蛇苺の影踏み
n a m e
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この西本願寺に屯所が移転してはや三ヶ月。
(千景がくれた薬の御陰で、最近は落ち着いてんな…)
前に居た屯所よりも随分と広くなり、空気の通りが多少良くなった西本願寺で、なまえはスゥッ…と深呼吸をした後、己の左胸に手を置き、すりすり…と擦りながら思う。
数ヶ月前に風間が土方へなまえに飲ませろと渡した粉薬ーー…
なまえの秘密を土方が知ってしまう元凶と成った物だったが、その分支払った対価は大きかった様で、最近の体調は、吐血は僅かにするものの、酷さは目立つ事は無く落ち着いている。
(ちーちゃんにまじで御礼しねーと、)
土方に薬を渡した事もついでにふいと思いだし苦笑いはするが、やはり風間には二度も救われた身、恩を大切に思う鬼としてはキチンと彼に伝えたい…とまあそんな事を此の天気の良い空の下で、ゆっくりと目を瞑りながら考えていた。
気持ちの良い空気
暖かい陽射しーー…
当たり前だと思ってやってきた毎日の一瞬一瞬を、なまえは大事にし始めて来ている。
こうして薬で抑えてるとしても、爆弾は正常に動いている。
己の身体は、己が一番、痛いほどよく解っているのだから。
「なまえさん!」
そんなとき、すぐ近くから千鶴の呼ぶ声がし、ふと我に返った。
千鶴も西本願寺にすっかり慣れた様で、迷うこと無く道を辿る。
「ん、俺に何か御用ですか、姫?」
いつもの様にニッ…と意地悪に笑い千鶴に返せば、千鶴は頬を染めながら「もうっ…」と小さく吐き、そろそろご飯ですよ、と優しく続ける。
雪は消え、桜も過ぎて、今は燕の季節。
悪戯に返すなまえの隣に付き、千鶴は手を風に晒し「だいぶ、風も暖かくなってきましたね」と投げ掛けた。
「…昔はあんまり気にしなかったけど…。
自然も俺も、こうやって生きてんだなーって思う、」
余りなまえから聞く事のない様な言葉に、千鶴は「え…?」と、不安を含む不思議そうな表情で彼を覗けば、彼の横顔はいつもと変わらず綺麗だったのだが、雪塵が静かにキラキラ…と幻想的に描き、そして瞬に消えていきそうな哀しい透明に見えてー…
「なまえさんっ!」
「…んぐ!?」
なまえが今にも消えて無くなりそうに見えた千鶴は、慌てて声を荒げ彼の腕を両手で思い切り掴めば、いきなりの千鶴の行動に勿論、なまえはビクッと身体を鳴らし、驚くのであった。
「さ、ご飯行きますよ!」なんて千鶴に力強く腕をひかれれば、驚いてる間に身体をずるずる…と引きずられるなまえは、「ひっぱるなー」と言う事しか出来なかった。
ーー…
「平助と巡察、久しぶりだな」
今日も普段通りの賑わいを見せる京の大通り。
寄せては帰す人の波を、平助と千鶴となまえは共に抜けていく。
「へへー!オレ、長いこと江戸に行ってたしなー!」
奴らに邪魔されずになまえと話せるなんてラッキー!なんて笑顔で続けて放てば、なまえは平助の額にコツン…とノックするように指で触れながら「巡察中、つーか寧ろ平助と一番だべってる気ーすんだけど、俺。」と零した。
そう、平助となまえは、夜に縁側で菓子と茶を啜りながら、ミニマム茶会を開く事が多い。
なんだかんだ言って、2人のお気に入りの時間だったりする。
「へへっ!なまえ!今夜、久しぶりに開くか?」
コツンと触れられた額を指で擦りながらひでーよー、なんて笑顔で続けながら問い掛ければ、なまえは「菓子なら任せろ!」と機嫌良さそうにニッと笑った。
(なまえさんの笑顔…素敵だなあ…。
私にも向けてくれたらなぁ…)
「やりぃ!そういえば千鶴?
