20:夜明けの先へ
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体も動けるようになり、オレは部屋を出て洞窟のような通路を渡った。
角都はゼツから新しい外套をもらってくると言ってたし、飛段は月代と部屋で遊んでいるだろう。
儀式とかしてなければいいが。
なにしろ、月代の体はもう普通の子供の体だ。
死にやすい、人間の体に戻ってしまった。
通路の奥には螺旋階段があった。
そこを時間をかけてあがっていくと、光が差し込む穴の前に着き、そこを抜けると外に出ることができた。
数日ぶりの太陽の光に目に痛みを覚え、半目になる。
目も光に慣れてきて辺りを見回すと、周りは崖に囲まれ、目の前の崖ふちにはミツバが立って景色を眺めているのが見えた。
ミツバは目に包帯を巻いているから、眺めている、と言っていいのかどうなのか。
ミツバに近づいて、崖下に森が広がっているのを見下ろす。
ミツバはオレの気配に気付いていたのか、こちらに見向きもしない。
しばらく2人でただ目の前の景色を眺めていた。
こうやってじっくりと太陽の光を見つめるのは初めてかもしれない。
相変わらず、温かい光だ。
結局、先に口を開いたのはオレの方だった。
「これからどうするんだ?」
無視されるかと思ったが、ミツバは前を見たまま答えてくれた。
「ヒル達は死んだ。でも、オレ、生き残った。だから、日ノ輪、まだ終わってない」
「…ヒルのあとを継ぐのか?」
朱鬼はもういない。
それに朱鬼を蘇らせた者の末路も知ったはずだ。
ミツバは静かに頷いた。
「ヒル、見世物小屋、好き。人間嫌いだけど、見に来てくれる人間、好き」
あとを継ぐのは、見世物小屋のようだ。
確かに、あいつはオレ達以外の客には危害を加えなかった。
血を啜ることも、殺すこともしなかった。
ミツバはなにかを思い出したのか、笑みを浮かべて言葉を続ける。
「オレもヒル、好き。この体くれた。感謝してる」
オレはミツバの手首を見た。
角都と同じ、囚人の刺青が彫られてある。
「…元は囚人で、監獄であいつに拾われたんだっけ?」
「…オレ達、戦争で色んなものなくした。なくしたから、国に反抗した。そして、捕まった。オレ、目を奪われた。でも、ヒルが真血くれたから、能力もらった」
能力を手に入れたと同時に、周りのことを感じ取れるようになったと話した。
そして、ヒルはこう言ったらしい。
「ついてきなさい。悲劇を悲鳴で閉幕させましょう」
ヒルを変えたのは、たったひとりの人間の女だった。
そのたったひとりの女の影を、あいつは追いかけていた。
昔のあいつを知っているオレには理解できないことだった。
けど、オレも人のことは言えない。
昔のオレも、今のオレを見たら驚くだろう。
関係は最悪だったが、結局、オレとヒルは似ているのかもしれない。
「ヒルの泣いた顔、初めて見た。スペード達にも見せてあげたかった」
ようやくミツバはこちらを見、言葉を続ける。
「オレ、スペード達殺したおまえら許さない。…でも、感謝してる。ヒルの仇、討ってくれた」
「……………」
仇討ちをしたつもりはない。
そう言いたかったが、やめた。
言わなくても、ミツバにはわかっているようだったから。
「…角都の気が変わらないうちに、おまえもここを出た方がいい。自分が賞金首ってことを忘れるな。飛段も「儀式のやり直しだ」とか騒ぎそうだ」
「うん」
ミツバは懐からヒルの仮面を取り出し、両目につけた。
「ヨル、オレからも忠告する。火之出アサには気をつけろ」
「!! …会ったのか?」
アサの名前が出ただけで、オレの額に汗が浮かんだ。
「あいつのせいで、ヒルが死んだと言っていい。オレ、あの女がなに考えているのかわからない。ヒルにも、わからない。でも、あの女、ヨル…、おまえに執着している」
「……………」
ミツバが一番憎んでいるのはアサなのだろう。
声がわずかに震えていることに自身で気付いているのだろうか。
「…それだけ。…それじゃ…」
「日ノ輪の見世物小屋を見かけたら、また、寄らせてもらう。ショーの協力は2度としないけどな」
また串刺しにされちゃたまったものだじゃない。
ミツバはふっと笑い、崖から飛び降りた。
彼は、これから仲間を集め、ヒルのあとを継ぐのだろう。
ヒルの好きだった、見世物小屋を。
