塑性変形した侵蝕、吐堕す血鎖
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「井吹君、其方の野菜はどうですか?」
「平間さん!ああ、こいつらも順調に育ってるぜ!収穫まで、後少しだな。」
ふぅ…と一息つきながら、額から流れる汗を拭う井吹は、平間と共に営んでいる自慢の畑で、今日も汗水垂らしながら懸命に働いていた。
「…少し休憩しましょうか。」
この町で一番美味しい和菓子屋の絶品大福をやっと手に入れました、なんて笑顔で平間が井吹を誘えば、井吹は、「まじか!いやー…あそこの大福、甘いもん苦手な俺でもペロリと食えちゃうんだよねー!食う!」と喜び、家の縁側へ腰を掛けた。
「今、お茶を淹れますね。」
そうこなくっちゃ、と付け足しながら茶の用意をする平間に、井吹は御礼を言いながら、心地よく流れる風と、柔らかく暖かい陽射しをゆっくりと感じるのであった。
井吹と平間は、あの夜以降ー…
ある場所で、平穏な日々、充実した毎日を過ごしている。
(大福、か…。)
己のすぐ隣で、「早く食べて」と誘うように白く柔らかそうな丸い御菓子は、平間がトポトポ…と音をたてながら淹れる緑茶と共に、平和を奏でる絵を一枚完成させた。
ーー… 「…あんたの、 龍自身の…生きる理由と死ぬ覚悟を見いだせる場所、見つけたのか?」
「さっきの、生きてえって覚悟、伝わってきた。」
「…忌み仔だろうが妖鬼だろうが…あと何年かの命だろうが…俺は新選組のみょうじ なまえだ。 生涯、俺の命は誠の旗の基、忠誠は近藤さんに在るー…!」
井吹はその絵を見ながら、昔の事をふっと思い出し、難しい表情と共に眉間の皺を寄せて仕舞えば、平間に差し出された絵序でに「どうしましたか?」と、彼の不思議そうな問い掛けも交わるのだった。
「いや…、なまえの事…思い出してて…。」
己で拳を作り左胸にグッ…と納めた井吹は、悔しそうに顔を俯かせると、平間は悲しそうに、そして懐かしそうに頬を緩ませれば「成る程…大福は彼の大好物、でしたね…。」と呟きながら、白くキラキラと光る大福をじっと見つめた。
「井吹さん…みょうじさんは今日もいつも通り、皆に愛され、愛情をたっぷりと受けてますよ。
…それに貴方は、彼に【御守り】を預けているのでしょう?」
きっと今頃、我々と同じように大福を食べてるのでは?と続ける平間に、井吹は「…そう、だよな…」と返し暫く考えた後、大福を握り口へとガッと放り混んだ。
「…、っ!…げほっ、げほっ!」
勢い余り、大福が喉に突っかかり盛大に咽せる井吹に、平間は急いで茶と共に用意しておいた冷水を井吹へと渡し飲ませてやり「大丈夫ですか?」と、背中をさすってやった。
「いきなりどうしたんですか。慌てて食べると危ないですよ?」
「…っはー…!苦しかった…!
いや…この大福、俺のオススメな一品なんだぜ、食いてーだろ?!って…なまえに会った時に見せびらかしてやろうと思ってさ。」
悪い悪い、と平間に謝りながら、笑いつつ少し切ない表情で物語る井吹は、なまえの生命の鼓動を信じ続ける事を、そしてまたいつか再会を果たせるその日までーー彼に救って貰った此の命に誓うのであったー…。
(そうだよな。毒になんかに…殺される彼奴じゃないよな!)
「そいや、なまえ…。
俺の印籠、何に使ってるんだろう?」
「むぐ、」
井吹の疑問が浮かび上がった同じ頃、なまえは大福をくわえ粉を零しながら、松本の部屋に来ていた。
「…大人しく健康診断に来たかと思えば…この間の強気はどこへやらだ、全く。」
潔いのは結構だが、と溜息を零し呆れながら目の前の患者に吐き出せば、なまえは口をむぐむぐ、とさせながら「だって、もー解ってんでしょ?センセ、」とあっけらかんと返すのだった。
「…俺が人間じゃねー、って事も、」
「…今まで何百人の人間を見てきたと思っている?
