生命る覚悟、臨終の覚悟
n a m e
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数日後の夜の事ー…
先日、変若水が持ち込まれた事は、浪士組に大きな変化をもたらせ、表面上、平気そうに振る舞っている者もいれば、沈んだ内心を隠し切れていない者もいる中…
これから先、一体どうなるんだろうとの感情と共に、無惨にも時間は経って行き不安定感にますます駆られていく、螺旋キネマー…
研究が進めばまた、あの時の家里のように隊士を使って人体実験をする事になるのだろうか。
「鍵となる人物」ー…
皮肉にも、彼という切り札を使用してしまうのか。
先が見えないまま、黙ってても夜は訪れ…月は嗤うのだった。
ーーー
「……。」
なまえは、嗤う月を眺めながら、決して涼しくはない空気を身体に浴びている。
先程までは、自分の部屋で休んでいたが、何回も布団の上で寝返りをかいてしまい、いつものように睡魔が襲ってくるのを待っていたのだが、何故か今夜に限ってはやってこず、外の空気を吸いに…と今の状況にいる。
(…あち…)
ぱたぱた、と着物を動かし自らの身体に少しでも空気を送らせながら、もう少し空気の通りが良い場所を探していると、前川邸の方から人影がふと見えた。
(…あれは…、)
目を凝らしてよく見れば、芹沢と平間の姿で…何やら少し様子が変だった。
なまえは、軽く舌打ちしつつ、こんな夜更けに何かあったのかと思い、二人に駆け寄る。
「旦那様…!大丈夫で御座いますか…!」
平間の庇う声に、平間に肩を借りながらフラフラと歩く芹沢を見て、「何かあったのか?」と声を掛ければ、平間は少し驚いた表情をした後、なまえに実は…と説明をした。
「旦那様と島原にご一緒したのですが…今日は少し、お酒が過ぎたようで…。
みょうじさん、申し訳ないんですが、旦那様を部屋まで運ぶのを手伝ってくださいませんか?」
平間は、芹沢の身体を支えながら平身低頭といった身体で詫びてくる。
「あー?」
なまえは、平間にもたれかかったまま、赤ら顔でいびきをかいて寝ている芹沢を眺めて、嫌そうな顔をしたが、平間にこの通り…と頼まれて仕舞い「…しゃーねーな…」と渋々、芹沢に肩を貸す。
「つーか、今までの島原通いの金、浪士組生活費にあてんだから早く返せ。」
前から散々言ってるけど、何回も言わせんなと平間に釘を刺せば、平間は苦笑いで今まで通り少しずつですが…となまえに謝る。
(平間さんは謝る必要ねーんだけどな…)
苦労人である平間を見て、なんとなく心苦しくなったなまえは、これ以上は何も言わず、部屋まで芹沢を運び、布団の上へと寝かせた。
「ふぅ…。
すみませんでした、お手を煩わせてしまって」
「んー?この人が酔いつぶれるなんて、めずらしー」
なまえが芹沢を眺めながら平間に問うと、旦那様も心労を感じてらっしゃるということではないのでしょうか…と答えた。
なまえが、この人が?と嫌みを言うと、平間は困惑したような曖昧な笑みを返してくる。
「平間さん、俺、芹沢さんに水もってくるから…先休んで?」
なまえが頭をかきながら平間に零せば、それくらいは私が…と返す平間に、早く休めと平間の肩を押すと、平間は丁寧に会釈をしながら御礼を言い自分の部屋へ戻っていった。
(…お水、お水…)
その後、なまえは勝手場から水を取って芹沢の部屋へと戻ると、目を覚ましていたらしい芹沢と目があった。
「…寝てれば?
