浅葱の黎明、変若水の錬成
n a m e
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あの上覧試合が終わって、しばらく経った頃のことだった。
「悪かったな。見回りに入れてもらって、買い物にも付き合わせちまって…」
「いーよ、毎日大変だな?」
井吹が御礼を言うと、なまえは別に構わないと返しつつ、井吹の手の中の煙草に目をやり呆れた顔をする。
「はは…」
井吹は、芹沢に煙草を買ってくるように言いつけられ、偶々当番だったなまえの班と、一緒に出かけた帰りーー…。
「あれ…?」
呉服屋の丁稚と思われる連中が、八木さんの家に行李をいくつも運び込んでいるのが目に入る。
「何だ?八木さんの奥さんが着物でも買ったのか?」
「おー、いっぱい買ったなー」
なまえの返しに、確かに明らかに1人分の着物の量じゃないよな、なんて突っ込みを入れ、そんな事を考えていると…。
「なまえ!龍之介!
早く来てみろよー!浪士組の隊服が、出来上がったんだってさー!」
なまえ達を見つけるなり、大きな声で呼びつけた。
その様子は喜んでいるようで。
本人曰く、すっげえ格好良いから早く見に行こう!との事だった。
(…うげ、やりやがった…。)
隊服をあつらえるのには勿論、金が絡んでくる為、勘定のなまえは、隊服を作ると決めた芹沢と、細かく金の動きを話し合たかったのだが、俺に全てやらせろなんだの言われ続けた挙げ句、門前払いされて仕舞い、今日が来てしまったのだー…。
「…わかったから、ひっぱんなー」
平助はぐいぐいなまえの腕を引き、井吹は「おいおい」と後を追いかけ、八木邸の中へと入っていった。
広間には既に浪士組の面々が揃っており、彼らの前には隊服が入っていると思われる行李が、いくつも積まれており、芹沢の説明からするとどうやら、先日の大阪での資金調達した金で作ったようだ。
「京の人間に浪士組の名を広く知らしめる為には、揃いの隊服を着るのがよかろうと思ってな。」
(相当の金かかってんなー、これ)
なまえの目は、生地や質、羽織という視覚と触感で大体の金の計算を、頭の中で行う。
(…まさか、払ってねーんじゃねーの…?)
計算の結果、なまえは苦笑いし、後に芹沢に問いただしてみる事にした。
元々隊服を作るという件は、近藤や土方は知らなかったが、ある時ある切欠で知ってしまったなまえは…という流れであり、先程の事柄に結びついている。
(あめーよ、誤魔化せらんねーから)
なまえは、目を小判の形にしながら、最近のやり取りを思い出していた。
芹沢らが毎日、島原で消費してる金の分は、いつか必ず何処かで調節して、浪士組活動資金に回そうと考えているなまえは、勘定としてもなかなか板についてきたのではなかろうか。
「皆、揃ったよな?
俺、もう待ちきれなくてよ!」
嬉しそうにはしゃぎながら、声をあげる永倉や皆を見てなまえは、隊服作った結果は良かったか、なんて思い優しい表情をした。
ーー…
「こりゃ…偉く派手な柄だな」
永倉があけた行李の中の、新品な羽織を見て、井吹は息を零した。
襟の部分には、白い山形の染め抜き模様があしらっている羽織に、めちゃくちゃ格好良いじゃん!なんて平助は歓声をあげた。
「袖口のこの模様って、なんていうんだっけ?」と平助が永倉に問うが、「だん…だん何とか…?」と苦笑いし、さっき呉服屋の兄ちゃんが言ってたんだけどなーなんて考えて始める。
「…だんだら模様?」
だんだらとは、ちょっと違う模様な気もするけど…なんてなまえがふっと呟くと、そうだ!よく解ったなーなんて永倉は御礼の代わりになまえの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「折角だから、袖通してみたい!」なんてはしゃぎながら許可を求める平助に、珍しく機嫌が良い芹沢は、こだわる様子も見せずに着てみろと返した。
汚すんじゃねえぞ、と一喝する土方に対し、平助は解ってるってー!なんて返しながら、井上にハサミを借りたいと申し出た。
「ちょっと待ちたまえ。
切ってあげるから、じっとしていなさい。」
井上は、そう言いながら持っていたハサミで、しつけ糸を切っていく。
「源さん、俺も手伝う」
皆の羽織の糸を切る井上に、なまえも手伝うと申し出るが、井上はそれに笑顔で返し、「ほら、なまえ君も袖通してみなさい。」なんて言われてしまった。
似合う!?なんてはしゃぐ平助、おかしくねぇか!?と聞く永倉に、原田は笑いながら「安心しろ。着てる人間はともかく、羽織はどこもおかしくねえよ」なんて返し、なんだとー!なんて騒いでは余程御満悦の様だ。
とりあえず、井上の言葉に甘えて、なまえも着てみる。
(…目が、ちかちかする…)
何時もは派手な着物を着ないなまえにとって、この色は新鮮だった。
すすっ…と触って、皆が同じ隊服を着てるのを見て、つい口元が緩んでしまった。
なまえは自分も、浪士組一員だと言われてるようで嬉しかったのだ。
「どうだ、悪くないだろう?」
なまえはしみじみ浸っていると、思い通りの隊服が出来て嬉しいのか、満足げな表情を浮かべながら、鉄扇で顔を扇いでる芹沢が近づいてきて話しかけられた。
「…うん、そういうことにしといてあげる。」
芹沢の問いに、皆喜んでるし?なんて答えると、芹沢は口元を緩ませ「フン、生意気な…」と呟いた。
「みょうじ君、口を慎みなさい!
