銀の兎を追いかけて

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いきなりだったから、オレの耳がビックリしてしまった。

どこかでラッパの音が聞こえたからだ。

城の方で大勢の足音と喚き声が聞こえる。


「城の方だな…」

「なにかあったみたいだ」


城の方を見ながら呟いた帽子屋角都にオレはそう返し、飛段ウサギを促した。

他の兵士達の目を逃れ、城の正門前を窺うと、トランプの兵士達に囲まれ、移動式の鉄檻の中に放りこまれたデイダラウサギ達の姿があった。


「出せこのヤロー! うーん!」


デイダラウサギは檻の柵につかまりながら喚いている。

トビネズミは呑気に寝てるし、イタチ人形と鬼鮫人形は落ち着いた面持ちで檻の真ん中に座って大人しくしていた。


「チッ。捕まっちまったか…」


サソリネコはどうやら奴らを城の近場に落としたらしい。

普通逆だろ。

オレが女王に用があるのだから。


助けにいこうかと構えたとき、城の正門が開かれた。


「一体、なんの騒ぎ?」


蛇のような目、白い顔、薬品の臭い、優雅な扇、そして毒々しい真っ赤なドレスを着た…。


「うぷ…っ」

「ここで吐くな」


吐き気が込み上げてきたとき、察知した帽子屋角都が背後からオレの口を右手で塞いだ。


「おまえ顔真っ青だぜェ?」


飛段ウサギが心配してオレの顔を覗きこむ。

こっちは噛まれたわけでもないのに毒がまわった気分だ。


「あら、どれも見た顔ね。呪いをかけられた腹いせに、私の卵でも盗みにきたのかしら?」

「…!」


デイダラウサギの顔が一瞬強張った。

だが、すぐに「違う」と強く否定する。


「違うと証明する証拠がどこにもないわ」


屁理屈を並べた女王は扇を閉じ、先端をデイダラウサギ達に向ける。


「首を刎ねておしまい」


ペイントランプ兵が神輿をかつぐように檻を運ぼうとする。


「おいおいヤバいぞあいつら!」


オレが飛びだそうとしたとき、飛段ウサギが先に飛び出し、女王の前に跪いた。


「よろしいですか、女王様!」

「あら、ウサギじゃない。どうしたの?」

「そう毎度毎度罪人を裁かれりばかりでは面白みもありません。いかがでしょう? 裁判を開かれては?」


おお、敬語が使えたのか。


「あなたが意見するなんて珍しいわね。…けど、彼らにつく弁護人なんて…」

「弁護人ならあちらに…」

「「!」」


躊躇いもなくオレと角都を指さした。

帽子屋角都を見た女王は「あら…」と口角を吊り上げる。

顔見知りのようだ。


「彼らはオレの時計を直すために呼んだ者達です。ただ、そこの者達と知り合いだと言うもので…。いかがでしょうか。彼らを弁護人として対決されては…」


女王はオレ達を見て扇を開き、口元を隠して「そうね…」と呟いた。


「いいわ。面白そうじゃない。カワイイ子もいるし」


瞬間、オレの背中を悪寒が走った。

蛇に睨まれたカエルの気持ちがよくわかる。


「裁判を始めるわ。私の城へいらっしゃい」


女王は兵士達を引きつれて城の中へと入って行く。

オレは飛段ウサギに駆け寄り、その耳元に口元を寄せた。


「おい、オレは弁護なんて…」

「とりあえず、これで少なくともあいつらはすぐには殺されない。裁判に勝つか、隙を見て助け出すしか手はない。あいつらの仲間だろ? 首刎ねられてほしくねーだろ?」


オレは絶句した。


目の前のウサギは意外に賢い。


オレ達は城の中にある法廷へと通された。

法廷といっても、大広間を使い、そう見立ててあるだけだ。

被告席には檻に入れられたままのデイダラウサギ達がいる。

あの重い檻を持って背後の傍聴席にいる兵士たちから逃げるのは困難を極めるだろう。

