集結
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井吹が、前川邸で寝起きするようになってから、そろそろ三日がたとうとしていた。
寝ていた井吹を蹴り飛ばし、起こさせた芹沢は、自分の襦袢を庭にいる平間に洗濯させるように伝えろと言う。
ついでに、酒も買っておけと。
納得がいかない井吹は何故、自分がと食いかかるが、鉄扇で沈められてしまった。
「…わかったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ」
しぶしぶ、井戸へ向かう井吹。
平間に洗濯を頼み、芹沢に頼まれた酒を買いに出る。
(そーいや京の地理、わかんないな…。)
八木邸にいる連中にでも聞きにいくかと決め、八木邸へ向かう。
「ん?あれは…」
八木邸の前に見慣れない人影が立ち尽くしているのを目にして、井吹は足をとめる。
「あんた…そこで何をしてるんだ?
この家に、何か用なのか?」
右差しの、黒ずくめの男は、静かな声音で告げる。
「…近藤さんか、土方さんはおられるか」
(土方さんも、あんな風に笑うんだな…)
この男、斎藤を土方の部屋に招き入れた後、土方は、久しぶりじゃねえか、と斎藤の肩に手を置き喜んだ。
井吹はその後、2人が話し始めるのを黙って聞いていた。
斎藤が江戸にいた頃、近藤と土方に世話になったと、先程、軽く此処に案内する時に本人から聞いてはいたが、どうやら今回訪ねてきた用件は、その時の恩返しをするため、浪士組に入って力になりたい、という件だった。
(恩返し、か…)
そういえばこの間、土方となまえと三人で会話した事を思い出した、井吹。
(俺が「芹沢さんに恩返しをしてから、出て行く」って話したときに、なまえがボソッと恩返し かと、言い返して、珍しく瞳に力が入ったんだよな…。)
いや、珍しくなんて失礼かもしれないが…と付け加えて謝罪する。
なまえの目は、すごく綺麗だけど力が入ってないというか…
死んだ、魚の目というか…
自分に自分で説明する井吹。
(きっと目線があったらゾッとするくらい、怖そうだが…) なまえは一度だって、目をあわせてくれない。
会話するときも、視線はいつも、どこか違う方向にむく。
癖なのか、苦手なのか、それとも自分が嫌われてるのか…
自分以外の者には、どうなのか…
胸がずきんー…として、痛かった。
同時に、なまえが此処にいる理由も、恩返しと関係あるのか、なんて考えてしまう。
(なんで、あいつの事ばかり考えてるんだ…?
別に、あいつの事なんて、気にする必要ないじゃないか…っ!)
1人で、あたふたしていたら、土方さんは次の会話を切り出す所だった。
「ところで、あいつらにはもう会ったのか?」
「あいつら、というと…」
少し、きょとん、とした表情で、土方の答えに返す斎藤。
「試衛館の連中に決まってるじゃねえか」
土方の答えに、斎藤は驚いた様子で目を見張る。
「彼らも…ここに来てるのですか」
土方は、もちろんだ。と気分良く答える。
近藤も山南も、沖田に永倉に原田に平助に井上に、それに…なまえも一緒だと言う。
「…っ、」
斎藤は表情にはでないが、おそらく物凄い喜んでいるというのが、井吹にも解った。
特に、なまえの名前が出た瞬間。
自分が連中を呼んでくる、といって井吹は土方に申し出、土方が、じゃあ、頼むと言いかけた時ー…
「珍しく土方さんの、はしゃぎ声が聞こえたと思ったら…一君じゃない」
沖田の声を筆頭に、たった今、井吹が呼びに行こうとしていた連中がやってきた。
「久しぶりだな~!元気だったか?」とか「今までどうしてたんだ」とか、土方さん以上に皆はしゃいでる様子だった。
「込み合った事情があってな…。」
と、答えながら、斎藤は周りを見渡す。
誰かを探すように…。
「?
一君、どうかした?」
平助は、落ち着かない斎藤に問いかける。
「平助、その…なまえは、いないのか? 」
少し、もごもごした感じで言う。
照れてるせいか、俯きながら平助に振ると、あははっと笑いながら、平助は答える。
「 なまえなら、もう少ししたら来ると思うぜ~。
やっぱり一君も、なまえのこと、今でも大好きなんだなー! 」
「なっ…そういうわけじゃ…!」
普段、あまり感情を表さない斎藤の顔が、かああっ、と赤く染まる。
それを見てそれまで黙っていた沖田が、ムッとした表情で、こんなことを言い始める。
「ねぇ、一君、久しぶりにあったんだし、手合わせしない?
君がどれくらい強くなってるのか、見てみたいし」
その言葉に、斎藤は臆する様子もなく、頷く。
「…よかろう」
僅かながら、2人の間で火花が散ってる気がする。
相変わらずだな…と誰かが零すと、井吹以外の者は苦笑いした。
(相変わらず?)
井吹は不思議そうに皆を眺めていた。
「…一!」
そこに話題の人物登場で、一斉に皆がなまえの方を振り向いた。
なまえは、元気だったか?と問い掛けながら、斎藤に近づき、火花を散らすのをやめた斎藤がなまえの基に行くのを眺めて、沖田は面白くなさそうな顔をした。
「一君、良かったなー!一番待ち望んでたなまえが来てくれて! 」
平助が、ははっと笑いながら斎藤に投げかける。
「おいおい、やっぱり何時だってなまえちゃんは人気者だな。 」と永倉はぼやいた。
「 ああ…!なまえこそ、元気にしてたか? 」
少し照れくさそうに、なまえに問いかけると、なまえは、柔らかい表情で、斎藤の頭を撫でる。
「…っ、なまえ…? 」
斎藤の頬は、先程より更に赤く染まってしまう。
なんだか、第三者から見たら2人だけの世界のようで、周りは面白くなさそうな雰囲気。
「おーい、置いてくなー」と原田が茶化す。
「…俺は、このとーり、
お前が元気そうで、良かった。」
なまえは、斎藤の瞳を、じっと見て答える。
(ズ…キン…!!)
