想い截切る鎮魂歌、明星を彫刻る新選組
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「どうせ殺してしまうんだったら、彼の身柄を私に任せてくださいませんか」
結局、羅刹化して逃亡し、佐々木とあぐりと千代を殺したのはー…
芹沢の根付を盗んだ佐伯だった。
新見は、自分に身柄を任せろと言い出し、死ぬはずだった佐伯を羅刹化の実験に使い…無惨な殺戮を生んだのだったー…。
深夜から、捜索に出ている幹部からは「足取りさえ何も掴めない」との言葉が洩れ…疲れも溜まっていくばかり。
「なまえは…まだ目ぇ覚まさねえか…」
原田は、先程まで看病していた井吹に話しかけると、井吹は悲しい表情で頷く。
あの晩の出来事から気を失い、眠り続けるなまえの様子を、幹部達は代わる代わる見に行くのだが、彼は目を覚ます気配はなくー…。
平隊士や、なまえの班の隊士達も姿を見せないなまえをとても心配になり、一体何かあったのかと…土方に尋ねてくる一方だった。
同じ頃、辻斬り事件が京の各地で度々起こるようになる。
ーーー
にわかに報がもたらされるのは、八月十日の夕暮れ時だった。
「今、監察方から情報が入った。
島原で例の辻斬りが起きたらしい。」
凄惨な現場の割に血痕は小さく、死体の様子を見ても、下手人が羅刹の佐伯であることは間違いないという。
今夜、幹部総出で片をつける、と土方が声を荒げれば、皆は気合いを入れ頷いた。
ーーー
皆が総出で島原に向かう同じ頃ー…
「…っ、は…っ…かは…!」
あれから一向に目を覚まさない なまえは、布団の中で苦しむように、もがき苦しんでいた。
全身からは滝のような汗を噴き零し、呼吸は乱れ狂うように必死に酸素を求める。
(…おにーちゃん…なまえおにーちゃん…)
恐らく夢の中であろう暗闇が広がる不思議な空間でなまえは佇んでおり、自分の名前を呼ぶ千代の声だけが響きわたった。
なまえは、彼女の姿は全く確認できずに、必死に腕を延ばし、声を探るが…。
(お願い、はやく行って…!
島原の…鮮やかな風車が、助けを呼んでるから…!)
“なまえおにーちゃん!”
千代の声ではっきり鼓膜に響いた瞬間、なまえはバッと目を醒ます。
「…っ…!」
なまえの脳内は瞬時に多くの情報を流れ掴み、先程の最期の千代の願いをなまえは叶えるべく、連結鍵と漆黒刀を握りしめ屯所を駆け出し、島原へ走り抜けた。
(二度と同じ過ちは犯さない…!)
…ザザッー…!
紅い月の味方となる神風が産まれ、妖鬼は少女の祈りを抱いて、島原に舞い堕ちる。
ーーー
ギィ…ギ…ザァァッー…
いつもは鮮やかな島原に、不気味で嫌な風が今宵は吹き荒んでいた。
「はぁっ…はぁっ!」
島原の裏路地で、呼吸を乱しながら逃げる舞妓が一人ー…
「ゲキャァァァッ!」
その背後には、見苦しく四つん這いで舞妓を追いかける羅刹ー…
佐伯は、また血を求め舞妓を追いかける。
真っ暗い裏路地は、浪士組はまだ見つける事が出来ない。
「…いやっ…あっ…!!」
佐伯から懸命に走り逃げてた舞妓は、とうとう力尽き、地面へと転び這いつくばってしまう。
ズキッー…と己の足を見れば、挫いて仕舞い、鈍い痛みが襲った。
ウギギギ…ッと涎を垂らしながら舞妓に近づく佐伯に、舞妓はもう駄目だ…!とギュッと目を瞑り、愛しい男の名を叫んだ。
すると、彼女の声に共鳴するように…女の髪に咲く華麗な花の簪が、月明かりで紅く輝き、嘲やかに笑った。
「…なまえさんっ…!!」
ー…ギィィンー…!!