なに、心配御無用…人間でも鬼でも構わんよ…許容範囲内だ。」
どうやら松本は腕の良さに比例し、経験も抜群に有り、長き医療の道の中で何回も「鬼」も診ていた様だった。
「ははっ、上等、」
降参っす、かなわねーや、と悪戯に放ちつつ大好物を平らげ、満足気にペロッと口を舌で舐めれば「何処、診んの?」と続けるなまえに、松本は、以前の拒絶していた彼を思いだし比較すると、「…何か企んでいるのか…?」と疑って仕舞、逆に恐ろしくなって仕舞った。
「…なまえ君の持つ月光花は、やはり永遠に残しておきたいところだが…残念ながら猛毒に蝕まれ濁っておる…。
今、生きているのが不思議なくらいだよ。」
「おー、容赦ねーなー?おっかねー、」
心臓の音聞かせなさい、と松本はなまえの左胸付近に手を当てていき、鼓動や組織をかき分け、例の彼が抱える爆弾を探れば、第一声は溜息の効果音であり、容赦無い言葉の波は次へ次へと打ち上げられた。
なまえにこれ以上苦しみを味わって欲しくないと願うが故の、松本の最上級の優しさなのかもしれない。
「…なまえ君、慰めは欲しいか?
…なに、望むなら其れも医者の仕事だよ。」
柔らかい表情を持つ松本が、珍しくであろう眉間に皺を寄せ低い声で放てば、なまえの紅い月は柔らかく艶やかに微笑み、静かに首を横に振った。
胸を診せる為にはだけた着物の為か、腰を降ろして胡座を掻いてる為か…なまえの腰に繋がりながらも共に畳の上に転がる印籠は、中身の固形物の擦れ合う音をたてながら、静かに存在感を主張させた。
井吹の想いと、たっぷりの飴や金平糖を詰め込んだ【御守り】ー…
「慰めは要らない、隠蔽して、」
なまえは、歯を見せ微笑み、転がる印籠を己の掌に包みこみ大切そうに触れながら松本に伝えれば、松本は「…っ…!何を馬鹿な…!」と怒りを含みながら畳をドンっと殴り、「君が健康診断を受けずに駄々をこねてた理由を私なりに理解し、近藤君には何も言わず今日まで黙っていたが…!!しかし何故其処まで…!きちんと診て知ってしまった今、尚更黙っておけん!近藤君に言って今すぐ隊を抜け…」と、途中まで怒鳴りつけたのだが。
「センセ、うっせー心臓に響くべ?」
なまえは、素早く松本の口を塞ぎ、最初に魅せた殺気を含んだ紅い月を輝かせれば、静かに「…あんたの総てを賭けて、俺に医療を施せば、俺は確実に後悔しながら死ぬ…、」と呟き、松本の胸座へと手を移動させ掴み握り、頼むよ、と縋るかの様にうなだれた。
印籠の【揺籠】ー…
主人の御加護と友に、何も望まず定位置に月、水面に浮かぶ陽に揺れる。
「…っ…其処までして、他人の為に死を選ぶか?
…君は、私に医師としての義務を捨てろ、と申すか?」
ブルブル…、と怒りで震えながら松本が問えば、なまえは哀しく「命賭けて必死で足掻き燃やしてんのは、お互い様、」と鋭く射抜き、一歩も退く気は無かった。
「…俺から新選組奪うなら、今此処で…俺を殺してみやがれ、」
死んでも譲らねーけど、なんて吐き出せば、松本は悲しげな表情をし「生きたい、死にたくない、助けてくれ、と無論言われるが…こんな事言うのは…君が初めてだよ…」と呟き、スッ…と全身の力を抜いた。
「…センセ、」
なまえが松本の様子に安心し、気を緩ませた瞬間ー…
鈍い音と、なまえの頬に、火傷を負った様な灼熱が一気に広がったのだった。
ーーー
「あー、なまえちゃん、健康診断大丈夫かなー?」
「何を言う。 なまえは健康に決まっているだろう。」
永倉が心配そうに嘆けば、隣に居合わせていた斎藤はキッパリ、と吐き出した。
「んー…だと良いけどよ…」
「何で?新八っあん、なんか不安な事でもあるのかー?」
ひょいっ、と横から飛び出し、永倉の肩に押し乗る平助に、永倉は「うぉっ!?平助、今日も特攻隊長だな!」と頭をワシャワシャと撫でてやれば、平助は「うわっ!新八っあん、乱暴すぎ!」と頬を含ませた。
「…なまえに、何かあったのか?」
2人のやり取りを無理矢理裂き、真剣な表情をして問い詰める斎藤に、永倉は「いやいや、なんかあった、とかじゃねーけどさ!」と返し頬を指で掻きながら小さく続けた。
「健康診断、すっげー嫌がってたんだよな…何でかわかんねーけど…」
珍しく難しい表情をする永倉に、他の者達も不安感に襲われ何故だと永倉に当たり、その時の状況を問い質すが、永倉は、特に嫌がる理由も、思い当たる節も無い、と零すしか出来なかったのだ。「おめえら、何サボってやがる!口を動かす前に手ェ動かしやがれ!」
何も答える事の無い永倉を見て、他の者の不安を含む嫌な空気が漂う中、急に背後から土方の声が響き、無理矢理その空気は遮断された。
「げっ…土方さん…!」
先日の松本の意見を聞いた近藤は、その峰を皆に話し、本日は隊士総出で屯所の清掃を行っており、朝からばたばたと忙しくしているのだった。
「だけどよ!土方さん…!なまえが…!」
「原田!おめェは、向こうの担当だろーが!」
土方は、ほら、さっさと戻りやがれ!と喝を入れ原田の言葉を遮り、彼の背中を無理矢理押しながら「今自分がやることやるんだよ!キビキビ動かねぇと、日が暮れちまうぞ!」と続け、他の者達にも指示を送る。
「…っ…!」
「…へーい…」
腑に落ちない彼らだったが、鬼の副長の命であれば、やはりしかし…との気持ちがあり小さく返事を返せば、紫の鋭い瞳がギラッと光ったその瞬間、直ちに「アイアイサー!」と背中をピンっと正し、気合いの入った返事を返した。
(…なまえ…。)
他の者を散らした後、永倉らの話を先程耳にした土方は、その場で小さく溜息をつき、なまえの事を物凄く心配に想えば、診断を受けているであろう今、彼の居る方向へと視線をゆっくりと流す。
なまえの【真実】を知っている彼だからこそ、こんなにもこんなにも胸が抉られる様な酷い痛みに襲われるのでは無かろうか?
