リクエスト:歌声よ届け
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数日後、全国ライブも明後日に控えたAKATSUKIはレコーディングスタジオにいた。
角都は事務所からきた電話に出たあと、「あとで来る」と言い残してスタジオを出て行った。
休憩時間に入り、デイダラは椅子に腰かけて一息ついている飛段に声をかける。
「飛段、オイラ、考えたことがあるんだけどな」
「ん?」
「もしアンコールがあったら、この曲、やらないか?」
脇に抱えていた楽譜の束の中にある、一番後ろの楽譜を引き抜いて飛段の目前に突き付けた。
受け取ったその楽譜には見覚えがある。
昔、自分が考えて作詞した曲だ。
作曲したのはイタチだ。
「ダメだ」
飛段の判断は早かった。
受け取ったばかりのそれをデイダラに返す。
「なんでだ? オイラはいいと思うぞ。うん」
「メロディーは気に入ってる。…けど、肝心の歌が、オレには歌えねーんだよ」
丸めて捨てるところをトビに見つかってしまい、デイダラとイタチにもバレて作曲までされてしまった。
飛段としては不本意だった。
その楽譜を角都に見せたことはない。
トビにも、「見せたら、ドラムのステッキを耳に突っ込むぞ」と脅してある。
「……………」
デイダラは楽譜を見つめたまま黙る。
「休憩終了までまだ時間あるし、オレ、近くのコンビニでなにか買ってくる。なにか欲しいモンあるか?」
飛段は椅子から立ち上がり、デイダラ達に尋ねた。
「あ、じゃあオイラ、適当にジュース」
「団子」
「オレは…」
「じゃ、ちゃっちゃと買ってくるぜー」
「ええええ!? オレの分は!? ちょっ、飛段先輩!?」
スルーされたトビの嘆きの声を背中に聞きながら、飛段はスタジオを出て行った。
スタジオから歩道に出た飛段は、コンビニに向かう途中、トビにはなにを買ってやろうかと考えながら向かっていた。
思いつくものはどれも嫌がらせにしかならないものばかりだ。
コンビニが見えてきたとき、
「止まれ」
「!」
どすの利いた声とともに、背中に尖ったものが当てられた。
チクリとした感触に飛段は思わず立ち止まる。
「振り返ったり、叫んだり、抵抗したら、殺す」
「……オレのファン、ってワケじゃねえよなァ?」
「黙れ。さっさと車に乗れ」
飛段の背中にナイフの先端を当てたまま、男は路肩に停めた青の軽自動車に飛段を乗せ、その手首と足首をビニールの紐で縛ったあと、運転席に乗り込んでエンジンをかけて車を発進させた。
途中で、その青の軽自動車の反対方向を黒のセダンがすれ違った。
黒のセダンは途中でブレーキをかけ、運転していたものはわざわざ窓を開けて振り返る。
青の軽自動車の助手席に、見覚えのある人物が乗っていたからだ。
「…飛段?」
黒のセダンを運転していた角都は、Uターンをして青の軽自動車を追跡する。
飛段は倉庫に連れてこられた。車から引きずり下ろされ、倉庫の中へと引きずりこまれ、床に転がされる。
「なあ、帰してくんねーかなァ。オレ、デイダラ達待たせてんだけど。遅れたら角都だってうるさいだろうし」
「随分と余裕だな」
シャッターが下ろされ、男は飛段に振り返った。
「…!」
飛段はその顔に覚えがあった。
2年前に解散したバンドのボーカルだ。
たった2年が経過しただけなのに、その姿は汚れて見えた。
「角都のせいでオレ達は解散したんだ。売上が低かったからって、すぐに切り捨てやがって…。おまえは奴にスカウトされてから2年か…。媚びの売り方でも教わりたいもんだな」
「ハァ? 媚びなんざ売ってねーよ」
男は飛段の目の前でしゃがみ、その頬にナイフを当てた。
少しでも力を込めれば赤い一線がつくられるだろう。
飛段は刺激しないように小さな声で尋ねる。
「…オレになにしてほしいわけ? ライブの日が過ぎるまでここにいろとか?」
男は口角を吊りあげて答える。
「それも考えたが、もっといい方法がある」
胸ポケットから取り出したのは、液体の入った小瓶だった。
「わかるか? 酸だ。これを口に流しこんだら、どうなると思う?」
「…!!」
喉が溶かされてしまうだろう。
歌うどころか声も出なくなってしまう。
そうしたら、待っているのは角都に捨てられることだけだ。
危機を感じた飛段は足首を床に叩きつけてロープを切ろうとする。
男はそれを嘲笑いながら飛段のアゴをつかんだ。
「暴れるなよ。顔から被りたくないだろ」
「やめろ…!!」
ゴッ!!
