黎明を翔る蒼犬、暁を終了う遺品の印籠
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「ぐっ…う、うぐ…!!
ぐぁああああああっー…!!」
芹沢の手から落ちた小瓶が、畳の上へと転がり落ちるのを合図に、苦悶の叫び声が芹沢の口から迸り出た。
芹沢は、土方の「新選組の為なら地獄の鬼にでもなってやる」と言った、先程の煽りを全身で受け羅刹化し刀を振るう。
「かかって来んなら、此方から行くぞ!」
芹沢が構えた刀を振りかぶり、土方達との間合いを詰め、まだ理性を保つ芹沢は嗤いながら刀を構え、大蛇の如く蛙を睨むようにじりじり…と足を鳴らせば、山南は「土方君、来ます…!」と合図を送ると、土方は中段に構えた刀で、芹沢の斬撃を受け止めようとするーー
「!?」
芹沢は、いきなり部屋の隅にあった箪笥をガタッと大きな音を立て開け、中から小さな小瓶を出すと…中身の粉を部屋中に残すことなく撒き散らした。
ブワァッ…と舞い散る赤紫色の煙幕が部屋を覆い、暫くして次第に晴れていく…。
一瞬、毒か!?と思ったが、土方達の身にも、ましてや芹沢の身にも特に何も異常はなく、土方は不快に思い「何の真似だ!」と怒鳴り散らすと、芹沢はなまえを睨みつけ、高笑いをし始めた。
「くっ…ははははは!気分はどうだみょうじ!」
なまえは芹沢にいきなり話を振られ、眉間に皺を寄せ「何の事だ、」と放とうとした時ー…。
ーーズグンッー…!!
なまえの心臓が一度大きく鼓動を叩いた瞬間、脳が一回転をしたように視界がぐるんと揺らぐと…
「…っ…げぇぇぇぇ…っ…がは…っ!!」
なまえは、苦しそうに左胸を掻きながら、ごぽっと大量の血液を嘔吐し、その場にうずくまった。
それを見た周りの連中は、彼の名を叫び、慌てて彼に駆け寄り近づく。
「何しやがったんだ、てめえ!」
完璧に切れてる土方は、芹沢に怒鳴りつけ問いただす。
可笑しい、可笑しい、可笑しい!!
自分もこの妙な粉を吸ったが全く異常は無いなに、なまえだけこんな状態は、いったいーー!?
土方は焦りからか…ズグン、ズグン、と己の心臓が鳴り響く体をひきずる様に、傍で悶え苦しむなまえに手をやるー…。
沖田の顔は今まで見たことがないくらい辛そうな顔をして、愛しい男の名を叫び縋り付き、傍で立ち竦む井吹の目からも、大粒の涙が零れた。
「フン…!
この粉は、新見が極秘で創っていた対鬼一族用の猛毒…即ち、普通の人間や羅刹にはどうともなく、貴様等鬼には効果がある。
本来なら、変若水の切札の時に貴様に使用する計画だったが…無駄にするのも勿体無いからな、今使用してやろうと思ってなぁ!!」
此こそ、本来の鬼退治だ!と高笑いする芹沢に、ヒュー…ヒュー…と呼吸するなまえは、やってくれたぜ…と零し、ギリッと歯を食いしばりながら芹沢を睨みつけた。
「みょうじ!
俺の命と貴様の命、どちらが先に朽ち果てるのかー…最期の勝負だー…!」
芹沢が、なまえを見下しながら刀を構えれば、なまえは血をだらだらと垂らしながら二タァッ…と嗤い「…上等だ、」と姿勢を立て直し、カチカチ…と連結鍵を弄り、妖の力を勇ましくする。
「…なまえ…!動くな!」
少しフラフラ…っとするなまえを庇うように、周りの連中はギリッ…と殺意を放ち前へ出て、芹沢へ直ぐ様かかって行き刀を合わせると、芹沢が刀を振り下ろし、攻撃してきた。
周りは、斬撃から身を守ろうと防御へ入るのだが、その刀で仕留めたのは土方達ではなく…。
「……!?」
余りにも予想外の出来事の、最も傍で見てしまったなまえは、土方達が目を見張るより更に目を見張った。
芹沢は、手にした刀で…お梅の喉をかっ切り、血をじゅるじゅると啜い始めたのだった。
お梅は、苦しげに顔をしかめ、柔らかそうな唇をうごめかせ何かを言いかけ、一瞬だがなまえと視線を合わせると、そのまま何も言わずに芹沢にうなだれた。
「…っ…お梅さん…っ…!」
なまえが女の名を叫んでみても、芹沢は己の愛する女の血液を飲み糧にし、満足そうに口を拭う。
土方が怒鳴り散らしても芹沢は動こうとせず、「土方君、もう手遅れです。
人の血を一滴でも見てしまい…更に飲んでしまったからには、狂気に蝕まれて完璧に狂い暴れるだけー…!」と、山南が顔を引き締めながら言い、刀を構え直したその時だった。
理性を完全に失い、狂嗤がその口から溢れ出すと、ガッと瞳孔を開き…現実に返り怒りや憎しみ悲しみの負のモノで支配された沖田が、叫びながら芹沢に食いかかる。
沖田は芹沢の間合いに踏み込み、鋭い突きの一撃を見舞おうとするが…芹沢にあっさりと見切られ防がれてしまう。
「…くそっ…!」
殺意を帯びた鋭い目で芹沢を睨むと、山南から反撃が来ると叫ばれ襲いに来る斬撃をかわした後、得意の三段突きを見舞おうとし、そのうちの一撃が芹沢に命中したが、変若水の力が瞬く間にその傷を癒した。
井吹は、今のこの状況に混乱してしまい、今目の前にいる芹沢と、自分の命を救ってくれた芹沢の幻影を交互に見て、「芹沢さん!俺の事が解らないのかよ!?」と声を荒げ、僅かでも残っててくれる理性に賭け、呼びかけた。
「…ぐ…」
