19:醒めた欠片
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
肌は赤黒く、腰まであるうねった黒髪、額には2本の小さな角、瞳は金色、尖った耳、頬まで裂けた口には鋭い牙が並び、なのに顔は人間らしい。
目の前で、その巨体が唸りながらこちらを睨みつけている。
高さは3メートルってところか。
角都が3人肩車状態。ふと浮かんだ想像がおそろしい。
怒りで鼻息も荒く、いつ襲いかかってきてもおかしくない状態だ。
「ヨルさぁ、蛭ヤローにあんだけやられといて後片付け役かよ」
飛段が呆れた声で言いながら、片手で三連鎌を振り回す。
文句を言いながらも、戦う気はあるようだ。
「付き合わせちまって悪いな」
目の前の朱鬼と関係があるのはオレだけだ。
角都と飛段は月代を連れて逃げればいいのに。
らしくないことだが。
「八つ当たりの相手をおまえ達に変えていいのなら、とっととここから…」
「付き合ってください;」
角都の八つ当たりは朱鬼より恐ろしい。
朱鬼は右腕を振り上げ、こちらに向かって振り下ろした。
オレ達は同時にその場から飛び退いて避ける。
ゴッ!!
轟音とともに地面が割れた。
月代の時より威力がある。
地面のヒビが月代が倒れている陣を刻む。
器から抜け出た朱鬼にとって、陣と月代はもはや意味のないものなのだろう。
このままでは月代が巻き込まれてしまう。
月代を回収するには、朱鬼の横を通過しなければならない。
それを朱鬼が許すはずもない。
オレは朱鬼の横を通過しようと走り出した。
予想通り、朱鬼はこちらに体を向け、叩き潰そうと手のひらを振り下ろす。
オレは右へ飛び、その手の甲に両手の夢魔を突き立てた。
「飛段! 月代を!」
オレは囮役だ。
飛段は「ああ」と声を上げて返事したあと、オレに体を向けている朱鬼の背後を通過した。
「!?」
しかし、飛段の体になにかが巻き付いた。
それは、朱鬼の長い黒髪だった。
髪まで操れるのか。
「飛段!」
「く…!」
飛段は逃れようともがくが、黒髪はどんどん飛段の体に巻きついていく。
オレは夢魔を引き抜こうとしたが、引き抜けなかった。
それどころか、夢魔が朱鬼の手の甲に沈んでいく。
喰われてる。
月代が角都を取り込もうとしたときと同じように。
「!」
はっとしたオレはすぐに離れようとしたが、遅かった。
手の甲から無数の手が飛びだし、オレの体をつかんだ。
「うぐっ」
取り込まれそうになったとき、
ズバン!!
大量のクナイが飛んできて、無数の手を手の甲の根元から切り取った。
朱鬼から切り離された無数の手は銀色の血へと液化し、地面に付着した途端、気化した。
「!?」
「……………」
はっと振り返ると、右手をかざしたままのミツバが立っていた。
「おまえ…」
「火遁・頭刻苦」
ゴオ!!
