女の誇りを唄う簪、男の不協和音の罪と罰
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「くそっ…!」
井吹は先程、なまえにかけられた言葉が、抜き身の刀の如く深く突き刺さる。
確かに、なまえの言葉は正論だろう。
(いつまでも此処でグズグズしてたら…逃げ出す機会を完全に逃して仕舞うー…。)
だったら、さっさと此処を出て行くべきであるのだが、此処を出た後どこへ行くのか、どう生きていくのか…改めて考えると、漠然とした不安が胸を占め始める。
それともう一つ…
井吹の脳裏には、なまえや親しい幹部達の顔が浮かび上がり…。
(…俺は…どうすればいいんだ…)
ぎりっ…と音が鳴りそうな程に、握り拳を作り歯噛みする井吹であったー…。
ーーー
その日の晩。
前川邸より男の叫び声を聞きつけ、皆がなんだなんだと慌てふためき起き上がり始める。
既に布団で休んでいたなまえは、深い眠りについており、呼びにきてくれた井上に起こされ眠気眼をごしごししながら腕を引かれ、皆が集まっているだろう新見の部屋へ向かったのだった。
「むー…源さん、ねむい…」
未だ、うつろうつろな目をするなまえは、井上の肩にずりずり…っと寄りかかるが、井上は苦笑いしながらなまえの頬をぱちぱち叩き「ほら、起きなさい。」と、今は甘えさせなかった。
最後に、原田や平助や井吹が新見の部屋に到着した頃には、土方、山南、新見、そして主立った幹部が勢揃いしており、土方と山南に至っては、怒気を含む眼差しで新見を睨みつけている。
「土方さん、山南さん、
一体何があったというのです?
先程の声は、まさか…」
斎藤が緊張した面持ちで尋ねると、山南は感情を押し殺した声で答える。
「…実験に使っていた羅刹が、此処から逃げ出してしまったとのことです」
事情を知る幹部総出で、京の人々の目に触れる前に、捕らえなければならないーー。
山南の言葉で、幹部達は目を見張る。
「どういう事だよ…!
また、隊士にあの薬を呑ませたのか?!」
声を荒げながら尋ねる平助に、土方は厳しい表情で答えた。
どうやら、土方達に何も相談無しに、新見は芹沢が捕らえた不逞浪士を実験に使ったようだ。
「…野郎…!」
先程の眠気はすっかり無くなり、変わりに怒気を纏うなまえは、新見をギリッー…と睨みつけると、新見は気まずい表情をしながら、論理上では成功するはずだった、と言い訳をし、それどころか開き直り、京に悪害しかもたらさない不逞浪士だし最後くらいは役に立ってもらっても構わないと言い出す始末であった。
「新見さん…!
あんた本気で言ってんのか!?」
永倉が、新見に食いかかった直後ー…。
ー…ガツン…!!
壁を叩く大きな音が部屋中に鳴り響き、皆が驚き一斉に元を振り返れば…なまえが、壁に対し、己の拳を真横に殴りつけたようだ。
加減したのか、壁は壊れはしなかったが…。
「…逃げ出した羅刹、追ってくる。」
鋭い目で新見を睨みつけた後、なまえは部屋から出て行った。
「ちょっと待てよ…なまえ!」
幹部達は、慌ててなまえの背中を追い、己も羅刹を追いに行く。
なまえから受けたその冷たい視線に、新見は震え上がりそのまま床に座り込んでしまうのであった。
それから数日後ー…
逃げ出した羅刹は、幹部連中によって無事に捕縛された。
「…むー…、」
此処数日、昼は巡察も休まずにやって夜は例の浪士を探し回って、ろくに寝ていないなまえは疲れていた。
他の幹部も、同じようにぐったりしている。
「目が、しぱしぱする…」
今日の昼に、やっと休みを貰ったなまえと原田は、2人で縁側で茶を呑んでいた。
「…ぷっ、なまえ…すげー顔だぜ?」
原田は、なまえの眠たそうな顔を見て、含み笑いをすると、お疲れさん、と言いながらなまえの頭を撫でた。
「…やべー…左之の手きもち…
もう駄目…寝る、俺、寝る…」
柔らかく撫でられて、完璧に睡魔に襲われたなまえは、そのまま原田に倒れ、すかー…と眠ってしまった。
「…ったく、俺の姫は仕方ねぇな…」
原田は苦笑いすると、無防備に眠っているなまえの首もとに唇を落とし、「楔」の刺青が彫られてる皮膚をチリッ…と吸う。
すると、楔は赤く色付き、ぽわっと花を咲かせた。
「ざまあみろ。」
原田は満足し、己もそのまま後ろに倒れ、胸の上になまえを乗っけて一緒に眠ったのだった。
ーー…
「なまえさん…これ…!!」
なまえは、数時間後に目を醒まし、何故かにやにや顔の原田に不思議に思いながら夕飯にむかう途中…鬼のような形相をした沖田に肩を掴まれた。
沖田は、なまえの首もとを穴が空くほど睨みつけ、ハッとした表情をし、隣の原田を睨めば、原田は悪戯な笑みを浮かべ沖田と空気で会話する。
(…この間の巡察の時の、仕返し…?)