芹沢は、その瞬間大きく目を見開き何かに気づいた様子で身を震わせ、そして芹沢の刀の切っ先がゆっくりと降りていき、井吹がもう一度「芹沢さん…?」と名を呼ぶと、芹沢は訝しげに顔をしかめながら、赤い瞳で井吹をまじまじと見つめてくる。
井吹は、「俺の事、思い出してくれたのか…」と安心しきったように芹沢に近づくのを見たなまえは、ハッとした表情をし「…近づくな!」と叫び、誰にも見えない早さで井吹の前に立ち庇う。
その瞬間、芹沢の雄叫びと共に白い刀身が暗闇の中できらめくのが見えた。
「…っ…ぐ…!」
なまえは井吹を背に庇い、芹沢の刀はなまえの脇腹を貫いたのだった。
なまえのくぐもった声が漏れると、口からも腹からも血がビチャビチャと溢れ零れ、ヒュー…ヒュー…と呼吸する度に、赤黒い血の塊や滴が、畳の上に飛び散る。
「なまえ…なまえ…うわあああっ!!」
井吹が涙をボロボロ零しながら彼の名を叫び座りこめば、沖田は気が動転してしまい、手に持っていた刀をゴトン…と畳の上に落とした。
「…なぁ、…普通の人間なら、とっくにあの世だべな…」
刀を必死になまえの体から引き抜こうとする芹沢に、なまえは、させねぇよ…!と囁き、己の両手の掌で刀の刃をグッと掴み、握り締める。
なまえの両手の肉は、ギチギチ…!っと裂け、鬼の血の能力はすぐさま傷を塞ごうとしても直ぐに、ブシュッ…ボタボタ…っと血が噴き出た。
「…おら、あんたが臨んでた妖と鬼の禁忌混合血だぜー…!
あんたは俺の血啜って、足掻くんだろうが…ぁ…!」
喧嘩売ってきたのはテメェだろーが!となまえは血塗れの手を芹沢の顔面に振り下ろした瞬間ーー
ー…ビチャ…ビチャッ…!!
「ぎゃあああああああ!」
なまえの血液を浴びた芹沢の顔面は、ジュウウウ…ッ!酷く焦げる音と臭いが充満し、徐々に焼き爛れていく。
芹沢は、余りの痛さに自らの顔を手で抑え、畳の上でうなだれ庇いながらもがいた。
「…土方さん!何してんだ、さっさと動け!」
刀を腹にしたままのなまえは、ギリッと土方を睨みつけ、首をかっ斬れ!と怒鳴れば、ハッと我に返った土方は、声を荒げながら己の力を全て込め、芹沢の首を斬り離した。
ーーブシャァァ…ッ!…ー…
「今までの島原通いの金…、あんたの命で勘弁してやんよ…」
ザッー!と人肉を斬る音と血が噴き出す音の後に、荒い呼吸の間から、「やったか…」と土方が呟き切り離された芹沢の笑う顔を見れば、なまえは雨の音を子守歌にし、満足そうに亡くなっていった芹沢に一言贈りながら、意識を失うのであった…。
ーー…
「…っせーな…」
何だか良く解らないが、鼻の啜る音や、泣く声で起きたなまえは、不機嫌なまま文句を言いながら上半身を起きあがらせるとー…
ズキンッ、とした心臓の痛みに思わず、「ぐえっ」と声を零すと、「なまえーーっ…!!」と、周りから盛大な声がわんわん聞こえ、抱きつかれる。
「…あ、?」
なまえは、未だ少し朦朧とする意識で辺りを見れば、幹部共と井吹が己を囲い、「良かった…生きてた!」と騒がれ、その声が頭にガツガツ響く。
「…っせー、人を勝手に殺すな!」
一番派手に抱きついてきた平助の頭をガシガシ撫でると、平助が泣きながら「ごめんっ」と抱きついてきた。
(ったく…、)
他の幹部連中からも、異様なスキンシップをうけながらなまえは己の体を見ると、やはり鬼の血のお陰で傷はすっかり癒えていた。
(…おー、傷は治った、)
己の左胸の前で、グッと拳を握りながら、今度は、島原の時や、佐伯の時みたく無駄にギチギチと包帯巻かれなくて良かったーなんて安心していると、いきなりギュッ…と腕を捕まれ、ん?と腕の正体を見れば、沢山の涙をボロボロ流し、体をガタガタ…と震わせていた井吹を見る事となる。
「…なまえっ…、すまなかった…っ…」
俺のせいで、としゃっくりを上げるまで泣き続けた井吹に、なまえは優しい雰囲気で、ふっと笑うと何時ものように、井吹の頭をぽんぽんっ、と撫でた。
「龍が無事で良かった、めんこい顔が台無し、」
おら、泣くなと続け、なまえは己の拳で井吹の涙でぐしゃぐしゃな目をグイッと拭いてやると、にっと笑った。
「井吹の処遇だがー…」
芹沢の死は、対外的には屯所に入り込んだ不逞浪士の仕業だという事で処理された。
残りは、ほぼ内部情報を知り尽くして仕舞った、井吹の処遇について幹部達は、夜遅くに話し合いを進めていた。
なまえは病み上がり、という事で、自分の部屋で休息をとっている。
幹部達の意見が、大きく別れる中ー…。
(次は、俺が…)
井吹は、芹沢が殺された今、自らの命の危機を感じていた。
しかし、自分でも驚く程気持ちは落ち着いており、寧ろ一度亡くなってるであろうこの命を、彼奴の手で奪われるなら…と考えるようになり、寧ろ心地よかった。
(最期は、どうかなまえにー…。)
命の最期を考えていたせいか、周りの身支度を整え始める井吹。
暗い部屋で、静かに時を過ごしていたらー…。
シュッー…と隣に矢が走り、ストンと畳の上に立った。
不思議そうな表情をしながら、井吹は矢を見てみると、小さな手紙が括り付けてあるのを見つける。
差出人の名はーー
【平間重助】と書かれていた。
(幹部の奴らは今、全員大広間に居るはずだ…!)
