21:永遠の意
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その夜、オレ達は山中にある温泉宿に泊まっていた。
オレは今、湯気の立つ露天風呂という温泉に肩まで浸かっていた。
頬はほのかに染まり、汗が疲れとともに頬を伝っていくのを感じる。
溶けるのではないかというくらい気持ちがいいので、うっかり頭の上にある手ぬぐいを湯に落としそうになる。
ずれたそれを直していたとき、柵の向こうから男のはしゃぎ声が聞こえた。
「久々の温泉だぜェ♪」
飛段の声と同時に水飛沫が飛ぶ音が聞こえた。
飛びこむように入ったのだろう。
タオルを巻いている可能性は低い。
「飛段、騒ぐな」
あとから聞こえたのは角都の声だ。
あの傷の体はタオルかなにかで隠しているのだろうか。
「それにしても、ケチなおまえがやけに太っ腹じゃねーか。ん? やっぱ賞金首大量狩りしたからかァ?」
ばた足でもしているのだろうか。
バシャバシャと水の跳ねる音がする。
それにしてもゆったりと過ごしている時に物騒な話をするものだ。
「黙れ飛段」
「んだよォ、9人も殺したんだぜ。オレのおかげだろ?」
いよいよオレは柵越しに口を挟む。
「おまえが殺ったのは8人だろ。ひとり多いぞ」
「なんだヨル、いたならさっさと声かけろよ。つうか、てめーは何人殺ったんだよ?」
「9」
「ウソつけ! ボケたかよババア。ひとりミスってたっつの!」
飛段は「それを自分が狩ってやったんだぜ」と言い張る。
オレは「それこそ嘘だろ」と言い返した。
売り言葉に買い言葉。
角都が教えてくれたことわざだ。
オレと飛段はそれの繰り返しだ。
2年前となにひとつ変わっちゃいない。
あれから2年。
まだ、2年しか経過していない。
角都と飛段と出会ってから、随分な時が経ったと感じさせられたのに。
独りと、誰かと過ごす時間の流れに驚かされる。
たまに、これは独りのオレが見ている夢ではないかと錯覚しそうになる。
そう思うたび、わざと飛段と喧嘩を始めて蹴り合いをしたり、角都を怒らせて殴られたり、そうすることで痛みを覚え、己を認識し、夢でないことを実感する。
つまり、夢であってほしくないのだ、2人には絶対言わないが。
はっきり言って気持ち悪い。
痛みを求めるのは飛段だけで十分だ。
ゴッ!
「あだぁ!?;」
飛段と言い合いをしているとき、柵の方から桶が飛んできてオレの顔面にヒットした。
同時に向こう側からも同じ音が聞こえた。
「黙れ」
角都が投げたのだと悟った。
柵越しなのによく当てられたな。
飛段は直にぶつけられたのだろう。
「長ェうえにでけーモンぶらさげてんのに、心小さくねェ?」と飛段の嘆きの声が聞こえた気がした。
脱力したオレはぷかぷかとその場に仰向けに浮かぶ。
目の端には、露天風呂に続く扉からこちらを覗く女達が映った。
怒っているわけではなさそうだが、こちらを見る視線がなぜか恐ろしい。
オレが女だとわかっているのだろうか。
男湯の方も飛段と角都しかいないようだ。
飛段が泳いでる音が聞こえる。
オレはそのままぷかぷかと空を見上げて浮かんだ。
真上の闇には無数の星が見える。
オレはしばらくその中を漂う気分を味わった。
明日も明後日もその次もずっと角都と飛段の傍を歩き続ける。
その日々はこの星の数より多いのかもしれない。
そして、オレの記憶も…。
ひとつひとつ、星を創っていくのだろう。
いい湯に浸かったあとはメシだ。
ここが山中でよかった。
夜中に動きまわる獲物が狩り放題だ。
今回のバイトはほとんどが賞金首ばっかだったから、角都に「血を啜るな」と前もって言われていた。
完全に失血した死体は本物かどうか疑われるらしい。
ほんの少しでも飲ませてくれればよかったものを。
思い出して腹を立てながら、オレは耳を澄まして獲物を探す。
2年前、ヒルが死に、月代を角都が少しの間世話になった村に任せたあとから、オレは角都と飛段の血を飲んでいない。
飛段は不死身だから失血しても死ぬことはないが、それでもオレは奴の体に歯を突き立てるどころか、出血した少量の血を一滴舐めることなく、他の人間の血や獣の血などを啜りながらこの2年を過ごしてきた。
本人に聞かれた時は「飲み飽きた」と答えておいたが、別に飽きたわけでも食欲が失せたわけでもない。
今でも奴が儀式の時にダラダラと無駄に流す血を見るだけで地に這いつくばってでも舐めとりたい衝動にかられる時もある。
角都と飛段の血は、他の人間より美味だからだ。
昔、オレが2人にやった真血が2人の体に馴染み、特別な体と特別な血液を生んだのだと考えている。
オレは「もう飲まない」わけじゃなく、「もう飲みたくない」。
2人を変えたのはオレだ。
角都は「恨んでいない」と言ってくれたし、飛段はオレが真血をやったことをまだ知らない。
それでも、オレの罪悪感でできるのは、今はこれくらいしかないのだ。
オレは音でカモシカを見つけ、苦しまないように頸動脈に噛みついて即死させ、その血を啜った。
里にいた頃もほとんど獣を狩って血を啜って過ごしていたが、やはり人間と違って味にクセがある。
血臭があがる死体を見下ろし、口端からこぼれた血を手の甲で拭う。
今夜の獲物はこれくらいか。
「!」
その時、オレは背後から足音を聞きとり、背中から生やした夢魔をつかみ、振り返ると同時に夢魔も振るった。
ギイン!