芹沢先生に対して何たる暴言をーー!」
新見が目を剥きながら発言すると、芹沢は「新見。只の小童の駄々ごねに、いちいち反応するな。」と遮った。
「鉄扇飛んでこねーなんて、どーしたの?」
嫌みでまた返してやっても、新見は嫌々しそうになまえを睨むが、芹沢は扇で自分の顔を扇いでるだけだった。
「…みょうじ」
あいよ、なんて芹沢に返すと、貴様はこの羽織に込められた意味を理解しているか?と質問される。
「…羽織に込められた意味、」
なまえは、グッと目に力を込め、芹沢に聞き返した後…流し目で答えた。
「浅葱…武士の切腹時に着る、死装束の色。」
芹沢に問いかけになまえは呟くと、「ほお…」とにやっと笑いながら芹沢は続けた。
「我々は、命を賭して隊務に臨んでいるという意味を…こめてあるのだ。」
その後に、袖口の山形の染め抜きは、蛇のウロコを表していると語る。
「…蛇?」と聞き返すなまえに、芹沢はまた一つ含み笑い「さよう。脱皮を繰り返し生き延びる蛇は、古来より不老不死の象徴とされてきた。」つまりこの図柄は、死した後も永久に続く信念を表している、と説明した。
ふっと口元を緩ませたなまえは、ご立派。と返した後「だけど、羽織代の事は、俺の納得いくまで説明してもらうからー」と言いながら舌をんべ、っと出し、芹沢に釘を差す。
そのなまえの態度を見て、またしても新見が目を剥くのであった。五月も半ばになった頃、
「…あつ…」
動いてなくても汗が滲む暑さになまえは、うんざりしながら、久しぶりに連結鍵で笛の音を奏でていた。
「…やーめた、」
鍵の下の方をカチカチッ…と短くし基の長さに戻しても尚、口にくわえたまま唇で鍵を遊ばせる。
この人気の無い場から離れ、風通りが良い場所に移り、丁度よい木陰に座り込んで休憩してると…。
「…今、綺麗な音色が聞こえましたが、もしかして貴方でしたか…?」
ふっ、と見慣れない男が奥の方から顔をだしなまえに話しかけた。
「…んなっ、!?」
びくっと反応し、しかし鍵はくわえたまま男を振り向く。
なまえは、あまりの暑さにうなだれていたせいか、この男の気配にも気が付かず、連結鍵の音色を見ず知らずの人間に聴かれてしまった事がショックで、言葉が何も出なかった。
「…とても綺麗な、鍵ですね。」
男は、うっとりとした目で眺め意味ありげな含み笑いをなまえに落とすと、瓶の部分に触れようとする。
(…っ!?)
男の指が触れる前に、すぐさまザザッと後ろに退き、ギリッと睨む。
なまえの全身の血が騒ぎ、本能が語る。
この男に近付くな…と、
男は含み笑いながら「失礼」と一言謝ると、おや、おいでなさったようだ、と呟き、向こうに見える山南の基へ戻っていった。
どうやらこの男は、山南の客の様で…。
「…んなんだよ…!ありえねー…、」
なまえは自分から流れる、暑さだけのせいでは無い…冷たい汗に、暫くその場から動けなくなった。
ーーーー…
障子戸を全開にしてもろくに風が吹き込んでこない程の暑さにやられていた芹沢と井吹の基に、近藤、土方、山南…と、もう1人が訪ねてきた。
「雪村さん、お入りください。」
山南に呼ばれ、剃髪の男性が部屋の中へと入ってくる。
この風体からすると、恐らく医者だろう。
でも、どうして此処にーー?
なんだ、その男はと返す芹沢に、男は芹沢の態度に不信感を抱く様子もなく、表情の無い顔でこう名乗る。
「雪村綱道と申します。蘭医学を学んでおります。」
そう名乗った後、真剣な口調で説明を始めた。
どうやら雪村という男は、会津藩経由で幕府より遣われ、浪士組の人材不足を解決する妙案があるとの事だった。
後に井吹は、芹沢から新見を呼んでこいと言われ、八木邸での待機を命じられるのだった。
ーー…
やがて日が沈み、外はすっかり暗くなってしまったが、あの三人は戻ってくる気配はなかった。
気温は相変わらず下がらないままで、湿り気を含んだ空気が、まるで澱んだ水のように肌にまとわりついてくる。
広間で待たされている皆は、次第に苛立ちを露わにし始めた。
「近藤さん達、何の話をしてるんだろうな?
