悪党共は盃を交わす
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翌日の夕方、縁側の廊下に出た飛段は、番犬にエサを与えているヨルの後ろ姿を見つめ、柱に背をもたせかけて休憩しているふりをしながら声を潜めて言いだす。
「…組長の居場所だがよォ」
「!」
周りからはブツブツと独りごとを言っているようにしか聞こえない。
だが、数十メートル離れているうえに常人では聞きとりにくい声だろうが、ヨルの耳にははっきりと聞こえる。
ヨルは振り返らずに知らんふりをしながら飛段の声に耳を傾けた。
「やっぱり組員の奴らは知らねえらしい。角都の言った通りだな、こりゃ。ここって地下とか隠し扉とかねーの?」
ヨルは首を横に振った。
「そっか。なら、若頭をつけた方が早くねーか?」
もう一度ヨルは首を横に振る。
それから「それは危険だからやめておけ」と言いたげに肩越しに飛段を睨みつけた。
大河の尾行なら組員達のうちの誰かがやっているはずだ。
それでわかっていないのだから見つけようがない。
飛段は「わかったわかった」と肩を竦ませる。
「おお、ここにいたか」
「!」
飛段に声をかけたのは大河だった。
噂をすればなんとやら。
「ちょっと遊びに付き合わないか?」
意地悪く笑うので飛段は警戒した。
「用心棒、おまえも付き合わないか!?」
よく通る大声で呼ばれ、聴覚に集中させていたヨルは耳鳴りを覚えた。
「…ぜひとも」
番犬達に心配されながらもヨルは返事を返し、立ち上がった。
「丁!」
飛段が持っている木札を前に押し出した。
ツボ振りが篭を上げると、隠されていた2つのサイコロは4と6を見せた。
「丁だ!」
「またかよ!」
「強いな、新人!」
「半」と答えた組員達は舌打ちや悔しげな声を上げながら自分達の木札が持っていかれるのを黙って見ていた。
「遊びって丁半のことかよ」
大河の右隣に座るヨルは腕を組んで、呆れながらその光景を眺めていた。
先程から飛段が連勝している。
それもそのはず。
「入ります!」
ツボ振りが指に挟んだ2つのサイコロを篭の中に放りこみ、勢いよく畳に叩きつけて隠した。
周りでは「丁」「半」と叫び賭ける木札を出す。
飛段がヨルをチラリと見た。
その一瞬ヨルは左目だけ瞬きをした。
「半だ!」
それを確認した飛段はそう声を張って木札を出した。
結果は3と2の半。
次の勝負でヨルが右目を瞬きすると飛段は「丁」と言った。
結果は1と1。
「ピンゾロの丁!」
飛段は高らかに笑い、ヨルは薄笑みを浮かべていた。
勝負に賭けられていたのは金ではなく、大河の奢りだ。
大河、ヨル、飛段の3人はアジトの近所にある店に立ち寄り、店の中心にある円卓に三角の並びで座っていた。
見た目は中華料理店のようである。
客の数はまばらだ。
「いやぁ、強ぇなおまえ。なんか勝つコツでもあんのか?」
大河はニヤニヤしながら飛段に尋ねた。
飛段は目の前の酢豚の豚肉だけを頬張りながら答える。
「オレは強運の持ち主だからなァ」
(よく言うぜ…)
すべてはヨルの耳のおかげである。
出た目の音を聞き分け、左目を瞬きすれば半、右目を瞬きすれば丁とバレないように飛段に教えていたというのに。
大河により一層近づくために。
前にも一度やったことがあったので飛段はヨルのサインにすぐに気付いた。
「つうか、こんなところでよかったのか?」
飛段が望めばもっと高い店でも連れて行くつもりだった。
「アジトに近い方が、なにかあったときに逃げ込みやすくていいだろォ。一応極道モンだし、若頭でも命狙われんだろ」