「っ…!?」
いきなり、ばっと目線をそらし一歩下がる井吹に原田は小声で問いかける。
「龍之介、どうした?」
「なんでもない…。」
井吹は、先程の視線の件で、不安要素を確信してしまい、やっぱり俺だけだ…と自分の袴を握り締めた。
井吹がそんな思いをしてるとはしらず、なまえはもう一度、斎藤の頭を撫でようとしたその時…
「っ、なまえさんっ! 」
沖田がいきなり、斎藤となまえの間に割り込み、なまえの首にぎゅっ、と抱きつく。
「…ぐえ、」
嫉妬したせいか、思いっきり抱きついてしまったため、なまえは変な声がでた。
(…くるし…)
「…総司!」
斎藤は不満の声をあげると、 その声に答えるように沖田は、んべっと舌をだす。
つい、斎藤の顔が強張りムッ…としてしまう。
「おら、総司。
なまえが苦しがってんだろ、いい加減放してやれ。
お前等、手合わせするのは構わないけど程々にしておけよ。」
あら、と言われて気がつき沖田は、やっとなまえから手を放す。
「げほっ…ぁー…、」
苦しそうに、うなだれるなまえ。
「あれ?なまえさん、まさか僕の熱い抱擁で逝っちゃったの? 」
まだまだ、こんなんじゃ足りないのに、と誘うような甘い声で言うと…
「…げほっ、
一、手合わせん時、総司ぼこぼこにしていーよ…俺が許す」
「え!?ちょっ、なまえさん? 」
珍しく沖田は、ぎよっとした顔し、まずい、やりすぎたか?と反省する。
「御意。」
こらこら、斎藤!
なんて、笑い声が部屋に響き雑談したあと暫くしてから、土方より、永倉と原田と平助に、京の見回りをしてこいと言い、三人は見回りに、沖田と斎藤は手合わせにそれぞれ散った。
なまえも、自分のやることがあるといい、また後でと皆に返す。
一番、入り口に近かった井吹に気がつき、これから斎藤のことも宜しくなと、話しかけようとしたが…。
「龍、」
「…酒買ってこなきゃだから、早く平助達に、ついてかなきゃ。」
「……?」
ふいっ、となまえの声には答えず、出て行ってしまう。
避けられたようで、なまえは、不思議そうな顔をする。
(…俺、なんかした?)
ぱたぱた…
井吹は、先程の光景に胸をモヤモヤさせて、痛めていた……。
( なまえは悪くないのに…。 …ちくしょう…!)
「いい加減にしろよ、子供相手に!
あんたら、金巻き上げて、子供に拳ふりあげるのが、武士のやることなのか!?」
-------
井吹は、京の町でさっそく酒屋をみつけ購入し、早く平助達と合流しようとし、平助達が待ってる場所に向かおうとした際に、町人から金巻きあげようとしている不逞浪士を見つけた。
町人の付き添いの幼い子供が、浪士に「お金返せ!」と食ってかかった事に対し逆上した浪士は、幼い子供を殴ろうと拳をふりあげようとした腕を、井吹は掴む。
上の言葉を叫んで。
案の定、不逞浪士に刀を抜かれ、己も抜けと煽られ結局、抜けないままその場に倒れ込んでしまった。
その拍子で、芹沢に買った酒を割ってしまうし、今現在、刀を向けられて斬られようとしてる状況だし、踏んだり蹴ったりだ。
平助達を呼んでくれば良かったのに、自分1人で立ち向かってしまったのは、先程の件があっただろうか?
胸の、このモヤモヤ感を、誰かにやつあたって、どうにかしたかったからだろうか…
「腰抜けが…!」
びゅっ…と、刀が空気を切る音が聞こえ、思わず目を強く瞑り、手で防御しようと構えたが…。
(…?)
いくら待っても痛みはやってはこず、かわりに「大丈夫か?龍之介。」という声が聞こえた。
どうやら井吹は、刀から平助に庇ってもらったのだ。
永倉も原田も一緒だったので、あっという間に不逞浪士を蹴散らす。
役目を果たしたはずの浪士組は、やはり町の人から嫌がられてしまったが…
町の様子に、ふてくされた平助に、もう行こうぜと言われるが、井吹は酒を買い直すといって、三人と別れ1人で戻ってきた。
--------
ー…カンッ、カンッ!
前川邸に戻る途中、斎藤と沖田が手合わせしてる場面に遭遇し、思わず見入ってしまった。
2人とも、勿論綺麗な木刀裁きだったが…井吹の心は、別の人物によって、じわじわと支配される。
…カンッ、カンッー…!