あいつの鉄拳なら簡単に破壊できるが、オレと同じく弁護人席に座る帽子屋はそんな超人技は持ち合わせてはいない。

この裁判の間に思いつかないと。

それに、オレは女王に用がある。

万が一うまく逃げきれたとしても、奴に帰り道を開いてもらわなければオレは一生この国から出れないだろう。


サソリネコの話が本当ならな。


奴には悪いが、悪人になってもらう。

間違っちゃいないだろ。


裁判長である女王の隣で飛段ウサギが、デイダラウサギ達が城に侵入して卵を盗もうとしたことを述べた。

デイダラウサギはまた「誰がてめーの卵なんか盗むかってんだ。うん!」と喚き、「被告人は静粛に」と注意される。

オレは少し気になった。

デイダラウサギはしつこく否定しているが、逆に卵にこだわっているのではないかと思わせる。


「いい加減に認めたらどうなの?」


女王はデイダラウサギ達を鼻で笑い、見下ろす。

女王の背後にはあの卵がたくさん並べられていた。

裁判が終わったあとにゆっくり食べるつもりだろうか。

どちらにしろ、あの余裕顔は癪に障る。


オレは発言台に立ち、デイダラウサギ達の弁護にまわる。


「女王陛下、こいつらには卵を盗もうとしたことを否定する証拠はない。だが、肯定する証拠もないはずだ。肯定するものがなければ、この裁判自体に意味はない」


敬語は使ってやらない。


「彼らは私の庭に無断で立ち入った。それだけでも罪は大きいわ。それに、誰だって卵は好きでしょ?」


オレは食べないけどな。

そう言いたかったが、被告人は背後にいるデイダラウサギ達だ。

女王の奴、他の奴らが味方だからって物的証拠もないうえに屁理屈並べて終わらせる気か。


オレは奴の名前を出す。

これで通らなければヤケクソだ。

あのバカにならって暴れてやる。


「侵入は故意でやったことじゃない」

「と言うと?」

「チェシャネコに強制的に連れてこられたんだ」


その名を口にしたとき、女王の嘲笑が一瞬消えた。

それからまた同じ角度に口端を上げる。


「懐かしい名ね。私が昔飼ってたネコの名前じゃない」


今度はオレが驚かされた。


「女王のペット…!?」


わけありとはこのことだったのか。


「ある日急にいなくなってね。せっかく奇術が扱えるようにしてあげたのに。ネコってのはホントに恩知らずな生き物ね」


逃げ出したくなるのもわかる気がする。

なんて同情の言葉を思わず口に出すところだった。


「けど…、そんな証拠はどこにもないわ」


自分のことは棚にあげといてか。


「この場所に連れてこられるのはチェシャネコだけのはずだ」

「このウサギ達が頼んだのかもしれないでしょう? いずれにしても、本人がいないと話にならないわ。連れてくる? 私は待つのは嫌いよ」


オレだって、これ以上女王のワガママを聞くのも我慢の限界だ。

今切りかかれば、人質にとれるかもしれない。

それで全員を解放したあと、脅して道を開いてもらえば一石二鳥じゃないか。

なんだ、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ。


「!!」


夢魔を出現させる前に、全員がぎょっとした顔をした。

オレは動きを止める。

バレたと思って。


「ネコ…!?」


飛段ウサギがオレに指をさした。

オレは「え?」と足元や周りを見るが、ネコの姿はどこにもない。


「頭を触ってみろ」


帽子屋角都にそう言われ、オレは両手で自分の頭に触れてみた。

薄く、柔らかく、もふもふする。

瞬間、真っ青になった。


「なにぃぃぃぃ!?」


オレの頭にネコの耳が生えていたからだ。

気付けば、尻にも黒いしっぽが。


変化はそれだけではなかった。


デイダラウサギ達に振り返ると、デイダラウサギ達の頭にもネコの耳が生えていた。