水、此処置いとくからな」
水の入った湯呑みを芹沢のそばに置くが、芹沢は手を伸ばそうとせず、水はいらないから酒をよこせとなまえに叩きつける。
「…おー、やっと死ぬ気か。」
なまえがボヤくと、芹沢は鉄扇を握りしめ、この間の様な怪我をまた負いたいか?と凶暴な視線でなまえを射すくめた。
なまえは、呆れたように溜め息をつきながら「あいよ、」と一言言い、先程勝手場で見た買い置きの酒を持ってきて、芹沢に投げ渡した。
「…酒で病を誤魔化す、か。
どーよ、気持ち良いか?」
ギリッー…と見下すようになまえが言うと、酒を浴びる様に呑む芹沢は、不愉快な顔をした後、静かに笑う。
「さすが化物だな…。
汚い妖は、人間様の変化には敏感とでも言っておくかー…」
此処で俺を、喰い殺してみるかと鋭い視線でなまえに食いかかれば、視線の先の妖鬼は「立ってるのもやっとなアンタには興味ねーよ」と見下し言い放つ。
「なんだ…まだマトモなうちに殺しとけば良かったか?」
意地悪く、ニタァッ…と嗤いながら芹沢に吐くと、「小童の戯れ言が…」といつもの余裕のふてぶてしい態度で、鉄扇を床に言葉をなまえに叩きつけた。
「フン…!逆に貴様に刀を当て、その生き血を啜って足掻いてやるさ。」
鼻で笑いながら、酒の徳利を傾け中身を飲み干した。
「おもしれー、」
なまえは怯むことなく舌舐めずりをし、軽く殺気を放ってみれば、芹沢は殻になった徳利を畳へと置きながら、望むところだと笑うのだったー…。梅雨も明けて、蒸し暑さが一層し始めた頃の五月二十八日の事。
「早速、拝見します。」
井吹は、例の研究成果であろう書類を新見から預かり、山南の元へ届ける為に、八木邸の山南の部屋へ来ていた。
と、そこへー…
山南の部屋に、近藤が尋ねてきては、先日、入隊した隊士達を皆に紹介したいから広間まで来て欲しいとの件で、山南と井吹を呼びつけた。
広間には、既に他の隊士達が集められており、井吹の姿を見た沖田は「隊士でも無いのに来たの?」なんて絡んできた。
「俺も、来るつもりなんてなかったんだよ。
…なのに、近藤さんが…」
なんてふてくされて答えれば、これから屯所で共に暮らす者なんだからなと近藤の説明が入り、嬉しそうな表情で語る。
「近藤さん優しいなー」
なんて近藤を押し上げると、どこからか急に生えた影ひとつがニョッと出てきて…。
「近藤さん、俺にも」
絶対に話の意図を理解していないなまえは、自分にも優しくして、なんて甘えてくるなまえに、近藤は困惑したような曖昧な笑みをむけた。
(…ほんと、なまえって近藤さんに対して抜かりないというか…なんというか…)
面白いくらい豹変するなまえを見て、井吹も苦笑いをしたのであった。
そんなこんなしていると、丁度良いタイミングで土方の仕切る声が広間に響き、水を打ったように静かになり隊士達は雑談を辞める。
「そんじゃおまえら、入れ」
その声に応え、数人の隊士達が広間へと入って来た。
彼らは、緊張した様子で俯いて床を見つめている。
「端の奴から、一人ずつ自己紹介しろ。」
土方の言葉を受け、一人づつ自己紹介をしていく。
鍼医者をしている父を持つ山崎、永倉と昔の知り合いだった島田、…次々に新入り隊士達の自己紹介が始まり終えれば、近藤の締めの後、最後に土方は言い放つ。
「一旦、浪士組に入った以上、どこの生まれだったとか、今まで何をしていたのかは関係ねえ。
どんな身分だろうと武士として扱う。」
その覚悟は、出来ているかと鋭い眼差しで問えば、山崎は驚いたように目を見張った。
彼が驚くのも無理はない。
身分に全くこだわらない集まりなんて、日本中探しても他に見つからないであろうー…
「はい、理解しています」
強い決意を宿す瞳で土方を返せば、土方は静かに頷く。
