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大阪へ資金調達に出かけてから、半月程経った頃。
広間には、珍しく全員の姿が集まった。
何やら話があるから広間に集まってくれ、と言う永倉に呼ばれた井吹は、最後の方に広間へ入るのだった。
寝ていた所を起こされた、芹沢と新見は、どうやら不機嫌そうでー…。
「こんな朝っぱらから、一体なんの話があるというのだ。」
芹沢が眉間に皺を寄せながら言うと、続いて新見が、我々は、昨夜も夜遅くまで国事の為に奔走していたとボヤく。
おそらく、昨晩も遅くまで島原に行ってたと思われるのだが…。
「先程、会津藩公用方より書状が届きまして。」
すかさず近藤の説明が入り、内容は?と芹沢は食いついた。
「何でも、その…明日、松平肥後守様が我々にご接見くださるらしく…。
浪士組の隊士全員で、会津藩の本陣・黒谷金戒光明寺に来るようにとの事です。」
近藤は、何度も何度も書状を確認し、読み返しながら言葉にする。
「ご接見って、会津藩の殿様が、あんた達に会ってくれるって事か?」
井吹が、驚いた顔で聞き返すと平助は、ついにこの日が来たか!と喜び、永倉は、着ていく物なんてねぇぞ!とはしゃいだ。
「落ち着け、てめえら!
話は未だ終わってねえだろうが!」
土方の一喝で、場は再び静まり返る。
「それでだ、せっかく松平中将様にお目通りがかなうのだから皆で、上覧試合を行おうと思うんだ。」
近藤の一言に、殿様の前で試合するということか、と原田が聞き直すと近藤は、頷き返し、土方へと目配せする。
「皆で出かけて行って、挨拶だけで終わらせるなんてもったいねえからな」
そんな土方の言葉を聞き、芹沢は不快げな表情をし、なぜそんな面倒な真似をせんばならんと反論した。
それを聞いて土方は、汗を流すのは自分たちに任せてくれと言い眩め、再び皆の方を振り返った。
「試合の組み合わせは、もう決めてある!
時間は残り少ねえが、全力で稽古しろよ」
皆、緊張した様子で、土方の次の言葉を待つ。
まず、第一試合は土方と平助。
第二試合は、永倉と斎藤。
第三試合は、沖田となまえ。
突然名前を呼ばれた沖田は、緊張した顔になり土方を見返す。
そして、なまえの方をゆっくり振り返ると、じっ…と見つめ、なまえはそれに、柔らかい表情をして受け止め「宜しくな、」と沖田に返した。
浪士組が、会津藩にどう評価されるかは、今回の試合にかかっていると諭す近藤に、全員が元気よく返事をするのであった。
試合では、竹刀よりも危ない木刀を使用するようで…しかしその分、会津藩のお偉い様方には強い印象を与えられるー…
「人前で試合するなんて、久しぶりだなあ。
一君の相手は、新八さんだっけ?」
そう斎藤に問い、白熱し過ぎて殺しちゃわないように気をつけてね、なんて冗談混じりで続ける。
「…あんたは…心配ないか」
斎藤は、沖田の試合相手に目を向けながら答え、それに気が付いたなまえは、にっと悪戯に笑いながら返した。
「総司、殺すつもりでおいで、」
その言葉にひくっとした沖田は、またまた、冗談やめてくださいよ、なんて苦笑いしながら答えた後、何かを思いついたのか、一瞬顔をはっとし、いつもの笑みを浮かべてなまえの腰に手を回しながら質問する。
「ねえ、なまえさん…?僕と賭けない?
僕が負けたら、僕はなまえさんの言うこと一つ、何でも聞くよ。
その代わり、僕が勝ったら…なまえさんは僕のモノになるの」
沖田は、にこーっと黒い笑みを浮かべながらなまえの腰をツツ…っとさすった。
「…あ、?」
怪訝そうな表情をして聞き返す なまえを余所目に、周りの皆の空気が変わる。
「…総司」
まず斎藤が殺意に似たオーラを放つ。
なまえが負けると思わないが、聞き捨てならない。
「なーに?一君には関係無いでしょ?
一君もそんなに賭けがしたいなら、新八さんとでもやれば?」
なんて、いつもの調子で返してくるもんだから、斎藤もムキになる。
「なまえは…モノではない!何故あんたは、いつもそうなまえを…!」
いつもの冷静な彼が、好きな刀と向き合っている時と同じ様…いやそれ以上に、執着し嫉妬する。
「なに?僕がなまえさんにいつもなんだって?良く聞こえないんですけど」
それに負けずと食ってかかる沖田。
「やめろよな!」なんて止める井吹と原田は、困り顔で仲裁に入ろうとする。
(あーあー…、)
また始まったと、そんな風に見かねたなまえは、二人をべりっと引き剥がした。
「おら、おしまい」
引き剥がした後、斎藤ははっと我に返り「すまん」と零し、なまえ…と名前だけで答えを聞き出す。
「手加減無しで、かかってくんだろ?
