もうひとりのおまえに
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
イタチから解放された飛段の足下はふらついていた。
角都は倒れないか何度もチラチラと見ながら、廊下を渡って部屋へと向かう。
暁メンバーの部屋は指輪の順に分けられている。
角都と飛段の部屋は隣同士だ。
飛段はほとんど角都の部屋で一夜を過ごすのだが、今の飛段は別の飛段だ。
角都は「一緒に寝よう」などとは誘わない。
あちら側の飛段が見れば「浮気だ」と怒り狂うだろう。
“北”と刻まれた扉を前に角都はそう考え、振り返って飛段に言う。
「おまえは隣の“三”の部屋だ。明日の朝、ここを発つ。早めに寝ておけ」
「あ…、ああ」
飛段は小さく頷き、“三”の扉へと向かう。
その時、飛段の後ろポケットからなにかが床に落ち、角都の足下まで転がった。
「ボタン?」
角都が拾ったのは、小さくて丸い、黒いボタンだった。
角都の言葉とともに飛段ははっと振り返り、角都に走り寄ってそれを奪い取った。
大事に両手に包んでいる。
「わ…、悪い…。拾ってくれたのに…」
乱暴な取り上げ方をしたことに、飛段は目を逸らしたまま謝った。
「後ろポケットが破けているぞ」
こちらに来た時に破ってしまったのか、ジーンズのズボンの後ろポケットには小さな穴が空いていた。
ボタンはそこから落ちたようだ。
角都は飛段を後ろに向かせ、「動くな」と脅すように言って地怨虞で後ろポケットを縫ってあげる。
飛段は後ろを向いているため、角都が地怨虞を出しているのが見えない。
間違って飛段の尻ごと縫ってしまわないように気をつけながら縫っていく角都は、あることに気付いた。
今飛段が着ている服に、飛段が落としたボタンがついていないことに。
カッターシャツのボタンは透明のような白色で、ジーンズは金色だ。
とれた跡もない。
大事に両手に包んだ飛段の姿を思い出し、あのボタンは他人のものではないかと考えた。
(一体誰の?)
横から飛段の顔を窺うと、飛段は手のひらに載せたボタンを優しげな表情で見つめていた。
その顔が角都の心に小さなざわめきを与えた。
(オレもイタチと同じか…)
ボタンの相手は誰だと問い詰めたい。
「へぁー…」
街に到着し、思わず立ち止まった飛段は街の様子に、口をあんぐりと開けて目を輝かせていた。
明らかに自分が住んでいる世界とは別物だったからだ。
建物や通行人達を見つめている。
「口をしまえ」
「あが」
角都は飛段のアゴを右手でつかみ、上に持ち上げて飛段の口を閉ざす。
ガチンッと歯と歯がぶつかる音が聞こえた。
あまりキョロキョロとされると、田舎者だと思われそうで恥ずかしい。
角都は「行くぞ」と行って進み、飛段の歩みを促した。
角都は情報屋に会いに、とある飯屋の前へとやってきた。
この時間帯に情報屋が現れる。
飛段も連れて入ろうかと少し悩んだが、飯屋の左隣の団子屋で待たせることにした。
「情報屋で元凶の賞金首の行方を聞きだす。そこの団子屋で団子でも食って待っていろ」
「えー」
飛段は口を尖らせる。
そんな飛段を無視し、角都は懐から小さな巾着袋出し、そこから団子代を取り出して飛段に渡した。
渡された金に視線を落とした飛段は困惑する。
「ちょ…、なんだよコレ」
「……この世界の金だ。それは50両だ」
文句言う飛段には無視するが、金に関してはちゃんと答えた。
「両? 単位まで違うのか…」
理解した飛段を見た角都は飯屋へと入っていく。
それを見届けた飛段も隣の団子屋へと向かい、表の赤い縁台に腰掛けて店員に団子を注文した。
しばらくして、盆に載せられた茶の入った湯呑と、四角い皿載ったアンコのかかった3本の団子がやってくる。
横に置かれたそれをさっそく手にとって食べ始めた。
「うま…!☆」
食べながら茶を啜る。
幸せそうに団子を頬張る飛段の姿を、店の出入り口から女性店員達がうっとりとした顔で窺っていた。
飛段はそれには気付き、食べては啜りを繰り返す。
団子を食べ終えた頃、飯屋から情報を手に入れて出てきた角都は、縁台に座って店員が新たに持ってきた茶を啜っている飛段に近づいた。
「待たせたな」
「んーん」
飛段は茶を啜りながら返事を返す。
湯呑から口を離した飛段の顔を見て、角都はやや前屈みになり、飛段に顔を近づけた。
飛段は何事かとギョッとする。
角都は飛段の頬に手を添えた。
「口端に餡をつけるな、みっともない」
「…!!」
そう言いながら手に添えた右手の親指で飛段の口端に付着している餡を拭った。
その光景を見ていた女性店員達は密かに興奮気味に叫んでいる。
角都の顔を間近で見た飛段は頬を赤く染めて硬直した。
