リクエスト:名を呼ぶ光
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市場の中心にある高い建物。
中では他の非合法の店が商いを行っている。
その屋上の端で、ヤコはひとつずつ自ら手に入れた魂玉を数え、仮面の下でほくそ笑んだ。
ここは商いをする場所ではないため、人はおらず、金をゆっくりと数えるにも好都合な場所だ。
「ほほほ。大量…。まさか外の世界でこれだけの魂玉が手に入るとは…。騙されて買っていく人間も、見ているだけでも実に面白い。そんな人間ばかりでは、さすがの私も欲が出てしまう…」
背後の大きな木箱には、数百の魂玉が入っていた。
色も形も、その輝きも、それぞれの人間が持つ個性と同じく別物だ。
ヤコはその中から、輝きを発しないただの石ころをつかみとった。
「ふん…。この魂玉の持ち主は朽ちたか…」
嘲笑し、その石を手のひらの中で砕いた。
「ほほほ。今夜だけでも半分は売れた…。しかし…、この魂玉を売るべき客は…、ここでは見つからない…」
懐から、銀色の魂玉を取り出し、真上の月に掲げた。
その輝きも月の光のようで、本物と並べても劣らない。
月の石、と言っても疑われないだろう。
魂玉をのぞくと、中でこの魂玉の持ち主である、裸の美しい男が眠っているのが見える。
どうせ売るのなら、もっと金を持った貴族がいい。
いっそ、大名に売ってしまおうか。
ならば、ここでの長居は無用だ。
さっさと大名から金を受け取ってどこかで身を隠しながら過ごし、そしてまたここに戻ってくればいい。
自身の善は急げ。
ヤコは巻物を広げ、木箱をしまおうとした。
「ヤコ!!」
「!?」
突然名を呼ばれ、はっと振り返ると、すぐ目の前には黒ずんだコブシが迫っていた。
「!!」
咄嗟に身を屈めて避け、木箱の上に飛び乗る。屋上の出入口を見ると、大きな男と、黒髪の美しい女がそこにいた。
ヤコは女を見据え、気配から何者であるか気付く。
「……同族か」
女は宙返りし、イヅナの姿に戻った。
「ヤコ! おまえを捕縛し、里に連れて帰る! そこでオレっち達、忍狐のやり方で罰を受けてもらう!」
「ああ、落ちこぼれのイヅナか。噂は聞いている」
仮面の下で嘲笑したのがわかった。
「うるさい!」
イヅナは毛を逆立たせ、睨みながら唸り声を出した。
「その男、この魂玉の相方か…。よく居場所がわかったな」
「珍しいものを売りに来るならここだと確信した。貴様のいる場所は、魂玉を手に入れた客に吐いてもらった」
ちょうど、この建物から大事そうに両手で持って出てくるのを見かけたのだ。
捕まった客も災難だっただろう。
「大人しく捕まってもらう!」
「ほほほ。大人しくしなければ、私を捕まえるのは不可能だからだろう? 落ちこぼれよ」
ヤコが右手をかざすと、赤い炎が放出された。
「!」
「“狐火”だ! 避けて!」
角都とイヅナは左右に飛んで炎の塊を避ける。
その隙にイヅナは後ろに回り込まれ、尻尾をつかまれて地面に叩きつけられた。
「うぐ!」
「イヅナ!」
角都は地怨虞でコブシをヤコ目掛けて飛ばした。
「!!」
しかし、ヤコは持っていた魂玉を自分の顔の目前にかざした。
角都のコブシが魂玉の前でピタリと止まる。
「ほほほ。やはり、砕きたくはないはずだ。大切な者の魂なのだから。これだから、人間は弱い!」
「貴様…!」
飛段の魂玉を盾にされてはうかつに攻撃できない。
「おまえはどんな魂玉を持っている?」
ヤコが角都の魂玉を奪おうと走り出したとき、イヅナは両手を合わせ、尻尾を肥大化させた。
「!?」
ヤコの左脚にイヅナの大きくなった尻尾が巻きつき、動きを封じる。
一瞬動きを止めただけで十分だ。
角都は瞬時にヤコの懐に飛び込み、その顔面にコブシを叩きつけた。
「ぐ!!」
仮面は砕かれ、その下は本物のキツネの顔があった。
