もうひとりのおまえに
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「アイツか? 角都」
年齢は中年で、霧隠れの額当てとアゴの傷が、ビンゴブックに載っている写真と一致している。
それを確認した角都は頷いた。
「そうだ」
時間は昼下がり、場所は平原。
情報通り、標的は単独だ。
標的は2千万の賞金首で、異空間を出現させるという珍しい術を使うため、裏のビンゴブックに載っている。
「気を抜くな、飛段。死ぬぞ」
「だから、それをオレに言うかよ、角都!」
いつものセリフを交わし合い、森から出てきたばかりの標的に向かい、待ち伏せをしていた角都と飛段は直進する。
気配に気付いた賞金首はクナイを両手の指に挟んで構え、2人に向けて投げた。
角都は腕を硬化させ、飛段は鎌を振り回して投げられたクナイを弾き返した。
飛段は角都の横を通り過ぎ、楽しげに声を上げながら賞金首に躍りかかる。
賞金首は、太陽を背に大鎌を振り下ろす飛段から逃れるために後ろへ飛び退き、空振りした大鎌は賞金首が立っていた地面に突き刺さる。
賞金首は飛段の背後に回ってクナイを振りかぶるが、飛段の方が行動の移りが速かった。
ゴッ!
「ぐあ!」
両手で大鎌の柄をつかんだまま、後ろ蹴りを標的の顔面に食らわせる。
吹っ飛んだ方向には角都がいた。
角都は地怨虞を伸ばし、賞金首の体を縛って地面に叩きつける。
「うぐ…!」
賞金首は動く両手で印を結び、術を発動させる。
「!!」
角都と賞金首の間に、小さな空間に裂け目ができ、地怨虞の一部を異空間転移させた。
「異空間転移の術か…」
角都は距離を置いて賞金首の様子を窺った。
賞金首は息を弾ませながら角都を睨みつけている。
「こっちも忘れてもらっちゃ困るぜェ!」
飛段は警戒することもなく賞金首に突進していく。
「飛段! うかつに突っ込むな!」
角都の言葉を無視し、飛段は大鎌を横に振るう。
賞金首は宙へ飛び、大鎌を避けた。
だが、左脚のふくらはぎが刃先をかすった。
飛段はニヤリとほくそ笑み、刃先についた血を舐めようと舌を出し、大鎌の刃先をそれに近づける。
賞金首はその隙を狙い、素早く印を結び、術を発動させた。
「!!」
飛段の背後に大きな空間の裂け目が出来る。
「な…!?」
飛段が振り返ると同時に、漆黒色の裂け目は周りの空気と石や草花などを吸い込んでいく。
「ぐ…!」
吸い込まれそうになった飛段は地面に大鎌を突き立ててそれにしがみつくが、吸引力はブラックホールのように強い。
大鎌は地面を掻き、耐えきれずに外れた。
「…!!」
飛段が裂け目へと吸い込まれる。
「飛段!!」
角都は賞金首に構わず、地怨虞で右腕を裂け目に向けて伸ばした。
吸い込まれそうになりながらも、飛段を引き戻すために限界まで伸ばし続ける。
空間の裂け目が閉じかける。
その時、角都の手がなにかをつかんだ。
「く…!」
それを力の限り引っ張り、裂け目から引き戻した。
見覚えのある銀髪が目に映り、飛段だと確信する。
飛段の体が地面に転がると同時に、ちょうど空間の裂け目が完全に閉じた。
角都の目の端に、土遁で地面の下へと潜って逃げる賞金首の姿が映った。
「チッ…」
それを見た角都は舌を打つ。
「飛段、だからうかつに突っ込むなと…」
右腕を戻して飛段を睨みつけたとき、角都は言葉を切った。
飛段の服装が変わっていた。
胸のはだけたカッターシャツに、ジーンズのズボンを履いている。
「痛ってェ…」
飛段は上半身を起こして顔をしかめながら、地面に打ち付けた背中を擦っていた。
「飛段…、なんだその格好は…」
いつもの外套姿ではなくなっている。
角都は怪訝な目を向けながら飛段に近づいた。
飛段は角都を見上げ、驚いた顔をした。
警戒の目を向け、唸るように言う。
「な…、なんだよ、てめー」
「…なんだと?」
「つか…、なんだよここ…! おまえが連れてきたのかよ!?」
飛段はいきなり見知らぬ場所につれてこられたかのように辺りを見回した。
角都は背中に冷たいものを感じた。
見た目は飛段であるが、飛段ではない、と。
(誰だ、こいつは…)
大変なことになった。
「いきなり引っ張ってここに連れてきたのはてめーかよ!? なんなんだよ! オレをどうする気だァ!?」
目の前の飛段は犬のように警戒しながら角都に吠えている。
