リクエスト:一杯飲まされ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「飛段! 戻ってきてくれないか!?」
そろそろ飛段が仕事に慣れてきた頃だろうか。
閉店間近になり、オレがグラスの片付けを、飛段が床掃除をしていた時だ。
突然の訪問者が現れた。
その中年の男を見た飛段は今まで見せたことがなかった、嫌悪の表情を露骨に見せた。
それどころか、汚れたモップの先を向け、「帰れクソジジイ!!」と罵り敵意をむき出しにしている。
「ひ!?」と男は両手で頭を守ってうずくまる。
「ま、待て飛段!」
オレはカウンター側から飛段の背後へと駆け寄り、飛段を羽交い絞めにして止める。
飛段は「ウキ―――!!」とサルのような奇声を発しながら片手のモップを振り回し、足をバタつかせた。
オレより先にあとさき考えずに犯罪を犯しそうだ。
とにかく、ここを血で汚すわけにはいかない。
「うちの者の知り合いですか?」
オレはその状態で丁寧な口調で男に尋ねた。
「こ、こういう者です」
男はスーツの懐から名刺を取り出してオレに見えるように差しだした。
「!」
飛段の事務所の社長であることが発覚する。
「出てけっつってんだろォ!!」
飛段は興奮しながらモップを社長に投げつけた挙句、カウンターに置いてあった客の飲み残しの入ったグラスを手にし、社長に投げつけた。
「飛段!!」
高級そうなスーツは酒でびしょ濡れだ。
オレは未だに毛を逆立たせて唸る飛段を静かにさせ(殴って叩き伏せ)、カウンターの席に座らせる。
社長は随分な扱いをされたにも関わらず、「ああ、彼の顔に傷をつくらないでくれ」と慌て、逆にオレがたしなめられた。
オレは男と3番テーブル席で向かい合わせに座り、話を聞くことにした。
びしょ濡れのスーツは社長の座っている椅子の背もたれにかけられた。
オレが「乾かしますよ」と言ったら、「いや、大丈夫だ」と手で制されてしまう。
社長がここを突きとめた理由は、どうやら、ヒダンにそっくりの店員がこの店で働いていると噂を聞きつけ、まさかと思って訪れたらしい。
噂というのはいい加減でも色んな人間の耳に入るものだ。
「飛段が突然事務所を辞めたいと言いだして、アシスタントに説得してもらって待ち合わせのカフェで口論になったあと、行方をくらませてしまって…」
おそらく、オレと一晩を共にしたあとだ。
「携帯にも出てくれないし…」
「着拒否にしたんだから当然だろ」
カウンターに頬杖をついて肩越しに社長を睨みつける飛段に、オレは「黙ってろ」という視線を送る。
「今売り出し中の彼に辞めてもらうのは困るんだ。なんなら、ギャラをあげても構わない」
金の問題だろうか。
だが、この店の仕事よりは儲かるはずだ。
飛段はキッと社長を睨みつける。
今度は体ごとこちらに向けた。
「アンタ、オレになにしたか、マジ本気でとぼけるつもりか!? 世間に公表してやってもいいんだぜ!? オレは全然気にしねーしな!」
飛段は声を荒げた。
親の仇でもあるまいし、こんなに激昂している飛段を見るのも初めてだ。
「あ…、あのことは…」
一瞬、社長の目が逸れた。
だがすぐに飛段を目を合わせて立ち上がり、裏返った声を上げる。
「許してほしいなんて思ってないわよ!!」
(「わよ」!?)
オレは己の耳を疑った。
「あたしのことはともかく、事務所もファンもあなたを必要としてるの!!」
なんということだ。
オカマ社長だったとは。
そう言われて改めて社長の全体を見ると、シャツの下から女物の下着が透けて…。
反射的に飛段に顔を向ける。
オレはなにも見ていない。
「マスターから説得してください! あのコ、自分の価値を軽く見過ぎてるわ! 謝礼ならいくらでも払います!」
オレに振られても。
それでもオレは社長の方に目を向けなかった。
「……………」
飛段は無言でオレの目を逸らさず見つめている。
なにを不安がっている。
なにを期待している。
答えはわかりきったことだ。
「飛段、事務所に帰れ」
ベチッという音とともに額に痛みが走った。
携帯を顔面にぶつけられたからだ。見事に命中だ。
怒鳴ろうと思ったが、その顔を見て罵声が喉の奥で引っかかる。
赤らんだ顔に涙目。
なんだ、その顔は。
胸の奥にチクリと小さな痛みが走り、オレにも罪悪感があったのかと驚かされる。
「………おめーなんか嫌いだ」
グサッ!!