(へー…純粋且つ志を持つ、良い瞳してんなー)
なまえは、特に山崎という者をじっと眺めて仕舞い、彼は視線に気が付いたのか…なまえを見て、ぺこりと頭を下げるのであった。
数日後ー…
近藤、芹沢、新見、土方、山南が話し合いを行い、芹沢の意見として「不逞浪士の本拠地は、京から大阪へ移っているという情報を得た。従って大阪へ出かけ、浪士捕縛の実績をあげるのはどうか」とのもので、数人で大阪に出向く事になった。
変若水の研究があるからと、新見は屯所に残ると言い、佳境に入ってきたと吐き出すと、芹沢のみ涼しい顔をして新見に現段階の成果を聞いた。
新見は、説明をした後、あとは綱道と相談しながら実験を重ねると発言し纏める。
「大阪行きの同行者を誰にするかは、お前たちに任せる。」
使い物にならん人材は寄越すなよ、と釘を指して言えば土方は眉間に皺を寄せ、芹沢を睨みつけるのだった。
ーー…。
そしてその晩、近藤が大阪行きに同行する隊士を伝えに来た。
同行するのは、山南、沖田、斎藤、永倉、井上、島田、山崎、そしてなまえということだ。
芹沢に挑発された土方は、発奮して人材を選りすぐったのだろう。
数日後の六月三日。
大阪についた浪士組一行は早速、不逞浪士が潜伏しているという宿所へ向かった。
「御用だー、改めー」
使い方がおかしい発言をするなまえは、ちゃっかり先陣をきり、出くわした不逞浪士達は一瞬怯むが構わず抜刀し、隊士達へと斬りかかっていくがー…。
易々と浪士達の攻撃をかわしては追いつめていき、やがては大乱闘の末、捕縛していった。
その後、浪士達を奉行所へと連行し、船の上で夕涼みをしながら酒を飲み終えた浪士組一行は、船を降り宿に帰るその途中、小さな橋を渡ろうとした時だった。
橋のところには、稽古帰りと思われる数人の力士達の姿があり、どうやら彼らは酔っぱらっているらしく、赤ら顔で楽しげに談笑しているのが目に入る。
彼らが大柄な身体で道を塞いでいる為、橋をわたれそうになくー…。
二本差しの侍とすれ違う際は、力士達の側が道を開けるのが道理ではあるのだが、浪士組を侮っているのだろうか…その場から動こうとはしなかった。
芹沢が、つかつかと力士の前に進み傲慢な口調で道を開けろと命じるが、力士達はふざけながら食いかかり、通せんぼをした。
芹沢が振り上げた鉄扇を力士の頭へ十発以上打ち下ろしたのが引き金となりー…。
無理やり橋を渡り、宿へとついたのだった。
宿につき、腹痛を訴え始めた斎藤
は、休んでも一向に良くならないとの事で、山崎が知り合いの医者に見せに行くと芹沢に申し立てると、井吹も同行しろと命じられるのであった。
不服そうに、俺!?という井吹に、なまえが「俺も行く」と芹沢に言うと、斎藤を連れ、宿を出て向かうのであった。
ーー…
病人が嘘のように斎藤の足取りはしっかりしており、井吹は仮病か?と斎藤に問えば、あっさり認める。
どうやら芹沢との別行動を取る作戦であったようで…。
あっさりと目的を明かす斎藤に山崎は絶句するが、なまえは笑って仕舞った。
「あの人は、とっくに俺らの目的見抜いてんべ」
もしこの事を芹沢に報告されたらと心配になる山崎に、なまえが斎藤の変わりに答えると、井吹は真の目的を問う。
今後、必ず必要になる人脈を広げる為、大阪出身の山崎から京坂に詳しい人物を紹介してもらい、今後の活動の為の地盤固めをする、という目的を、斎藤は井吹に説明した。
ーーー…
目的地につき、斎藤と山崎となまえはとある商屋へと向かい、主人と面談した後、話を終えた彼らは、晴れやかな顔をしていた。
面談は、滞りなく終了した様だったー…。
用事を終えた四人は宿へと戻るのだったが、宿の前まで辿り着いて、足を止めた。
「何だ?こりゃ…」
井吹が顔を歪ませながら辺りを見回すと、台風が通り過ぎた後のようにとっ散らかっていた。