江戸にあるお前の家の場所聞いてたから立ち寄ってみたんだけど、やっぱり駄目だった…」
やはりなまえの隣を歩き、なまえの事を考えながら歩いていた千鶴に、平助が綱道について語れば、千鶴はハッと我に返り頬を染めながら焦りながら「わざわざ、ありがとう。皆も探してくれてるし、頑張るよ」と頬を緩ませ返し、言葉を濁す平助を気遣い話題を変え「久しぶりに京に戻ってきて、どう?」と問えば、平助は表情を濁し「あー、そうだなぁ…」と呟く。
「町も人も、結構変わった気がする…」
先程の平助の笑顔は無く、らしからぬ、懐かしそうな寂しそうな表情に千鶴は首を傾げ、なまえは黙って平助の頭をぽんっ、と撫でた。
「…お、総司、」
別の順路で巡察だった沖田が、「なまえさん♪特にこっちは変わりはありませんでした。」と駆け寄れば、平助は「お疲れさん!」と笑顔に戻り返した。
「でも、将軍上洛の時には、忙しくなるんじゃないかな」
将軍様が京を訪れるんですよね?と千鶴が沖田に問えば、「近藤さんも張り切ってるよ」と肯いた。
将軍が訪れれば、京の警備をする新選組は、自然と目に留まる事になるだろう。
「っし、近藤さんの為だべ、」
なまえの言葉と、近藤が張り切る姿が容易に想像できた千鶴は頬を緩ませるが、平助は気の無い相槌を打ったっきり沈黙する。
困惑する千鶴は、助けを求める心地でなまえと沖田に視線を向けるが…。
「…おい小娘!断るとはどういう了見だ!?
民草のために日々攘夷を論ずる我ら志士に、酌の一つや二つ、寧ろ自分からするのが当然であろう!」
「やめてください!離して!」
女一人に対し荒くれ者が三人四人…どうみても楽しそうな雰囲気では無く、千鶴は「助けなきゃ!」と呟けば、平助の声が応え「わかってる!千鶴はここで待ーー」
千鶴と平助が言葉を交わしているうちに、浅葱の風が彼らの間に分け入っていった。
「やれやれ。攘夷って言葉も、君たちに使われるんじゃ可哀想だよ」
「ったく…冗談じゃねーよ、」
関わるまいとする人の波に逆らって、沖田となまえは男たちの前に立てば、その出で立ちを見て、浪士たちが一斉に顔を強張らせた。
「浅葱色の羽織…新選組か!?」
話は早い、どうする?と沖田が唇を三日月に刻むと、ゆっくりと刀の柄に手を伸ばせば、冷や水を浴びせられたような顔をしながらも浪士の一人が悔しげな声で「くそっ…幕府の犬が…!」と、悪態を吐いた。
「…いいからとっとと失せろって」
同じ浅葱を着込んだ平助が歩み出れば、さすがに不利を悟らざる得ない浪士達は、今度こそ色を失い尻尾を巻いて逃げ出していった。
「捕まえなくていいんですか?」
千鶴が慌てて彼らに問えば、「君は意外と過激だなあ」と沖田に返され、彼らは未遂だと気がつかされたのだった。
「あの、私…南雲薫と申します。
助けていただいてありがとうございました。」
先程の女の子が沖田となまえに、ぺこりと頭を下げるのを眺める千鶴。
(所作ひとつ取っても洗練されてて、いかにも女の子らしいな…)
千鶴は、自分が男装してなくとも、ここまで優雅には振る舞えない、そんな風に思っていると不意に沖田から腕を捕まれ、引き寄せられた。
「沖田さん!?」
この子の横に立って、なんて言われ、薫と名乗った女の子と千鶴を並ばせれば、沖田は二人へと交互に視線を向け、「よく似てるね、二人とも」と呟き「どう思いますか?」と、なまえに意見を伺う。
「んー、」
なまえは、初めて千鶴と会った時の感覚と同じ【ニオイ】を感じながら、薫をじろっ…と眺めれば、薫はぞくりとするような笑みを千鶴となまえに向けた。
「きちんとお礼したいのですが…今は所用がありまして。
…ご無礼お許し下さい。」
薫は、沖田となまえに一礼し、着物の裾を翻した後、「このご恩はまたいずれ…新選組の沖田総司さん、そして、みょうじなまえさん…」
最後に力強い瞳でなまえの紅い月を捕らえれば、なまえは無言で目を反らしたのだった。
「ありゃ、なまえに惚れたなー」