井吹は、誰にも気付かれないようにそっと屯所を出て、あの矢に括り付けてあった手紙に書かれていた揚屋へ向かった。
(…詰めが甘い…、)
井吹は、一つ大きな勘違いをして仕舞っていた。
今、大広間にはなまえ以外の幹部達が集まっているわけで、なまえは、ばっちり井吹が外に飛び出していくのを確認してしまっている。
なまえは、んべ、と舌を出し…井吹の後を付け、揚屋の前で待機した。
ーー
(今夜、此処で待てば平間さんに会えるって書いてあったよな…)
静かな座敷で待っていると、もしかしたら罠ではないのか、と次第に不安が込み上げてきた。
やっぱり、逃げようと思い始めた矢先ーー。
「遅くなってしまって、申し訳ありません、井吹さん。」
私がお呼びしたのに、と息を切らせて平間が現れ、その姿に「あんた、生きてたのか…!」と、涙をこぼしながら井吹は平間に駆け寄った。
「旦那様は…きっとあなたに【生きろ】と命じたかったはずです。
羅刹化したせいで精神は奪われてしまいましたが…最後の刀の一振りは、逃げろと語りたい為の、逃げる道を示す斬撃だったのでは無いでしょうか…」
井吹は、最期の芹沢の事や新選組の事を平間に語り続けると、その言葉の後に「私は旦那様の実家がある水戸に戻ります。井吹さんも一緒にいらっしゃいませんか?」と問い掛ければ、井吹はグッ…と決意をし「どんな形であれ、芹沢さんが示した命。なまえが救ってくれた命。まだ俺は死ねない…!連れて行ってくれ。」と頭を下げながら頼んだ。
平間は芹沢から最期に路銀をたっぷりと貰い、自分を屯所から逃がしてくれたと語り、時間が無いから今夜中に京を出よう、との事になり急いで揚屋を出た。
ハァ…ハァ…っ!!
二人は、呼吸を乱しながら急いで京から逃げ出そうと、人目の付かない河原まで走り混み、もう一歩、という所でザァッ…と砂を踏み足を止めて仕舞った。
「…よ、こんな夜更けにどーしたの、」
なまえは、頭上からザッ…と舞い降り、顔を青くさせる二人に近寄った。
「みょうじ…さん…!」
平間は、バレたか…!と悔しい顔をして今にも泣き出しそうな声で目の前の悪魔に語りかければ、なまえはニタァ…と哂う。
今宵は、紅い月。
先日の雨で、月が含んだ血液は総て流れた筈だったのにー…!
今宵も俺達の血液を啜りに来たのか、
「…っ、頼む…!!」
井吹は、小さい尖った小石の上に跪き、必死な表情でなまえに土下座し、新選組が不利になる事柄は決して、他言しない。
芹沢や、なまえに救われた命を、此処で終わりにしたくない。と叫んだ。
「最初は、あんたに殺されるなら…って思った…!
だが、俺には…俺にはどうしてもやらなきゃなんない事があるんだ!!」
井吹は、己の総てを籠めた眼で、なまえの金と紅を貫き刺すと、暫くの間、眼に宿る魂の会話をぶつけ合っていた。
なまえが、金と紅の混じる眼で鋭く井吹を睨みつけてみるが…井吹は怯む事なく、なまえの瞳に魂を置き続けた。
「…あんたの、 龍自身の…生きる理由と死ぬ覚悟を見いだせる場所、見つけたのか?」
なまえは漆黒刀をチャキ…と構え、井吹達に刀を向け問う。
井吹は刀を向けられ怯む事無く「あぁ…!」と頷き、なまえに救われた命で、あの時、命を救って貰い、道を示して呉れた、今は亡き芹沢の目となり足となり、今後の時代を生き抜き、彼に伝えていく恩返しをしたい、と強い眼差しで答えた。
「…で?俺が納得すると思う?」
なまえの思いもよらない言葉に、井吹は悔しそうに表情を歪ませると小石を握り、なまえに投げつける抵抗をする。
ビュッ…!と流れる石は、漆黒刀に虚しく弾き返されて仕舞い、虚しく河原へ堕ち…
「井吹さんっ…!!」
井吹が呆気に取られていると、隣から平間の叫ぶ声が聞こえた。
「自分の運命を恨みな、」
なまえは、瞬く間にスッ…と井吹の背後に立ち、漆黒刀を井吹の首に当て、思い切り振りかざしーー…
ザンッ…!!と紫の一太刀を描いた。
「…っ…!」
井吹は、確かな刀の気配を感じた筈なのに、一向に痛みがやってこなかった己の首を確認すると…
随分と軽くなっている自分の髪の毛に触れた。
「…御命、頂戴致す、」
なまえの右手に掴んである井吹の髪の毛をふりふりっと降れば、にーと歯を見せて微笑むと、平間は、安心しきったのか…ガクガクと震える膝に逆らえず、その場に跪いた。
「…え? なまえ…?」
井吹は、不思議そうな表情をしながらなまえに問えば、眼を鋭くさせ漆黒刀を再度チャキ…っと音を鳴らし、井吹の首に当てた。
「…新選組の不利になる事柄等、少しでも漏らしやがったら…
俺の妖と鬼総てを賭けて、あんたらを殺しに行く。」
地獄の底まで追いつめるから、逃げられると思うなよ、と再度念を圧せば、井吹は静かに頷き、それを確認したなまえは漆黒刀を納め、井吹に語る。
「さっきの、生きてえって覚悟、伝わってきた。」
本当に生き延びたければ、相手に小石でもなんでも当てて逃げるんだぜ、と伝えながら井吹の胸にコツン…と拳を小突くと、井吹は、なまえに御礼を言う。
「なまえとの約束は必ず護る…!