辺りには、六角棒や近くに積んであった消火用の桶などが散らばっている。
何より目を引くのはーー。
「…よう、帰ってたのか」
血だらけの永倉が話し掛けてくれば、なまえの目は鋭くなる。
「新八…何があった?」
なまえが問いただした後、斎藤が「不逞浪士でも襲いにきたか?」と続けると、永倉は力なく溜め息をつきながら答える。
永倉の説明によれば、どうやら宿に帰る途中に、芹沢に殴り飛ばされた例の力士達が、仲間を何十人も引き連れて仕返しに来たようだ。
永倉と島田は、何とか怒りを収めて貰おうと間に入ったのだが、芹沢が全員斬り殺せと檄を飛ばした事で、力士達はますますいきり立ってしまい、局長命令を無視できなかった他の者も、仕方なく刀を抜いたとの事で…。
近藤や山南は後始末に追われ、芹沢は外に飲みに行ってしまった今の現状に、永倉は頭を抱えた。
「…ちっ…」
永倉から事の経緯を聞いた斎藤やなまえは、深刻な表情で俯き、溜め息をつくと「後始末、手伝ってくる」となまえが申し出た。
すると、斎藤と山崎も一緒に付き、重い足取りで建物の中へと姿を消してしまった。
ーー…
そして翌日、帰京した隊士から、大阪での一件について聞かされた土方は激怒し、芹沢に抗議した。
だが、芹沢は抗議など聞き入れるはずはなく…歯噛みしながら事態の収拾に当たるのであった。
平間から、自分はこれから使いに行くので芹沢を頼むと申された井吹は、前川邸の前で平間を見送ると、己や浪士組は、これからどうなって仕舞うのだろう…と考え、暫く佇んでいた。
「りゅーう。」
急に自分の名前を呼ばれた井吹は、びくっと肩を揺らし声の元を振り返ると、そこには手の平をひらひら~っと掲げるなまえが居た。
「ぼけーっとして、どーした?」
いやいやなまえには言われたくないなんて、少し口を尖らせて言ってみたら、なまえも口を尖らせ「うっせー」と返し、井吹の頬を軽くつねった。
「あひぇひぇ…」
発音がままならない声で抗議し、なまえの腕をぺしっと叩くと、笑いながら「おしおき、お終い」と言い頬から指を離してくれた。
頬をさすりながら、ったく…と軽く拗ねる井吹の頭をぽんぽんっと撫でながら笑うなまえに、井吹は、最近考えている不安要素を伝えてみることにした。
「あのさ、なまえ…」
少し深刻そうな表情をなまえに向けて、最近考えている今後の不安要素を伝えると、なまえの金と紅も雰囲気を変えた。
「龍はさ、どうしたいの?」
なまえの目は、珍しく生気を纏い始めて、井吹の目を射抜く。
つい、なまえの視線からふっ…と逸らして仕舞うと、井吹は自ら視線外すなんて…と自己嫌悪に陥った。
そんな井吹をなまえは構わずに、また次の質問を繰り出していき…。
「最初の頃に言ってた、芹沢さんに恩返しってのは?」
その言葉にやっと返したものは、出て行きたいけど今すぐ結論は出せない。勝手に出て行くなんて…と返せば、なまえは溜め息をつく。
「俺、そんな事聞いてるんじゃ無くて龍は今後何すんのか、どうするのか聞いてんの、」
今後、此処に留まり続ける気無いなら事情を深く知る前に、場合によっては命を落とす覚悟が無いならさっさと此処を出ろ。
なまえは井吹に、真剣な表情で語るのであった。
「…っ、俺は隊士でもなんでもない!!
命を落とす覚悟なんて…!」
悔しい表情をしながら、食いかかるようになまえの腕を掴むと、なまえは滅多に仲間には向けないだろう冷たい目を井吹に浴びせる。
「今までは、そうやって流されてても良かったけど…今後は有り得ない」
あんたは、生きる覚悟も死ぬ覚悟も、持ってねーんじゃねーの?となまえは少し声を荒げ、井吹に掴まれた腕を払いのけそのまま、井吹の心臓のある胸元に軽くゴツンと拳をあてた。
「…っ…!!
