01:闇から醒めて
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鬼としては、本当は誘いに乗る気などまったくなく、食事ができればどうでもよかった。
昔、この里に迷い込んで戦った相手に、『私のもとで兵士として働いてくれるなら、望むものはなんでも与えてやる』と言われたことがある。
鬼はその誘いを一笑してやり、「望みは、テメーの血だ」と言って血を全て吸いつくした。
誰の願いも叶える気もなければ、叶えてもらう気もない。
ここにいても、好奇心や迷い込んでやってくる人間はいくらでもいる。
鬼は楽しんでそれを狩る。
人間に出会えなくても、近くの森にいる獣の血で食欲を満たしていた。
人間には及ばないが、啜れないだけマシだと思っていた。
時間に置いていかれてるから、と普通の人間と関わらないようにしていた。
情が移る前に、エサとして食べてきた。
そこに現れたのが、自分と同じ、人を超えた存在だった。
鬼にとって角都という男はわからないが、飛段という男は不死身で、いくら血を啜っても死にはしない。
それに、血も美味いときた。
逃すわけにはいかない。だからついていく。新鮮な血が飲み放題だ。
夢魔で貫かれた時、痛みとともにそんな案が思い浮かんだ。
鬼の動機はシンプルだった。
鬼隠れの里には、もうひとりしかいないのだから、止める者もいない。
鬼は、我ながら性格が悪いな、と内心で苦笑する。
それに、これ以上戦いを長引かせるのも面倒だった。
死なない相手と殺し合いを続けても、血を消費して不利になるだけである。
角都という男も見るからに手強そうで、もしかしたら、飛段より強いのかもしれない。
いくら相方が死なないからといって、仲間ごと鬼を殺そうとした冷酷さもある。
「飛段に劣らずワガママな奴だな」
角都は呆れながら言った。
「オレがいつワガママ言ったよ!?」
怒鳴り声を上げる飛段の傷口を見ると、塞がりかけていることが確認できた。
冷静に観察しながら鬼は思考する。
(再生能力もあるのか。敵だと本当に面倒臭い相手だ)
「ダメか?」
鬼が聞くと、角都は鬼の敵意のない瞳をじっと見つめたあと、「妙な動きをしたら殺す」と脅し、牢屋から出てきた。
あとから飛段も出る。
鬼は少し拍子抜けした。
「オイオイ、角都。信用していいのかよ」
「死なねえ相手に不意打ち食らわせても意味ねえだろ」
鬼がそう言ったあと、「あ、そっかァ」と飛段は納得の声を出した。
鬼は、拍子抜けを通り越して呆れてしまう。
「信用できるかー!」と喚くかと思っていたのに、見た目に反して子ども並みの単純さだ。
角都、飛段、鬼は地上へと続く、薄暗い階段を上がった。
角都が先頭で、飛段が真ん中、鬼は後ろを歩く。
「本当に、貴様は仲間の居場所を知らないのか?」
角都に肩越しに尋ねられ、鬼はぶっきらぼうに答える。
「だから、知らねえって。2人は50年以上前に出ていったし、もう1人も、あとを追うように出ていっちまったよ」
鬼は、その時のことを思い出し、胸が痛くなった。
先の2人はともかく、もう1人とは後味の悪い別れになってしまったのだから。
「名前はァ?」
今度は飛段が質問してきたので、鬼は少し間を空けてから答える。
「…出て行った順で、ヒル、ユウ、アサ…」
そこで飛段は手をヒラヒラとさせた。
「違う違う。テメーの名前だって」
「……オレの?」
そう言えば、まだ名乗っていなかったことを思い出す。
もう随分と、誰からも呼ばれていなかった名前だ。
忘れかけていたことに気付いた。
頭の中で消えかけていた名前を慌てて引っ張り出し、口にする。
「…ヨル」
(そうだ、オレの名前は、ヨル。……オレ達朱族を生みだした、あの人がつけてくれた名前だ…)
「早く出ろ」
角都の声に顔をはっと上げる。
気がつけば、隠し扉を通過し、民家の出入り口まで来ていた。
あとは扉を抜ければいいだけ。
それだけなのに、躊躇してしまう。
「……………」
「どうしたァ?」
飛段が首を傾げた。
角都も怪訝な目でこちらを見つめている。
外は朝日が昇っていた。
外に出るのが怖いわけではなく、光の下に出るのが怖いのだ。
朱族という自分が生まれた時からそうだ。
日の出ているうちは眠り続け、夜に起きて行動するのが習慣だった。
他の朱族が出て行ったあとも、同じだった。
光が怖い。
「ほら、行けよ」
不意に、ドン、と飛段に背中を押され、前に倒れないように右脚を出したと同時に出入り口を出てしまう。
あたたかいものに包まれた気がした。
それが太陽の光の熱だと理解する。
「行くぞ」
先に出ていた角都が歩きだした。
飛段は「あー、腹減ったぁ…」と角都の横を歩く。
「おーい、ヨル―――」
肩越しに呼ぶ飛段に、茫然としていたヨルははっとし、置いて行かれないように2人のあとを追いかけた。
ずっといた民家を振り返らずに、ヨルは2人についていく。
振り返ったら、戻りたくなる気がしたからだ。
角都は黙ったままで、反対に、飛段はベラベラとくだらないことを喋り始める。
その騒がしさに耳を傾けながら、ふと気付いた。
孤独な夢は終わった、と。
.To be continued