(…俺ァ、こんなにも脆かったんだな…お前がいねぇと…)
ーーー
「…薬を調合しておこう…其れしか私に出来ることは無い。
…今すぐ出て行きなさい。」
なまえの頬を思い切り引っ張叩いた後、松本はそう静かに冷たく言い放てば、以降背中を向けなまえとは視線を合わせる事は無く、机に向い筆を手に取り紙に文字を走らせた。
初めて己の頬を引っ張叩かれ、未だにジンジン…と熱い熱が広がる感覚を味わい、頬に片手を添え痛覚を感じていたなまえは、数分その場から動けずに居たが、後に沈黙を静かに破る。
「…ありがと、センセ。」
初めて喰らった平手打ち…すげー特効薬、と御礼を言い、腫れの退かない頬のまま綺麗な笑顔で笑うなまえは、静かに松本の部屋を後にする。
ーーストン…
紅い月が沈み、戸の閉まる音がした後、松本はコトン…と筆を置き、墨を走らせた紙を、なまえの頬を叩いた手でグシャッ…と握り潰し、未だジンジン…と響く其の掌を眺めれば、「なまえ君…!」と彼の名を呼び、静かに机にうなだれるのであった。
太陽が栄光を掴むにしろ、月が没落し歪むにしろ、医龍が足掻き、微力ながら輝きを満たす事が出来るのは【気休め】でしか無いのも、哀しい【真実】ーー…
何も出来ない苛立ち、滑稽、
医龍は透明の涙を融、掉尾の勇を奮う。
尚且つ、紅月光と供に輝く【翡翠】も気掛かりでありー…
「吐血」の呪縛の鎖に、抵抗さえも覚えた。
(まさか同時に…悪魔め、血に飢えてるというのか…?)
ーー…
「…この顔じゃなー、」
ヒリヒリ…と赤くなる頬を、先程井戸の冷水で濡らした布をあてがいながら、なまえは苦笑いを浮かべつつ中庭に足を運ぶ。
この顔で戻っても、屯所の連中に質問責めにされる事は予想はつくし、まあ、腫れが退くまでとは言わないが…とにかく少し時間を稼いでから戻ろうと考えたのだった。
(…平手打ちってのも、痛ぇもんなんだな…、)
人から与えられる痛覚を余り感じる事のないなまえは、腫れる頬を布でスリスリ…と擦ってやれば、自然と頬を緩ませて仕舞う。
痛覚も、立派な生命の証。
そして、松本が平手打ちした意図、心意を理解出来ない彼では無くー…松本の包み込む暖かさに、なまえは純粋にただただ嬉しく思った。
ーーー……
「…っ…!ゲホッ…ッ…!」
なまえが中庭に丁度着いた頃、もう少し奥の方からだろうか…?
蠢く程、息苦しい酸素を求める呼吸法。
そして普段、自分が嫌という程味わっている…血のニオイ、混じる土の温。
鴉が妖鬼をからかう酔うに呼び鈴を鳴らせば、全身の血液の巡りは異常に破約、左心房に木霊する。
…ドクンー…!!
なまえの爆弾が一つ大きく鼓動し、大きな耳鳴りと共に、ピシャッー…!!と、落雷した様に全身に嫌な予感を感じれば、其れを嘘であって欲しい、と刹那に願いながら、急いでその場面に走って向かうとー…
「…総司…。」
目の前に大きな鏡でも在るのだろうかー…しかし目の前に居るのは、己の姿では無い。
急いで駆けつけた筈だったが、なまえの身体は汗を全くかいておらず、寧ろ、全身が冷えきり、呼吸だけが煩く響く。
「…ゲホッ…ゲホッ…ッ…!」
何故、沖田が地に埋まり苦しみながら咳をし、血を吐いているー…?