人材不足を解決する方法があるとか言ってたけど…どうして医者が?」
自分の思った意見をぶつける皆に、なまえは胸騒ぎが収まらない。
(やろー…何企んでやがる、)
ギリッと歯を噛んで、顔を歪ませながら前川邸を睨んでいると、なまえの隣にいた斎藤がなまえの額に布を当てる。
「すごい汗だが…」
なまえにしては汗垂らすのは珍しいんじゃないか、と問いかけながら、なまえの額の汗を布で吸い取る。
「…わり、」
そう言いながら なまえは、少しだけ自分の着物をはだけさせて風通しを良くする。
特に止めず、大人しく斎藤に身を委ねていると…
(…なまえ、色っぽい…)
なまえの、はだけた着物から少し汗ばんだ鎖骨が覗く。
キュッと締まった胸も、ちらちらと顔を出していて…
すっかり、なまえの魅惑ボディ(?)に魅了されてしまった斎藤は、固まって仕舞い…其れを不思議に思ったなまえは、「…一?」と、彼の顔の前にひらひらと手を振り、話しかけた。
はっ、と気が付いたかと思っても、目はうつろのままの斎藤は、何を思ったか…なまえの鎖骨付近に顔を埋めた。
「…っ…!?」
ぐっ、と強い力で押さえ込まれ、その場に押し倒されたなまえは、急な展開に頭がついて行かない。
だけど、斎藤の舌は、そんななまえを余所目に、形の良い鎖骨を、カリッ…と甘噛みしたと思えば、胸の辺りまで一気にベロッー…と舐め下げた。
「…っ、やめ…」
なまえは、自分の意思とは裏腹に、身体はひくひくっ、と反応してしまう。
その様子を見て、斎藤は舌でなまえの汗を舐め掬った後、黒い笑みを浮かべ、腰に手を置こうとするがーー…
先程まで、しんみりな話をしてた皆は、彼らの異変に気が付き、「何してるの?!」と叫ぶと、斎藤を引き剥がす。
「一君…っ、良い度胸してるじゃない…」
斎藤を引き剥がした後、ふつふつと怒りのオーラを滲ませながら、斎藤の胸ぐらを掴む沖田を、皆は次に彼を捕まえ、斎藤から引き剥がした。
「…ん…?」
引き剥がされて少したった後、うつろだった目も何時も通りに戻ったであろう斎藤が、声を発する。
「…ぬ?なまえ、汗は?」
何事も無かったかのように、布を押し当ててくる斎藤に、周りは苦笑いしなまえも「元に戻って、よかった…」と斎藤の頭をぽんぽんっ、と撫でた。
沖田は未だ、怒っていたようで睨みつけていた様だがー…。
「うぐっ、ぐ、
ぐぁああああああっー!」
断末魔の悲鳴を思わせる絶叫が、前川邸の方から聞こえてくる。
「何だ、今の…悲鳴だったよな?」
井吹が叫ぶと、不機嫌なまま顔を歪ませた沖田は、様子を見てくると立ち上がった。
今の叫び声は普通じゃなかった!と判断する平助は、行くしかないと決断する永倉と共に、沖田を追い、ただならぬ事態が起こってるとすればー…そう続けながら右腰の刀に手を添える斎藤に、「…いくべ」と答えたなまえの隣に付いて向かうと、「源さん、此処は頼んだ。」と原田も追うように出たのだった。
「待てよ、あんた達…俺も行く!」
彼らを追って、井吹も八木邸を飛び出してしまったのだった。
ーー…。
「何だ、君までついてきたの?」
向こうで大人しくしてれば良かったのに、と沖田に言われ、斎藤からも戻れ、と言われた井吹は、必死に食い下がってしまった、その時ー…。
刀が鳴る音が聞こえ、土方の声が響く。
「絶対、外に出さねえようにしてくれ!」
その言葉が引き金になり、 なまえの胸がギリギリッ…と痛くなった。
(さっきと同じ、胸騒ぎ…!)
土方は、誰かと戦っているようだ。
まずは永倉、次に沖田、斎藤、平助、原田が後を追って前川邸に飛び込む。
井吹は、腰の刀に手をかけたまま、しばしの間、逡迷する。
(此処まで、勢いで来ちまったが…どうすればいい…!?)
