その他短編
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「ねえ、お酒って美味しい?」
付き合いで行った飲み会の二次会を丁重に断って玉狛支部へと帰ってきた私を出迎えた迅くん。欠員が出たとかで急遽昼から夜の防衛任務だった彼と今日初めて顔を合わせたのが一日が終わりを迎えようとするこの時間だったのは少し寂しい気がする。リビングのソファに座りながらミネラルウォーターのボトルの中身を1口飲んだところで飛んできた言葉はあまりにも唐突で。
『?』
「別に深い意味は無いよ。ふと思っただけ。」
口に含んだ液体を飲み込む前に首を傾げ、彼の言葉の真意を測ろうとすれば、私の聞きたいことが分かったらしい彼の言葉は思ったよりもあっさりとしていた。
『飲んでみたい?』
「んー、まあ。なまえさんと同じ物を嗜んでみたいな、なんて。」
私より一つ下の迅くんはその身を置いてきた環境故か、元来の彼の性格か、それなりにある身長と綺麗なブルーの目を携えた顔立ちのためか、はたまたその全てか、かなり大人びて見える。実際私や私と同い年の太刀川くんとかより圧倒的に大人っぽい。風間さんと並んだらきっと迅くんはスルーされて彼だけ年齢確認されるやつ。...見た目云々は口に出すまい。色々と怒られそうだ。今はアルコールを入れているので考えるだけならセーフにしてもらいたい。
「それで、どうなの?美味しい?」
思考があらぬ方向に行っていた私に迅くんが私の隣に座りながら再び尋ねる。そういえばそんなことを聞かれていたんだったと思い出して、見た目に反して少し子供っぽい問いと、普段はあまり見せない少年のような純粋さを含んだ目で見つめられたことに思わず頬がゆるんだ。それに加え、悪戯心が顔を出す。
『じゃあ、飲んでみる?私の部屋の冷蔵庫に、確か何かしらお酒あったと思うけど。』
「え。」
『もうすぐ迅くんも成人だけど、未来が見えても、味までは分からないでしょ?』
「...なまえさん、酔ってる?」
自分で言うのもなんだけど、普段どちらかといえばルールというものを遵守するタイプの私が数カ月後には20歳を迎えるとはいえ、まだ十代の迅くんにお酒を勧めるのは彼にとって予想外だったのだろう。いや、未来の見える彼にとって「予想外」なんてことは無いはずだから、私の言葉の意味を測りかねてるという所か。でも私の「悪戯」は成功したようだ。
『ふふ、ごめんね。ちょっと酔ってる。揶揄いたくなったの。』
「...やっぱり。」
『そういう迅くんだってやっぱり私が言うことなんて分かってたんでしょ?』
「ん。でも、俺が今なまえさんとお酒飲む未来も見えなかったし。」
そっと彼の腕が伸びてきて私のボトルを持っていない方の手を掴む。アルコールのせいで迅くんの掌が少しひんやりと感じるくらいに私の体温は上がっているらしい。もにゅもにゅと私の手を握る迅くんのこの行動が彼なりに甘えているのだとわかるので好きにさせてやる。
『私は別にすごく好きってわけじゃないかな。』
「...?」
『お酒の話でしょ?』
急に私が話を戻したせいか一瞬動きを止めた迅くんが、手の方に下ろした視線を上げて私の顔を覗き込んでくるからそう返せば、ああ、うん。と少し歯切れの悪い答えが返ってくる。自分で聞いたくせにと思いながら、私の好みの話を続けた。
『正直日本酒の良さとかは、よくわかんないや。私はどっちかっていうと甘くて度数も高くなくて、ジュースみたいなお酒が好きだけど、ホントにお酒好きの人ってそういうのあんまり好きじゃないって言うし。』
「じゃあなんで飲みに行くの?」
『単純に付き合い、かなぁ。そういう場で交友を深めようとする人達は一定数いるし。私自身は仲のいい子とは飲みよりご飯の方が多いけど。』
私の言葉に耳を傾けていた迅くんはコテンと私の肩に頭をもたれさせてきた。かと思えば、ぐりぐりと額を押し付けるように無言で擦り寄ってくるから、ようやく彼が今日飲み会に顔を出したことに拗ねているんだと理解する。知り合ってからという意味で彼との付き合いはそれなりに長い。でも、私たちの関係性に恋人同士という名がついたのは比較的最近のことで、今まで随分大人びて見えた彼の、こうした年相応ともそれより幼いとも言える行動に驚くこともあるが、それ以上に嬉しさや愛しさが沸き上がる。
『よしよし。』
少し緩んだ彼の手から自分の手をそっと引き抜くとボトルのキャップを閉め、それを適当に置いてから、また彼の手と己のそれを絡ませる。それとは反対の手で彼の頭を撫でれば大人しく私のされるがまま…かと思えば思ったよりも早く顔を上げた迅くん。不意に、しかもかなり近い位置でその青い瞳に捕らえられる。
「なまえ。」
『っ、なに、』