彼女が消えると同時、意地の悪い顔をした平助が、このこのー!なんてなまえを肘でつつきながら放てば、「今のがそう見えるなんて…だから平助君は左之さんとかに勝てないんだよ。」と沖田はやれやれ…と零し、なまえは「出直してきやがれ?」と、平助の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「薫さん…か…」
平助の言葉と、先程の薫の存在に、ざわめく風は千鶴を乱したままであった。
ーー…
新しい屯所の広間は、その名に相応しく、とにかく広い。
隊士が全員集合しても充分な余裕を取れる、端まで声が届くか心配になるくらいの広さで、そんな広々とした空間に、今日は、朗々たる近藤の声が響き渡っていた。
「皆も、徳川第十四代将軍・徳川家茂公が、上洛されるという話は聞き及んでいると思う。
その上洛に伴い公が二条城に入られるまで、新選組総力をもって警護の任に当たるべし、との要請を受けた!」
事態を理解した隊士たちが歓声を上げ、「池田屋やら禁門の変の件を見て、お偉方もさすがに俺らの動きを認めざる得なかったんだろうよ」と土方が放てば、皆の中に緊張感も走り汗が滲む。
「上洛の警護とはまた。
もしも山南さんが生きていれば…」
惜しい人を亡くしましたね…なんて、そんな中ぽつりと伊東が呟けば、近藤は苦い顔を見せながら「忙しくなるだろうから、隊の構成を考えなくてはな…」と口を開いた。
「近藤さん。総司は今回外してやってくれねぇか?風邪気味みてえだからな」
(本来は、外したい奴がもう一人…いるんだがな…)
苦い顔で土方が近藤に放てば、近藤は沖田を心配する声をあげた。
「土方さんは大げさすぎるから」
別に大丈夫なのに、と零せば、「さっきも咳してただろうが」と土方の声が響き沖田を黙らせた後、「…なまえ」と名前と視線だけで総てを語るように突き刺した。
「何、」
なまえには土方の言いたい事が直ぐに理解でき、紅い月を力強く輝かせれば、土方は諦めた様にため息をついて「…総司の分まで宜しくな」と渋々放った。
「ったりめーだろ?」
ニャンコは大人しく留守番してな、と沖田の頬を撫でた次の瞬間、平助が手をあげ、「実はオレもちょっと調子が…」と参加を辞退するのであった。
(平助…)
なまえは昨夜、茶会を開いた時に平助に放たれた言葉を、静かに思い出し切ない表情をしていると、沖田に名前を呼ばれて我に返り返事をすれば「なまえさん…気を付けていってらっしゃい」と切なそうな声で抱きしめられ、なまえは己の胸に埋まる沖田の頭を撫で「大人しく寝てろよ」と零すのだった。
「風邪よ風邪よ、とんでけー」
(なまえさん…僕ね……)
「足、つってきたかも…」
右から左へ、左から右へ。
夜闇の中をぱたぱたと、千鶴の足音が響き渡った後、一旦休憩と足を休めてそびえ立つ城を見上げた。
ーー徳川初期の頃より、将軍上洛の際、宿舎の役割を果たすために作られた二条城。
将軍様の身に何事もなく、ここまで辿り着いたのが先刻の事。
道中警護から、そのまま城周辺の警護にまわって一刻あまりたち…今頃、近藤や永倉、井上たちは、偉い方々に挨拶をしているところだろうか。
千鶴もお勤めを頑張る、と改めて駆け出せば、二条城の周囲に咲く、浅葱の羽織りがそこかしこに見えたのだった。
(これだけ厳重な警護だし、敵なんているわけーー…)
そう呟いた瞬間、千鶴の背中にぞくり、と冷ややかな何かが走りー…しかも虚しい事にその感覚は、覚えがあった。
刀を向けられた時の感覚、血にクルった瞳で睨まれた時の感覚。
ーー殺気ーー…
人目も届かない城の陰、かがり火は遠く、月光の手も触れるぎりぎりの緑…そこに彼らは佇んでいた。
「あなた、たちは…!?」
「…さほど鈍いというわけでもないようだな」
バラバラだがどこか特徴的な風体を持つ、三人の男の鋭い支線が千鶴に突き刺さり、それだけで身が切れて仕舞いそうになり、そして視線に気圧されながらも、千鶴は必死に自分の記憶と、聞いた情報と、目の前の男達の顔を繋ぎ合わせるのだった。
風間千景。
天霧九寿。
不知火匡。
池田屋や禁門の変で新選組の前に立ちふさがった、薩摩や長州と関わりがあるらしい三人の男達…。
間違っても、将軍の居城である此の場所に、気軽に居て良い存在では無い筈ー…!
