最大裏材料、忌み子の爛れた繭を紡ぐ紅蓮の楔
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程なくして広間には、幹部連中がぞろぞろと集まってきた。
この場にいるのは、芹沢、新見、近藤、土方、山南…。
そして先程前川邸へ向かった、沖田、斎藤、永倉、平助、原田、井吹。
後は、今日客で連れられてやってきた、雪村綱道という男。
先程起こった出来事に、皆は言葉を失っているようだったー…。
「なあ、土方さんよ…
なまえは、どうした…?」
原田が気不味そうに口に出すと、前川邸へ向かった連中の視線は一気に土方に向けられた。
″先程の彼の反応は只事では無かった…″
皆が思ってしまった事であった為、聞かずにはいられなかったが、土方は顔をしかめ「奥で休ませてる」と呟いただけで、例の事柄に重点を返そうと静かに口火を切る。
…気のせいか、なまえの名前が出た途端、隣にいる近藤が普段では絶対に見せないであろう…悲しみ、辛さなどといった負の表情をしていた。
(…?)
近藤や、なまえに対しての反応は誰よりも敏感な沖田は、その表情につい眉間の皺が寄る。
「…今から聞かせる話は、絶対に他の隊士には明かさねえようにしてくれ。」
いつになく真剣な土方の言葉を聞き、皆は沈痛な面持ちで頷いた。
誓って他言は致しません、と斎藤が続けた後、刀に手をかけ鯉口を切り僅かに抜き掛けた後、戻すと他の連中もそれに倣った。
これは武家の風習で、決して約束を違えぬという証である。
「では、綱道さん、先程の一件についての説明を…」
山南が綱道に本題を振ると、また近藤は表情を更に歪ます。
それを横目に綱道は、持っていた風呂敷をほどき、中から小さな瓶を取り出した。
びいどろでできたその小瓶の中には、赤い液体が満ちている。
(…あれ?この瓶…何処かで…)
井吹がふと気が付き、思い当たる件を脳内で探っていると…。
「…それ、なまえさんの連結鍵の瓶と、似てるね。
赤い液体まで、そっくり。」
まあ、こっちの瓶の中の液体の色素は薄いけどさ…なんて、沖田がぽろっと零すと、皆の表情が一気に変わった。
(そうだ…思い出した…なまえの連結鍵の…)
井吹は不思議そうな、なんとも言えない表情をすると、「…くっ…!」と悔しそうな声で唸った近藤は、手を握り拳にして掌を爪でギチギチ…っと埋める。
「…これは、幕府が異国との交易で手に入れたーー[変若水]と呼ばれる薬です。
原産国のフランスでは、不老不死の名薬などと呼ばれてますが…とてつもない劇薬でもあります。」
劇薬?というと…と平助が繋げると、綱道は後にまた説明する。
「この薬を口にすると、先程皆さんがご覧になったように…髪は白髪となり、瞳は赤くなります。」
体力や戦闘力は増強し、野生の獣と素手で渡り合える事も不可能ではないーーそして、驚くべき治癒力。
変若水を呑んだ、羅刹には、傷を負わせても、すぐに癒えるという特性。
綱道は、表情を変えずに平静そのもので語る。
まさに良いことずくめだが、重大な欠点もあるのだろう?と芹沢が返すと、綱道は静かに、ええと頷き補足していく。
綱道の語る欠点というと、その力を得る代償として、理性を無くし狂ってしまい、夜の闇の中のみでしか力を発揮出来ず、昼はまともに動けない。
又、瞬時に傷が癒えるといっても、首を跳ねられたり心臓を貫かれれば、生きてはいられないと答えた。
そして羅刹は、人の生き血を好む様でー…。
「…しかし、アレさえ手に入れば…!」
説明をし終えた綱道は、ギリッと歯を食いしばり…周りに聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
ーー…
そんな話を聞いた皆は、信じられない様子で目を見張りながらうなだれる。
そういえば、先程の化物…見覚えがあると原田が放ち、浪士組の隊士の家里じゃねえか?と聞くと、土方は静かに頷いた。
家里は、どうやら隊規違反で腹を詰めさせることになっていたらしい。
「同士を、そんな訳のわかんねえ実験に使ったって事か!?」
永倉が叫び土方に食ってかかると、土方は新見へと眼差しを向けて、俺は反対したが…と答えた。
「この薬の実験…続けるつもりなのか?」
平助が、不安そうに尋ねると土方は、新見や芹沢を睨みつけながら「俺は、反対だ。あんなもんが使い物になるとは、到底思えねえ」と吐き出し、自分らの声が、まともに聞こえてない連中の手綱を取れるはずがないと申し出る。
それを新見は、不服げに反論し「それは現時点での話であって、改良の余地は充分にある。試す価値はある」と放つと、土方はその改良を加える為には、そのような実験を何度も繰り返さなければならないのでは、と顔をしかめながら叩きつけた。
「改良の方法は、人体実験だけではありません。薬の成分を調べたり、違う薬を混ぜる方法だってある。」
怒鳴り声に近い声で、そう新見が食いかかると…
「…ですから先程、おっしゃいましたでしょう?
此処には、鍵となる人物がいると…」
口を挟むように綱道が入り込み口元を緩ませると、つい先程、変若水の話を聞いた者の表情が変わり、近藤と土方は、綱道の言葉に怒りの表情を現した。
「鍵となる人物…?」
幹部が口を開き、綱道に問いかける瞬間ーー。
「それは、私が絶対に許しません。」
今まで黙っていた近藤が口を開き、綱道を思いっきり睨むと、横で聞いていた芹沢が鼻で笑った。
「フン…!近藤君は、幕府の後ろ盾の条件を呑めない、と申すのか?
…たかが、あの一匹の妖鬼ごときで…片腹痛いわ!」
ーー…!?
