絶対零度
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ーー……
「人殺しだとか、恐ろしい話をうちに持ち込むのだけはやめてください!」
勇坊の母親、おまささんからそう泣き叫ばれた井吹は、釈明すらさせて貰えず、その場に立ち竦むことしかできなかったー…、
その後、夕食の席であいつらから聞かせられた話によると、幸いにして同行した隊士は、深手を負ってはいないということだった。
今回は、たまたま運がよかっただけでいつかあいつらが、浪士達に斬られて大怪我をしたり、殺されるってことは、充分にあり得る。
それでも、見回りをやめようという意見は、誰からも上がらなかった。
複雑な気持ちで心を埋め尽くされた井吹は、やりどころのない感情を、ぎゅっと掌におしこみ、握りつけた。
…皆、怖くないのか?
自分達の身の危険が及んだり、逆に人殺しをすることになって、京の人々から理解を得られなくても…
それでも、あいつらは京の見回りを続けるのか…。
俺には関係ないことだ…なんて必死に心の中で言い訳を探して出た言葉がこれだったけど、井吹の表情は切なく、目の前の彼らを1人ずつ目で追っていたのだった。
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それから数日後の、三月十日。
浪士組の面々が、八木さんから借りた紋付袴を身につけて、会津藩のお偉いさんの所へと向かう。
目的は、京都残留の許可を取り付けるために。
そして、できれば今後の後ろ盾になってもらうこと。
…断られてしまえば、京に居続ける事などできなくなってしまう近藤達は、合図からの返事を待つ間、悲壮な表情を浮かべていた。
そして、三月十二日の夜遅くーー。
八木邸の広間へと、全員が集められた。
「皆、聞いてくれ!」
近藤が、声を張り上げる。
「会津公が、正式に我々をおあずかりくださることになったぞ!」
この言葉に、永倉や平助などは色めき立った。
様々な安堵の声や、よっしゃあなどと喜びを表す声、これから忙しくなりそうだななどの色々な声が広間に飛び散り、皆は口々に近藤を賞賛するが、新見は聞こえよがしに、「これも芹沢先生がいらしたからこそですね。」と告げる。
新見はその後も、芹沢の持論などのおかげだ、などと持ち上げ、芹沢はまんざらでもなさそうな表情をするのであった。
(…言ってくれんじゃん、)
このやりとりに、なまえは、むっとしかめ面をする。
なまえは、芹沢の事を認めていないわけではない。
寧ろ、芹沢の考えに尊敬する事だってある。
ただ、近藤の努力さえもすべて持っていかれるのは、やはり面白くなかった。
次の新見の言葉で、ますます不機嫌オーラは上昇する。
「先方も、言ってたではありませんか!
芹沢先生を中心として隊を取りまとめるのであれば、残留許可を出しても構わないと!」
(…ちっ、)
なまえは、顔を歪ませ、心の中で舌打ちする。
会津としては、海の物とも山の物ともつかない近藤達より、有名人の芹沢や新見の方を信用したわけなのだ。
この何ともいえない空気を、終わりにしたのが土方だった。
「他に用事がないのなら失礼させてもらう。」そう言い、立ち上がった同じ頃、山南も失礼すると広間から出て行く。
なまえは、土方と山南の浮かない顔を見逃さず、「ふー…」って溜め息をついた。
(…いつか、出し抜いてやっからな、)
ぎりっ、と流し目気味で芹沢と新見を見ながら、近藤を押し上げる決意を改めて誓うなまえだった。
ー…
「さて、島原で祝杯でもするか。永倉君、つき合いたまえ。」
すっかり機嫌がよくなった芹沢は突然、指名をする。
指名された永倉は、飛び上がって驚いた。
「えっ!?お、俺か?」
「同門のよしみだろう、同行しろ。」
ぎよっ、とした永倉は、変な汗をかきながら必死で言い訳を探して伝えても、芹沢は退こうとはしなかった。
最終的に永倉の足掻きは、じゃあ皆で一緒にいこうとの答えに辿りついたのだった。
「な!平助、来てくれるよな!?」
突然そんな事を言われた平助は、何を言い出すんだと抗議し、
「左之も来てくれるよな!」
自分にも降りかかった火の粉に原田は、思いっきり嫌な顔をする。
「総司も、斎藤も来てくれるよな!な!?」
俺を助けると思って…!との必死すぎる永倉の顔と説得に、なまえは思わず吹き出した。
「…ぷ、すげー顔…」
奴らとは少し離れた、井吹の隣にいたなまえは、遠目からそのやりとりを眺めていた。
それに気が付いた永倉は、もの凄い速さでなまえに近づき、なまえの頭を鷲掴んだ。
「…!?」
必死すぎる永倉のスピードは、気を余りにも緩ませてしまっていたなまえに圧勝し、しかもなまえは、自分の今の状況を把握できず戸惑う始末。
「なーにニヤついてんだよ、 なまえちゃんは~?