その時だったー…。
いつもとは違う、上覧試合の時に見せたなまえの目は、井吹を睨むように見つめて叩きつける。
「…その刀、使う覚悟は?」
戸惑いながら、えっ…と問い返すと、 なまえは続けた。
「人を斬る覚悟がねーなら、八木さんとこ戻りな、」
すっ…と刀を左手で構えると、暗闇になまえの金と紅が輝いた。
「…っ!」
井吹は、意を決した様に刀を鞘から抜き取り構えると、なまえはそれを見て、油断だけは絶対するな、と親しみを込めた声音で語りかけた。
「わかってる…!」
井吹は、グッと前川邸を睨みつけた。
「危ねぇっ…!斎藤っーー!」
邸内にいる隊士達の声音に含まれた緊迫の度合いが、ここからでもわかるほど高まっていく。
「くけけけけっ!」
狂ったような笑い声が聞こえ、障子戸を派手に破壊する音がこだました。
「…庭か!」
物音を聞いた瞬間、なまえは弾かれたように駆け出して行き、井吹は、待ってくれと言いながら全力で背中を追った。
そして、庭へと踏み込んだ瞬間ーー…
己の瞳に映った物の姿に、井吹は唖然とするのだった。
闇の中に浮かび上がる老人のように色素のない髪、着物を濡らす赤黒い血ー…
手にした刀を出鱈目に振り回しながら狂笑している。
「こいつ、人間なのか…?」
ガタガタと震える井吹に、なまえが下がってな、と言う。
なまえの紅は、相手の赤を消し去る勢いでー…。
ーーチャキ…ーー
なまえの左手の漆黒の刀は、相手の赤黒い血に劣らず、漆黒なはずなのに、月明かりに照らされて赤黒く光っていた。
何百の濃い血を、啜ってきたかの様なー…
ガキィィンー…!
怯む隙すら相手に与えず、白髪の男がもつ刀を叩き落とし、まずは…と、試すように男の腕を斬る。
「ー…うぐっ…!」
あの血の量を見れば、傷は骨や腱まで達してるのは確実だが…。
苦しむ声から、次第に狂笑へと変化していき、あれほどの重傷がたちまち癒えて、塞がっていく。
(…俺の胸騒ぎは、これか…)
なまえは見下し、自分と同じ様な現象を目のあたりにすれば、なんとなく頭の中で繋がっていくー…。
(あの、おっさん…
まさか人間で鬼つくりやがったな…)
殺意に似たオーラを纏うなまえに井吹は、たった今目の前でおきた不思議な現象と、なまえの絶対零度の恐怖に足が立ち竦む…。
(怖い、怖い、怖い…!)
白髪の男より、
初めて見るなまえが、もの凄く怖いー…。
だって、俺の知ってるなまえの目じゃない…
「くけけけけ、けけけけぁーー!」
何故、其処までして命に触れるのか…
どうやって鬼の血を手に入れたのかも解らないが…
「…っ、ざけんな…っ!!」
ーーーー
「 なまえ!龍之介!」
先に、前川邸に入り、庭に逃げてきた白髪頭の男を追いかけに来たら…
珍しく、なまえの怒声が聞こえた。
彼の両目は、金と紅の混じり合った色をして、髪色も少し違ったように見えたから、もう一度確認しようとした瞬間…
ーーブッ…ブシャアアア…ャアアア…!!ーー
漆黒の刀が紫色に一振り、太刀筋を残した瞬間、白髪の男の首から大量な血液が噴射する。
「…っ、うわああっ!」
井吹の悲鳴が聞こえたと思えば、つい舞ってきた白髪頭を掴んじまったのだろう。
ゴトン…!と地に落とした。
ブシャアアア…っと未だに降り続く血の雨の中で、なまえは血に打たれながら黙って見下し、立ち続ける。
既に、彼の目の色と髪の色は、普段通りに戻っていた。
血を浴びて、頬を伝い流れる様は、 なまえが涙を流しているように見えたー…。
「なまえ…?」
周りの皆は、心配になり声を掛けるが…声に答えてくれるのは、不気味に闇に輝く鎖と、哀しく紅黒く滲み光る連結鍵ー…。
ーーー
「今から、説明がある…。
皆、ついて来い…。」
冷たい空気が流れる中、向こうから土方が駆け出してきて申すと…。
ガンッー…!
目にも止まらぬ、尋常じゃない速さで、なまえは土方の胸ぐらを掴み、壁に叩き追いつけた。
「…ぐっ…!」
土方は、ギリギリ…っと胸元を掴みあげられ、顔をしかめる。
周りの皆は声を上げるが、いつもと様子が違う彼に、思うように動けない。
「…テメェら…くだらねーことしてんじゃねーだろうな…?」
肩で息してるなまえは、嘲笑いながら、 ギリギリ…っと更に土方の胸元を締め上げ地から足を浮かせた。
「 なまえ…っ!
やめてくれよ!! 」
皆の焦りが頂点に達した時。
土方は、息をかはっ…と吐き出しながら、「こんの…っ、バカ獣がっ!」と叫び、必死で伸ばした腕の指が、連結鍵の御札にチリッー…と触れ、全力でなまえの脇腹に回し蹴りを喰らわす。
「…ぐっ…!?が…はっ…!」
ザッー…と土方を地に落とし、 なまえも横腹に蹴りを喰らった衝撃で気を失う。
連結鍵の不気味な輝きが、スッー…と消えた。
大丈夫か、土方さん!と周りに囲まれるが、死体の始末と、広間に急げと何事も無かったかの様に、意識を失ったなまえを肩に担いで行って仕舞うのだったー…。
浅葱の黎明、変若水の人体錬成
(命を弄ぶのは、)(もうやめてくれ)
ーーーーー
連結鍵の欠点、
なまえの弱さ、
哀しいね、そろそろ暴かれちまえ
「悪かったな。見回りに入れてもらって、買い物にも付き合わせちまって…」
「いーよ、毎日大変だな?」
井吹が御礼を言うと、なまえは別に構わないと返しつつ、井吹の手の中の煙草に目をやり呆れた顔をする。
「はは…」
井吹は、芹沢に煙草を買ってくるように言いつけられ、偶々当番だったなまえの班と、一緒に出かけた帰りーー…。
「あれ…?」
呉服屋の丁稚と思われる連中が、八木さんの家に行李をいくつも運び込んでいるのが目に入る。
「何だ?八木さんの奥さんが着物でも買ったのか?」
「おー、いっぱい買ったなー」
なまえの返しに、確かに明らかに1人分の着物の量じゃないよな、なんて突っ込みを入れ、そんな事を考えていると…。
「なまえ!龍之介!