「…芹沢…さん…!」
近藤は、また更に顔を歪ませ、芹沢に頼むこれ以上はと慎むように叫んだ。
その様子を、端から見てる何も知らない幹部達はいったい何の事言ってるのか解らないが、胸騒ぎに襲われていた。
先程でたキーワード…妖鬼とは、いったいーー…?
芹沢の、たった一言で場の空気は静まり返った今の状況。
うなだれている近藤の唇からは…なまえ…すまん…!と謝っているような、そんな吐息が響いたのであったー…。
「俺のこと、近藤さんにだけ話すから…この事は、誰にもいわないで…?」
「ああ、分かった…!
ではその前に、俺と指切りをしよう。」
「…指切り…?」
「そうだ…。
約束する相手の小指と、自分の小指を絡ませて、約束の誓いを示す儀式の事なんだよ。」
「近藤さん…指切りは、武士だからするの?」
「なまえ…それは違うぞ。
武士も百姓も…生きてる人達の風習なんだよ。」
ーーー…
(……。)
奥の部屋で休んでいたなまえは、目を醒まして皆が集まっているだろう広間へ向かうのだが、広間には入らず部屋の前に座り、先程の一連の話を聞いていた。
「先程にもおっしゃいました通り、みょうじ なまえは人間ではありませんー…。
彼は、妖鬼という妖と鬼の混合児です。」
綱道がきっぱり断言をすると、皆の空気は凍りつくが、綱道はそんなのお構いなしに、みょうじ一族率いる鬼が有りましてー…と秘密を得意げに暴き始める。
(…はぁ…)
今まで、近藤以外には誰にも証さなかった己のトラウマや歴史を、こんな見ず知らずの男に暴かれるとはーー…
やはり、この綱道という男は、自分にとって危険でしか無かったのだった。
どうせなら、近藤の口から皆に伝えて欲しかったなどと考えてしまい、背中の壁にうなだれた。
最悪な場合、此処を出て行かなければならない。
法度に背く形となってもー…。
(今まで騙し続けた報い…か、)
同時に腹を詰める覚悟も、なまえは括る。
ーーー
なまえの覚悟の時であろうが、残酷にも時間は待つ事を知らない。
そんな僅かな一秒たりとも、綱道の口は止まらず、なまえの内緒にしてた繭は、どんどん爛れていくー…。
みょうじ率いる鬼は、最も濃い鬼の力を持て余す反面、汚い妖の力を持ってしまった悲しき鬼一族と云う事。
なまえの持つ連結鍵は、最も強い力を持つ頭領故が為の、いわいる制御装置であり、もちろん頭領にしか持つ事を許されない物である為、持つという事は、頭領の証明である事。
連結鍵には何かしらの欠点が存在し、扱う者は充分な素質が無いと逆に食われてしまう事。
瓶の下に雁字搦めで納めてある、連結している札板の部分に他の者が触れてる間は、持ち主の妖力が著しく下がってしまう事。
いわば、弱点になる。
そして、連結鍵の瓶の中身は…
特に強い妖鬼何百人の力が凝縮された…恐ろしい特別な、血液の原液である事。
故に、今目の前にある変若水とは、天と地の差がある程の価値である事。
莫大な力を持つ反面、その哀しい秘め事に、己を己で恐れた鬼達は、自ら「禁忌 」と謳い、極力人目に触れぬよう、過ごしていた事…。
(…ちっ、おしゃべりが…)
なまえは、自分の理解している範囲内において全て語りつくし、満足感溢れる綱道を睨む。
そんななまえに、彼は気が付かぬわけなく、一息置いてはまた口を開いた。
「しかし、その村は既に滅んでおります。
ある鬼の手によって…」
…その村を滅ぼしたのは、最期の後継者であろう最狂殺人鬼。
元々は家紋が刻まれてた家刀は、白刀だったはずが、濃い血液を吸いすぎて漆黒になった刀を持つ、なまえだという真実。
「私はずっと探していて、やっと見つけたのです!!
ただならぬオーラを放つあの連結鍵と、漆黒の家刀を見て…間違いないと断言できる!
彼の完璧な力を持つ血液を使って、この駄作を完成させれば…!」
綱道は、端から見れば鬼なのはあなたじゃないのかと言いたい程、醜い笑いを浮かべ熱論をかましていた。
(…そういう事か、)
なまえは、この男から滲みでるモノを察し、頭の中である程度の結論に繋がっていったーー…
意外と冷静ななまえの反面、ペラペラペラペラ普段は動かない綱道の口が動くのを眺めてて、芹沢と新見以外は、正直不愉快でしかなく…。
「はあ…もう、いいですよ。
そんな事より…僕のなまえに手出したら、問答無用で斬り殺しますから。」
覚悟してよね?とニヤリと嘲笑い、先陣を斬った沖田を筆頭に、カチッ…と刀を構える幹部組。
はっ、と我に返った綱道は、気味が悪くないのか、禁忌の中の忌み子だぞと続けると…ますます冷たく鋭い視線を浴びる事になる。
「あいつが何者だろーが、関係ねえな。
そりゃお前らも同じだろ?」
土方が申すと、当たり前だと返ってくる、皆の絆。
確かに言われてみれば、疑問点は多々あった。
例えば、なまえの人間離れした強さに驚かされたり疑問に思ったりした。
しかしそれでも、皆の愛しい彼には変わりないー…。
「生まれ育った環境や立場などは関係ねえよ。
なまえが特別であろうが無かろうか…俺たちの知ってるなまえはああいう奴だ。
此からもずっと…共に生きるさ。」
「ぐっ…!」
土方が強い眼差しで言い放ちそう叩きつけると綱道は悔しそうにした後、平常心を取り戻し「莫大な力の血液を弄んで触れたり、今の改良していない駄作に使用したりするのは余りにも危険だと補足し、とりあえずまずは改良を進めていきたい」と話を戻した。
これ以上、なまえの話をしたら殺されるーー…。
(…計算外だ…!正体をばらせば此処の連中が、奴を気味悪がって…手に入れられるかと思ったのだが…!)
