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その日から、飛段は茶屋の仕事を手伝いながら用心棒をすることとなった。
ちゃんとそれらしく見せるために店の着物を着て、客から注文をとったり、茶や和菓子を運んだり。
容姿のおかげか、女の客も随分と増えた。江戸の町に出かければ、女たちが突き止めて飛段目的でやってくる。
茶屋に出される和菓子の味も気にいってくれたようだ。
相方がちやほやされる様を、角都は店の奥の席で長門達とともに眺めていた。
「フン。すっかり馴染んでいるな」
呆れて言う角都に弥彦は苦笑する。
「まさか、あんな大量に連れてきてくれるとはな。この調子だと、金もすぐに集まりそうだ。感謝するぜ」
「飛段に直接言ってやれ」
女性に囲まれる飛段を見つめ、角都は茶をすすった。
「まさか、角都が折れるとは意外だ」
そう言う長門を睨み付け、すぐに言い返す。
「たまには言うことを聞いてやってもいいと思っただけだ。いつもオレの仕事を手伝ってもらっているからな」
それが、昔の角都を知る長門達にとっては珍しいことだった。
角都に、他人に譲るという気持ちは微塵もないと思っていたからだ。
夕方になり、客も減ってきた。
それを見計らって飛段は店内に入ってくる。
「暑ィー」
客の席には傘があるため、直射日光はないが、半日中日の下で動き回っていた飛段は汗だくだった。
角都の向かい側の席に座り、机に置かれている団扇を手に取って自分を扇ぐ。
「お疲れ様」
小南は水を含ませて軽く絞った手拭いを横から飛段に渡した。
「お、悪いな」
飛段は、顔、首、着物を緩めて胸元を拭う。
「それ…、綺麗ね…」
小南が指差したのは、飛段の胸元にぶら下がっている銀色のペンダントだった。
ペンダントヘッドは丸の中に三角が入った不思議な形をしていた。
半月以上行動をともにしていた角都は、そのペンダントの存在に気づいていたが、それがどういう意味を持ったものなのか聞いたことはなかった。
単に興味がなかったからだ。
「オレのお守り」
ペンダントヘッドを握りしめ、それ以上のことは言わずに飛段は小南に微笑んだ。
「…?」
ふと角都はこちらを窺う妙な視線を感じ、顔をあげて店の外を見たが、そこには誰もいなかった。
角都と飛段が長門達の用心棒を引き受けて4日が経過した、その夜だ。
隣の布団では飛段が静かな寝息を立てて眠っている。
角都は天井を見上げたあと、起き上がって寝間着から自分の着物に着替えて口布をつけ、髪を結い、腰に愛刀を差し、物音を立てずにそっと部屋から出てたあと、草履を履いて宿の外へと出た。
茶屋は、椅子も片づけられ、扉には鍵がかけられてある。
それを確認したあと、角都は茶屋の向かいの真っ暗な森の茂みに声をかけた。
「出て来い。数日前からオレ達を窺っているのには気づいている。…こそこそとなにを企んでいるかは知らんが、のぞき見される趣味は持ち合わせていない。いい加減、堂々と出てくればどうだ?」
感じ取られる気配は4つ。
どれもただものはなさそうだ。
いつでも仕掛けられるように、刀の柄をつかみ、数ミリだけ刀身を上げる。
同時に、茂みから数本の手裏剣が飛び出してきた。
反射的に刀を抜いた角都はそれを叩き落とすが、続けざまに茂みから大きな黒い影が飛び出してきた。
横から振られる大刀を己の刀で防ぐ。
「っ!」
勢いがよかったため、横に吹っ飛びそうになった。
相手の顔を見るが、黒の頭巾で目元以外隠されているため、顔がわからない。
自分よりも大きな男は大刀を振り上げ、角都の脳天目掛け振り下ろされるが、角都は刀を横に向けて目前でそれを受け止めて両手で支えるが、下手をすれば押しつぶされそうになる。
「!」
その隙に、背後から糸のようなものを首に巻かれ、絞められる。
「ぐ…っ!」
左手で首に巻きついた糸をつかんでしまい、刀にかかる圧力に片膝をついた。
「しばらく、このままでいてもらおうか」
目の端に映ったのは、目の前の大きな男とは対極的なほど小さな男だった。
鋭い切れ長の目が角都をとらえる。
「…!」
残りの2人が素早く角都の横を通過し、宿へと走った。
宿には眠った飛段がいる。
2人組は宿の玄関から入らず、近くの木から屋根へと飛び移り、角都と飛段が泊まっている部屋の障子窓から侵入しようとした。
角都は飛段が眠っている位置と飛段の刀が立てかけられている位置を思い出し、すぐには届く距離でないと考え、行動に出た。
最初に左手で腰に差した鞘をつかんで腰から引き抜き、目の前の大きな男をそれで勢いよく横から殴り飛ばし、大刀と己の刀が離れると、刀で締め付ける糸を切った。
「!」
驚く小さな男の胸の中心を鞘の先端で突き、宿へと走り、木から屋根へと飛び移り、障子窓から侵入した2人組に切りかかる。
「!!」
2人組は左右に飛び、角都の振るわれた刀を避ける。
「チッ。もう追いついてきやがった!」
「……………」
右に飛んだ男が舌打ちをし、声を上げた。
左に飛んだ男は背中に携えた細長い刀を引き抜き、構える。
「ん…」
その時、騒ぎに起こされたのか、飛段が目を覚まそうとした。
右に飛んだ男がそれに気づき、懐から細長い紙で包まれた玉を取りだし、畳に叩きつける。
「!」
角都は飛段の眠る布団へ走って毛布をつかみ、それに飛段と自分をくるませた。
ドン!!
同時に、小さな爆発が起きた。
飛段と角都は布団にくるまれているため、衝撃や破片から守られる。
「んん…? なに…がァ!!?」
目を開けたすぐ先には角都の顔があった。
しかも、圧し掛かられていて身動きができない。
(夜這い!? これ、夜這い!?)
顔を真っ赤にしながらパニックを起こす飛段。
「静かにしろ」
思わず腰がうずいてしまう声に、飛段は小さく2回頷く。
角都は布団から顔をだし、煙が充満する部屋を見回した。
だが、2人の姿は見当たらないどころか気配まで消えていた。
「…逃げられたか」
「お…、おい…、角都…、オレ…、こういう経験ないんだけど…」
緊張気味に言う飛段を見下ろし、角都は首をかしげる。
「…なんの話だ?」
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