悲鳴をあげる舞妓の声に導かれ、刀と刀が重なり合った音が響き渡った直後。
「…あいよ」
何時もの、ぶっきらぼうだけど愛しい男の声が、舞妓の鼓膜に響き渡った。
「…なまえさん…っ…!」
愛しい男の自分を護る姿を見た瞬間、安心したように舞妓…小鈴は、ぱたりと気を失い、そんな彼女を抱き上げ、素早く安全な位置に休ませる。
「小鈴…」
なまえは、気を失う小鈴の頬を指でスッ…と撫でた後、今最も憎い相手を睨みつけ刀を構える。
「喧嘩売るの上手いね、あんた。
お望み通り、殺してやるよ、」
「血…血をよこせァァァッ!!」
完全に狂ってる佐伯…羅刹は、涎を垂らしながらなまえに刀を剥け全力で向かってくる。
「…俺の血…?
テメェ如きが飲んだら、一瞬にして腹が爛れて腐れ堕ちるだけだぜ…?」
なまえは瞬時に妖鬼へと姿を変え、死神が舞い降りる笑顔を魅せ、絶対零度で漆黒刀を扱う。
「汚ぇ口で啜った純血、カエセ、」
その一言が最期となり、羅刹は叫び声をあげる前に心臓を抉り出された。
心臓を刀で掬い抉り出された事にも気付かなかった羅刹は、「…グゲ?」と不思議な顔をしながら、目の前のなまえに手を伸ばすと、其処でやっと心臓が無い事に気が付いた。
「…グゲ…返…!」
己の源を返せ、となまえに駆け出そうとすれば、なまえはニタアッ…と嗤い、漆黒刀で貫き潰した。
「…ざけんなよ…?
只じゃ死なせねぇ…テメェの全てを無にしてやる…」
もう既に息耐えてる羅刹に対し、未だ殺意を抑えられないなまえは、自らの右腕を刀で斬り、血を噴き零させた。
ー…ブシャァァッ…!
「…忌み仔である妖鬼の俺の血液と、出来損ないの血が混ざるとどうなるか…お望み通りにしてやるよ…!」
ぼたたた…っ!!と血液を垂れ流す己の腕を振りかざそうと、息絶えてる佐伯に僅かに突きつければ…
血液が堕ちた佐伯の指の部分は、爛れ腐り、灰になった。
「…くくっ…!たまんねぇな…」
少しずつ佐伯をいたぶる様に、血液を撒きながらゾクゾクっ…と嗤うなまえー…。
佐伯の頭目掛けて、血液を振り下ろそうとした時…。
ーー…
「なにやってんだ、バカ獣!」
土方は息を切らしながら、ジャラジャラ…っと背後から連結鍵の板札を鷲掴み、なまえの肩を引き地面に押し倒す。
「…っ…!!」
ギィィンー…と刀が走ったような一筋の光を2人を包んだ後、なまえは妖力を落とされ…スッ…といつもの金と紅の目に戻る。
「…っ、土方さん…?」
虚ろな目で呼吸をしながら、土方の下で答えると、土方は「ったく…」と安心したような吐息を零し、なまえをギュッ…と抱きしめた。
「土方さん…俺…」
なまえは、悲しみ、謝罪、やり場のない怒り、虚脱、全てを含め、ぐちゃぐちゃになった感情を当てるように…土方を思い切り抱きしめ返し、胸に埋まるのだった。
その後、幹部達が集まり変死体の佐伯…羅刹を回収している間、スルスル…と手際良い手付きで、なまえは先程目を醒ました小鈴の足を包帯で処置をする。
「…怖い思い、させちまったな」
小鈴の怪我の処置を施しながら彼女に語りかけると、小鈴は俯きながら「…いいえ、助けて頂き、すんまへんとした…」と御礼を零した。
怪我をした小鈴の施しが終わり、彼女を横抱きにし店へ連れて行き、なまえは女将に謝りながら小鈴を返す。
女将は、鋭い目線でなまえを睨み、小鈴を奪うが…小鈴はなまえの手を握り締め、離さなかった。
それを見た女将は、忌々しい表情をし何をしているの!と怒鳴ると、小鈴は「嫌っ…!離して!」と泣き叫ぶ。
「なまえさん…!なまえさん…!」
愛しい男の名前を何度も呼び、涙を零す小鈴は、どうしても諦めきれない恋の味を噛み潰し、淡い愛の言葉を紡ごうとする。
「どーしたの、…舞妓のお嬢さん、」
なまえは、怒り狂う女将に対し、この娘と己は無関係だと証明するかの様に語るとー…。
「壬生狼が…!!
