ご主人様はアイツのもの
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それからしばらくオレは角都と一緒に大学については行かなかった。
飛段を見ただけで飛びかかってしまいそうだったからだ。
あいつのせいで、角都はケガしたし、かくずは去って行った。
内心では恨み事を言いつつも、オレは飛段が好きだ。
だから爪を立てたくない。
あとはもう2人がくっつこうが別れようが、もうオレの役目は終わった。
オレは自由だ。
だから、しばらく放っておいてくれ。
それでも、オレの頭からはかくずのことが離れない。
あれから1週間が経過した。
かくずから解放されてから3日後、オレはまた夜抜け出して公園へと行ったが、あいつの姿はなかった。
なぜオレはあいつを追いかけているのだろうか。
きっと、最後があんな別れ方だったからだ。
責めるオレをあいつが殴ったり罵ったりすれば、オレだって殴ったり罵ったりして「2度とオレの前に現れるな」って言えたかもしれないのに。
翌日、オレは早朝に角都の部屋を抜けだし、飛段のアパートへ訪れた。
102号室の扉の前で、あいつが出てくるのを待つ。
今日は日曜日だ。
バイトというものに出かけるかもしれない。
扉の前で待つこと1時間、飛段が出てきた。
ずっと扉に背をもたせかけていたから、開いた扉に押されて前に倒れてしまう。
「ぐっ」
鼻を打った。
「! ひだん!?」
ひだんは手ぶらだった。
バイトじゃないのか。
キョロキョロと角都の姿を探すが、いないとわかると苦笑して「抜け出してきたのかァ?」と聞いた。
「おい、かくずどこだよ」
オレがそう睨みつけていると、飛段はオレの前でしゃがんで尋ねる。
「なあ、かくず知らねーか? 犬の方の。ここ1週間、姿見てなくてよォ」
「!?」
あいつ、あれから飛段に会ってないのか。
「これから探しに行くところだ。オレが飼ってるわけじゃねーけど、会えないと心配するだろ。また、ケガしてるかもしれねーのに…」
「あいつが?」
飛段はオレを抱きあげ、アパートを出て話を始める。
「あいつ、アパートの前にあるゴミ置き場で倒れてたんだ。傷だらけでな。たぶん犬同士の争いだと思う。寄ってたかられたのか、いくつもの噛み傷があった…」
見つけて抱き上げようとした飛段を、まだ意識があったかくずは伸ばされた飛段の手を噛んだ。
よほど人間に対しても警戒していたのだろう。
だが、飛段は怒ることなくそのもう片方の手でその頭を撫でて言った。
「ちょっと寄ってけ、ワン公」
その時のかくずの顔が気になる。
なにを思って歯を外したのだろうか。
それから飛段はかくずを家の中に運び込み、手当てしたそうだ。
かくずが飛段を恩人と呼んでいたのはそんな出来事があったからか。
それにしても、犬同士の争いって、あいつここら辺のボスじゃねーのかよ。
「この前な、角都と一緒に大学の帰り、犬共に襲われた」
「!」
飛段も一緒なのに、あいつ角都を襲ったのか。
「カバンを振り回したりして追い払おうとしたけど、1匹の犬がオレに飛びかかってきた。その時、角都が庇ってくれた。自分の右腕を盾にして。それから左脚を噛まれたんだ。そしたらよ、かくずが飛び出してきてそいつらを追い払ってくれた」
飛段は「その日からかくずを見てない気がするな」と呟いたあと、言葉を続ける。
「あいつ、ここら辺の犬共に目をつけられてるらしい。ボスかと思ってたけど、あいつがおまえ以外の犬と一緒にいるとこ見たことねーし…、うわっ、なんだ!?」
オレは飛段の腕の中でもがき、地面に着地して走り出した。
「あのホラ吹きヤロウが!!」
飛段のアパート付近、角都のアパート、大学、公園。
あいつがいそうな場所を手当たり次第探すが、かくずの姿はどこにもない。
オレは闇雲に住宅街を駆ける。
そこでもうひとつの場所を思い出した。
廃車置き場だ。
あそこでふざけた誓いをさせられたんだ。
道を思い出しながらそこへと向かう。
塀に飛び乗り、近道を走っていると、ある会話が聞こえてきた。