賭けても別に変わりねー、乗った。」
さらっと平然と答えるなまえに、沖田は斎藤に対し、物凄く勝ち誇った顔をしながら「絶対、負けませんから!」なんて張り切って稽古に向かう。
「…嫌だ」
斎藤は、悔しそうにギュッ…と なまえの着物を掴みながら俯く。
「…一、俺、負けんの?」
俯く斎藤の頭になまえは、負けるつもりねーけど、と言いながら、ぽんぽんっと手をあて撫でると、稽古いくべ、と斎藤の腕を掴んで出て行く。
「…ふぅ、まあ色々あるが、えらく張り切ってるみたいで良かったかな」
井吹が、一息ついて原田に問いかけると、晴れ舞台でもあるからななんて答える。
「因みに、龍之介。
お前は、どの試合が一番面白くなると思う?」
「どの試合って…」
そう零すと、面白いというより、気になる試合をすぐさま思い浮かべる。
なんとなく複雑そうな表情をしている井吹に、聞いた俺が間違いだったか、なんて苦笑い。
どうやら、原田も一緒の様でー…。
「だよな…」なんて、先程の光景を思い浮かべながら、苦笑いで返す井吹だった。
「因みに、絶対なまえに勝ってもらわなきゃなんねえ…!」
早速、なまえの稽古につきあってくる!なんて駆け出し、原田の目は燃え上がるのだった。
その日の晩。
前川邸の自室に戻った井吹は、布団を敷いて就寝の準備を始めた。
「ああ、くそっ…!
散々動き回ったせいで、身体中がガタガタだ…!」
今日は一日中、大騒ぎだった。
あっちで稽古、こっちで稽古、
どいつもこいつも腕はあるらしいから、稽古といってもかなり本格的。
「真剣に取り組むのは、いいことなんだろうが…」
浪士組の後ろ盾になってくれる会津藩の前で、剣術を披露できるってことは、上手くやれば覚えもめでたくなるってこと。
気合いも入るのは、当たり前であった。
(あいつの場合、違う気合いも入ってるみたいだが…)
ふと、昼のやりとりを思い出す、沖田となまえの賭けー…。
沖田の稽古は、誰よりも激しく、本格的だった。
付き合った井吹も含め、力尽き果てた平隊士達で出来た山が、もっこり出来上がる程で…。
「はあ…、僕、明日はなまえさん相手なんだから、こんなんじゃ困るよ。
絶対に勝たなきゃいけないんだから」
「そ…そんなこと言われましても…もう動けません…」
平隊士達は、涙ながらに訴える。
(…う、思い出すだけで骨が折れそうだ…寝よう)
もう色々考えるのをやめにした井吹は、そのまま睡魔が押し寄せてきて、眠りについた。
ーーー
そして、翌朝。
会津藩本陣の金戒光明寺へと向かう。
今日の試合に参加する面々ーー
土方を筆頭とした六人は、会津藩重役の後について門をくぐる。
「君の道場の連中は、見応えのある試合を披露してくれるんだろうな?」
芹沢が近藤に問うと、顔を引き締めながら「彼らなら、必ずやり遂げてくれるはずです。俺は、皆を信じています。」と答えた。
やがて、中から会津藩士と思われる男が姿を見せ、試合に出場しない者の案内をする。
本堂には、強面の会津藩士達が集められており、鍛え抜かれた身体に、眼光はぎらぎらと光らせている。
程なくして始まった、第一試合ー…。
土方と平助が姿を現した。
「さて、始めるとするか。
緒戦で無様な姿を晒したりしたらどうなるか…わかってんだろうな?」
土方が平助に聞くと、全力でいかせてもらうからな!と気合いの声をあげる。
「ーー始め!」
ーー…。
会津藩も、度肝抜かれる程の戦いが続き、勝者、土方!と審判がなる。
それからすぐに、第二試合が始まる。
「お前と全力で戦えるのが、楽しみで仕方ない」と話す永倉に、「俺も、あんたと戦えるのを楽しみにしていた」と返す斎藤。
ー…。
「勝者、斎藤!」
最後の最後で油断してしまった永倉は、隙のない斎藤に悔しそうにする。
左構えじゃなければ、自分は負けていたと永倉に称えた斎藤であった。
「よう、永倉。残念だったな」
そう永倉に当てた井吹に、あそこまで腕あげてるなんて…と悔しそうに落ち込む永倉。
それを横目で苦笑いをしながら励まし原田は、いよいよだぜ。と視線をぐっー…と会場へと投げた。
準備を終えた沖田となまえは、会場へと姿を現し、二人は会場の中央に立ち、向かいあって一礼する。
「みょうじと沖田か。
彼らの流派は?」
会津藩重役が、近藤に問いかける。
「沖田は、天然理心流の免許を持っております。
みょうじはー…。」
近藤の答えを遮り、重役は天然理心流とは聞いたことがないと言い出す。
近藤は笑みを零しながら、試合をご覧になれば理解して頂けると思います、と告げた。
「それでは、始め!」
沖田は、中下段にぐっと構え、 なまえに言い放った。
「約束、覚えてますか?」
沖田の翠は、真っ直ぐなまえの金と紅を貫きながらー…
なまえは、すっ…と左手片手で木刀を構えると、覚えてるから、最初から利き手、なんて答えると、沖田は、ふっと喜ぶ顔をし「良かった。いつもの稽古の時みたく、利き手じゃない右手でやられたらどうしようかと思った」なんて言いながら、おどける。
(っ…!)