沖田の翡翠は、原田の黄を捕らえると、ふっと鼻で笑い答える。
「…っ…僕だって、まだ残したことないのに!」
沖田は、原田に食ってかかるが、原田は残念だったな~と余裕綽々で広間に向かってしまった。
嫉妬に塗れた沖田は、なまえの手を掴み、もう離したくない様に、ぎゅぅっと握りしめ、広間に向かった。
「…あー?」
一体、何が何だか分からないなまえが答えを知るのは、夕食が済み、赤面の皆に突っ込まれた時であったーー…。
「なあ、龍…。」
夕食を終え暫くし、前川邸に戻ろうと庭に出た井吹に、なまえが話しかけた。
先日のやりとりから少し気まずい雰囲気を放っていた二人は、やはりまだぎこちなくーー。
井吹は、慌てながら先程の夕食の時の皆の会話を思いだし、なまえに振った。
「なまえの稽古は、やっぱり好評なんだな!
なまえの班の隊士達見てれば解るけどさ!」
なまえは左利きなのに、右で扱って手加減しつつ、だけど真剣に熱く稽古につく姿は、誰が見ても認めるし付いていく…皆の意見を思いだしながら、井吹も自ら見た意識を思いだしなまえに語った。
「…さんきゅ…」
なまえは、赤面になりながら素直にお礼を言うと、2人の間に柔らかい雰囲気が生まれた。
「…少し、付き合わね?」
なまえが、カチャッ…と連結鍵を弄ると、井吹は柔らかい表情をして、いいぜと一言放つと、あの大きな岩がある場所にたどり着く。
今宵も、あの時のように星空が綺麗で…。
2人は岩に腰を掛け、なまえは連結鍵を奏で始めたー…。
何処か切なく哀しい音色は、井吹が今最も抱えてる大きな不安と重なり合い…ぽたっ、ぼたっと自然と涙が零れ落ちた。
なまえになら、自分の弱さ、醜さ、心臓の裏…晒せる。
だったら泣き顔なんて、余裕だよな。
肩を震わせながら涙を落とす井吹を慰めるように、なまえの連結鍵は鳴き続けるのだった。
ーー…。
「むかーし、昔、あんまり昔じゃねー昔…」
なまえが急に、ふわっと音色を奏でるのをやめ、ぽそりと井吹に語り始めた。
汚い妖と強い鬼の力を持つ禁忌の鬼の村の大将は、いつしか村の存在を憎み精神破壊され、テメェの妻を殺してまで息子を産ませ、立派な殺人兵器に造り上げましたー、とさらっという なまえに、井吹は驚いた表情をし、先日、綱道が暴いてたみょうじの鬼の秘密を思い出していた。
「なまえ…?」
井吹は困った表情をしながらなまえの腕を掴むが、なまえは辞めずに話を進めていく。
「莫大な力で三つまでいっきに成長した忌み仔は、一番最初に手を取った玩具は、白刀と重たい鍵。
大将もとい、父親から教わったのは、皆殺せ…」
表情一つ変えず、言葉を発していく言葉の弾丸に…井吹は心臓を抉られそうであった。
「地獄絵図完成させた後には、わけも解らず町に降りたったんだけど…導かれるように近藤さんに出会って、拾ってもらったんだ。」
なまえが語る真実に、井吹は、やっぱり…と確信するとなまえは、近藤さんに対する気持ちは総司にも負けねーよ?と笑って答えた。
「あの人にもう一度、命を吹きこんで貰ったんだ。
…俺は、あの人の為なら何だってする。」
それが、俺の生きる理由、死ぬ覚悟ー…
それを聞いた井吹は、ズンッ…と重たい物が心臓に響き、またしても頬に涙が伝う。
なまえが井吹の流れる涙を指で拭くと、柔らかい表情をむけ、「龍自身の…生きる理由と死ぬ覚悟を見いだせる場所は、此処じゃねーべ…?」と語る。
井吹は、どっと感情が溢れ出し、己の過去話や、今の不安な事ー…全てを晒け出すように、なまえにぶちまけるのであった。
「本当らしいよ。
大阪は今、その話で持ちきりなんだってよ」
怖い話だ、まともな神経をした人間のすることとは思えない…と町の人々が噂をするのは、あの夜から数日後ー…。
「壬生狼が来たぞ!」
浅葱色の羽織を見た途端、町人達はまるで蜘蛛の子を散らすように建物の中へと身を隠してしまう。