角都の顔は頭巾と口布で目だけしか見えないが、その瞳から飛段は目を逸らせない。
角都は姿勢を戻して背を向けて進み出した。
「行くぞ、飛段」
「あ、待てよ。姉ちゃん、金ここに置いとくぜ!」
飛段は縁台に角都から渡された金を置いたあと、人込みに紛れそうになる角都の背中を追いかけた。
「ありがとうございましたー」と満足そうな女性店員の声を背中で聞きながら。
街をあとにした角都と飛段は、荒野を歩いていた。
飛段は先程の角都の行動を思い出して尋ねる。
「なあ、この世界のオレと角都の関係ってなんだ?」
その隣を歩く角都は前を見ながら答える。
「……連れだ。仕事上、コンビを組んでいる」
ただの連れにあんなことをするのか。
飛段は疑問に思ったが、違う質問を投げる。
「仕事ってなにやってんだ?」
「主に賞金稼ぎ。これはオレのバイトのようなものだが」
それを聞いた飛段はまた目を輝かせた。
「ハァ! カッコいいな、それェ!☆」
金嫌いなこちら側の飛段はそんなことは言わない。
飛段は興奮気味に尋ねる。
「悪い奴倒していく仕事だろ!? オレも強いのかァ!? どんなカンジ!?」
袖を引っ張りながら尋ねられ、角都は「良い奴も悪い奴も関係ないのだが」と思ったあと、横目で飛段の顔を見ながら答える。
「主に大鎌を使う。戦闘力は暁の中で一番劣るが、一撃必殺の能力を持ち、不死身の体を持っている」
「不死身!? マジかそれェ!!」
飛段が興奮気味に声を上げたあと、角都はあることに気付いた。
(まさか…、この飛段は……)
「!」
殺気に気付き、考えをストップさせて飛段を素早く肩に担いだ。
「なあ!?」
驚く飛段を担いだまま、角都は大きくジャンプしてそこから飛び退いた。
同時に、先程まで立っていた地面に手裏剣の雨が降り注ぐ。
「なんだなんだァ!?」
「敵だ。舌を噛みたくなければ黙っていろ」
手裏剣の雨は続いた。
角都は飛段を担いだまま走りながら避けていく。
瞬間的な動きもあるため、角都の肩で腹を刺激されている飛段の顔は青い。
「酔う…」
「吐くなよ」
角都は短く返事を返し、攻撃がやむと同時に振り返る。
そこにはクナイを構える数人の敵がいた。
数は5人、全員忍服を着ている。
肩から下ろされて気分悪くしていた飛段はそれを見て、「おお」と声を上げた。
「まさに忍者!」
「黙れ」
他人事のように言う飛段に角都は苛立った。
「暁の角都と飛段だな」
「その首、頂戴する!」
同時に、3人の忍がクナイを構えてかかってくる。
「そこを動くな」
角都は前を見ながら背後の飛段に言ったあと、こちらに迫る敵へと向かう。
一人目は鋭い蹴りで食らわせて吹っ飛ばし、2人目と3人目は両腕の縫い目から出した地怨虞で縛り、勢いをつけて頭同士をぶつけた。
飛段はそれを茫然と眺めていた。
「強ェー…」
もう一人の忍が角都へと突進する。
その忍はベストの巻物ポーチから巻物を取り出して広げ、印を結んで口寄せした。
口寄せしたのは、大量の手裏剣の雨だった。
巻物から勢いよく飛び出す。
先程の手裏剣の雨はこの術だった。
「!!」
それは角都だけではなく、飛段にも襲いかかる。
角都は瞬時に飛段の前に移動し、真っ正面からそれを受けた。
外套、頭巾、口布が破れる。
「角都!!」
尻餅をついた飛段は角都を見上げて声を上げる。
「心配ない。体を硬化させた」
そう言って角都は顔を飛段に振り向いた。
角都の顔は口布が外れ、頭巾の隙間からは黒髪が覗いていた。
「…!!」
それを見た飛段は目を見開いて驚いた。
「な…、なんでアンタが…!?」
「?」
飛段がなにに驚いているのかわからない。
ドス!
「「!!」」
飛段は背後から背中を貫かれ、右横腹からは短刀の刃先が突き出ていた。
「飛段!!」
角都は飛段を刺した忍の顔面を殺す勢いで蹴り飛ばして振り返り、巻物を取り出そうとした忍の前に一瞬で近づいて硬化した腕でその忍の腹を貫いた。
「ごほ…っ」
飛段は血を吐き、短刀が突き刺さったままその場に横に倒れた。
ビクビクと痙攣している。
「飛段!」
忍達を片付けた角都は飛段に駆け寄り、その体を抱き起こした。
汗を浮かべた飛段は吐血を繰り返し、苦しげに息を弾ませている。
「はぁっ、あっ、か…、角都…っ、超…痛てェ…」
「やはり…」
(不死身ではないのか…!)
角都は若干焦っていた。
飛段の震える手が宙を彷徨い、角都の頬に添えられる。
その目は縋るかのような目だ。
「ま…、まだ…、死にたく…ねえよ…っ。オレ…、アンタに…、アイツに…、まだ…、ボタン…返して……」
飛段の手がズルリと角都の頬から落ちる。
気絶したようだ。
「…オレに…?」
飛段の言葉の意味を考えながら、角都は飛段の治療に取り掛かった。
.