逢いに逝きたくて
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赤菊はちょうど先客をもてなしたところだった。
月明かりに照らされた部屋の中、ひとり、窓の外を見つめながらため息をつき、煙管を吸って口からふうっと煙を吐きだした。
視界に映る町が己の吐いた煙に包まれて見える。
「次も客の相手か…」
少し乱れた髪を直すためにかんざしを引き抜く。
「見つけたよ」
「!」
はっと振り返ると、いつの間に入ってきたのか、遊女が背後に立って赤菊を見下ろしていた。
こんな美しい女はこの遊郭でお銀以外見たことがない。
「誰だい? ここのモンじゃないね」
警戒しながら尋ねる。
その者はふっと笑った。
「この姿じゃわからないだろうね。お銀だよ。あんたが殺した」
自分を殺した相手を前にし、お銀の声は怒りで震えていた。
「お銀…だって?」
「そのかんざしを返してもらうために、この女の体を借りてるんだよ。信じられないかい? なにを話したら信じる? あの人をとられたこと? 死んだこと? あたしを生き埋めにしたこと?」
お銀の口調がだんだん強くなる。
(い…、生き埋め…!?)
初耳だった。
その時、お銀の過去がヨルの脳裏に再生された。
飾り職人とお銀、それを恨めしそうに睨む赤菊。
飾り職人が遺した銀のかんざしと手紙を両手に涙を流すお銀。
口論をするお銀と赤菊、そして、背を向けたお銀の首を帯で絞める赤菊。
『なんであんたがこんな上等なモンもらってんだい!! 旦那は文字通りあたしの宝だ!! 欲しいと言った飾りはなんでもくれたのに…!!』
恨み事を言いながら赤菊は帯に力を入れる。
お銀は必死に抵抗し、声を出した。
『だ…から…、愛想…尽かされ…たんだろ…。あ…んた…が…、欲し…かった…のは…旦那じゃ…ない…!』
赤菊が愛していたのは、飾りだった。
お銀が髪に挿していたのは、どの飾り物よりも輝いていたのだ。
赤菊はお銀が死んだと思い、そのまま常連の客に頼んであの廃家の庭に埋めてきてもらったのだ。
しかし、その時お銀はまだ死んではいなかった。
『死にたくない。死にたくない。まだ、死にたくないよォ、旦那ァ…。あのかんざしをしたあたしを…、見てほしいんだよ…』
土の中でお銀は息も身動きもできないまま、死んだのだ。
赤菊は顔を恐怖で強張らせた。
目の前にいるのは、確かに自分が殺したはずのお銀である。
「ひっ…」
逃げようとしたが、お銀に着物の裾を踏まれ、その場にこけた。
「あうっ」
「どこへ行くんだい?」
冷たい声が部屋に響く。
「か、返すよ! だから、堪忍しておくれよォ!」
赤菊はお銀の足下にかんざしを投げつけた。
それでもお銀は裾を離さない。
冷たい目で赤菊を見下ろしたまま、かんざしを拾い上げる。
「ああ、あの人のかんざし…」
待ち焦がれていたものを両手に包み、笑みを浮かべて頬を擦り寄せる。
「これで…、許してくれるんだろ…?」
「許すわけないだろう」
赤菊は「え?」と間の抜けた顔をする。
再び冷たい目で見下ろされていた。
「あたしを殺した事実は消えない…。あんたひとりがのうのうと生きていられると…思うんじゃないよ!!」
お銀はかんざしを振り上げ、赤菊の脳天に振りおろそうとした。
「待て!!」
それを止めたのは、ヨルだった。
「邪魔をするんじゃないよ、小娘ェ!!」
お銀は振り返ると同時に怒声を上げた。
「あんた、男んとこに行きたいんだろ!? ここで台無しにすんのかよ!?」
かんざしを持った手が震えている。
「せっかく綺麗に作ってもらったのに、血で汚れたそれを見せる気か!?」
お銀ははっとし、動きを完全に止め、その場に膝をついた。
「どうせその女はあんたと同じところには逝けないさ。2度と面を拝むこともないだろ」