刃物同士がぶつかり、金属音が真っ暗な山中に響いた。
「オレだよ、バーカァ」
目の前には眉をひそめ薄笑みを浮かべた飛段の顔があった。
オレの夢魔にぶつかったのは飛段の三連鎌の刃だ。
カモシカの血の匂いのせいで飛段の匂いまではわからなかった。
遅いから迎えに来てくれたようだが、それでもオレは夢魔を引っ込めない。
その姿に飛段は怪訝な顔を浮かべる。
オレは隣の茂みを横目で見、質問した。
「なら、残りの2人分の足音はなんだ?」
「あ?」
同時に背後からなにかが飛び出してきた。
同じく飛段の背後からも。
「「!!」」
オレと飛段はさっとほぼ同時に背を合わせ、得物で弾こうと構える。
暗闇でわずかに形が見える。
それを見たオレは息を呑んだ。
鳥…!?
嫌でもオレの脳裏にあの女の顔がよぎる。
「まさか…」
右手の夢魔の柄を力強く握りしめ、歯を噛みしめて勢いよく振るった。
飛段も三連鎌を振るう。
「喝!!」
茂みの向こうで聞き覚えのある声が聞こえた。
ドン!
「な!?」
「ぐ!」
同時に、目の前の鳥がいきなり小さく爆破した。
その衝撃に吹っ飛ばされたが、オレと飛段は倒れる前に地に手と足をついて体勢を保った。
「チッ。耳が…」
「おい、今のってよォ…」
飛段が呟いたとき、オレと飛段の背後からなにかが伸びてきた。
爆音で耳鳴りに苦しんでいたため、それに一瞬気付けなかった。
「「!?」」
オレと飛段はまとめてそれに胴体を縛られてしまう。
だが、オレは焦らなかった。
飛段も角都のようにため息をついている。
「…おい、気は済んだかよ」
オレは背後の茂みにいる奴に声をかけた。
足音らしくない足音を立てて出てきたのは、ヒルコに入ったサソリだった。
その後ろにはデイダラもいる。
「やっぱおまえらか…。コラ、サソリ、早く解けよォ」
「なんだおまえら、喧嘩してたんじゃなかったのか? うん?」
やり方は荒いが、オレと飛段が仲間割れを起こしたのではないかと勘違いして止めに入ったらしい。
「敵と間違えただけ」
オレと飛段が2人を睨みつけると、サソリがバカにするように鼻で笑い、オレ達を解放した。
「喧嘩とかどうでもいいが、もう少しできるようになれ。暁の恥だ」
暁という組織をあまり意識したことがないが、直で言われればカチンとくる。
それが露骨に顔に出ている正式暁構成員飛段。
「もっぺんやるかよオッサン」
「これ以上オレの時間を割くな、クソガキ」
今度はサソリと飛段が争いそうだ。
オレは飛段の前に、デイダラはサソリの前に立って「まあまあ」となだめる。
オレは飛段の両肩を押さえながらサソリに振り返って尋ねた。
「…で、なんでおまえら芸術コンビがここにいるわけ?」
「角都から聞いてねえのか?」
すぐにオレは「ああ、そういうことか」と納得した。
やはり、いくら賞金首を仕留めたからといって、夕方早々温泉宿でゆっくりする角都ではなかった。
ちゃんと予定があった。
「ハァ!? 聞いてねえし!」
余計に憤る飛段。
角都は、飛段がオレを連れて戻ってから話す予定だったのかもしれない。
まあ、あくまで「かもしれない」だ。
.