上覧試合だろうけど、今日初めて なまえの戦いを見る井吹は、胸がドキドキして汗を握った。
他の者も、真剣な雰囲気で試合に釘付けになる。
「あの者も、左利きか…?
しかも構えが片手とは、一体…!」
左構えが2人もいる、そして なまえの我流である構えに、会津藩重役は質問すると、
「ええ…彼も斎藤同様、左構えです。
流派は、完璧に我流ですがー…まぁ、ご覧ください。」
と、近藤は口元をあげながら誇らしげに説明をし、重役は…ごくっと2人を眺める。
「なあ、 なまえのあんな構えじゃ…隙だらけじゃないか?」
井吹は、心配そうに周りに問いかけるが、…まぁ見てろってと返されて終わりだった。
なまえは、左手に木刀をすっ…と握ったまま、沖田との距離を縮めていく。
木刀を握ったなまえの目は、いつもの生気を含まない目ではなく、まるで獲物を追い詰めていくような…鋭い目に変化した。
そして、一足一刀の距離まで迫った瞬間ーー。
沖田は、臆することなく、なまえの間合いへ飛び込み、刺突を浴びせようとする。
摺り足の音は、一度しか聞こえないというのに、三度の突きをなまえに降ろした。
「……。」
しかし、突きはなまえに当たることなく、ふわっと交わされてしまう。
「…くっ!!」
沖田は、悔しそうに顔を歪ませながら体制を立て直し、それから、間髪入れずにもう一度攻撃するがー…。
ふわり、ふわりと蝶のように優雅に舞い、なまえは沖田の攻撃を交わす。
まるで、踊っているかのように見え、観客の目を釘付けにして離さない。
「…綺麗だ…
まるで満月を舞う天女だな…」
会津藩重役は、 なまえを見て喉を鳴らし、席から身を乗りだして眺める。
それは、井吹達も同じでなまえに見惚れていた中、永倉は、ふっと零す。
「総司の太刀筋、やっぱり少し変わったな…。
前から、あいつは荒っぽかったが、血生臭が増しているっつか…あいつ、真剣握ってるつもりで打ち込んでやがる。」
後々続く永倉の説明の後に、平助は落ち込む表情を見せて「最近、総司の奴…すっげえピリピリしててさ…」と落ち込んだ。
その間にも試合は、どんどん白熱の度合いを増していき、会津藩は、更に度肝を抜かれることになるのであった。
「…っ、 なまえさん…!
交わしてばっかりじゃ、僕に勝てませんよ…っ!」
はぁはぁと息づかいが荒くなってきている沖田と裏腹に、 なまえは汗ひとつ欠かず沖田を見下ろす。
「…腕上げた、さすが、」
沖田をそう褒め、にっ、とする表情でなまえは言い終わると次の瞬間、瞳が変わる。
一撃で、堕としてあげる…そういいたげな目の色に、沖田だけではなく、周りが一斉にゾッー…とした。
ーザンッーー…!!
木刀が、まさか風にまでも大きな斬り傷を残したのかと言いたくなる程の、 なまえのたった一振りした直後ーー…
スパン…ッ!と音がしたと思えば、沖田の持っていた木刀が二つに切れてしまい、会場は、あまりの驚きで、一斉にしん…と静まり返った。
「…んぐ?」
あ、と我にかえるなまえ。
「…え、」
ゾゾゾー…ッと鳥肌がたった沖田は、自分の身を確認したが、怪我は全くしておらず、へたんと座り込んで仕舞った。
「…あのー、」
審判は完璧に凍りついていたが、申し訳なさそうに話しかけるなまえに呼び起こされ我に返ると、ちょっと君!?と大きな声を出して問いつめる。
「…っ!」
ぎょっとしたなまえは、ごめんなさいと謝って、沖田を抱えて会場に出た頃は、大きな笑いと健闘に包まれていた。
「…ううむ…あの者は…」
ぶつぶつ唸り呟く会津藩重役を見て、近藤は苦笑いで申し訳ないと謝るが、まあしかし天然理心流も、 みょうじの我流も素晴らしかったと褒める重役に、近藤は誇るように微笑んだ。
「 なまえさん、ひどい!
