとした雰囲気を放っていた斎藤は、なまえの返しに応じる時には緊張感を少し緩ませ、なまえの首元の刺青付近に己の布を当ててやり、汗を拭ってやれば、「…っと、わり…。んな事言ってらんねーよな?緊張感、もたねーと」と気合いを入れ直し、御礼と共に、斎藤の頭をぽんっと撫でながら、なまえは息を一つ吐くのであった。
【禁門の変】以降、長州藩は朝敵として京を追われる身となり、残党がまだこの京に、潜伏していないとも限らない為、京の治安を守る彼らにとって片時も気が抜けない状況にいた。
「…なまえ」
「ん、どーした?」
京の治安の件は百も承知だが、しかし斎藤には一つ気掛かりがあった。
其れは以前、永倉の口から聴いた【なまえが健康診断を受ける事を物凄く嫌がっていた】という事が、どうしても斎藤の胸に深く引っかかり、抜けずにいた。
斎藤は、なまえと二人きりになる機会があれば聞いてみよう、と心に抱いておりーー…もしかしたら、今がそのチャンスかもしれない。
何故、なまえが健康診断を嫌がる必要が在るのか?
…思えば此処最近、いや恐らくもっと少し前から…なまえの様子が多少なりとも変化している様な気がして胸騒ぎが止まずにいた。
…無論、何かとは判断できない故に信じたくは無いが、其れは恐らく悪い意味でーー…
物事を慎重に考え判断する斎藤は、徐々になまえの隠す【何か】に気がつき始めている様であり、拭いたくても拭えないモヤモヤは、心の奥底まで広がる一方であった。
「…俺に、何か隠し事してないか…?」
「あ、?いきなり意味わかんね、…一が珍しいな、どーした?」
暑いもんなー、巡察終わったら、冷たい物でも食いにいくか?なんて苦笑いで返すなまえに、斎藤は、もしかしたら己の考えすぎか?と自分を責め始めて仕舞い、沈黙し地面に視線を落としながら、なまえの羽織を指でギュッ…と掴むが、しかしどうしても、嫌な胸騒ぎは収まらないのだ。
「…俺に出来る事があれば、何でも言ってくれて構わない。故に、俺には隠し事しないでほしい…」
「一…?」
「俺では頼り無いかもしれぬが…頼む…なまえ…
俺はなまえの傍に…」
「…寧ろ、それ俺の台詞、」
なまえは、斎藤の鋭さを忘れてた…と苦笑いしつつ、現に隠し事をしている後ろめたさにズキズキと胸を痛ませ、兎に角、頭の良い斎藤は、何か己の事に対して気づき始めたと警戒を張り、誤魔化す様に斎藤の頭を優しく撫でた。
(ごめんな?許してくれ、一…。)
【嘘を嘘で塗り替える事も出来ない、嘘偽り】「おいおいおいっ、道を開けやがれ!勤王の志士様がお通りだ!」
斉藤との微妙に気まずい空気の中、通りの向こうから柄の悪い浪士が周りの人を威嚇しながら歩いて来るのが見え、なまえは内心、ナイスタイミング、なんて思って仕舞うのだった。
さて、勤王というのは尊王と同じ意味だが、【尊王の志士】とは名ばかりで、強盗や殺人に手を初める不良浪士も多くー…このような者を取り締まるのも、彼ら新選組の仕事の一つである。
「…っし、仕事いくべ、」
その浪士は威張り散らし、路地で遊んでいた己より遙かに弱い子供達を蹴飛ばそうと足を振り上げるのをなまえが見れば、なまえはすぐさま斎藤に此方は任せろと一言告げ、子供と浪士の間に割り込もうとした其の時ーー…
「やめなさいよ、みっともない!」
一人の女が、子供を庇うように立ちはだかり浪士に声を荒げれば、無論浪士は目を向いて「なんだと!?誰に口答えしてやがる!!」と怒鳴り散らし、其の女に掴みかかろうとする。
「…っ…!!」
さすがにその女も、浪士からの威嚇に足を震わせ、怖じ気づきそうになる場面を見た浪士は、ニタァッ…と嫌らしい顔で笑った。
「ヒヒッ…!黙ってれば良いオンナなんだ…そのまま静かに黙って言うこと聞けば悪いようには…」
「…良い歳こいた野郎が、女相手になにやってんの?…はーずーかーしー、」
やり取りの間に子供達を安全な場所へと導いた後、勢いで其の女に何か要求をしようとした浪士を好い加減見かねたなまえは、浪士の首もとをギリッ…!と掴み見下し締め上げると、浪士は苦しそうに「なんなんだテメ…っ…!新選組?!」と顔を青くしジタバタと暴れ始め、「舐めやがって…!」と慌てつつも刀を抜こうとする。
