01:闇から醒めて
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飛段は怪訝な顔をした。
角都もそうだが、あの朱族の仕組みもさっぱりわからない。
飛段自身もよく体の仕組みは聞かれたりする方だ。
鬼の瞳の色はさっきまで瑠璃色だったはずなのに、飛段の首筋に噛みつく時と今の瞳の色は、血のような朱色に変わっている。
これが“朱族”というものだと知った。
しかし、資料を持ってる角都は、朱族について詳しいことを知ってるくせに、相方の自分に全部教えてくれないというのはどういう了見なのか。
理由は、「面倒だから」。
角都とコンビを組んだのは最近のことだが、飛段もそう答えるだろうと角都のことがほとんどわかってきた。
「それが答えだというのなら、殺されても文句は言えまい」
構える角都を見て、飛段は「待った待った」と声を上げた。
「角都、手ェ出すなよ。こいつは儀式用だ」
「またか」
角都の呆れ声に、苛立ちを込めて言い返す。
「今日はひとつもやってねえんだよ! これでジャシン様からバチが当たったら、テメーのせいだからな!」
「……好きにしろ」
そう言って角都は下がり、柵に背をもたせかけ、飛段を見物する。
それを一瞥した飛段は、目の前の相手を見据えた。
向こうがじりじりと動き、こちらも様子を見ながら同じ動きをする。
飛段と鬼が動いたのはほぼ同時だった。
最初の一太刀は大鎌で弾き、首に向かって横に振られたもう一太刀は屈んで避け、飛段も鬼の首に向かって大鎌を横に振った。
だが、鬼は上半身を後ろに反らしてそれを避け、再び2本の夢魔を交互に振り回しながら攻撃してくる。
スピードは飛段より速い上、得物が1本でも多い分、いつまでも攻撃を防いだり避けたりするのは難しい。
そろそろ頃合いか、と飛段は大鎌を両手で握って思いっきり振り上げ、横に振られた夢魔を上に弾き飛ばした。
左手に握られていた夢魔は宙を掻き、天井に突き刺さる。
「!」
鬼は目を見開いたあと、すぐにほくそ笑んだ。
「バカが、ムキになりやがって」
飛段の両手は振り上げたままだ。
鬼はそこを狙ってきた。
鬼はもう一本の夢魔を両手で握り、右斜めに振り上げて袈裟に斬る。
すると、飛段の腰から肩にかけて赤い線が出来上がり、そこから血が噴き出した。
「ガキが。油断して……」
「ゲハハッ」
「!?」
片膝もつかず笑っている飛段の姿を見て、鬼の笑みが驚愕とともに消えうせる。
すぐに飛段は手持ちの大鎌を鬼の顔面に向けて横に振るった。
小、中、大のうちの、大の鎌の刃先が鬼の右頬を掠り、血が付着したのを確認した。
「くっ」
鬼は壁際に飛び退き、飛段から離れる。
もう遅いとも知らずに。
飛段は両脚を動かし、足下に飛び散っている自分の血で円を描く。
その中央に三角を書けば、ジャシンのシンボルの完成だ。
そのシンボルの上に立ったまま、大の鎌の先に付着した血を舐めとり、儀式の準備が全て整う。
「ゲハハハッ。これで全ての準備が整ったァ! 儀式を始めるぜ!」
鬼は怪訝な顔をした。
「儀式…だと?」
あとは懐の杭を使って自分を傷つければいいだけだ。
そうすれば、鬼は飛段と同じ痛みを味わうことができる。
懐から伸縮式の杭を取り出そうとしたとき、背後の角都が声をかけた。
「飛段」
「なんだ!? ジャマすんな角都ゥ!!」
飛段にとっては大事な儀式に水を差されてはたまらない。
だが、角都が言ったのは、思いもしないことだった。
「おまえ、なぜ変色しない?」
「……え?」
飛段は自分のてのひらを見る。肌色のままだ。
おかしい、とすぐに気付いた。
普段の手順通りならば、相手の血を舐めとったあと、肌は白黒に変色し、見た目が骸骨のようになるはずだ。
こんなことは今まで一度もなかった。
戸惑っていると、いきなり懐に鬼が飛び込んできた。
それと同時に、飛段の腹部に鋭い痛みが走る。
飛段は他人事のように、ああ、腹を貫かれたのか、と知った。
そして、どういうことか、と考える。
ちゃんとシンボルの上に立っている上に、血も舐めとった。
なのに、なぜ鬼は自分と同じ傷を負わないのか。
鬼はせせら笑い、飛段と目を合わせる。
