ずっとそばにいる
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冬の昼間。
陽射しがあっても空気は冷たく吐く息が白くなるほどだった。
昼間から身体が妙に重くて熱っぽい。そう感じながら布団にくるまっていたら玄関の戸が静かに開く音がした。
義勇さんが昨日ぶりに帰ってきた。
任務から帰ってきたばかりの義勇さんに弱っている姿を見せるのは少し気が引ける。
足音が近づき、布団のそばまで来てくれた。
そのまま静かに腰を下ろした義勇さんがじっとわたしを見下ろした。
「……具合が悪いのか」
私の額に大きな手がそっと触れ、義勇さんの手の冷たさが広がる。
「……熱い」
「……うん、なんか…だるくて」
起き上がろうと身体を動かした。
けれど肩に手が置かれすぐに動きを止められる。
「動かなくていい。汗を拭く」
そう言うと義勇さんは立ち上がって台所へ行き濡れた手ぬぐいを持って戻ってきた。私の頬や首筋にそっと当てられる布は心地よかった。
「冷たくて…気持ちいい」
無駄のない手つきで首元まで丁寧に拭き終えた。
「……ありがとう」
その声に義勇はふっと視線を落とし小さく息を吐いた。
「俺が帰ってくるまで、誰にも頼まなかったのか」
「平気だと思ったから」
返事をすると義勇さんはしばらく黙ったまま私の顔を見た。
やがて彼は目を伏せ布団の端を直すように手をかけながら低く言った。
「…少し寝てろ」
「でも……」と何か言いかけた私の顔を見て、「いいから」と短く遮った。
「……わかった」
まぶたを閉じると冷たさと拭かれた頬の心地よさが残りいつの間にか眠りに落ちていた。
ふと目を覚ますと部屋には柔らかないい匂いが漂っていた。
横を向き、台所をのぞくと義勇さんが土鍋を前に木杓子でゆっくりと中身をかき混ぜている後ろ姿が見えた。
「……起きたか」
振り返った義勇さんは普段と変わらないはずなのにいつもより優しさを感じた。
「寝てる間に作った」
「ありがとう…嬉しい…」
わざわざ手間をかけてくれたのが嬉しくて自然と頬がゆるんだ。
お盆に土鍋と器をのせそっとこちらに近づく。
布団の脇に腰を下ろし湯気が立つ器を置くと義勇さんが少し首を傾けた。
「……起きれるか?」
「うん…」
そう言いながら背に腕を回しゆっくりと身体を支えてくれた。彼の手の温もりがまだ熱の残る身体にじんわりと広がっていった。
器を受け取ろうと手を伸ばすと義勇さんは軽く眉を寄せてこちらの手をそっと押し戻した。
「熱があるときは、無理しなくていい」
「でも、自分で――」
言い切る前に義勇さんは木匙におかゆをすくい、ふうっと息を吹きかけた。湯気が柔らかく揺れて部屋の空気まであたたかくなるようだった。
差し出された匙に少し照れながらも口を開けて受け入れる。作ってくれたお粥は温かくてほんのり出汁の香りと、一緒に彼の視線を感じて胸の奥まで温かくなった。
「……うん、美味しい」
その一言に義勇の目元がわずかに和らぐ。
差し出されるまま素直に食べさせてもらった。
匙を受け取るたび自然と義勇さんの顔が近くなる。
ふと顔を上げたとき視線が重なった。胸がきゅっと締めつけられるようで思わず目を逸らしてしまった。
義勇さんが好きだとあらためて思った瞬間、胸が熱くなり耳まで赤くなるのがわかった。恥ずかしくてとても視線を合わせられなかった。
そんな落ち着かない様子に義勇さんもその気持ちを察したのか空気がふっと甘くなる。
「……ほら」
短くそう言って、また一口を差し出してくれた。表情はいつも通りなのにどこか照れているように見えた。
「ありがとう、おいしかった」
器を渡すと義勇さんは黙って受け取り土鍋ごと台所に下げていった。
しばらくして戻ってくると私の布団の脇に腰を下ろしかけ布団を整えてくれる。
「もう少し熱が下がるまで休め」
髪に大きな手を添えゆっくりと撫でる。
しばらく無言のままその仕草が続いた。
撫でられてるとじんわりと心地よく、風邪で火照った熱と義勇さんの優しさに包まれてぼんやりする。
そのぬくもりに安心していくのを感じながらも弱った身体のせいか、ふと胸がざわついた。
こんなに手をかけさせて迷惑なんじゃないか。
考えなくてもいいはずなのに気持ちが弱っているせいで、そんな不安まで浮かんでしまう。
一度その不安が胸をかすめると、そればかりで頭がいっぱいになった。