なまえと新選組の健闘を祈ってる。元気でな。」と指切りげんまんを差し出してきた井吹に、 なまえは微笑みながら指切りを小指で絡ませ、切る。
「…忌み仔だろうが妖鬼だろうが…あと何年かの命だろうが…俺は新選組のみょうじ なまえだ。
生涯、俺の命は誠の旗の基、忠誠は近藤さんに在るー…!」
井吹が、今まで初めて見たであろうなまえの眼に生命の灯を感じ取り微笑むが、気になるキーワードを返し問う。
「…あと何年かの命…?」
井吹が辛い表情で返せば、なまえは静かに頷く。
井吹が、ハッっした表情で、もしかしてーー!と口を開くと、なまえは静かに呟いた。
「ん…、あの猛毒…
偶の、吐血は免れねーなー、」
隊士達にバレねーように吐かなきゃな、なんて笑いながら言うなまえに、井吹と平間は表情を更に青くさせる。
芹沢暗殺時に芹沢が使用した粉は、やはりなまえの体を蝕んでいた。
新見が変若水の研究に明け暮れていたのが幸いし、未完成だったおかげで、今の症状で抑えられてはいるが…。
今後時間が経つにつれ、徐々に毒は広っていき彼の心臓をじわじわと蝕んでいくだろう。
死へのカウントダウンを止めさせる事は不可能であった。
「…ったく、最期まであの大蛇に毒酒を飲まされるとは誰も思わねーよ、」
なまえが、ふと鼻で笑い涙をボロボロ零す井吹の頭を撫で、俯く平間に「後は頼んだぜ、」と挨拶をした。
そしてなまえは、スッ…と背を向け「十秒だ、十秒だけ寝てる、…その間にさっさと行け、」と呟くと、井吹と平間はハッとした顔をしなまえに涙ながらに沢山の有難うとごめんなさいを伝えると背を向けて走る。
「…っ、なまえ!」
いーち、にー、さーん、と数えてる途中に、井吹から遠くから呼ばれ振り返ると、目の前にパシッと物が落ちてきて、手で受け止める。
手に乗っかった物は、いつも井吹が下げていた印籠。
なまえは不思議な顔をしながら井吹を見れば、「なまえが持っててくれ!」と叫んだ後、「あん時は酷い事言って、すまなかった!」と大声で叫んだ後、全力で河原を駆け逃げていった。
「…生きろ、龍…」
なまえは、井吹から賜った印籠のみ着物へ仕舞い、髪の毛を握りしめ屯所へ向かった。
「だーかーらー、ムカついたから殺してやったの、」
怒りの表情をむける土方に、なまえは傷ひとつない己の腹をほらほらーと、幹部達に見せつけながら、証拠あるべ、とキリッと眼を光らせ、井吹の髪の毛をバサッと床に置いた。
「傷はどっか置き忘れちまったけど、すげー痛ぇんだぜ?」
むー、とした顔で綺麗な腹を指しながら痛い痛い、と下手な演技をかますと、今度は流石にバレバレ故に、ますます土方の眉間に皺が寄り、こんの…ばか獣!!とその綺麗な腹を蹴り飛ばした。
「ぐふ…っ!」
ぶっ飛んできたなまえの下敷きになった永倉は、ちゃっかりなまえを抱きしめながら転がる。
「…ほんっと、お前って嘘下手だよな」
原田が苦笑いし、周りの連中と共に土方を宥めれば、なまえは、井吹の件で何か在れば自分が責任持つと言い放ち、近藤に真剣に向き放つと、近藤は頷く他ならなかった。
「…龍の幽霊が化けて出て、復讐しに来たらねー、」
俺、さすがに幽霊には勝てねーやと言いながら、んべ、と舌を土方に出せば、頭にカッカと血が昇った土方は「なまえ!てめえ今日という今日は…!」と怒鳴り散らし、井吹の件は話が付いてしまった。
ーーー
「ね、なまえさん。今夜は一緒に寝よ?」と甘えた声を放つ沖田に、無言でぐいぐい…とひっぱる斎藤を二人まとめて両手で抱きしめ、グイッと原田に腰を取られ抱きしめられたと思えば、永倉や平助に取り合いされるなまえ。
最後には、譲れない近藤の胸に飛び込み、土方に耳を摘まれ、井上や山南にはやれやれ、と笑われ…徐々に明け方から朝へ変わって行く瞬間を彼らと共に過ごした。
ーーー
「変若水の研究は、私が引継ぐ事にします。」
山南が土方と近藤に語ると、残りの羅刹達は、己が仕切る隊としてまとめ…彼らは新撰組と致します、と取り決めると土方と近藤は静かに頷いた。
なまえの腰の刀と共にカタン…と揺れる印籠と、庭の池の水面に揺れる紅い月。
なまえの命の期限が大蛇の猛毒で討たれたとしても、黎明の地に紅い月が輝き始め、譲れない物語を奏でているのである。
同じ頃、1人の少女が父親を探す為、京に降り立つ準備をしていた。
それは、また別の物語ー…。
黎明を翔る蒼犬、暁を終了う遺品の印籠
(蒼犬の最上級の覚悟)(指切りげんまん)
ーーー
此にて、御終了。
御付合い頂きまして、
有難う御座いました。
ぐぁああああああっー…!!」
芹沢の手から落ちた小瓶が、畳の上へと転がり落ちるのを合図に、苦悶の叫び声が芹沢の口から迸り出た。
芹沢は、土方の「新選組の為なら地獄の鬼にでもなってやる」と言った、先程の煽りを全身で受け羅刹化し刀を振るう。
「かかって来んなら、此方から行くぞ!」
芹沢が構えた刀を振りかぶり、土方達との間合いを詰め、まだ理性を保つ芹沢は嗤いながら刀を構え、大蛇の如く蛙を睨むようにじりじり…と足を鳴らせば、山南は「土方君、来ます…!」と合図を送ると、土方は中段に構えた刀で、芹沢の斬撃を受け止めようとするーー
「!?」
芹沢は、いきなり部屋の隅にあった箪笥をガタッと大きな音を立て開け、中から小さな小瓶を出すと…中身の粉を部屋中に残すことなく撒き散らした。
ブワァッ…と舞い散る赤紫色の煙幕が部屋を覆い、暫くして次第に晴れていく…。
一瞬、毒か!?と思ったが、土方達の身にも、ましてや芹沢の身にも特に何も異常はなく、土方は不快に思い「何の真似だ!」と怒鳴り散らすと、芹沢はなまえを睨みつけ、高笑いをし始めた。
「くっ…ははははは!気分はどうだみょうじ!」
なまえは芹沢にいきなり話を振られ、眉間に皺を寄せ「何の事だ、」と放とうとした時ー…。
ーーズグンッー…!!