刀を合わせながら、2人は何か会話をしてるようだが、井吹には何を言ってるのか、此処からだと距離があるので届かなかった。
刀の打ち合う音と、砂利を踏みつける音を聞きながら、やはり考えてしまうのはー…、
( なまえは…どういった刀の扱いをするんだろうな…、今の場合だったら、どうやって交わして、どう攻める? )
はっ、と我に返った時は、斎藤が一本を取った瞬間。
(俺…また、なまえの事ばっかりだ…。 )
井吹は、このままじゃいけないと思いながら、その場を立ち去った。
いやはや、斎藤君が駆けつけてくれるとは…君の力があれば百人力だな!」
近藤さんの、嬉しそうな笑顔から始まった夕飯。
多少の酒は飲んでるが、歓迎会という雰囲気はしない。
「…俺の刀が、役に立つかはわかりませんが…」
謙遜する斎藤に、手合わせをした沖田は、全然なまっていなかったと褒めると、山南は、安心しきったように頼りにしてますよと斎藤に微笑む。
試衛館出身の連中は、斎藤との合流を喜び、言葉をかわしあっていたが、そのなか、ふと近藤は、町の見回りして様子はどうだったかと永倉に振る。
永倉は、江戸にいた頃より悪い感じだと報告し「外を出歩くときは、なるべく一人にならねえ方がいいだろうな」と、原田も情報を渡す。
悪い空気が流れたが、それを断ってくれるのはやはりこの人…
土方の喝により、周りはパアッとなり、そこを見計り近藤は、改めて皆に宜しく頼む、と頭を下げるのだった。
「おかずと、味噌汁がくっついてくるだけでマシってもんだよな!」
永倉が、おちゃらけて言うと、皆の間に笑いが巻き起こる。
今は、貧乏暮らしを余儀なくされてはいるものの…「絶対にのし上がってやる」と思いを一つにして。
「…近藤さん、俺さ、」
「ん?どうした、なまえ? 」
いきなり真剣に語ってきた なまえに、近藤は少々驚いたが…平然と保ちつつ、聞き返す。
「台所事情、やっぱり見逃せない。
そっちの仕事も、俺にも手伝わせて?」
自分で言うのもあれだけど、使えると思う、と補足して、なまえは近藤に頼むのだった。
「何を言ってるんだ。いつもの仕事も頼んで、此の仕事も頼んでなんて…体に負担がかかりすぎる。 」
「俺はへーき、駄目…?」
近藤が困った顔していると、山南と土方が、助け舟を出した。
「 なまえ、今此処ですぐには決められない。
少し、時間をくれ。」
「そうですよ、みょうじ君。
一応、芹沢さんにも話を通さなければならないのでね…。 」
2人に言われてしまえば、なまえはこれ以上、言えなかった。
「…ん、わかった…」
その後の、近藤はじめとする皆のなまえに対する、気遣いが凄くて…、改めて絆を見た井吹は、自分が部外者ということを改めて強く思い知らされてしまうのだった。
「…ご馳走様。」
その合図に、あんま食ってないけど、もういいのか?と平助に言われるが、
「十分食ったさ。それじゃ」
井吹は、そっけなく返事をし、さっさと広間を後にした。
前川邸に戻ろうと、外に出て、
井吹は、ふっと空を見上げた。
(嗚呼、俺の心とは裏腹に、星は綺麗に輝いてんだなー…)
詩人か、俺はと自分に自分で突っ込みを入れ、すたすたと歩き出すと、先程、井吹がでてきた広間からは、楽しい笑い声が聞こえた。
(ふぅ…、さっさと戻ろ。)
少し、切ない感情を持ちながら走っちまおうと思った瞬間
------
「りゅーう、」
「うわあっ!?」
誰もいないと思ってた背後から、いきなり人影が飛び出してきた。
あまりにも、不意打ちすぎて、心臓がばくばくする。
相手も、相手だけに…。
「 なまえっ…?びっくりさせんなよ、なんの用だ? 」
いきなりの展開に、井吹は、心の準備もしてない。
どうにかしなきゃいけないって事は理解してるけど、やっぱり素っ気ない口調になってしまった。
(…っ、俺の馬鹿っ…!)
もうだめだ、泣きそうだ。
涙を誤魔化す為、地面を睨む。
「…ね、龍。
俺にちょっと、付き合んね?」
「…っへ?」
涙目になってる井吹は、上擦った声を出してしまった。
付き合うっていっても、こんな時間にいったい、どこに行くっていうのか。
なまえの企みが理解できないまま「いーから、いぐべ」って言われ、腕を引っ張られる。
井吹は、諦めたようになまえに仕方なくついて行った。
…引っ張られて連れてこられた場所は、中庭の一番、人目がつかなそうな場所だった。
2人で、腰かけられそうな大きな岩が、ぼんっと1つ置いてあるだけの、場所。
まさか、なまえは、此処で俺を切るつもりなのか…いやまさかそんな、と頭の中をグルグルさせていた。
一体、井吹は、どれだけ余裕がないのだろうか。
「…っし、緊張すんべな?」
なまえは、顔を赤く染めながら、両肩に垂らしかけている、鍵を目の前に持ってきたと思えば、自分の口で、カチカチカチ…と鍵の連結してない下の部分を伸ばした。
(なんなんだ!?
顔染めて、「緊張する」って…一体何すんだ!?