うちの大切な大切な小鈴を誑かすのはやめや!!
今後は二度と許しませんえ…さっさとはよ消えな!!」
女将から鋭い刃のような言葉で叩き刺されると…なまえは、哀しい表情をしながら微笑み、己の手を掴む小鈴の手を静かに退かし、いつもの四文字ではなく異なる四文字を放ち、小鈴の唇に、チュッ…と指を触れ、そのまま背を向けて去っていった。
ーー…
「いやっ…いやぁっ…いかないで!!…いやぁぁっ…!!」
背後から聞こえる、女の泣き叫ぶ声に、胸を抉られそうになりながらー…。
隊士達から、なまえは心配されながら屯所に戻った彼らを出迎えてくれたのは、山南だった。
「おかえりなさい…
みょうじ君、沖田君…少し、此方へ。」
出迎えた直後、山南はなまえと沖田を呼び出し、井戸付近へと連れて行く。
皆は不思議そうな顔で見送ったが、山南に任せようと解散するのであった。
「よく、やってくれました。」
山南は誉めると、沖田は「今回は僕じゃなくてなまえさんが仕留めてくれて…」と微笑みながら山南に尾を振るように語りかけた。
なまえはそんな山南を見ながら、血で汚れた己の漆黒刀を水で洗い流し「…山南さん、俺らだけ呼び出して、どーしたの」とさらっと聞けば、山南は含み笑いをし答える。
「なまえ君と沖田君には…この浪士組の『剣』になってもらわなければなりません」
「浪士組の『剣』?」
沖田が聞き返すと、山南は、君達が振るう剣は比類なきものであり、誰もが認めている故に、市中にはいずれ良くも悪くもその名は響き渡る。と語り、更に続けー…
どこか不機嫌そうに見える表情で、二人は黙って話を聞いていた。
「その剣は…今の、そしてこれからの浪士組になくてはならないものです。」
君達のその剣が、人を殺す力が、近藤さんを押し上げる為に必要であり、君達の剣は、今後ますます血にまみれていくことになる、と最後に叩きつける。
近藤さんの為ー…その言葉は、二人にとっては毒薬のようなものだった。
「…山南さんは、土方さん達よりよっぽど僕の使い方を解ってるわけだ」
三人が造り上げた…何とも言えない雰囲気の後、沖田は相好を崩し答えると、沖田の態度に山南は、苦笑いで応じた。
近藤も土方も、君達の事をとても大事に思っているー…私が彼らより薄情なだけだ、と穏やかな口調で紡ぐ。
「…そんなんお互い様だべ、
山南さんが近藤さんの敵であったなら…俺はただあんたを斬る、」
先程まで黙って話を聞いてたなまえが口を開くと、沖田も同情するように頷く。
二人は、本気の様だったー…。
「勘違いしないでね、
…俺の忠誠は、近藤さんだから、」
命は浪士組に賭けるけど、俺は忠誠まで売った覚えは無いー…と山南に叩きつけると、なまえは、そのまま背中を向けて去っていった。
「やれやれ…」
山南は、苦笑いしながら沖田に顔を向けると、沖田は微笑みながら「なまえさんらしいね…」と愛しそうな眼差しで背中を追うのだった。
ーー…
(さて…と、)
なまえは二人から離れ、やっと一人きりになり…
いつもの人気の無い岩場に腰を掛け、己の連結鍵を、カチカチ…っと伸ばし、笛にする。
(千代、あんたのおかげで…俺の大事な風車…護れた。
今度は声を聞けた、ありがとう、
どうかー…
どうか、安らかに眠れー…)
なまえは、とても甘く、切なくー…心地のよい子守歌のような音色を、空に向かって奏でた。
千代への鎮魂歌、
小鈴への淡い欠片、
なまえは、総てを賭けて音色に乗せ星空へ返し贈ると、夜空は、ツッー…と…二筋の華奢な流れ星を泣き零した。
(さよなら…)
ーーー
八月十三日。
土方が中心となって手掛けた京都相撲との合併興行は、見事に成功を納めたのだった。
