逢いに逝きたくて
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旅の途中でヨル達はどしゃぶりの雨に触れられた。
もう少しで町に到着して宿に泊まるはずだったのに、角都は急遽予定を変更し、一度通過した廃屋に戻るために踵を返した。
不満な顔をしながらヨルと飛段もそれについていく。
中に駆け込んだ2階建ての大きな廃屋は、壁は崩れ、床にはホコリや壁の瓦礫が積もっていた。
雨漏りと冷たい風が容赦なく入ってくる。
「マジでここで野宿すんのかよ! 外とそんな変わらねえだろ! 濡れネズミになってでも町に行って宿に泊まったほうがいいじゃねえか!」
飛段は脱いだ外套を絞りながら角都に向かって喚いた。
ヨルもその隣で外套に染み込んだ雨水を絞っている。
「嫌なら出て行け」
角都は口布と頭巾を外してそれを絞りながら冷たく言った。
「出てけって…っ」
飛段が言い返す前に角都はさっさとエントランスの端にある階段をのぼっていってしまう。
「外で野宿よりよっぽどマシだと思うけどな」
ヨルはそう言って脱いだ外套を脇に抱え、階段へと向かう。
飛段は口を尖らせながらその後ろをついていく。
「こういう薄気味悪ィとこ、怖くねえのか?」
飛段がここを嫌がる理由はそれも含まれている。
外装からしていかにもな場所なのだ。
ヨルは前を見、階段をのぼりながら答える。
「あのなァ、誰もいねー薄気味悪い里でずっとひとりで過ごしたんだぞ。今はおまえも角都もいるんだし、怖いわけねーだろ」
飛段は「それもそうか」と納得した。
そして、「それはそれでヨルは凄い」と内心で思う。
「なにが出るってんだ」
「……幽霊とか?」
それを聞いたヨルは、この間泊まった宿のテレビで見たホラー番組のことを思い出した。
心霊現象の特集のようなものをやっていた。
「…あんなもん、100年以上生きてて一度も見たことねえよ」
くだらなくなって途中で番組を切り替えたことも思い出す。
2階の廊下を渡り、ある一室の扉の前で止まって飛段に顔を向けて言う。
「ブチ切れた角都の方がよっぽど怖ェっての」
「それもそうだな」
同感した飛段は苦笑する。
その時、
ペタペタ…
「!」
裸足で床を歩くような音が聞こえ、はっとした飛段は右の廊下に振り返った。
奥から聞こえた気がしたが、そこには薄暗い廊下しかない。
「…?」
気のせいか、と首を傾げる。
「どうした?」
飛段の様子を気にかけたヨルに声をかけられ、飛段はヨルに顔を向けて返す。
「いや…、なんでも…」
ペタペタぺタ!
「!!」
明らかに走ってこちらに近づいた音だ。
飛段は表情を強張らせ、体を硬直させた。
「飛段? なんだおまえ、変だぞ」
ヨルは怪訝な顔をして首を傾げる。
「だ、だってよォ…」
そこで飛段ははっとする。
(ちょっと待て。ヨルに聞こえないっておかしくね?)
ヨルの耳は普通の人間よりもはるかに機能が発達しているため、集中しなくても遠くの虫の羽音でも聞きとれるのだ。
こんな近場から聞こえた音を聞きとれないわけがない。
「? …おまえの部屋、右な。角都は左の部屋で寝てるから」
現に、角都の寝息を聞きとっている。
ヨルは「それじゃ」とノブを開け、部屋に入っていく。
「あ、おい…」
飛段は声をかけたが、扉は閉められた。
「……………」
飛段の頬を冷や汗が伝った。
部屋の中はエントランスホールほど崩れてはいなかった。
窓ガラスは割れ、多少の雨風が侵入していたが範囲の広いものではない。
ヨルは雨風の当たらない部屋の奥の隅へと移動し、座って壁に背をもたせかける。
目を閉じ、ふと先程の飛段の言動を思い出した。
今思えば、ひとりになるのが怖かっただけなのか、と考える。
「ガキめ…」
ならばこの部屋に呼んでやろうと立ち上がったとき、
「!!」
中途半端に割れた窓のガラスに人影が映った気がし、はっとその方向に振り返った。
だが、そこには己の顔しか映っていない。
「……………」
(あいつが幽霊の話持ち出すから、オレまで…)
眉を寄せ、窓ガラスに映る己を睨みつける。
影響を受けてしまったことが腹立たしいのだ。
窓ガラスに背を向けたとき、
「…!」
ヨルは動きを止めた。
背後から頬を撫でられた感触があったからだ。
手を動かし、己の頬に触れると、わずかに粘り気のある水滴が張り付いていた。
ドンドンドン!!
