銀の兎を追いかけて
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ほのかに甘い香りがする。
これは、紅茶の香りか。
匂いに誘われるままに歩いていくと、小さな家を見つけた。
茶会は庭で行われているようだ。
中を窺って見ると、やはりそこにあったのは知り合いの顔だ。
呑気に茶を楽しんでいる。
デイダラに似たウサギとトビに似たネズミがいた。
他にも誰かいると思えば、ここに来る前に会った奴らじゃないか。
オレは小さな門から堂々と庭へと足を踏み入れる。
それに最初に気付いたのはデイダラウサギだ。
「うん? 誰か来たみたいだぞ。うん」
「席はないっスよ」
思ったより冷たい反応だ。
「こんなに席があるのにか?」
オレは両手を広げ、空いている席を見せつける。
「けど、招待もしてないのにやってきて早々、座ろうとするのは失礼だと思うぞ。うん」
まともな答えが返ってきた。
「おや、あなたは」
デイダラウサギとトビネズミの向かい側に座っているのは、鬼鮫人形とイタチ人形だ。
イタチ人形はこちらに振り向きもせずに、紅茶に砂糖をたくさん入れていた。
紅茶の傍には金色の団子もある。
オレはその隣の奴に近づいた。
「…おい、先程ぶりじゃねーか。なんでアンタがここにいるんだよ」
「招待されたからに決まってるだろ」
オレの目の前には優雅に茶を飲む、角都芋虫がいた。
シャレた帽子にシャレた服、もうどこからどう見ても芋虫には見えない。
新しい体に生まれ変わったのだろうか。
「で、結局なにになったんだ?」
「帽子屋だ。貴様に似合う帽子でも作ってやろうか? 金はとるがな」
そうだろうな。
オレは「いや、遠慮しとく」と丁重に断った。
帽子屋角都はソーサーにカップを置いたあと、デイダラウサギに話しかける。
「三月ウサギ、こいつも茶会に参加させてやってもいいか?」
「帽子屋の知り合いなら仕方がないか。うん」
オレはありがたく席に座らせてもらえることになった。
茶会中に申し訳ないと思いつつ、オレは席に着く。
「ところで、チェシャネコには会えたのか? ここに貴様がいるということは…」
帽子屋角都がそう言ったとき、オレは「いや、一応会えたんだ」と遮った。
「ただ、ここで女王の城に行くための仲間を集めろと言われた」
それを聞いた茶会いる奴らは一斉にこちらを見る。
「正気っスか!?」
「これは、オレ達よりとんでもないイカれモンが出てきやがったな。うん」
しまいには笑われる始末だ。
サソリネコが「仲間だ」とか言ってたクセに、こいつらは随分と非協力的じゃないか。
まあ、あの女王と関わりたくないってのはわかる。
「「女王…」」
人形の2人はなぜか遠い目をしている。
「あの部屋の番人を意味なく一生やっていろと言われてから、どれくらい経ちましたかねぇ…」
この2人も被害者だった。
「せっかく使える役者がこれだけそろってんだ。イカれ者同士集まれば、女王に勝てる気がしてこないか?」
「!」
テーブルの真ん中には左手にティーポット、右手にカップを持ったサソリネコがあぐらをかいて座っていた。
神出鬼没な奴だ。
こちらも呑気に茶を飲んでいる。
「おまえ…!」
デイダラウサギが立ちあがったとき、サソリネコは「まあまあ」と茶を飲みながら手で制す。
「女王のせいで蝶にもなれない、自由になれない、茶を飲まなきゃやってられない。なんとかわいそうな住人どもだ。オレもおまえらと同じ、ちょっとわけありでな…。この紅茶、おまえが入れたのか?」
味が気になったのか、サソリネコはデイダラウサギに振り返って尋ねた。
デイダラウサギは「帰れ」と睨みつける。
「チェシャの旦那の席はねえぞ! うん!」
サソリネコは口端を吊り上げた。
その笑みに、嫌な予感を覚えずにはいられない。
「だからテーブルに座ってんだろうが」
「オイラ達は女王のとこなんか行かないからな! 今度はどんな呪いをかけられるか…。最悪首がとぶぜ! うん!」
「シナリオはもう出来あがってんだ」
サソリネコはソーサーにカップをのせると、ティーポットの蓋を開けた。
途端に、ティーポットから細い糸が飛び出し、その場にいる全員の体を縛る。
「!?」
驚いているヒマはなかった。
「皆様、我ら女王陛下の城にご案内だ」
「おまえ、最初から強制的にオレ達を…!」
オレが睨みつけると、サソリネコは鼻で笑った。
「オレもイカれてるからな」