つーか、それ伸びるのか…。)
もう、井吹の頭の中はグチャグチャだった。
「…ほら龍も、
此処、隣座って?」
なまえは、自分の鍵を伸ばして岩に座ったと思ったら、井吹も自分の隣に座れと、そのスペースをぽんぽんと手で叩く。
もう、井吹は逃げられないと思い、腹をくくる。
なまえに殺されても良いなどと思って仕舞い…
隣に座り、思いっきり目を閉じた。
ぐっ…と目を閉じてから、数秒がたった時、
--------
~…♪、♪ー…
隣から、優しい音色が鳴く。
静寂な星空の下、柔らかい夜の匂いと月明かりに乗って… なまえの音は、井吹の聴覚を独占した。
…綺麗な笛の音色。
柔らかくて、心地いい。
子守歌のように、井吹を睡眠へと誘うようで…
少し、うとうとして仕舞う。
しかし、笛か…
…笛、笛!?
ばっ、と目を開けて隣を見ると、月明かりできらきら輝くなまえが、自分の鍵で音色を奏でているのが映った。
「…あ…」
音色と月明かりとのせいか、なまえは、普段の綺麗さがさらに磨きがかかり物凄く妖艶で…井吹の頬は真っ赤に染まるだけでは終わらず、つい喉が、ごくりと鳴ってしまった。
井吹の視線があまりにも強すぎて痛かったのか、音色は止んでしまい、鍵を横にくわえたまま、 なまえは喋った。
「…あんま、みんなよ」
恥ずかしい、と言って なまえの顔も真っ赤に染まっていた。
井吹は、悪い、と答えて なまえから目線を逸らすと…少し沈黙が続く。
-------
「…龍、ちょっと元気でた?」
なまえは、井吹の顔をちらっと見るが、視線は合わせない。
やはり、それを大きく気にしてしまった井吹は、悲しみをついポロッと口から吐き出して、言葉に出してしまった。
「やっぱりあんた…。
俺と絶対、目線合わせないよな?」
「…ん、?」
はっと我に返り、しまったと思った頃はもう遅く…。
井吹は、肩を震わせながら俯き、手に汗を握りしめながら、なまえの言葉を待つしか出来ない。
なまえの目は、寂しそうに…しかし少し鋭くなって、井吹の悲しみを拾った。
「…龍が、俺を避けてたのって、そのせい?」
井吹の肩がビクッと跳ねる。
歯を噛み締めながら、「だって…」と必死に言い訳を探す。
「…あんた、斎藤達にはちゃんと目あわせるのに、俺には…
俺には、一度も合わせてくれないじゃないか!」
正直、自分が恥ずかしい。
男のくせに、なんて女々しい事を言ってるのかとさえ思った。
だけど、今しかない…
心のモヤモヤを伝えられるのは、心地よい音色が、澄み渡った今しかないと井吹は思った。
「…龍…。」
なまえに総てをぶちまけた井吹は、うなだれ…情けなさをぎりっと噛み締めて、震る事しか出来なかった。
完璧に、嫌われた…
なまえの答えが、物凄く怖い。
するとなまえは、俯く井吹の頭を優しくぽんぽんと撫で「ごめんな」と投げかけたのだ。
「…俺さ、どうしても苦手なんだ、目あわせるの」
喋るのも苦手とか言って苦笑いしながら、井吹の髪を撫でる。
なまえが言うのを解釈すると、自分の瞳の色は気味が悪いから自分でも劣等感の塊だとか、相手に不快な気持ちにさせたら悪いからとか、そんなことばっかりだった。
ただ、試衛館からずっと一緒だった仲間達は、心を許してるし、長い付き合いだからという理由らしい。
「…っ、ぶっは。」
いつも、余裕ななまえに、こんな弱点があったとは、驚きを通り越して…なんだか笑えた。
必死になっちまってた、自分も含めて。
「…なに、笑ってやがる、」
ふてくされて、ふいっと顔を背けるなまえ。
ふてくされるなんて、珍しい一面だ。
「ははっ、悪かったな?
しかし、信じあえる奴らがいて、羨ましいよ。
そんな仲間なんて、俺には今まで一人もいなかった…。」
井吹は、満天の星空を見上げながら呟くように、 なまえに言う。
「これも全部、あいつらや… なまえのせいだ…。
今まで、信じあえる奴らなんかいなかったのに。
こんな気持ちを抱くなんて、 」
嗚呼、どうか、
この沢山の星達よ、
ちっぽけな俺の呟きを
拾って、空に投げ捨ててくれー…。
「龍」
いきなりなまえから呼ばれたと思い、振り返れば…バチっと、視線があう。
「…龍の眼の色、べっこう飴?
ん、夕焼けの色で綺麗。
‥すげー惹き込まれる、すき、」
ゾクッとしたー…
恐怖や気味が悪い、とかでは全くなくて。
まるで夜空の帝王の、燃える月。
凄く、綺麗で…。
「…なっ…〃」
それに、今まで自分の目の色なんて誉めて貰った事がない井吹は、反応に困りむず痒くてしょうがない。
もう一体、彼のせいで何回頬に熱を籠もれば良いんだろうか?