そのやりとりを、部屋の前で聞いていたなまえは、己の心臓がある左胸の前でギュッと握り拳を造った。
優しく輝く金と紅からは、自然と一筋の涙が伝うーー…。
(…皆、内緒にしてなくとも…こんなに君は愛されているよ…)
噛み締めながら、近藤は始めから気が付いていた…部屋の奥の彼に、心臓で語るのだった。
ーー…
話は、揉めた挙げ句…
変若水の改良は続けていくという結果になり、新見は局長を辞し、研究に専念する事になった。
(…すげ、きれー…)
涙を流したのが恥ずかしくなったのか、それとも皆の気持ちに気恥ずかしくなったのかー…。
なまえは屯所から離れた、緑が綺麗で街を見渡せる丘に来ていた。
(…此処に、来たくなった…)
ふらふらと導かれたように此処へ来て、星を眺めている自分らしくない今の状況に、自分で自分に言い訳をするなまえは、鎖で繋がる連結鍵を掬い、カチカチカチッ…と下の部分を口で伸ばし、笛にする。
綺麗な夜景を背景に、なまえは笛を殴りつけるように力強く奏でるのだが、裏腹に、音色は麗しく響き渡るのだったーー…
「ほう…綺麗な音色だな。」
ザッー…と一つ、大きな風が鳴る。
なまえは無我夢中で連結鍵を吹いていたお陰か、こんな夜更けにこんな所に誰か居るとは思わなかったせいか…。
また、連結鍵の音色を聞かせてしまったなまえは、己の不覚さにとうとう頭を抱えた。
(…俺、本当に馬鹿。)
なまえは、ちくしょー…!と悔しそうな顔をしながら誰だと八つ当たりしようと、ぐりっと声の基を見ると其処には、金色の髪をした、つり目の男が立っていた。
「…なんだ、俺以外にもこの時間に此処へ夜景を見にくる奴も、いるのか。」
男は、ねっとりした低い声で話しかけ、近づいてくる。
男の持つ闇の中でもくっきり光りそうな赤目は、月明かりに照らされるなまえを、しっかりと捉えて離さない。
(……。)
男の腰には刀が差してある為、もしいきなり刀を抜かれた時の場合を想定し、なまえも刀をいつでも抜けるように、己の刀に手を掛け、じりっ…と地面を擦る音が暗闇に鳴る。
「…ふっ、間違いないな…。
見た目も見事に綺麗な連結鍵と…血を含んだせいで今は漆黒であろう白刀。
まさか、此処で出逢うとは…。」
相手は、なまえの事を知っているようで、なまえはまたか、と眉間に皺を寄せ思い切り不機嫌な顔をしながら誰。と一言を叩きつけた。
(んー、嫌な感じしねーな…)
この目の前にいる男からは、なまえにとって綱道のように嫌な感じは掴めず、寧ろ何処か心地よかった。
「なに、そんな殺気立つ事はないだろう…」
男は、ニヤ…と笑いながら、少々うっとりした目でなまえの目を覗く。
両目とも紅蓮に染まる色素は、なまえと何処か、同じ匂いを放つようでー…
普段の彼なら考えられないであろう、視線を絡ませて仕舞うのだった。
「…あんたも、鬼か…?」
なまえが、ふっと零すように尋ねると、その男はますます口角を上げて微笑む。
「…西の鬼、頭領の風間千景。
妖と鬼を司る特殊なみょうじ率いる鬼の最期の後継者よ…ずっと探していた…」
男は、自分の正体を証すと、なまえをずっと探していたと言い、仕舞いには一緒について来て欲しいと言い出してきた。
「みょうじ…無理して人間共と共に生活する必要は無い…
我らの村へ共に来い、我々は貴様を必要としているー…。」
そして、俺自身も貴様にとてつもなく惹かれた…と囁きながら、風間はなまえの顎に手をやり、くいっと顔を自分へ導かせた。
「…そうだな、あんたと共に行くのも悪くねぇかも…」
なまえは導かれるまま従うと、風間の口元は満足そうに上がる。
「そう、それで良いのだー…」
風間が、気を許した瞬間、
「!?」
ぎゅむぅっと、風間の右頬に摘まれる痛みが走った。
風間は、始めてされる経験に驚きを隠せず、先程まで生意気そうに笑ってた顔は、唖然とする表情へ変わり、徐々に怒りの表情に変わっていく。
「…貴様…!」
風間は、怒りをなまえに叩きつけるように、腕を思い切り振り払うが、 なまえは、瞬時に交わしてしまう。
「…俺を手に入れて、力を自分のもんにしよーとは…」
なまえは、風間との距離を開け、やれやれとため息を付いた後見下し、それを許すのはあの人だけと言い放つ。
「…くっ…ならば、力ずくで奪うまで!」
風間は、腰の刀をスッー…と引き抜くと、 なまえは肩をすくめて仕方ないという様子で自らも刀を抜いた。
「しょーがねーな…聞き分けのねー子には、おしりぺんぺん」
なまえは、悪戯気味ににやりと笑い、目つきを変える。
「ほざけ…!」
完全に見下された様に感じた風間は、鬼の容姿に変え、髪の毛は白くなり額には角が生え、目の色は紅蓮から白金へと変化したのだった。
ーヒュッ…
ガキィィンー…!