「おい、あいつはまだ見つからないのか。真っ黒な上に、あのデカさだぞ。そろそろ誰かが見つけるだろ」
「さすがにこの町から逃げ出したんじゃねーの?」
角を曲がると、歩道で話し合う2匹の野良犬を見つけた。
オレは数歩下がり、身を屈ませて角からそれを窺う。
あいつとはかくずのことか。
「それを確かめるために、こうやって「てめーの子分を人質にとった」「てめーの飼い主の家を襲撃するぞ」って脅しを言いふらしてんじゃねーか。これで釣れなかったら諦めるだろ、ボスも」
やっぱり、ちゃんと本物のボスがいるんじゃねーか。
その時、そいつらとは反対側からべつの犬がやってきた。
「おい! 見つけたぞ! 奴だ!」
「!」
「捕まえたのか!?」
「いや、自分から名乗り出てきやがった。まんまと作戦にかかったわけだ。馬鹿な奴め」
オレは思わず爪を立てた。
いや、ここで躍りかかっちゃいけない。
あいつらが走り出した。
オレは塀を渡りながらそれを追う。
やっぱり、廃車置き場に向かっていた。
*****
廃車置き場に到着したオレは野良犬達に気付かれないように、窓が割れている青いミニワゴンの中に忍び込んだ。
ここからなら、廃車置き場の中心が見える。
野良犬達に、かくずが囲まれていた。
1週間逃げ回っていたのか、体には傷と汚れが見える。
3段積みにされた廃車の頂上にはかくずよりも大きな灰色の犬がいた。
嫌な笑みを浮かべてかくずを見下ろしている。
たぶん、奴がボスだ。
「まさか本当にそっちから来るとは思わなかったぜ。人間や子分なんて、放っておけばいいものを。変わったな、おまえは」
「オレはともかく、奴らのことは放っておけ。もう縁は切った」
オレははっとした。
だから、オレを解放してくれたのか。
だから、飛段の前からも去ったのか。
「奴らに危険が及ばないよう、孤独に戻ったということか。そういえば、前にボスをやっていた時も、おまえはどこか孤独だったな。わがままに誰に命令するでもなく、ただ好きにやらせていた。やりすぎた奴は粛清した。それで今度は何を言いだすかと思えば、「ボスをやめる」だ」
聞くたびに明らかになるかくずの過去。
ボスだった事実まで発覚した。
現・ボスは鼻で笑う。
「ふざけたことを抜かし、おまえはオレ達を怒らせた」
「だから、ボス争いが起こらないよう、オレはおまえをボスにしただろう」
「だからそれをふざけてるって言ってんだ!! おまえの息の根を止めて初めてオレはボスになれる。それはここにいる全員がそう思った。なのに、のこのこ隠居できるとでも思ったか? 考え方からなにまで吐き気がするほど甘いな!」
ボスは車から飛び降り、かくずの前に着地する。
「この、犬のなりそこない。これから寂しい人生送らねえようにここで喉を噛み潰してやる」
「オレが勝てば、もうオレに関わるな。周りの奴らにもな。オレは大人しくこの町から出ていってやる」
2匹は唸り合い、睨み合う。
見たところ、全身に傷を負っているかくずの方が不利に見えた。
最初に歯を剥いたのはボスの方だ。
かくずは突進してくるその体を避け、横からそいつの背中に噛みついた。
振り払われようと転ばずに着地する。
周りの奴らは見ているだけだ。
爪を立てたボスの前右足がかくずの側頭部に直撃する。
「か…」
オレは思わず「かくず!!」と叫ぶところだった。
ボスは、よろめいたかくずに容赦なく上から押さえつけようと両足を背中にのせる。
「!!」
だが、かくずは地面に潰されることなく持ちこたえた。
傷口から血が溢れ出る。
痛みに耐えながらも、かくずはボスの胸に飛び込み、突き飛ばした。
「ぐっ」
ボスは後ろに吹っ飛び、廃車に背を打った。
起き上がる前にかくずはその喉を右前足で押さえつける。
「負けを認めろ。3秒後にその喉を噛み潰されたくなければな」
「……………」
ボスはなぜかほくそ笑んだ。
次の瞬間だ。
「!?」
見ていた奴らが動き出した。
最初に、ボスとかくずの近くにいた2匹がかくずの体を突き飛ばした。
かくずの体は横に倒れ、周りの奴らがじりじりとかくずに近づく。
「貴様…」
ケガの痛みや疲労で限界なのか、かくずは体を起こすのもままならない。
