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それはずっと昔。
闇夜の中、男は草木を掻き分け、地面に散らばる枯葉を草履の裏で踏みながら闇雲に逃げ回る。
ここから村までは遠すぎる。
どこへ逃げていいのかもわからない。
後ろをついてくる足音は一向に遠ざからない。
振り返るヒマもない。
追手に切り捨てられる前に、心臓が破けてしまいそうだ。
あれから何キロ走ってきたのだろう。
部下達は全員やられてしまった。
敵はたったひとりだったというのに。
手に入れた大金の一部で買った値が張った新しい着物も、枝で引っかけたり泥がついたりでボロボロだ。
「だ…、誰か…!」
精いっぱい振り絞った声は、蚊の鳴くようだった。
「チクショウ」と内心で怒鳴った時だ。
右足に痛みを覚え、一瞬浮遊感に襲われてそのまま地面に倒れた。
地面から顔を出した木の根っこに引っかかったからだ。
「ぐ…!」
男の動きが止まり、追手の足音がゆっくりと近づいてくる。
「ひ…!!」
急いでうつ伏せの状態から半転して仰向けになったが、肝心の足腰が立たない。
すぐ傍まで来た追手の赤と緑の目が男を見下ろす。
「ま…、待て! 待ってくれ…!」
男は右手を伸ばして追手を制そうとしたが、追手は冷徹な眼差しを向けたまま鞘から刀を抜いた。
それ見た男はわかりやすいほど歯をカチカチと鳴らし、体をガタガタと震わせる。
追手は刀を振り上げたまま、一時動きを止めた。
「………?」
しばらく銅像のように動かなくなった追手に男が首を傾げた。
すると、追手は閉じていた口を少し開き、低い声で男に一言言う。
「待ったぞ」
それが男が聞いた最期の言葉となる。
追手の刀が宙で曲線を描き、男の首を刎ねた。
首はすぐ近くの木にぶつかって追手の足下まで転がり、止まった。
追手は刀に付着した血を地面に払い落として鞘に収め、男の首を拾う。
「これで20万両はオレのものだ」
追手であるその男の口端の吊り上がりを見ていたのは、目の前にぶらさがっている首だけだった。
後ろに束ねられた黒髪、口を覆い隠す黒の口布、濃い緑色の着物、そして腰に差された黒鞘の刀。
裏の世界では随分と有名な男が換金所に訪ねてきた。
「…早速殺ってきたな、角都」
どん、と目の前の机に置かれた、生首が包まれた布を見た男は頭を掻きながら言った。
男は布をほどき、手元の手配帳簿と生首の男を見比べ、「うん」と頷く。
「間違いなく、本人。ほらよ」
男は机の下の引き出しから金の入った封筒を取り出し、角都に手渡した。
受け取った角都は中身を確認するために金を取り出し、その場で数え始める。
それを見て男は苦笑した。
「相変わらず、信用はしてくれないか…。誰がおまえ相手に嘘の金額を渡すものか。きっちり20万両だ。とっとと他の賞金首も捕まえてこいよ」
「黙れ。金以外は信じない主義だ」
それから「オレよりひとまわり若いクセにエラそうな奴だ」と付け加える。
角都が金を数えている間、男は引き出しから煙管を取り出し、吹かし始めた。
「…最近、殺しすぎやしないか? 裏ではおまえ自身が賞金首になってるんだ。自覚があるうちに、あまり目立った動きはしないほうがいいぞ」
ちょうど金を数え終えた角都は金を封筒に戻し、懐に入れた。
「オレの首を狙う賞金首なら大歓迎だ。次は大量の首をここに持ってくることになるかもしれん」
楽観的ともいえ、あながち冗談でもないだろうその言葉に、男は呆れて口に煙管をくわえたまま頭を垂れた。
「それなら他をあたってくれ。換金所はここだけじゃないからな」
「また近くで狩ったら寄らせてもらう」
角都はそう言って換金所を出て行こうとした。
出入口である引き戸に手をかけた時、男はその背中に声をかける。
「今度首を持ってくるときは、ツボか箱にしてくれ。一応ここは町中だからな」
角都は黙ったまま引き戸から出て行ったが、内心では、「ツボや箱は金がかかる」と聞こえない返事を返していた。
それを見下ろす角都の目はとても冷めたものだった。
「…なんだコレは…」
情報屋に寄ったあと町を去り、角都は桜並木道を歩いていた。
そこであるものを発見した。
「…異国の者か?」
だらしなく道の真ん中で倒れた、銀髪の男だ。
腰には長刀が差されている。
角都は前屈みになって長刀の柄をつかみ、鞘ごと長刀を男の腰から引き抜いた。
「ほう…」
少し引き抜いて見ると、新品同様の輝きを放つ刀身であることがわかる。
つやのある赤鞘だけでも、売れば高くつくはず。
そう考えた角都は「成仏しろ」と倒れた男に一言声をかけたあと、長刀を持ってその場を去ろうとした。
その時、長刀が動きを止め、ガクンと後ろに下がった。
訝しげに振り返ると、長刀の先端を倒れた男がつかんでいた。
「待ーてーやーコラー」
唸るような声とともに顔を上げた男は当然怒りをあらわにしていた。
「てめー、刀じゃなくてオレごと拾えよォ。人が腹空かしてるのに放置かよ。鬼かてめー。呪うぞ」
角都は眉をひそめ、男の手を払う。
「ベタな登場をしたと思えば、ベタなことを言いだす…」
「ベタ?」
「長刀は金になるが、貴様は金にならん。拾った理由がそれだ」
男が顔を上げるまではそう思っていた。
「やっぱ鬼だぜ。落ちてるのがサイフだったら役所に届け、落ちてるのが人間だったら飯を食わせるだろォ?」
「落ちているのがサイフならもらっておくし、落ちているのが人間なら放っておく。これがオレの常識だ」
角都は平然とした顔で即答した。
唖然とする男。
「じゃあな」
「ちょ! 待! お侍さ~ん!」
そのまま持ち去る角都にはっとした男は止めようと手を伸ばしたが、これまたグーと腹から伸びた音とともに脱力感に襲われ、再び顔を伏せて倒れた。
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