京都相撲と大阪相撲の不仲を知る人は、この興行を実現させた浪士組の手腕を驚きと喜びをもって歓迎しーー。
何よりも、かなりの金額が収入として浪士組に舞い込んだ。
「…俺が、ぐーすか寝てる間に…
、ごめん」
名声と金、その両方を得られる最高の機会に、自分が手伝っていないことを悔やむと、ぺこっと皆に頭を下げる。
皆は、悪戯な笑顔を浮かべながら、何言ってんだとなまえの頭をワシャワシャと撫で、興行の後始末が残ってると笑った。
「っし、まかせろ」
なまえは、包帯でギチギチに巻かれた右腕と、もともと緩く包帯が巻いてある左腕をぐっと差し出せば、気合いを入れて忙しそうに働いた。
「うわっ、やっぱりあんま無茶すんなー!」
と、周りから心配な声を聞きながら後始末は終了し、屯所へと戻っていった。
「おいてめえら、
今すぐ出動の支度をしろ!」
観察方からなにやら報告を受けていた土方が、緊急事態だ!と顔色を変えて怒鳴った声が響く。
「何があったんだよ?」と平助が問うが、説明は後だ!と急かし、ついてくるように命令をする。
そして、駆けつけた先でーー
予想を遙かに上回るものを目にする事となった。
炎上する商屋を背に、仁王立ちしていたその人物ーー
悪夢を連れてきたのは、またもこの人だった。
「芹沢さん…!?」
永倉が叫ぶと、炎に巻かれる建物の前に立つ芹沢は笑みを浮かべた。
彼の足元には、散々と痛めつけられた商人風の男が倒れている。
「この大和屋の主人は、異国との貿易で不当に財を成した身でありながらーー愚かにも、京の治安を護る我らが壬生狼士組への資金協力を拒んだ!」
尊攘派浪士組と通じてる為と解釈するのが妥当だと言い散らす芹沢に、井吹は終わったー…と青い顔をした。
今日の興行で得た利益ー…名声については無に帰してしまっただろう。
ざわめく群集から浴びせられる冷ややかな目と陰口が痛い。
「…やってくれたよ…」
井吹の隣で呟くなまえの声に反応するように、沖田は「…土方さん、相当怒ってますね」と小さく返した。
土方の怒鳴り声をあげ、さっさと火を消せと命令するが、芹沢はこれは局長命令だ!と叩きつけた。
「……。」
視界の端で怒鳴りあう二人の姿を、なまえは冷ややかな目で見つめているだけだった。
土方の努力と、一番喜んでいる近藤の気持ちを踏みにじった行為ー…
井吹から、怒らないのか?と問われるとなまえは、「怒らねーわけねーべ?」と返しながら顔を歪めた。
「…芹沢さんは、自分の事をよく理解してる。
自分にできるやり方ってのが…これしかねーって事なんだよ、」
冷たい目を更に凍らせながら放つなまえに、井吹は鳥肌を立たせる横で、沖田は「僕と似てるのかもしれないー…」と呟く後、目を鋭くさせ言う。
「…邪魔だよね」
一瞬呆けていた井吹に、沖田は可笑しげに笑い「芹沢さんの事だよ。やっぱりあの人、邪魔だなって」土方も山南も、自分もそう思ってると放ったのだったー…。
「ん…、あの人の存在は、近藤さんの害にしかなんねーべな、」
頭を掻く仕草をしながら、なまえの炎を背負って立つ姿は、ひどく禍々しいもののように見えた。
もしそうだとしたら…あんたらはどうするつもりなんだ…と井吹は、生唾を飲みながら二人に問いかけると、沖田は「…さあね」と気だるそうに答えた。
「…後始末、手伝ってくる、」
なまえは、スッ…と一歩歩めば、沖田もなまえを追い、一歩後ろについた。
「一生、ついて行く」とのような図にー…。
去り際の沖田の口元には、はっきりと笑みが浮かんでいた。
それを見た井吹は確信する…
遠からず、芹沢は殺される、とー…。
それから数日後ーー。