歯を剥き、ボスを睨みつける。
ボスは「くくっ」と笑った。
「「手を出すな」なんて周りの奴らに命令した覚えはない。てめーはなにもかも独りでやり遂げてきたが、オレは違う。部下は使うもんだ。てめーの子分ってのにもそうしてきたんだろ?」
「……使う…。まあ、そうなるな。すべてはあいつ(飛段)のため…。けどオレは…、そうやってあいつ(ひだん)を繋ぎとめたかったのかもしれん。べつにあいつ(ひだん)でなくともよかったというのに…」
そう言ってかくずは目を伏せ、自嘲の笑みを浮かべた。
「あいつを殺った奴を、次のボスにしてやる。…殺せ」
犬共がかくずに飛びかかろうと構えた時だ。
「やめろォ!!」
オレは窓から飛び出し、犬共の間を潜り抜けてかくずの前に出た。
「! ひだん…」
かくずの声を背で聞きながら、ボスを睨みつけ、毛を逆立たせて威嚇する。
「なんだおまえ?」
「ボス、あいつが子分です!」
犬共のうちの1匹がオレのことをボスに教えた。
ボスは「ああ」と思い出すと同時に嘲笑の笑みを浮かべる。
「おかしいな。そいつとはもう縁が切れたんだろ? なぜ元・子分がそこにいる?」
「オレは子分じゃねえ!!」
かくずに送られたボスの視線をもう一度こっちに向けさせる。
「じゃあ部外者がなんのようだ?」
部外者でもない。
「オレはかくずのコイナカだ!!」
「!」
オレは「ゲハハ」と、呆けた顔してやがる周りの奴らを馬鹿にするように笑って言ってやる。
「互いが互いを誰よりも大切に想い合う仲だ。スゲーだろォ? 知らねーだろォ? てめーらにはないもんだァ! ゲハハハハァ!」
背後から聞こえた、「馬鹿が」と言うかくずは小さく笑っている。
見ると、ボスから笑みが消えていた。
代わりに視線で殺すような目をしている。
「殺せ」
冷たい言葉とともに周りの奴らが飛びかかってくる。
オレはそいつらに背を向け、かくずの背に圧し掛かって覆い、かくずを庇う。
オレは簡単には噛み殺されねえぞ。
死なないからな。
「!」
しかし、かくずは急に体を反転させ、オレに覆いかぶさった。
「え!?」
守る立場が逆になる。
飛びかかってきた奴らはかくずの体に次々と噛みついた。
「かくず!!」
「…貴様ら…、オレの体から離れろ…」
その低い声に、かくずに噛みついた奴らがビクリと体を震わせた。
かくずが振り返ると、全員青い顔をしてかくずの体から次々と離れていく。
ボスは何事かと驚いた顔をした。
かくずはオレから離れ、血まみれの体でゆっくりとボスに近づいていく。
どの犬も恐れをなして道を開けていった。
距離が縮まるにつれ、ボスはあとずさる。
「どうした? オレは今、満身創痍だぞ」
「おまえ…、もう死んどくべきだろ…、そこは…」
「なにを怯えている」
「来るな…」
背後の廃車に背をぶつけ、再びボスは追い詰められた。
今度は、誰も手を出そうとはしない。
かくずはボスに顔を近づける。
「…勝手に出て行ったことは悪かったと思っている。だが、今はおまえがボスだ。いつまでも、オレを追いかけてくれるな」
その言葉に、ボスはなにかに気付かされたようにはっとした顔をする。
それから一瞬今にも泣きそうな顔になり、かくずから顔を逸らした。
かくずはボスに背を向け、廃車置き場の出入口へと向かう。
「かくず」
ボスに声をかけられ、かくずは一度立ち止まる。
「それが今のおまえの名前か」
「ああ。前の名より気に入っている」
「そうか…。じゃあ、前のボスは死んだことになるのか…。そうか…」
独りごとのようなボスの言葉を背中で受け止め、かくずは再び歩き出す。
途中で横に倒れそうになったが、オレは素早くその体を自分の体で支え、一緒にそこから立ち去った。
誰も追いかけてこなかった。
やっぱりかくずは途中で倒れた。
オレごと。
オレは叫んだ。
オレのご主人と、こいつのご主人の名を。
それから、主人2人はオレ達を探していたのか、すぐに駆けつけ見つけてくれた。
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