親しき仲にも
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それから5日後の集会に向けて、角都のもとで飛段の礼儀の特訓が強制的に始まったのだった。
角都の指導はまさに鬼の如しだ。
飛段が礼儀作法を間違える度に角都の鉄拳がとんだ。
なに? それはいつものこと?
今回は鉄拳だけではない。
「箸の持ち方が違う!」とそれこそ行儀の悪いことに飛段の額に箸をぶつけるわ、
「猫背になるな!」と物差しを背中に差しこまれるわ、
「お辞儀は会釈が15度、普通が30度、最敬礼が45度だ! 何度間違えれば気が済む!?」と分度器を投げて見事頭に刺さるわ、
「語尾を伸ばすな!」と頬を思いっきりつねるわなど。
寝る間も与えられず、飛段もヒーヒー言っている。
「も…、もう…、嫌ですわー!!」
最後には泣きだす始末だ。
「お嬢様みたいな喋り方をするな! 気色の悪い!」
それでも角都は容赦がなかった。
「助けてェ…」
飛段はデイダラやサソリに救いの手を求めたが、2人は見て見ぬふりだ。
さっと目を逸らし、2人仲良く肩を並ばせて飛段の目の前を通過していく。
角都は「次は食べ方の作法だ」と飛段の外套の襟をつかみ、そのままズルズルとアジトの食堂へと引き摺って行くのだった。
そして当日、飛段は自分の部屋で渡された服に着替えていた。
やはり、ボタンは一番上まで留めなければならないようだ。
首周りが気になり、何度も首を擦る。
「飛段、出来たか」
髪を後ろに撫でつけてオールバックを作ったとき、角都の声とともに扉がノックされた。
「お…、は、はい!」
飛段は、今日一日だけ角都に敬語、ということを思い出して返事を返す。
すると、扉が開けられ、角都が部屋に入ってきた。
その姿は、今の飛段と同じ格好だ。
頭巾も口布もつけず、長髪は後ろに一つに束ねられていた。
その姿に飛段は「ハァー」と目を輝かせた。
「…なんだ?」
「お似合いですよ、ボス」
ぴょんぴょんと跳ねまわりたい興奮を抑え、飛段は姿勢よく笑顔で答えた。
「……行くぞ」
「はい」
背を向けた角都に、飛段は斜め後ろについていく。
*****
集会場所は、雨隠れの里にある、小さな2階建ての屋敷だった。
ここの家主が暁にとって一番のお得意様だ。
家主の機嫌を損ねれば、資金が減ってしまう可能性がある。
「いいか、粗相のないようにな」
「わかってますって、ボス」
小さな屋敷の裏口にやってきた角都と飛段が扉を前に小声でそう交わしたあと、角都は目の前の木製の扉を2回叩いた。
すると、半分に開けられた扉からシャレた格好をした背筋のいい老人が顔をのぞかせた。
角都は黙ったまま懐から出した、証明書を見せる。
それをじっと見ていた老人は視線を上げて角都の顔と飛段の顔を交互に見たあと、口元に薄笑みを浮かべた。
「角都様ですね。ようこそお越しくださいました。皆様も、旦那様もお待ちかねです」
そう言って、老人は2人を中へと招き入れた。
老人を先頭に長く真っ直ぐな廊下を歩いていく2人。
ふと、角都の後ろを歩いていた飛段が角都に小声で尋ねる。
「ボス、集会とはどのような?」
「主に、現在の企業の業績、その反省、次の企画について話し合う。金を多く出すか出さないかは向こう側が決めることだ。それより、言葉が棒読みになっているぞ。気をつけろ」
「あ…、はい…」
小声で返した角都に、飛段は口元に手を当てて反省する。
いつもなら喚き返す飛段に、角都はいささか調子が狂いそうだった。
せっかくあの飛段が礼儀と言うものを少しでも学んだと言うのに、この複雑な気持ちはなんなのか。
今の飛段が、飛段じゃないからか。
角都は鼻で笑うのを耐える。
馬鹿な、と。
「さあ」
老人は両開きの扉を同時に開ける。
扉の向こうは、リビングとなっていた。
そこには正装をした者達が集っていた。
皆、グラスに注がれた酒や、各々の企業についての会話などをしている。
20人はいるだろう。
だが、各々の企業の代表は数人しかおらず、あとは秘書や関係者だけだ。
角都と飛段が入ってきたことに、その内の幾人が気付く。
2人に見た目50代後半の男がやってきた。
屋敷の家主だ。
「おお、角都か」
「久しぶりだな」
角都と家主が握手を交わすのを、飛段は面白くなさげに見つめる。
だが、家主の視線が飛段に移った途端、飛段は慌てて愛想の良さそうな顔に切り替えた。
「初めて見る顔だな」
「こいつは…」
角都が紹介するより先に、飛段は一歩前に出る。
「ボスの秘書の、飛段と申します。本日はお招きくださって、ありがとうございます」
そう言ってお辞儀をする。
きっかり45度。
(やれば出来る奴じゃないか…!)