なまえに、そんな事言われる筋合いは無い!」
井吹はそう吐き捨てて、まるで逃げるように前川邸の門へと駆け込んだのだった。
「…龍…。」
なまえは、井吹の胸元を叩いた拳を己の左胸に落とし、グッ…と着物を握ると、切なそうな表情で、走り去っていった井吹の背中を追いかけるように流した。
生命る覚悟、臨終の覚悟
(“誠”は、もう既に存在している)
ーーー
「明日、生きてる保証なんて無い」
臨命終時で生命を叩く彼らだからこそ、
先日、変若水が持ち込まれた事は、浪士組に大きな変化をもたらせ、表面上、平気そうに振る舞っている者もいれば、沈んだ内心を隠し切れていない者もいる中…
これから先、一体どうなるんだろうとの感情と共に、無惨にも時間は経って行き不安定感にますます駆られていく、螺旋キネマー…
研究が進めばまた、あの時の家里のように隊士を使って人体実験をする事になるのだろうか。
「鍵となる人物」ー…
皮肉にも、彼という切り札を使用してしまうのか。
先が見えないまま、黙ってても夜は訪れ…月は嗤うのだった。
ーーー
「……。」
なまえは、嗤う月を眺めながら、決して涼しくはない空気を身体に浴びている。
先程までは、自分の部屋で休んでいたが、何回も布団の上で寝返りをかいてしまい、いつものように睡魔が襲ってくるのを待っていたのだが、何故か今夜に限ってはやってこず、外の空気を吸いに…と今の状況にいる。
(…あち…)
ぱたぱた、と着物を動かし自らの身体に少しでも空気を送らせながら、もう少し空気の通りが良い場所を探していると、前川邸の方から人影がふと見えた。
(…あれは…、)
目を凝らしてよく見れば、芹沢と平間の姿で…何やら少し様子が変だった。
なまえは、軽く舌打ちしつつ、こんな夜更けに何かあったのかと思い、二人に駆け寄る。
「旦那様…!大丈夫で御座いますか…!」
平間の庇う声に、平間に肩を借りながらフラフラと歩く芹沢を見て、「何かあったのか?」と声を掛ければ、平間は少し驚いた表情をした後、なまえに実は…と説明をした。
「旦那様と島原にご一緒したのですが…今日は少し、お酒が過ぎたようで…。
みょうじさん、申し訳ないんですが、旦那様を部屋まで運ぶのを手伝ってくださいませんか?」
平間は、芹沢の身体を支えながら平身低頭といった身体で詫びてくる。
「あー?」
なまえは、平間にもたれかかったまま、赤ら顔でいびきをかいて寝ている芹沢を眺めて、嫌そうな顔をしたが、平間にこの通り…と頼まれて仕舞い「…しゃーねーな…」と渋々、芹沢に肩を貸す。
「つーか、今までの島原通いの金、浪士組生活費にあてんだから早く返せ。」
前から散々言ってるけど、何回も言わせんなと平間に釘を刺せば、平間は苦笑いで今まで通り少しずつですが…となまえに謝る。
(平間さんは謝る必要ねーんだけどな…)
苦労人である平間を見て、なんとなく心苦しくなったなまえは、これ以上は何も言わず、部屋まで芹沢を運び、布団の上へと寝かせた。
「ふぅ…。
すみませんでした、お手を煩わせてしまって」
「んー?この人が酔いつぶれるなんて、めずらしー」
なまえが芹沢を眺めながら平間に問うと、旦那様も心労を感じてらっしゃるということではないのでしょうか…と答えた。
なまえが、この人が?と嫌みを言うと、平間は困惑したような曖昧な笑みを返してくる。
「平間さん、俺、芹沢さんに水もってくるから…先休んで?」
なまえが頭をかきながら平間に零せば、それくらいは私が…と返す平間に、早く休めと平間の肩を押すと、平間は丁寧に会釈をしながら御礼を言い自分の部屋へ戻っていった。
(…お水、お水…)
その後、なまえは勝手場から水を取って芹沢の部屋へと戻ると、目を覚ましていたらしい芹沢と目があった。
「…寝てれば?