なまえの心臓が一度大きく鼓動を叩いた瞬間、脳が一回転をしたように視界がぐるんと揺らぐと…
「…っ…げぇぇぇぇ…っ…がは…っ!!」
なまえは、苦しそうに左胸を掻きながら、ごぽっと大量の血液を嘔吐し、その場にうずくまった。
それを見た周りの連中は、彼の名を叫び、慌てて彼に駆け寄り近づく。
「何しやがったんだ、てめえ!」
完璧に切れてる土方は、芹沢に怒鳴りつけ問いただす。
可笑しい、可笑しい、可笑しい!!
自分もこの妙な粉を吸ったが全く異常は無いなに、なまえだけこんな状態は、いったいーー!?
土方は焦りからか…ズグン、ズグン、と己の心臓が鳴り響く体をひきずる様に、傍で悶え苦しむなまえに手をやるー…。
沖田の顔は今まで見たことがないくらい辛そうな顔をして、愛しい男の名を叫び縋り付き、傍で立ち竦む井吹の目からも、大粒の涙が零れた。
「フン…!
この粉は、新見が極秘で創っていた対鬼一族用の猛毒…即ち、普通の人間や羅刹にはどうともなく、貴様等鬼には効果がある。
本来なら、変若水の切札の時に貴様に使用する計画だったが…無駄にするのも勿体無いからな、今使用してやろうと思ってなぁ!!」
此こそ、本来の鬼退治だ!と高笑いする芹沢に、ヒュー…ヒュー…と呼吸するなまえは、やってくれたぜ…と零し、ギリッと歯を食いしばりながら芹沢を睨みつけた。
「みょうじ!
俺の命と貴様の命、どちらが先に朽ち果てるのかー…最期の勝負だー…!」
芹沢が、なまえを見下しながら刀を構えれば、なまえは血をだらだらと垂らしながら二タァッ…と嗤い「…上等だ、」と姿勢を立て直し、カチカチ…と連結鍵を弄り、妖の力を勇ましくする。
「…なまえ…!動くな!」
少しフラフラ…っとするなまえを庇うように、周りの連中はギリッ…と殺意を放ち前へ出て、芹沢へ直ぐ様かかって行き刀を合わせると、芹沢が刀を振り下ろし、攻撃してきた。
周りは、斬撃から身を守ろうと防御へ入るのだが、その刀で仕留めたのは土方達ではなく…。
「……!?」
余りにも予想外の出来事の、最も傍で見てしまったなまえは、土方達が目を見張るより更に目を見張った。
芹沢は、手にした刀で…お梅の喉をかっ切り、血をじゅるじゅると啜い始めたのだった。
お梅は、苦しげに顔をしかめ、柔らかそうな唇をうごめかせ何かを言いかけ、一瞬だがなまえと視線を合わせると、そのまま何も言わずに芹沢にうなだれた。
「…っ…お梅さん…っ…!」
なまえが女の名を叫んでみても、芹沢は己の愛する女の血液を飲み糧にし、満足そうに口を拭う。
土方が怒鳴り散らしても芹沢は動こうとせず、「土方君、もう手遅れです。
人の血を一滴でも見てしまい…更に飲んでしまったからには、狂気に蝕まれて完璧に狂い暴れるだけー…!」と、山南が顔を引き締めながら言い、刀を構え直したその時だった。
理性を完全に失い、狂嗤がその口から溢れ出すと、ガッと瞳孔を開き…現実に返り怒りや憎しみ悲しみの負のモノで支配された沖田が、叫びながら芹沢に食いかかる。
沖田は芹沢の間合いに踏み込み、鋭い突きの一撃を見舞おうとするが…芹沢にあっさりと見切られ防がれてしまう。
「…くそっ…!」
殺意を帯びた鋭い目で芹沢を睨むと、山南から反撃が来ると叫ばれ襲いに来る斬撃をかわした後、得意の三段突きを見舞おうとし、そのうちの一撃が芹沢に命中したが、変若水の力が瞬く間にその傷を癒した。
井吹は、今のこの状況に混乱してしまい、今目の前にいる芹沢と、自分の命を救ってくれた芹沢の幻影を交互に見て、「芹沢さん!俺の事が解らないのかよ!?」と声を荒げ、僅かでも残っててくれる理性に賭け、呼びかけた。
「…ぐ…」
芹沢は、その瞬間大きく目を見開き何かに気づいた様子で身を震わせ、そして芹沢の刀の切っ先がゆっくりと降りていき、井吹がもう一度「芹沢さん…?」と名を呼ぶと、芹沢は訝しげに顔をしかめながら、赤い瞳で井吹をまじまじと見つめてくる。
井吹は、「俺の事、思い出してくれたのか…」と安心しきったように芹沢に近づくのを見たなまえは、ハッとした表情をし「…近づくな!」と叫び、誰にも見えない早さで井吹の前に立ち庇う。
その瞬間、芹沢の雄叫びと共に白い刀身が暗闇の中できらめくのが見えた。
「…っ…ぐ…!」
なまえは井吹を背に庇い、芹沢の刀はなまえの脇腹を貫いたのだった。
なまえのくぐもった声が漏れると、口からも腹からも血がビチャビチャと溢れ零れ、ヒュー…ヒュー…と呼吸する度に、赤黒い血の塊や滴が、畳の上に飛び散る。
