満月の夜に
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ヒダンはカクズの部屋で煙と病に苦しんでいた。
体を起こすことができず、うつ伏せのままだ。
「カク…ズ…」
もはや、声を出すことさえ喉に痛みを覚える。
炎はカクズの部屋まで浸食してきた。
燃える壁から飛び火が棺桶に燃え移る。
「!」
それに気付いたヒダンは体を引きずりながら棺桶に近づき、その火を素手で叩く。
「くっ」
これだけは燃やしてなるものかと手に火傷と負おうと、ヒダンは火が消えるまで叩き続けた。
すると、突然部屋の火がふっと消えた。
「?」
「ヒダン!」
その声にはっと扉の方へ振り返ると、そこには血相を変えたカクズがいた。
「カクズ…、おかえり…」
ヒダンは力ない笑みを浮かべ、ごほごほとせき込んだ。
ヒダンはすぐに口を手で覆ったが、手にはべったりと血が付着してしまった。
カクズはヒダンに駆け寄り、上半身を抱き起こす。
「ずっと隠していたのか?」
もっとヒダンと関わっていればいずれ知れたことなのに。
カクズは今までのヒダンとともにいなかった時間を悔いた。
ヒダンはまた力なく笑う。
「病持ちの血なんて、吸いたいと思うかよ…? カクズ、そうと知っててオレにかまわなかったんじゃねえの…?」
カクズは首を横に振った。
「病持ちだと思えないほど、貴様の血は、美味かった」
「だったら…」
「だが…、だからこそ、取り返しのつかないことはしたくなかった…」
「? とにかく…、オレの血…、嫌いじゃ…ないんだな…」
カクズが頷くと、ヒダンは「よかった」と安堵の表情を浮かべた。
「ああ…、おまえの血は最高だ」
「それ、褒めすぎだろ。照れるからやめろよ…。っ、げほっげほっ」
あふれ出るヒダンの血を見て、ヒダンはもうもたないとカクズは感じ取った。
それは本人が一番よくわかっていた。
「カクズ…、オレの血…、飲んでくれ…。血の一滴残さず飲んでくれ…。カクズの中で、カクズとずっと一緒にいてーんだよ…」
「オレと…ずっと…?」
「そう、ずっと…」
その瞬間、カクズは心に決めた。
ヒダンの唇に己の唇を重ねたあと、ヒダンの手に付いた血を一滴残さず舐めとり、その首筋を舐める。
ヒダンは一瞬身を竦めたが、すべてをカクズに委ねた。
「ずっと一緒だ、ヒダン」
カクズの牙がヒダンの首筋にブツリと突き立てられた。
カクズは、動くなったヒダンの体を床に仰向けに寝かせ、ただ茫然と見下ろしていた。
ヒダンの首筋にはカクズの牙の痕が残ってある。
どれくらいの時間が過ぎただろうか、しばらくして、生き残った教団が司教とともに部屋に踏み込んできた。
「逃げても無駄だ…」
司教はボーガンをカクズに向けた。
それでもカクズは振り返りもせず、ヒダンの顔を見下ろしている。
「こっちを向け!!」
司教の放ったボーガンの銀の矢がカクズの右肩を貫いた。
小さくうめき声を漏らしたカクズだが、それでも振り返らない。
銀の矢に付着したカクズの血が一滴、ヒダンの頬に落ちた。
「しぶといな、さすがは不老不死の吸血鬼…」
「…ひとつ、貴様らに教えてやろう…」
新たな矢を用意しようとした司教の手が止まる。
「吸血鬼の作り方だ」
「作り方だと?」
司教だけでなく、その場にいる教徒たちもその話に興味を持った。
カクズは「そうだ」と笑みを浮かべて続ける。
「本来吸血鬼は異性の血液しか好まない。まあ、女と男では味の違いもあるし、なにより女の方が釣りやすいという理由もあるが…、もうひとつ…」
カクズの顔がようやく教徒たちに向けられたが、その笑みを見た教徒たちのほとんどが震え上がった。
「同姓だと、仲間が増えるからだ」
司教はカクズ越しのものに目を見開き、恐怖心を抱いた。
他の教徒たちもそれを見て思わずたじろぐ。
「おまえは…っ」
カクズはかまわず続けた。
「オレ達吸血鬼に仲間が増えるということは、とても面倒なことだ。エサの取り合いが起これば、領域の取り合いが起こるからな。だから、同姓の人間は殺すしかない。しかし、このように例外もある…」
カクズは右手を伸ばし、起き上がったそれを抱きよせた。
「伴侶という例外がな」
「カクズ…」
言葉を発したヒダンの口から牙が見える。
司教たちは唖然としたまま動かない。
復活したヒダンはカクズの右肩を貫いている矢に気付き、声をあげた。
「カクズ!? どうしたんだコレ!?」
思わず矢をつかみ、カクズは痛みに顔をしかめる。
「つかむな。痛む」
慌てていたヒダンだが、すぐに現状を把握した。
怪我をしたカクズ、ボーガンを持った、教団と司教。
「司教様がカクズを…?」
ヒダンは立ち上がり、司教に近づいていく。
「く、来るな!」
司教はボーガンに矢をつけようとしたが、焦ってしまい、うまくとりつけられない。
「カクズを殺そうとした? なあ、なんで…? カクズはアンタの依頼を今まで文句ひとつ言わずこなしてきただろ…?」
司教は初めてヒダンの怒りを目にした。
そして初めて恐怖している。
矢を抜いて立ち上がったカクズはもうひとつ教える。
「ちなみに、吸血鬼なってしまえば罪の重さは感じなくなる。もう人間ではないからな」
「ひ…っ」
ヒダンは怒りのままに司教の左胸を右手で貫いた。
「ぎゃああああ!!」
司教の悲鳴が部屋中に響き渡る。
司教の息が絶える直前、カクズは言った。
「前の司教の方が、まだ我々を理解していたぞ」
司教の体が倒れると同時に教徒たちは一斉にそこから逃げ出した。
ヒダンは追おうとしたが、カクズはそれを止める。
「追わなくていい、ヒダン」
ヒダンは足を止め、カクズに駆け寄った。
「カクズ、大丈夫か!? つうか、なんでオレ、カクズに血ィ吸われたのにピンピンしてんだよ!? それに体がなんか…」
「落ち着け。おまえは…、自分がなにになったのかはわかっていないのか」
カクズはヒダンの口を右手で塞ぎ、呆れた。
まずは吸血鬼のことを知ってもらわなければ。
吸血鬼の夜は長い。
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