水、此処置いとくからな」
水の入った湯呑みを芹沢のそばに置くが、芹沢は手を伸ばそうとせず、水はいらないから酒をよこせとなまえに叩きつける。
「…おー、やっと死ぬ気か。」
なまえがボヤくと、芹沢は鉄扇を握りしめ、この間の様な怪我をまた負いたいか?と凶暴な視線でなまえを射すくめた。
なまえは、呆れたように溜め息をつきながら「あいよ、」と一言言い、先程勝手場で見た買い置きの酒を持ってきて、芹沢に投げ渡した。
「…酒で病を誤魔化す、か。
どーよ、気持ち良いか?」
ギリッー…と見下すようになまえが言うと、酒を浴びる様に呑む芹沢は、不愉快な顔をした後、静かに笑う。
「さすが化物だな…。
汚い妖は、人間様の変化には敏感とでも言っておくかー…」
此処で俺を、喰い殺してみるかと鋭い視線でなまえに食いかかれば、視線の先の妖鬼は「立ってるのもやっとなアンタには興味ねーよ」と見下し言い放つ。
「なんだ…まだマトモなうちに殺しとけば良かったか?」
意地悪く、ニタァッ…と嗤いながら芹沢に吐くと、「小童の戯れ言が…」といつもの余裕のふてぶてしい態度で、鉄扇を床に言葉をなまえに叩きつけた。
「フン…!逆に貴様に刀を当て、その生き血を啜って足掻いてやるさ。」
鼻で笑いながら、酒の徳利を傾け中身を飲み干した。
「おもしれー、」
なまえは怯むことなく舌舐めずりをし、軽く殺気を放ってみれば、芹沢は殻になった徳利を畳へと置きながら、望むところだと笑うのだったー…。梅雨も明けて、蒸し暑さが一層し始めた頃の五月二十八日の事。
「早速、拝見します。」
井吹は、例の研究成果であろう書類を新見から預かり、山南の元へ届ける為に、八木邸の山南の部屋へ来ていた。
と、そこへー…
山南の部屋に、近藤が尋ねてきては、先日、入隊した隊士達を皆に紹介したいから広間まで来て欲しいとの件で、山南と井吹を呼びつけた。
広間には、既に他の隊士達が集められており、井吹の姿を見た沖田は「隊士でも無いのに来たの?」なんて絡んできた。
「俺も、来るつもりなんてなかったんだよ。
…なのに、近藤さんが…」
なんてふてくされて答えれば、これから屯所で共に暮らす者なんだからなと近藤の説明が入り、嬉しそうな表情で語る。
「近藤さん優しいなー」
なんて近藤を押し上げると、どこからか急に生えた影ひとつがニョッと出てきて…。
「近藤さん、俺にも」
絶対に話の意図を理解していないなまえは、自分にも優しくして、なんて甘えてくるなまえに、近藤は困惑したような曖昧な笑みをむけた。
(…ほんと、なまえって近藤さんに対して抜かりないというか…なんというか…)
面白いくらい豹変するなまえを見て、井吹も苦笑いをしたのであった。
そんなこんなしていると、丁度良いタイミングで土方の仕切る声が広間に響き、水を打ったように静かになり隊士達は雑談を辞める。
「そんじゃおまえら、入れ」
その声に応え、数人の隊士達が広間へと入って来た。
彼らは、緊張した様子で俯いて床を見つめている。
「端の奴から、一人ずつ自己紹介しろ。」
土方の言葉を受け、一人づつ自己紹介をしていく。
鍼医者をしている父を持つ山崎、永倉と昔の知り合いだった島田、…次々に新入り隊士達の自己紹介が始まり終えれば、近藤の締めの後、最後に土方は言い放つ。
「一旦、浪士組に入った以上、どこの生まれだったとか、今まで何をしていたのかは関係ねえ。
どんな身分だろうと武士として扱う。」
その覚悟は、出来ているかと鋭い眼差しで問えば、山崎は驚いたように目を見張った。
彼が驚くのも無理はない。
身分に全くこだわらない集まりなんて、日本中探しても他に見つからないであろうー…
「はい、理解しています」
強い決意を宿す瞳で土方を返せば、土方は静かに頷く。
(へー…純粋且つ志を持つ、良い瞳してんなー)
なまえは、特に山崎という者をじっと眺めて仕舞い、彼は視線に気が付いたのか…なまえを見て、ぺこりと頭を下げるのであった。