勘弁してくれ、心臓がばくばく煩いんだ。
「俺の笛、人に聴かせたの、あんたで2人目」
なまえは、しっかりと、井吹の瞳を見ながら言う。
「なっ…!?」
ああ、この鍵に限ってだけど、とつけ加える。
いや、それはかなり嬉しい事ではなかろうか。
「龍がそんな思いして悩むくらい、俺らが信じられる奴らに成ってる…ありがとな、」
「いや…、此方こそ。」
恥ずかしくなり、俯く。
そして一番、気になった事を聞いてみる井吹。
「なぁ、なまえ
…因みに、俺以外の1人って…?」
井吹の問い掛けに、なまえは、柔らかい表情で、答える。
「ん、俺のー…『 』」
集結
(さあ、役者は揃ったぜ)
------
最後の空白は、勿論
大福の御方です、
寝ていた井吹を蹴り飛ばし、起こさせた芹沢は、自分の襦袢を庭にいる平間に洗濯させるように伝えろと言う。
ついでに、酒も買っておけと。
納得がいかない井吹は何故、自分がと食いかかるが、鉄扇で沈められてしまった。
「…わかったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ」
しぶしぶ、井戸へ向かう井吹。
平間に洗濯を頼み、芹沢に頼まれた酒を買いに出る。
(そーいや京の地理、わかんないな…。)
八木邸にいる連中にでも聞きにいくかと決め、八木邸へ向かう。
「ん?あれは…」
八木邸の前に見慣れない人影が立ち尽くしているのを目にして、井吹は足をとめる。
「あんた…そこで何をしてるんだ?
この家に、何か用なのか?」
右差しの、黒ずくめの男は、静かな声音で告げる。
「…近藤さんか、土方さんはおられるか」
(土方さんも、あんな風に笑うんだな…)
この男、斎藤を土方の部屋に招き入れた後、土方は、久しぶりじゃねえか、と斎藤の肩に手を置き喜んだ。
井吹はその後、2人が話し始めるのを黙って聞いていた。
斎藤が江戸にいた頃、近藤と土方に世話になったと、先程、軽く此処に案内する時に本人から聞いてはいたが、どうやら今回訪ねてきた用件は、その時の恩返しをするため、浪士組に入って力になりたい、という件だった。
(恩返し、か…)
そういえばこの間、土方となまえと三人で会話した事を思い出した、井吹。
(俺が「芹沢さんに恩返しをしてから、出て行く」って話したときに、なまえがボソッと恩返し かと、言い返して、珍しく瞳に力が入ったんだよな…。)
いや、珍しくなんて失礼かもしれないが…と付け加えて謝罪する。
なまえの目は、すごく綺麗だけど力が入ってないというか…
死んだ、魚の目というか…
自分に自分で説明する井吹。
(きっと目線があったらゾッとするくらい、怖そうだが…) なまえは一度だって、目をあわせてくれない。
会話するときも、視線はいつも、どこか違う方向にむく。
癖なのか、苦手なのか、それとも自分が嫌われてるのか…
自分以外の者には、どうなのか…
胸がずきんー…として、痛かった。
同時に、なまえが此処にいる理由も、恩返しと関係あるのか、なんて考えてしまう。
(なんで、あいつの事ばかり考えてるんだ…?
別に、あいつの事なんて、気にする必要ないじゃないか…っ!)
1人で、あたふたしていたら、土方さんは次の会話を切り出す所だった。
「ところで、あいつらにはもう会ったのか?」
「あいつら、というと…」
少し、きょとん、とした表情で、土方の答えに返す斎藤。
「試衛館の連中に決まってるじゃねえか」
土方の答えに、斎藤は驚いた様子で目を見張る。
「彼らも…ここに来てるのですか」
土方は、もちろんだ。と気分良く答える。
近藤も山南も、沖田に永倉に原田に平助に井上に、それに…なまえも一緒だと言う。
「…っ、」
斎藤は表情にはでないが、おそらく物凄い喜んでいるというのが、井吹にも解った。
特に、なまえの名前が出た瞬間。
自分が連中を呼んでくる、といって井吹は土方に申し出、土方が、じゃあ、頼むと言いかけた時ー…
「珍しく土方さんの、はしゃぎ声が聞こえたと思ったら…一君じゃない」
沖田の声を筆頭に、たった今、井吹が呼びに行こうとしていた連中がやってきた。
「久しぶりだな~!元気だったか?」とか「今までどうしてたんだ」とか、土方さん以上に皆はしゃいでる様子だった。
「込み合った事情があってな…。」
と、答えながら、斎藤は周りを見渡す。
誰かを探すように…。
「?
一君、どうかした?」
平助は、落ち着かない斎藤に問いかける。
「平助、その…なまえは、いないのか? 」
少し、もごもごした感じで言う。
照れてるせいか、俯きながら平助に振ると、あははっと笑いながら、平助は答える。
「 なまえなら、もう少ししたら来ると思うぜ~。
やっぱり一君も、なまえのこと、今でも大好きなんだなー! 」
「なっ…そういうわけじゃ…!」
普段、あまり感情を表さない斎藤の顔が、かああっ、と赤く染まる。
それを見てそれまで黙っていた沖田が、ムッとした表情で、こんなことを言い始める。
「ねぇ、一君、久しぶりにあったんだし、手合わせしない?
君がどれくらい強くなってるのか、見てみたいし」
その言葉に、斎藤は臆する様子もなく、頷く。
「…よかろう」
僅かながら、2人の間で火花が散ってる気がする。
相変わらずだな…と誰かが零すと、井吹以外の者は苦笑いした。
(相変わらず?)
井吹は不思議そうに皆を眺めていた。
「…一!」
そこに話題の人物登場で、一斉に皆がなまえの方を振り向いた。
なまえは、元気だったか?と問い掛けながら、斎藤に近づき、火花を散らすのをやめた斎藤がなまえの基に行くのを眺めて、沖田は面白くなさそうな顔をした。
「一君、良かったなー!一番待ち望んでたなまえが来てくれて! 」
平助が、ははっと笑いながら斎藤に投げかける。
「おいおい、やっぱり何時だってなまえちゃんは人気者だな。 」と永倉はぼやいた。
「 ああ…!なまえこそ、元気にしてたか? 」
少し照れくさそうに、なまえに問いかけると、なまえは、柔らかい表情で、斎藤の頭を撫でる。
「…っ、なまえ…? 」
斎藤の頬は、先程より更に赤く染まってしまう。
なんだか、第三者から見たら2人だけの世界のようで、周りは面白くなさそうな雰囲気。
「おーい、置いてくなー」と原田が茶化す。
「…俺は、このとーり、
お前が元気そうで、良かった。」
なまえは、斎藤の瞳を、じっと見て答える。
(ズ…キン…!!)
