その他短編
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「早咲きの桜?」
『うん、この間テレビでやってたんです。会見からしばらく経って、最近本部がバタバタ忙しいから、たぶん公開遠征関連ですよね?蒼也さんもきっと忙しくなるんだろうから、ソメイヨシノが咲く頃には一緒にいけないかもしれないなと思って。』
相変わらず色々な情報を拾っている恋人を目の前に、風間は数度瞬きする。ボーダーは特殊な組織で、その内部が忙しいことはおかしなことに普通の状態である。しかしその中の微妙な変化に気づき、なんのヒントもなくそれをひと月以上前の記者会見と結び付けられる人間が何人いるだろうか。なまえのすごいところは、それを風間のように話して良い人間と、知らないふりをするべき人間をキチンと見分けていることにもあるのだが。
「そういえば最近、あまり出かけていないな。…すまない。」
『謝らないでくださいよ!忙しいのは蒼也さんのせいじゃないもん。でも、もしよければ久しぶりにどう、かな?』
「もちろんだ。」
『…よかった。』
最近の2人にとって、今しがたしているように、仕事を終えボーダー本部から自宅に帰るまでの道のりを共に歩くのがもっぱらのデートコースだった。もしくは彼女の家の近くで飲んだ風間が、諏訪や木崎の手によって彼女のところに送り届けられた翌日(飲み当日の風間はほぼ寝ている)共に出かけるまでの短い時間も過ごしたが、どちらにせよあまり恋人らしいことはしていなかった。
その後予定を確認しあった2人は、数日後休みの重なる日に出かけることを決めた。…はずだった。
「お、蒼也。珍しいカッコしてんな。」
「…所用で出かける予定だったもので。」
「風間さんのためにも、今日の会議は巻きで進めよう。」
結局その日も、ボーダー本部の会議室に姿を表した風間。林藤に指摘されたその装いはいつもとは明らかに違い、白いインナーに、ピーコックブルーのパンツとライトグレーのコートは春らしく爽やかな印象を与えるもので。その服装を見ずとも、風間のいつにも増して鋭い表情…というよりただただ不機嫌な様子の理由を理解していた迅が苦笑いを浮かべ風間の肩を叩きそう言うのだった。
「あれ、空いてる?」
「訓練室が使用中になってる。風間さんかな?」
「…なんであんたがここにいるの。」
『菊地原くん、歌川くんに歌歩ちゃんも。お邪魔してます。』
「いや、お邪魔してますじゃないから。隊長もいないのになんでいんのって聞いてるんだけど。」
一方その頃なまえの方もボーダー本部内にいた。しかし彼女はいつもの経理部に割り当てられた部屋ではなく、何故か風間隊の作戦室にいたのである。その訓練室で珍しくモールモッドを相手に戦闘訓練をしていた。戦闘体のなまえというだけで最近ではとても珍しいことに加えて、それが自分達の作戦室にいるということに、たまたまやってきた隊長を除く風間隊の3人が首を傾げる。
『蒼也さんには許可取ってるよ。ここで蒼也さんを待たせてもらってるの。』
「その風間さんは?」
『緊急会議。たぶん長くはかからないと思うって。』
訓練室から出てきた彼女の表情はいつもと同じに見えた。しかし、大抵の場合ニコニコとして相手に自分の感情や考えを読ませないなまえであったが、三上はその表情とは違う部分の変化に気づく。
「なまえさん、そのワンピースとっても素敵ですね!」
『あ、ありがとう。』
一度換装を解いた彼女が身に纏っていたのは、水色のプリーツロングワンピース。足元はショートブーツだった。普段は一般職員と同じように制服かスーツ、大学から直接本部にくるときも、パンツルックのラフなものを着ていることが多いなまえ。そんな彼女が普段と装いが違うことに、同性の三上はもちろん、歌川にもわかったようで。
「ひょっとして、この後風間さんと出かけるんですか?」
『えーっと…たぶん?』