「なまえ…なまえ…うわあああっ!!」
井吹が涙をボロボロ零しながら彼の名を叫び座りこめば、沖田は気が動転してしまい、手に持っていた刀をゴトン…と畳の上に落とした。
「…なぁ、…普通の人間なら、とっくにあの世だべな…」
刀を必死になまえの体から引き抜こうとする芹沢に、なまえは、させねぇよ…!と囁き、己の両手の掌で刀の刃をグッと掴み、握り締める。
なまえの両手の肉は、ギチギチ…!っと裂け、鬼の血の能力はすぐさま傷を塞ごうとしても直ぐに、ブシュッ…ボタボタ…っと血が噴き出た。
「…おら、あんたが臨んでた妖と鬼の禁忌混合血だぜー…!
あんたは俺の血啜って、足掻くんだろうが…ぁ…!」
喧嘩売ってきたのはテメェだろーが!となまえは血塗れの手を芹沢の顔面に振り下ろした瞬間ーー
ー…ビチャ…ビチャッ…!!
「ぎゃあああああああ!」
なまえの血液を浴びた芹沢の顔面は、ジュウウウ…ッ!酷く焦げる音と臭いが充満し、徐々に焼き爛れていく。
芹沢は、余りの痛さに自らの顔を手で抑え、畳の上でうなだれ庇いながらもがいた。
「…土方さん!何してんだ、さっさと動け!」
刀を腹にしたままのなまえは、ギリッと土方を睨みつけ、首をかっ斬れ!と怒鳴れば、ハッと我に返った土方は、声を荒げながら己の力を全て込め、芹沢の首を斬り離した。
ーーブシャァァ…ッ!…ー…
「今までの島原通いの金…、あんたの命で勘弁してやんよ…」
ザッー!と人肉を斬る音と血が噴き出す音の後に、荒い呼吸の間から、「やったか…」と土方が呟き切り離された芹沢の笑う顔を見れば、なまえは雨の音を子守歌にし、満足そうに亡くなっていった芹沢に一言贈りながら、意識を失うのであった…。
ーー…
「…っせーな…」
何だか良く解らないが、鼻の啜る音や、泣く声で起きたなまえは、不機嫌なまま文句を言いながら上半身を起きあがらせるとー…
ズキンッ、とした心臓の痛みに思わず、「ぐえっ」と声を零すと、「なまえーーっ…!!」と、周りから盛大な声がわんわん聞こえ、抱きつかれる。
「…あ、?」
なまえは、未だ少し朦朧とする意識で辺りを見れば、幹部共と井吹が己を囲い、「良かった…生きてた!」と騒がれ、その声が頭にガツガツ響く。
「…っせー、人を勝手に殺すな!」
一番派手に抱きついてきた平助の頭をガシガシ撫でると、平助が泣きながら「ごめんっ」と抱きついてきた。
(ったく…、)
他の幹部連中からも、異様なスキンシップをうけながらなまえは己の体を見ると、やはり鬼の血のお陰で傷はすっかり癒えていた。
(…おー、傷は治った、)
己の左胸の前で、グッと拳を握りながら、今度は、島原の時や、佐伯の時みたく無駄にギチギチと包帯巻かれなくて良かったーなんて安心していると、いきなりギュッ…と腕を捕まれ、ん?と腕の正体を見れば、沢山の涙をボロボロ流し、体をガタガタ…と震わせていた井吹を見る事となる。
「…なまえっ…、すまなかった…っ…」
俺のせいで、としゃっくりを上げるまで泣き続けた井吹に、なまえは優しい雰囲気で、ふっと笑うと何時ものように、井吹の頭をぽんぽんっ、と撫でた。
「龍が無事で良かった、めんこい顔が台無し、」
おら、泣くなと続け、なまえは己の拳で井吹の涙でぐしゃぐしゃな目をグイッと拭いてやると、にっと笑った。
「井吹の処遇だがー…」
芹沢の死は、対外的には屯所に入り込んだ不逞浪士の仕業だという事で処理された。
残りは、ほぼ内部情報を知り尽くして仕舞った、井吹の処遇について幹部達は、夜遅くに話し合いを進めていた。
なまえは病み上がり、という事で、自分の部屋で休息をとっている。
幹部達の意見が、大きく別れる中ー…。
(次は、俺が…)
井吹は、芹沢が殺された今、自らの命の危機を感じていた。
しかし、自分でも驚く程気持ちは落ち着いており、寧ろ一度亡くなってるであろうこの命を、彼奴の手で奪われるなら…と考えるようになり、寧ろ心地よかった。
(最期は、どうかなまえにー…。)
命の最期を考えていたせいか、周りの身支度を整え始める井吹。
暗い部屋で、静かに時を過ごしていたらー…。
シュッー…と隣に矢が走り、ストンと畳の上に立った。
不思議そうな表情をしながら、井吹は矢を見てみると、小さな手紙が括り付けてあるのを見つける。
差出人の名はーー
【平間重助】と書かれていた。
(幹部の奴らは今、全員大広間に居るはずだ…!)