早く来てみろよー!浪士組の隊服が、出来上がったんだってさー!」
なまえ達を見つけるなり、大きな声で呼びつけた。
その様子は喜んでいるようで。
本人曰く、すっげえ格好良いから早く見に行こう!との事だった。
(…うげ、やりやがった…。)
隊服をあつらえるのには勿論、金が絡んでくる為、勘定のなまえは、隊服を作ると決めた芹沢と、細かく金の動きを話し合たかったのだが、俺に全てやらせろなんだの言われ続けた挙げ句、門前払いされて仕舞い、今日が来てしまったのだー…。
「…わかったから、ひっぱんなー」
平助はぐいぐいなまえの腕を引き、井吹は「おいおい」と後を追いかけ、八木邸の中へと入っていった。
広間には既に浪士組の面々が揃っており、彼らの前には隊服が入っていると思われる行李が、いくつも積まれており、芹沢の説明からするとどうやら、先日の大阪での資金調達した金で作ったようだ。
「京の人間に浪士組の名を広く知らしめる為には、揃いの隊服を着るのがよかろうと思ってな。」
(相当の金かかってんなー、これ)
なまえの目は、生地や質、羽織という視覚と触感で大体の金の計算を、頭の中で行う。
(…まさか、払ってねーんじゃねーの…?)
計算の結果、なまえは苦笑いし、後に芹沢に問いただしてみる事にした。
元々隊服を作るという件は、近藤や土方は知らなかったが、ある時ある切欠で知ってしまったなまえは…という流れであり、先程の事柄に結びついている。
(あめーよ、誤魔化せらんねーから)
なまえは、目を小判の形にしながら、最近のやり取りを思い出していた。
芹沢らが毎日、島原で消費してる金の分は、いつか必ず何処かで調節して、浪士組活動資金に回そうと考えているなまえは、勘定としてもなかなか板についてきたのではなかろうか。
「皆、揃ったよな?
俺、もう待ちきれなくてよ!」
嬉しそうにはしゃぎながら、声をあげる永倉や皆を見てなまえは、隊服作った結果は良かったか、なんて思い優しい表情をした。
ーー…
「こりゃ…偉く派手な柄だな」
永倉があけた行李の中の、新品な羽織を見て、井吹は息を零した。
襟の部分には、白い山形の染め抜き模様があしらっている羽織に、めちゃくちゃ格好良いじゃん!なんて平助は歓声をあげた。
「袖口のこの模様って、なんていうんだっけ?」と平助が永倉に問うが、「だん…だん何とか…?」と苦笑いし、さっき呉服屋の兄ちゃんが言ってたんだけどなーなんて考えて始める。
「…だんだら模様?」
だんだらとは、ちょっと違う模様な気もするけど…なんてなまえがふっと呟くと、そうだ!よく解ったなーなんて永倉は御礼の代わりになまえの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「折角だから、袖通してみたい!」なんてはしゃぎながら許可を求める平助に、珍しく機嫌が良い芹沢は、こだわる様子も見せずに着てみろと返した。
汚すんじゃねえぞ、と一喝する土方に対し、平助は解ってるってー!なんて返しながら、井上にハサミを借りたいと申し出た。
「ちょっと待ちたまえ。
切ってあげるから、じっとしていなさい。」
井上は、そう言いながら持っていたハサミで、しつけ糸を切っていく。
「源さん、俺も手伝う」
皆の羽織の糸を切る井上に、なまえも手伝うと申し出るが、井上はそれに笑顔で返し、「ほら、なまえ君も袖通してみなさい。」なんて言われてしまった。
似合う!?なんてはしゃぐ平助、おかしくねぇか!?と聞く永倉に、原田は笑いながら「安心しろ。着てる人間はともかく、羽織はどこもおかしくねえよ」なんて返し、なんだとー!なんて騒いでは余程御満悦の様だ。
とりあえず、井上の言葉に甘えて、なまえも着てみる。
(…目が、ちかちかする…)
何時もは派手な着物を着ないなまえにとって、この色は新鮮だった。
すすっ…と触って、皆が同じ隊服を着てるのを見て、つい口元が緩んでしまった。
なまえは自分も、浪士組一員だと言われてるようで嬉しかったのだ。
「どうだ、悪くないだろう?」
なまえはしみじみ浸っていると、思い通りの隊服が出来て嬉しいのか、満足げな表情を浮かべながら、鉄扇で顔を扇いでる芹沢が近づいてきて話しかけられた。
「…うん、そういうことにしといてあげる。」
芹沢の問いに、皆喜んでるし?なんて答えると、芹沢は口元を緩ませ「フン、生意気な…」と呟いた。
「みょうじ君、口を慎みなさい!