僕を殺すつもりだったよね!」
むすーっとむくれる沖田に、そんなつもり無かったと謝りながら、
「ほらほら、かわいーお顔が台無し、」
そんな口説き文句を投げかけると、沖田は顔を赤く染め、もうっ…と口を尖らせ、黙ってなまえに頭を撫でられた。
(…ほっ、)
とりあえず、なまえは賭けに勝ったんだと安心して、斎藤は胸をなで下ろすが、先ほどから、 なまえが沖田の頭を撫でてるのが気に入らなく、斎藤は なまえの背中にぐっと顔を埋めた。
「…甘えんぼ、猫二匹ー、」
両手に華、なんて言って なまえは、二匹…もとい2人を腕でぎゅっと抱え込む。
なまえの腕の中で、結局火花をばちばち散らす2人だが…。
「いやー、しかしぶったまげたぜ!」
と、豪快に笑う永倉に、原田は惚れ直した!なんて続け、井吹も平助も、胸のドキドキが止まらなかった。
その後、何人かの隊士が演武などを披露した後、( なまえも強制参加させられたが、見事にやり遂げた。 )上覧試合は終了した。
「本日は、まことにご苦労であった。
上様も、それは大変ご満足してらっしゃった様子だぞ。」
本当ですか?と近藤は、嬉しそうに聞き直す。
うむ!と続ける会津藩のお偉い様の言葉に、近藤は恐縮した様子で、頭を垂れた。
会津藩重役が、別れ際になまえの前に立ち、顔を見て優しくにこっと微笑み、良くやったなと声を掛けた。
周りの皆は驚いて硬直していたが、話しかけられた当の本人はというとー…
(…あぶねー、怒ってない、)
壊してしまった木刀のことが心配で仕方なかった彼は、その事ばかり考えていたらしく、ほっとしていた。
そして重役に、ぺこっと頭を下げるのだった。
ーーー…
そして、屯所に戻った後、近藤はえびす顔のままで皆に告げる。
「本日は、皆のおかげで会津公より大変ありがたいお言葉を頂戴することができた!」
無礼講だ、好きなだけ飲んでくれという声に、全員が歓声を上げた。
浮かれる皆に、土方は、あんまり浮かれるなと渋そうな顔をするが、山南がまぁまぁ…と声を掛ける。
「皆!酒樽持ってきたぜ!
今日は朝まで逃がさねえから、覚悟しとけよ!」
原田がおっぱじめようぜと声をかけると、永倉がよっしゃあ!と叫ぶ。
原田は、笑いながら、ひしゃくで皆の盃に酒を注ぎ、宴会が始まった。
皆が楽しそうに呑んでいる中、酒が飲めないなまえは、近藤の近くに座って一緒に話していた。
「…こんど、さん…俺…」
成功したとはいえ、やはり苦い思いをした なまえは、近藤に申し訳なさそうにもう一度、謝ろうとしたその時…。
「ほーら、 なまえ!
大福も買ってきたぞ!
好きだろう?食べなさい。 」
おいしいぞーなんて良いながら、近藤は なまえの口元に差し出してきた。
(…大福!)
いきなり目の前に大好物が現れ、しかも、尊敬する人から食べさせてもらえる形に、なまえは、あーんと口を開け、はやくはやくとおねだりする。
ぱくっと頬張り、むふーと嬉しそうにするなまえの頭を撫で、近藤はお礼を言った。
なんで?と、頭の中では納得いかないけど、近藤の笑顔と大福の味で、いっか、と納得するなまえだった。
「うまーい、」
口の周りに大福の粉をつけて笑う なまえに、近藤はやれやれと笑いながら指で掬う。
うっとり…しながら近藤を眺めていたなまえ。
それを端から見ていた沖田が、なまえさん、と後ろから抱きしめた。
「…むぐっ?」
含みのある笑顔を浮かべながら、にじり寄ってくる沖田に、近藤は、おまえ達は、昔から仲良いなと微笑み、席をたって厠へ向かった。
「ね、なまえさん?
賭けの代償、決まった? 」
と、潤んだ瞳で見つめてくる沖田に、なまえは一瞬、不思議そうな顔をするが、あーと思いだしにっ、と歯を見せる。
その笑顔に一瞬、怯んだ沖田だったが、ぐっ…となまえを見つめ決意をする。
(もし、江戸に帰れって言われたときはー…)
切ない表情をした沖田に、なまえのいつものスキンシップが行われる。
「保留しとく、無期間で、」
なまえは沖田の頭を撫でながら、そんな顔しちゃって、かわいーなんてつい零す。
沖田は、真っ赤になりながら、まさか、そんな答えが帰ってくるかと思わなかったので、えっ…?と聞き直したが、なまえは優しい表情をするだけだった。
とくん、と心臓をならす沖田は、にこっとなまえに笑いかける事しか出来なかった。
ーー…
宴もたけなわとなり、酒をがぶ呑みしていた連中は、すっかり泥酔状態になってしまっていた。
「よし!酒が入ったとなるとーー…」なんて原田が言いだし、毎度毎度お決まりの切腹話を語り始める。
なんだかんだ付き合う、永倉と平助に、やれやれ…と呆れたように言う土方、仕方ないと諦めてる斎藤。
厠から帰ってきた近藤に、今日の試合見ててくれましたか?と問いかけ、近藤に教わった龍尾剣で戦ったと主張し、近藤に頭を撫でてもらって満足そうにし「近藤さんと、なまえさんの為に、もっともっと強くなりますから」と、そう言う沖田。
「…近藤さん、俺にも、」
なまえは、ぐいっと近藤の手をひっぱり、自分の頭に乗せた。
一瞬、何事かと思った近藤だが、恥ずかしがってるなまえを見てると、可笑しくて、愛しくて…全く、普段見せる姿と全く違うぞなんてからかいながらなまえの頭も撫でた。
「…む、」
顔はしかめっ面だけど、内心とても嬉しそうな表情をする彼は、意外とまだまだ、甘えん坊なのかも知れない。
ーー…
「…肝心なのは、これからでしょうね」
山南が、井吹に気になる発言をしていたのは、どうやら同じ頃のようだったーー…。
差異
(仕方ねー)(好きだから、)
ーーーー
最強な筈が、
うちの仔は、完璧じゃないのかも?