震えたその声は刃と化しオレの胸に突き刺さった。
今までの似たようなことを女に言われたが、全部「そうか」で済ませしてきた。
むしろ、そっちの方がありがたいとさえ思ったのに。
飛段はオレに背を向けて仕事着のまま店の扉を開けて出て行く。
閉める時は壊れれるのではというくらい乱暴に閉められる。
社長は「待ってよ」とまだ少し濡れたスーツの上着に袖を通しながら、飛段の背中を追いかけて行った。
嵐が過ぎ去ったようだ。
オレはしばらく椅子から腰を上げずにボーッとしていた。
いつもなら、「いつ泊めてくれるんだ?」と煩わしく絡まれるというのに。
それに対してオレはいつも「さっさと帰れ」と冷たく言い放つというのに。
この静けさはなんだ。
またなにか面倒事が来るのではないのか。
ふと、足下に落ちている飛段の携帯を拾った。
開くと、オレと飛段のあのシーンが待受画面となってオレの目に飛び込んできたので驚いた。
ロックが解除されたままだ。
指でピッピッとボタンを押し、フォルダを開いてみる。
やはり、オレ達の事後のあとの画像がある。
写真映りのいいことだ。
他のフォルダを見てみたが、これから食すデザートや気に入った景色ばかりが収納されていた。
人はいないのかとスクロールすると、人の形を見つけて開いてみる。
オレだ。
目を伏せてシェイカーを振っているオレが写っている。
これは、隠し撮りか。
他にも目を伏せてグラスを拭いているオレやテーブル席にカクテルを運ぶオレまである。
店の正面の画像まであった。
データの日付を見ると、最初にオレの店に訪れた頃に撮られたものであることが判明する。
そこでオレは視線を一度上に上げ、再び携帯を見下ろし、事後の写真の日付を見た。
そして時間も。
それから飛段の携帯を胸ポケットに入れて立ち上がり、仕事着のまま外に出ようとした。
その時、なにかを踏んだ。
足を上げてそれを見た途端、あの時曖昧だったオレの記憶が徐々に蘇り、ビデオの早送りのように脳裏をよぎった。
これで外に出る理由は決まった。
これから自ら嵐に突入する。
*****
走ったのはいつ以来だろうか。
飛段はすぐに見つかった。
店を出てから走りだしたわけでもなく、社長に説得されながら歩いていた。
オレは人込みに紛れて消えられる前に飛段の背後に駆け寄り、その腕をつかんだ。
ヒダンははっとした表情でこちらに振り返る。
猫背になって息を弾ませるオレを見て一瞬口元が緩んだが、またキュッと結ばれ、「なにしに来たんだよ」と震えた声が発せられた。
オレは飛段の腕をつかんだまま、社長を睨む。
「忘れ物を届けにな」
オレはズボンのポケットから床に落ちていたものを社長に見せつけた。
それを見た社長はみるみると蒼白な顔になる。
オレが見せたのは、小さな透明の袋に入った丸薬だった。
おそらく、スーツのポケットからこぼれたのだろう。
このきつい蛍光ピンクの薬には見覚えがある。
そうだ、確かあの時の話の内容は、事務所の関係者からセクハラを受けているという愚痴だった。
聞いていたオレは最初女性による逆セクハラかと思っていたが、尻を触られたり股間をすりつけられたりと話を聞いていくにつれて男性から受けていることが判明して面喰った。
確かに男性にも好かれそうな顔立ちをしていたな、と思ったのも思い出す。
『そいつ、キモい奴でさぁ、デスクの中にオレの隠し撮り写真がびっしり入ってて、ロッカーにはオレに飲ませようと企んでたのか妙な薬まで入っててさぁ…』
飛段は酒を飲むと饒舌になる。
どれくらい1人で喋っていただろうか、閉店間近になり、飛段は急にオレに酒を勧めてきた。
「マスター、一緒に飲んでくれる相手が欲しいんだ。なあ、一杯やらない?」
「奢るから」と飛段がオレに酒を勧めて来た時だ。
オレは差しだされた飲みかけのカクテルを飲み、なにかを噛んだ感触に眉を潜め、おしぼりを口に当てて吐きだした。
ピンクの欠片が付着していた。
「なにを飲ませた」と怒鳴ろうとしたところで呼吸が荒くなり、体が熱を持ち、意識が朦朧とした。
そこまでしか思い出せない。
飛段が社長からこの薬を盗み、オレの酒に投入したのはわかった。
「飛段にセクハラを働いたのはおまえだったか」
社長は「いや…、その…」としどろもどろになっている。
オレは顔を近づけ、周りには聞こえないように言う。
「今から警察に通報してやってもいいんだぞ。麻薬のようなものを所持していると言えば、貴様のデスクは調べられ、恥をかくことになる。警察が嫌ならマスコミのハイエナ共に言ってやろうか? じっくりと調べられ、ひとつひとつと世間にバラされるだろうな」
社長がなにも言わずうつむいたのを見て、オレは見せつけた薬を握り潰した。
「決めるのはコイツだ」
そう言い捨て、オレは飛段を引っ張ってバーへと戻った。
飛段は唖然とした様子で大人しくオレに引っ張られていく。
社長は追いかけてはこなかった。
.