ミツバを見送ったあと、オレは気配に気付いて振り返った。
そこには角都が立っていた。
さっそく、ゼツに届けてもらった暁の外套を着ている。
「…そろそろオレ達もここから発つぞ」
そう言って、オレに新しい外套を投げ、出入口に振り返って歩きだした。
オレは外套を着ながら、角都を追いかける。
「オレが逃がしたのを見たのに、怒らないのか?」
「……あの賞金首の借りは、これで返した」
角都は振り返らずに答えた。
ヒルのアジトから出たオレは、飛段と月代と一緒に角都の背中をただついていく。
いつもの通り、行き先は角都任せだ。
オレは飛段の外套をつかんで歩く月代を見下ろした。
これからこの子供をどうする気なのだろうか。
飛段も同じことを考えているのか、チラチラと角都と月代を交互に見ている。
オレも聞きたかったが、「そうだな。じゃあ、用済みだから殺す」なんて言いだすかもしれない。
それは避けなければならない。
月代は犬や猫じゃない。
その場に放っておくこともできない。
最近までひらがなを知らなかった子供だ。
ひとりで生きていけるはずがない。
オレ達は黙って角都についていくしかない。
しばらくして、昼下がりに町に到着した。
今日はそこで野宿かと思った。
だが、角都は宿もとらずに駄菓子屋に入って行った。
飛段や月代ならともかく、言っては悪いが似合わない。
当然、オレと飛段は「ええ!?」という顔をした。
オレ達は店の前で待たされた。
出てきた角都の手には、大量の飴玉が入った袋が握られていた。
そのまま、「町を出る」と言って角都は先を歩く。
オレ達はワケがわからないまま、角都と一緒に町を出た。
もうすぐ夕暮だ。
このへんに町なんてあっただろうか。
飛段は知らないだろうが、オレの記憶違いでなければ、オレ達は今、滝隠れの里の付近にいる。
角都がそんなところを歩いていていいのだろうか。
それでもオレは、やはり角都にはなにも言わなかった。
森を抜けた先に、家屋がちらほらと見えてきた。
小さな集落のようだ。
気のせいか、懐かしい匂いがする。
人がいないのかと思えば、オレ達が出入口に入った途端、小さな子供が家屋や茂みから出てきた。
怯えて物陰からこちらを窺う子供もいれば、わざわざ近づいてきて好奇な目を向ける子供もいる。
月代は飛段の後ろに隠れた。
自分と同じ年頃の他人には慣れていないのだろう。
ひとり、またひとりとオレ達に近づいてくる。
一番近くにいた少年が角都に両手を差しのべた。
「ちょーだい」
オレはその子供が蹴り飛ばされる前に角都から剥がそうと手を伸ばそうとした。
その前に、先に角都が動いた。
角都は手に持った袋から飴をひとつかみ取り出してその子供の手に載せる。
子供はぱっと目を輝かせ、「ありがとう」と言って走って行った。
「ボクもほしい!」
「私も!」
それを見た子供達は次々に角都に手を差し伸べた。
角都だけじゃなくて、オレ達にも。
「お兄ちゃん、めぐんでおくれ!」
「このコートちょうだい!」
前後左右から外套を引っ張られ、オレは倒れかける。
「おい、引っ張るなって;」
飛段も困った顔をしている。
「角都、こいつらにもアメを…」
飛段がそう言った時だ。
オレ達に向かって飴が投げられた。
子供達は嬉しそうに声を上げてオレ達に飛びかかってくる。
「「ギャ―――!;」」
オレと飛段は群がる子供達にもみくちゃにされる。
角都は気にも留めずに先を歩いた。
なんとか子供達から抜けだしたオレと飛段は角都を追いかける。
村の奥には、他の家屋よりも大きな家があった。
角都は出入口の扉を叩いた。
家の主は、「はい。どちら様ですか」と扉越しに尋ねる。
「…オレだ」
角都が言うと、扉はすぐに開かれた。
現れたのは、白髪の老人だった。
驚いた顔で角都を見上げている。
オレはその老人の腕を見てぎょっとした。
老人の左腕の肘から下がなかったからだ。
「…もしかして…、あの時の旦那ですか?」
角都が黙ったまま頭巾を取り、老人はその顔を見て笑みを浮かべた。
「ああ、やはり…。いやぁ、おなつかしい…。お変わりなくて…」
「おまえは年をとったな。最初に会った時は、まだガキだっただろう」
いったい、何十年前の話だ。
老人は角都越しのオレと飛段を見る。
その視線に気づいた角都は「オレの連れだ」と言った。