風間となまえが付き合っていることを知っている風間隊の面々の疑問は当然だった。しかし、なまえが返した答えは随分と歯切れが悪く。そんな彼女がチラリと視線を移した先は机の上に置かれた荷物。
「さっきから変なの。文句があるなら言ってくれば?こんな日に会議なんてふざけんなって。」
『!?い、いやいや、そんなこと言えないよ!あっちは仕事なんだから。』
「でも思ってるんだ?」
菊地原の言葉に苦笑いを浮かべるなまえ。それは今のこの状況になんと言おうか悩むのと共に、今日この後の予定をどうするかを考えているからで。
「約束破ったのはあっちでしょ?ま、あんな忙しい身でリア充までしてたら、そりゃそうなるよね。」
『忙しいのはわかってて付き合ってるから、それはいいの。いいんだけど…』
彼女の視線の先にある荷物。それは今朝早起きをして、出かけた先で風間と食べるつもりで作った昼食だった。見た目とは裏腹によく食べる風間のために多めに詰め込まれたそれは、予定を決めた日からずっと、何を作ろうか、どうやって持っていこうか、どこで食べようか、そして何より喜んでくれるか、そんなことを考えていたものだ。そしてそれは今、この状況では予定通りに思っていた場所で食べることはおそらく叶わないだろう。その事実を考えれば考えるほど、自分だけが彼と出かけられることにこんなにも浮かれていたのかと、どこか虚しさを覚えてしまうのだ。
『…よし、もうしょうがない!今日はお姉さんが2人の相手になってあげよう!』
パッと表情を、纏う空気を変えなまえが言った。その姿に目を丸くする3人。そこには吹っ切れた、といった様子の女性がいるのは確かなのだが、果たしてそんなにも直ぐ切り替えられるのかいささか疑問は残るわけで。
「なまえさん、本当にいいんですか?」
『うん、結局私にできるのは待つだけだし。それなら時間は有効に使ったほうがいいに決まってるから。』
「なまえさんがそう言うなら、俺らとしてもありがたいですけど。」
「せいぜいサンドバックになってよ。」
彼女を気遣うからこそ、彼女の提案に乗った3人になまえも彼らに伝わらないよう安堵の息を吐く。ひとまずの寂しさを紛らわせる口実に彼らを使ったことを心の中で謝罪しながら。
・
・
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『うわぁ!』
結局風間が会議を終えてなまえの待つ作戦室へと戻ってきたのは、正午こそ回ってはいないものの昼食を取っても差し支えないほどの時間だった。歌川たち3人を風間が隊長命令で追い出し(といっても、3人とも気を遣ってもともと出て行くつもりだった)2人きりになった風間となまえは、風間の提案によってなまえの手作りランチをそこで食べてから目的の場所に向かうことにして。
『夕暮れの桜もいいですね!』
「すまない、結局遅くなってしまって。」
『あ…違うんです!蒼也さんを責めたいわけじゃなくてっ。』
「わかっている。」
ちょうど見頃だった桜をうっとりと見上げていたなまえは、風間の言葉に慌てて振り向く。けれどそれを待っていたかのように、ほんの少し口角を上げた風間は彼女との距離を詰めるとその頭に手を伸ばす。
『ふえ?』
「花びら。」
『あ、ありがとうございます。』
先ほどまでは手が触れるか触れないかのところで歩いていたはずなのに、突然近づいてきた風間に頬を染めるなまえ。その表情は、いつものように制御されておらず、口元が緩み切っていて。それに釣られてまた少し動いた風間の表情も、いつもよりいくらか豊かに見えた。なまえの髪から摘んだ花びらを風に吹かれるままにした風間は、手にしたものが何も無くなったその指を彼女のそれと自然に絡める。
「少し、冷えているな。寒いか?」
『ん、ちょっとだけ。でも平気です。』
「そうか。…これならいいか。」
そう言って、するりと己の羽織っているコートのポケットに繋いだ手を入れる風間に、なまえの顔はさらに赤くなる。普段なら絶対にしないことも、こういった場所でなら積極的にしてくれる風間にいつも以上に胸が高鳴るのを感じた。