井吹は、誰にも気付かれないようにそっと屯所を出て、あの矢に括り付けてあった手紙に書かれていた揚屋へ向かった。
(…詰めが甘い…、)
井吹は、一つ大きな勘違いをして仕舞っていた。
今、大広間にはなまえ以外の幹部達が集まっているわけで、なまえは、ばっちり井吹が外に飛び出していくのを確認してしまっている。
なまえは、んべ、と舌を出し…井吹の後を付け、揚屋の前で待機した。
ーー
(今夜、此処で待てば平間さんに会えるって書いてあったよな…)
静かな座敷で待っていると、もしかしたら罠ではないのか、と次第に不安が込み上げてきた。
やっぱり、逃げようと思い始めた矢先ーー。
「遅くなってしまって、申し訳ありません、井吹さん。」
私がお呼びしたのに、と息を切らせて平間が現れ、その姿に「あんた、生きてたのか…!」と、涙をこぼしながら井吹は平間に駆け寄った。
「旦那様は…きっとあなたに【生きろ】と命じたかったはずです。
羅刹化したせいで精神は奪われてしまいましたが…最後の刀の一振りは、逃げろと語りたい為の、逃げる道を示す斬撃だったのでは無いでしょうか…」
井吹は、最期の芹沢の事や新選組の事を平間に語り続けると、その言葉の後に「私は旦那様の実家がある水戸に戻ります。井吹さんも一緒にいらっしゃいませんか?」と問い掛ければ、井吹はグッ…と決意をし「どんな形であれ、芹沢さんが示した命。なまえが救ってくれた命。まだ俺は死ねない…!連れて行ってくれ。」と頭を下げながら頼んだ。
平間は芹沢から最期に路銀をたっぷりと貰い、自分を屯所から逃がしてくれたと語り、時間が無いから今夜中に京を出よう、との事になり急いで揚屋を出た。
ハァ…ハァ…っ!!
二人は、呼吸を乱しながら急いで京から逃げ出そうと、人目の付かない河原まで走り混み、もう一歩、という所でザァッ…と砂を踏み足を止めて仕舞った。
「…よ、こんな夜更けにどーしたの、」
なまえは、頭上からザッ…と舞い降り、顔を青くさせる二人に近寄った。
「みょうじ…さん…!」
平間は、バレたか…!と悔しい顔をして今にも泣き出しそうな声で目の前の悪魔に語りかければ、なまえはニタァ…と哂う。
今宵は、紅い月。
先日の雨で、月が含んだ血液は総て流れた筈だったのにー…!
今宵も俺達の血液を啜りに来たのか、
「…っ、頼む…!!」
井吹は、小さい尖った小石の上に跪き、必死な表情でなまえに土下座し、新選組が不利になる事柄は決して、他言しない。
芹沢や、なまえに救われた命を、此処で終わりにしたくない。と叫んだ。
「最初は、あんたに殺されるなら…って思った…!
だが、俺には…俺にはどうしてもやらなきゃなんない事があるんだ!!」
井吹は、己の総てを籠めた眼で、なまえの金と紅を貫き刺すと、暫くの間、眼に宿る魂の会話をぶつけ合っていた。
なまえが、金と紅の混じる眼で鋭く井吹を睨みつけてみるが…井吹は怯む事なく、なまえの瞳に魂を置き続けた。
「…あんたの、 龍自身の…生きる理由と死ぬ覚悟を見いだせる場所、見つけたのか?」
なまえは漆黒刀をチャキ…と構え、井吹達に刀を向け問う。
井吹は刀を向けられ怯む事無く「あぁ…!」と頷き、なまえに救われた命で、あの時、命を救って貰い、道を示して呉れた、今は亡き芹沢の目となり足となり、今後の時代を生き抜き、彼に伝えていく恩返しをしたい、と強い眼差しで答えた。
「…で?俺が納得すると思う?」
なまえの思いもよらない言葉に、井吹は悔しそうに表情を歪ませると小石を握り、なまえに投げつける抵抗をする。
ビュッ…!と流れる石は、漆黒刀に虚しく弾き返されて仕舞い、虚しく河原へ堕ち…
「井吹さんっ…!!」
井吹が呆気に取られていると、隣から平間の叫ぶ声が聞こえた。
「自分の運命を恨みな、」
なまえは、瞬く間にスッ…と井吹の背後に立ち、漆黒刀を井吹の首に当て、思い切り振りかざしーー…
ザンッ…!!と紫の一太刀を描いた。
「…っ…!」
井吹は、確かな刀の気配を感じた筈なのに、一向に痛みがやってこなかった己の首を確認すると…
随分と軽くなっている自分の髪の毛に触れた。
「…御命、頂戴致す、」
なまえの右手に掴んである井吹の髪の毛をふりふりっと降れば、にーと歯を見せて微笑むと、平間は、安心しきったのか…ガクガクと震える膝に逆らえず、その場に跪いた。
「…え? なまえ…?」
井吹は、不思議そうな表情をしながらなまえに問えば、眼を鋭くさせ漆黒刀を再度チャキ…っと音を鳴らし、井吹の首に当てた。
「…新選組の不利になる事柄等、少しでも漏らしやがったら…
俺の妖と鬼総てを賭けて、あんたらを殺しに行く。」
地獄の底まで追いつめるから、逃げられると思うなよ、と再度念を圧せば、井吹は静かに頷き、それを確認したなまえは漆黒刀を納め、井吹に語る。
「さっきの、生きてえって覚悟、伝わってきた。」
本当に生き延びたければ、相手に小石でもなんでも当てて逃げるんだぜ、と伝えながら井吹の胸にコツン…と拳を小突くと、井吹は、なまえに御礼を言う。
「なまえとの約束は必ず護る…!