風の斬る音が聞こえたと思えばすぐさま刀がぶつかる音が響きわたる。
キリキリ…と互いの刃が当たったまま、睨み合う今の状況。
鬼に戻った風間のスピードは、妖鬼に戻っていないなまえのスピードとさして変わらない程であった。
「…あー、強引」
なまえは、キリキリ…と攻めてくる風間からふいっと除け、今度は自ら攻撃を仕掛け刀を一振りした。
「…ちっ…!」
風間の舌打ちが聞こえるか聞こえないか程で、 なまえの刀が彼の背中を擦り、ギリギリで交わすのを見たなまえは、うげと声をあげる。
「えー、あたんねーのか、」
なまえが初めて交わされたーと嘆くと、風間は悔しそうな表情をし、なまえを睨みつけながら体制を整えた。
「貴様…そのままの姿で俺に勝つつもりでいるのか…!
随分、馬鹿にされたもんだな!」
怒りを現わにした風間は、先程の一太刀を怯む事無く、食いかかり刀を振る。
ー…ギィン!
スパァァンー…!
風間が空気を斬った後には、紅蓮の傷口が空に浮かび上がるように見える程、彼も強い。
ガキィィン!!
…ビュッ…ギィィンー…!
(しょーがねーな…)
お互いが退く事のない刀のやり取りを暫く行ってはいたが…
このままでは、埒があかないと読んだ なまえは、カチカチカチ…と連結鍵を弄ると、それに気がついた風間は、やっとかと言うように笑った。
「力は、抑えといてやるよ。
俺…あんた嫌いじゃないから、死なれちゃ困る。」
なまえの煽りに、またしても風間の表情は怒りに満ち、刀に鬼の力を含め、「…此で、決める…!」と零しながら、風間が一太刀を浴びせようと、なまえにかかっていった。
地響きに似たなまえを纏う力は、妖狐の姿に似たオーラに変化させたと同時に、髪の毛の色が変わり、目の色が金と紅が混じり合った色を持つ妖鬼へと姿を変えた。
声を荒げながら、かかっていく風間の一太刀を、 なまえはー…。
ー…ギィィー…ン…!!ー
砂と草と…とにかく色々な個体が混じりあった音を鳴り響せ、オーラとオーラをぶつけ合ったせいで産まれた眩しい光に、2人の姿は包まれた。
やがて、砂煙と光は徐々に消えていきー…。
「…残念賞。どーだ、尻は痛ぇか?」
地に仰向けに倒れ込んだ、風間の顔面横目掛け、漆黒刀を地面に突き刺して己の体重を支え、風間に馬乗りになったなまえが、目を細めながら言葉を放つ。
「…っ…!
完敗だ…殺せ…!」
風間は、悔しさに顔を歪めながら、勝負に負けた己を殺せとなまえに投げるが「だから、さっき言っただろ」となまえは続け、風間から降り刀を鞘へ戻した。
カチカチカチ…ッという、連結鍵の弄る音が鳴り、なまえはフッー…といつもの姿に戻り、こっちの方が楽、とか呟きながら風間に背を向ける。
「…俺を、殺さず見逃すというのか…?」
風間が問いただすと、なまえは声の変わりに背中で語る。
「…っ、 みょうじ!」
風間は、自分の元から去ろうとするなまえを呼び止め、なら俺は貴様を諦めないと声を荒げ、こう続けた。
「よいかみょうじ!
貴様が俺を生かすと決めたのだ!
俺は、もっと強くなっていつか必ず貴様の前に現れる…!
そして、貴様の心ごと奪ってやる!」
いつのまにか紅蓮の瞳に戻った風間は、 なまえの背中に叩きつけるように放った。
「…またおいで、千景」
だったら指切りしとく?なんて言いながら、なまえは身体半分だけ風間に向くと、柔らかい雰囲気で応えかけた。
それを見た風間は、そのふわっとした雰囲気に、自分の心臓がドクンと鳴っては、頬に熱が籠もり始めるのに気がつき、表情を複雑そうに歪ます。
「…っ…!」
ぐんっ!とすぐさまなまえの背中に辿りつき、背後から片手で肩を掴んで、空いてるもう一つの片手で連結鍵の札板を鷲掴みにすると、なまえの首の左側鎖骨上あたりに、かぷっと甘噛みしながら唇を落とす。
「!?…なっ…」
急な展開に何事だと感じ、力に頼れない身体を動かしては、離せ!と文句つけようとしたその瞬間ー…
「…熱…っ!」
ジュウウウッ…と焦げたような音と、火傷したような熱さがなまえの首元を襲い、手でつい唇を落とされた所を庇った。
「…っ…焼けるように熱い…!
あんた…なにしやがった…!」
ぎりっと風間を睨むと、彼はねっとりとした声と生意気な笑みを浮かべ、 なまえの問いに応えた。
「俺との契約だ…。
俺のモノという印のようで、良いだろう…?
俺が貴様を迎えに来る時は、この印が貴様へと導いてくれる…。」
ククッ…と満足そうに語る風間は、更になまえの首元に浮かび上がる己の印を見て、大きな声で笑った。
「フハハハ…!ほら、刺青のように貴様の首へと浮かび上がって…完成したようだぞ!」
首元が気になって仕方ないなまえは、自分の漆黒刀ではない刀を抜き、鏡のように自分の首元を映して眺めると、其処には「楔」という漢字一文字が、刺青のように彫られていた。
「…最悪。」
いくら着物で擦っても落ちない文字に、なまえは諦め、風間を睨むと、風間は、俺を此処まで沸き立たせ、燃え上がらせた奴は初めてだと零し、桜吹雪のように消えていく。
「 なまえ…必ず、身も心も奪いに行く。
それまで、待っていろ。」
風間が闇の中へ消えていくと同時に聞こえた言葉に対し、なまえは「覚悟しとけよ、千景」と、風間には届かない声を…この夜空の下に放ったのだった。
最大裏材料、忌み子の爛れた繭を紡ぐ紅蓮の楔
(変若水の切札)(内緒の話、聞かせてあげる)
ーーーー
まさかのオヤジが良いとこ取り。
そして、風間さん登場。
なまえ君には、落ち込んでる暇は与えられない?