普段は敬称をつけて私の名を呼ぶ彼がただ一言発した音に、心臓が跳ねた。時折こういうことするから、本当にずるい。そして名前を呼ばれただけの私の顔に熱が集まることを、目の前の男はきっと知っていたのだろうから、なおさらだ。
「お酒のことはすごく好きじゃないって、言ってたけどさ。」
『う、うん。』
「俺のことは?」
『何、ほんと、急に…』
迅くんの予知だと、私の答えはどうなんだろう。私の中に浮かぶたくさんの答えの中の一つに絞られているんだろうか。何を言うのが正解なんだろう。考えすぎてわからなくなっていく。それとも考えがまとまらないのは単にアルコールのせいなんだろうか。さっき名前を呼ばれた瞬間に、酔いは覚めてしまったような気がするけれど。
「子ども扱いされた仕返し。あと、何も言わずに飲み会行ったのも。」
『なに、それ。』
「早く答えないと、ここでキスしちゃうよ?」
質問してきた意図は教えてくれても、離してくれる気はないらしい。私の手を握っていた彼のそれはもう片方と共に、いつの間にか私の腰に回されている。ここはリビングで、寝ぼけた陽太郎が起きてくる可能性も、おそらく部屋にいるであろうボスがふらりと現れる可能性も、大いにありうる。確か防衛任務だったレイジさんが帰ってくる可能性だけは低そうだけれども。でも、きっと彼はその可能性もわかった上で言っているのだろうから。
『いい、よ。』
「…。」
『悠一くんのこと、ちゃんと、すごく、好きだから。キス、しても。』
「!」
私の言葉に迅…悠一くんが目を見開く。どうやら少しは驚かせることが出来たらしい。けれど嬉しさに頬を緩ませた瞬間、今度は自分が驚くことになる。
『んっ!』
「ほんっと、ずるい。なまえさんって、なんでそんなに読み切らせてくれないの。可能性の低い方ばっか選ぶから、心臓に悪い。」
唇がほんの数秒触れ合う。けれど理解が追いつく前にそれは離れていって、私を腰を抱き寄せ肩口に顔を埋めた彼のそれが言葉を紡ぐ。さっきも思ったけど、絶対にずるいのは悠一くんの方だ。男の子の顔から、急に大人っぽい男の人の雰囲気になったかと思ったら、こんなことしておいて今度は顔見せてくれないんだもん。でも、そういうの全部含めて、私が見たいと、知りたいと思っていたホントの彼なんだろう、きっと。
『好きだよ、悠一くん。』
「…俺も。」
『拗ねてる姿も、甘えてくれる姿も、ぜーんぶ好き。』
「俺も、なまえの全部好きだよ。だからさ、」
『うん?』
「なまえのこともっと知りたい。なまえの好きなお酒、教えて。」
『迅くん?』
おもむろに顔を上げた迅くんの言葉の意味が一瞬わからなくて、思わず首を傾げながら彼を呼ぶ。そうしたら私のようにアルコールを入れたわけでもないのにほんのりと紅くなった顔で笑いながら、彼は続けた。
「俺が二十歳になったら、一番になまえと飲みたいんだ。その時飲むのは、なまえの好きなのがいい。」
『そ、それはいいけど…ちょっと気が早くない?っていうより、太刀川くんとかに、無理矢理連れて行かれそう。』
「はは、そうならないように、うまく立ち回ってみせるよ。」
私の言ったことが未来のイメージとして見えたのか、はたまた太刀川くんや諏訪さん辺りの飲み会好きたちの顔を思い浮かべたのか苦笑と共に迅くんはそう言った。その日がどうなるか私には全くわからないけれど、この先に来る迅くんとお酒が飲める日が待ち遠しいと思った。
「その日までにさ、」
『?』
「呼び方、いい加減名前で慣れてくれない?さっきは呼んでくれたじゃん。」
『う…。』
「ね?」
『ど、努力する、けど、迅くんって呼びやすくて、』
「だーめ。せめて二人の時くらい、名前で呼んでよ、なまえ。」
せっかく引き始めた顔の熱が、彼のおねだりによって再び顔に集まる。彼に仕掛けた悪戯も、彼を驚かせることも、最終的には彼の手の上で転がされていたんじゃないかって錯覚するくらい、いつも最後に爆弾を落としていくのは彼の方で。
『悠一、くん。』
「ん、俺も二人きりの時はなまえって呼ぶから。」
『じ…悠一くんは、好きに呼んでいいんだよ?』
「ホントに?」
『…や、やっぱ、恥ずかしいから、二人の時だけで。』
「はは、そう言うと思った。」
そんな話をしていたら、結局この日私の好きなお酒を悠一くんに教えるのは忘れてしまっていた。それでも、彼が成人してからお酒を飲む約束はその時までに名前呼びになれるっていうおまけ付きでしたのだから、きっとその時までは少なくとも隣にいさせてくれるってことでいいんだろう。その日までに、その日からも、もっと本当の彼をみていたいと思う。まずは悠一くんがお酒に強いのか弱いのか、好きなお酒は何なのか、酔うとどうなるのか、それを知る日が本当に楽しみだ。
21.10.5