ソレは、自分の役目、だろう?
The boy gave a quick answer.
(少年はすぐ答えた。)
We are all doomed destined to die eventually.
(我々は所詮、死ぬ運命なのだ。)
「…は、…ははっ…なまえ
さん…。
参ったなぁ…見つかっちゃいましたね…? 」
虚ろな翡翠で愛しの名を呼ぶ彼は、苦しそうな声で「…でも何時だって、一番に僕を見つけ出して手を差し伸べてくれるのは…なまえさん…ですもんね…」と放ち、フラフラ…と腰をあげ、ゆっくりと放つ。
「…あの時も…、あの頃も…」
沖田が土方から江戸へ帰れ、と言われたあの夜、そして2人が始めて出逢った時の記憶を筆頭に、過去の様々なシーンは、2人の脳裏に鮮やかに蘇るのだった。
「っ…総司!喋るな、動くな…!」
なまえは珍しくガタガタ…と震える己の腕に腹を立てながら、沖田の身体を支え、丁度良く在った腰掛けに、ゆっくりと沖田を座らせ、自分の頬を冷やしていた布で彼の吐血の痕を優しく拭ってやる。
「なまえさん…汚れちゃう…。」
なまえは普段、自ら吐き出した液体の処理をするのは簡単で、吐き捨てた分と比例して、血で濁った煩わしい砂と共に、見下しながら踏み棄ててきた筈なのに…沖田の血を拭う度、深く不快、闇に襲われる様な恐怖心に襲われ、この綺麗な血液を翡翠に戻す術は無いか、と脳をフル回転させ考えるが、ガクガク…と揺れる己の身体の震えも収まる事は無く、そんな術を考える事も無意味で在った。
「ざけんな、総司…!
何、血吐いてやがる…!」
「…ふふっ…なまえさんとお揃いです…嬉しい…。」
「…っ…テメェの役目じゃねーんだよ…!!」
「…なまえさん、その頬どうしたんですか…?
僕のなまえさんの綺麗な頬が真っ赤…!許せない…。」
沖田は、己の今の身体の心配より、なまえの頬を心配し、哀しそうな表情でなまえを見上げれば、なまえの頬に己の手を愛しそうにゆっくりと添え、優しく撫でた。
「どあほ…!
…待ってろ、水持ってくる…!あと、センセ呼んで…!」
なまえ自身、荒い呼吸をしつつ理性をやっと保ってる状態だったが…今、自分が確実に出来る処置をしようと、無理矢理、身体を動かし沖田に背を向ければ…。
「待ってください…!」
「…っ…!?」
沖田から急に腕を捕まれ、身体を動かす事を遮断されれば、なまえは焦りと哀しみ…負の連鎖が渦巻く様な、激しく苛立つ感情に更に襲われながら、沖田に急いで理由を問いただす。
彼の腰で揺れる印籠は、中身の飴や金平糖の花車をザラッと奏でながら「まったく…喧嘩すんなよ」と2人を慰めている様だった。
「…なまえさんも少しは他人の気持ち、理解したんじゃない…?」
いつもいつも心配されてばっかりだったもんね、僕からにも、皆からにも…と沖田は何時もの悪戯な笑みを浮かべれば、なまえはギリッ…と歯を噛み「んな事、聞いてる時間ねーんだよ!さっさと離せや…!」と怒りを含みながら、沖田から己の腕を振り払おうと、腕に力を込めた。
「…話なら後でも出来るだろ…?」
ーードクン…
「もう落ち着いたから大丈夫です…!それより僕の側に居て…離れないで…なまえさん…」
ーードクン、ドクン
「総司…?だけどやっぱり…、」
「なまえさん!…なまえ…っ!!
…っ…は…お願いします…行かないで、聞いてください…!!」
「だから…!一体何なんだべ…!」
ドクン。ドクン。ドクンーー
嫌なノイズに犯される心臓、
翡翠から放たれた悪夢の一言は、怒りに満ちた紅い月を無惨に討ち砕く事に去る。
喪失、失明、眩暈、
知りたくもないモウヒトツの【真実】
呼毒は孤独を拒絶し、
護るべき譲れない領域まで、
侵蝕?穢す?咬み千切る?