過去未来関係なく、己自身の歴史に襲われちまう。
この場にいるのは、芹沢、新見、近藤、土方、山南…。
そして先程前川邸へ向かった、沖田、斎藤、永倉、平助、原田、井吹。
後は、今日客で連れられてやってきた、雪村綱道という男。
先程起こった出来事に、皆は言葉を失っているようだったー…。
「なあ、土方さんよ…
なまえは、どうした…?」
原田が気不味そうに口に出すと、前川邸へ向かった連中の視線は一気に土方に向けられた。
″先程の彼の反応は只事では無かった…″
皆が思ってしまった事であった為、聞かずにはいられなかったが、土方は顔をしかめ「奥で休ませてる」と呟いただけで、例の事柄に重点を返そうと静かに口火を切る。
…気のせいか、なまえの名前が出た途端、隣にいる近藤が普段では絶対に見せないであろう…悲しみ、辛さなどといった負の表情をしていた。
(…?)
近藤や、なまえに対しての反応は誰よりも敏感な沖田は、その表情につい眉間の皺が寄る。
「…今から聞かせる話は、絶対に他の隊士には明かさねえようにしてくれ。」
いつになく真剣な土方の言葉を聞き、皆は沈痛な面持ちで頷いた。
誓って他言は致しません、と斎藤が続けた後、刀に手をかけ鯉口を切り僅かに抜き掛けた後、戻すと他の連中もそれに倣った。
これは武家の風習で、決して約束を違えぬという証である。
「では、綱道さん、先程の一件についての説明を…」
山南が綱道に本題を振ると、また近藤は表情を更に歪ます。
それを横目に綱道は、持っていた風呂敷をほどき、中から小さな瓶を取り出した。
びいどろでできたその小瓶の中には、赤い液体が満ちている。
(…あれ?この瓶…何処かで…)
井吹がふと気が付き、思い当たる件を脳内で探っていると…。
「…それ、なまえさんの連結鍵の瓶と、似てるね。
赤い液体まで、そっくり。」
まあ、こっちの瓶の中の液体の色素は薄いけどさ…なんて、沖田がぽろっと零すと、皆の表情が一気に変わった。
(そうだ…思い出した…なまえの連結鍵の…)
井吹は不思議そうな、なんとも言えない表情をすると、「…くっ…!」と悔しそうな声で唸った近藤は、手を握り拳にして掌を爪でギチギチ…っと埋める。
「…これは、幕府が異国との交易で手に入れたーー[変若水]と呼ばれる薬です。
原産国のフランスでは、不老不死の名薬などと呼ばれてますが…とてつもない劇薬でもあります。」
劇薬?というと…と平助が繋げると、綱道は後にまた説明する。
「この薬を口にすると、先程皆さんがご覧になったように…髪は白髪となり、瞳は赤くなります。」
体力や戦闘力は増強し、野生の獣と素手で渡り合える事も不可能ではないーーそして、驚くべき治癒力。
変若水を呑んだ、羅刹には、傷を負わせても、すぐに癒えるという特性。
綱道は、表情を変えずに平静そのもので語る。
まさに良いことずくめだが、重大な欠点もあるのだろう?と芹沢が返すと、綱道は静かに、ええと頷き補足していく。
綱道の語る欠点というと、その力を得る代償として、理性を無くし狂ってしまい、夜の闇の中のみでしか力を発揮出来ず、昼はまともに動けない。
又、瞬時に傷が癒えるといっても、首を跳ねられたり心臓を貫かれれば、生きてはいられないと答えた。
そして羅刹は、人の生き血を好む様でー…。
「…しかし、アレさえ手に入れば…!」
説明をし終えた綱道は、ギリッと歯を食いしばり…周りに聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
ーー…
そんな話を聞いた皆は、信じられない様子で目を見張りながらうなだれる。
そういえば、先程の化物…見覚えがあると原田が放ち、浪士組の隊士の家里じゃねえか?と聞くと、土方は静かに頷いた。
家里は、どうやら隊規違反で腹を詰めさせることになっていたらしい。
「同士を、そんな訳のわかんねえ実験に使ったって事か!?」
永倉が叫び土方に食ってかかると、土方は新見へと眼差しを向けて、俺は反対したが…と答えた。
「この薬の実験…続けるつもりなのか?」
平助が、不安そうに尋ねると土方は、新見や芹沢を睨みつけながら「俺は、反対だ。あんなもんが使い物になるとは、到底思えねえ」と吐き出し、自分らの声が、まともに聞こえてない連中の手綱を取れるはずがないと申し出る。
それを新見は、不服げに反論し「それは現時点での話であって、改良の余地は充分にある。試す価値はある」と放つと、土方はその改良を加える為には、そのような実験を何度も繰り返さなければならないのでは、と顔をしかめながら叩きつけた。
「改良の方法は、人体実験だけではありません。薬の成分を調べたり、違う薬を混ぜる方法だってある。」
怒鳴り声に近い声で、そう新見が食いかかると…
「…ですから先程、おっしゃいましたでしょう?
此処には、鍵となる人物がいると…」
口を挟むように綱道が入り込み口元を緩ませると、つい先程、変若水の話を聞いた者の表情が変わり、近藤と土方は、綱道の言葉に怒りの表情を現した。
「鍵となる人物…?」
幹部が口を開き、綱道に問いかける瞬間ーー。
「それは、私が絶対に許しません。」
今まで黙っていた近藤が口を開き、綱道を思いっきり睨むと、横で聞いていた芹沢が鼻で笑った。
「フン…!近藤君は、幕府の後ろ盾の条件を呑めない、と申すのか?
…たかが、あの一匹の妖鬼ごときで…片腹痛いわ!」
ーー…!?
