逢いに逝きたくて
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
お銀の捜してほしいものは銀のかんざしだった。
都合のいいことに、先程までのどしゃぶりの雨は嘘のようにやみ、割れた曇り空からは月が覗いていた。
3人は月明かりに照らされた道を歩いていた。
いや、正確には4人である。
お銀はまだヨルの体の中にいるのだ。
「なあ、願いは叶えてやるんだからオレの体から出てけよ。人ひとり背負ってるみたいでだるいんだよ」
「馬鹿だね。あんたは一応人質なんだよ。あたしはまだ、あんた達を信用したわけじゃない。それに、誰かの体に入ってないと、あたしはあの廃家から出られないんだよ」
傍から見れば、ヨルひとりが喋っているように見える。
「で、なんであそこで幽霊になって留まってんだよ」
飛段に問われ、お銀は一度間をおいて答える。
「あの場所で、殺されたんだよ」
ヨルは「殺された?」と怪訝な顔をする。
「そうさ。…醜い女の争い起こして死んじまったのさ。女の修羅場ほど恐ろしいもんはないねぇ」
お銀はそう言って苦笑した。
「それと、銀のかんざしは関係あるのか?」
「……………」
お銀は自分のことを語り始めた。
この先の町にある遊郭の遊女で、客である飾り職人の男と出会い、恋していたと。
だが、その男は元々お銀の同期である赤菊の客だったのだ。
お気に入りの客を取られた腹いせに酷い嫌がらせを散々受けたらしい。
「その飾り職人の男はどうした?」
ヨルの問いに、お銀はうつむいて重々しく答える。
「……死んじまったよ…。出会って半年後、病でね」
それから、顔を上げ、角都と飛段を交互に見ながら強い口調で続ける。
「かんざしは旦那からもらった大事なもんなんだ。あれを見つけ出すまで、あたしはあっちに行けない。あのかんざしをつけて、旦那に会いたいんだよ。そのためにも、あんた達に協力してもらわなくちゃいけない」
聞けば、死んだ飾り職人の懐にあったものらしい。
お銀への手紙とともに添えられていたのだ。
「あのかんざしとともに、あの人の分まで生きるつもりだったのに…」
「痛っ」
意思とは反してコブシが握りしめられ、ヨルは痛みに右目をつぶった。
もう片方の目は宙を憎々しく睨んでいる。
「あたしはこの時を10年待ち続けたんだ。死んでからね」
短いものなのか長いものなのか、ヨルにはわからない年月だった。
「この金はどうした?」
角都の手には、札の入ったアタッシュケースが握られていた。
あの廃家の天井裏に隠されてあったのだ。
場所を教えたのはお銀である。
「昔、商人を脅かしたことがあってね。仰天して置いてっちまったのさ。死人のあたしにゃもう無縁のものだと思ってたけどねぇ。お金様がこんなところで役立つとは…」
「それで天国行けるのかよ」
飛段は呆れて呟いた。
そこで、目先に明かりが見えてきた。
目的の町に到着したのである。
「ああ、懐かしいねぇ」
町の明かりを見て、お銀の口元が緩んだ。
今にも泣きだすのではないかと思うくらい目が潤んでいる。
この時間は歓楽街が賑やかである。
角都達は金があっても普段はまったく立ち寄らない場所だ。
女に金など使っていられない。
しかし、今回は仕様のないことだ。
幸い、角都の手に持たれたアタッシュケースの中には活動資金も含まれている。
「……うっ」
歓楽街に近づいたヨルは思わず立ち止まった。
「どしたァ?」
飛段は振り返って尋ねる。
ヨルは顔を赤くしたまま、「いや…」と言葉を濁した。
無理もない。
ヨルの耳にとって歓楽街は騒音以上にタチが悪いのだ。
建物内の音や声もよく聞こえる。
こういう時だけ、普通の人間の耳が羨ましいと思ってしまう。
「ほら、ぼさっとしてないで」
お銀に取り憑かれているため、行きたくなくても足が勝手に動いてしまう。
「動かすなって、コラ!」
ヨルは両耳を塞ぎながら歓楽街の奥へと進むしかなかった。
歓楽街は独特な匂いも漂っているので、ヨルはその鼻を突くような匂いが好きになれなかった。
