悪党共は盃を交わす
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ヨルと飛段はまたトイレに集まっていた。
「気になるな…」
ヨルは個室トイレの蓋の上に座りながら考える仕草をする。
外の飛段は「ああ」と同意した。
「なんの一周年なんだろうなァ?」
目の前の壁の落書きには“祝・一周年!”という筆文字があった。
「そっちじゃねえよ。若頭が組長と話しあって青獅子組を潰すとか言いだしたんだぞ。このわずかな間に」
組員達も敵組織に対してすっかり乗り気になっている。
「おまえ若頭の用心棒だろ。あいつと組長が接触してんの見たことねーのかよ」
「だから、見てたらこんなのんびり作戦会議してねーだろ」
ヨルは苛立ちまじりに言い返した。
だが、すぐに声を落として思い出したように続ける。
「一度、部屋に戻ろうとしたときにターゲットを…」
「見たのか!?」
思わず声を上げてしまったが、ヨルは首を横に振った。
「いや、気のせいだった。廊下の角を曲がったのを見た気がしてすぐに追いかけたけど、痕跡を一切残さず消えてた」
「おいおい、まさか実はもう死んでて幽霊になってウロついてねーだろな?」
「……………」
そんなオカルトを出されてしまえば成す術がない。
やはり気のせいだったとそのまま胸にしまいこんで、飛段に話すべきじゃなかったとヨルは後悔した。
「角都に抗争のことは?」
「コウモリを飛ばした。今夜、抗争をしかけられるぞ、ってな」
「面倒なことになるよなァ。絶対角都とぶつかるじゃねーか」
「……………!」
ヨルは個室から出ると、そのまま出口の方へと向かった。
「おい、どこ行く気…」
「ここにいろ」
ヨルはそれだけ言うと男子便所から出て行った。
「ここって…、トイレにいろってことか?」
ひとり残された飛段は寂しげに尋ねたが、ヨルは聞いちゃいなかった。
トイレをあとにしたヨルは縁側から庭に出て、屋根に飛び乗り、身を屈めた。
視線の先には裏口から出て行く大河の姿があった。
ヨルは目を細める。
(なんのための用心棒なんだ、オレは)
抗争の時間までまだ5時間はある。
裏口の扉が閉められたのを見届け、ヨルは屋根から移動した。
見失わないように足音を逃さないように尾行する。
(今夜で決着をつける)
尾行した先には、3階建ての建物があった。
元は小さな病院だったのか、微かに消毒液の匂いがした。
周りに人の気配はない。
建物を見上げたヨルは建物を囲う塀を飛び越えて侵入して裏に回り、裏口を見つけた。
中では大河の足音が聞こえ、ここから入ったのだと察した。
階段を上がる音が聞こえたときにドアノブを回し、中へと侵入する。
「う…!?」
中に入ると同時にヨルは鼻に手の甲を当てた。
建物内は薬品の臭いが充満していたからだ。
ヨルは聴覚ほどではないが嗅覚もきくため、鼻が曲がりそうになる。
(ヒデー臭い…)
ヨルは鼻をつまみながら忍び足で大河の足音を追いかけた。
電気もついていない暗い廊下を進み、突き当たりを右に曲がったところで2階へと続く屈折階段を見つけた。
それを見上げ、踏み外さないように慎重に上がって行く。
上がるたびに薬品の臭いが濃くなっていく。
そこでヨルは悟った。
(そうか、取引された禁術の薬品はここに隠されていたのか)
どうりで、アジトを探しても見つからなかったはずだ。
ヨルは咳き込むのを堪え、3階まで上がり、廊下を渡った。
「!」
途中で足音が聞こえなくなった。
立ち止まったようだ。
ヨルは小走りで追いかけ、305号室の部屋に気配を感じ取り、おそるおそると半開きの扉から中を窺った。
病室のベッドはすべてカーテンで囲まれている。
「誰だ?」
「!」
しゃがれた声にかけられ、ヨルは奥の右端のベッドに顔を向けた。
カーテンには猫背のガタイのいい影が浮かんでいる。顔の影がこちらを見た。
「そこにいるのはわかっている。私の首を取りにきたんだろう?」
笑みを含んだその声を聞きながら、ヨルは目を鋭くさせ、背中から夢魔を出現させて引き抜いた。
それからゆっくりとそのベッドに近づいていく。
「アンタが赤虎組のリーダーか?」
「……そうだ、と言ったら?」
ヨルはカーテンに映る影に右手の夢魔の刃先を向ける。
「悪いが、闇で醒めてくれ。オレ達の仕事のために」
不意に大河達の姿が脳裏をよぎったが、ここでカタをつける、とヨルは右手の夢魔を横に振るった。
カーテンは引き裂かれ、白いベッドが現れる。
「!?」