芹沢先生に対して何たる暴言をーー!」
新見が目を剥きながら発言すると、芹沢は「新見。只の小童の駄々ごねに、いちいち反応するな。」と遮った。
「鉄扇飛んでこねーなんて、どーしたの?」
嫌みでまた返してやっても、新見は嫌々しそうになまえを睨むが、芹沢は扇で自分の顔を扇いでるだけだった。
「…みょうじ」
あいよ、なんて芹沢に返すと、貴様はこの羽織に込められた意味を理解しているか?と質問される。
「…羽織に込められた意味、」
なまえは、グッと目に力を込め、芹沢に聞き返した後…流し目で答えた。
「浅葱…武士の切腹時に着る、死装束の色。」
芹沢に問いかけになまえは呟くと、「ほお…」とにやっと笑いながら芹沢は続けた。
「我々は、命を賭して隊務に臨んでいるという意味を…こめてあるのだ。」
その後に、袖口の山形の染め抜きは、蛇のウロコを表していると語る。
「…蛇?」と聞き返すなまえに、芹沢はまた一つ含み笑い「さよう。脱皮を繰り返し生き延びる蛇は、古来より不老不死の象徴とされてきた。」つまりこの図柄は、死した後も永久に続く信念を表している、と説明した。
ふっと口元を緩ませたなまえは、ご立派。と返した後「だけど、羽織代の事は、俺の納得いくまで説明してもらうからー」と言いながら舌をんべ、っと出し、芹沢に釘を差す。
そのなまえの態度を見て、またしても新見が目を剥くのであった。五月も半ばになった頃、
「…あつ…」
動いてなくても汗が滲む暑さになまえは、うんざりしながら、久しぶりに連結鍵で笛の音を奏でていた。
「…やーめた、」
鍵の下の方をカチカチッ…と短くし基の長さに戻しても尚、口にくわえたまま唇で鍵を遊ばせる。
この人気の無い場から離れ、風通りが良い場所に移り、丁度よい木陰に座り込んで休憩してると…。
「…今、綺麗な音色が聞こえましたが、もしかして貴方でしたか…?」
ふっ、と見慣れない男が奥の方から顔をだしなまえに話しかけた。
「…んなっ、!?」
びくっと反応し、しかし鍵はくわえたまま男を振り向く。
なまえは、あまりの暑さにうなだれていたせいか、この男の気配にも気が付かず、連結鍵の音色を見ず知らずの人間に聴かれてしまった事がショックで、言葉が何も出なかった。
「…とても綺麗な、鍵ですね。」
男は、うっとりとした目で眺め意味ありげな含み笑いをなまえに落とすと、瓶の部分に触れようとする。
(…っ!?)
男の指が触れる前に、すぐさまザザッと後ろに退き、ギリッと睨む。
なまえの全身の血が騒ぎ、本能が語る。
この男に近付くな…と、
男は含み笑いながら「失礼」と一言謝ると、おや、おいでなさったようだ、と呟き、向こうに見える山南の基へ戻っていった。
どうやらこの男は、山南の客の様で…。
「…んなんだよ…!ありえねー…、」
なまえは自分から流れる、暑さだけのせいでは無い…冷たい汗に、暫くその場から動けなくなった。
ーーーー…
障子戸を全開にしてもろくに風が吹き込んでこない程の暑さにやられていた芹沢と井吹の基に、近藤、土方、山南…と、もう1人が訪ねてきた。
「雪村さん、お入りください。」
山南に呼ばれ、剃髪の男性が部屋の中へと入ってくる。
この風体からすると、恐らく医者だろう。
でも、どうして此処にーー?
なんだ、その男はと返す芹沢に、男は芹沢の態度に不信感を抱く様子もなく、表情の無い顔でこう名乗る。
「雪村綱道と申します。蘭医学を学んでおります。」
そう名乗った後、真剣な口調で説明を始めた。
どうやら雪村という男は、会津藩経由で幕府より遣われ、浪士組の人材不足を解決する妙案があるとの事だった。
後に井吹は、芹沢から新見を呼んでこいと言われ、八木邸での待機を命じられるのだった。
ーー…
やがて日が沈み、外はすっかり暗くなってしまったが、あの三人は戻ってくる気配はなかった。
気温は相変わらず下がらないままで、湿り気を含んだ空気が、まるで澱んだ水のように肌にまとわりついてくる。
広間で待たされている皆は、次第に苛立ちを露わにし始めた。
「近藤さん達、何の話をしてるんだろうな?