「君を探していたのです。雪村千鶴」
何故此処に居るのかと問えば、彼らは【鬼】やら自分を探してとか、理解できない事を投げ掛け、千鶴は「からかわないで!」と叫べば、風間は「我が同胞ともあろう物が」と一蹴し、闇を引き連れ一歩踏み出した。
「君は、すぐに怪我が治りませんか?」
並の人間とは思えないくらい、怪我の治りが早くありませんか、と天霧に問われれば、千鶴はたじたじ…と俯いて仕舞うのであった。
(だって、私だけじゃなく…なまえさんだって、この体質…)
「女鬼は貴重だ、共に来いー…」
ーー…
「女の口説き方、まだまだなんじゃねーの?」
風間の手が千鶴に延びた一瞬、綺麗な月光が一筋に輝いたと思えば、千鶴を背にして庇い、風間の目の前になまえが舞い降り、芯琥の紅は、今宵さえも噛み斬った。
「…っ…!?」
「…なまえ…さん…!」
いつも助けて呉れるその愛しの背中に無意識に抱きつけば「下がってな、」と男は背中で語る。
「首輪の呼び鈴鳴らして俺を呼んでくれねーなんて、冷てーなー?
…うちのお嬢かっさらうの、そんなに必死?」
なまえは人差し指で、とんとん…と己の首の刺青を指せば、風間は「なまえ…」と愛しく切なく哀しい声で彼の名を呼んだ。
フラッシュバックする、愛しの貴様の吐血で染まった地獄絵図。
「逢いたかったぜ、千景、」
蛇苺の影踏み
(熟す皹)(孰す浅葱)
ーーー
人間、鬼、
春は、終わらせない
(千景がくれた薬の御陰で、最近は落ち着いてんな…)
前に居た屯所よりも随分と広くなり、空気の通りが多少良くなった西本願寺で、なまえはスゥッ…と深呼吸をした後、己の左胸に手を置き、すりすり…と擦りながら思う。
数ヶ月前に風間が土方へなまえに飲ませろと渡した粉薬ーー…
なまえの秘密を土方が知ってしまう元凶と成った物だったが、その分支払った対価は大きかった様で、最近の体調は、吐血は僅かにするものの、酷さは目立つ事は無く落ち着いている。
(ちーちゃんにまじで御礼しねーと、)
土方に薬を渡した事もついでにふいと思いだし苦笑いはするが、やはり風間には二度も救われた身、恩を大切に思う鬼としてはキチンと彼に伝えたい…とまあそんな事を此の天気の良い空の下で、ゆっくりと目を瞑りながら考えていた。
気持ちの良い空気
暖かい陽射しーー…
当たり前だと思ってやってきた毎日の一瞬一瞬を、なまえは大事にし始めて来ている。
こうして薬で抑えてるとしても、爆弾は正常に動いている。
己の身体は、己が一番、痛いほどよく解っているのだから。
「なまえさん!」
そんなとき、すぐ近くから千鶴の呼ぶ声がし、ふと我に返った。
千鶴も西本願寺にすっかり慣れた様で、迷うこと無く道を辿る。
「ん、俺に何か御用ですか、姫?」
いつもの様にニッ…と意地悪に笑い千鶴に返せば、千鶴は頬を染めながら「もうっ…」と小さく吐き、そろそろご飯ですよ、と優しく続ける。
雪は消え、桜も過ぎて、今は燕の季節。
悪戯に返すなまえの隣に付き、千鶴は手を風に晒し「だいぶ、風も暖かくなってきましたね」と投げ掛けた。
「…昔はあんまり気にしなかったけど…。
自然も俺も、こうやって生きてんだなーって思う、」