後に『八・ー八の政変』と呼ばれる騒ぎの後、これまで尊攘派の急先鋒として朝廷に出入りし、様々な工作を行っていた長州藩士達は御所警備の任を解かれ、彼らと懇意にしていた尊攘派の公家達と共に、京を追われて国許しへ落ち延びることとなったのだった。
その翌日、壬生狼士組は前日の手柄を称えられ【新選組】という隊名をもらうことになるーー…。
想い截切る鎮魂歌、明星を彫刻る新選組
(新たに選び忠す、組曲)
ーーー
忠誠に勝るもの、許されず
背く時は、生命鼓動の強制停止、
結局、羅刹化して逃亡し、佐々木とあぐりと千代を殺したのはー…
芹沢の根付を盗んだ佐伯だった。
新見は、自分に身柄を任せろと言い出し、死ぬはずだった佐伯を羅刹化の実験に使い…無惨な殺戮を生んだのだったー…。
深夜から、捜索に出ている幹部からは「足取りさえ何も掴めない」との言葉が洩れ…疲れも溜まっていくばかり。
「なまえは…まだ目ぇ覚まさねえか…」
原田は、先程まで看病していた井吹に話しかけると、井吹は悲しい表情で頷く。
あの晩の出来事から気を失い、眠り続けるなまえの様子を、幹部達は代わる代わる見に行くのだが、彼は目を覚ます気配はなくー…。
平隊士や、なまえの班の隊士達も姿を見せないなまえをとても心配になり、一体何かあったのかと…土方に尋ねてくる一方だった。
同じ頃、辻斬り事件が京の各地で度々起こるようになる。
ーーー
にわかに報がもたらされるのは、八月十日の夕暮れ時だった。
「今、監察方から情報が入った。
島原で例の辻斬りが起きたらしい。」
凄惨な現場の割に血痕は小さく、死体の様子を見ても、下手人が羅刹の佐伯であることは間違いないという。
今夜、幹部総出で片をつける、と土方が声を荒げれば、皆は気合いを入れ頷いた。
ーーー
皆が総出で島原に向かう同じ頃ー…
「…っ、は…っ…かは…!」
あれから一向に目を覚まさない なまえは、布団の中で苦しむように、もがき苦しんでいた。
全身からは滝のような汗を噴き零し、呼吸は乱れ狂うように必死に酸素を求める。
(…おにーちゃん…なまえおにーちゃん…)
恐らく夢の中であろう暗闇が広がる不思議な空間でなまえは佇んでおり、自分の名前を呼ぶ千代の声だけが響きわたった。
なまえは、彼女の姿は全く確認できずに、必死に腕を延ばし、声を探るが…。
(お願い、はやく行って…!
島原の…鮮やかな風車が、助けを呼んでるから…!)
“なまえおにーちゃん!”
千代の声ではっきり鼓膜に響いた瞬間、なまえはバッと目を醒ます。
「…っ…!」
なまえの脳内は瞬時に多くの情報を流れ掴み、先程の最期の千代の願いをなまえは叶えるべく、連結鍵と漆黒刀を握りしめ屯所を駆け出し、島原へ走り抜けた。
(二度と同じ過ちは犯さない…!)
…ザザッー…!
紅い月の味方となる神風が産まれ、妖鬼は少女の祈りを抱いて、島原に舞い堕ちる。
ーーー
ギィ…ギ…ザァァッー…
いつもは鮮やかな島原に、不気味で嫌な風が今宵は吹き荒んでいた。
「はぁっ…はぁっ!」
島原の裏路地で、呼吸を乱しながら逃げる舞妓が一人ー…
「ゲキャァァァッ!」
その背後には、見苦しく四つん這いで舞妓を追いかける羅刹ー…
佐伯は、また血を求め舞妓を追いかける。
真っ暗い裏路地は、浪士組はまだ見つける事が出来ない。
「…いやっ…あっ…!!」
佐伯から懸命に走り逃げてた舞妓は、とうとう力尽き、地面へと転び這いつくばってしまう。
ズキッー…と己の足を見れば、挫いて仕舞い、鈍い痛みが襲った。
ウギギギ…ッと涎を垂らしながら舞妓に近づく佐伯に、舞妓はもう駄目だ…!とギュッと目を瞑り、愛しい男の名を叫んだ。
すると、彼女の声に共鳴するように…女の髪に咲く華麗な花の簪が、月明かりで紅く輝き、嘲やかに笑った。
「…なまえさんっ…!!」
ー…ギィィンー…!!