飛段はそう言いながら運ばれてきたアヒルの丸焼きにかじりつく。
「オレの心配はいらねーよ。用心棒とおまえがいるんだからな。…おい、なにやってんだ?」
ヨルに顔を向けた大河は怪訝な顔をして尋ねた。
料理をとるわけでもなく、目の前の回るテーブルをクルクルと回している。
その目は興味津々だ。
「あ…、いや…、初めてみたもんで…」
「メシが取りにくいからやめろよなァ」
飛段は迷惑そうな顔をし、手をつけてテーブルが回るのを止めた。
「いっぱい食べてくれよ、兄弟」
大河が笑みを浮かべながらそう言ったとき、ヨルは気になっていたことを尋ねた。
「本当の兄弟でもないのに、なんで兄弟なんて呼ぶんだ?」
大河と飛段はヨルをキョトンとした目で見る。
それを見たヨルは「なにかマズいこと言ったか」と内心で焦った。
「こっち(極道)のことはわからないか。まあ、こっちにとって儀式みたいなもんだ。絆のな」
「絆?」
「ああ。血縁関係のないもの同士が飲み交わし、兄弟や家族の関係を作る。組は家みたいなモンだ。家には家族が必要だろ? 組長も組員達を部下じゃなくて兄弟として可愛がってる」
「……………」
ヨルはその話に耳を傾けながら、コップに入った冷水を一口飲んだ。
飛段も料理を食べながら黙ってその話を聞いていた。
それから大河は「厠に行く」と言って立ち上がり、席を外した。
それから一度立ち止まって飛段達に振り返り、「仲良くしろよ」と言ってから再び歩き出す。
その背中を見送ったヨルは飛段に顔を向けた。
ヨルが言いだす前に飛段が肉団子を飲み込んで言う。
「めでたい奴だな。酒だけで絆ってのが結べるなら、居酒屋出て行く時には友達だらけじゃねーか」
「おまえも意味知らなかったんだな」
同じくキョトンとした顔をしていたから、てっきり意味を知っているのかと思っていた。
「知らなくてもいいことじゃねーの? どうせオレらあとであいつを裏切るんだぜ?」
「…忍びないな」
「今更なに言ってんだ。今の言葉、角都の前で言ったら殴られるぞ」
それはわかっている。
ヨルは息をつき、背もたれに背を預け、コンクリートの天井を見上げた。
「気が進まなくなってきた。これ以上日はかけられないな。情が移っちまう。あいつら、オレ達よりか悪人じゃなさそうだし」
丁半をしていた時の彼らの顔を思い出し、先程の大河の話も伴って思い出すと騙していることへの罪悪を覚えた。
バレて敵に回すことがあっても殺したくはない。
「忍が私情を挟むなよ」
飛段は忠告するように言ってヨルに箸の先端を向け、そのまま目の前の皿に載せてある豚肉に突き刺そうと振り下ろす。
「オレは忍じゃねーよ」
「あ」
不意にヨルにテーブルを回され、飛段の箸は八宝菜のニンジンに突き刺さってしまった。
それから「野菜も食え」と言われる。
「おまえ、クルクル回されてーか」
「それはそれで面白そうだな。つうかやってみたいかも」
ヨルが小さく笑った時だ。
バンッ、と店の扉が蹴破られた。
「うお!?」
同時にヨルは斜め向かいの飛段へと飛び、テーブルの端をつかんで持ち上げ縦にした。
テーブルに載っていた皿が派手に床で割れ、出入口からは数十本のクナイが投げられ、カカカッ、と音を立てて縦にしたテーブルに突き刺さる。
「キャー!!」
店の中はパニックに陥った。
「数は5、一般人が1人、残りは忍だ」
ヨルは隣の飛段にてのひらと人差し指を見せつける。
「ただの一般人じゃねーだろ」
「たぶん、若頭と同類だ。青獅子組か? 忍は雇われた奴らか」