「そう…だねぇ…」
お銀は小さく答えたあと、立ち上がって銀のかんざしを結った髪に挿し、窓を鏡の代わりにし、己の姿を見る。
窓に映っているのは、ヨルではなく、お銀の姿だ。
「似合うかい?」
笑みを浮かべたお銀を見て、ヨルは「ああ」と答えた。
“綺麗だよ”
どこからか声が聞こえ、お銀は笑みを浮かべたまま涙を流した。
「ありがとう、旦那…。もうちょっと…、近くで見ておくれよ…」
月に伸ばしたその手は、男の大きな手につかまれた。
通路に出たヨルは、遊女の格好をしたままの飛段と角都と合流した。
ちょうど2人も赤菊の部屋に直接乗り込むつもりだったのだ。
「かんざしは?」
角都の問いに、ヨルは自分の髪に挿してあるかんざしを見せた。
「ユーレイは?」
飛段の問いに、背を向けながら答える。
「…逝った。…自力なのか他力なのわかんねえ結末だったけど、依頼完了だな」
ふと視線を障子の隙間に移すと、そこからは腰を抜かしたままの赤菊の姿が見える。
髪は乱れ、恐怖で顔を強張らせ、茫然としたままだ。
まだ怯えているようである。お銀の過去で見た時より、随分と老けているのがわかる。
「早く行こうぜ。この格好、歩きにくいしよォ」
飛段は着ている着物を煩わしそうな目で見る。
「意外に似合ってるな」
ヨルはクスクスと笑う。
角都は「このまま売り飛ばしてやろうか」とシャレにならないことを言った。
飛段はブンブンと顔を横に振る。
「冗談じゃねえよ!」
「角都、ちゃんと楽しめなかった分、飛段にサービスしてもらえばどうだ?」
笑み混じりに冗談を言うヨルを角都は睨み、「先に売り飛ばしされたいらしいな」とヨルの襟をつかんだ。
「目が本気なんですけど」
*****
町を出たヨル達はまたあの廃家に来ていた。
ヨルはお銀の過去で見た、お銀が生き埋めにされた場所を見つけ出し、その地面にかんざしを深く埋めた。
終わったあと、両手を合わせて拝む。
「オレもうユーレイとか平気かも」
その背後にいた飛段がぽそりと呟いた。
「あれが幽霊と決まったわけではないがな」
飛段とヨルは「え?」と角都に振り返る。
「この場所が特別な場所なのかもしれない。妙な気を感じる。思念が留まりやすい、脳に影響を与える、何者かの幻術…。可能性はある」
「なんだ? たまたま場所の問題だったのかァ?」
角都は「はっきりとわかったわけでもない」と飛段に答えた。
「たとえそうでも、オレ達は、願いを叶えてやれたんだ。思念であれ、幻術であれ、ただの夢であれ、ちゃんと…」
「ほら、終わりよければ全て良し、ってやつ」とヨルは2人に振り返って笑みを浮かべる。
これで一件落着かと思えば、
「あのぅ、すみません」
「「「!!」」」
旅を再開しようとした3人の前に現れたのは、みすぼらしい男だった。
お銀の時と同じように透けて見える。
「私のお願い…、聞いてもらってよろしいでしょうか?」
それから次々と同じような者達が姿を見せた。
「私も聞いてください!」
「故郷に大事なものを…」
「娑婆に残した母ちゃんの様子が気になって…」
ヨルと飛段はある意味顔を真っ青にさせた。
角都は2人の前に出て、その者達に言う。
「オレ達は貴様らの相手をしているヒマはない」
ヨルと飛段は「いいぞいいぞー」「そうだそうだー」と角都の背中に投げているが、角都は懐からなにかを取り出し、それを見た途端、2人は「え?」と体を硬直させた。
「だが…、出すものを出せば、考えてやらんこともない」
角都が取り出したのは、帳簿とそろばんである。
「「角都ゥッッ!!!」
目の前のただの亡者達よりも金の亡者である角都の方がよほど恐ろしい、と思うヨルと飛段だった。
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