「!!!」
いきなり扉がノックされ、ヨルは跳ねるようにビクッと体を震わせた。
思わず「ひっ」という声が出そうになる。
「ヨル―――!!」
扉越しの聞きなれた声を聞き、呑んだままの息を吐きだした。
それからぎこちない動きで扉に近づき、扉を開ける。
そこには恐ろしい敵に追い詰められたかのような顔をした飛段がいた。
「ひ…、飛段…、どうした?」
ヨルは冷静を装うとしたが、声が震えている。
「さっき部屋の窓に…、うわっ、おまえ顔青っ!!」
ヨルの顔を見た飛段はぎょっとして一歩あとずさった。
「ひ…、貧血だ…」
どんな顔をしているのか気になったが、今は鏡の類を見る気にはなれない。
「まさか、さっきのに…」
「さっきって?」
「オレの部屋の窓に、女の人影が通過して…」
その時のことを思い出したのか、飛段の顔から血の気が引いていく。
「……………」
ヨルは先程チラリと見えた人影はそれではないのかと考えた。
「じゃあ…、さっき触れたのって…」
呟き、再び己の頬に触れる。
「ちょ…、なにに触れたんだよ(汗)」
「……………」
ヨルは「幽霊に触られた」と言いたくないのだ。
さっきまで、「いない」と言ったのに、あっさりと口にするのはどうか。
「いや…、幽霊とかそんなんじゃなくて…」
いい理由がないかと考えながら話そうとしたとき、
「ちょっと、“そんなん”とは酷くないかい?」
ぼんやりとした声が聞こえ、ヨルと飛段はほぼ同時に声が聞こえた右の方向に顔を向ける。
そこには、高価な着物を着た美しい女が立っていた。
ただし、その体は明らかに透けて見える。
2人と目が合うと、女は微笑んだ。
2人は顔を見合わせ、ヨルは女に指をさして飛段に問う。
「これと遭遇した場合、人間はどうするんだ?」
「とりあえず、叫ぶ」
「なるほど」
2人は再び女に振り向き、息を吸い込み、
「「ギャアアアアアァァァ!!!」」
叫びとともに吐きだした。
そのまま角都の部屋に避難しようとした2人だが、
「あ、ちょいとお待ち!」
女は手を伸ばし、ヨルの右足首をつかんだ。
こける前に受け身をとったヨルはその冷たい手の感触に冷や汗を流した。
「飛段!! とってくれェ!!」
「ムリムリムリムリィ!!」
飛段はヨルを置いて逃げる。
「あ!! この薄情…」
バキッ!
その時、通路の床が抜けてしまった。
「うそおおおお!!?」
ヨルはそのまま女とともに1階の通路へと落ちてしまう。
「ヨル―――!!」
飛段は慌てて戻り、抜けた床穴を覗きこんだが、暗くて下の様子が窺えない。
すぐに角都の部屋の前へと走り、コブシで扉を連打する。
ドドドドド!!
「うるさい」
扉越しから声が聞こえたかと思えば、
ゴッ!!
