01:闇から醒めて
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本当は入る気なんてまったくなかった。
食事ができればどうでもよかった。
昔、ここに迷い込んできた奴に、「私のもとで兵士として働いてくれるなら、望むものはなんでも与えてやる」と言われたことがある。
オレはその誘いを一笑してやり、「望みは、テメーの血だ」と言って血を全て吸いつくしてやったがな。
誰の願いも叶えてやる気はないし、叶えてもらう気もない。
ここにいても、好奇心や迷い込んでやってくる人間はいくらでもいる。
オレは楽しんでそれを狩る。
人間に出会えなくても、近くの森にいる獣の血で食欲を満たしていた。
人間には及ばないが、啜れないだけマシだと思っていた。
オレは時間に置いていかれてるから、と普通の人間と関わらないようにしていた。
情が移る前に、エサとして食べてきた。
そこに現れたのが、自分と同じ、人を超えた存在だった。
角都という男はわからないが、飛段という男は不死身で、いくら血を啜っても死にはしない。
それに、血も美味いときた。
逃すわけにはいかない。
だったら、オレはついていこう。
この里には、もうオレしかいないのだから、止める者もいない。
こいつらについていけば、新鮮な血が飲み放題だ。
剣で貫かれたとき、痛みとともにそんな案が思い浮かんだ。
我ながら性格が悪いな、と内心で苦笑する。
それに、これ以上戦いを長引かせるのも面倒だった。
死なない相手と殺し合いを続けても、血を消費して不利になるだけだ。
角都という男も見るからに手強そうだったし。
もしかしたら、飛段より強いのかもしれない。
仲間ごとオレを殺そうとした冷酷さもある。
いくら相方が死なないからって。
「飛段に劣らずワガママな奴だな」
角都は呆れながら言った。
「オレがいつワガママ言ったよ!?」
怒鳴り声を上げる飛段の傷口を見ると、塞がりかけていることが確認できた。
再生能力もあるのか。
敵だと本当に面倒臭い相手だ。
「ダメか?」
オレが聞くと、オレの目をじっと見つめたあと、角都は「妙な動きをしたら殺す」と脅したあと、牢屋から出てきた。
あとから飛段も出てくる。
「オイオイ、角都。信用していいのかよ」
先程まで戦っていたのだから、信じろ、と言う方が難しいはずだ。
「死なねえ相手に不意打ち食らわせても意味ねえだろ」
オレがそう言ったあと、「あ、そっかァ」と飛段は納得の声を出した。
「信用できるかー!」と喚くかと思っていたのに、見た目に反してガキ並みの単純さだ。
オレ達は地上へと続く、薄暗い階段を上がっていく。
角都が先頭で、飛段が真ん中、オレは後ろを歩いていた。
「本当に、貴様は仲間の居場所を知らないのか?」
角都に聞かれ、オレはぶっきらぼうに答える。
「だから、知らねえって。2人は50年以上前に出ていったし、もう1人も、あとを追うように出ていっちまったよ」
その時のことを思い出し、胸が痛くなった。
先の2人はともかく、もう1人とは後味の悪い別れになってしまったのだから。
「名前はァ?」
今度は飛段が質問してきたので、少し間を空けてから答える。
「…出て行った順で、光陽ヒル、日暮ユウ、火之出アサ…」
そこで飛段は手をヒラヒラとさせた。
「違う違う。テメーの名前だって」
「……オレの?」
そう言えば、まだ名乗っていなかった。
もう随分と、誰からも呼ばれていなかった名前だ。
忘れかけていたことに気付いた。
頭の中で消えかけていた名前を慌てて引っ張り出し、口にする。
「…ヨル」
そうだ、オレの名前は、ヨル。
オレ達朱族を生みだした、あの人がつけてくれた名前だ。
「早く出ろ」
角都の声に顔をはっと上げる。
気がつけば、隠し扉を通過し、民家の出入り口まで来ていた。
あとは扉を抜ければいいだけ。
それだけなのに、躊躇してしまう。
「……………」
「どうしたァ?」
飛段が首を傾げた。
角都も怪訝な目でこちらを見つめている。
外は朝日が昇っていた。
オレは外に出るのが怖いんじゃない。
光の下に出るのが怖い。
朱族という自分が生まれた時からそうだ。
日の出ているうちは眠り続け、夜に起きて行動するのが習慣だった。
他の朱族が出て行ったあとも、同じだった。
光が怖い。
「ほら、行けよ」
不意に、ドン、と飛段に背中を押され、前に倒れないように右脚を出したと同時に出入り口を出てしまう。
あたたかいものに包まれた気がした。
それが太陽の光の熱だと理解する。
「行くぞ」
先に出ていた角都が歩きだした。
飛段は「あー、腹減ったぁ…」と角都の横を歩く。
「おーい、ヨル―――」
肩越しに呼ぶ飛段に、茫然としていたオレははっとし、置いて行かれないように2人のあとを追いかけた。
ずっといた民家を振り返らずに、オレは2人についていく。
振り返ったら、戻りたくなる気がしたからだ。
角都は黙ったままで、反対に、飛段はベラベラとくだらないことを喋り始める。
その騒がしさに耳を傾けながら、ふと気付いた。
孤独な夢は終わった、と。
.To be continued