「…芹沢…さん…!」
近藤は、また更に顔を歪ませ、芹沢に頼むこれ以上はと慎むように叫んだ。
その様子を、端から見てる何も知らない幹部達はいったい何の事言ってるのか解らないが、胸騒ぎに襲われていた。
先程でたキーワード…妖鬼とは、いったいーー…?
芹沢の、たった一言で場の空気は静まり返った今の状況。
うなだれている近藤の唇からは…なまえ…すまん…!と謝っているような、そんな吐息が響いたのであったー…。
「俺のこと、近藤さんにだけ話すから…この事は、誰にもいわないで…?」
「ああ、分かった…!
ではその前に、俺と指切りをしよう。」
「…指切り…?」
「そうだ…。
約束する相手の小指と、自分の小指を絡ませて、約束の誓いを示す儀式の事なんだよ。」
「近藤さん…指切りは、武士だからするの?」
「なまえ…それは違うぞ。
武士も百姓も…生きてる人達の風習なんだよ。」
ーーー…
(……。)
奥の部屋で休んでいたなまえは、目を醒まして皆が集まっているだろう広間へ向かうのだが、広間には入らず部屋の前に座り、先程の一連の話を聞いていた。
「先程にもおっしゃいました通り、みょうじ なまえは人間ではありませんー…。
彼は、妖鬼という妖と鬼の混合児です。」
綱道がきっぱり断言をすると、皆の空気は凍りつくが、綱道はそんなのお構いなしに、みょうじ一族率いる鬼が有りましてー…と秘密を得意げに暴き始める。
(…はぁ…)
今まで、近藤以外には誰にも証さなかった己のトラウマや歴史を、こんな見ず知らずの男に暴かれるとはーー…
やはり、この綱道という男は、自分にとって危険でしか無かったのだった。
どうせなら、近藤の口から皆に伝えて欲しかったなどと考えてしまい、背中の壁にうなだれた。
最悪な場合、此処を出て行かなければならない。
法度に背く形となってもー…。
(今まで騙し続けた報い…か、)
同時に腹を詰める覚悟も、なまえは括る。
ーーー
なまえの覚悟の時であろうが、残酷にも時間は待つ事を知らない。
そんな僅かな一秒たりとも、綱道の口は止まらず、なまえの内緒にしてた繭は、どんどん爛れていくー…。
みょうじ率いる鬼は、最も濃い鬼の力を持て余す反面、汚い妖の力を持ってしまった悲しき鬼一族と云う事。
なまえの持つ連結鍵は、最も強い力を持つ頭領故が為の、いわいる制御装置であり、もちろん頭領にしか持つ事を許されない物である為、持つという事は、頭領の証明である事。
連結鍵には何かしらの欠点が存在し、扱う者は充分な素質が無いと逆に食われてしまう事。
瓶の下に雁字搦めで納めてある、連結している札板の部分に他の者が触れてる間は、持ち主の妖力が著しく下がってしまう事。
いわば、弱点になる。
そして、連結鍵の瓶の中身は…
特に強い妖鬼何百人の力が凝縮された…恐ろしい特別な、血液の原液である事。
故に、今目の前にある変若水とは、天と地の差がある程の価値である事。
莫大な力を持つ反面、その哀しい秘め事に、己を己で恐れた鬼達は、自ら「禁忌 」と謳い、極力人目に触れぬよう、過ごしていた事…。
(…ちっ、おしゃべりが…)
なまえは、自分の理解している範囲内において全て語りつくし、満足感溢れる綱道を睨む。
そんななまえに、彼は気が付かぬわけなく、一息置いてはまた口を開いた。
「しかし、その村は既に滅んでおります。
ある鬼の手によって…」
…その村を滅ぼしたのは、最期の後継者であろう最狂殺人鬼。
元々は家紋が刻まれてた家刀は、白刀だったはずが、濃い血液を吸いすぎて漆黒になった刀を持つ、なまえだという真実。
「私はずっと探していて、やっと見つけたのです!!
ただならぬオーラを放つあの連結鍵と、漆黒の家刀を見て…間違いないと断言できる!
彼の完璧な力を持つ血液を使って、この駄作を完成させれば…!」
綱道は、端から見れば鬼なのはあなたじゃないのかと言いたい程、醜い笑いを浮かべ熱論をかましていた。
(…そういう事か、)
なまえは、この男から滲みでるモノを察し、頭の中である程度の結論に繋がっていったーー…
意外と冷静ななまえの反面、ペラペラペラペラ普段は動かない綱道の口が動くのを眺めてて、芹沢と新見以外は、正直不愉快でしかなく…。
「はあ…もう、いいですよ。
そんな事より…僕のなまえに手出したら、問答無用で斬り殺しますから。」
覚悟してよね?とニヤリと嘲笑い、先陣を斬った沖田を筆頭に、カチッ…と刀を構える幹部組。
はっ、と我に返った綱道は、気味が悪くないのか、禁忌の中の忌み子だぞと続けると…ますます冷たく鋭い視線を浴びる事になる。
「あいつが何者だろーが、関係ねえな。
そりゃお前らも同じだろ?」
土方が申すと、当たり前だと返ってくる、皆の絆。
確かに言われてみれば、疑問点は多々あった。
例えば、なまえの人間離れした強さに驚かされたり疑問に思ったりした。
しかしそれでも、皆の愛しい彼には変わりないー…。
「生まれ育った環境や立場などは関係ねえよ。
なまえが特別であろうが無かろうか…俺たちの知ってるなまえはああいう奴だ。
此からもずっと…共に生きるさ。」
「ぐっ…!」
土方が強い眼差しで言い放ちそう叩きつけると綱道は悔しそうにした後、平常心を取り戻し「莫大な力の血液を弄んで触れたり、今の改良していない駄作に使用したりするのは余りにも危険だと補足し、とりあえずまずは改良を進めていきたい」と話を戻した。
これ以上、なまえの話をしたら殺されるーー…。
(…計算外だ…!正体をばらせば此処の連中が、奴を気味悪がって…手に入れられるかと思ったのだが…!)