ヨルがそれをチラリと窺うと、クナイが投げられすぐに顔を引っ込めた。
大河はまだ厠へ行ったままだ。
騒ぎを聞きつけてそのまま隠れているのかもしれない。
客は店の奥に逃げている。
「来るぞ。…だから、その手羽先を放せ」
飛段は呑気に手羽先にかぶりついていた。
「せっかくのごちそうだぜ? それを見事にひっくり返しやがって。お肉様に謝れ!」
「てめーが崇拝してるのはジャシン様だろ! なにがお肉様だ。野菜様も食えっていつも言ってんだろ!」
「そりゃクソ異教徒共がすることだぜ!」
「宗教を言い訳に持ち込むんじゃねえ!」
言い争いを始めた2人に戸惑いながらも、忍達が出入口から突進してきた。
「大体てめーも角都も「野菜食え」「野菜食え」っていつも言うけどよォ、てめーらはどうなんだ!?」
「なにが!?」
2人は顔を合わせて言い合いながらも立ち上がり、飛段は椅子にかけていた大鎌を、ヨルは2本の刀を構えた。
「てめーは血ィしか飲まねーから簡単に「野菜食え」って言えんだよ!」
最初に飛段が先頭にいる忍の顔面に蹴りを入れて吹っ飛ばす。
「オレだってその気になりゃ食えるっての! 普段は食う必要がねえから食わねえだけだ! 大体どれも味薄なんだよ!」
ヨルは、飛段の背後に回って切りつけようとした別の忍の右脇を鞘で強く打っちつけた。
「ならピーマンも食えるのかよ!?」
「ああ、もちろん!」
2人は背中合わせになり、忍が投げつけたクナイをすべて叩き落とす。
「ニンジンもタマネギもトマトもぜーんぶ!」
「とーぜん!」
ヨルは飛段の背中離れて走り出し、両手の刀を大きく振って左右に鞘を飛ばし、両手にクナイを持った忍に向かっていった。
それから武器の打ち合いになる。
「じゃあニンニクならどうだ!?」
飛段は自分に向かってきた忍に向かって大鎌を振るう。
「…! ニンニ…」
ギクリと不意にヨルの動きが止まり、すぐに我に返ったヨルは顔面目掛けて突き出された右手のクナイを、顔を傾けて避ける。
「それみろ、食べれねーだろォ!?」
ヨルはニンニクの匂いが大の苦手である。
「それは、そのまま食べるモンじゃねーだろ!」
「野菜が食えるってなら、まるごと食ってみろよォ!!」
飛段は忍のクナイを弾き飛ばしたあと、手ぶらになった忍の腹に勢いをつけて回し蹴りを食らわせ吹っ飛ばした。
飛ばした方向にはヨルと忍が戦っている。
「てめーだって豚をそのまま食わねーだろが!!」
同じくヨルも忍の手首を切りつけてクナイを落とし、左手の刀を投げ捨てて忍の胸倉をつかんで投げつけた。
2人の忍は見事にぶつかり、床に倒れる。
辺りは再び静けさを取り戻した。
忍達をつれてきた一般人は逃したようだ。
「ちゃんと殺してから食うぜ。そのままかぶりついたら暴れるだろォ?」
「食うのかよ。つか、豚肉には菌があるからちゃんとよく焼かねーと…」
「! ヨル!」
飛段が声をかけると同時にすでに気付いていたヨルは振り返りざまに右手の刀を投げつけた。
「ぎゃっ!」
最初に飛段が吹っ飛ばした忍の左胸に刀の刃が貫通し、忍は短い悲鳴を上げ、床に落ちた。
クナイを片手にヨルを背後から襲おうとしたが、ヨルの耳に気付かれていたのだ。
「さすがだ」
「「!」」
店の隅にある厠からフラリと大河が出てきた。
やはり隠れていたようだ。
「おまえ達を仲間に引き入れて良かった。これなら…、青獅子組を潰せる!」
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