リクエスト:名を呼ぶ光
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「…飛段?」
戻りが遅い飛段に、角都は焚き火から顔を上げ、立ち上がった。
嫌な予感までする。
飛段と同じように松明を作り、焚き火の近くに置いた外套と頭巾を放置したまま、洞窟の奥へと進んだ。
進んでも進んでも飛段の気配が感じられない。
名を呼ぶが、洞窟に角都の声だけが反響するだけで返ってくる返事はない。
ますます、角都の中に不安の色が広がった。
「飛段!」
左右の分かれ道の中心で立ち止まり、再度飛段の名を呼ぶ。
「こっちだよ」
すると、飛段の声でない返事が右の道から返ってきた。
まだ幼い子供のような声だ。
「!」
警戒して立ち止まっているヒマはない。
角都は訝しげな顔をしながら右の角に曲がり、先を進んだ。
「!? 飛段!」
松明のオレンジ色の光に照らされた先には、飛段がうつ伏せに倒れていた。
「飛段!!」
飛段に駆け寄った角都は急いでその体を抱き起こした。
飛段はピクリとも動かず、その体も酷く冷たかった。
だが、一応呼吸は繰り返している。
その姿はまるで眠っているかのようだ。
「おい、飛段。起きろ」
ぺチペチ、と軽く飛段の頬を叩くが、飛段は目を覚まさない。
強めに叩いても同じだ。
そこで角都はふと飛段の胸に刻まれた紋様に目を留めた。
「なんだ…、これは…」
赤い菊の紋様だ。
描かれたものかと人差し指で擦ってみるが、塗料は微量も付着しない。
刺青のようなものだ。
「“魂玉”を抜かれたんだ」
「!」
声は後ろから聞こえた。
はっと振り返るが、そこは暗闇でなにも見えない。
「…誰だ。…ここへオレを呼んだのは貴様だろう? 飛段になにがあった? なにか知っているのだろう? ……出てこなければ、力づくでもそこから引きずり出すぞ」
縫い目から地怨虞を漏らした時だ。
相手は角都の殺気を感じとったのか、「待って待って」と慌てたように言って松明の明かりへと近づき、姿を現した。
「貴様…」
そこから出てきたのは、数時間前、自分達が手当てを施してやった子ぎつねだった。
足の傷口を縫った地怨虞でわかる。
4足歩行で明かりの下へ出てきた子ぎつねは、角都の顔を見て小さくため息をつき、2足歩行で立ち上がる。
「言い損ねたけど、さっきは助けてくれてありがとな」
「ただのキツネではなかったのか…」
「見ての通り」
子ぎつねは両手を広げ、人間を思わせる素振りをした。
それから飛段の顔を見て、申し訳なさそうに顔をうつむかせる。
「…オレっちが遅かったのが悪いんだ…。またあいつを好き勝手に…」
「……事情がありそうだな…。聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず移動するぞ。焚き火の傍でこいつを温めなければ…」
「うん…。そうだね…。それがいい…」
角都と、人間のように喋る子ぎつねは、一度洞窟の出入口へと戻った。
焚き火の近くで自分の外套を地面に敷き、その上に飛段を寝かせた。
その額を撫でたあと、角都は焚き火を挟んで向かい側にあぐらをかいて座る子ぎつねと向かい合う。
子ぎつねは、「オレっちはイヅナ」と名乗った。
「…オレっちは、忍狐の里から来たんだ。…裏切り者のヤコを捕まえるために…」
里の名は聞いたことがある。
人の言葉を喋る忍犬や忍猫もいるくらいだからあってもなんら不思議はない。
「その、ヤコ、という奴が飛段になにをした?」
「…魂玉(こんぎょく)を抜かれた」
「魂玉?」
先程も同じことを言っていたのを思い出す。
「人間の魂…と言えばいいかな」
「魂を抜かれた人間は誰もが死ぬぞ」
いくら飛段が不死身でも、生命の基を取られてしまっては生きているのはおかしなことだ。
「え…と…、魂玉っていうのは、奪った魂を封じ込めた石なんだ。つまり、保存してる状態。体が死ねば、魂も朽ちてしまう」
「…今は、仮死状態ということか…。魂を奪ってどうするつもりだ?」
「“魂玉”の存在を知らない、無知でいやらしい人間に売るんだよ。魂玉はその者の魂によって形や色、輝きが異なる。相手が純粋であればあるほど、素晴らしい宝石が手に入るんだ。…飛段は、ヤコに気に入られたんだ」
「純粋…」
普段の飛段を他人から見れば、そんなことは微塵も思わないだろう。
戦闘中は「ゲハハ」「ジャシン様ァ」「死ね」と狂ったように叫びながら戦っている。
(…ただ単に、ジャシンのことしか頭にない、単純馬鹿なだけじゃないか)
しかし、イヅナは勘違いしていた。
「確かに、飛段は優しいうえにカワイイし…。狙われても仕方ないよねっ!」
イヅナは両手で顔を覆って(覆いきれてないが)嘆いた。
角都はなにも言わない。
そういうことにしておいたほうが、イヅナのためでもある気がしたからだ。
「とにかく、早く取り戻さないと…。魂と体が離れてちゃ、先に体の方が腐ってしまう。そしたら、魂も死んじゃう」
「……………」
飛段の魂も。
いや、飛段のことだから、体は腐っても魂が生きていれば元に戻るのではないか。
想像しようとした角都だが、途中でやめた。
魂を取られたままのつもりはないし、体を腐らせるつもりもない。
「あいつは金を受け取ればそれでいいんだ。体と魂が無事な限り、宝石は美しく輝き続ける。オレっちは、里から奪った禁術を好き勝手に使ってるヤコを捕まえて里に連れ帰る任務を与えられてるんだ」
それなら、おそらく任務を与えられたのはイヅナだけではないのだろう。
イヅナは立ち上がり、飛段の顔の近くに来て、その頬に右手の肉球を当てた。
「待ってろよ、飛段。恩は必ず返すからな」
「……………」
やはりオレは嫉妬しているのか、とその光景を見ていた角都は静かに自覚した。
そして、立ち上がり、飛段を背負う。
「…どうするの?」
「そいつが向かう場所に行く。貴様もついてこい」
「わかるの!?」
「ダテに長生きしているわけではない」
見当はついている。
あとは、しらみつぶしだ。
逃げる前に早く見つけなくてはならない。
耳元にかかる寝息を感じながら、角都は目を伏せ、「待っていろ」とイヅナの耳には聞こえない声で呟いた。
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