「おーおー、素晴らしい反応だな。」
町人達の反応など目に入らない様子で、気さくに話しかける原田に、なまえは苦笑いして返した。
大阪の一件もあり、そして追い打ちを掛けたのが芹沢が提案した晒し首ー…。
そのせいで、浪士組の評判は最悪なものであった。
「…はぁ…、」
町を護るためにいる自分たちが、あんな事をするのかと…そう思われても仕方ない事は、頭で理解していたなまえだったが、やはり気持ち的には何処か辛いものがある。
ぽんぽん、と原田に頭を撫でられるなまえの前に、からん…と一つの小さな影が現れる。
「あの、なまえはん…」
花びらのように可愛らしい唇から洩れた声に振り向けば…いつぞやの舞妓…小鈴が話しかけてきた。
「あの…少しだけ…お時間ありますやろか…?」
今の小鈴は町娘の格好をしていて、恐れられてる浪士組にこの娘は話しかけるのかと、隊士達は驚いた。
原田は、「なんだ…知り合いか?」となまえに聞くと、なまえは静かに頷き、原田達に後で追うから、先に行っててくれないかと申し出る。
「了解。遅くなるなよ」
原田は、そんなんじゃ目立つだろ?と、なまえの浅葱の羽織りを預かり、彼の隊も共に引き連れ先に進んでいった。
ーーー
「久しぶりだな、小鈴…」
なまえは、ガチガチに緊張している小鈴を連れ、可愛い小物屋をふらついた後、立ち話でもなんだからと小さな茶屋に彼女を連れた。
お、大福あるーと喜ぶなまえは、小鈴は何がいー?と自然と会話をしていく。
買い物したりしたお陰で、少しずつ、小鈴も話しやすい雰囲気になっていったようだった。
「あの… なまえはん…
町の人々は、浪士組の事を恐れるまでになって仕舞いましたけど…
うちは…信じております…!」
他愛のない会話の後、小鈴は意を決したようになまえに語る。
「うちは…貴男をお慕い申し上げております…っ!」
顔を真っ赤に染め上げてなまえに告白を捧げれば、なまえは「小鈴…」と切なそうな表情をする。
(お慕い申し上げておりますって事は、愛の好きって事だよな…)
頭の中できちんと整理して、グッー…と小鈴の顔を見ると、彼女はぽろぼろと涙を零していた。
「…っ…?!」
女性の涙を見るのは初めてに近いなまえは、女の涙は武器…などと心の中で呟き、怯みそうになる己を厳しくするように、自分のギュッと拳を握る。
「…小鈴、わかってんだろ?」
あんたは舞妓で、俺は武士。
釣り合うわけもなければ、生きる世界も違いすぎる。
「私…貴男さえよければ…っ…舞妓を捨」
ん…ふっ…!と全てを言い終える前に小鈴から吐息が洩れたと思えば、なまえの片手で、可愛い花びらのような唇を塞いだのだった。
「これ以上、言うな」
小鈴の目を見て、なまえは自分の気持ちを素直に言う。
自分の忠誠を誓うのは、近藤率いる浪士組であり、彼らに命を賭けている。
故に、己の生涯賭けて護るのは、小鈴ではない、とー…。
「小鈴の全てを包み、愛してくれる男に…今の言葉、言ってやってくれ、」
それだけ言うと、何も言わず俯く小鈴の手を取り茶屋を出て行き、花街から近い裏通りに引き連れた。
「今までの御礼。
…好きって言ってくれて、嬉しかった。」
俯いて泣く小鈴に、なまえは先程の小物屋で買った、可愛らしいお花の付いた簪を、小鈴の髪に挿してやる。
きっとそういう中途半端な優しさが悪い事なんだろうけどー…。
「…おやすみ。」
この間の様に、小鈴の可愛らしい唇に己の指をちゅっ…と触れさせ、背中を向ける。
「…っ…ふ…!!」
なまえの指で、触れられた唇が熱を持ち…涙が更に溢れ出した。
この間のように、また会えるかと問いたい。
また、彼の背中に抱きつきたい。
だけど、彼は…許してくれない。
静かに遠のいていく愛しい背中を眺めて、一輪の華麗な花は、枯れることなく…大粒の涙を溢れ零すしか出来なかった。