広間には、珍しく全員の姿が集まった。
何やら話があるから広間に集まってくれ、と言う永倉に呼ばれた井吹は、最後の方に広間へ入るのだった。
寝ていた所を起こされた、芹沢と新見は、どうやら不機嫌そうでー…。
「こんな朝っぱらから、一体なんの話があるというのだ。」
芹沢が眉間に皺を寄せながら言うと、続いて新見が、我々は、昨夜も夜遅くまで国事の為に奔走していたとボヤく。
おそらく、昨晩も遅くまで島原に行ってたと思われるのだが…。
「先程、会津藩公用方より書状が届きまして。」
すかさず近藤の説明が入り、内容は?と芹沢は食いついた。
「何でも、その…明日、松平肥後守様が我々にご接見くださるらしく…。
浪士組の隊士全員で、会津藩の本陣・黒谷金戒光明寺に来るようにとの事です。」
近藤は、何度も何度も書状を確認し、読み返しながら言葉にする。
「ご接見って、会津藩の殿様が、あんた達に会ってくれるって事か?」
井吹が、驚いた顔で聞き返すと平助は、ついにこの日が来たか!と喜び、永倉は、着ていく物なんてねぇぞ!とはしゃいだ。
「落ち着け、てめえら!
話は未だ終わってねえだろうが!」
土方の一喝で、場は再び静まり返る。
「それでだ、せっかく松平中将様にお目通りがかなうのだから皆で、上覧試合を行おうと思うんだ。」
近藤の一言に、殿様の前で試合するということか、と原田が聞き直すと近藤は、頷き返し、土方へと目配せする。
「皆で出かけて行って、挨拶だけで終わらせるなんてもったいねえからな」
そんな土方の言葉を聞き、芹沢は不快げな表情をし、なぜそんな面倒な真似をせんばならんと反論した。
それを聞いて土方は、汗を流すのは自分たちに任せてくれと言い眩め、再び皆の方を振り返った。
「試合の組み合わせは、もう決めてある!
時間は残り少ねえが、全力で稽古しろよ」
皆、緊張した様子で、土方の次の言葉を待つ。
まず、第一試合は土方と平助。
第二試合は、永倉と斎藤。
第三試合は、沖田となまえ。
突然名前を呼ばれた沖田は、緊張した顔になり土方を見返す。
そして、なまえの方をゆっくり振り返ると、じっ…と見つめ、なまえはそれに、柔らかい表情をして受け止め「宜しくな、」と沖田に返した。
浪士組が、会津藩にどう評価されるかは、今回の試合にかかっていると諭す近藤に、全員が元気よく返事をするのであった。
試合では、竹刀よりも危ない木刀を使用するようで…しかしその分、会津藩のお偉い様方には強い印象を与えられるー…
「人前で試合するなんて、久しぶりだなあ。
一君の相手は、新八さんだっけ?」
そう斎藤に問い、白熱し過ぎて殺しちゃわないように気をつけてね、なんて冗談混じりで続ける。
「…あんたは…心配ないか」
斎藤は、沖田の試合相手に目を向けながら答え、それに気が付いたなまえは、にっと悪戯に笑いながら返した。
「総司、殺すつもりでおいで、」
その言葉にひくっとした沖田は、またまた、冗談やめてくださいよ、なんて苦笑いしながら答えた後、何かを思いついたのか、一瞬顔をはっとし、いつもの笑みを浮かべてなまえの腰に手を回しながら質問する。
「ねえ、なまえさん…?僕と賭けない?
僕が負けたら、僕はなまえさんの言うこと一つ、何でも聞くよ。
その代わり、僕が勝ったら…なまえさんは僕のモノになるの」
沖田は、にこーっと黒い笑みを浮かべながらなまえの腰をツツ…っとさすった。
「…あ、?」
怪訝そうな表情をして聞き返す なまえを余所目に、周りの皆の空気が変わる。
「…総司」
まず斎藤が殺意に似たオーラを放つ。
なまえが負けると思わないが、聞き捨てならない。
「なーに?一君には関係無いでしょ?
一君もそんなに賭けがしたいなら、新八さんとでもやれば?」
なんて、いつもの調子で返してくるもんだから、斎藤もムキになる。
「なまえは…モノではない!何故あんたは、いつもそうなまえを…!」
いつもの冷静な彼が、好きな刀と向き合っている時と同じ様…いやそれ以上に、執着し嫉妬する。
「なに?僕がなまえさんにいつもなんだって?良く聞こえないんですけど」
それに負けずと食ってかかる沖田。
「やめろよな!」なんて止める井吹と原田は、困り顔で仲裁に入ろうとする。
(あーあー…、)
また始まったと、そんな風に見かねたなまえは、二人をべりっと引き剥がした。
「おら、おしまい」
引き剥がした後、斎藤ははっと我に返り「すまん」と零し、なまえ…と名前だけで答えを聞き出す。
「手加減無しで、かかってくんだろ?