芹沢さん!なまえちゃんも行きたいって!」
「…!?俺は、飲めな…」
永倉の大きな手に口をぐいっと塞がれて仕舞うが、諦めずにもごもごと文句を言うなまえだったが、必死の永倉に「大人しくしねえなら接吻で口塞ごうか」なんて脅迫され、渋々ついていく事にした。
(…相当、困ったんだな…)
なまえは、また溜め息をついた。
永倉の必死の説得や、なまえが付いていくという事で、沖田や斎藤、平助も同行することになった。
芹沢は井吹にも付いていくのか聞き、井吹も同行することになった。
芹沢のお守りをしなきゃ、なんて使命感があるのだろう。
頭を痛そうにしてる井吹を見て、なまえは、井吹の頭をぽんっと撫でた。
「よしよし、イイコ。」
きょとん、とする井吹を余所目に、芹沢の合図がかかり、皆をつれて島原へと向かった。
「はっはっは」
大分、上機嫌なのだろう。
舞妓がきてから、芹沢の笑い声が響く。
(……。)
流れで芹沢の近くに座ってしまったなまえは、もともと誘われた張本人なくせに、芹沢から離れて座った永倉を睨む。
(新八のやろー、)
むすー…とした顔で睨んでやり、其れに気が付いた永倉は、なまえからの熱い視線だと勘違いしたのか…むちゅーっと己の唇を突き出して、接吻をなまえに求める顔を作る。
どうやら彼は、すっかり機嫌良くなってる様だった。
(…覚えてろ、)
なまえは、永倉からの妙な行動をふいっと無視し、自分に注がれた酒と睨めっこする。
(…んべ、)
舌をだして、ぺろっと舐めてみたが、やはり渋い顔をしてしまう。
美味しい、質の良い酒というのは分かったが…。
なまえは、完全に飲めないってわけではないが苦手な方だった。
飲むとまず顔から赤くなり、みるみる全身が真っ赤に染まり、記憶がなくなる。
元々は肌が白いから、その変化に周りが焦るくらいなのだ。
自分が自分ではなくなるような感覚に拒否したくて、大体は酌係りにまわる。
少し舌をぺろっと舌舐めずりしてるなまえの前に、いい匂いのする舞妓が近くに寄ってきた。
どうやらなまえの酌をしに来たが、酒の量が減ってない事に気がつく。
「あんまり、飲んでおへんようですが…」
舞妓は、なまえに話しかける。
酒と睨めっこしてたなまえは、舞妓の姿を確認するために、ふっと顔をあげた。
「…んー、
俺の、お姉さん飲む?」
よければ、どーぞと舞妓の前に差し出すなまえに、思わずふふっと笑ってしまった舞妓は、面白い事を言う人だなと思い、なまえの顔を覗いた次の瞬間、なまえの余りの綺麗さに驚き、そしてみるみるうちに顔を真っ赤に染める。
「あ、の…〃
では、此方の料理はどうですやろ?美味しいどすえ…〃」
心臓がドキドキして、どうしてもしどろもどろに話してしまう舞妓に、なまえはその様子を微笑ましく思いながら、じーっと料理を睨んだ。
「…むー、これ、」
なまえは、気になった食べ物を指で差し、舞妓に答う。
彼が気になったのは、皿の端に、ちょこんと乗ってた可愛らしい桃色をした一口サイズのお団子のようなもの。
舞妓は、にこっと笑い「これは、桜色の一口大福どす」と答えた。
大福、と自分の好物の名前が出た瞬間、なまえはぴーんと背筋がのびる。
「大福、あーん。」
するといきなりなまえは何を考えたのか、舞妓の前で軽く口を開き、有無を言わせず大福を口元へと運ぶよう催促する。
「…っ!?〃」
舞妓は一瞬とまどったが、なまえの望む行動を理解し益々顔を赤く染めては彼の望む行為を問題なく遂行し、その途中で自身の指先がなまえの形の良い唇に触れては、更に顔が真っ赤になり彼に夢中になっては蕩けた。
