銀の兎を追いかけて
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オレはひたすら灰色の曇り空の下、薄暗い森の中を歩き続けた。
森と言うより、庭の中を歩いている気分だ。
背丈よりもだいぶ高い植物は雑草だろうか。
掻き分けながら進んでいくと、
「誰か来たみたいだよ」
「客人カ?」
オレは足を止め、辺りを見回す。
すると、左右の地面から2人の男が現れた。
というより、生えてきた。
白と黒の人間だ。
「!?」
ゼツが分裂したかのようだ。
「ふ…、双子…?」
「見てわからない? オレが兄だ」
「節穴ダナ。オレガ弟ダ」
逆じゃないのな。
「ここってどこなんだ?」
オレが尋ねると、白ゼツ兄が答える。
「花園だよ」
「日ノ当タラナイ花園」
「主に挨拶していきなよ」
そう言って、白ゼツ兄はオレの右手を、黒ゼツ弟はオレの左手をとり、奥へと走り出した。
オレは困惑しながらも2人についていく。
雑草の道を抜けると、巨大な花園へとやってきた。
どの花もデカい。
オレが小さいのか、花が大きいのか今はもうわからない。
こうしてオレと同じサイズの人間もいることだし。
巨大な花の並木道を進んでいくと、奥には紫の巨大な薔薇があった。
その上には、紙の花を愛でている小南そっくりの小人が座っている。
「客人ダ。挨拶ガシタイソウダ」
小南花がこちらに振り返り、オレを見下ろした。
「花ではないのね」
どこか残念そうな言い方だ。
「オレはヨルだ。ウサギを追いかけてたら穴に落ちてしまって、ここから外へ出る出口を探しているんだが、知らないか?」
「出口…。悪いけど、知らないわ。外なんてあるの?」
オレが聞きたいくらいだ。
オレが肩をすくめると、小南花は「ふう…」とため息をついた。
無表情で、元気がなさそうだ。
「なんだか、元気なさそうだな、あの花」
オレが小声で白ゼツ兄の方に話しかけると、白ゼツ兄は「ああ…」と小南花を見上げて答える。
「女王のせいさ」
「女王?」
そんな偉いのまで存在しているのか、この世界は。
「女王ガ太陽ヲ奪ッタカラ、アノ花ハ元気ガナイ。セッカク植エタ種モ、全然育タナイ」
黒ゼツ弟がそう言って、オレは空を見上げた。
晴れそうにないこの気持ちの悪い空は、女王が原因だったのか。
奇妙で、嫌な術を使う奴がいたものだ。
「昔はあんなに元気だったのにね…」
白ゼツ兄はため息まじりにそう言った。
あの無表情の小南花がどんなふうに笑うのか、少し気になる。
「出口がどこかは知らないけど…、芋虫なら知ってるんじゃないかしら」
小南花は手に持った紙の花を見つめながらそう言った。
それを聞いた白ゼツ兄も「それはいい」と頷く。
「芋虫はなんでも知ってるよ」
「芋虫って…」
オレは現実の芋虫を想像し、さぶいぼを立たせた。
どうか、オレより小さいサイズであってほしい。
「ここからただ真っ直ぐ進めば会えると思うわ。けど…、彼、そろそろ芋虫をやめている頃だと思うわ」
「は?」
やめている頃、とはどういうことか。
「?」マークを頭上に浮かばせながらも、オレは小南花と双子に礼を言ったあと、指をさされた道を言われた通り真っ直ぐに進んでいく。
ふと空を見上げたが、相変わらず灰色しか彩られていなかった。
道を抜けたオレは、広い場所へと出ることができた。
そして、目的のものはすぐに見つかった。
「もしかして…、アレか?」
赤色に緑の水玉模様の大きなキノコの笠下に、大きな黒い繭がぶらさがっているのを見つけた。
とにかく大きい。
あの中にオレより小さな虫が入っているとは思えない。
オレはおそるおそる繭へと歩みより、声をかけてみる。
「すんませーん…」
返事はない。
ただの繭のようだ。
「おーい」
それでも諦めず、声をかけ続ける。
「芋虫さーん、出てきてくれー。頼みたいことがあるんだ」
それでも返事はない。
「おい、アンタがいないとオレが困るんだっての!」
苛立ったオレはコブシを繭に叩きつけた。
「うるさい」
ゴッ!!