賭けても別に変わりねー、乗った。」
さらっと平然と答えるなまえに、沖田は斎藤に対し、物凄く勝ち誇った顔をしながら「絶対、負けませんから!」なんて張り切って稽古に向かう。
「…嫌だ」
斎藤は、悔しそうにギュッ…と なまえの着物を掴みながら俯く。
「…一、俺、負けんの?」
俯く斎藤の頭になまえは、負けるつもりねーけど、と言いながら、ぽんぽんっと手をあて撫でると、稽古いくべ、と斎藤の腕を掴んで出て行く。
「…ふぅ、まあ色々あるが、えらく張り切ってるみたいで良かったかな」
井吹が、一息ついて原田に問いかけると、晴れ舞台でもあるからななんて答える。
「因みに、龍之介。
お前は、どの試合が一番面白くなると思う?」
「どの試合って…」
そう零すと、面白いというより、気になる試合をすぐさま思い浮かべる。
なんとなく複雑そうな表情をしている井吹に、聞いた俺が間違いだったか、なんて苦笑い。
どうやら、原田も一緒の様でー…。
「だよな…」なんて、先程の光景を思い浮かべながら、苦笑いで返す井吹だった。
「因みに、絶対なまえに勝ってもらわなきゃなんねえ…!」
早速、なまえの稽古につきあってくる!なんて駆け出し、原田の目は燃え上がるのだった。
その日の晩。
前川邸の自室に戻った井吹は、布団を敷いて就寝の準備を始めた。
「ああ、くそっ…!
散々動き回ったせいで、身体中がガタガタだ…!」
今日は一日中、大騒ぎだった。
あっちで稽古、こっちで稽古、
どいつもこいつも腕はあるらしいから、稽古といってもかなり本格的。
「真剣に取り組むのは、いいことなんだろうが…」
浪士組の後ろ盾になってくれる会津藩の前で、剣術を披露できるってことは、上手くやれば覚えもめでたくなるってこと。
気合いも入るのは、当たり前であった。
(あいつの場合、違う気合いも入ってるみたいだが…)
ふと、昼のやりとりを思い出す、沖田となまえの賭けー…。
沖田の稽古は、誰よりも激しく、本格的だった。
付き合った井吹も含め、力尽き果てた平隊士達で出来た山が、もっこり出来上がる程で…。
「はあ…、僕、明日はなまえさん相手なんだから、こんなんじゃ困るよ。
絶対に勝たなきゃいけないんだから」
「そ…そんなこと言われましても…もう動けません…」
平隊士達は、涙ながらに訴える。
(…う、思い出すだけで骨が折れそうだ…寝よう)
もう色々考えるのをやめにした井吹は、そのまま睡魔が押し寄せてきて、眠りについた。
ーーー
そして、翌朝。
会津藩本陣の金戒光明寺へと向かう。
今日の試合に参加する面々ーー
土方を筆頭とした六人は、会津藩重役の後について門をくぐる。
「君の道場の連中は、見応えのある試合を披露してくれるんだろうな?」
芹沢が近藤に問うと、顔を引き締めながら「彼らなら、必ずやり遂げてくれるはずです。俺は、皆を信じています。」と答えた。
やがて、中から会津藩士と思われる男が姿を見せ、試合に出場しない者の案内をする。
本堂には、強面の会津藩士達が集められており、鍛え抜かれた身体に、眼光はぎらぎらと光らせている。
程なくして始まった、第一試合ー…。
土方と平助が姿を現した。
「さて、始めるとするか。
緒戦で無様な姿を晒したりしたらどうなるか…わかってんだろうな?」
土方が平助に聞くと、全力でいかせてもらうからな!と気合いの声をあげる。
「ーー始め!」
ーー…。
会津藩も、度肝抜かれる程の戦いが続き、勝者、土方!と審判がなる。
それからすぐに、第二試合が始まる。
「お前と全力で戦えるのが、楽しみで仕方ない」と話す永倉に、「俺も、あんたと戦えるのを楽しみにしていた」と返す斎藤。
ー…。
「勝者、斎藤!」
最後の最後で油断してしまった永倉は、隙のない斎藤に悔しそうにする。
左構えじゃなければ、自分は負けていたと永倉に称えた斎藤であった。
「よう、永倉。残念だったな」
そう永倉に当てた井吹に、あそこまで腕あげてるなんて…と悔しそうに落ち込む永倉。
それを横目で苦笑いをしながら励まし原田は、いよいよだぜ。と視線をぐっー…と会場へと投げた。
準備を終えた沖田となまえは、会場へと姿を現し、二人は会場の中央に立ち、向かいあって一礼する。
「みょうじと沖田か。
彼らの流派は?」
会津藩重役が、近藤に問いかける。
「沖田は、天然理心流の免許を持っております。
みょうじはー…。」
近藤の答えを遮り、重役は天然理心流とは聞いたことがないと言い出す。
近藤は笑みを零しながら、試合をご覧になれば理解して頂けると思います、と告げた。
「それでは、始め!」
沖田は、中下段にぐっと構え、 なまえに言い放った。
「約束、覚えてますか?」
沖田の翠は、真っ直ぐなまえの金と紅を貫きながらー…
なまえは、すっ…と左手片手で木刀を構えると、覚えてるから、最初から利き手、なんて答えると、沖田は、ふっと喜ぶ顔をし「良かった。いつもの稽古の時みたく、利き手じゃない右手でやられたらどうしようかと思った」なんて言いながら、おどける。
(っ…!)