「っ…!?」
いきなり、ばっと目線をそらし一歩下がる井吹に原田は小声で問いかける。
「龍之介、どうした?」
「なんでもない…。」
井吹は、先程の視線の件で、不安要素を確信してしまい、やっぱり俺だけだ…と自分の袴を握り締めた。
井吹がそんな思いをしてるとはしらず、なまえはもう一度、斎藤の頭を撫でようとしたその時…
「っ、なまえさんっ! 」
沖田がいきなり、斎藤となまえの間に割り込み、なまえの首にぎゅっ、と抱きつく。
「…ぐえ、」
嫉妬したせいか、思いっきり抱きついてしまったため、なまえは変な声がでた。
(…くるし…)
「…総司!」
斎藤は不満の声をあげると、 その声に答えるように沖田は、んべっと舌をだす。
つい、斎藤の顔が強張りムッ…としてしまう。
「おら、総司。
なまえが苦しがってんだろ、いい加減放してやれ。
お前等、手合わせするのは構わないけど程々にしておけよ。」
あら、と言われて気がつき沖田は、やっとなまえから手を放す。
「げほっ…ぁー…、」
苦しそうに、うなだれるなまえ。
「あれ?なまえさん、まさか僕の熱い抱擁で逝っちゃったの? 」
まだまだ、こんなんじゃ足りないのに、と誘うような甘い声で言うと…
「…げほっ、
一、手合わせん時、総司ぼこぼこにしていーよ…俺が許す」
「え!?ちょっ、なまえさん? 」
珍しく沖田は、ぎよっとした顔し、まずい、やりすぎたか?と反省する。
「御意。」
こらこら、斎藤!
なんて、笑い声が部屋に響き雑談したあと暫くしてから、土方より、永倉と原田と平助に、京の見回りをしてこいと言い、三人は見回りに、沖田と斎藤は手合わせにそれぞれ散った。
なまえも、自分のやることがあるといい、また後でと皆に返す。
一番、入り口に近かった井吹に気がつき、これから斎藤のことも宜しくなと、話しかけようとしたが…。
「龍、」
「…酒買ってこなきゃだから、早く平助達に、ついてかなきゃ。」
「……?」
ふいっ、となまえの声には答えず、出て行ってしまう。
避けられたようで、なまえは、不思議そうな顔をする。
(…俺、なんかした?)
ぱたぱた…
井吹は、先程の光景に胸をモヤモヤさせて、痛めていた……。
( なまえは悪くないのに…。 …ちくしょう…!)
「いい加減にしろよ、子供相手に!
あんたら、金巻き上げて、子供に拳ふりあげるのが、武士のやることなのか!?」
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井吹は、京の町でさっそく酒屋をみつけ購入し、早く平助達と合流しようとし、平助達が待ってる場所に向かおうとした際に、町人から金巻きあげようとしている不逞浪士を見つけた。
町人の付き添いの幼い子供が、浪士に「お金返せ!」と食ってかかった事に対し逆上した浪士は、幼い子供を殴ろうと拳をふりあげようとした腕を、井吹は掴む。
上の言葉を叫んで。
案の定、不逞浪士に刀を抜かれ、己も抜けと煽られ結局、抜けないままその場に倒れ込んでしまった。
その拍子で、芹沢に買った酒を割ってしまうし、今現在、刀を向けられて斬られようとしてる状況だし、踏んだり蹴ったりだ。
平助達を呼んでくれば良かったのに、自分1人で立ち向かってしまったのは、先程の件があっただろうか?
胸の、このモヤモヤ感を、誰かにやつあたって、どうにかしたかったからだろうか…
「腰抜けが…!」
びゅっ…と、刀が空気を切る音が聞こえ、思わず目を強く瞑り、手で防御しようと構えたが…。
(…?)
いくら待っても痛みはやってはこず、かわりに「大丈夫か?龍之介。」という声が聞こえた。
どうやら井吹は、刀から平助に庇ってもらったのだ。
永倉も原田も一緒だったので、あっという間に不逞浪士を蹴散らす。
役目を果たしたはずの浪士組は、やはり町の人から嫌がられてしまったが…
町の様子に、ふてくされた平助に、もう行こうぜと言われるが、井吹は酒を買い直すといって、三人と別れ1人で戻ってきた。
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ー…カンッ、カンッ!
前川邸に戻る途中、斎藤と沖田が手合わせしてる場面に遭遇し、思わず見入ってしまった。
2人とも、勿論綺麗な木刀裁きだったが…井吹の心は、別の人物によって、じわじわと支配される。
…カンッ、カンッー…!