人材不足を解決する方法があるとか言ってたけど…どうして医者が?」
自分の思った意見をぶつける皆に、なまえは胸騒ぎが収まらない。
(やろー…何企んでやがる、)
ギリッと歯を噛んで、顔を歪ませながら前川邸を睨んでいると、なまえの隣にいた斎藤がなまえの額に布を当てる。
「すごい汗だが…」
なまえにしては汗垂らすのは珍しいんじゃないか、と問いかけながら、なまえの額の汗を布で吸い取る。
「…わり、」
そう言いながら なまえは、少しだけ自分の着物をはだけさせて風通しを良くする。
特に止めず、大人しく斎藤に身を委ねていると…
(…なまえ、色っぽい…)
なまえの、はだけた着物から少し汗ばんだ鎖骨が覗く。
キュッと締まった胸も、ちらちらと顔を出していて…
すっかり、なまえの魅惑ボディ(?)に魅了されてしまった斎藤は、固まって仕舞い…其れを不思議に思ったなまえは、「…一?」と、彼の顔の前にひらひらと手を振り、話しかけた。
はっ、と気が付いたかと思っても、目はうつろのままの斎藤は、何を思ったか…なまえの鎖骨付近に顔を埋めた。
「…っ…!?」
ぐっ、と強い力で押さえ込まれ、その場に押し倒されたなまえは、急な展開に頭がついて行かない。
だけど、斎藤の舌は、そんななまえを余所目に、形の良い鎖骨を、カリッ…と甘噛みしたと思えば、胸の辺りまで一気にベロッー…と舐め下げた。
「…っ、やめ…」
なまえは、自分の意思とは裏腹に、身体はひくひくっ、と反応してしまう。
その様子を見て、斎藤は舌でなまえの汗を舐め掬った後、黒い笑みを浮かべ、腰に手を置こうとするがーー…
先程まで、しんみりな話をしてた皆は、彼らの異変に気が付き、「何してるの?!」と叫ぶと、斎藤を引き剥がす。
「一君…っ、良い度胸してるじゃない…」
斎藤を引き剥がした後、ふつふつと怒りのオーラを滲ませながら、斎藤の胸ぐらを掴む沖田を、皆は次に彼を捕まえ、斎藤から引き剥がした。
「…ん…?」
引き剥がされて少したった後、うつろだった目も何時も通りに戻ったであろう斎藤が、声を発する。
「…ぬ?なまえ、汗は?」
何事も無かったかのように、布を押し当ててくる斎藤に、周りは苦笑いしなまえも「元に戻って、よかった…」と斎藤の頭をぽんぽんっ、と撫でた。
沖田は未だ、怒っていたようで睨みつけていた様だがー…。
「うぐっ、ぐ、
ぐぁああああああっー!」
断末魔の悲鳴を思わせる絶叫が、前川邸の方から聞こえてくる。
「何だ、今の…悲鳴だったよな?」
井吹が叫ぶと、不機嫌なまま顔を歪ませた沖田は、様子を見てくると立ち上がった。
今の叫び声は普通じゃなかった!と判断する平助は、行くしかないと決断する永倉と共に、沖田を追い、ただならぬ事態が起こってるとすればー…そう続けながら右腰の刀に手を添える斎藤に、「…いくべ」と答えたなまえの隣に付いて向かうと、「源さん、此処は頼んだ。」と原田も追うように出たのだった。
「待てよ、あんた達…俺も行く!」
彼らを追って、井吹も八木邸を飛び出してしまったのだった。
ーー…。
「何だ、君までついてきたの?」
向こうで大人しくしてれば良かったのに、と沖田に言われ、斎藤からも戻れ、と言われた井吹は、必死に食い下がってしまった、その時ー…。
刀が鳴る音が聞こえ、土方の声が響く。
「絶対、外に出さねえようにしてくれ!」
その言葉が引き金になり、 なまえの胸がギリギリッ…と痛くなった。
(さっきと同じ、胸騒ぎ…!)
土方は、誰かと戦っているようだ。
まずは永倉、次に沖田、斎藤、平助、原田が後を追って前川邸に飛び込む。
井吹は、腰の刀に手をかけたまま、しばしの間、逡迷する。
(此処まで、勢いで来ちまったが…どうすればいい…!?)