「タフで血の気が多いのは好きだぜ。だから、さっさと…、闇で醒めろ」
さらに深く夢魔の刃が埋められ、飛段は体内から込み上げた血を吐き出した。
「……オレは…」
「!?」
「テメーなんか大嫌いだ。バーカァ」
「おまえ…、なんで死なない!?」
鬼の経験上、普通ならとっくに死んでるところだ。
さらに相手は血を吐きながらもまともに喋っている。
鬼はもう一度、今度は我が目を疑うように飛段を凝視した。
「死なねえんじゃねえ。死ねねえんだよ」
鬼が警戒して飛段の体から離れる前に、飛段は両腕を鬼の背中にまわし、逃げられないように力を込める。
当然、鬼は飛段の腕の中で抵抗した。
「テメッ、離れろっ、気持ち悪ぃ!!」
飛段の体を突き飛ばせば逃れることは可能だが、飛段はその両腕もろともしっかり抑えている。
それから飛段は角都に振り返って怒鳴った。
「角都! 今だ、殺れ!!」
「「手を出すな」とどこかの馬鹿に言われたばかりだが?」
「ああ、クソッ、メンドクセー奴だな! 空気読め! 出していい! 出していいから早くしろォ!!」
鬼は「放せ!!」と飛段の首筋に噛みつき、失血死させてやろうと吸血するが、まったく効果がない。
しかし徐々に飛段の力が抜けていく。抑えているのも限界だ。
「ワガママな奴め」
角都は「やれやれ」と言いながら、右の袖を手首から少し上に捲った。
すると、肘から下の円状のツギハギの間から、黒い繊維状の触手―――地怨虞(じおんぐ)が出てきた。
「!?」
動きを止めた鬼は目を見張る。
角都は右腕を振るい、肘から下を切り離して天井に飛ばした。
切り離された部分と切り離されている部分の間は、神経とともに地怨虞で繋がっている。
角都の武器のひとつだ。
飛ばされた手は、天井に刺さっている夢魔を抜き、勢いをつけて飛段と鬼に飛ばした。
瞬間、どちらも鋭い痛みに襲われる。
角都が飛段ごと鬼の腹を夢魔で貫いたからだ。
「がはっ!?」
飛段の眼前で鬼が血を吐き出して悲鳴を上げた。
抵抗がなくなり、ダラリと両腕を下げて飛段に全体重をかける。
「殺ったか?」
角都が近づいてくる。
その時、
「!」
鬼の瞳が飛段を見た。
飛段と角都は同時に驚く。
「テメー…、まだ生きて…」
鬼は飛段の顔を見たあと、角都に顔を向けた。
「人間を超えた者に会うのは、朱族以外で初めてだ」
声はわずかに弾み、瞳の色が瑠璃色に戻ったのが、飛段と角都から見てわかった。
そしてどこか嬉しそうだ。
「とりあえず…」
飛段と鬼を貫いていた夢魔は、2本とも黒い液状と化し、鬼の腹の傷口へと入っていく。
すると、みるみる鬼の傷口が塞がった。
飛段は鬼から一歩下がり、傷口があった個所を指さす。
「おまえも…、不死身?」
「「も」ってことは、おまえ、やっぱり不死身か」
鬼は腕組みをしたまま、飛段の足下から頭をじっくりと眺めて納得の声を出し、言葉を続けた。
「オレは不死身じゃなくて、死ににくい体なだけだ。しかも、あの男が突き刺したのはオレの体の一部で、あの剣でオレを刺しても無意味だ」
一歩歩きだしたとき、またひと勝負するのかと飛段は構えたが、そうじゃない。
無防備に飛段に背を向け、角都の横を通過して牢屋から出ていく。
「どこへ行く?」
角都が声をかけ、鬼はそちらに振り返り、なに言ってんだ、と肩を竦ませて答えた。
「どこって…。“暁”って組織の本部じゃないのか?」
一瞬、飛段は耳を疑い、首を傾げた。
「……は?」
鬼はきょとんとしてる。
「なんだ、他に用があるのか?」
「いや…、用って…」
朱族を仲間に引き入れ、断るものなら殺せという指示しか聞いていないのだ。
角都と飛段は目を合わせ、飛段は少し間をおいておそるおそる尋ねた。
「…おまえ、“暁”に入るのか?」
「「入らない」なんて一言も言ってねえけど?」
記憶を遡ってみる。
確かに、一言も言ってない。
「じゃあなんで襲いかかってきたんだよ?」
腑に落ちない飛段の質問に、鬼は平然と答える。
「腹が減ってたから。…けど…、もういい。逆に貧血起こしそうだ」
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