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それから半月が経過した。
角都の傍には、まだ、飛段がいる。
賞金稼ぎの仕事に付き合わされる前や後には必ず文句を垂れたが、けっして角都から離れることはなかった。
いつ、解放されるのか。
最初はそう考えていたが、徐々にどうでもよくなってきた。
それに、角都と一緒に旅をしていれば、宿にも食事にも困らない。
逆に、角都から離れてしまえば、またどこかで、今度こそ餓死するかもしれない。
角都も、飛段を解放する気はさらさらなかった。
実戦で見せる刀の筋と勘は自分に負けず劣らずいいものだが、致命的に頭が悪い。
だが、だからこそ利用価値がある。
前に、共に旅をした同業者がいたが、角都が裏の世で名が知れ渡るとともに、どこかへ去ってしまった。
独りで旅をしても不便はあまりないが、出来るだけ効率よく仕事がはかどりたいのだ。
それに、ひとりで何十人も相手にできるほど、もう若くない。
「角都角都、あそこ、茶屋があるぜ。オレ、小腹空いてきたァ」
「…ガマンしろ」
「そんなケチ言うなよォ。さっき仕事手伝ってやっただろォ」
(このガキ…)
最近、飛段のワガママが増えたのは気のせいではないだろう。
角都は「甘やかしすぎたか」と反省した。
「もう少し歩けば、別の茶屋がある。オレの知り合いの店だ。そこなら食べさせてやる」
「ウソだったら怒るぜ?」
角都の顔を窺った飛段はニッと笑みを見せ、角都より少し先を歩き、先に見つけた茶屋を通り過ぎた。
細い山道をのぼり、角都より先を歩いていた飛段は下りに差しかかると大きな町を発見した。
「江戸だ!」
そこにたどり着くまでにどれくらいかかるのかと、その町から自分達の道筋を目で追ってみる。
すると、ちょうど中間にぽつんと並んで建っている2つの小さな店を見つけた。
飛段の視線の止まった先を見た角都は「あれだ」と言う。
「あれが、オレの知り合いの店だ」
町から少し切り離されたような場所だが、そこには団子屋と小さな宿の店がある。
江戸に入る前や出る前の腹ごしらえが出来るよう考えられ建てられたものだ。
角都の知り合いは、両方の店を営んでいる。
「…様子がおかしいな」
そう言って角都は訝しげな顔をした。
目的の茶屋が近づくにつれ、騒がしい音も大きくなる。
「何度言えばわかる! 払うものを払わなければその身を売る、との約束だろ! 抵抗するんじゃねえ!」
3人組の男に、ひとりの女が絡まれている。
真ん中の男に手首を強くつかまれ、女は苦痛に顔をしかめた。
「もうすぐで貯まる! それまで待って!」
「半年前も同じことを言っていたな!」
「だって…!」
「いいから来い!」
そのまま強引に連れて行かれようとした時だ。
「痛てっ!」
女を引っ張るその手は鞘に叩かれ、男は思わず声を上げて手を離した。
それから間髪入れず、守るように女を背中に隠したのは、飛段だった。
挑発的な笑みを浮かべ、打たれた手首を押さえて未だに痛がっている男の目先に、鞘の先端を突きつける。
「平和的じゃねーな。そんなんじゃ、すぐ女に逃げられちまうぜ」
突然現れた銀髪の男に、借金取りの3人組は動揺を見せる。
「な、なんだ、邪魔するのか、おまえ…」
鞘の先を突きつけられた男がどもりながらそう言うと、飛段は「おまえはどう見える?」と聞き返した。
男は数歩後ろに下がり、素早く自分の腰に差してある刀の柄をつかんで抜こうとした。
その前に、飛段はその柄の先を鞘の先で押さえつける。
「!!」
「抜いたら殺す」
殺気を纏わせる瞳に、男はビクッと体を震わせた。
背後でそれを見守る他の仲間も、飛段が只者ではないと理解したのか、柄をつかみかけた手を下ろす。
「ま…、また来るからな! 今度は耳揃えて用意しておけ!」
捨てゼリフを残し、借金取り達は一目散にその場から去って行った。
逃げた方向から、江戸の町の者だとわかる。
「2度と来るなっての!」
3人の背中が見えなくなる前に、飛段は一声かけた。
「あ…、ありがとうございます」
逃げる3人の背中を睨みながら見送る飛段に、女は背後から声をかけた。
振り返り、女の薄笑みを見た飛段は照れ笑いを浮かべる。
「いやぁ。せっかくここで茶にしようかと思ってさァ…。あいつらいると、邪魔だろォ?」
遠くから見てもわかっていたが、女は美人だ。
髪につけられた紫色の花飾りもとても似合っている。
「小南から離れろ!!」
「わ!!」
いきなり茶屋から飛び出してきたオレンジ髪の男が、飛段に向かって竹ぼうきを振り下ろした。
驚いた飛段は反射的に竹ぼうきを両手に挟んで受け止める。
「借金取りに雇われた奴だな!? また性懲りもなく…! おまえ達に払う金は今はない!」
「弥彦! 違うの!」
小南と呼ばれた女は、弥彦という青年を止めようとしがみつく。
突然の出来事に飛段は困惑するしかなかった。
「なんだなんだ!?」
「長門も止めて!」
小南は茶屋に振り返り、「長門」を呼んだ。
すると、茶屋の店の奥から包丁を片手に持った赤毛の男が出てきた。
