リクエスト:頬も林檎色
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追手が来る前に、オレ達はろくに食事もできずに早々に休憩場所から発った。
山を越えたところには小さな町があった。
今日は予定通り、そこで宿をとることにした。
宿の前でオレとヨルを待たせた角都がチェックインを済ませて宿から出てくると、「歯医者に行くぞ」と言い出した。
「ハイシャ?」
今まで縁がなかった場所にヨルが首を傾げるのも無理はない。
「負け犬」
「それは敗者」
「壊れた車」
「それは廃車。しかもこの世界に「車」は存在しないぞ。歯医者とは歯科医院で働く歯を治療する医者のことだ」
「鹿医院!? 鹿の病院なのにか!?」
ゴッ!!
ヨルが悪い。
そりゃあ、殴りたくもなるよな。
オレは呆れた目で、ヨルのボケと角都のツッコミの漫才を見つめていた。
「ったく、しっかり歯ァ磨いてねーから…」
「毎日磨いてたっつーの」
毎日磨いてても油断は禁物だ。昨日みたいに甘いもの大量摂取したあとに怠るとヒデー目にあっちまう。
その実例が今のヨルだ。
とにかく、歯の痛みで血が飲めないのは、ヨルにとってはあってはならないことだ。戦ってる時に非力になっちまうし。
角都もそう考えてわざわざ連れていこうとしているのだろう。医者に金払うの嫌がるクセに。
角都についていって着いた場所は、2階建の建物だった。
1階は理容室、2階が目的の歯科医院だ。
出入口のドアを開けると、薬品のにおいがした。
オレ、ヨル、角都の順番で足を踏み入れ、角都が受付を済ませたあと、待合室で待つことになった。
角都とオレに挟まれておとなしく座っているヨル。
向かい側の椅子には母親と今にも泣きだしそうな子供が座っていた。
先に来たやつの治療が始まっているのか、あの嫌なドリル音が聞こえてきた。
その音を聞いた目の前の子どもが、「嫌だ嫌だ、怖い怖い」と泣きわめき始めた。
母親は「静かにしなさい」となだめながら、オレ達に目を向けて「すみません」と苦笑する。
キュィィィィン
ガリガリガリガリ
ズガガガガガガガ
うん。
子供が泣き出す気持ちもわかる。
隣を見ると、いつの間にかヨルの顔が真っ青になっていた。
微かに震えていないか。
「あっれェ? なんかガクブルってんじゃねーの?」
石を叩き付けられた恨みだ。
怖がらせてやる。
ヨルは腕を組み、無理やりすぎるほど引きつった笑みを浮かべた。
「バカ言うんじゃねーよ、飛段。確かに、なんか人間ひとり改造してそうなドリル音、なんか若干痛そうで苦しそうな呻き声、なんかこっちまで泣きだしそうになる子供の泣き声、それでこのオレがガクブルするとでも? フン、ずいぶんと若造にみくびりゃれるように…」
あ、噛んだ。
「……みくびられるようになったな」
さっきの噛みをなかったことにするため言い直しやがった。
しかも、自分で言ってさらに怖がってないか。
「……そろそろ向こうも終わるだろ。オレはちょっとトイレに行ってくるぜ」
「おう」
そう返し、ヨルが立ち上がってオレの横を通過した時にオレははっとした。
トイレは反対側だ。
「おい、トイレはこっち…」
オレが声をかけると同時にヨルは脱兎のごとく走り出し、そのまままっすぐに出入口の扉へと向かった。
「あ! 逃げやがった!」
「角都!」と角都に振り向くが、角都は腕を組んだまま悠然と座っている。
ヨルはというと、出入口のところでドアを開けようと頑張っていた。
「クソ! なんで開かねーんだ!?」
オレは入ってきた順番を思い出し、そっと角都の背中に触れた。
ゴツゴツした感触がない。
オレの脳裏に、ヨルが必死に押してるドア越しで、ドアを4匹がかりで押さえている心臓達の姿が浮かんだ。
「逃げられると思うなよ」
角都の鋭い声を、オレは青い顔をしながら聞いていた。
子供も泣き止んでビクッと怯えている。
歯医者より恐ろしいものを見つけたようだ。
「暁様ー」
順番がまわってきて、オレと角都に引きずられるように(そう、まるでさらわれた宇宙人のように)つれてこられたヨルは、診療椅子に寝かされた。
そのあと、レントゲンをとったり、歯を見られたり。
虫歯はすぐに発見された。
右の奥歯だそうだ。
「保護者は待合室でお待ちください」と言われたが、「オレ達が離れたら必ず逃げる」という角都の一言で一緒にいてもいいことになった。
口を開けながらも、明らかにヨルは「クソッ」という悔しげな顔をした。
虫歯の治療のためにヨルの口内に麻酔が打たれた。
最初にどんな器具を使うのだろうか。
なんか、フックみたいなものを見つけた。
歯石をとるやつだっけ。
よく歯茎に引っかからないよな。
あ、これがドリルか。
いきなりこれでやっちゃうのか。
舌とか穴あかねーのかな。
そんなことを思いながら見回していると、ヨルがなにか言いたげに見つめているのに気付いた。
「どした?」
「ずいぶんと楽しそうだな、このドM」そんな目だった。
それでオレはようやく興奮していることに気付いた。
歯医者の手にあのドリルが握られる。
いきなりやっちゃうのか。
キュイーンと小さなドリルが高速回転を始めた。
ヨルは目をぎゅっとつぶる。
自慢の耳は自分に近づく鋭い音をとらえているはずだ。
ドリルが虫歯目掛けて口の中に入っていく。
オレはヨルの口の中をのぞきこもうと身を乗り出した。
グサッ!
「…? !? 痛ってえええええ!!」
突然、オレの額になにかが突き刺さった。
同時に、ドリル音が止んだ。
「…壊れた…」
歯医者は真っ青な顔で自分の手元を見つめていた。
見ると、ドリルの先端がなくなっている。
オレは額に突き刺さったものを引き抜いてみる。
ドリルの先端だ。
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