兵士達にも、帽子屋角都にも、飛段ウサギにも。


「どうなってんだ…」


なんで猫祭りになってるのか。


だが、すぐに奴の顔が浮かび、声を上げる。


「おまえか、チェシャネコ!」


サソリネコはぱっと発言台に姿を現した。


「スムーズにシナリオ通りに動いてくれるな、おまえらは」


目の前に、ムカつく嘲笑顔があった。


オレはその胸倉をつかんでやろうかと思ったがヒラリとかわされてしまった。


「ここに連れてきたことに怒ってるのか? あいつらをわざと城の近くに落としたことを怒ってんのか? それとも、ネコ耳生やしたことに怒ってんのか?」

「全部だ! てめーの目的はこの流れで大体わかったぜ。女王の復讐だろ? オレ達を巻き込んで…」


サソリネコが手を叩くと、全員の耳としっぽが消える。


「察しがいいな、小娘。アレはオレだけじゃ手に負えねーからな」


サソリネコは女王に指をさした。

女王はサソリネコを睨みつけている。


「よくのこのこと帰ってこられたわね」

「この体にしてくれた借りをきっちり返したくてな」


サソリネコが右手を振るうと、デイダラウサギ達が入れられた檻が解体されたように崩れた。

これでオレの負担は少なくなった。


オレは舌を打ち、背中から夢魔を引き抜いて女王に向けて構える。


「あいつを倒したら、オレは戻れるのか?」

「ああ。奴が持ってる権利書さえ破いちまえば、すんなりと戻れるはずだ。それとも、今破くか?」


サソリは懐から紙の束を取り出した。

権利書だろう。


女王の顔が怒りで歪む。


「チェシャネコ…!」


オレ達が裁判をやってる時にこっそり女王の部屋から盗みとったものか。

抜け目のない奴だ。

オレは口端を上げ、左手の夢魔を振るった。

サソリネコの持った権利書が縦に切り裂かれ、宙を舞う。


「やってくれるじゃない!」


それから女王は右手を挙げた。


「そいつらの首を刎ねておしまい、鷹!」


オレはてっきり鳥の鷹のことかと思ったが、女王の背後から出てきたのは4人組のトランプの服を着たガキ共だった。


黒髪がスペード、赤髪がハート、白髪がクローバー、オレンジ髪がダイヤだ。


スペードが刀を構えて突っ込んできた。

オレは右手の夢魔で受け止めるが、その素早い動きに押されてしまう。


「く…!」


ただのガキじゃない。


オレの夢魔とスペードの刀が打ち合っていると、スペードの背後からクローバーが飛び出し、大剣を振り上げた。

こっちはスペードで手一杯だってのに。


その時、振り下ろされた大剣を何者かが別の大剣で受け止めた。

鬼鮫人形だ。


気を取られていると、スペードが刀の刃先をオレの顔面目掛け突き出してきた。


「!」


それを横から剣で払ったのは、イタチ人形だった。


「おまえは女王のところへ」

「悪い、助かった」


残りの2人も引き受けてくれるようだ。

オレは鬼鮫人形とイタチ人形の間を駆け抜け、女王のもとへと向かう。

このまま放っておいて帰ると、目覚めが悪いだろ。

礼はきっちり返す。


「こっちも鷹を飛ばしてやるぜ! うん!」


デイダラウサギは本人そっくりのあの構えをする。


「グリフォン!」


名を呼ぶと女王の背後にあった、卵の内のひとつにヒビが刻まれ、粉々に割れた。

出てきたのは、白く大きな鷹だ。


「おまえが隠してたのはコレか」

「ああ。前に女王の城に忍び込んだとき、卵の木に仕掛けておいたもんだ。女王の奴、まだ食ってなかったか。うん」


天井まで飛んだ白い鷹は女王に向けて一気に急降下する。

特攻する気か。


「伏せろ!」


デイダラウサギに言われ、オレはその場に耳を塞いで伏せた。


「喝!!」


ドン!!