なまえと新選組の健闘を祈ってる。元気でな。」と指切りげんまんを差し出してきた井吹に、 なまえは微笑みながら指切りを小指で絡ませ、切る。
「…忌み仔だろうが妖鬼だろうが…あと何年かの命だろうが…俺は新選組のみょうじ なまえだ。
生涯、俺の命は誠の旗の基、忠誠は近藤さんに在るー…!」
井吹が、今まで初めて見たであろうなまえの眼に生命の灯を感じ取り微笑むが、気になるキーワードを返し問う。
「…あと何年かの命…?」
井吹が辛い表情で返せば、なまえは静かに頷く。
井吹が、ハッっした表情で、もしかしてーー!と口を開くと、なまえは静かに呟いた。
「ん…、あの猛毒…
偶の、吐血は免れねーなー、」
隊士達にバレねーように吐かなきゃな、なんて笑いながら言うなまえに、井吹と平間は表情を更に青くさせる。
芹沢暗殺時に芹沢が使用した粉は、やはりなまえの体を蝕んでいた。
新見が変若水の研究に明け暮れていたのが幸いし、未完成だったおかげで、今の症状で抑えられてはいるが…。
今後時間が経つにつれ、徐々に毒は広っていき彼の心臓をじわじわと蝕んでいくだろう。
死へのカウントダウンを止めさせる事は不可能であった。
「…ったく、最期まであの大蛇に毒酒を飲まされるとは誰も思わねーよ、」
なまえが、ふと鼻で笑い涙をボロボロ零す井吹の頭を撫で、俯く平間に「後は頼んだぜ、」と挨拶をした。
そしてなまえは、スッ…と背を向け「十秒だ、十秒だけ寝てる、…その間にさっさと行け、」と呟くと、井吹と平間はハッとした顔をしなまえに涙ながらに沢山の有難うとごめんなさいを伝えると背を向けて走る。
「…っ、なまえ!」
いーち、にー、さーん、と数えてる途中に、井吹から遠くから呼ばれ振り返ると、目の前にパシッと物が落ちてきて、手で受け止める。
手に乗っかった物は、いつも井吹が下げていた印籠。
なまえは不思議な顔をしながら井吹を見れば、「なまえが持っててくれ!」と叫んだ後、「あん時は酷い事言って、すまなかった!」と大声で叫んだ後、全力で河原を駆け逃げていった。
「…生きろ、龍…」
なまえは、井吹から賜った印籠のみ着物へ仕舞い、髪の毛を握りしめ屯所へ向かった。
「だーかーらー、ムカついたから殺してやったの、」
怒りの表情をむける土方に、なまえは傷ひとつない己の腹をほらほらーと、幹部達に見せつけながら、証拠あるべ、とキリッと眼を光らせ、井吹の髪の毛をバサッと床に置いた。
「傷はどっか置き忘れちまったけど、すげー痛ぇんだぜ?」
むー、とした顔で綺麗な腹を指しながら痛い痛い、と下手な演技をかますと、今度は流石にバレバレ故に、ますます土方の眉間に皺が寄り、こんの…ばか獣!!とその綺麗な腹を蹴り飛ばした。
「ぐふ…っ!」
ぶっ飛んできたなまえの下敷きになった永倉は、ちゃっかりなまえを抱きしめながら転がる。
「…ほんっと、お前って嘘下手だよな」
原田が苦笑いし、周りの連中と共に土方を宥めれば、なまえは、井吹の件で何か在れば自分が責任持つと言い放ち、近藤に真剣に向き放つと、近藤は頷く他ならなかった。
「…龍の幽霊が化けて出て、復讐しに来たらねー、」
俺、さすがに幽霊には勝てねーやと言いながら、んべ、と舌を土方に出せば、頭にカッカと血が昇った土方は「なまえ!てめえ今日という今日は…!」と怒鳴り散らし、井吹の件は話が付いてしまった。
ーーー
「ね、なまえさん。今夜は一緒に寝よ?」と甘えた声を放つ沖田に、無言でぐいぐい…とひっぱる斎藤を二人まとめて両手で抱きしめ、グイッと原田に腰を取られ抱きしめられたと思えば、永倉や平助に取り合いされるなまえ。
最後には、譲れない近藤の胸に飛び込み、土方に耳を摘まれ、井上や山南にはやれやれ、と笑われ…徐々に明け方から朝へ変わって行く瞬間を彼らと共に過ごした。
ーーー
「変若水の研究は、私が引継ぐ事にします。」
山南が土方と近藤に語ると、残りの羅刹達は、己が仕切る隊としてまとめ…彼らは新撰組と致します、と取り決めると土方と近藤は静かに頷いた。
なまえの腰の刀と共にカタン…と揺れる印籠と、庭の池の水面に揺れる紅い月。
なまえの命の期限が大蛇の猛毒で討たれたとしても、黎明の地に紅い月が輝き始め、譲れない物語を奏でているのである。
同じ頃、1人の少女が父親を探す為、京に降り立つ準備をしていた。
それは、また別の物語ー…。
黎明を翔る蒼犬、暁を終了う遺品の印籠
(蒼犬の最上級の覚悟)(指切りげんまん)
ーーー
此にて、御終了。
御付合い頂きまして、
有難う御座いました。
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