角都は顔に出さなかったが感動を覚えた。
「ほほう。誠実そうな青年じゃないか」
家主はそう言って飛段の右肩に触れる。
それを見た角都の目元がピクリと動いた。
「会議を始める前に向こうで話そう」
角都は家主を窓際に指を差して誘い、家主は「そうだな」と答えて角都とともに窓際へと向かう。
「角…、ボス、私は…」
「大人しく、好きにしていろ」
角都は背を向けたまま答え、飛段をそのままにした。
(角都…)
飛段の表情がしゅんと落ち込んだ。
思わず素を見せてしまいそうになったが、約束は破りたくなかった。
角都に殴られるのはいつものことだし構わないが、今回は状況が状況だ。
信頼を失いたくはない。
会議は順調だった。
口から出るのはデタラメではなく、偽りに触れない程度の現在の企業の内側とその未来。
代表者達は真剣にその角都の言葉に耳を傾けている。
話を終えた角都は意見がないかと尋ねる。
予想していた質問が来て、間髪入れずに返答していく。
「資金を3倍に上げよう」
鶴の一声に他にもなにか言いたげだった代表者も口を閉ざす。
家主の言葉と上げられた3本の指に、角都は危うくほくそ笑むところだった。
もっと上げてほしかったが、あまり欲深いのはいかんな、と反省して「感謝する」と答えた。
他の代表者の懐柔にも成功した。
そして、会議は無事に終了した。
会議室から出た角都達はそのままリビングへと戻ろうとしたが、
ガタン!
「!?」
1階からなにかが派手に倒れた音が聞こえ、角都を含む代表者達は顔を見合わせた。
「まさか」と角都は嫌な予感を覚える。
早足で廊下を渡って階段を下り、また廊下を渡り、リビングへと向かった。
後ろから家主達も歩調を合わせてついてくる。
扉の前では最初にリビングに案内してくれた老人がオロオロしていた。
「どうした?」
角都が声をかけると、老人は「ひ、飛段様が…」と戸惑いながら答えた。
扉の向こうは騒ぎになっているようだ。
角都はすぐにリビングの扉を開けた。
「もういっぺん言ってみろォ!!」
飛段が仰向けに倒れた男にまたがり、誰もが浮き足立つような剣幕で殴り続けていた。
周りの者達は止めようとするが、飛段は離れずにコブシを振り回して暴れている。
飛段が殴っている男を見て角都ははっとした。
家主の秘書だからだ。
頬に冷たい汗が流れるのを感じた時には声を張り上げていた。
「飛段!!」
すると、飛段の動きがピタリと止まり、おそるおそる角都に顔を向けた。
我に帰ったのか、途端にその顔は真っ青になる。
それから立ち上がり、角都を押し退けてリビングを出て行った。
「飛段!」
角都はもう一度呼ぶが、飛段の姿は曲がり角で消えてしまった。
「角都…、これは…」
家主が声をかけた時だ。
飛段に殴られていた秘書は殴られた右頬を押さえ、角都を睨みつける。
「とんだ、優秀な秘書だな」
そうせせら笑う秘書に、角都は肩越しに睨みつける。
「黙れ」
その目と低い声に、秘書は「ひっ」と怯えを見せる。
角都は舌打ちをし、家主と目を合わさずに飛段のあとを追いかけた。
飛段は2階に上がったようだ。
廊下の突き当たりに半開きの扉を見つけ、角都はその部屋に入って扉を閉める。
寝室のようだ。
電気を点けるスイッチが見つからず、仕方なくそのまま部屋の奥に進み、閉ざされた白いクローゼットの前で足を止めて扉に挟まった衣服の袖を見つめ、腕を組んでため息をついた。