悲鳴をあげる舞妓の声に導かれ、刀と刀が重なり合った音が響き渡った直後。
「…あいよ」
何時もの、ぶっきらぼうだけど愛しい男の声が、舞妓の鼓膜に響き渡った。
「…なまえさん…っ…!」
愛しい男の自分を護る姿を見た瞬間、安心したように舞妓…小鈴は、ぱたりと気を失い、そんな彼女を抱き上げ、素早く安全な位置に休ませる。
「小鈴…」
なまえは、気を失う小鈴の頬を指でスッ…と撫でた後、今最も憎い相手を睨みつけ刀を構える。
「喧嘩売るの上手いね、あんた。
お望み通り、殺してやるよ、」
「血…血をよこせァァァッ!!」
完全に狂ってる佐伯…羅刹は、涎を垂らしながらなまえに刀を剥け全力で向かってくる。
「…俺の血…?
テメェ如きが飲んだら、一瞬にして腹が爛れて腐れ堕ちるだけだぜ…?」
なまえは瞬時に妖鬼へと姿を変え、死神が舞い降りる笑顔を魅せ、絶対零度で漆黒刀を扱う。
「汚ぇ口で啜った純血、カエセ、」
その一言が最期となり、羅刹は叫び声をあげる前に心臓を抉り出された。
心臓を刀で掬い抉り出された事にも気付かなかった羅刹は、「…グゲ?」と不思議な顔をしながら、目の前のなまえに手を伸ばすと、其処でやっと心臓が無い事に気が付いた。
「…グゲ…返…!」
己の源を返せ、となまえに駆け出そうとすれば、なまえはニタアッ…と嗤い、漆黒刀で貫き潰した。
「…ざけんなよ…?
只じゃ死なせねぇ…テメェの全てを無にしてやる…」
もう既に息耐えてる羅刹に対し、未だ殺意を抑えられないなまえは、自らの右腕を刀で斬り、血を噴き零させた。
ー…ブシャァァッ…!
「…忌み仔である妖鬼の俺の血液と、出来損ないの血が混ざるとどうなるか…お望み通りにしてやるよ…!」
ぼたたた…っ!!と血液を垂れ流す己の腕を振りかざそうと、息絶えてる佐伯に僅かに突きつければ…
血液が堕ちた佐伯の指の部分は、爛れ腐り、灰になった。
「…くくっ…!たまんねぇな…」
少しずつ佐伯をいたぶる様に、血液を撒きながらゾクゾクっ…と嗤うなまえー…。
佐伯の頭目掛けて、血液を振り下ろそうとした時…。
ーー…
「なにやってんだ、バカ獣!」
土方は息を切らしながら、ジャラジャラ…っと背後から連結鍵の板札を鷲掴み、なまえの肩を引き地面に押し倒す。
「…っ…!!」
ギィィンー…と刀が走ったような一筋の光を2人を包んだ後、なまえは妖力を落とされ…スッ…といつもの金と紅の目に戻る。
「…っ、土方さん…?」
虚ろな目で呼吸をしながら、土方の下で答えると、土方は「ったく…」と安心したような吐息を零し、なまえをギュッ…と抱きしめた。
「土方さん…俺…」
なまえは、悲しみ、謝罪、やり場のない怒り、虚脱、全てを含め、ぐちゃぐちゃになった感情を当てるように…土方を思い切り抱きしめ返し、胸に埋まるのだった。
その後、幹部達が集まり変死体の佐伯…羅刹を回収している間、スルスル…と手際良い手付きで、なまえは先程目を醒ました小鈴の足を包帯で処置をする。
「…怖い思い、させちまったな」
小鈴の怪我の処置を施しながら彼女に語りかけると、小鈴は俯きながら「…いいえ、助けて頂き、すんまへんとした…」と御礼を零した。
怪我をした小鈴の施しが終わり、彼女を横抱きにし店へ連れて行き、なまえは女将に謝りながら小鈴を返す。
女将は、鋭い目線でなまえを睨み、小鈴を奪うが…小鈴はなまえの手を握り締め、離さなかった。
それを見た女将は、忌々しい表情をし何をしているの!と怒鳴ると、小鈴は「嫌っ…!離して!」と泣き叫ぶ。
「なまえさん…!なまえさん…!」
愛しい男の名前を何度も呼び、涙を零す小鈴は、どうしても諦めきれない恋の味を噛み潰し、淡い愛の言葉を紡ごうとする。
「どーしたの、…舞妓のお嬢さん、」
なまえは、怒り狂う女将に対し、この娘と己は無関係だと証明するかの様に語るとー…。
「壬生狼が…!!
うちの大切な大切な小鈴を誑かすのはやめや!!