上覧試合だろうけど、今日初めて なまえの戦いを見る井吹は、胸がドキドキして汗を握った。
他の者も、真剣な雰囲気で試合に釘付けになる。
「あの者も、左利きか…?
しかも構えが片手とは、一体…!」
左構えが2人もいる、そして なまえの我流である構えに、会津藩重役は質問すると、
「ええ…彼も斎藤同様、左構えです。
流派は、完璧に我流ですがー…まぁ、ご覧ください。」
と、近藤は口元をあげながら誇らしげに説明をし、重役は…ごくっと2人を眺める。
「なあ、 なまえのあんな構えじゃ…隙だらけじゃないか?」
井吹は、心配そうに周りに問いかけるが、…まぁ見てろってと返されて終わりだった。
なまえは、左手に木刀をすっ…と握ったまま、沖田との距離を縮めていく。
木刀を握ったなまえの目は、いつもの生気を含まない目ではなく、まるで獲物を追い詰めていくような…鋭い目に変化した。
そして、一足一刀の距離まで迫った瞬間ーー。
沖田は、臆することなく、なまえの間合いへ飛び込み、刺突を浴びせようとする。
摺り足の音は、一度しか聞こえないというのに、三度の突きをなまえに降ろした。
「……。」
しかし、突きはなまえに当たることなく、ふわっと交わされてしまう。
「…くっ!!」
沖田は、悔しそうに顔を歪ませながら体制を立て直し、それから、間髪入れずにもう一度攻撃するがー…。
ふわり、ふわりと蝶のように優雅に舞い、なまえは沖田の攻撃を交わす。
まるで、踊っているかのように見え、観客の目を釘付けにして離さない。
「…綺麗だ…
まるで満月を舞う天女だな…」
会津藩重役は、 なまえを見て喉を鳴らし、席から身を乗りだして眺める。
それは、井吹達も同じでなまえに見惚れていた中、永倉は、ふっと零す。
「総司の太刀筋、やっぱり少し変わったな…。
前から、あいつは荒っぽかったが、血生臭が増しているっつか…あいつ、真剣握ってるつもりで打ち込んでやがる。」
後々続く永倉の説明の後に、平助は落ち込む表情を見せて「最近、総司の奴…すっげえピリピリしててさ…」と落ち込んだ。
その間にも試合は、どんどん白熱の度合いを増していき、会津藩は、更に度肝を抜かれることになるのであった。
「…っ、 なまえさん…!
交わしてばっかりじゃ、僕に勝てませんよ…っ!」
はぁはぁと息づかいが荒くなってきている沖田と裏腹に、 なまえは汗ひとつ欠かず沖田を見下ろす。
「…腕上げた、さすが、」
沖田をそう褒め、にっ、とする表情でなまえは言い終わると次の瞬間、瞳が変わる。
一撃で、堕としてあげる…そういいたげな目の色に、沖田だけではなく、周りが一斉にゾッー…とした。
ーザンッーー…!!
木刀が、まさか風にまでも大きな斬り傷を残したのかと言いたくなる程の、 なまえのたった一振りした直後ーー…
スパン…ッ!と音がしたと思えば、沖田の持っていた木刀が二つに切れてしまい、会場は、あまりの驚きで、一斉にしん…と静まり返った。
「…んぐ?」
あ、と我にかえるなまえ。
「…え、」
ゾゾゾー…ッと鳥肌がたった沖田は、自分の身を確認したが、怪我は全くしておらず、へたんと座り込んで仕舞った。
「…あのー、」
審判は完璧に凍りついていたが、申し訳なさそうに話しかけるなまえに呼び起こされ我に返ると、ちょっと君!?と大きな声を出して問いつめる。
「…っ!」
ぎょっとしたなまえは、ごめんなさいと謝って、沖田を抱えて会場に出た頃は、大きな笑いと健闘に包まれていた。
「…ううむ…あの者は…」
ぶつぶつ唸り呟く会津藩重役を見て、近藤は苦笑いで申し訳ないと謝るが、まあしかし天然理心流も、 みょうじの我流も素晴らしかったと褒める重役に、近藤は誇るように微笑んだ。
「 なまえさん、ひどい!