「あの旦那がお連れ様とは…。どうぞ、中にお入りください。積もる話もありましょう」
老人はオレ達を招き入れた。
角都と老人は部屋に行き、オレと飛段と月代は話が終わるまで縁側でゆっくりと待つことにした。
耳を澄ませば、ひぐらしの鳴き声が聞こえる。
「…この匂いだったのか…」
オレの呟きに、飛段は「なにが?」と首を傾げて尋ねた。
「蓮華草。オレの村にもたくさん咲いていた。…オレが、鬼隠れの里に行く前の…」
朱族になる前のオレの記憶だ。
鬼隠れの里にはなかったが、オレが生まれた村にはたくさん咲いていた。
そのせいか、母親の匂いも蓮華草と同じ匂いだった。
「…帰りてえのか?」
「里に帰っても独りだ。村も、今はもう存在すらしてないと思う」
オレは見たんだ。
家屋が燃え盛るところも、村の者が全員殺されたところも、母親が死んだところも。
きっと蓮華草も全て燃やされてしまっただろう。
「おまえも帰りたくならないのか?」
「全然」
飛段は首を横に振って即答した。
嫌なことを思い出したかのように眉を寄せる。
でも、いつか行ってみたいなぁ。
飛段が嫌いになる里とはどんな場所なのか、個人的に気になった。
「!」
庭に現れた数人の少女のうちのひとりが、こちらに歩み寄ってきた。
手には、蓮華草で作られた花輪がある。
少女は飛段の隣に座っている月代に近づき、その花輪を渡した。
月代は困惑した表情で、受け取ったそれを見つめている。
オレは月代の手からそれを取り、頭に載せ、「似合ってるぞ」と言った。
「女子って手先器用だなァ。どうやって作るんだ?」
飛段はまじまじと花輪を見つめる。
すると、少女達は一斉にこちらに走り寄ってきた。
「作り方教えてあげる」
オレ達は頼んでもいないのに、少女達から花輪の作り方を教わる。
しばらくして、村の少年達までやってきた。
よほど、よそ者が珍しいのだろう。
「その鎌カッケー!」「銀髪だー!」「兄ちゃん達、どこから来たんだ!?」と寄ってくる。
少年少女に囲まれたオレ達は戸惑いを隠せなかった。
オレと飛段が少年達の質問責めを受けている間、月代が少女達と遊び始めた。
円になり、花輪の作り方や会話を楽しんでいる。
そこでオレは気付いた。
角都がこの村にやってきた理由を。
「ママ」
月代は自分で作った蓮華草の花輪を飛段の頭の上に載せた。
瞳の色と同じ色なので、意外に似合う。
「似合ってるぞ」
オレは笑みを浮かべて正直に言ってやった。
飛段は「えー、花が似合う男ってどうだよ;」と困惑する。
オレ達と子供達の笑い声は日が沈むまで庭に響いた。
その夜、久方ぶりの来客に村長は村人達を呼んで飲み会を始めた。
角都もすぐに発つ予定だったが、宿泊させてくれるという言葉に甘えた。
いや、オレと飛段が乗り気だったため、村長と話をして角都を説得した。
「別れを惜しめ、別れを」とこれはオレが説得の最後に角都に囁いた言葉だ。
村人の大人達は数えるほどしかいなかった。
村長の話では、この村に住む者達は、捨て子や戦争で親を亡くした子供、戦争から逃げてきた大人達ばかりだ。
ここは、村長の親がそういう者達を集めてつくりあげた村らしい。
今の村長も、たまに村を出てはそういう大人子供を拾って帰ると言う。
大人達は暗い顔ひとつ見せずに酒を飲みながら騒いだ。
すっかり出来上がった飛段も大人達や子供達に混じって騒いでいた。
「ゲハハハ」という高笑いが明るい室内に響く。
「お、兄ちゃんいけるねえ!」
「なんか一発芸あったらやれぇ!」
「ゲハハ! んじゃあ、一発で白黒になってやるから、誰か血ィ寄越せェ!」
「ママ! それダメ!;」
煽る村人の声と、飛段がますます調子に乗る声と、飛段を止める月代の声が聞こえた。
「酒飲みすぎじゃねえの? あいつ;」
「耳障りだな」
オレと角都は縁側で静かに酒を楽しんでいた。
背後の障子越しはすっかりドンチャン騒ぎだ。
オレは徳利に入った酒を角都の持っているおちょこに注ぎ、己のおちょこにも注いで口にした。
酒というものを初めて口にしたが、飛段のように「酔う」という感覚がまったくやってこない。
それを角都に話すと、角都は「まだそれほど飲んでいないからか、ザルだからだろう」と答えられた。
角都の姿は、ゆったりとした着物に変わっていた。
オレと飛段もだ。
オレが着物を着ると、村人全員にびっくりされた。
