銀の兎を追いかけて
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その日のオレはただ大人しく、町に買い出しに向かったあの2人の帰りを、木に背をもたせかけて座りながら待っていた。
日はまだてっぺんだ。
その町に泊まる気はないのだろう。
今夜はおそらく野宿だと思う。
賞金首を狩り終えたばかりなのに、たまには布団の上で大の字になって眠りたいものだ。
外は寒いし、待っている間に冬眠でもしたら面倒だぞ、オレが。
ヒマつぶしにと角都に貸してもらった本を手に、開いたページの文字を目で追っていく。
「腹減ってきたなぁ…」
読書をしながらぼそりと呟いた。
その時だ。
「ヤベー! 遅刻するー!」
目の前を小さな銀色のものが慌ただしく通過していった。
本から顔を上げ、目を凝らしてその走り去る物体をよく見る。
ウサギだ。
飛段そっくりの。
頭に生えているのは銀色の耳、尻に生えているのは銀色の尻尾。
着ぐるみでも着てるかのようだ。
けっこうシャレた服まで着ている。
後ろにジャシンマークのついた大きな懐中時計を片手に、坂道を駆けていった。
「あいつ、遅れると超うるせーんだよなァ。また首はねられちまう!」
などと、物騒な言葉が聞こえた。
オレは茫然とそれを眺めていたが、姿が完全に見えなくなる前に本を閉じて立ち上がり、口内で牙を舐める。
いい獲物だ
飛段に似てるし、血が吸い放題かもしれない。
オレは夢魔を両手に構え、飛段ウサギを追いかける。
「食い物―――!!」
「フツーに追いかけてきやがれェ!!」
飛段ウサギにツッコまれた気がした。
飛段ウサギは道を外れ、茂みの中へと飛び込んだ。
だが、オレの耳から逃れられると思うな。
飛段ウサギは真っ直ぐ駆けていっているようだ。
オレは茂みを夢魔で掻き分けながら飛段ウサギを追いかけていく。
茂みを抜けると、飛段ウサギが小さな洞窟の中へと入っていくのが見えた。
オレは躊躇いもなく中へと足を踏み入れる。
屈まなければ頭をぶつけそうだ。
先へ先へと進むにつれ、穴が狭くなり、背後の光が離れていく。
狭いせいで、夢魔を消さざるを得なくなってしまう。
「どこまで続くんだ?」
真っ暗な闇を見つめながらそう呟いたとき、飛段ウサギの匂いが近いことに気付いた。
獲物は目の前だ。
オレは素手で捕まえようと構える。
「捕まえ…」
「痛てェ!」
勢いのいい一歩を踏み出した時だ。
このオレが、なぜ気付かなかったのか。
獲物はオレのすぐ足下にいた。
飛段ウサギに躓いたオレは、そのまま地面に倒れるかと思った。
しかし、不意に浮遊感に襲われ、
「うわあああああああ!!!」
そのまま真っ逆さまに落ちていく。
オレが落ちた穴に悲鳴が響いた。
目空中を何度も回転し、目が回りそうになりながら闇の中へと落ち続ける。
「ああああああああああああまだああああ続くのかああああああ!!!」
いつまで立っても衝撃はこない。
底なしなのか。
ドスーン!!
よかった。
底はあった。
「痛てて…」
オレは右手で頭上のコブを擦り、左手を目前でブンブンと横に振った。
「いやいや、コブじゃ済まねえだろ」
虚しいひとりツッコミをしたあと、立ちあがってその部屋をぐるりと見回す。
女の子の部屋のようだ。
壁紙はカワイらしいピンクで、床はトランプのマーク柄のカーペット、部屋の棚には人形や本や小物が並び、部屋の真ん中には白い小さなテーブル、部屋の片隅には小さなベッドが置かれてある。
天井は先程オレが落ちてきた穴がぽっかりと空いていた。頂上は光さえ見えない。
落ちてきた深さといい、登りは面倒臭そうだ。
不思議なことに、その部屋には扉がなかった。
いや、見つけた。
壁にある、小さな扉を。
文庫本サイズの扉だ。
オレはその扉の前にしゃがみ、ノブを引いてみるが鍵がかけられているのか開かない。
もう一度部屋を見渡してみる。
すると、テーブルの上にさっきはなかったはずの小さな鍵が置かれてあった。
それを人差し指と親指でつまみとり、小さな扉の鍵穴に差しこんでまわしてみると、鍵が開いた音が聞こえ、オレがもう一度ノブをまわすと、小さな扉は簡単に開いた。
「うーん…」
どうして入っていいものか。
扉の向こうに木々が見えた。
向こう側は森になっているらしい。
「どうやって入れっつーんだ」
逆切れ気味に言ったとき、
「おや、随分気の短いお嬢さんですね」
「気も強そうだ」
「!」
どこかから2人の男の声が聞こえた。
オレの耳は、どこから聞こえたのか的確に聞きとれる。
聞こえた場所は棚からだ。
「…まさか…」
オレは棚に並べられている人形に注目した。
2人の騎士の人形だ。
イタチと鬼鮫に似ている。
試しに、イタチ人形の頬をつつこうと人差し指を近づけた。
すると、バシッ、と払われてしまう。
「おおっ」
オレは素直に驚いた。
「なんで人形が…」
「私達はその扉の番人ですよ。一応」
「久々の客人だな。困っているようだが、その扉を潜りたいのか? そのためにはオレ達のように小さくならなければならない」
わかりきったことを言われ、オレのこめかみに若干青筋が浮き上がる。
「それはわかってんだよ。簡単に言うけどな、小さくなる術なんてオレは持ち合わせてねーぞ」
「そこに小瓶があるでしょう?」
鬼鮫人形が指をさした先を目で追うと、テーブルの上に置かれてある2つの小瓶を見つけた。
先程、鍵が置かれてあった時にはなかったものなのに、いつ置かれたのだろうか。
小瓶には「私を飲んで」と「オレを飲め」の貼り紙が貼られてある。
「どちらかが小さくなる薬だ」
イタチがそう説明し、オレは「なるほど」と頷いて2つの小瓶を見つめた。
海のように青い液体が入った「私を飲んで」の小瓶と、明らかにドクロマークの煙が浮かんでいる色んな色が混ざったかのようなドロドロの液体が入った「オレを飲め」の小瓶だ。
オレは即座に青い液体が入った小瓶をつかみ取り、一気飲みする。
「迷いがまったくありませんでしたね」
「しかし、オレの作った薬は…」
2人の会話を聞きながら、オレは早くも自分の体の異変に気付いた。
部屋が小さくなってるように感じたが、オレの体がぐんぐんと大きくなっているようだ。
テーブルや棚、ベッドが押し潰れそうだ。
「「「狭い狭い狭い!!」」」
オレ達は悲鳴を上げた。
巨大化し続けるオレに、鬼鮫人形が叫ぶ。
「早く、もう片方の小瓶を!!」
躊躇している余裕はない。
オレはもう片方の小瓶を指でつまみ、一気飲みする。
小さい小瓶の中の液体はゲロまずかった。
だが、オレの体がしゅるしゅると小さくなっていく。
「死ぬ…っ」
体が小さくなっても、オレはしばらく薬の味に苦しみ、床の上で悶えていた。
後味が悪すぎる。
オレでなければ毒殺されていたかもしれない。
「失礼な」
棚からこちらを見下ろすイタチ人形が呟くように言った。
鬼鮫人形は「危うく潰されるところでした」と胸をなで下ろしている。
「それで通れるはずだ」
「ありがとなー」
オレは2人に礼を言ったあと、今は普通に見える扉を潜り抜けた。
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