「僕の身体…あの病に、
【労咳】に侵されています。」
塑性変形した侵蝕、吐堕す血鎖
( a quirk of fate )(運命の悪戯)
ーーー
湿気、嫉華、叱蹴
頸に纏わりつく、蛆虫
「逆らう、手段を」
「平間さん!ああ、こいつらも順調に育ってるぜ!収穫まで、後少しだな。」
ふぅ…と一息つきながら、額から流れる汗を拭う井吹は、平間と共に営んでいる自慢の畑で、今日も汗水垂らしながら懸命に働いていた。
「…少し休憩しましょうか。」
この町で一番美味しい和菓子屋の絶品大福をやっと手に入れました、なんて笑顔で平間が井吹を誘えば、井吹は、「まじか!いやー…あそこの大福、甘いもん苦手な俺でもペロリと食えちゃうんだよねー!食う!」と喜び、家の縁側へ腰を掛けた。
「今、お茶を淹れますね。」
そうこなくっちゃ、と付け足しながら茶の用意をする平間に、井吹は御礼を言いながら、心地よく流れる風と、柔らかく暖かい陽射しをゆっくりと感じるのであった。
井吹と平間は、あの夜以降ー…
ある場所で、平穏な日々、充実した毎日を過ごしている。
(大福、か…。)
己のすぐ隣で、「早く食べて」と誘うように白く柔らかそうな丸い御菓子は、平間がトポトポ…と音をたてながら淹れる緑茶と共に、平和を奏でる絵を一枚完成させた。
ーー… 「…あんたの、 龍自身の…生きる理由と死ぬ覚悟を見いだせる場所、見つけたのか?」
「さっきの、生きてえって覚悟、伝わってきた。」
「…忌み仔だろうが妖鬼だろうが…あと何年かの命だろうが…俺は新選組のみょうじ なまえだ。 生涯、俺の命は誠の旗の基、忠誠は近藤さんに在るー…!」
井吹はその絵を見ながら、昔の事をふっと思い出し、難しい表情と共に眉間の皺を寄せて仕舞えば、平間に差し出された絵序でに「どうしましたか?」と、彼の不思議そうな問い掛けも交わるのだった。
「いや…、なまえの事…思い出してて…。」
己で拳を作り左胸にグッ…と納めた井吹は、悔しそうに顔を俯かせると、平間は悲しそうに、そして懐かしそうに頬を緩ませれば「成る程…大福は彼の大好物、でしたね…。」と呟きながら、白くキラキラと光る大福をじっと見つめた。
「井吹さん…みょうじさんは今日もいつも通り、皆に愛され、愛情をたっぷりと受けてますよ。
…それに貴方は、彼に【御守り】を預けているのでしょう?」
きっと今頃、我々と同じように大福を食べてるのでは?と続ける平間に、井吹は「…そう、だよな…」と返し暫く考えた後、大福を握り口へとガッと放り混んだ。
「…、っ!…げほっ、げほっ!」
勢い余り、大福が喉に突っかかり盛大に咽せる井吹に、平間は急いで茶と共に用意しておいた冷水を井吹へと渡し飲ませてやり「大丈夫ですか?」と、背中をさすってやった。
「いきなりどうしたんですか。慌てて食べると危ないですよ?」
「…っはー…!苦しかった…!
いや…この大福、俺のオススメな一品なんだぜ、食いてーだろ?!って…なまえに会った時に見せびらかしてやろうと思ってさ。」
悪い悪い、と平間に謝りながら、笑いつつ少し切ない表情で物語る井吹は、なまえの生命の鼓動を信じ続ける事を、そしてまたいつか再会を果たせるその日までーー彼に救って貰った此の命に誓うのであったー…。
(そうだよな。毒になんかに…殺される彼奴じゃないよな!)
「そいや、なまえ…。
俺の印籠、何に使ってるんだろう?」
「むぐ、」
井吹の疑問が浮かび上がった同じ頃、なまえは大福をくわえ粉を零しながら、松本の部屋に来ていた。
「…大人しく健康診断に来たかと思えば…この間の強気はどこへやらだ、全く。」
潔いのは結構だが、と溜息を零し呆れながら目の前の患者に吐き出せば、なまえは口をむぐむぐ、とさせながら「だって、もー解ってんでしょ?センセ、」とあっけらかんと返すのだった。
「…俺が人間じゃねー、って事も、」
「…今まで何百人の人間を見てきたと思っている?