「…あんた、お決まりの悪役っぽい…もしかして残党さん?俺と仲良く一緒に屯所いくべ、」
なまえは、こいつ縛っておいてー、と仲間の隊士達にポイッと浪士を投げ渡せば、隊士達は「はいっ!!」とした返事の後、その不良浪士を縄で縛ったのであった。
ーー…
「いきなり子供達の間に突っ込んできて、危ないじゃない!」
まあ此処は大丈夫か?と声を掛けとけばお決まりかと、先程なまえが庇った女に声を掛けようとした瞬間、まさかの状況で何と其の女からまさかの小言が響き渡るのであった。
「ちょっと、私の話聞いてる!?無反応なのはヒドいわよ?」
「…んぐ?いや、つーかあんたは御礼を言う立場、」
何で俺が怒られんの?と若干不機嫌な表情で女を見れば、その瞬間、…【あの臭い】がし、益々不機嫌な表情を作った。
(うげ、でやがったな女鬼…しかも血、濃いし、)
なまえの渋そうな表情に気がつき閃いた表情をした女は、静かにクスッ…と笑い「そうね、一応御礼は言わなきゃね?私一人でも全然平気だったけどー?」なんて悪戯に言えば、さすがのなまえもムッとして仕舞い「怯んでたじゃねーかよ、ああ、ブリッコ演技か?」と意地になり負けずに毒を吐いた。
「なっ…なんですって!?」
「あんだよ、可愛くねーな?」
二人の間に、バチバチ…ッと火花が散れば(なまえは目線を決して合わせる事は無く)、すぐさま遠くから「なまえさん!」と、遣いがあり少し遅れて巡察に合流した千鶴の声が響き、彼女は斎藤の後ろに付き、彼と共になまえと合流した。
「お嬢?…つーかもう屯所帰れや、」
「なまえさん…?どうなさったんですか?不機嫌そうですが…。そして、其方のお方は?」
「あっ…すっかりご挨拶が遅れました。これも何かの御縁ですものね!私は【千】といいます。」
なまえが不機嫌な事と、見ず知らずの女性と会話していた事に胸をズキッと痛ませた千鶴は、どうしても複雑な表情をして仕舞いながら問い掛ければ、千と名乗る女は、千鶴を見た途端に逆に柔らかい雰囲気になり、互いの自己紹介を求めた。
「じゃあ、お千ちゃんって呼ぶね…?」
どうやら千は直ぐに千鶴が女性と理解した様で、「女の子同志、仲良くしましょうね!」と笑顔で返すのであった。
「あら?もしかして男装してる事、言っては駄目だったかしら?…でーもー、みょうじさんも゙お嬢゛なんて呼んでしまうのもいけなかったんじゃない?ふふっ!」
男装を見抜かれ動揺する千鶴の前で、千が意地悪くなまえをからかえば、なまえは「…げ、」締まりのない表情をし、ぷいっと顔を背け、印籠の中の飴を一つ摘む。
「…ふふっ、あんまりからかうと、 みょうじさんから嫌われちゃうかもしれないね!
…みょうじさん、先程は助けて頂いて、ありがとうございました!」
ぺこり、とお辞儀をしながら御礼をした後、ではまた!と明るく言いながら去っていく千に、なまえは、んべっと舌を出しながら「最初っから素直に言ってりゃいーんだよ、どあほ」と軽く頬を緩ませ、口の中の飴をカラン…と鳴らすのであった。
「なまえさん…あの女性とはどのような御関係ですか?」
千鶴がなまえへと無意識に問いかけた後、ハッ!と我に返り、万が一、千となまえが親密な関係だったとしても自分は関係無い事なのに…!と、後悔し胸を痛めていれば、なまえは暫し沈黙し「…生意気女、根性据わってて、おもしれー、」と答えになっていない言葉を返すのだった。
ある日の夜ーー…
なまえは久々に原田と二人きりで縁側に腰を掛け、ゆっくりと夜酒を楽しんでいた。
「綺麗な夜景に、隣には別嬪さんか…こりゃ酒も格別に旨くなる訳だな?…なぁ姫?」
とは言っても、なまえは酒は苦手なので、少し温い緑茶を啜りながら、微酔い気味の原田の酌をする。
「…あ、?何処さ目つけてやがる、」
なまえは、おら、酒注いでやるからよこしな、と不機嫌になり眉間に皺を寄せ、じろっ…と原田を睨みながら酌をすれば、原田は「冗談だって、可愛いなーなまえは!」と大きく笑いながら、なまえの頭を優しくぽんぽんと撫でた。
「ととっ…酒が零れる!勿体ねぇ!」
(左之のやろー…絶対、馬鹿にしてやがる…、)