僕を殺すつもりだったよね!」
むすーっとむくれる沖田に、そんなつもり無かったと謝りながら、
「ほらほら、かわいーお顔が台無し、」
そんな口説き文句を投げかけると、沖田は顔を赤く染め、もうっ…と口を尖らせ、黙ってなまえに頭を撫でられた。
(…ほっ、)
とりあえず、なまえは賭けに勝ったんだと安心して、斎藤は胸をなで下ろすが、先ほどから、 なまえが沖田の頭を撫でてるのが気に入らなく、斎藤は なまえの背中にぐっと顔を埋めた。
「…甘えんぼ、猫二匹ー、」
両手に華、なんて言って なまえは、二匹…もとい2人を腕でぎゅっと抱え込む。
なまえの腕の中で、結局火花をばちばち散らす2人だが…。
「いやー、しかしぶったまげたぜ!」
と、豪快に笑う永倉に、原田は惚れ直した!なんて続け、井吹も平助も、胸のドキドキが止まらなかった。
その後、何人かの隊士が演武などを披露した後、( なまえも強制参加させられたが、見事にやり遂げた。 )上覧試合は終了した。
「本日は、まことにご苦労であった。
上様も、それは大変ご満足してらっしゃった様子だぞ。」
本当ですか?と近藤は、嬉しそうに聞き直す。
うむ!と続ける会津藩のお偉い様の言葉に、近藤は恐縮した様子で、頭を垂れた。
会津藩重役が、別れ際になまえの前に立ち、顔を見て優しくにこっと微笑み、良くやったなと声を掛けた。
周りの皆は驚いて硬直していたが、話しかけられた当の本人はというとー…
(…あぶねー、怒ってない、)
壊してしまった木刀のことが心配で仕方なかった彼は、その事ばかり考えていたらしく、ほっとしていた。
そして重役に、ぺこっと頭を下げるのだった。
ーーー…
そして、屯所に戻った後、近藤はえびす顔のままで皆に告げる。
「本日は、皆のおかげで会津公より大変ありがたいお言葉を頂戴することができた!」
無礼講だ、好きなだけ飲んでくれという声に、全員が歓声を上げた。
浮かれる皆に、土方は、あんまり浮かれるなと渋そうな顔をするが、山南がまぁまぁ…と声を掛ける。
「皆!酒樽持ってきたぜ!
今日は朝まで逃がさねえから、覚悟しとけよ!」
原田がおっぱじめようぜと声をかけると、永倉がよっしゃあ!と叫ぶ。
原田は、笑いながら、ひしゃくで皆の盃に酒を注ぎ、宴会が始まった。
皆が楽しそうに呑んでいる中、酒が飲めないなまえは、近藤の近くに座って一緒に話していた。
「…こんど、さん…俺…」
成功したとはいえ、やはり苦い思いをした なまえは、近藤に申し訳なさそうにもう一度、謝ろうとしたその時…。
「ほーら、 なまえ!
大福も買ってきたぞ!
好きだろう?食べなさい。 」
おいしいぞーなんて良いながら、近藤は なまえの口元に差し出してきた。
(…大福!)
いきなり目の前に大好物が現れ、しかも、尊敬する人から食べさせてもらえる形に、なまえは、あーんと口を開け、はやくはやくとおねだりする。
ぱくっと頬張り、むふーと嬉しそうにするなまえの頭を撫で、近藤はお礼を言った。
なんで?と、頭の中では納得いかないけど、近藤の笑顔と大福の味で、いっか、と納得するなまえだった。
「うまーい、」
口の周りに大福の粉をつけて笑う なまえに、近藤はやれやれと笑いながら指で掬う。
うっとり…しながら近藤を眺めていたなまえ。
それを端から見ていた沖田が、なまえさん、と後ろから抱きしめた。
「…むぐっ?」
含みのある笑顔を浮かべながら、にじり寄ってくる沖田に、近藤は、おまえ達は、昔から仲良いなと微笑み、席をたって厠へ向かった。
「ね、なまえさん?
賭けの代償、決まった? 」
と、潤んだ瞳で見つめてくる沖田に、なまえは一瞬、不思議そうな顔をするが、あーと思いだしにっ、と歯を見せる。
その笑顔に一瞬、怯んだ沖田だったが、ぐっ…となまえを見つめ決意をする。
(もし、江戸に帰れって言われたときはー…)
切ない表情をした沖田に、なまえのいつものスキンシップが行われる。
「保留しとく、無期間で、」
なまえは沖田の頭を撫でながら、そんな顔しちゃって、かわいーなんてつい零す。
沖田は、真っ赤になりながら、まさか、そんな答えが帰ってくるかと思わなかったので、えっ…?と聞き直したが、なまえは優しい表情をするだけだった。
とくん、と心臓をならす沖田は、にこっとなまえに笑いかける事しか出来なかった。
ーー…
宴もたけなわとなり、酒をがぶ呑みしていた連中は、すっかり泥酔状態になってしまっていた。
「よし!酒が入ったとなるとーー…」なんて原田が言いだし、毎度毎度お決まりの切腹話を語り始める。
なんだかんだ付き合う、永倉と平助に、やれやれ…と呆れたように言う土方、仕方ないと諦めてる斎藤。
厠から帰ってきた近藤に、今日の試合見ててくれましたか?と問いかけ、近藤に教わった龍尾剣で戦ったと主張し、近藤に頭を撫でてもらって満足そうにし「近藤さんと、なまえさんの為に、もっともっと強くなりますから」と、そう言う沖田。
「…近藤さん、俺にも、」
なまえは、ぐいっと近藤の手をひっぱり、自分の頭に乗せた。
一瞬、何事かと思った近藤だが、恥ずかしがってるなまえを見てると、可笑しくて、愛しくて…全く、普段見せる姿と全く違うぞなんてからかいながらなまえの頭も撫でた。
「…む、」
顔はしかめっ面だけど、内心とても嬉しそうな表情をする彼は、意外とまだまだ、甘えん坊なのかも知れない。
ーー…
「…肝心なのは、これからでしょうね」
山南が、井吹に気になる発言をしていたのは、どうやら同じ頃のようだったーー…。
差異
(仕方ねー)(好きだから、)
ーーーー
最強な筈が、
うちの仔は、完璧じゃないのかも?