「ぐはっ!」
低い声が聞こえたと思ったら、繭から出てきた手がオレの頭を殴りつけた。
一瞬チカッとした星が見え、オレはその場に尻餅をつく。
「なんだ、客人か。悪いが、もう店は閉めた」
繭から上半身だけ出てきたのは、角都に似た芋虫だった。
明らかに寝起きの悪そうな顔をしている。
オレはじっとその顔を見つめた。
「なんだ?」
「いや…、どこからツッコめばいいのか…。とりあえず、すごいチョイスだな、おい。つーか悪い、寝起きだった?」
「オレはこれから転職するために、新しい体に生まれ変わるところだ。キノコ屋は閉めた。邪魔をすれば殺す」
そう言い残して繭の中に戻っていこうとする角都芋虫を必死で呼びとめる。
「待った待った! ここの出口を聞きにきたんだ! オレ、外の世界に戻りたいんだよ! じゃないと、あいつに殴られるし!」
そいつに似た芋虫が考え直したのかまた出てきてくれた。
「おまえ、外から来たのか」
オレは何度も頷き、ここに来た経緯を話した。
「…銀色のウサギか…。見たことはないが、女王の召使いだと聞いたことがある。遅刻ウサギと言われ、女王を怒らせては何度も首を刎ねられているらしい」
不死身ウサギか。
「それで、出口は?」
芋虫は繭の中からパイプを取り出し、吸い始める。
「女王が知っていると聞く。自分で交渉してみろ。ただし、女王の城へ向かうためにはチェシャネコの力が必要だ。奴はこの先の“フジの森”というところで人をおどかしながら徘徊しているはずだ」
出口の詳細まではわからないのか。
オレは若干肩を落とし、「わかった」と頷いた。
角都の吸うパイプから、煙の代わりにシャボン玉が浮かぶ。
「チェシャネコと交渉したいなら、このキノコの一部を持っていけ」
「ありが…」
そうさせてもらおうと夢魔を取り出したとき、角都芋虫は手を差し伸べた。
「5000リーフになる」
「ハァ!? 金とるのか!? しかも、なんだそのふざけた単位は!」
思わず飛段のように騒いでしまう。
「店を閉めたんじゃなかったのか」と言うと、「ムリヤリ営業させられたこっちの身にもなれ」と被害者のように言い返された。
そんな金は持っていないので、キノコの周りの雑草刈りを任された。
雑草といっても、オレより数倍も大きい。
だから、夢魔で一本一本刈り取っていく。
「人使い荒いのもあいつソックリだぜ!」
ブツブツと文句を大声で言いながら作業を進めていく。
「そこ、もっと根本まで刈れ」
繭から指示され、オレは「チクショウ」と口に出す。
ようやく終わり、疲れ切ったオレは切り取ったキノコの一部を抱え、繭の前に座り込んでいた。
「お…、終わった…」
「まあまあだな」
今度はあの繭を刈り取ってやろうか。
「これで心おきなく転職できる」
「転職って、なにになるつもりだよ?」
「その時の姿による。なにせ、本来なるべき姿になれないように女王に呪いをかけられているからな。前は時計屋、その前は服屋だったな…」
それを聞いたオレは首を傾げた。
「フツーに蝶になるんじゃないのか?」
「蝶? それはいったいどんなものだ?」
角都芋虫でも知らないのか。
どう説明すればいいか、と考えていると、角都芋虫は「まあいい」とうとうとしながら答える。
「オレはただ、転職しては芋虫になったりと繰り返しているだけだ。新しい体になって仕事をまっとうしたあとは、また芋虫に戻る…」
そう言いながら、繭の中に戻っていく。
もう声をかけても返事もなければ、鉄拳がとんでくることもなかった。
オレはキノコを抱えたまま、フジの森へと向かうことにする。
ふと振り返り、あの繭の中はいったい今どうなっているのだろうかと気になった。
そこは、雑草だらけのところではなく、ちゃんとあるべき大きさの木々が並ぶ森だった。
というか、樹海に似ている。
心なしか、先程より薄暗い気がする。
どれだけ歩いただろうか、時間の感覚がまったくつかめない。
これは、帰ったら鉄拳がとんでくるのは確実だ。
さっき殴られたばかりなのに、最悪だ。
「おまえ、いいもの持ってるな」
「!」
気配はまったくなかったはずだ。
見上げると、真っ先に目に入ったのは赤い髪だった。
「芋虫のところにでも寄ったか?」
木の枝には、サソリそっくりなネコが座っていた。
たぶん、あいつだろう。
「おまえがチェシャネコか?」
「…どう見てもそうだろうが、犬にでも見えんのか? 小娘が」
カチンとしたオレは、青筋を立たせながら引きつった笑みを向ける。
「…ネコが人を見下しながら嘲笑するなんて、オレ、ちっとも知らなかったわ」
「そのキノコを持ってるってことは、オレに用があるんだろ? 早く用件を言え」
長い尻尾が上下に動き、「ほらさっさと言え」と促しているようだ。
オレはここに来た経緯を話したあと、「だから女王のいる城へ行きたいんだ」と答えた。
サソリネコは「ふぅん」と頬杖をつきながら返すと、木の枝からふわふわと下りてきて、オレの目の前に着地してオレの顔をのぞきこむ。
「もし女王がそれを拒んだらどうする気だ? あいつはかなりのワガママ女王で、ひねくれ女王だ。性格も悪い。睨まれたら呪いをかけられちまうぜ?」
「そうなればもう実力行使しかないだろ。オレはこの国の奴じゃないからな。女王に切りかかって国際問題になろうが知ったことじゃねえし」
そもそも、国際問題になるのだろうか。
こんな変わった国で。
「……………」
目の前のサソリネコが不敵な笑みを浮かべる。
「で、女王ってどんな面してんだ?」
「こんな面だ」
サソリネコは懐から写真を取り出し、オレの目の前に突き出した。
それを見たオレは血の気が引くのを感じる。
白い顔、ヘビのような目、長い舌…。
「やっぱり、このままここの住人になろうかな…」
「おい」
一気に弱気になったオレにサソリネコが睨みつける。
「だって…、スゲー関わりたくねえツラしてんだよ」
写真のその顔が必要ないほどアップだ。
オレの動物的本能が「関わるな」と信号を出している。
「最後まで貫き通せよ」
「睨まれたら動けなさそうだ」
「この先で茶会をやってる。そこで一緒に女王のもとへ行くよう交渉してみろ。いい仲間ができるはずだ」
「仲間?」
「ああ。おまえを女王の城へ連れていくのはそれからだ。なに、怖気づいたなら、行かなきゃいいだけの話だ。せっかく骨がありそうな奴が見つかったと思ったんだがな…」
そう言うと、サソリネコは煙のようにフッと消えてしまった。
いつの間にか、オレの手からキノコも消えている。
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