なに、心配御無用…人間でも鬼でも構わんよ…許容範囲内だ。」
どうやら松本は腕の良さに比例し、経験も抜群に有り、長き医療の道の中で何回も「鬼」も診ていた様だった。
「ははっ、上等、」
降参っす、かなわねーや、と悪戯に放ちつつ大好物を平らげ、満足気にペロッと口を舌で舐めれば「何処、診んの?」と続けるなまえに、松本は、以前の拒絶していた彼を思いだし比較すると、「…何か企んでいるのか…?」と疑って仕舞、逆に恐ろしくなって仕舞った。
「…なまえ君の持つ月光花は、やはり永遠に残しておきたいところだが…残念ながら猛毒に蝕まれ濁っておる…。
今、生きているのが不思議なくらいだよ。」
「おー、容赦ねーなー?おっかねー、」
心臓の音聞かせなさい、と松本はなまえの左胸付近に手を当てていき、鼓動や組織をかき分け、例の彼が抱える爆弾を探れば、第一声は溜息の効果音であり、容赦無い言葉の波は次へ次へと打ち上げられた。
なまえにこれ以上苦しみを味わって欲しくないと願うが故の、松本の最上級の優しさなのかもしれない。
「…なまえ君、慰めは欲しいか?
…なに、望むなら其れも医者の仕事だよ。」
柔らかい表情を持つ松本が、珍しくであろう眉間に皺を寄せ低い声で放てば、なまえの紅い月は柔らかく艶やかに微笑み、静かに首を横に振った。
胸を診せる為にはだけた着物の為か、腰を降ろして胡座を掻いてる為か…なまえの腰に繋がりながらも共に畳の上に転がる印籠は、中身の固形物の擦れ合う音をたてながら、静かに存在感を主張させた。
井吹の想いと、たっぷりの飴や金平糖を詰め込んだ【御守り】ー…
「慰めは要らない、隠蔽して、」
なまえは、歯を見せ微笑み、転がる印籠を己の掌に包みこみ大切そうに触れながら松本に伝えれば、松本は「…っ…!何を馬鹿な…!」と怒りを含みながら畳をドンっと殴り、「君が健康診断を受けずに駄々をこねてた理由を私なりに理解し、近藤君には何も言わず今日まで黙っていたが…!!しかし何故其処まで…!きちんと診て知ってしまった今、尚更黙っておけん!近藤君に言って今すぐ隊を抜け…」と、途中まで怒鳴りつけたのだが。
「センセ、うっせー心臓に響くべ?」
なまえは、素早く松本の口を塞ぎ、最初に魅せた殺気を含んだ紅い月を輝かせれば、静かに「…あんたの総てを賭けて、俺に医療を施せば、俺は確実に後悔しながら死ぬ…、」と呟き、松本の胸座へと手を移動させ掴み握り、頼むよ、と縋るかの様にうなだれた。
印籠の【揺籠】ー…
主人の御加護と友に、何も望まず定位置に月、水面に浮かぶ陽に揺れる。
「…っ…其処までして、他人の為に死を選ぶか?
…君は、私に医師としての義務を捨てろ、と申すか?」
ブルブル…、と怒りで震えながら松本が問えば、なまえは哀しく「命賭けて必死で足掻き燃やしてんのは、お互い様、」と鋭く射抜き、一歩も退く気は無かった。
「…俺から新選組奪うなら、今此処で…俺を殺してみやがれ、」
死んでも譲らねーけど、なんて吐き出せば、松本は悲しげな表情をし「生きたい、死にたくない、助けてくれ、と無論言われるが…こんな事言うのは…君が初めてだよ…」と呟き、スッ…と全身の力を抜いた。
「…センセ、」
なまえが松本の様子に安心し、気を緩ませた瞬間ー…
鈍い音と、なまえの頬に、火傷を負った様な灼熱が一気に広がったのだった。
ーーー
「あー、なまえちゃん、健康診断大丈夫かなー?」
「何を言う。 なまえは健康に決まっているだろう。」
永倉が心配そうに嘆けば、隣に居合わせていた斎藤はキッパリ、と吐き出した。
「んー…だと良いけどよ…」
「何で?新八っあん、なんか不安な事でもあるのかー?」
ひょいっ、と横から飛び出し、永倉の肩に押し乗る平助に、永倉は「うぉっ!?平助、今日も特攻隊長だな!」と頭をワシャワシャと撫でてやれば、平助は「うわっ!新八っあん、乱暴すぎ!」と頬を含ませた。
「…なまえに、何かあったのか?」
2人のやり取りを無理矢理裂き、真剣な表情をして問い詰める斎藤に、永倉は「いやいや、なんかあった、とかじゃねーけどさ!」と返し頬を指で掻きながら小さく続けた。
「健康診断、すっげー嫌がってたんだよな…何でかわかんねーけど…」
珍しく難しい表情をする永倉に、他の者達も不安感に襲われ何故だと永倉に当たり、その時の状況を問い質すが、永倉は、特に嫌がる理由も、思い当たる節も無い、と零すしか出来なかったのだ。「おめえら、何サボってやがる!口を動かす前に手ェ動かしやがれ!」
何も答える事の無い永倉を見て、他の者の不安を含む嫌な空気が漂う中、急に背後から土方の声が響き、無理矢理その空気は遮断された。
「げっ…土方さん…!」
先日の松本の意見を聞いた近藤は、その峰を皆に話し、本日は隊士総出で屯所の清掃を行っており、朝からばたばたと忙しくしているのだった。
「だけどよ!土方さん…!なまえが…!」
「原田!おめェは、向こうの担当だろーが!」
土方は、ほら、さっさと戻りやがれ!と喝を入れ原田の言葉を遮り、彼の背中を無理矢理押しながら「今自分がやることやるんだよ!キビキビ動かねぇと、日が暮れちまうぞ!」と続け、他の者達にも指示を送る。
「…っ…!」
「…へーい…」
腑に落ちない彼らだったが、鬼の副長の命であれば、やはりしかし…との気持ちがあり小さく返事を返せば、紫の鋭い瞳がギラッと光ったその瞬間、直ちに「アイアイサー!」と背中をピンっと正し、気合いの入った返事を返した。
(…なまえ…。)
他の者を散らした後、永倉らの話を先程耳にした土方は、その場で小さく溜息をつき、なまえの事を物凄く心配に想えば、診断を受けているであろう今、彼の居る方向へと視線をゆっくりと流す。
なまえの【真実】を知っている彼だからこそ、こんなにもこんなにも胸が抉られる様な酷い痛みに襲われるのでは無かろうか?