爆風に飛ばされそうになった。

トランプの兵士達はほとんど大広間の奥に飛ばされてしまったようだ。


「やったか!?」


オレは体を起こし、女王がいた方向を見た。

法廷はもうメチャクチャだ。


女王がいた場所から黒煙が上がり、女王の姿が見えない。


だが、オレは確かにその音を聞いた。

なにか巨大なものが這いずりまわる音を。


「…!!」


黒煙から顔を出したのは、巨大な蛇の頭だった。


「よくも兵士達の前でこんな姿にしてくれたわねぇぇぇぇ!」


オレは納得した。


なるほど、これは手に負えそうにない。


大蛇の頭がこちらに迫ってくる。

口を開け、オレ達を丸呑みする気だ。

オレは左手の夢魔を大蛇の頭目掛け投げつけた。

宙を掻いた夢魔は蛇の鼻に突き刺さる。


「ぎゃあ!」


大蛇の目がギョロリとオレを見下ろした。

目標をオレだけにしたようだ。

オレはゴクリと唾を飲み込み、じりじりとあとずさる。

今、あの大口で迫られれば後ろで戦っている連中が巻き添えを食らってしまう。


「こっちだ!」

「!」


大蛇の向こうで、飛段ウサギが別のドアを開けた。

オレは真っ直ぐに大蛇に向かって突っ込んだ。

大蛇の目がオレを追い、扉を開けてオレが逃げ込むのを待っている飛段ウサギをとらえた。


「ウサギィィィィ!!」


飛段ウサギが襲われる前にその体を抱え、扉を潜り抜けた。

大蛇の長い胴体はどれくらいかを確認したオレは、挑発的な笑みを浮かべる。


「こっちだウスノロ」


案の定、怒り狂った大蛇の頭がこちらに向かってきた。

扉を壁ごと突き破り、長い廊下を走るオレ達を追いかけてくる。


正直、悲鳴をあげたい。


オレと飛段ウサギは城の中をできるだけ複雑に走り回った。

部屋から部屋へ、廊下からまた来た部屋へと。


オレは窓から全員が避難したことを確認する。


「オレもうムリィ!」

「そろそろいいか」


最上階から階段で下りようとしたとき、オレと飛段ウサギは「あ!」と声をあげて立ち止まった。


大蛇の胴体が階段を塞いでいたからだ。


「まずい…!」


大蛇の大口はすぐそこだ。

逃げ場は…、いや、ある。


オレは飛段ウサギの手を引っ張り、隣の窓ガラスを突き破って飛び降りた。

思った以上に高い。

下にいる連中がこちらを見上げる。


「わああああ!!」


オレ達が真っ逆さまに落下していくと、突然落下が止まった。

見ると、背中から蝶の青い羽が生えて飛んでいる帽子屋角都に足をつかまれていた。


飛段ウサギもだ。


「考えもなしに飛び降りるな、馬鹿が。まあ、蛇に丸呑みされるよりはマシか」

「帽子屋!」


毎回いいところで現れるのはあいつと同じだ。


「おまえ、羽が…」

「権利書を破られた時だ。己の異変に気付いたのは」


オレは思わず笑ってしまう。


「意外に似合うな」

「……………」


ぱっとオレの足が放される。


「わああああ!!」


地面に激突するかと思ったが、なにか柔らかいものに弾かれ、地面に転がった。


「???」


最初に紫が目に入った。

離れて見ると、巨大なナスビだ。


「な、なぜナスビ?」

「ああ、よかったっス、無事で」


オレ達が落ちてきたのが見えたから、慌てて全員で持ってきてくれたらしい。

ここって、ナスビも栽培してたのか。


なんて考えてると、オレ達が飛び出した窓から大蛇が壁ごと突き破って顔を出した。


「許さないわ。全部メチャクチャにしてくれちゃって…。大人しく私に食われなさい!」

「悪いが、アンタはもう終わりだ」


オレは背中から夢魔を引き抜き、ゆっくりと城に近づいた。


「ほら、オレを食ってみろよ」

「偉そうに…、何様のつもり!?」


大蛇が城から飛び出そうとしたとき、


ボゴ!!!


城が一気に崩壊した。

そこに残ったのは、城の瓦礫と、絡んだ大蛇の体だけだ。


「な…!? ど、どういうこと…!?」

「オレが上がったり下がったりとただ闇雲に走り回ってただけだと思うな。城中を、デカいうえに長い体で這いずりまわったアンタは、知らない間に自分で自分を複雑に絡ませてたんだよ。城が崩れたことで今の状態が完成したってわけだ」


もう身動きひとつできまい。


「ちょ…」


オレはその頭に飛び乗り、夢魔を振り上げた。


「闇で醒めろ」


ドス!!


瞬間、大蛇は悲鳴を上げ、しゅるしゅると縮み、ただの小さな蛇へと縮んでしまった。

小さな蛇はオレを見上げてビクッと体を震わせたあと、瓦礫の間へと逃げ込んでいった。


振り返ったオレを迎えたのは、大勢の拍手喝采だった。

トランプ兵達もただ女王に怯え、命令を聞いていただけのようだ。


「ご苦労だったな」


オレの背後に現れたのは、サソリネコだった。


「自分だけ逃げておいて…。最後まで他人任せな奴だな」

「オレだってタダで逃げてたわけじゃねえ。そう怒るな。これで心おきなく帰れるだろ?」

「それはそうだけど…、帰り道はどこにあるんだ?」


辺りを見渡しても、道らしい道はどこにもない。


「ほら、すぐそこだ」


サソリネコはそう言って、オレの背中を蹴り飛ばした。


「!?」


オレが倒れていく場所には地面ではなく、穴があった。


オレが落ちてきた時と同じ大きな穴だ。


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