ご主人様はアイツのもの
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ある日、飛段に変化が起こった。
それは外国語の講義が終わってからだ。
ひとりの女が角都に近づき、「ノートを見せて」と言ってきた。
写し損ねたところがあるらしい。
角都はノートを広げて見せ、「ここで写せ」と言った。
女は嬉しそうな顔で「ありがとう」と言って角都の隣にくっつき気味にノートを写し始める。
べつにそこまでくっつくことないだろうに。
窓から見ていたオレはため息をついた。
好意があるのバレバレだっつの。
青筋を浮かべながらその様子を見て、ふと後ろの席に座る飛段に視線を移した。
「…あれ?」
頬杖をつきながら、面白くなさげに睨みつけてる。
角都か女のどちらを睨みつけているのかわからなかったが、あの目を見るのは初めてだ。
嫉妬だ。
初めて飛段が嫉妬を見せた。
女がまた礼を言って教室を出て行ったあと、ノートをカバンにしまった角都は立ち上がり、振り返って飛段に声をかける。
飛段は眉間に皺を寄せたまま、立ち上がり、後方の扉から角都を無視して出て行った。
これも初めてだ。
オレはその変化に焦りを覚えた。
嫉妬の面倒さは自分がよく知っている。
オレは飛段を追いかけた。
第2号館の出入口で待ち伏せし、飛段が来たのを見計らって目の前に立ち塞がる。
飛段はこちらを見下ろした。
嫉妬の顔のまま見下ろされたから思わずビクッとしてしまったが、オレの姿を確認した飛段は眉間の皺を緩め、口元にあの優しい笑みを浮かべてしゃがみ、オレの頭を撫でる。
「ごめんな。今日はおまえの主人に会いたくねーんだ。ガキみたいなことしちまった…。今日の講義はさっきので終わりだし、もう帰るから」
そう言って目を伏せた。
オレは飛段が教室を出て行った時に見せた角都の顔を思い出す。
うろたえていた顔だった。
2人はずっと同じ場所で立ちっぱなしというわけではなかった。
心だけが少しずつ歩み寄っていたんだ。
オレは飛段の袖を噛み、ぐいぐいと引っ張った。
角都のところへ戻れ、と。
飛段は小さく笑い、「ごめんな」とオレの口と袖の間に手を差しこみ、すっと放した。
「またな」
飛段はそのまま第2号館を出て行く。
オレは庭を走り抜け、正門へと走った。
正門の向かい側の歩道にかくずが座っている。
「かくず!」
オレは車道を抜け、かくずの前に立ち止まり、さっきの出来事を早口で説明した。
「ひだん、あいつを大学から出すな。今は慎重な関係だ。少しでもヒビが入るとそれまでかもしれん。オレはおまえの主人を呼ぶ」
かくずの方が足速いしその方がいいだろう。
かくずはオレの横を通過し、車道を渡って飛段が正門に来る前に大学内に入っていく。
それからしばらくして飛段の姿が見えてきた。
足どりが重い。
角都のことで内心モヤモヤしているのだろう。
角都を避けて通るべきかと考えているのかもしれない。
そうやってマイナスの方向に動いてもらっちゃ、今までの苦労が無駄になる。
オレとかくずがなんのために動いてきたと思ってんだ。
オレは怒り任せに突き飛ばして大学内に戻してやろうと走り出す。
飛段がこちらを見、目が合った。
そしてなぜかこっちに向かって走り出す。
「あ?」
横からクラクションが何度もうるさく鳴らされた。
見ると、黒のワゴンが迫ってきている。
スローモーションで動いているように見えたから、ひょっとしたらオレ避けられるんじゃないかと思ったが、肝心のオレの体は一時停止したかのように動かない。
茫然としていると、衝撃とともに世界が通常に動き出した。
横からじゃなくて、前からの衝撃だった。
気がつけば、オレはあいつと一緒に歩道に転がっていた。
正門近くにいた学生の騒ぎ声が聞こえる。
「お…、おい…」
オレはオレの体を抱えたままのそいつに声をかけた。
聞こえるわけがないのに。
「痛てて…」
飛段は無事だった。
ゆっくりと体を起こし、オレを見る。
「大丈夫か?」
いやいや、それをオレに言うかよ。
こっちのセリフだっての。
「ひだん!」
野次馬どもを掻き分けて角都とかくずがやってきた。
オレと飛段はそちらに振り返る。
「角…」
飛段が言葉を発そうとしたとき、ゴチッ! とオレと飛段は同時に角都に頭を殴られた。
「「痛てェー!」」
オレと飛段は殴られたところを押さえつけてのたうつ。
「飛び出す馬鹿がいるか!」
見られてたようだ。
「平気か?」
それから角都は飛段の肩に手を置いて尋ねた。
飛段はオレを両手で抱え、角都に見せつける。
「ああ、どこもケガしてねーぜ」
「おまえもだ」
飛段の顔が「え」となり、角都は飛段の右足ふくらはぎをつかんだ。
途端に、飛段の顔が少し歪む。
見ると、右足の膝をケガしていた。
派手に車道で擦れたのか、ズボンが破れいるうえに流血している。
角都は左手で飛段のカバンを持ち、右腕で飛段の体を支えて肩を貸した。
「帰る予定だろう? オレが家まで送ってやる」
「い、いいって、そんな。骨折したわけでもねーし…」
明らかに顔が赤いぞ、飛段。
「ひだんを助けた礼だ。遠慮するな。歩くのが辛いなら、抱えてやってもいいぞ」
「真顔で恥ずかしいこと言うなっ」
「ほら、しっかり歩け」
「大体、次の講義どうすんだよ」
「サボる」
オレは黙ってその後ろについていく。
かくずもついてきた。
「結果オーライだ」
突然、かくずがオレの額をベローッと舐める。
「んな!?」
全身の毛が逆立った。
「それでもよくやってくれたな、ひだん」
「……うん…」
そんなつもりはなかったけど、これで2人の距離が大きく縮まったのは間違いない。
次の日から、角都の通学路が変わった。
飛段の家に飛段を迎えに行き、帰り道も一緒になった。
あとは角都が自分の家に飛段を招けばもっと距離が縮まるはずだ。
友人のサソリだって来たことない家にだ。
オレが思っている以上に、それは遠くないのかもしれない。
なのに、ある日、かくずはオレを裏切った。
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