「ぶっ!?」
飛段は扉ごと吹っ飛ばされた。
そのまま後ろの壁に背中を打ち、床に倒れる。
「ノックも静かにできないのか」
部屋から角都が出てくる。
頭巾と外套は乾かしているのか脱いだままだった。
ようやく眠れたところを飛段に起こされ、機嫌が悪そうだ。
なにか言い返そうと飛段は口を開いたが、ヨルのことを思い出し、慌てて伝える。
「角都! ヨルが幽霊に連れてかれた!」
「……貴様のくだらん夢の話を聞くために起こされたのか、オレは」
角都は殺意の目で飛段を見下ろし、右腕を硬化させる。
「違うって! 超マジな話だって!」
それでも角都は信じない。
それでも飛段は諦めずに説明する。
「女の幽霊がオレらの前に現れて、逃げたらヨルが足首つかまれて床に引き摺り込まれて…」
正確には、引き摺り込まれたのではなく落ちたのである。
女はそれを追いかけただけだ。
「ほら、あの穴」と飛段はヨルの落ちた床穴を指さす。
角都はそちらに視線を移し、「馬鹿が」と呟いた。
「ヨルもおまえも、いい加減にしろ」
これ以上は付き合ってられんと言いたげに角都は部屋に戻ろうとする。
「なあっ、信じろよ、角都よォ!」
「くどい」
縋りついてくる飛段を引き剥がそうとしたとき、
「「!」」
通路の向こうからヨルの姿が見えた。
ヨルはゆっくりとした足どりでこちらに近づいてくる。
「ヨル!」
「……………」
飛段が声を上げるが、ヨルは無反応である。
角都は走り寄ろうとする飛段の、外套の襟をつかんで止めた。
「…ヨルか?」
ヨルの目付きが鋭くなる。
角都は問いかける。
「何者だ?」
ようやくヨルは口を開く。
「あたし? あたしは、お銀」
妖しい笑みを浮かべたその顔は、ヨルのものではなかった。
「さ、さっきの幽霊!? ヨルに取り憑いたのか!?」
「“幽霊”だの、“取り憑く”だの。そういう言い方は幾年経っても好きにはなれないねぇ」
お銀はヨルの体を借りてやれやれとした仕草をする。
「なにが目的だ?」
角都の問いに、お銀は待ってましたとばかりに即座に言う。
「旦那達に、お願いがあってねぇ」
人にものを頼む態度ではない。
「願いって?」
飛段に問われ、答える。
「この先の町にある遊郭で、大切なものをなくしちまってね。それを見つけ出してほしいのさ」
「断ればどうする?」
角都の質問をお銀は鼻で笑う。
「はっ。決まってんだろ。この女は人質なんだよ? 逆らえば、この女の体で死んでやる」
角都はあっさりと言う。
「好きにしろ」
お銀と飛段は仰天した。
「「そんなあっさり!?」」
「ちょいと旦那! あんたの連れだろ!? そんな簡単に見捨てんのかい!?」
「ああ。…話は済んだか? オレはもうひと眠りさせてもらうぞ。今度騒いだら殺す」
角都は部屋に戻っていこうと背を向け、お銀は「ふざけるな」と言おうと口を開いた。
「ふ…」
「ふざけんな角都!!」
口から飛び出したのは、ヨルの言葉だった。
「ヨルか!?」
飛段はびっくりして尋ねた。
ヨルは無視して角都に突っかかる。
「オレよりもてめーの眠気優先かよ! 黙ってきいてりゃ…、オレが簡単にとり憑かれたとでも思ったか!!」
「大人しくしてな! 今こっちの話してんだろ!」
「こっちの話が優先だ! 悪霊こそ黙ってろ! これはオレの体だ!」
ひとりの体に2人の人間が言い争いを始めた。
見兼ねた飛段は声をかける。
「オイオイ、体ひとつしかねーんだし…」
「黙ってろ!!」「黙りな!!」
お銀とヨルは同時に言い、言い争いを再開する。
飛段は幽霊に対しての恐怖心は完全になくなり、このまま角都と同じく部屋に戻って寝てしまおうかと考えた。
「わかったよ! 頑固な旦那だねぇ! 見つけてくれたら礼ぐらいするわよ!」
目的を思い出したお銀は角都に向かって声を上げた。
角都の足がピタリと止まり、こちらに振り返る。
「現金で頼むぞ」
それを聞いたヨルの血管がブチッとキレた。
「結局てめーは金かっ!! てめーこそ金の亡者だああああ!!」
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