その時だったー…。
いつもとは違う、上覧試合の時に見せたなまえの目は、井吹を睨むように見つめて叩きつける。
「…その刀、使う覚悟は?」
戸惑いながら、えっ…と問い返すと、 なまえは続けた。
「人を斬る覚悟がねーなら、八木さんとこ戻りな、」
すっ…と刀を左手で構えると、暗闇になまえの金と紅が輝いた。
「…っ!」
井吹は、意を決した様に刀を鞘から抜き取り構えると、なまえはそれを見て、油断だけは絶対するな、と親しみを込めた声音で語りかけた。
「わかってる…!」
井吹は、グッと前川邸を睨みつけた。
「危ねぇっ…!斎藤っーー!」
邸内にいる隊士達の声音に含まれた緊迫の度合いが、ここからでもわかるほど高まっていく。
「くけけけけっ!」
狂ったような笑い声が聞こえ、障子戸を派手に破壊する音がこだました。
「…庭か!」
物音を聞いた瞬間、なまえは弾かれたように駆け出して行き、井吹は、待ってくれと言いながら全力で背中を追った。
そして、庭へと踏み込んだ瞬間ーー…
己の瞳に映った物の姿に、井吹は唖然とするのだった。
闇の中に浮かび上がる老人のように色素のない髪、着物を濡らす赤黒い血ー…
手にした刀を出鱈目に振り回しながら狂笑している。
「こいつ、人間なのか…?」
ガタガタと震える井吹に、なまえが下がってな、と言う。
なまえの紅は、相手の赤を消し去る勢いでー…。
ーーチャキ…ーー
なまえの左手の漆黒の刀は、相手の赤黒い血に劣らず、漆黒なはずなのに、月明かりに照らされて赤黒く光っていた。
何百の濃い血を、啜ってきたかの様なー…
ガキィィンー…!
怯む隙すら相手に与えず、白髪の男がもつ刀を叩き落とし、まずは…と、試すように男の腕を斬る。
「ー…うぐっ…!」
あの血の量を見れば、傷は骨や腱まで達してるのは確実だが…。
苦しむ声から、次第に狂笑へと変化していき、あれほどの重傷がたちまち癒えて、塞がっていく。
(…俺の胸騒ぎは、これか…)
なまえは見下し、自分と同じ様な現象を目のあたりにすれば、なんとなく頭の中で繋がっていくー…。
(あの、おっさん…
まさか人間で鬼つくりやがったな…)
殺意に似たオーラを纏うなまえに井吹は、たった今目の前でおきた不思議な現象と、なまえの絶対零度の恐怖に足が立ち竦む…。
(怖い、怖い、怖い…!)
白髪の男より、
初めて見るなまえが、もの凄く怖いー…。
だって、俺の知ってるなまえの目じゃない…
「くけけけけ、けけけけぁーー!」
何故、其処までして命に触れるのか…
どうやって鬼の血を手に入れたのかも解らないが…
「…っ、ざけんな…っ!!」
ーーーー
「 なまえ!龍之介!」
先に、前川邸に入り、庭に逃げてきた白髪頭の男を追いかけに来たら…
珍しく、なまえの怒声が聞こえた。
彼の両目は、金と紅の混じり合った色をして、髪色も少し違ったように見えたから、もう一度確認しようとした瞬間…
ーーブッ…ブシャアアア…ャアアア…!!ーー
漆黒の刀が紫色に一振り、太刀筋を残した瞬間、白髪の男の首から大量な血液が噴射する。
「…っ、うわああっ!」
井吹の悲鳴が聞こえたと思えば、つい舞ってきた白髪頭を掴んじまったのだろう。
ゴトン…!と地に落とした。
ブシャアアア…っと未だに降り続く血の雨の中で、なまえは血に打たれながら黙って見下し、立ち続ける。
既に、彼の目の色と髪の色は、普段通りに戻っていた。
血を浴びて、頬を伝い流れる様は、 なまえが涙を流しているように見えたー…。
「なまえ…?」
周りの皆は、心配になり声を掛けるが…声に答えてくれるのは、不気味に闇に輝く鎖と、哀しく紅黒く滲み光る連結鍵ー…。
ーーー
「今から、説明がある…。
皆、ついて来い…。」
冷たい空気が流れる中、向こうから土方が駆け出してきて申すと…。
ガンッー…!
目にも止まらぬ、尋常じゃない速さで、なまえは土方の胸ぐらを掴み、壁に叩き追いつけた。
「…ぐっ…!」
土方は、ギリギリ…っと胸元を掴みあげられ、顔をしかめる。
周りの皆は声を上げるが、いつもと様子が違う彼に、思うように動けない。
「…テメェら…くだらねーことしてんじゃねーだろうな…?」
肩で息してるなまえは、嘲笑いながら、 ギリギリ…っと更に土方の胸元を締め上げ地から足を浮かせた。
「 なまえ…っ!
やめてくれよ!! 」
皆の焦りが頂点に達した時。
土方は、息をかはっ…と吐き出しながら、「こんの…っ、バカ獣がっ!」と叫び、必死で伸ばした腕の指が、連結鍵の御札にチリッー…と触れ、全力でなまえの脇腹に回し蹴りを喰らわす。
「…ぐっ…!?が…はっ…!」
ザッー…と土方を地に落とし、 なまえも横腹に蹴りを喰らった衝撃で気を失う。
連結鍵の不気味な輝きが、スッー…と消えた。
大丈夫か、土方さん!と周りに囲まれるが、死体の始末と、広間に急げと何事も無かったかの様に、意識を失ったなまえを肩に担いで行って仕舞うのだったー…。
浅葱の黎明、変若水の人体錬成
(命を弄ぶのは、)(もうやめてくれ)
ーーーーー
連結鍵の欠点、
なまえの弱さ、
哀しいね、そろそろ暴かれちまえ