『…えへへ。』
「どうした?」
『勇気出して、お願いしてみてよかったなって。』
繋いだ手をぎゅっと握り返し、あくまで桜の方を向いて彼の顔を見ようとしないなまえ。それが照れ隠しだと風間もわかっているので耳が赤くなっていることを揶揄ったりはせず、彼女の言葉に静かに耳を傾ける。
『私、おんなじボーダーにいるけど、わからないこと、知らされてないこと、たくさんあるから時々不安になります。蒼也さんは逆にいろんなことやってて、私には言えないこともたぶんたくさんあって、私みたいな一般職員に毛が生えたみたいなのより、もっと同じこと共有できる、例えば加古ちゃんみたいに、A級の人とかと一緒に過ごすほうが楽なのかな、とか。』
「なまえ、」
『蒼也さんなら、そんなことないって言ってくれると思ってます。それでも不安って話で。』
「…すまない。」
『今日の蒼也さん謝ってばっかり。…でも、わたしはそれ、あんまり嬉しくないです。』
「…。」
なまえの言葉に眉根を寄せ、言葉を探す風間。気がつけばゆっくりと歩いてきた桜並木もその密度が減り、辺りの暗さも増してくる。日が落ちればまだ寒さは健在で、なまえがふるりと身を震わせた。
『私の方こそ、わがままばっかり言ってすみません。明日も早いし、帰りましょ?』
ここから三門市まで、乗り物を乗り継ぎ約2時間の距離。風間は任務、なまえも唐沢に頼まれた仕事が朝から入っている。本当ならば、もっと風間と時を過ごしたい。もっと恋人らしいことをしたい。そんな願いは、きっと自分を空回せるだけだと、風間を困らせるだけなんだと言い聞かせ、心の声が漏れるのを必死に抑えるなまえ。それでも寒さを理由に、ほんの少しだけ彼と自分との間にある隙間を、そっとその身を寄せることで埋める。
「朝も言ったがその服、かわいいな。もちろん服だけではないが。」
『そ、蒼也さん?!』
並んだ桜の最後の一本、その横を通り過ぎる直前、足を止めた風間が突然そう言った。唐突な、思ってもいない発言に、なまえは思わず彼の顔を見る。届いている太陽の光はごくわずかであるものの、はっきりと見えるその赤い瞳の奥には甘さと熱がうかがえる気がした。
「弁当も、美味かった。あれだけ作るのは大変だっただろう。」
『きゅ、急にほめ殺しやめてくださいっ!』
「今朝会議に出た時,いつもと服装が違うことを玉狛の支部長に指摘された。迅も…アイツの場合は服のせいか何かを見たのか、その辺りは知らんが憐れみの目を向けられた。今考えれば、腹が立つな。」
『…え、っと?』
脈絡のない話に、なまえは首を傾げる。
「俺は今日の約束に、存外浮かれていた、ということだ。」
パチパチとなまえは数度瞬きを繰り返す。そんな彼女から視線を外し再び歩き出した風間。その歩幅が普段並んで歩くより大きくて、大して変わらない身長のなまえはついて行くのが難しいわけではないけれど、彼がいつもと違うことを実感した。
『浮かれてたの、私だけじゃないんですね。』
「…。」
『蒼也さんも、今日の服かっこいいです。ひょっとして新調しました?』
こちらを見ない彼の悪いか、という答えにくすくすと笑いを漏らす 。
『ありがと、蒼也さん。』
「…何がだ。」
『私、今すごく幸せです。』
気がつけば、自分だけがこの日を楽しみにしていたのではないという事実になまえの心は軽くなっていた。寂しさも、不安も全てなくなったと言えば嘘になる。それでも、こうして同じ時間を共有して、そのことに喜びを感じて、幸せを噛み締めて。ネイバーの襲撃や、ボーダーでの防衛任務など、特殊な環境下にいたとしても、そうした感情を大切な人に対して持てる日常が、愛おしい。
『来年も一緒に来てくれますか?』
「ああ。」
ー花より団子より隣にいる君ー
ーーーーー
桜のグッズ?の衣装を見て書くしかないと思った。
季節物、イベントもの書かない私にしてはとても珍しい。
22.03.26