満月の夜に
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数百年後の町は、ハロウィンで賑やかだった。
あの殺戮と略奪に怯えていた時代が嘘のようだ。
仮装し、お菓子の入った籠を手に提げながら大通りを歩く子供たちの前に、ひとりの若い男がふわりと舞い降りる。
「トリック・オア・トリート!」
男にびっくりした子供たちは足を止めて男を見上げた。
吸血鬼の格好が似合う、青年だ。
子供たちのうちの女の子のほとんどが、その姿にうっとりとした顔をしている。
後ろに撫でつけられた銀髪とピンクサファイアのような瞳、そして鋭く光る白い牙が美しい。
「わぁっ、カッコいい!」
「本物みたい!」
「その牙本物!?」
男女の子供に囲まれ、ヒダンは困った顔をする。
「いいからいいから、オレが先に言ったんだから菓子くれよォ」
「あれ? おうちからもらったりしないの?」
女の子に問われ、ヒダンは肩を落とした。
「あのね、こんな格好をした大人がね、知らないおうちに乗り込むとね、不審者と思われんだよね」
せめて子供の年齢で止まった方が都合がいいのでは、と考えた。
*****
満月に一番近い町の時計台にカクズはいた。数百年前からある時計台は外装も鐘の音も刻む時間も変わらない。
景気のよくなった町を時計台のてっぺんから見下ろしていると、こちらにやってくる影があった。
両手にいっぱい菓子を抱えたヒダンだ。
露骨に嬉しそうだ。
「カクズゥー! こんなにもらったァ♪」
ヒダンはカクズの隣に舞い降りて座る。
口の中には飴玉を転がしていた。
「…虫歯になるぞ」
吸血鬼は歯が命だ。
…死なないが。
「歯ァ磨いてるから大丈夫だって」
「大体、吸血鬼が菓子好きなど…」
「確かに血よりは味薄いけど、一応味覚は残ってるわけだし…」
人間であったことを忘れないように、とヒダンは時々人間が口にするものを食べていた。
カクズもそれに付き合うこともある。
「カクズ、トリック・オア・トリート」
「…いたずらしか持ち合わせていないぞ」
カクズはヒダンの頬に手を触れた。
「持ってんだろォ? この世で一番甘いモノ…」
ベッと見せたヒダンの舌の上には、満月のように黄色くて丸い飴玉があった。
カクズはふっと笑い、その舌に吸いついた。
「いくらでも、存分にくれてやる…」
現在、2人はたまに人間から依頼を受け、始末屋のような仕事をこなし、報酬をもらっている。
以前と違うのは、孤独ではないこと。
カクズはあとになって、ヒダンのような伴侶が現れることを己は望んでいたのだと気づいた。
2人にとって何千回目の鐘の音が鳴る。
2人の時間はこれからも永遠の時を刻み続けるだろう。
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