生まれて初めて、甘い恋をして、酸っぱく失ってー…
初めてこんなに涙を流すの。
なまえに、『ハジメテ』をたくさん与えて貰って…自分が強くなれた。
「なまえさん…!」
彼女の髪で揺らめく簪は、キラキラと夕暮れから夜に変わる光を含み、存在を主張するのであったーー…。
暫くして、数日後ー…。
屯所内にまた一つの話が飛び込んできた。
どうやらまた一人、隊士が腹を詰められたようだった。
その隊士の名前は、佐伯又三郎。
聞いた話によれば佐伯は、芹沢の名を騙って勝手に金を集めては豪遊していたらしい。
そんな事をしたらどうなるかは、火を見るより明らかであり、事実、佐伯の行動を知った芹沢は烈火の如く怒り狂い、隊規通り、佐伯に切腹を申しつけたらしいー…。
ーーー
「っし、ご飯の支度、」
今日は、なまえの当番の日。
支度をしようと勝手場にむかおうとすると…。
「あ… みょうじさん!」
佐々木が、こんにちはとぺこりと頭を下げて話しかけてきた。
「おー、佐々木!」と答え、他愛のない話をしていき、ふとあの佐々木の恋人の話になった。
「すげー幸せそーだなー」
なまえが、柔らかい雰囲気で言えば、佐々木は真っ赤になりながら、「まさか…千代ちゃんが何か余計な事でも言ったのですか?」と恥ずかしそうに言う。
「いやいや、千代がどーのとかじゃねーよ?
…テメェが決めた女は、生涯賭けて守れよ、」
ついでに、千代の事も頼むぜと、なまえが、ぐっと拳をつくって佐々木の胸元にとん…と当てると、佐々木は照れて…でも少し寂しそうな、悩んだ顔で「でも、今も浪士組の一員でありたい。悩んでしまいます、大事にしたい物が二つもあるから…」と零すとハッと我に返ったような表情をし、すみません!と謝り、失礼しますと消えていった。
「…佐々木…」
佐々木と別れたなまえは、複雑な気分を持て余しながら勝手場にむかった。
ーーー
「なまえ…!大変だ…!」
慌てたように平助が声を荒げ近づいてきたもんだから、どーした?と顔をひきつりながら答えると、実は…!と返ってくる。
「昨日、佐伯が切腹したって話あっただろ!?
あれ実は、腹を詰めさせずに、新見さんの独断で変若水を佐伯に呑ませたらしい!」
平助の説明に、なまえの眉間の皺は深くなる。
「野郎…殺されてぇのか…!」
なまえが新見に憎しみを持たせギリッ…と歯噛みすれば、 今、山南が事情を聞いてるとこだと平助は説明する。
ここまで変若水にこだわるなんて…もう新見は何かに取り憑かれているのではないか?
…ズクンッ…ー!
そう考えてたなまえに、急に目の疼きが襲い、嫌な予感に襲われた。
「…っ…ぐっ…!?」
ズクン、ズクン、ズクンー!
何かの声と共に指揮を取る不協和音に、なまえは立ち眩みも起こり、その場にしゃがみこんで仕舞った。
(この…痛み…嫌な予感…!)
前にたった一度、味わった物と同じであった。
しかし前より数倍に強く、何より痛く、汗がぽたぽた…っと落ちる。
「なまえ!?大丈夫か!?」
平助は、具合でも悪いのか!?と真剣な表情で問いただすと、大丈夫だから早く逃げ出した佐伯を探しに…!となまえは平助の肩をぐっ…と掴む。
(…早く、早く…!!)
ーーなまえの焦る反面、それから数日がすぎても、佐伯の行方は不明のままだった。
恐らく、前回の羅刹と同じく、理性を残したまま羅刹化したせいだろう。
佐伯は、浪士組の捜索を掻い潜り、上手く逃げ隠れを続けているらしい。
夜になる度、事情を知る幹部達が羅刹の捜索に出て行く日が続く中ーー。
近藤らは、京都相撲と大阪相撲で合併興行をする話が持ち上がったようで、相撲の興行の手伝いをするという取り決めを進めていた。
大阪相撲は、以前、乱闘騒ぎを起こした相手らしいが、土方がうまく取り成した様で、力士達とのわだかまりも溶け、信頼を寄せてくれているとの事だった。
(見つかんねー…!)