近づいてくる女たちの香水の匂いもきついもので、鼻をつまみそうになるのを耐える。
「旦那ァ、私を買っておくれよ」
「お兄さん、寄ってかない?」
角都達は、色香で誘ってくる女たちをかわしながらお銀についていく。
お銀に案内された到着した遊郭は、4階建ての豪華な外装からして名のありそうな建物だった。
出入口から客の男と遊女が出入りしている。
「変わってないねぇ」
お銀はそう呟きながら建物を見上げる。
懐かしさの中に、どこか複雑な思いがあった。
「…!」
3階の窓を見ると、お銀には見覚えのある人物が窓の外を眺めているのが見えた。
「赤菊…!」
角都と飛段は同時に見上げ、お銀の視線を追った。
そこには、真っ赤な着物を身に纏った美しい女がいた。
あの女がお銀を殺した女なのだ。
あれから10年の歳月が流れたというのに、あまり老けてはいなかった。
お銀には、化粧でうまく誤魔化しているように見える。
ヨルは自分の中で渦巻くお銀の殺意を感じた。
自分の体を使って今にも切りかかるのではないかと思うくらいだ。
「もしかして、あれが例のかんざしか?」
赤菊の結われた髪には、銀色に輝くかんざしが光っていた。
ここからでもその輝きがわかるくらいの見事な出来だ。
死んだ飾り職人はよほど腕の立つ職人だったのだろう。
「やっぱり、あの女が持ってたのかい…!」
お銀は殺意を纏わせた瞳を赤菊に向け、遊郭に近づこうとする。
「おい、落ち着けって」
飛段はお銀(ヨル)の肩をつかんで止める。
お銀はキッと飛段を睨みつけ、肩に置かれたその手を力強くつかんだ。
「邪魔をするんじゃないよ」
「いや、邪魔だ」
そう言ったのは角都だ。
お銀は「なんだって!?」と角都に振り返った。
「依頼人は黙ってかんざしが返ってくるのを待っていろ。ここからはオレひとりが動く」
それを聞いて飛段は声を上げる。
「ハァ!? 「オレひとり」ってなんだよ!」
「貴様らの分まで払うと金が大幅に減る。オレが遊郭に行き、赤菊という女と接触し、かんざしを取り返す。簡単な手順だ。飛段、貴様はヨルとともにその女のお守りをしていろ」
角都はヨルと飛段に背を向け、アタッシュケースを片手に遊郭の出入口をくぐる。
「いらっしゃいませ」と愛想のいい遊女が出迎えるのが見えた。
飛段とお銀はそれを不満げに眺めるしかなかった。
*****
遊郭の傍にある路地裏で、飛段達は角都が返ってくるまで待機することにした。
壁に背をもたせかけ、股を開いてしゃがんでいる飛段の苛立ちは収まらない。
「なにが「お守りをしてろ」だ。自分が遊郭行きたいだけじゃねーか、あのエロジジイ」
傍に転がっていた空き缶を路地裏の出入口に向かって投げる。
カンカラカン、とどこか心地のいい音が路地裏に響いた。
お銀はその隣で三角座りをしながら、そんな飛段の様子を眺めている。
ふと、口元に笑みが浮かんだ。
「…行きたいかい?」
「待ってろって言われてんだ。行けるわけねーだろ」
飛段は口を尖らせ、目の前の宙を睨みながら言った。
「そうかい。…まったく、薄情な旦那だねぇ。カワイイ坊やをこんなところに待たせて、自分はあたしを殺した女と夜の営み…」
憐れむような言い方はどこかわざとらしい。
それを聞いた飛段はピクリと反応する。
お銀は釣り糸に魚がかかったような感覚を覚えた。
「なに企んでんだよ」
黙って聞いていたヨルは明らかに怪訝そうな口調で尋ねた。
お銀は「人聞き悪いね」と一笑する。
(あたしはここで大人しくしてるつもりはないんでね)
それはヨルにしか聞こえない。
「おまえ…」
ヨルの言葉を遮るようにお銀は飛段に言う。
「こんな扱いはあんまりだねぇ。あたしは遊郭の裏口を知ってるし、いい案も思いついてるんだけど、あんたがそう言うなら…」
飛段は立ち上がり、お銀を見下ろした。
「…言ってみろよ。ついでに、いい案ってのも聞きてえなァ」
「飛段!」
ヨルはわかりやすいほどやる気になっている飛段に怒鳴るが、すぐにお銀が邪魔する。
「そうこなくっちゃねぇ」
(この悪女!!)