そのやりとりを、部屋の前で聞いていたなまえは、己の心臓がある左胸の前でギュッと握り拳を造った。
優しく輝く金と紅からは、自然と一筋の涙が伝うーー…。
(…皆、内緒にしてなくとも…こんなに君は愛されているよ…)
噛み締めながら、近藤は始めから気が付いていた…部屋の奥の彼に、心臓で語るのだった。
ーー…
話は、揉めた挙げ句…
変若水の改良は続けていくという結果になり、新見は局長を辞し、研究に専念する事になった。
(…すげ、きれー…)
涙を流したのが恥ずかしくなったのか、それとも皆の気持ちに気恥ずかしくなったのかー…。
なまえは屯所から離れた、緑が綺麗で街を見渡せる丘に来ていた。
(…此処に、来たくなった…)
ふらふらと導かれたように此処へ来て、星を眺めている自分らしくない今の状況に、自分で自分に言い訳をするなまえは、鎖で繋がる連結鍵を掬い、カチカチカチッ…と下の部分を口で伸ばし、笛にする。
綺麗な夜景を背景に、なまえは笛を殴りつけるように力強く奏でるのだが、裏腹に、音色は麗しく響き渡るのだったーー…
「ほう…綺麗な音色だな。」
ザッー…と一つ、大きな風が鳴る。
なまえは無我夢中で連結鍵を吹いていたお陰か、こんな夜更けにこんな所に誰か居るとは思わなかったせいか…。
また、連結鍵の音色を聞かせてしまったなまえは、己の不覚さにとうとう頭を抱えた。
(…俺、本当に馬鹿。)
なまえは、ちくしょー…!と悔しそうな顔をしながら誰だと八つ当たりしようと、ぐりっと声の基を見ると其処には、金色の髪をした、つり目の男が立っていた。
「…なんだ、俺以外にもこの時間に此処へ夜景を見にくる奴も、いるのか。」
男は、ねっとりした低い声で話しかけ、近づいてくる。
男の持つ闇の中でもくっきり光りそうな赤目は、月明かりに照らされるなまえを、しっかりと捉えて離さない。
(……。)
男の腰には刀が差してある為、もしいきなり刀を抜かれた時の場合を想定し、なまえも刀をいつでも抜けるように、己の刀に手を掛け、じりっ…と地面を擦る音が暗闇に鳴る。
「…ふっ、間違いないな…。
見た目も見事に綺麗な連結鍵と…血を含んだせいで今は漆黒であろう白刀。
まさか、此処で出逢うとは…。」
相手は、なまえの事を知っているようで、なまえはまたか、と眉間に皺を寄せ思い切り不機嫌な顔をしながら誰。と一言を叩きつけた。
(んー、嫌な感じしねーな…)
この目の前にいる男からは、なまえにとって綱道のように嫌な感じは掴めず、寧ろ何処か心地よかった。
「なに、そんな殺気立つ事はないだろう…」
男は、ニヤ…と笑いながら、少々うっとりした目でなまえの目を覗く。
両目とも紅蓮に染まる色素は、なまえと何処か、同じ匂いを放つようでー…
普段の彼なら考えられないであろう、視線を絡ませて仕舞うのだった。
「…あんたも、鬼か…?」
なまえが、ふっと零すように尋ねると、その男はますます口角を上げて微笑む。
「…西の鬼、頭領の風間千景。
妖と鬼を司る特殊なみょうじ率いる鬼の最期の後継者よ…ずっと探していた…」
男は、自分の正体を証すと、なまえをずっと探していたと言い、仕舞いには一緒について来て欲しいと言い出してきた。
「みょうじ…無理して人間共と共に生活する必要は無い…
我らの村へ共に来い、我々は貴様を必要としているー…。」
そして、俺自身も貴様にとてつもなく惹かれた…と囁きながら、風間はなまえの顎に手をやり、くいっと顔を自分へ導かせた。
「…そうだな、あんたと共に行くのも悪くねぇかも…」
なまえは導かれるまま従うと、風間の口元は満足そうに上がる。
「そう、それで良いのだー…」
風間が、気を許した瞬間、
「!?」
ぎゅむぅっと、風間の右頬に摘まれる痛みが走った。
風間は、始めてされる経験に驚きを隠せず、先程まで生意気そうに笑ってた顔は、唖然とする表情へ変わり、徐々に怒りの表情に変わっていく。
「…貴様…!」
風間は、怒りをなまえに叩きつけるように、腕を思い切り振り払うが、 なまえは、瞬時に交わしてしまう。
「…俺を手に入れて、力を自分のもんにしよーとは…」
なまえは、風間との距離を開け、やれやれとため息を付いた後見下し、それを許すのはあの人だけと言い放つ。
「…くっ…ならば、力ずくで奪うまで!」
風間は、腰の刀をスッー…と引き抜くと、 なまえは肩をすくめて仕方ないという様子で自らも刀を抜いた。
「しょーがねーな…聞き分けのねー子には、おしりぺんぺん」
なまえは、悪戯気味ににやりと笑い、目つきを変える。
「ほざけ…!」
完全に見下された様に感じた風間は、鬼の容姿に変え、髪の毛は白くなり額には角が生え、目の色は紅蓮から白金へと変化したのだった。
ーヒュッ…
ガキィィンー…!