(この御方、顔はとても格好良いどすのに…行動はとても可愛いえ…惚れてしまうわあ…〃)
隣近くで、沖田と芹沢が揉めはじめ「本庄宿であの男と、みょうじに睨まれた時は、この俺でも一瞬、肝が冷えた」との芹沢の合図に、自分の名前を呼ばれた事に気がついたなまえは、やっと今の状況を読み理解しつつ、むぐむぐ口を動かして、大福を味わった。
芹沢は、沖田を余裕たっぷりに見下した後、不意に斎藤へと視線を向けて「…あの男は、おそらく人を殺したことがあるな」と言い放つ。
その言葉に、激しく動揺した沖田を確認した芹沢は、もう一言おまけだ、というように言う。
「 みょうじ、貴様もだ。
…貴様の場合、人だけで満足しているかは謎だがな…。」
嘲笑いながら、芹沢は言い放つ。
「……。」
急に、自分の話題を振られたなまえは、何も答えず、無表情のまま芹沢を睨むように、じっと眺めるだけだった。
追い討ちを被せるように…沖田の反応だけではなく、周りの反応にも満足した芹沢は、自分の膳の前へと戻る。
ーーーーー
皆、徐々に酒が回り、宴もたけなわとなった頃。
「貴様…!舞妓の分際で、その口の効き方はなんだ!
一体、何様のつもりだ!」
突然響き渡った声に、場がしんと静まり返る。
声がした方を振り返ると、芹沢が、1人の舞妓を睨みつけていた。
「うちは、思うたことをそのまま言うただけどす。」
年の頃は、井吹とそんなに変わらない少女が、長い睫毛に黒目がちの大きな瞳で、芹沢を睨みつけている。
怒りがふつふつと込み上げている芹沢を余所目に、その少女は、舞妓や芸子は玩具じゃない、偉い侍ならば、金や立場を笠に威張り散らすような真似するなと食ってかかる。
井吹は、その非難の言葉に全身の血の気が引き、どうにか芹沢の怒りを収めようとし、止めようと庇う。
「ええい、うるさい!!」
鉄扇で眉間を殴りつけられ、そのまま膳をまきこみ、井吹は畳に倒れてしまった。
「大丈夫かよ、龍之介!」
井吹に、永倉は手を差し出す。
どうやら、皆の酔いはいっぺんに覚めたようだ。
「芹沢さん、堪忍どす。」と周りの舞妓達は、真っ青になりながら謝る中、小鈴と呼ばれた舞妓は芹沢を強く睨みつけ、きっぱりと「間違えた事は言ってない」と答える。
舞妓の気丈な言葉に、芹沢の目の色が変わった。
芹沢は、手にした盃を彼女の額めがけて投げつけ、腕を振り落とした…
「きゃっーー!」
彼女は驚き、反射的に目を瞑る
…が、痛みはやってこなかった。
不思議に思った小鈴は、恐る恐る目をうっすらあけると、目の前には、白い包帯と、鎖のジャラ…っとする音と、男の背中が見えた。
どうやら小鈴は、この男に庇ってもらったようで…。
「…みょうじ…貴様っ…何の真似だ!」
なまえは、芹沢と小鈴の前に瞬時に立ち入り、目にも止まらない早さで盃を自分の連結鍵の下部分でとんっ、と弄んだ。
武器になった盃は、なまえの連結鍵の上でバランスを保ち、優雅に舞うようだった。
「…この人達が、強い信念を持ってあがってるこの土俵の舞台に、こっちが全く違う武器で挑んで、ぐちゃぐちゃにするのは俺、納得いかねー」
同舞台で同じ武器でやるのは勝手だけど、なんて一応付け加えて平然と説明するなまえに、小鈴と舞妓は、胸がじわぁ…と熱くなり、涙が出そうだった。
なまえは、珍しく芹沢の目を見て、力を込めて睨みつける。
なまえの金と紅は、少しだけ混じり合うように見えた。
「くっ…この餓鬼が…っ!」
芹沢は、ゾッとした気持ちを紛らわしたくて、今までの怒り総て鉄扇にこめ、なまえの目を目掛けて叩きつけた。
ーーパァァン…!ザシュッ…!