「待ってろ弥彦!」
「おいおい!」
状況が悪化しようとしたとき、ゆっくりとした足どりで追いついた角都が声をかけた。
「弥彦、やめろ」
「!」
その声に顔を上げ、弥彦はようやく動きを止めた。
「…角都か?」
「1年ぶりじゃないか」
長門も懐かしいと言わんばかりに微笑んだ。
茶屋の前で茶をすすり、水ようかんを食べながら、角都と飛段は長門たちの話を聞いていた。
「借金…。さっきのは取り立て屋か…」
「ああ。金欠で金を借りてしまって…、倍の利子をつけて「返せ」と押しかけるようになった」
「珍しい話でもない」
呆れるようにそう言いながら、角都は茶をすすった。
飛段は楊枝で水ようかんを口に運ぶ。
「角都、食べないのか?」
「羊羹は好かん。全部食べろ」
飛段は「じゃ、遠慮なく」と嬉しそうに食べる。
その姿は子供のようで、先程、ガタイのいい男3人を追っ払った男には見えない。
「栗羊羹が食べられないんじゃなかったのか?」
首を傾げる弥彦に、角都は「どちらにしろ、甘い物は好かん」と答える。
「なあ、金が集まるまで、用心棒になってはくれないか?」
突然の長門の頼みに、角都は「ふざけたことを言うな」と湯呑を乱暴に自分の横に置いた。
「そう言わないでくれ。一週間以内に、目的の金額に達する。それまでだ。宿代だってタダにしてやる」
弥彦と小南も頭を下げた。
しかし、角都は顔を逸らして冷たく答える。
「断る。今回の被はむしろ取り立て屋にある。貸した金が返ってこないのだからな。向こうも商売だ。金を早く返さないおまえ達が悪い」
弥彦は顔をあげ、角都を睨み付けた。
「こっちにだって、やむを得ない事情があったんだ! 本当は、もうとっくに返してたんだよ!」
「やめろ、弥彦」
つかみかかろうとする弥彦を、長門が肩をつかんで止める。
だめもとで頼んだだけで、角都の性格から考えてわかっていた答えだった。
期待してしまった自分たちが悪い。
弥彦は悔しげにうつむいた。
小南は落ち込むその背中に触れる。
晴れた天気に不釣り合いな空気が茶屋を包んだ時だ。
「いいぜ、用心棒やってやっても」
「!」
その言葉に、3人と角都が同時にはっと顔を向けた。
羊羹を食べ終えた飛段は楊枝の先端を口にくわえたまま、安心させるような笑みを浮かべる。
「羊羹、美味かったし。これもタダにしてもらえんだろ?」
小南は動揺しながらも、「ええ」と答えた。
「わかった。おまえらの用心棒になる」
「飛段!」
当然、勝手に金にならない仕事を請け負うとする飛段を角都が良く思うわけがない。
飛段は睨む角都を無視し、立ち上がって小南と握手する。
「アンタ達は金を集めることだけ考えてろ」
その晩、宿の2階の一室で、2人は派手に喧嘩した。
言い争いの果てに、殴りあい。
素手で殴りあった結果、角都が勝った。
しかし、飛段は、請け負った仕事を断ることに頷かない。
畳の上で大の字になって倒れ、顔を腫らして鼻血を流したまま、冷たい視線で自分を見下ろしている角都を見る。
角都の顔には一撃しかお見舞いできなかった。
そのあとのカウンターでノックダウン。角都のほうが、コブシの威力が上だった。
角都のコブシには、飛段の血が付着していた。
「…すぐに断ってこい」
「ヤだ」
角都は飛段の胸ぐらをつかみ、躊躇なくその顔を再度殴った。
それでも、飛段は食い下がる。
「ヤ…だ…」
血と唾を口端から流し、声を振り絞った。
また角都が殴ろうとしたとき、ちょうど力尽きた飛段は、カクン、と気を失った。
コブシを顔の飛段の目前で止めた角都は、苛立ち混じりのため息を吐き出し、飛段の胸倉から手を放し、力が抜けたかのようにその場に腰を下ろす。
今頃になって目眩に襲われた。
「……頑固な奴め。そんなにあの女が気に入ったか」
思い出しただけでも腹立たしいことだ。
自分との仕事の時はぶつくさと文句を垂れるくせに。
女にいいところを見せたいのか、と呆れるほかない。
「…チッ」
舌を打った角都は、とりあえず目の前の、さらけだされた白い生脚を着物の裾で隠した。
最近、女を買っていないせいか、飛段の仕草ひとつひとつを意識してしまう始末だ。
これは嫉妬か。
そんな思いがよぎった角都だが、すぐに、そんなバカな、と鼻で笑った。
立ち上がり、押し入れの襖を開けて2人分の布団を取り出し、畳の上に敷く。
「!」
ふと、出入り口の襖の向こうから気配を感じ、そっと開けてみると、人はいなかったが、お盆に載せられた2人分のおしぼりと湯呑に入った水が置かれていた。
あの3人のうちの誰かが置いていったのだろう。
それを部屋に入れ、ひとつのおしぼりを自分の腫れた頬に当て、もうひとつのおしぼりで飛段の痣と傷を拭った。
「ぅ…」
飛段は痛みに呻いて顔をしかめるが、起きる気配はない。
「……………」
角都は飛段を抱えて布団で寝かせたあと、自分も布団に潜り込んだ。
「…本当に…、面倒なものを拾ってしまった…」
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