迷惑かけてないか? 気持ちが離れてしまうんじゃないか?――そんな思いが止めどなく膨らんでいく。
「…迷惑かけて、ごめんね…」
義勇さんは手を止め、静かに息を吐いた。
そしてまた髪を撫で始める。
「……そんなことを思うな」
低く穏やかな声。視線は下を向いたままなのに、その横顔は驚くほど真剣だった。
けれど胸のざわつきはすぐには消えてくれない。
私の指先が布団をぎゅっと握っているのを、義勇さんは見ていた。
「……不安にさせてるのか」
言葉を探すような、ほんの短い沈黙。
それからゆっくり静かに続けた。
「……余計なこと、考えるな」
ぎゅっと布団を掴んでいた手を義勇さんは黙って自分の掌で包み込んだ。
強張っていた指先が彼の温もりに少しずつ解けていく。
「……義勇さんがいると、安心する」
義勇はほんのわずかに目を細めた。
「……なら、ずっとそばにいる」
「……ずっと?」
確かめるように問いかけると義勇は一拍置いてから、まっすぐこちらを見つめた。
「……そうだ」
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
その言葉は嬉しいはずなのに、「ずっと」というのはあまりにも漠然としていて掴みきれない。
だから私は、思わず続けてしまった。
「……一年後も?」
「…いる」
その言葉に胸が温かくなるのに安心すればするほどまだ足りなくて。
気づけば次の言葉を口にしていた。
「……二年後も?」
「……いる」
答えは短いのに強くて真っすぐで、私の弱い心をしっかり抱きとめてくれる。
義勇さんの言葉で胸に絡みついていた不安が少しずつほどけていくのを感じた。
義勇さんはそっと布団を引き寄せて肩まで掛け直すと髪をゆっくりと撫でてくれた。
その仕草が言葉以上に「ずっと一緒にいる」という答えを重ねてくれているように思えて嬉しかった。
私が布団の中から彼を見上げると今度はもっと近づきたいという気持ちが込み上げてきた。
顔がじんわりと熱くなり思わず布団を持ち上げて顔を半分隠してしまった。
「……義勇さん」
私の小さな震えるような声に義勇さんは優しく応えてくれた。
「……どうした」
恥ずかしくて言葉が喉につかえたようで出てこなかった。
けれど彼のまっすぐな目を見てしまったらもう隠せなかった。
「……もっと近くに来てほしい…」
義勇さんはすぐには動かずほんの少しだけ間を置いた。
やがて静かに布団をめくり伸ばした指先で頬に触れる。
そのまま頬をもう一度撫で、まっすぐ目を合わせた。
距離が近づくたびに胸の鼓動が速くなり、息が詰まりそうだった。
ゆっくりと身をかがめ、覆いかぶさるように近づいた。
視線も吐息も全部が私を捕らえて離さない。
もうすぐ唇が触れる。そう思った。
顔が近づき吐息が触れた瞬間、ぎゅっと目を閉じた。
しかし義勇さんは唇を逸らしおでこの髪をそっとかき上げそこに口づけた。
静かに離れると、思わず少し不満そうに口を尖らせる私を見て義勇さんはほんのわずかに口元を緩めた。
まるで分かっていてやったように見えた。
「……今、口にキスされるかと思った」
思わず拗ねたように伝えると義勇さんは優しく目を伏せ、私の唇に指先でそっと触れゆっくりと口を開いた。
「……それは治ったらだ」
「……じゃあ、早く治さないと」
気持ちが溢れて、ついそう言ってしまった。
義勇さんは視線を合わせ、目を細めてほんの少しだけ笑ったように見えた。
思わず私も小さく笑ってしまう。
静かな部屋に、ふたりだけの温かな空気が流れていた。
義勇さんは、しばらく黙って私のそばにいてくれた。
「……そろそろ休め」
そう促されると義勇さんは布団の端に手をかけ、肩まで掛け直してくれた。
言葉数は多くないのにその仕草ひとつひとつがどこまでも優しかった。
そしてゆっくりと包み込むように手を繋いでくれた。
熱で火照った身体も心も義勇さんに包まれていった。
その温もりが心地よくてまぶたがゆっくりと落ちていった。
「……早く治すんだ」
指先がもう一度優しく絡められる。
その言葉を最後に私は義勇さんの手を握ったまま静かな眠りへと沈んでいった。
眠りに落ちる直前、頬にかかる髪をそっと払ってくれた気がした。
「……おやすみ、みさ」
「ずっとそばにいる」
ーー優しさに包まれて
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