男は背後から右側頭部を蹴られ、横に吹っ飛んだ。
小瓶は音を立てて割れ、ガラスと酸が飛び散る。
「か、角都!?」
目の前に現れた角都は、その場にしゃがんで飛段のロープを解いて解放した。
「度の過ぎたファン対策用に護身術でも習わせておくべきだったな」
「なんでここが…」
「スタジオに戻るとき、おまえの乗った車とすれ違い、追ってきた。無事か?」
「あ…、ああ」
飛段は角都の手をとって立ち上がった。
「!」
突然、角都は飛段を引き寄せて両腕で抱きしめ、その状態で後ろに振り向いた。
背中に衝撃がぶつかる。
顔を腫らし、口から血を滴らせた男は舌打ちをし、角都から離れて距離を置いた。
「あんたがそうやって身を挺して相手を守るなんて、らしくねえんだよ!! オレ達のことは捨てたクセにさあ!! どうせ、そいつもいつか捨てちまうんだろ!?」
捲くし立てる男を飛段は角都の肩越しに見つめ、ずっと抱えていた不安がせり上がってきた。
嫌な汗が頬を伝う。
そんな飛段に気付いたのか、角都は頭を撫でた。
撫でることに慣れていないのか、力がこもっていて飛段は若干痛みを感じる。
「三流のプロデューサーから押しつけられたおまえより、こいつはこのオレ自身がスカウトした男だ。捨てるなんて愚行、するわけがないだろ」
角都は男に背を向けたまま力強く言った。
「角都…」
飛段は角都の顔を見上げ、その真剣な表情を見つめた。
角都は肩越しに男に振り返り、声をさらに低くさせる。
「こいつになにかしてみろ。オレはおまえをどこまでも追いかけてその息の根を止めてやる。オレの人生全てを投げ捨ててでもな」
男はその迫力に思わず喉を鳴らした。
角都は飛段を連れて、自分が入ってきた出入口の扉へと向かう。
ドアノブに手をかけ、男に背を向けたまま言った。
「認められてほしかったら、いちからやり直せ。今回は見なかったことにしてやる。…今回だけだ」
ほとんど脅しだ。
それでも今の男には効果的だった。
*****
飛段は角都が運転する横で、窓の向こうの流れる風景を見つめていた。
「ショックか?」
ふと角都は前を見ながら飛段に声をかけた。
飛段は「んー…」と曖昧な返事を返し、言葉を続ける。
「オレ…、昔はあいつが歌ってた曲、好きだったんだぜ。それはたぶん、歌を通して共感してたからだと思う。「誰かに認めてほしい」って…」
それからしばらく沈黙が続き、スタジオの前に到着し、車を停めた。
飛段が降りようとしたとき、角都は口を開いた。
「…オレは…、認めてるつもりだ。最初に出会ったときから…、ずっと…」
「…! 角都…」
飛段は嬉しそうな顔で角都に振り返った。
しかし、角都は飛段の顔を見てはいなかった。
ドアに寄りかかり、脱力している。
その顔には大量の汗がにじんでいた。
「…角都?」
角都の様子がおかしいことに気付いた飛段はそっと角都に近づき、その表情を窺った。
だが、前髪で隠れて見えない。
「おい…」
さらに身を乗り出した瞬間、生温かくて粘り気のあるものに触れた。
その手を見た飛段は衝撃を受けた。
「…!!」
血が付着していた。
「角都!? おい! 角都!!」
角都の足下は血だまりができていた。
抱きしめられた時に男にナイフで背中を刺されてしまったからだ。
それからずっと流血した状態のまま、ここまで飛段を送り届けた。
その大量の血からそう理解した飛段は、クラクションを何度も鳴らし、運転席の窓から助けを求めた。
「誰かァ!! 救急車呼んでくれェ―――!!!」
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