刀を合わせながら、2人は何か会話をしてるようだが、井吹には何を言ってるのか、此処からだと距離があるので届かなかった。
刀の打ち合う音と、砂利を踏みつける音を聞きながら、やはり考えてしまうのはー…、
( なまえは…どういった刀の扱いをするんだろうな…、今の場合だったら、どうやって交わして、どう攻める? )
はっ、と我に返った時は、斎藤が一本を取った瞬間。
(俺…また、なまえの事ばっかりだ…。 )
井吹は、このままじゃいけないと思いながら、その場を立ち去った。
いやはや、斎藤君が駆けつけてくれるとは…君の力があれば百人力だな!」
近藤さんの、嬉しそうな笑顔から始まった夕飯。
多少の酒は飲んでるが、歓迎会という雰囲気はしない。
「…俺の刀が、役に立つかはわかりませんが…」
謙遜する斎藤に、手合わせをした沖田は、全然なまっていなかったと褒めると、山南は、安心しきったように頼りにしてますよと斎藤に微笑む。
試衛館出身の連中は、斎藤との合流を喜び、言葉をかわしあっていたが、そのなか、ふと近藤は、町の見回りして様子はどうだったかと永倉に振る。
永倉は、江戸にいた頃より悪い感じだと報告し「外を出歩くときは、なるべく一人にならねえ方がいいだろうな」と、原田も情報を渡す。
悪い空気が流れたが、それを断ってくれるのはやはりこの人…
土方の喝により、周りはパアッとなり、そこを見計り近藤は、改めて皆に宜しく頼む、と頭を下げるのだった。
「おかずと、味噌汁がくっついてくるだけでマシってもんだよな!」
永倉が、おちゃらけて言うと、皆の間に笑いが巻き起こる。
今は、貧乏暮らしを余儀なくされてはいるものの…「絶対にのし上がってやる」と思いを一つにして。
「…近藤さん、俺さ、」
「ん?どうした、なまえ? 」
いきなり真剣に語ってきた なまえに、近藤は少々驚いたが…平然と保ちつつ、聞き返す。
「台所事情、やっぱり見逃せない。
そっちの仕事も、俺にも手伝わせて?」
自分で言うのもあれだけど、使えると思う、と補足して、なまえは近藤に頼むのだった。
「何を言ってるんだ。いつもの仕事も頼んで、此の仕事も頼んでなんて…体に負担がかかりすぎる。 」
「俺はへーき、駄目…?」
近藤が困った顔していると、山南と土方が、助け舟を出した。
「 なまえ、今此処ですぐには決められない。
少し、時間をくれ。」
「そうですよ、みょうじ君。
一応、芹沢さんにも話を通さなければならないのでね…。 」
2人に言われてしまえば、なまえはこれ以上、言えなかった。
「…ん、わかった…」
その後の、近藤はじめとする皆のなまえに対する、気遣いが凄くて…、改めて絆を見た井吹は、自分が部外者ということを改めて強く思い知らされてしまうのだった。
「…ご馳走様。」
その合図に、あんま食ってないけど、もういいのか?と平助に言われるが、
「十分食ったさ。それじゃ」
井吹は、そっけなく返事をし、さっさと広間を後にした。
前川邸に戻ろうと、外に出て、
井吹は、ふっと空を見上げた。
(嗚呼、俺の心とは裏腹に、星は綺麗に輝いてんだなー…)
詩人か、俺はと自分に自分で突っ込みを入れ、すたすたと歩き出すと、先程、井吹がでてきた広間からは、楽しい笑い声が聞こえた。
(ふぅ…、さっさと戻ろ。)
少し、切ない感情を持ちながら走っちまおうと思った瞬間
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「りゅーう、」
「うわあっ!?」
誰もいないと思ってた背後から、いきなり人影が飛び出してきた。
あまりにも、不意打ちすぎて、心臓がばくばくする。
相手も、相手だけに…。
「 なまえっ…?びっくりさせんなよ、なんの用だ? 」
いきなりの展開に、井吹は、心の準備もしてない。
どうにかしなきゃいけないって事は理解してるけど、やっぱり素っ気ない口調になってしまった。
(…っ、俺の馬鹿っ…!)
もうだめだ、泣きそうだ。
涙を誤魔化す為、地面を睨む。
「…ね、龍。
俺にちょっと、付き合んね?」
「…っへ?」
涙目になってる井吹は、上擦った声を出してしまった。
付き合うっていっても、こんな時間にいったい、どこに行くっていうのか。
なまえの企みが理解できないまま「いーから、いぐべ」って言われ、腕を引っ張られる。
井吹は、諦めたようになまえに仕方なくついて行った。
…引っ張られて連れてこられた場所は、中庭の一番、人目がつかなそうな場所だった。
2人で、腰かけられそうな大きな岩が、ぼんっと1つ置いてあるだけの、場所。
まさか、なまえは、此処で俺を切るつもりなのか…いやまさかそんな、と頭の中をグルグルさせていた。
一体、井吹は、どれだけ余裕がないのだろうか。
「…っし、緊張すんべな?」
なまえは、顔を赤く染めながら、両肩に垂らしかけている、鍵を目の前に持ってきたと思えば、自分の口で、カチカチカチ…と鍵の連結してない下の部分を伸ばした。
(なんなんだ!?
顔染めて、「緊張する」って…一体何すんだ!?
つーか、それ伸びるのか…。)
もう、井吹の頭の中はグチャグチャだった。
「…ほら龍も、
此処、隣座って?」
なまえは、自分の鍵を伸ばして岩に座ったと思ったら、井吹も自分の隣に座れと、そのスペースをぽんぽんと手で叩く。
もう、井吹は逃げられないと思い、腹をくくる。
なまえに殺されても良いなどと思って仕舞い…
隣に座り、思いっきり目を閉じた。
ぐっ…と目を閉じてから、数秒がたった時、
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~…♪、♪ー…
隣から、優しい音色が鳴く。
静寂な星空の下、柔らかい夜の匂いと月明かりに乗って… なまえの音は、井吹の聴覚を独占した。
…綺麗な笛の音色。
柔らかくて、心地いい。
子守歌のように、井吹を睡眠へと誘うようで…
少し、うとうとして仕舞う。
しかし、笛か…
…笛、笛!?