叩きつける音と、皮膚が切れる音。
二つが融合した嫌な音が、座敷内に響き渡った。
「きゃあああっ!」
女の叫び声と、なまえ、と叫び慌てて駆け寄る男の声と足音が、雑な騒々しい音を鳴らす。
近くにいた原田は動揺しつつ、とにかく舞妓を外に出させ、平助は我にかえり、急いで土方達を呼びに部屋をでた。
なまえは、確実に瞳を狙われていたが瞬時に交わし、あえて己の右目瞼に的をあわせた。
鉄扇が抉った瞼からは、プッ…!と少し噴き出した後、真っ赤な血液がぼたぼたぼた…っと溢れ出す。
パックリと抉られてる傷を、なまえは気にすることなく芹沢を睨みつける。
なまえの変わりに、今すぐにでも斬りかかろうとする殺気放つ斎藤達に、決して手をだすなと
背中で合図を送りながら…。
フン…!と鼻で笑った芹沢は、口を歪ませながらなまえを見下しながら言う。
「なんだ…血は我々と同じように赤いのか…ククッ…!
貴様の目は、いつ見ても気味が悪く、胸糞悪い…!
近藤君は、こんな不気味なモノを拾ってきおって…!
いい気になるなよ…この妖怪がぁっ…!」
ー…
井吹は、芹沢の罵倒にズキッと心を抉られた。
前に、なまえと視線のことで揉めた時の事を思い出して…。
徐々に、怒りがこみ上げてくる。
「…っ、芹沢さん!!」
井吹は、力任せに怒鳴ったが、なまえは、初めて口角をあげ、目尻も下げ、ふわっと笑う表情を見せた。
その瞬間、共に、己自身の身体中の毛が逆立つ程の鳥肌も初めて味う事になる。
それは、周りの連中も井吹と同じだったようで…苦しい程の殺気を放っていたはずが、一瞬にして空気がなまえに対しての、恐怖の絶対零度となり…
井吹の身体は、ガタガタと勝手に震え始め…平助が前に言ってた、鬼のようだった、との話がふと頭の中でリンクする。
「下手に動くと、殺される」
あの時に平助が感じた気持ちを、今は井吹も痛感していた。
ー…
その後、近藤さんや土方さんが後始末にやってきて、何とか事態は収拾したが…。
井吹は、芹沢がなまえに吐いた言葉を暫くの間…ずっと考えてた。
″近藤君は、こんな不気味なモノを拾ってきおって…! ″
(もしかするとなまえは…近藤さんに拾われた身で、それで浪士組にいるのか…?)
そこまで知ると、もっと深くまでなまえの事を知りたくなる。
触れてはいけない、とは気が付いている反面…
どうしても、知りたかった。
(あぁ…もう…クソっ…!)
絶対零度
(最恐)(危うく三途の川を渡ってた)
ーーーーー
芹沢は、 なまえ君の正体を知りません。
推測でブツを吐くとは、なかなかやりおる…