抵抗しようとした瞬間、糸に引っ張られ、オレ達は小さなティーポットの中へと吸い込まれていった。
ガサッと音を立て、オレは茂みに背中から落ちた。
目の前には澄んだ青空が広がっている。
身を起こして周りを見回し、そこが薔薇園であることを理解した。
薔薇園の先には大きな城がある。
「ホントに城に連れてこられるとは…」
ぐるりと囲まれた高く白い塀からして、城の敷地内だろう。
「女王の庭だな」
「! 角…、じゃなくて、帽子屋!?」
振り返ると、服についた葉っぱを払ってこちらにくる帽子屋角都がいた。
他の連中も一緒なのかと辺りを見回すが、それらしき姿はない。
「みんなはどこに…」
「他の場所に移されたのかもしれない。ネコは気紛れというが、あいつの気紛れのタチの悪さはネコ以上だ」
そう言って帽子屋角都は苛立ちまじりのため息を吐いた。
「そういうアンタもタチの悪い気紛れ屋だと思うけど?」
「なにか言ったか?」
「いや…、とある連れのことを思い出した、ただの独り言だ」
オレは視線を逸らし、小声で返した。
「とりあえず、ここにいてもラチあかねーし、オレだってそろそろ元の場所に戻りたい。せっかく連れてきてもらったんだ。オレは勝手に女王のところに行くぜ」
「金にはならんが、オレもついていってやる。ここにいても、オレが元の場所に戻れるとは限らんだろう。タダで捕まりたくはないからな」
オレと帽子屋角都は薔薇園の中へと入って行った。
城は薔薇園でぐるりと囲まれているため、そこからしか城に近づくことができないからだ。
薔薇園は迷路のように入り組んでいた。
もうどこから戻っていいのかわからないくらいに。
いっそのこと、荒らしてでも真っ直ぐに夢魔で切り開いて自分の道を作ってやろうかと考える。
「待て」
角を曲がろうとしたところで帽子屋角都にグイと腕を引っ張られた。
何事かとオレは帽子屋角都とともに角を窺うと、トランプの服を着たペイン六道似の兵士がひとつの大きな白い卵を運んでいる最中だ。
「うわ、なにあのバカデカイ卵」
目玉焼きでも作る気か。
「アレは女王の好物の卵だ」
「やっぱアレ卵なのか…」
「この先で育てている、“グリフォンの木”からとれるものだ。今年は豊作らしいな」
「木になるものなのか!?」
あまり長くいすぎると頭が悪くなりそうな国だな、ここは。
ようやく城が近づいていたと安堵を覚えたとき、
「わ!」
角を曲がると、オレはなにかにつまずいてこけた。
「なん…」
身を起こして振り返ると、そこには飛段ウサギが懐中時計を抱えて座り込んでいた。
「あっ、ウサギ!」
文句のひとつ言ってやりたかったが、飛段ウサギは明らかに落ち込んでいた。
「ど、どうした?」
飛段ウサギはうつむいたまま暗い声で答える。
「遅刻したから…、「時計は必要ないだろ」って…、オレの時計…」
飛段ウサギが見せた懐中時計の表面にはヒビが刻まれ、時間が止まったままになっていた。
顔を上げた飛段ウサギは涙目だ。
「女王様が城の窓から捨てて…、壊したァ…。いつもは首を刎ねるだけで済まされてたのに…」
それは「済む」という話ではない。
「昇進祝いに買ったお気に入りの時計が…」
「フン、なにをメソメソしているかと思えば…。貸してみろ」
帽子屋角都は飛段ウサギの手から時計を奪い取った。
飛段ウサギは「返せ!」と慌てるが、帽子屋角都は左手で飛段ウサギの額を押さえつけ、右手に持った時計をじっくりと見る。
「心配するな。一部の部品を取り替えればまた動く」
飛段ウサギの動きがピタリと止まった。
「ホントか!?」
「ああ、この時計を作ったのはオレだからな」
その言葉を聞いたオレは、帽子屋角都が「前に時計屋をやっていた」という話を思い出した。
先程の暗い空気はどこにいったのか、飛段ウサギは目を輝かせる。
「スゲー! じゃあ直してくれよ! アンタの願い、なんでも聞いてやるからさァ!」
帽子屋角都の周りをぐるぐるとまわり、すっかり懐いている。
「なら、女王のところに案内しろ。その女が女王に用があるそうだ」
飛段ウサギはオレを見ながら、「いいぜ、ついてきな」と先導に立って道案内してくれる。
だがオレは内心で「いいのか?」と不安になった。
侵入者を通していることになるんだし、そんなところを女王に見つかったら首がとぶだけじゃ済まないかもしれないのに。
まあ、飛段ウサギだから、そこらへんはなにも考えてないのだろう。
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