数日後ー…
近藤、芹沢、新見、土方、山南が話し合いを行い、芹沢の意見として「不逞浪士の本拠地は、京から大阪へ移っているという情報を得た。従って大阪へ出かけ、浪士捕縛の実績をあげるのはどうか」とのもので、数人で大阪に出向く事になった。
変若水の研究があるからと、新見は屯所に残ると言い、佳境に入ってきたと吐き出すと、芹沢のみ涼しい顔をして新見に現段階の成果を聞いた。
新見は、説明をした後、あとは綱道と相談しながら実験を重ねると発言し纏める。
「大阪行きの同行者を誰にするかは、お前たちに任せる。」
使い物にならん人材は寄越すなよ、と釘を指して言えば土方は眉間に皺を寄せ、芹沢を睨みつけるのだった。
ーー…。
そしてその晩、近藤が大阪行きに同行する隊士を伝えに来た。
同行するのは、山南、沖田、斎藤、永倉、井上、島田、山崎、そしてなまえということだ。
芹沢に挑発された土方は、発奮して人材を選りすぐったのだろう。
数日後の六月三日。
大阪についた浪士組一行は早速、不逞浪士が潜伏しているという宿所へ向かった。
「御用だー、改めー」
使い方がおかしい発言をするなまえは、ちゃっかり先陣をきり、出くわした不逞浪士達は一瞬怯むが構わず抜刀し、隊士達へと斬りかかっていくがー…。
易々と浪士達の攻撃をかわしては追いつめていき、やがては大乱闘の末、捕縛していった。
その後、浪士達を奉行所へと連行し、船の上で夕涼みをしながら酒を飲み終えた浪士組一行は、船を降り宿に帰るその途中、小さな橋を渡ろうとした時だった。
橋のところには、稽古帰りと思われる数人の力士達の姿があり、どうやら彼らは酔っぱらっているらしく、赤ら顔で楽しげに談笑しているのが目に入る。
彼らが大柄な身体で道を塞いでいる為、橋をわたれそうになくー…。
二本差しの侍とすれ違う際は、力士達の側が道を開けるのが道理ではあるのだが、浪士組を侮っているのだろうか…その場から動こうとはしなかった。
芹沢が、つかつかと力士の前に進み傲慢な口調で道を開けろと命じるが、力士達はふざけながら食いかかり、通せんぼをした。
芹沢が振り上げた鉄扇を力士の頭へ十発以上打ち下ろしたのが引き金となりー…。
無理やり橋を渡り、宿へとついたのだった。
宿につき、腹痛を訴え始めた斎藤
は、休んでも一向に良くならないとの事で、山崎が知り合いの医者に見せに行くと芹沢に申し立てると、井吹も同行しろと命じられるのであった。
不服そうに、俺!?という井吹に、なまえが「俺も行く」と芹沢に言うと、斎藤を連れ、宿を出て向かうのであった。
ーー…
病人が嘘のように斎藤の足取りはしっかりしており、井吹は仮病か?と斎藤に問えば、あっさり認める。
どうやら芹沢との別行動を取る作戦であったようで…。
あっさりと目的を明かす斎藤に山崎は絶句するが、なまえは笑って仕舞った。
「あの人は、とっくに俺らの目的見抜いてんべ」
もしこの事を芹沢に報告されたらと心配になる山崎に、なまえが斎藤の変わりに答えると、井吹は真の目的を問う。
今後、必ず必要になる人脈を広げる為、大阪出身の山崎から京坂に詳しい人物を紹介してもらい、今後の活動の為の地盤固めをする、という目的を、斎藤は井吹に説明した。
ーーー…
目的地につき、斎藤と山崎となまえはとある商屋へと向かい、主人と面談した後、話を終えた彼らは、晴れやかな顔をしていた。
面談は、滞りなく終了した様だったー…。
用事を終えた四人は宿へと戻るのだったが、宿の前まで辿り着いて、足を止めた。
「何だ?こりゃ…」
井吹が顔を歪ませながら辺りを見回すと、台風が通り過ぎた後のようにとっ散らかっていた。
辺りには、六角棒や近くに積んであった消火用の桶などが散らばっている。
何より目を引くのはーー。
「…よう、帰ってたのか」
血だらけの永倉が話し掛けてくれば、なまえの目は鋭くなる。
「新八…何があった?」