「…はぁ…。貴様という奴は…」
「……………」
クローゼットの中に隠れたつもりでいる飛段は無言だ。
「なぜ殴った?」
「……………」
「飛段」
名を呼ばれ、観念した飛段はクローゼットの中から理由を話しだす。
「…あのヤロウ、こっちに来ないかって…」
「断ったんだろう?」
「当たり前だろ! そしたらそいつ、「ボス(角都)に弱み握られてんだろ?」って抜かしやがった。「違う」って答えても、鼻で笑いやがる。「おまえみたいな秘書、あいつじゃ釣り合わない」って一言がトドメだったな」
それでついカッとなって気持ちのままに殴りかかったわけだ。
理由を聞いた角都は黙ったまま、クローゼットの取っ手をつかみ、ゆっくりと開けた。
飛段は三角座りのまま、中の衣服に埋もれていた。
「…約束……破っちまった…。怒ってんだろ? 殴れよ…」
そう言って膝に顔をうずめる。
角都はそれを見下ろし、口を開いた。
「…怒ってはいない」
「けど、オレ約束…んぶっ」
口を口で塞がれ、遮られる。
「オレも今、約束を破った」
「角都…」
真っ赤な顔でキョトンと角都を見つめる飛段に、角都はフッと笑う。
自分のために約束を破ったことが嬉しいなど、口が裂けても言えない。
代わりに、その喜びをキスで表現した。
「ん…っ」
そのままずれて首元に口付けようとしたが、上までボタンを留めた首周りの衣服が邪魔だ。
角都はひとつずつ上から外していく。
たかがボタンを外すことがこんなにもどかしく、気分を煽られるのは初めてだ。
普段は胸元を見せているからか、新鮮だ。
「あ…っ」
自分の手で露わにした首に吸いつくと、甘い声が上がった。
「ボスゥ…」
これが飛段が興奮しながら言っていた、上司と部下のプレイか。
「フン、まんざらでもないな」
その時、扉がノックされた。
「!」
はっとした角都は飛段をクローゼットに再び隠し、自分の衣服のボタンを第一ボタンまで留め直し、扉を半分開けて顔をのぞかせる。
家主1人だ。
「取り込み中か?」
「………いや…」
正直、とても大事な取り込み中だ。
「そうか」
「うちの秘書が、とんだ無礼を…」
「案ずるな。それに、会議で決定したことに変更はない」
「! しかし…」
家主は手で制す。
「周りから話を聞かせてもらった。一番悪いのはうちの者だ。あの剣幕には驚かされたがな。……部下に恵まれて、羨ましいものだ…。おまえも変わった」
「…飛段は…、部下ではない…」
その言葉の意味をどう捉えたのか、家主はフッと優しく笑って「そうか」と答えた。
それから後ろに手を組み、角都に背を向けて歩きだす。
「詫びだ。出て行くまで部屋は好きに使うといい」
わずかに意味ありげな笑みを浮かべたのが見えた。
「……ああ、“好きに”使わせてもらう」
開き直り、「好きに」を強調してその背中にかけたあと、すぐに扉を閉めた。
再びクローゼットを開けると、飛段は待ちきれないとでも言いたげに角都を見上げる。
「角都ゥ…」
数日すれば覚えさせた礼儀など忘れてしまうだろう。
だが、困る者は誰もいない。
だが逆に、「それでいい」と全部受け止める者はたったひとりだけいる。
「やはり貴様は、そうであるべきだ、飛段」
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