ヤコは大きく後ろに吹っ飛び、思い切り背中を打ちつけた。
その拍子に、持っていた飛段の魂玉は木箱へと飛んでしまう。
「観念しろ!」
イヅナの尻尾はさらに長く伸び、ヤコの体に巻きつこうとした。
その時、ヤコはニヤリと不気味に笑い、木箱に手をかざし、狐火を発動させる。
「!!」
屋上の端に置かれた木箱はその衝撃で、屋上から落下しようとした。
数百人の魂が落ちていく。
その中には飛段の魂玉も。
イヅナはその光景がスローモーションのように見えた。
だが、すぐ横を通過した影にはっとする。
「角都!」
角都は地怨虞で両腕を伸ばし、木箱をつかんだ。
運良く、魂玉を取りこぼす前につかまえた。
落とせば叩きつけられた魂玉は砕けてしまうだろう。
しかし、引き上げようにも角都にとってその木箱は重すぎた。
角都より丈は長く、中には数百の魂玉がぎっしりと詰まっている。
「く…っ」
「角都!」
角都に駆け寄ったイヅナは角都が落ちないように、角都の腰に尻尾を巻きつけて引っ張る。
飛段の魂玉だけ救えればそれでいいのだが、飛段の魂玉は他の魂玉と混ざってしまった。
飛段の他はどうでもいい命。
他の暁のメンバーがこの光景を見たらどう思うだろうか。
良い見方をすれば、数百人の命を救おうとしている英雄。
悪い見方をすれば、宝石欲しさにがめついている悪人。
考えただけで失笑してしまう。
「角都…っ、頑張って…!」
「それを…オレに…言うのか…。く…っ、年のせいか…」
ヘタをすれば腕ごと持って行かれてしまいそうだ。
そこで、助っ人がまだいることを思い出す。
「偽暗!」
角都の背中から這い出てきた偽暗は宙を飛んで木箱の下へと移動し、木箱を持ちあげようとした。
「!!」
このまま引きあげられるかと思ったが、予定通りにはいかないものだ。
殺気に振り返ると、諦めの悪いヤコがこちらに手をかざしていた。
「わっ!」
狐火が放たれると同時に、角都はイヅナを抱えて屋上から飛び降りた。
角都の支えがなくなり、しかも角都とイヅナの体重が木箱に追加され、重みに耐えきれなくなった偽暗は木箱を両手に持ったまま落下していく。
「わあああ!」
イヅナは角都の顔にしがみついた。
角都は尻尾をつかんでムリヤリ引き剥がし、目の前で逆さまにぶら下げる。
「騒ぐな。貴様も忍狐なら、飛段のためになにかやってみろ! オレ達人間にはできないことをな」
「…! わかったよ…。ホント…、一か八かだよ!?」
角都が手を放すと同時にイヅナは木箱から飛び下りて宙返りし、煙に包まれる。
煙から出てきたのは、風船のように大きく膨らんだイヅナの姿だった。
角都は外套を脱ぎ、背中の縫い目から大量に出した地怨虞で、魂玉をこぼさないために木箱の蓋の役目をする。
先に地面で跳ねたイヅナ。
その腹の上に木箱が圧し掛かってくる。
「う…!」
3、4度腹の上で跳ねたあと、木箱は動きを止めた。
市場の者達は何事かと野次馬になって周囲に集まってくる。
角都の手で木箱が下ろされ、イヅナは元の小さな姿に戻った。
「ふぅ。魂玉は無事?」
「ああ」
角都は地怨虞を体内に戻し、外套を身に纏い、木箱の上に飛び乗った。
この中に飛段の魂玉があるはず。
ヤコが持っていた銀色の魂玉を手探りで探し出す。
「飛段…。どこだ…」
イヅナも手伝いたいところだが、周囲の野次馬を近づけないように偽暗とともに威嚇をしている。
「飛段…」
その時、いくつもの魂玉の間からひときわ眩い光が漏れているのを見つけた。
はっとした角都は他の魂玉をどけながら輝きを放つ魂玉をつかみとる。
のぞくと、そこには安らかに眠る飛段の姿があった。
「…見つけたぞ、飛段」
名を呼ばれた魂玉は、答えるように点滅を繰り返す。
中の飛段はほっとして薄笑みを浮かべたように見えた。
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