余りなまえから聞く事のない様な言葉に、千鶴は「え…?」と、不安を含む不思議そうな表情で彼を覗けば、彼の横顔はいつもと変わらず綺麗だったのだが、雪塵が静かにキラキラ…と幻想的に描き、そして瞬に消えていきそうな哀しい透明に見えてー…
「なまえさんっ!」
「…んぐ!?」
なまえが今にも消えて無くなりそうに見えた千鶴は、慌てて声を荒げ彼の腕を両手で思い切り掴めば、いきなりの千鶴の行動に勿論、なまえはビクッと身体を鳴らし、驚くのであった。
「さ、ご飯行きますよ!」なんて千鶴に力強く腕をひかれれば、驚いてる間に身体をずるずる…と引きずられるなまえは、「ひっぱるなー」と言う事しか出来なかった。
ーー…
「平助と巡察、久しぶりだな」
今日も普段通りの賑わいを見せる京の大通り。
寄せては帰す人の波を、平助と千鶴となまえは共に抜けていく。
「へへー!オレ、長いこと江戸に行ってたしなー!」
奴らに邪魔されずになまえと話せるなんてラッキー!なんて笑顔で続けて放てば、なまえは平助の額にコツン…とノックするように指で触れながら「巡察中、つーか寧ろ平助と一番だべってる気ーすんだけど、俺。」と零した。
そう、平助となまえは、夜に縁側で菓子と茶を啜りながら、ミニマム茶会を開く事が多い。
なんだかんだ言って、2人のお気に入りの時間だったりする。
「へへっ!なまえ!今夜、久しぶりに開くか?」
コツンと触れられた額を指で擦りながらひでーよー、なんて笑顔で続けながら問い掛ければ、なまえは「菓子なら任せろ!」と機嫌良さそうにニッと笑った。
(なまえさんの笑顔…素敵だなあ…。
私にも向けてくれたらなぁ…)
「やりぃ!そういえば千鶴?
江戸にあるお前の家の場所聞いてたから立ち寄ってみたんだけど、やっぱり駄目だった…」
やはりなまえの隣を歩き、なまえの事を考えながら歩いていた千鶴に、平助が綱道について語れば、千鶴はハッと我に返り頬を染めながら焦りながら「わざわざ、ありがとう。皆も探してくれてるし、頑張るよ」と頬を緩ませ返し、言葉を濁す平助を気遣い話題を変え「久しぶりに京に戻ってきて、どう?」と問えば、平助は表情を濁し「あー、そうだなぁ…」と呟く。
「町も人も、結構変わった気がする…」
先程の平助の笑顔は無く、らしからぬ、懐かしそうな寂しそうな表情に千鶴は首を傾げ、なまえは黙って平助の頭をぽんっ、と撫でた。
「…お、総司、」
別の順路で巡察だった沖田が、「なまえさん♪特にこっちは変わりはありませんでした。」と駆け寄れば、平助は「お疲れさん!」と笑顔に戻り返した。
「でも、将軍上洛の時には、忙しくなるんじゃないかな」
将軍様が京を訪れるんですよね?と千鶴が沖田に問えば、「近藤さんも張り切ってるよ」と肯いた。
将軍が訪れれば、京の警備をする新選組は、自然と目に留まる事になるだろう。
「っし、近藤さんの為だべ、」
なまえの言葉と、近藤が張り切る姿が容易に想像できた千鶴は頬を緩ませるが、平助は気の無い相槌を打ったっきり沈黙する。
困惑する千鶴は、助けを求める心地でなまえと沖田に視線を向けるが…。
「…おい小娘!断るとはどういう了見だ!?