なまえが問いただした後、斎藤が「不逞浪士でも襲いにきたか?」と続けると、永倉は力なく溜め息をつきながら答える。
永倉の説明によれば、どうやら宿に帰る途中に、芹沢に殴り飛ばされた例の力士達が、仲間を何十人も引き連れて仕返しに来たようだ。
永倉と島田は、何とか怒りを収めて貰おうと間に入ったのだが、芹沢が全員斬り殺せと檄を飛ばした事で、力士達はますますいきり立ってしまい、局長命令を無視できなかった他の者も、仕方なく刀を抜いたとの事で…。
近藤や山南は後始末に追われ、芹沢は外に飲みに行ってしまった今の現状に、永倉は頭を抱えた。
「…ちっ…」
永倉から事の経緯を聞いた斎藤やなまえは、深刻な表情で俯き、溜め息をつくと「後始末、手伝ってくる」となまえが申し出た。
すると、斎藤と山崎も一緒に付き、重い足取りで建物の中へと姿を消してしまった。
ーー…
そして翌日、帰京した隊士から、大阪での一件について聞かされた土方は激怒し、芹沢に抗議した。
だが、芹沢は抗議など聞き入れるはずはなく…歯噛みしながら事態の収拾に当たるのであった。
平間から、自分はこれから使いに行くので芹沢を頼むと申された井吹は、前川邸の前で平間を見送ると、己や浪士組は、これからどうなって仕舞うのだろう…と考え、暫く佇んでいた。
「りゅーう。」
急に自分の名前を呼ばれた井吹は、びくっと肩を揺らし声の元を振り返ると、そこには手の平をひらひら~っと掲げるなまえが居た。
「ぼけーっとして、どーした?」
いやいやなまえには言われたくないなんて、少し口を尖らせて言ってみたら、なまえも口を尖らせ「うっせー」と返し、井吹の頬を軽くつねった。
「あひぇひぇ…」
発音がままならない声で抗議し、なまえの腕をぺしっと叩くと、笑いながら「おしおき、お終い」と言い頬から指を離してくれた。
頬をさすりながら、ったく…と軽く拗ねる井吹の頭をぽんぽんっと撫でながら笑うなまえに、井吹は、最近考えている不安要素を伝えてみることにした。
「あのさ、なまえ…」
少し深刻そうな表情をなまえに向けて、最近考えている今後の不安要素を伝えると、なまえの金と紅も雰囲気を変えた。
「龍はさ、どうしたいの?」
なまえの目は、珍しく生気を纏い始めて、井吹の目を射抜く。
つい、なまえの視線からふっ…と逸らして仕舞うと、井吹は自ら視線外すなんて…と自己嫌悪に陥った。
そんな井吹をなまえは構わずに、また次の質問を繰り出していき…。
「最初の頃に言ってた、芹沢さんに恩返しってのは?」
その言葉にやっと返したものは、出て行きたいけど今すぐ結論は出せない。勝手に出て行くなんて…と返せば、なまえは溜め息をつく。
「俺、そんな事聞いてるんじゃ無くて龍は今後何すんのか、どうするのか聞いてんの、」
今後、此処に留まり続ける気無いなら事情を深く知る前に、場合によっては命を落とす覚悟が無いならさっさと此処を出ろ。
なまえは井吹に、真剣な表情で語るのであった。
「…っ、俺は隊士でもなんでもない!!
命を落とす覚悟なんて…!」
悔しい表情をしながら、食いかかるようになまえの腕を掴むと、なまえは滅多に仲間には向けないだろう冷たい目を井吹に浴びせる。
「今までは、そうやって流されてても良かったけど…今後は有り得ない」
あんたは、生きる覚悟も死ぬ覚悟も、持ってねーんじゃねーの?となまえは少し声を荒げ、井吹に掴まれた腕を払いのけそのまま、井吹の心臓のある胸元に軽くゴツンと拳をあてた。
「…っ…!!
なまえに、そんな事言われる筋合いは無い!」
井吹はそう吐き捨てて、まるで逃げるように前川邸の門へと駆け込んだのだった。
「…龍…。」
なまえは、井吹の胸元を叩いた拳を己の左胸に落とし、グッ…と着物を握ると、切なそうな表情で、走り去っていった井吹の背中を追いかけるように流した。
生命る覚悟、臨終の覚悟
(“誠”は、もう既に存在している)
ーーー
「明日、生きてる保証なんて無い」
臨命終時で生命を叩く彼らだからこそ、