ばっ、と目を開けて隣を見ると、月明かりできらきら輝くなまえが、自分の鍵で音色を奏でているのが映った。
「…あ…」
音色と月明かりとのせいか、なまえは、普段の綺麗さがさらに磨きがかかり物凄く妖艶で…井吹の頬は真っ赤に染まるだけでは終わらず、つい喉が、ごくりと鳴ってしまった。
井吹の視線があまりにも強すぎて痛かったのか、音色は止んでしまい、鍵を横にくわえたまま、 なまえは喋った。
「…あんま、みんなよ」
恥ずかしい、と言って なまえの顔も真っ赤に染まっていた。
井吹は、悪い、と答えて なまえから目線を逸らすと…少し沈黙が続く。
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「…龍、ちょっと元気でた?」
なまえは、井吹の顔をちらっと見るが、視線は合わせない。
やはり、それを大きく気にしてしまった井吹は、悲しみをついポロッと口から吐き出して、言葉に出してしまった。
「やっぱりあんた…。
俺と絶対、目線合わせないよな?」
「…ん、?」
はっと我に返り、しまったと思った頃はもう遅く…。
井吹は、肩を震わせながら俯き、手に汗を握りしめながら、なまえの言葉を待つしか出来ない。
なまえの目は、寂しそうに…しかし少し鋭くなって、井吹の悲しみを拾った。
「…龍が、俺を避けてたのって、そのせい?」
井吹の肩がビクッと跳ねる。
歯を噛み締めながら、「だって…」と必死に言い訳を探す。
「…あんた、斎藤達にはちゃんと目あわせるのに、俺には…
俺には、一度も合わせてくれないじゃないか!」
正直、自分が恥ずかしい。
男のくせに、なんて女々しい事を言ってるのかとさえ思った。
だけど、今しかない…
心のモヤモヤを伝えられるのは、心地よい音色が、澄み渡った今しかないと井吹は思った。
「…龍…。」
なまえに総てをぶちまけた井吹は、うなだれ…情けなさをぎりっと噛み締めて、震る事しか出来なかった。
完璧に、嫌われた…
なまえの答えが、物凄く怖い。
するとなまえは、俯く井吹の頭を優しくぽんぽんと撫で「ごめんな」と投げかけたのだ。
「…俺さ、どうしても苦手なんだ、目あわせるの」
喋るのも苦手とか言って苦笑いしながら、井吹の髪を撫でる。
なまえが言うのを解釈すると、自分の瞳の色は気味が悪いから自分でも劣等感の塊だとか、相手に不快な気持ちにさせたら悪いからとか、そんなことばっかりだった。
ただ、試衛館からずっと一緒だった仲間達は、心を許してるし、長い付き合いだからという理由らしい。
「…っ、ぶっは。」
いつも、余裕ななまえに、こんな弱点があったとは、驚きを通り越して…なんだか笑えた。
必死になっちまってた、自分も含めて。
「…なに、笑ってやがる、」
ふてくされて、ふいっと顔を背けるなまえ。
ふてくされるなんて、珍しい一面だ。
「ははっ、悪かったな?
しかし、信じあえる奴らがいて、羨ましいよ。
そんな仲間なんて、俺には今まで一人もいなかった…。」
井吹は、満天の星空を見上げながら呟くように、 なまえに言う。
「これも全部、あいつらや… なまえのせいだ…。
今まで、信じあえる奴らなんかいなかったのに。
こんな気持ちを抱くなんて、 」
嗚呼、どうか、
この沢山の星達よ、
ちっぽけな俺の呟きを
拾って、空に投げ捨ててくれー…。
「龍」
いきなりなまえから呼ばれたと思い、振り返れば…バチっと、視線があう。
「…龍の眼の色、べっこう飴?
ん、夕焼けの色で綺麗。
‥すげー惹き込まれる、すき、」
ゾクッとしたー…
恐怖や気味が悪い、とかでは全くなくて。
まるで夜空の帝王の、燃える月。
凄く、綺麗で…。
「…なっ…〃」
それに、今まで自分の目の色なんて誉めて貰った事がない井吹は、反応に困りむず痒くてしょうがない。
もう一体、彼のせいで何回頬に熱を籠もれば良いんだろうか?
勘弁してくれ、心臓がばくばく煩いんだ。
「俺の笛、人に聴かせたの、あんたで2人目」
なまえは、しっかりと、井吹の瞳を見ながら言う。
「なっ…!?」
ああ、この鍵に限ってだけど、とつけ加える。
いや、それはかなり嬉しい事ではなかろうか。
「龍がそんな思いして悩むくらい、俺らが信じられる奴らに成ってる…ありがとな、」
「いや…、此方こそ。」
恥ずかしくなり、俯く。
そして一番、気になった事を聞いてみる井吹。
「なぁ、なまえ
…因みに、俺以外の1人って…?」
井吹の問い掛けに、なまえは、柔らかい表情で、答える。
「ん、俺のー…『 』」
集結
(さあ、役者は揃ったぜ)
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最後の空白は、勿論
大福の御方です、