民草のために日々攘夷を論ずる我ら志士に、酌の一つや二つ、寧ろ自分からするのが当然であろう!」
「やめてください!離して!」
女一人に対し荒くれ者が三人四人…どうみても楽しそうな雰囲気では無く、千鶴は「助けなきゃ!」と呟けば、平助の声が応え「わかってる!千鶴はここで待ーー」
千鶴と平助が言葉を交わしているうちに、浅葱の風が彼らの間に分け入っていった。
「やれやれ。攘夷って言葉も、君たちに使われるんじゃ可哀想だよ」
「ったく…冗談じゃねーよ、」
関わるまいとする人の波に逆らって、沖田となまえは男たちの前に立てば、その出で立ちを見て、浪士たちが一斉に顔を強張らせた。
「浅葱色の羽織…新選組か!?」
話は早い、どうする?と沖田が唇を三日月に刻むと、ゆっくりと刀の柄に手を伸ばせば、冷や水を浴びせられたような顔をしながらも浪士の一人が悔しげな声で「くそっ…幕府の犬が…!」と、悪態を吐いた。
「…いいからとっとと失せろって」
同じ浅葱を着込んだ平助が歩み出れば、さすがに不利を悟らざる得ない浪士達は、今度こそ色を失い尻尾を巻いて逃げ出していった。
「捕まえなくていいんですか?」
千鶴が慌てて彼らに問えば、「君は意外と過激だなあ」と沖田に返され、彼らは未遂だと気がつかされたのだった。
「あの、私…南雲薫と申します。
助けていただいてありがとうございました。」
先程の女の子が沖田となまえに、ぺこりと頭を下げるのを眺める千鶴。
(所作ひとつ取っても洗練されてて、いかにも女の子らしいな…)
千鶴は、自分が男装してなくとも、ここまで優雅には振る舞えない、そんな風に思っていると不意に沖田から腕を捕まれ、引き寄せられた。
「沖田さん!?」
この子の横に立って、なんて言われ、薫と名乗った女の子と千鶴を並ばせれば、沖田は二人へと交互に視線を向け、「よく似てるね、二人とも」と呟き「どう思いますか?」と、なまえに意見を伺う。
「んー、」
なまえは、初めて千鶴と会った時の感覚と同じ【ニオイ】を感じながら、薫をじろっ…と眺めれば、薫はぞくりとするような笑みを千鶴となまえに向けた。
「きちんとお礼したいのですが…今は所用がありまして。
…ご無礼お許し下さい。」
薫は、沖田となまえに一礼し、着物の裾を翻した後、「このご恩はまたいずれ…新選組の沖田総司さん、そして、みょうじなまえさん…」
最後に力強い瞳でなまえの紅い月を捕らえれば、なまえは無言で目を反らしたのだった。
「ありゃ、なまえに惚れたなー」
彼女が消えると同時、意地の悪い顔をした平助が、このこのー!なんてなまえを肘でつつきながら放てば、「今のがそう見えるなんて…だから平助君は左之さんとかに勝てないんだよ。」と沖田はやれやれ…と零し、なまえは「出直してきやがれ?」と、平助の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「薫さん…か…」
平助の言葉と、先程の薫の存在に、ざわめく風は千鶴を乱したままであった。
ーー…
新しい屯所の広間は、その名に相応しく、とにかく広い。
隊士が全員集合しても充分な余裕を取れる、端まで声が届くか心配になるくらいの広さで、そんな広々とした空間に、今日は、朗々たる近藤の声が響き渡っていた。
「皆も、徳川第十四代将軍・徳川家茂公が、上洛されるという話は聞き及んでいると思う。
その上洛に伴い公が二条城に入られるまで、新選組総力をもって警護の任に当たるべし、との要請を受けた!」
事態を理解した隊士たちが歓声を上げ、「池田屋やら禁門の変の件を見て、お偉方もさすがに俺らの動きを認めざる得なかったんだろうよ」と土方が放てば、皆の中に緊張感も走り汗が滲む。
「上洛の警護とはまた。
もしも山南さんが生きていれば…」
惜しい人を亡くしましたね…なんて、そんな中ぽつりと伊東が呟けば、近藤は苦い顔を見せながら「忙しくなるだろうから、隊の構成を考えなくてはな…」と口を開いた。
「近藤さん。総司は今回外してやってくれねぇか?風邪気味みてえだからな」
(本来は、外したい奴がもう一人…いるんだがな…)