ヨルはお銀に聞こえるように内心で罵声を上げた。
口は動かせるが、行動の決定権はお銀にある。だから、ヨルはお銀の行動を抑えることはできない。
最初は踏みとどまっていたが、あっけなく力負けしてしまった。
抑制係の飛段はすっかりお銀の口車にのってしまったので、お銀を押さえつけようともしない。
ヨルの体を借りてお銀は飛段を遊廓の裏口へと案内した。
忍び込むのは扉からではない。
「昔と変わってなけりゃ…」
お銀は窓の横枠を両手でつかみ、ガタガタと揺らしてスライドさせる。
窓は軋んだ音を立てて開いた。
飛段は「おお」と小さく声を上げる。
「この窓は鍵が壊れてるからね」
やんちゃな子供のように笑い、そこから中へと忍びこむ。
飛段もそれに続こうとしたが、大鎌が途中で引っかかり、先に大鎌を入れてから入った。
それから、お銀を先頭に、行燈が並ぶ畳の通路を進んでいくが、人がいるため他の部屋や曲がり角にいちいち隠れてなくてはならない。
これでは角都のいる3階へはいつまで経ってもたどり着かないだろう。
「坊や、忍なら姿を消す術くらい使えないのかい」
お銀は曲がり角からその先にある階段を窺いながら飛段に言った。
飛段は不機嫌に答える。
「そんな便利な術、残念ながら持ち合わせてねーよ。誰が坊やだコラ」
「オレの“闇染”なら気付かれることなく侵入できるが、今、この体はあんたがとり憑いてる。それに、あんたがオレの体から出たとしても、オレ一人の姿しか隠せない」
それを聞いたお銀はため息をつく。
「まったく、使えな……」
飛段に振り返ったとき、ふとその顔を見て言葉を切った。
「な…、なんだよ…」
飛段は思わず一歩あとずさる。
お銀はまじまじと飛段の顔を見つめたあと、ヨルの顔に触れた。
「?」
「……これは使えるね」
お銀は悪女の笑みを浮かべた。
ヨルは慣れない口元の動きに違和感を覚えながら、同時に嫌な予感を覚える。
*****
その頃、角都は遊女達に囲まれ、優雅な時を過ごしていた。
「旦那ァ、もっと飲んで飲んで」
「赤菊ねえさんと遊んだら、次はあたしと…」
「あたしとォ」
目当ての赤菊は別の客の相手をしていた。
終わるまでこうして待っているのだ。
正直、纏わりついてくる遊女達にイラついていた。
酒を飲んでそれに耐える。
「オレ達は寒空の下でずっと待ってたってのに、てめーはあったかな遊郭でお遊びってどういうことだァ!!?」
マジギレする飛段が頭に浮かんだ。
(さっさと接触してさっさと引き上げるつもりだったというのに、待たされるとは…)
おちょこの酒をまた一口飲む。
「失礼します」
障子の向こうから声が聞こえ、障子が引かれる。そこには銀髪の遊女がいた。
(飛段みたいな奴だな)
遊女は恥ずかしげに顔を上げる。
「お…、おひだと申しやす…」
本人だ。
化粧までばっちりである。
ぶっ!!
「ゲホッ、ゴホッ」
角都は口に含んだ酒を噴き出し、噎せた。
「だ、旦那!?」
「大丈夫かい!?」
遊女達は何事かとおろおろする。
角都はすぐに立ち上がり、大きな足音を鳴らしながら飛段に近づいてその首に腕をかけた。
「ぐえ」
「すまない。厠はどこだ。そうか教えてくれるか、すまないな」
流れるように通路に出て背後の障子を閉める。
それから向かい側の使用されていない部屋へと入り、畳へと放った。
飛段は尻餅をつき、痛みに顔をしかめる。
「どういうつもりだ?」
角都は抑制係であったはずの飛段の胸倉をつかんだ。
着物からのぞいている生脚を見ないようにししている。
「ひとりだけお楽しみはズリィぜ、角都」
飛段は開き直って睨み返した。
「このふざけた格好はなんだ?」
とても似合っている。
最初は一目で飛段であると気づかなかったくらいだ。
「こういう格好しないと、忍びこめなかったんだよ」
お銀は飛段を連れて衣装部屋へ行き、遊女の服を着て化粧までしたのだ。
飛段もヨルも最初は嫌だ嫌だと抵抗したが、結局お銀の案にのってしまった。
飛段はそのことを説明すると、角都は低い声で尋ねた。
「それで、貴様を唆した張本人はヨルの体でどこへ行った?」
.