今後は二度と許しませんえ…さっさとはよ消えな!!」
女将から鋭い刃のような言葉で叩き刺されると…なまえは、哀しい表情をしながら微笑み、己の手を掴む小鈴の手を静かに退かし、いつもの四文字ではなく異なる四文字を放ち、小鈴の唇に、チュッ…と指を触れ、そのまま背を向けて去っていった。
ーー…
「いやっ…いやぁっ…いかないで!!…いやぁぁっ…!!」
背後から聞こえる、女の泣き叫ぶ声に、胸を抉られそうになりながらー…。
隊士達から、なまえは心配されながら屯所に戻った彼らを出迎えてくれたのは、山南だった。
「おかえりなさい…
みょうじ君、沖田君…少し、此方へ。」
出迎えた直後、山南はなまえと沖田を呼び出し、井戸付近へと連れて行く。
皆は不思議そうな顔で見送ったが、山南に任せようと解散するのであった。
「よく、やってくれました。」
山南は誉めると、沖田は「今回は僕じゃなくてなまえさんが仕留めてくれて…」と微笑みながら山南に尾を振るように語りかけた。
なまえはそんな山南を見ながら、血で汚れた己の漆黒刀を水で洗い流し「…山南さん、俺らだけ呼び出して、どーしたの」とさらっと聞けば、山南は含み笑いをし答える。
「なまえ君と沖田君には…この浪士組の『剣』になってもらわなければなりません」
「浪士組の『剣』?」
沖田が聞き返すと、山南は、君達が振るう剣は比類なきものであり、誰もが認めている故に、市中にはいずれ良くも悪くもその名は響き渡る。と語り、更に続けー…
どこか不機嫌そうに見える表情で、二人は黙って話を聞いていた。
「その剣は…今の、そしてこれからの浪士組になくてはならないものです。」
君達のその剣が、人を殺す力が、近藤さんを押し上げる為に必要であり、君達の剣は、今後ますます血にまみれていくことになる、と最後に叩きつける。
近藤さんの為ー…その言葉は、二人にとっては毒薬のようなものだった。
「…山南さんは、土方さん達よりよっぽど僕の使い方を解ってるわけだ」
三人が造り上げた…何とも言えない雰囲気の後、沖田は相好を崩し答えると、沖田の態度に山南は、苦笑いで応じた。
近藤も土方も、君達の事をとても大事に思っているー…私が彼らより薄情なだけだ、と穏やかな口調で紡ぐ。
「…そんなんお互い様だべ、
山南さんが近藤さんの敵であったなら…俺はただあんたを斬る、」
先程まで黙って話を聞いてたなまえが口を開くと、沖田も同情するように頷く。
二人は、本気の様だったー…。
「勘違いしないでね、
…俺の忠誠は、近藤さんだから、」
命は浪士組に賭けるけど、俺は忠誠まで売った覚えは無いー…と山南に叩きつけると、なまえは、そのまま背中を向けて去っていった。
「やれやれ…」
山南は、苦笑いしながら沖田に顔を向けると、沖田は微笑みながら「なまえさんらしいね…」と愛しそうな眼差しで背中を追うのだった。
ーー…
(さて…と、)
なまえは二人から離れ、やっと一人きりになり…
いつもの人気の無い岩場に腰を掛け、己の連結鍵を、カチカチ…っと伸ばし、笛にする。
(千代、あんたのおかげで…俺の大事な風車…護れた。
今度は声を聞けた、ありがとう、
どうかー…
どうか、安らかに眠れー…)
なまえは、とても甘く、切なくー…心地のよい子守歌のような音色を、空に向かって奏でた。
千代への鎮魂歌、
小鈴への淡い欠片、
なまえは、総てを賭けて音色に乗せ星空へ返し贈ると、夜空は、ツッー…と…二筋の華奢な流れ星を泣き零した。
(さよなら…)
ーーー
八月十三日。
土方が中心となって手掛けた京都相撲との合併興行は、見事に成功を納めたのだった。
京都相撲と大阪相撲の不仲を知る人は、この興行を実現させた浪士組の手腕を驚きと喜びをもって歓迎しーー。
何よりも、かなりの金額が収入として浪士組に舞い込んだ。
「…俺が、ぐーすか寝てる間に…
、ごめん」