しかし、組長の姿はそこにはなかった。
「な、なんで…」
確かに声も聞いた。
呼吸も心臓の音も聞こえていたはずだ。
ベッドに仕掛けでもあるのかと片膝を載せて調べようとした時だ。
ベッドの下からもう片方の足をつかまれてしまった。
「!!」
反応が遅れてしまったヨルはそのままベッドの下に勢いよく引き摺り込まれてしまう。
夢魔を振るうにはベッドの下は狭すぎる。
「残念だぜ、いい用心棒だったのに…」
目の前には不気味な笑みを浮かべた大河の顔があった。
手を動かそうとした時には首筋に注射器を打たれて中の薬品を注入され、意識が遠のいていくのを感じた。
意識が閉じる前にヨルは確信する。
(ああ、そうか…。こいつは…)
全身の力が抜け、夢魔は液化してしまった。
その匂いに誘われるようにヨルは目を覚ました。
風が髪をなびかせ、その匂いをどこかへやってしまう。
「……………」
辺りを見回すと、屋上であることがわかった。
手首と足首は針金で縛られている。
少しでも動かすと痛みが走った。
「けほっ、けほっ…」
右横を見ると、大河がこちらに背を向け、膝と手をついて咳き込んでいた。
「おい…」
「!」
はっと肩越しに振り返った大河の口端には血が付着した。
額には汗が浮かんでいる。
「…うそだろ? もう起きたのか。薬品を間違えたか? 丸1日熟睡するモンだぞ」
「オレの体は普通じゃねえんだ」
「…そうみたいだな…」
大河はヨルの夢魔を思い出し納得した。
「若頭の体は丈夫じゃなさそうだな。前から気付いてたけどよ」
「これはほっとけ」
大河はそう言って立ち上がり、てのひらに付着した血を黒の着物に拭いつけた。
「組員達はそのことを?」
「知られてたまるか。余計な心配されちゃ、まとまんねーだろ。あいつらにはオレがいないとダメなんだ。誰が奴らの世話できるってんだ? オレしかいねえんだよ」
「……………」
ヨルはある男の背中を思い出し、苦笑した。
「大昔、オレにもそういう父親がいたな」
「?」
大河は怪訝な顔でヨルを見下ろした。
ヨルは「ふぅ」と息をつく。
「その父親は薬でムリヤリ寿命を延ばして、挙句死んだ。今のてめーと同じだ、組長さん」
「!!」
ヨルの鋭い目が大河をとらえた。
大河は思わず一歩あとずさる。
「寿命より若さの方を優先させたか。禁術の薬にそういうもんがあってもおかしくねーよな」
「……ああ」
大河は顔の右だけ手で覆い、一度うつむき、顔を上げた。
すると、手が覆われていない左の顔だけ老人のように老いている。
ヨルを誘いこんだのも、ただ元の姿に戻り、カーテンが切り裂かれる前にベッドの下に潜りこんで若返っただけだ。
簡単な種明かしだ。
「最初に本物に会ってたら、てめーが若返ろうが一発でわかったんだがな」
ヨルは大きくため息をついた。
アジトで見失った大河の元の姿も、見間違いでも気のせいでもなかったのだ。
大河は顔を若く戻すと、痛みも伴うのかわずかに歪めた。
「オレも年が年だ。誰かに椅子を譲って隠居しなきゃいけないのはわかってるのに、大人げないことに、派手な悪さばかりしていたから落ち着いて隠居もできやしない。要するに、大人しく年取って生きるのが怖くなってな」
大河の口元に自嘲の笑みが浮かんだ。
それでもヨルは笑わずにその話に耳を傾けている。
「悪さも得だ。おかげで、この薬を手に入れることができた。使用者の寿命を縮めるのが欠点だがな」
「死ぬなら若いまま死にたいってか? 滑稽だな。アンタはただ家を離れたくないだけだろ。みんなの大黒柱でいたい父親だ。子供だって自立して巣立ってくってのにそれを止めてる」
「ああ、笑えばいい。それでも、今のオレにも新しいオレにも付き合ってくれるあいつらが、愛しくてな…」
その姿はかつての朱族の父親に似ていた。
ヨルは小さく舌打ちし、真上を見上げる。
「最初から裏の仕事に手を染めなきゃよかったんだ」
「後悔は先に立たない」
「これから目立たない行動をするなら、おまえは実は死んでいることにしといてやるぞ」
「そんなうまい話があるわけがない。同情してくれるのは嬉しいけどな。オレには時間がない」
大河は苦笑をこぼしたあと、ヨルの右横に立ち、刀を抜いてヨルの喉元に突き付けた。
ヨルは冷静にそれを見下ろす。
「出て来い。つけてきていたのはわかってるぞ、兄弟!」
屋上の扉が錆びた音を立てて開かれ、大鎌を肩に担いだ飛段が現れた。
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