次の日の夕飯が済んだ頃、もう既に幹部達の疲労は頂を達しており、特になまえの深入る意気込みは凄まじく周りも唖然とする程であった。
尚、彼と云うと、極度の疲労と焦りで、現在なまえの纏う雰囲気は鬼より妖に感じられ、それを直に受ける生身人間の連中にはやはり身体に堪えた。
「副長、火急の報告があります」
広間に山崎が険しい表情で急いでやってきて、土方に告げると「ここで構わねえ、言え」と土方が返した。
「…浪士組の隊士・佐々木が、恋人のあぐり…そしてその妹の千代と共に死亡しました」
ーー…
なまえの不協和音は、もう既に鳴らない。
痛くない、痛くない、何で?
嫌な予感…は、後立たずー。
「…っ…!?」
死んだ…?
あまりの報告に、周りは呆然とし、幹部達はざわめいた。
『ん、友達』ー…
千代の事を、とても可愛がってたなまえを振り返り、原田は声を荒げる。
「…なまえっ!!
あのお嬢ちゃん…!!」
その声に、知り合いか?とまたしてもざわめき始めるが、なまえはただただ其処に立ち竦む事しか出来なかった。
「…山崎…嘘だろ…?
千代に…会わせてくれ…」
やっと出た答えが、やっとの思いで声を震わせながら吐いた言葉で…。
「みょうじさんの知り合いの方でしたら…やめておいた方がよいかと…
三人の遺体の様子は異常です。
全身から血の気が失せており、まるでー…」
山崎は、表情を更に厳しく辛そうにしながら…言いにくそうに報告を続けた。
「…まさか、羅刹の仕業か」
斎藤が鋭い語調で呟いた途端、なまえは目の眼の色は金と紅が混じり合い…山崎に居場所を問いつめた。
「迂闊に動くな!
原田、佐々木はお前の部下だな。今すぐなまえ連れて現場の状況を確認してこい。」
土方が、なまえの首を掴むと、永倉も一緒に同行してくれるか?このバカ獣、言うこと聞かねーなら気絶させて構わねえからと続けると、「わかった!」と永倉が答え、不安定ななまえの腕をギリッ…と掴む。
ーーー
三人が現場に駆けつけると、そこにはーー。
「…っ…!!」
報告通り、人目のつかない竹林の片隅で佐々木とあぐりと千代が事切れていた。
何度も、何度も斬られ…傷つけられた死体は…あまりにも無残なものだった…。
原田と永倉は、見ていられないというように顔を背けるが、なまえだけは三人に近づき…そして千代に手を伸ばす。
「千代…かわいー顔が、泥だらけじゃねーか…」
なまえは、どーしたよ…と呟きながら、自分の布で千代の小さな顔の泥を拭った。
いい加減起きろとか、体が冷たいからと彼女を抱きしめても話しかけても、いつもの可愛い声は返って来なかった。
「…っ…!」
千代の手には、亡くなった今でも大事そうに、ギュッ…と握りしめられた、壊れた風車が一輪。
何度も、塵の様に踏み潰された、汚らしい羽をキシッ…と鳴らしていた。
「…佐々木とあぐりが逢い引きしてた所…ついてきちゃったんだろ…?
俺も、佐々木と一緒にいると思って…っ…危ねーから…駄目って言ったべ…?」
なまえの、金と紅が混じり合う瞳から、大粒の涙がぽた…ぼたっと落ち、千代の小さな小さな身体に染みていく。
なまえは…やっと理解した。
ズクン…ズクン…という、誰かの声と奏でるような不協和音は、千代の声だったのでは無いだろうかー…。
“ 「千代、どーしても俺に会いたくなったら、でけー声でなまえって呼びな。すっ飛んでくっからよ、」 ”
愛しくて、呼んで。
会いたくて、呼んで。
助けて欲しくて、呼んで。
死ぬ最期まで、呼んで。
やっぱり、愛しくて、愛しくて、
ーー…
「なまえおにーちゃん」
幼い少女は、愛しい男の名を呼び続けたのであろうー…。
「…ひっ…っ、ああああ…っ…!!」
幼い少女との約束も守れない、最狂の妖鬼は散らし泣いて、泣いて、泣き叫び
ブチッと配線が逝かれた様に、気を失ったー…
女の誇りを唄う簪、男の不協和音の罪と罰
(生涯賭けて?)(笑わせんな)
ーーー
最期まで、愛して呉れて
哀しいね、どうすればいい、