名声と金、その両方を得られる最高の機会に、自分が手伝っていないことを悔やむと、ぺこっと皆に頭を下げる。
皆は、悪戯な笑顔を浮かべながら、何言ってんだとなまえの頭をワシャワシャと撫で、興行の後始末が残ってると笑った。
「っし、まかせろ」
なまえは、包帯でギチギチに巻かれた右腕と、もともと緩く包帯が巻いてある左腕をぐっと差し出せば、気合いを入れて忙しそうに働いた。
「うわっ、やっぱりあんま無茶すんなー!」
と、周りから心配な声を聞きながら後始末は終了し、屯所へと戻っていった。
「おいてめえら、
今すぐ出動の支度をしろ!」
観察方からなにやら報告を受けていた土方が、緊急事態だ!と顔色を変えて怒鳴った声が響く。
「何があったんだよ?」と平助が問うが、説明は後だ!と急かし、ついてくるように命令をする。
そして、駆けつけた先でーー
予想を遙かに上回るものを目にする事となった。
炎上する商屋を背に、仁王立ちしていたその人物ーー
悪夢を連れてきたのは、またもこの人だった。
「芹沢さん…!?」
永倉が叫ぶと、炎に巻かれる建物の前に立つ芹沢は笑みを浮かべた。
彼の足元には、散々と痛めつけられた商人風の男が倒れている。
「この大和屋の主人は、異国との貿易で不当に財を成した身でありながらーー愚かにも、京の治安を護る我らが壬生狼士組への資金協力を拒んだ!」
尊攘派浪士組と通じてる為と解釈するのが妥当だと言い散らす芹沢に、井吹は終わったー…と青い顔をした。
今日の興行で得た利益ー…名声については無に帰してしまっただろう。
ざわめく群集から浴びせられる冷ややかな目と陰口が痛い。
「…やってくれたよ…」
井吹の隣で呟くなまえの声に反応するように、沖田は「…土方さん、相当怒ってますね」と小さく返した。
土方の怒鳴り声をあげ、さっさと火を消せと命令するが、芹沢はこれは局長命令だ!と叩きつけた。
「……。」
視界の端で怒鳴りあう二人の姿を、なまえは冷ややかな目で見つめているだけだった。
土方の努力と、一番喜んでいる近藤の気持ちを踏みにじった行為ー…
井吹から、怒らないのか?と問われるとなまえは、「怒らねーわけねーべ?」と返しながら顔を歪めた。
「…芹沢さんは、自分の事をよく理解してる。
自分にできるやり方ってのが…これしかねーって事なんだよ、」
冷たい目を更に凍らせながら放つなまえに、井吹は鳥肌を立たせる横で、沖田は「僕と似てるのかもしれないー…」と呟く後、目を鋭くさせ言う。
「…邪魔だよね」
一瞬呆けていた井吹に、沖田は可笑しげに笑い「芹沢さんの事だよ。やっぱりあの人、邪魔だなって」土方も山南も、自分もそう思ってると放ったのだったー…。
「ん…、あの人の存在は、近藤さんの害にしかなんねーべな、」
頭を掻く仕草をしながら、なまえの炎を背負って立つ姿は、ひどく禍々しいもののように見えた。
もしそうだとしたら…あんたらはどうするつもりなんだ…と井吹は、生唾を飲みながら二人に問いかけると、沖田は「…さあね」と気だるそうに答えた。
「…後始末、手伝ってくる、」
なまえは、スッ…と一歩歩めば、沖田もなまえを追い、一歩後ろについた。
「一生、ついて行く」とのような図にー…。
去り際の沖田の口元には、はっきりと笑みが浮かんでいた。
それを見た井吹は確信する…
遠からず、芹沢は殺される、とー…。
それから数日後ーー。
後に『八・ー八の政変』と呼ばれる騒ぎの後、これまで尊攘派の急先鋒として朝廷に出入りし、様々な工作を行っていた長州藩士達は御所警備の任を解かれ、彼らと懇意にしていた尊攘派の公家達と共に、京を追われて国許しへ落ち延びることとなったのだった。
その翌日、壬生狼士組は前日の手柄を称えられ【新選組】という隊名をもらうことになるーー…。
想い截切る鎮魂歌、明星を彫刻る新選組
(新たに選び忠す、組曲)
ーーー
忠誠に勝るもの、許されず
背く時は、生命鼓動の強制停止、