苦い顔で土方が近藤に放てば、近藤は沖田を心配する声をあげた。
「土方さんは大げさすぎるから」
別に大丈夫なのに、と零せば、「さっきも咳してただろうが」と土方の声が響き沖田を黙らせた後、「…なまえ」と名前と視線だけで総てを語るように突き刺した。
「何、」
なまえには土方の言いたい事が直ぐに理解でき、紅い月を力強く輝かせれば、土方は諦めた様にため息をついて「…総司の分まで宜しくな」と渋々放った。
「ったりめーだろ?」
ニャンコは大人しく留守番してな、と沖田の頬を撫でた次の瞬間、平助が手をあげ、「実はオレもちょっと調子が…」と参加を辞退するのであった。
(平助…)
なまえは昨夜、茶会を開いた時に平助に放たれた言葉を、静かに思い出し切ない表情をしていると、沖田に名前を呼ばれて我に返り返事をすれば「なまえさん…気を付けていってらっしゃい」と切なそうな声で抱きしめられ、なまえは己の胸に埋まる沖田の頭を撫で「大人しく寝てろよ」と零すのだった。
「風邪よ風邪よ、とんでけー」
(なまえさん…僕ね……)
「足、つってきたかも…」
右から左へ、左から右へ。
夜闇の中をぱたぱたと、千鶴の足音が響き渡った後、一旦休憩と足を休めてそびえ立つ城を見上げた。
ーー徳川初期の頃より、将軍上洛の際、宿舎の役割を果たすために作られた二条城。
将軍様の身に何事もなく、ここまで辿り着いたのが先刻の事。
道中警護から、そのまま城周辺の警護にまわって一刻あまりたち…今頃、近藤や永倉、井上たちは、偉い方々に挨拶をしているところだろうか。
千鶴もお勤めを頑張る、と改めて駆け出せば、二条城の周囲に咲く、浅葱の羽織りがそこかしこに見えたのだった。
(これだけ厳重な警護だし、敵なんているわけーー…)
そう呟いた瞬間、千鶴の背中にぞくり、と冷ややかな何かが走りー…しかも虚しい事にその感覚は、覚えがあった。
刀を向けられた時の感覚、血にクルった瞳で睨まれた時の感覚。
ーー殺気ーー…
人目も届かない城の陰、かがり火は遠く、月光の手も触れるぎりぎりの緑…そこに彼らは佇んでいた。
「あなた、たちは…!?」
「…さほど鈍いというわけでもないようだな」
バラバラだがどこか特徴的な風体を持つ、三人の男の鋭い支線が千鶴に突き刺さり、それだけで身が切れて仕舞いそうになり、そして視線に気圧されながらも、千鶴は必死に自分の記憶と、聞いた情報と、目の前の男達の顔を繋ぎ合わせるのだった。
風間千景。
天霧九寿。
不知火匡。
池田屋や禁門の変で新選組の前に立ちふさがった、薩摩や長州と関わりがあるらしい三人の男達…。
間違っても、将軍の居城である此の場所に、気軽に居て良い存在では無い筈ー…!
「君を探していたのです。雪村千鶴」
何故此処に居るのかと問えば、彼らは【鬼】やら自分を探してとか、理解できない事を投げ掛け、千鶴は「からかわないで!」と叫べば、風間は「我が同胞ともあろう物が」と一蹴し、闇を引き連れ一歩踏み出した。
「君は、すぐに怪我が治りませんか?」
並の人間とは思えないくらい、怪我の治りが早くありませんか、と天霧に問われれば、千鶴はたじたじ…と俯いて仕舞うのであった。
(だって、私だけじゃなく…なまえさんだって、この体質…)
「女鬼は貴重だ、共に来いー…」
ーー…
「女の口説き方、まだまだなんじゃねーの?」
風間の手が千鶴に延びた一瞬、綺麗な月光が一筋に輝いたと思えば、千鶴を背にして庇い、風間の目の前になまえが舞い降り、芯琥の紅は、今宵さえも噛み斬った。
「…っ…!?」
「…なまえ…さん…!」
いつも助けて呉れるその愛しの背中に無意識に抱きつけば「下がってな、」と男は背中で語る。
「首輪の呼び鈴鳴らして俺を呼んでくれねーなんて、冷てーなー?
…うちのお嬢かっさらうの、そんなに必死?」
なまえは人差し指で、とんとん…と己の首の刺青を指せば、風間は「なまえ…」と愛しく切なく哀しい声で彼の名を呼んだ。
フラッシュバックする、愛しの貴様の吐血で染まった地獄絵図。
「逢いたかったぜ、千景、」
蛇苺の影踏み
(熟す皹)(孰す浅葱)
ーーー
人間、鬼、
春は、終わらせない