(…俺ァ、こんなにも脆かったんだな…お前がいねぇと…)
ーーー
「…薬を調合しておこう…其れしか私に出来ることは無い。
…今すぐ出て行きなさい。」
なまえの頬を思い切り引っ張叩いた後、松本はそう静かに冷たく言い放てば、以降背中を向けなまえとは視線を合わせる事は無く、机に向い筆を手に取り紙に文字を走らせた。
初めて己の頬を引っ張叩かれ、未だにジンジン…と熱い熱が広がる感覚を味わい、頬に片手を添え痛覚を感じていたなまえは、数分その場から動けずに居たが、後に沈黙を静かに破る。
「…ありがと、センセ。」
初めて喰らった平手打ち…すげー特効薬、と御礼を言い、腫れの退かない頬のまま綺麗な笑顔で笑うなまえは、静かに松本の部屋を後にする。
ーーストン…
紅い月が沈み、戸の閉まる音がした後、松本はコトン…と筆を置き、墨を走らせた紙を、なまえの頬を叩いた手でグシャッ…と握り潰し、未だジンジン…と響く其の掌を眺めれば、「なまえ君…!」と彼の名を呼び、静かに机にうなだれるのであった。
太陽が栄光を掴むにしろ、月が没落し歪むにしろ、医龍が足掻き、微力ながら輝きを満たす事が出来るのは【気休め】でしか無いのも、哀しい【真実】ーー…
何も出来ない苛立ち、滑稽、
医龍は透明の涙を融、掉尾の勇を奮う。
尚且つ、紅月光と供に輝く【翡翠】も気掛かりでありー…
「吐血」の呪縛の鎖に、抵抗さえも覚えた。
(まさか同時に…悪魔め、血に飢えてるというのか…?)
ーー…
「…この顔じゃなー、」
ヒリヒリ…と赤くなる頬を、先程井戸の冷水で濡らした布をあてがいながら、なまえは苦笑いを浮かべつつ中庭に足を運ぶ。
この顔で戻っても、屯所の連中に質問責めにされる事は予想はつくし、まあ、腫れが退くまでとは言わないが…とにかく少し時間を稼いでから戻ろうと考えたのだった。
(…平手打ちってのも、痛ぇもんなんだな…、)
人から与えられる痛覚を余り感じる事のないなまえは、腫れる頬を布でスリスリ…と擦ってやれば、自然と頬を緩ませて仕舞う。
痛覚も、立派な生命の証。
そして、松本が平手打ちした意図、心意を理解出来ない彼では無くー…松本の包み込む暖かさに、なまえは純粋にただただ嬉しく思った。
ーーー……
「…っ…!ゲホッ…ッ…!」
なまえが中庭に丁度着いた頃、もう少し奥の方からだろうか…?
蠢く程、息苦しい酸素を求める呼吸法。
そして普段、自分が嫌という程味わっている…血のニオイ、混じる土の温。
鴉が妖鬼をからかう酔うに呼び鈴を鳴らせば、全身の血液の巡りは異常に破約、左心房に木霊する。
…ドクンー…!!
なまえの爆弾が一つ大きく鼓動し、大きな耳鳴りと共に、ピシャッー…!!と、落雷した様に全身に嫌な予感を感じれば、其れを嘘であって欲しい、と刹那に願いながら、急いでその場面に走って向かうとー…
「…総司…。」
目の前に大きな鏡でも在るのだろうかー…しかし目の前に居るのは、己の姿では無い。
急いで駆けつけた筈だったが、なまえの身体は汗を全くかいておらず、寧ろ、全身が冷えきり、呼吸だけが煩く響く。
「…ゲホッ…ゲホッ…ッ…!」
何故、沖田が地に埋まり苦しみながら咳をし、血を吐いているー…?