冗談と言われて撫でられても納得できなかったなまえは、ぶーたれる様に頬を膨らませると、それを愛しそうに見て柔らかく微笑む原田は、なまえの頭を撫で続け、少し真面目な雰囲気に変化させ静かに語り出す。
「…この間の礼金が出て、開いた宴会の時にも言った制札事件の事なんだけどよ…。
俺らの包囲網を崩した千鶴に似た女、やっぱり何処か引っかかるんだよな…。」
原田が目を伏せながらコトッ…と杯を床に置けば、なまえは「…ああ、そいやそんな事言ってやがったな、」と茶菓子に手を出し、あむっ、と口に頬張った。
「…お嬢が知らねーって言ってんだから、いーんじゃねーの?だめ?」
むぐむぐ、と頬張るなまえの口から零れる菓子の欠片に、原田はクスッと笑えば、己の親指でなまえの口をグイッと拭い、その拭った親指を己の舌でぺろっと舐め、「…まぁ、そうだな。まさか千鶴が邪魔するとも思えないしな?」と微笑みながら返すのだった。
「…まあ、左之の邪魔…つーか俺らの邪魔する奴がいんなら、俺が直々に成敗してくれようぞ、」
ドヤッとした顔で、未だ茶菓子を頬張るなまえは、「女でも容赦しねーから、」なんて続ければ、原田は杯を手に持ち直し「そりゃー頼もしいこった!」と酒を再び口にするのであった。
「でもまぁ、姫は守られてなんぼだからよ?なまえは俺の傍にいてくれりゃ良い。」
「…誰の事だ、好い加減にしねーと、ぶっとばすぞ、」
今宵も原田の元気な笑い声が月光と共に綺麗に咲けば、なまえは、どうか此の儘、皆が笑って居てくれればーー…と、心の底で【平穏】を願って仕舞う。
闘いの中に身を置く己らの存在にとって、其の願いは断じて許されない事だと理解していてもーー…
其して、
もう一輪の華の存在、
(…薫…、)
楽しく飲み直した原田の横で、なまえは己の肩にかかる連結鍵をジャラッ…と弄り、宵を照らす月に、己の紅い月を重ね、一輪の華を想う心音を共鳴させた次の瞬間ーー…
「!?」
噂をしていた千鶴の部屋の方向から、激しい音が聞こえ、只ならぬ空気が流れ始めた。
「…おい、なまえ…!」
「…ああ…、いくべ、」
こうして二人が千鶴の部屋に到着した頃は、千鶴が腕を斬られたのだろう血を流しているのと、…恐らく羅刹隊士一人の死体、そしてその場に騒ぎを聞き駆けつけた伊東の怒鳴り声であった。
「そこの隊士はどうしたんですか?!部屋が血だらけ…幹部が寄ってたかって隊士を殺すなんて…説明しなさい!!」
後の山南の登場で、彼が生きていると知った伊東は、更に激怒し説明を求める最中、千鶴の血の臭いに狂って羅刹化した山南を食い止める為に、伊東を強制的に部屋から追い出し説明は出来ず、狂った山南を幹部達が取り押さえ、千鶴を土方の部屋へと避難させ、どうにかこうにか一段落終える。
「…どーにかなんねー?あの巻き込まれ体質、」
ふらふらとしながら土方の部屋に行く千鶴を呆れた表情で見るなまえは、さすがに溜息を大きく吐き出し、血生臭い部屋から一歩出て、廊下の壁に腰を掛けた。
「…くぁー…、」
「…なまえ」
大きな欠伸の後、印籠に手をやり中身の固形物の擦れる音をたて遊んだりしながら物思いにふけていれば、目の前から平助の自分の名前を呼ぶ声がし「あいよー、」と返事を返すと、急にガバッと覆い被さる重みに襲われ、なまえは平助に思い切り抱きしめられる形となった。
「…っ、平助…?」
平助の只ならぬ雰囲気に、なまえは、どーした…?と哀しげに優しく背中を撫でてやれば、平助は怯えた小動物の様に小さく震え、なまえを抱き込み決して離そうとはしなかった。
「なまえ」
「…ん、」
「なまえ…っ…」
「んぐ、」
「…好き…」
「…知ってるよ、あまったれ、」
選択の時間、運命行路
分かれ道、別途、解未知
(浅葱の吹が、歴史鍵を不軌落とす。)
最近、仲間に自分の名を呼ばれる事が…怖くなる。
己を呼ぶ名が、新選組に【何か】が訪れる合図に成って終ってる様でー…
「…なまえ…っ…ごめん…オレ…」
金平糖の星座奏、五線記譜法
(想く、重い決意)(個々の恩誼)
ーーー
這い蹲って泥水啜り、
命を賭けて刻んだ歴史、
個々の【想い】殻、
膿まれた、枝羽枯れ、
「 判 決 時 間 」