ゆっくり考えたいというのに妨害され、角都はしゃがんで飛段の口に右手を押し付けて黙らせた。
見た目も性格も飛段そのもので、ただ着替えたようにしか見えない。
「…オレの質問に答えろ。貴様は誰だ?」
なにを言ってるんだこいつは、とでも言いたげに飛段は眉間に皺を寄せる。
このままでは答えようもないため、角都はゆっくりと手を離した。
飛段は上目づかいで角都を睨みつけながら問いに答える。
「「誰だ?」って…、てめー、さっき名前呼んだだろ。「飛段」って」
「嘘だ」と角都は言えなかった。
相手が嘘をついてるようには見えない。
だからといって、姿も性格もそっくりな同姓同名なんていう偶然があるのか。
「…どこから来た?」
「てめーが連れて来たんだろが!!」
「こちらの手違いだ」
まさに文字通り。
飛段は角都でさえ知らない国と街の名前を口にした。
(異空間の住人か。あちらの世界の飛段と考えた方が妥当かもしれん)
飛段が吸いこまれた異空間は、並行世界のようなものなのだろう。
角都は間違えてあちら側の飛段を連れてきてしまい、こちら側の飛段はあちら側に取り残されてしまった。
その事実に角都は頭を悩ませた。
いくら同じ飛段でも、他人を連れてきてしまったようなものだ。
その証拠に、あちら側の飛段は角都のことをなにこちらの世界のことはおろか、角都のことも知らない。
「なあ、ここってどこなんだよ」
この世界のこと、なぜここに連れてきてしまったのか、アジトに向かいながら角都は順に隣を歩く飛段に説明していった。
飛段はたまに首を傾げたりしたが、大体のことは理解したようだ。
「―――つまり、オレが住んでる世界とは別世界なのか。…信じられねーな。忍者とか普通にいるのか…」
そう言いながら周りを見回している。
それでも信じざるを得ない状況に困惑している様子だ。
「あ、もしかしてコレって夢…」
ガン!
「んがっ」
角都は否定するかのように飛段の頭を殴った。
言葉で否定するより効果的だ。
「おいおい、オレは被害者なんだぜ! 悪いと思ってんなら丁寧に扱えよォ!」
もっともなことだが、角都にとっては関係ない。
「うるさい。黙れ」
「な…!」
「…貴様のことをもう少し教えろ。年齢や職業、なんでもいい」
こちら側とは少し異なっているのかもしれない。
角都はそれが気になった。
「黙れとか言ったクセに」とブツブツと呟きながらも、飛段は教えた。
「年は22ィ。職業は大学生やってる。んーと…、あとは普通にバイトしながら適当に過ごしてるぜェ」
「大学生?」
この世界では聞かない言葉だ。
その質問がくるとは思わなかったのか、飛段は驚いて聞き返す。
「あ? 大学の生徒だよ。知らねーの? もしかしてここって大学はないのか?」
「羨ましいな」と付け足した。
「大学とはなんだ?」
「広いとこ」
さらっと言った飛段の首を角都は右手でギリギリと絞める。
飛段は慌てて改めて答えた。
「ベンキョー!! ベンキョーするとこォ!!」
「学校のようなものか」
解放され、飛段は涙目になりながら噎せる。
「ケホッ、ケホッ、なにしやがんだよこのオッサン! あ、そういやオレ、アンタの名前知らねーや。オッサンも自己紹介しろよ」
角都は飛段に初めて会った時のことを思い出した。
違う飛段だが、まさか2度も自己紹介することになるとは。
「角都だ。年は91。暁という組織に所属している」
「…今なんと?」
飛段は自分の耳を疑い、再度角都に尋ねる。
「暁という組織に所属している」
「それじゃねえ!! 年だ年ィ!! 91だァ!? ふざけんなよ、超じいさんじゃねえかァ!!」
そういえば、同じように驚かれたな、と角都は思い出す。
理由を話すのも面倒になり、小さなため息を吐いた。
「ため息つきたいのはこっちだっての!!」
いつもの変わらない日常の中、突然別世界に連れて来られてしまったのだから。
「これからどうすんだよ。オレ帰れんのかァ?」
角都はこちら側の飛段を連れ戻せるかどうかを心配していた。
「…だからアジトに向かっている。リーダーもいるはずだから、話しあってみる」
それを聞いた飛段は子供のように目を輝かせた。
「へぇっ。なんか悪の組織っぽいな!」
憧れでもあるのか。
(悪の組織なのだが…)
飛段の顔を見つめるものの、そのことは口にしない。
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