風の斬る音が聞こえたと思えばすぐさま刀がぶつかる音が響きわたる。
キリキリ…と互いの刃が当たったまま、睨み合う今の状況。
鬼に戻った風間のスピードは、妖鬼に戻っていないなまえのスピードとさして変わらない程であった。
「…あー、強引」
なまえは、キリキリ…と攻めてくる風間からふいっと除け、今度は自ら攻撃を仕掛け刀を一振りした。
「…ちっ…!」
風間の舌打ちが聞こえるか聞こえないか程で、 なまえの刀が彼の背中を擦り、ギリギリで交わすのを見たなまえは、うげと声をあげる。
「えー、あたんねーのか、」
なまえが初めて交わされたーと嘆くと、風間は悔しそうな表情をし、なまえを睨みつけながら体制を整えた。
「貴様…そのままの姿で俺に勝つつもりでいるのか…!
随分、馬鹿にされたもんだな!」
怒りを現わにした風間は、先程の一太刀を怯む事無く、食いかかり刀を振る。
ー…ギィン!
スパァァンー…!
風間が空気を斬った後には、紅蓮の傷口が空に浮かび上がるように見える程、彼も強い。
ガキィィン!!
…ビュッ…ギィィンー…!
(しょーがねーな…)
お互いが退く事のない刀のやり取りを暫く行ってはいたが…
このままでは、埒があかないと読んだ なまえは、カチカチカチ…と連結鍵を弄ると、それに気がついた風間は、やっとかと言うように笑った。
「力は、抑えといてやるよ。
俺…あんた嫌いじゃないから、死なれちゃ困る。」
なまえの煽りに、またしても風間の表情は怒りに満ち、刀に鬼の力を含め、「…此で、決める…!」と零しながら、風間が一太刀を浴びせようと、なまえにかかっていった。
地響きに似たなまえを纏う力は、妖狐の姿に似たオーラに変化させたと同時に、髪の毛の色が変わり、目の色が金と紅が混じり合った色を持つ妖鬼へと姿を変えた。
声を荒げながら、かかっていく風間の一太刀を、 なまえはー…。
ー…ギィィー…ン…!!ー
砂と草と…とにかく色々な個体が混じりあった音を鳴り響せ、オーラとオーラをぶつけ合ったせいで産まれた眩しい光に、2人の姿は包まれた。
やがて、砂煙と光は徐々に消えていきー…。
「…残念賞。どーだ、尻は痛ぇか?」
地に仰向けに倒れ込んだ、風間の顔面横目掛け、漆黒刀を地面に突き刺して己の体重を支え、風間に馬乗りになったなまえが、目を細めながら言葉を放つ。
「…っ…!
完敗だ…殺せ…!」
風間は、悔しさに顔を歪めながら、勝負に負けた己を殺せとなまえに投げるが「だから、さっき言っただろ」となまえは続け、風間から降り刀を鞘へ戻した。
カチカチカチ…ッという、連結鍵の弄る音が鳴り、なまえはフッー…といつもの姿に戻り、こっちの方が楽、とか呟きながら風間に背を向ける。
「…俺を、殺さず見逃すというのか…?」
風間が問いただすと、なまえは声の変わりに背中で語る。
「…っ、 みょうじ!」
風間は、自分の元から去ろうとするなまえを呼び止め、なら俺は貴様を諦めないと声を荒げ、こう続けた。
「よいかみょうじ!
貴様が俺を生かすと決めたのだ!
俺は、もっと強くなっていつか必ず貴様の前に現れる…!
そして、貴様の心ごと奪ってやる!」
いつのまにか紅蓮の瞳に戻った風間は、 なまえの背中に叩きつけるように放った。
「…またおいで、千景」
だったら指切りしとく?なんて言いながら、なまえは身体半分だけ風間に向くと、柔らかい雰囲気で応えかけた。
それを見た風間は、そのふわっとした雰囲気に、自分の心臓がドクンと鳴っては、頬に熱が籠もり始めるのに気がつき、表情を複雑そうに歪ます。
「…っ…!」
ぐんっ!とすぐさまなまえの背中に辿りつき、背後から片手で肩を掴んで、空いてるもう一つの片手で連結鍵の札板を鷲掴みにすると、なまえの首の左側鎖骨上あたりに、かぷっと甘噛みしながら唇を落とす。
「!?…なっ…」
急な展開に何事だと感じ、力に頼れない身体を動かしては、離せ!と文句つけようとしたその瞬間ー…
「…熱…っ!」
ジュウウウッ…と焦げたような音と、火傷したような熱さがなまえの首元を襲い、手でつい唇を落とされた所を庇った。
「…っ…焼けるように熱い…!
あんた…なにしやがった…!」
ぎりっと風間を睨むと、彼はねっとりとした声と生意気な笑みを浮かべ、 なまえの問いに応えた。
「俺との契約だ…。
俺のモノという印のようで、良いだろう…?
俺が貴様を迎えに来る時は、この印が貴様へと導いてくれる…。」
ククッ…と満足そうに語る風間は、更になまえの首元に浮かび上がる己の印を見て、大きな声で笑った。
「フハハハ…!ほら、刺青のように貴様の首へと浮かび上がって…完成したようだぞ!」
首元が気になって仕方ないなまえは、自分の漆黒刀ではない刀を抜き、鏡のように自分の首元を映して眺めると、其処には「楔」という漢字一文字が、刺青のように彫られていた。
「…最悪。」
いくら着物で擦っても落ちない文字に、なまえは諦め、風間を睨むと、風間は、俺を此処まで沸き立たせ、燃え上がらせた奴は初めてだと零し、桜吹雪のように消えていく。
「 なまえ…必ず、身も心も奪いに行く。
それまで、待っていろ。」
風間が闇の中へ消えていくと同時に聞こえた言葉に対し、なまえは「覚悟しとけよ、千景」と、風間には届かない声を…この夜空の下に放ったのだった。
最大裏材料、忌み子の爛れた繭を紡ぐ紅蓮の楔
(変若水の切札)(内緒の話、聞かせてあげる)
ーーーー
まさかのオヤジが良いとこ取り。
そして、風間さん登場。
なまえ君には、落ち込んでる暇は与えられない?
過去未来関係なく、己自身の歴史に襲われちまう。