女と知ったからだ。
いいって言ったのに、村長は慌てて女物の着物を用意してきた。
「…あの村長とどういう関係なんだ?」
「奴の親に、しばらくの間世話になった。貴様と出会い、禁術を奪って里を抜けたあと、瀕死のオレを拾って介抱し、それから半年だけここで療養させてくれた。まだ禁術がうまく体に馴染んでなかったからな」
「……そのままここで暮らすことは考えなかったのか?」
「ここは里の近くだ。嗅ぎつけられる前に出ていかなければならなかった」
角都が早く出発したがったのも、同じ理由だろう。
世話になった村に迷惑はかけたくない。
「それで?」
オレは話を促した。
角都は酒をまた一口飲み、話す。
「村を出る一週間前に、村の近くで戦っていた、賞金稼ぎと賞金首と出会った。
苦戦を強いられた戦いだったため、気まぐれで賞金稼ぎに手を貸し、賞金首を始末し、新しい心臓も手に入れた。
その賞金稼ぎも借りは作りたくなかったのだろう。換金所で換金してきた金の半分をオレに寄越した。
…賞金稼ぎの仕事に目覚めたのは、その時だったな。強い心臓が手に入り、金も手に入る。オレにふさわしい仕事だ。
これからの己を見つけたオレは、もらった金を村長に渡し、村を出てからしばらくの間だけ、賞金稼ぎで稼いだ金の半分を村に送っていた」
借りを作りたくない、と言うだけはある。
「…それから、暁に入ったのか」
「そうだ。情報も前より手に入りやすくなり、より強い賞金首にも会えるようになった。…煩わしいが、それなりに使える相方も手に入ったしな」
オレは思わず噴き出しそうになった。
今の言葉、飛段に聞かせてやりたい。
「まさか、おまえと出会い、オレと同じく血を与えられていたとはな」
「…この血は、嫌でも血と血を引き合わせるものかもしれない。あれから長い時間が経ったってのに、おまえと飛段は出会い、オレと再会した。ヒル(同族)とも…」
手のひらを見つめながら小さく言った。
それから不安になる。
いつか、あと2人の同族と再会するのではないかと。
どちらにしても、血を見ることになりそうだ。
「角都、おまえはいつからオレがあの時の子供だと気付いた?」
たぶん、ヒルがバラす前だと思う。
「……いつの間にか、ただ「そうか」と思っただけだ。おまえと飛段との旅は、短いようで長い。いつ気付いたのかわからなくなるほど…。孤独な時間と他人との時間は、流れが違うものだな」
「ああ、わかる」
オレと同じだ。
角都はオレをじっと見つめる。
視線に気付いたオレは「なに?」と尋ねた。
「最後に会った時から、数年しか成長していないような姿だな」
「それ、今更だろ;」
「おまえが「死にたい」と喚くのも、今更だと思わないか?」
「……………」
「生きたいと願ったのはオレだ。おまえはそれに手を貸した。貴様を恨む理由はどこにもない。オレは“今”に満足している」
角都は慰めの言葉をかける男ではない。
その言葉は、本心か。
角都はまた酒を一口飲み、言葉を続ける。
「それでも死にたければ、飛段の次にこのオレが殺してやる。時間はかなりかかるが、それまで生き続けてみろ、ヨル。おまえはまだ、この世を知らなすぎる」
「そう…だな…」
声が震える。
また泣きそうになっているのか。
一度栓を抜いてしまったから、気を抜けばまた溢れそうになる。
「ヨルー、かくじゅー♪」
背後の障子が開かれ、右手に酒瓶を持った飛段が近づいてきた。
顔は赤く、完全に酔っている。
漂うアルコール臭にオレは思わず自分の鼻をつまんだ。
「うわっ、酒臭っ!!;」
「馬鹿が、飲みすぎたな」
「おまえらも参加しろよ、バーカァ♪」
飛段はオレと角都の肩に腕を回し、絡んでくる。
「わかったから、早く中に入れ。冷えるぞ;」
「ゆっくりしたいものだ」
「ゲハァ♪」
オレと角都は協力して飛段を室内に入れた。
「ヨル、血ィ飲むか? おまえ、今日1日オレの血吸ってねーだろォ♪」
「…いらねーよ」
「ハァ?」
「テメーの血はもう、飲み飽きた」
障子を閉める前に、オレは月を見上げた。
嫌いだったあの光が、今はとても心地がいい。
いいんだよな?
オレの生き場所と死に場所が、角都と飛段(こいつら)で
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