ソレは、自分の役目、だろう?
The boy gave a quick answer.
(少年はすぐ答えた。)
We are all doomed destined to die eventually.
(我々は所詮、死ぬ運命なのだ。)
「…は、…ははっ…なまえ
さん…。
参ったなぁ…見つかっちゃいましたね…? 」
虚ろな翡翠で愛しの名を呼ぶ彼は、苦しそうな声で「…でも何時だって、一番に僕を見つけ出して手を差し伸べてくれるのは…なまえさん…ですもんね…」と放ち、フラフラ…と腰をあげ、ゆっくりと放つ。
「…あの時も…、あの頃も…」
沖田が土方から江戸へ帰れ、と言われたあの夜、そして2人が始めて出逢った時の記憶を筆頭に、過去の様々なシーンは、2人の脳裏に鮮やかに蘇るのだった。
「っ…総司!喋るな、動くな…!」
なまえは珍しくガタガタ…と震える己の腕に腹を立てながら、沖田の身体を支え、丁度良く在った腰掛けに、ゆっくりと沖田を座らせ、自分の頬を冷やしていた布で彼の吐血の痕を優しく拭ってやる。
「なまえさん…汚れちゃう…。」
なまえは普段、自ら吐き出した液体の処理をするのは簡単で、吐き捨てた分と比例して、血で濁った煩わしい砂と共に、見下しながら踏み棄ててきた筈なのに…沖田の血を拭う度、深く不快、闇に襲われる様な恐怖心に襲われ、この綺麗な血液を翡翠に戻す術は無いか、と脳をフル回転させ考えるが、ガクガク…と揺れる己の身体の震えも収まる事は無く、そんな術を考える事も無意味で在った。
「ざけんな、総司…!
何、血吐いてやがる…!」
「…ふふっ…なまえさんとお揃いです…嬉しい…。」
「…っ…テメェの役目じゃねーんだよ…!!」
「…なまえさん、その頬どうしたんですか…?
僕のなまえさんの綺麗な頬が真っ赤…!許せない…。」
沖田は、己の今の身体の心配より、なまえの頬を心配し、哀しそうな表情でなまえを見上げれば、なまえの頬に己の手を愛しそうにゆっくりと添え、優しく撫でた。
「どあほ…!
…待ってろ、水持ってくる…!あと、センセ呼んで…!」
なまえ自身、荒い呼吸をしつつ理性をやっと保ってる状態だったが…今、自分が確実に出来る処置をしようと、無理矢理、身体を動かし沖田に背を向ければ…。
「待ってください…!」
「…っ…!?」
沖田から急に腕を捕まれ、身体を動かす事を遮断されれば、なまえは焦りと哀しみ…負の連鎖が渦巻く様な、激しく苛立つ感情に更に襲われながら、沖田に急いで理由を問いただす。
彼の腰で揺れる印籠は、中身の飴や金平糖の花車をザラッと奏でながら「まったく…喧嘩すんなよ」と2人を慰めている様だった。
「…なまえさんも少しは他人の気持ち、理解したんじゃない…?」
いつもいつも心配されてばっかりだったもんね、僕からにも、皆からにも…と沖田は何時もの悪戯な笑みを浮かべれば、なまえはギリッ…と歯を噛み「んな事、聞いてる時間ねーんだよ!さっさと離せや…!」と怒りを含みながら、沖田から己の腕を振り払おうと、腕に力を込めた。
「…話なら後でも出来るだろ…?」
ーードクン…
「もう落ち着いたから大丈夫です…!それより僕の側に居て…離れないで…なまえさん…」
ーードクン、ドクン
「総司…?だけどやっぱり…、」
「なまえさん!…なまえ…っ!!
…っ…は…お願いします…行かないで、聞いてください…!!」
「だから…!一体何なんだべ…!」
ドクン。ドクン。ドクンーー
嫌なノイズに犯される心臓、
翡翠から放たれた悪夢の一言は、怒りに満ちた紅い月を無惨に討ち砕く事に去る。
喪失、失明、眩暈、
知りたくもないモウヒトツの【真実】
呼毒は孤独を拒絶し、
護るべき譲れない領域まで、
侵蝕?穢す?咬み千切る?
「僕の身体…あの病に、
【労咳】に侵されています。」
塑性変形した侵蝕、吐堕す血鎖
( a quirk of fate )(運命の悪戯)
ーーー
湿気、嫉華、叱蹴
頸に纏わりつく、蛆虫
「逆らう、手段を」