角都の前に背を向けて飛びだした頭刻苦が口から炎を吐いた。
朱鬼の髪を燃やし、髪の毛まみれの飛段が地面に落ちる。
「あちちち!;」
燃える朱鬼の髪を急いで両手で引き剥がした。
「オレごと燃やす気か!;」
助けてもらっておいて、飛段は角都に怒鳴った。
「喰われるか、燃やされるか、どちらがマシか考えろ」
角都の言葉に飛段は少し黙ったあと、
「そりゃ、燃やされる方が…」
「オレはどっちも嫌だ!;」
選択肢から拒否するべきだ。
飛段は立ち上がり、月代に駆け寄った。
「おい!」
半身を抱き起こし、月代の具合を窺う。
呼吸はしているようだが、顔が真っ青である。
驚いたのは、右腕が人間の腕に戻っていたことだ。
朱鬼が体から出たからなのだろう。
それならおそらく、左目も元の色に戻っているはずだ。
「人間如きが…!!」
朱鬼が飛段に振り返り、殺気を纏った瞳で睨みつける。
飛段は月代に背を向け、三連鎌を構えた。
うまく血を採取して儀式をする気だ。
オレは無数の手が液化した時のことを思い出し、ゾッとした。
あれは全て真血だった。
あんなものを一滴でも摂取すれば、飛段の体がどうなるかわかったものではない。
「やめろ!!」
オレは背中から新たな夢魔を引き抜き、飛段の三連鎌の刃を受け止めた。
「奴の血は特別だ! 絶対に取り込むな!」
「特別ゥ? だったらどうす…」
オレの背後をはっと見上げた飛段は言葉を切った。
オレは肩越しに振り返り、大口を開けてこちらに迫りくる朱鬼を見る。
「!!」
夢魔を構えたが、その前に朱鬼の動きが止まった。
口を開けたまま。
なにかが朱鬼の顔を締め付けている。
角都の地怨虞だ。
「角…」
朱鬼の背後を見た途端、オレは目を見張った。
角都の全ての縫い目から地怨虞が溢れ出ていたからだ。
頭巾と額当てが音を立てて角都の足下に落ちる。
「時間の無駄だ。とっとと終わらせるぞ」
頼もしい言葉だ。
角都が押さえてくれている間、オレは朱鬼に切りかかった。
上あごに夢魔を突き刺したが、手の甲に刺した時と同じように、取り込まれてしまった。
「チッ!」
引き抜くことを諦め、舌を打って夢魔から手を放し、朱鬼から離れて飛段の隣に並んだ。
飛段は月代を肩に担いでいる。
「また持っていかれた!」
苛立ち気味に言って、オレは背中から新たな夢魔を引き抜いた。
夢魔はオレの血でできているため、あまり使うと血がなくなってしまう。
己が貧血を起こしかけているのがわかる。
「どいて」
声をかけたのは、朱鬼の背後に立つミツバだった。
右腕を振り上げてから勢いよく振り下ろすと、大量のクナイが雨のように朱鬼の真上に降り注いだ。
オレと飛段は巻き添えを食らいそうになり、飛び退いた。
「ぐぅぅぅぅ!!」
朱鬼が大きく仰け反り、引っ張られそうになった角都は地怨虞を解いて飛び退いた。
「効いてるのか!?」
飛段は声を上げたが、
「違う! 離れろ!」
朱鬼の口角が吊り上がったのを見たオレは、その場にいる全員に怒鳴った。
同時に、朱鬼の体からクナイが飛び出した。
死角はない。
角都は体を硬化させ、飛段はクナイが飛んでくる方向に背を向けて月代を庇う。
オレは咄嗟にミツバの前に飛びだし、夢魔を振るってクナイを弾き、庇った。
だが、全部弾けるわけがなかった。
「いっ!」
両脚に3本ずつ、腹と右胸に1本ずつ突き刺さった。
片膝をつきそうになるのを耐える。
「なぜ、庇う?」
ミツバの問いに、オレは背を向け、体に刺さったクナイを抜きながら答える。
「さっきのカリ返しただけだ」
逆に、なんでこいつが最初にオレ達を助けたのかが気になる。
「おい、飛段、大丈夫か!?」
「大丈夫に見えるかよ!? スッゲー痛ェんだぞ!!」
背中のクナイを引き抜きながら喚いた。
オレは朱鬼を見上げる。
取り込んだものをそのまま返すこともできるのか。
夢魔とクナイは使えない。
飛段の鎌も使えるかどうか…。
「ミツバ、取り込まれたクナイを操ることは?」
体内をズタズタにされたら、朱鬼といえどたまったものではないだろう。
しかし、ミツバは首を振った。
「血肉に遮断されたらムリ」
オレは小さく「そうか」と返す。
「―――となると…」
オレは角都に視線を移した。
角都はオレを一瞥し、行動に出る。
圧害と頭刻苦は角都の体に戻り、両肩に顔を出した。
2匹を取り込み、地怨虞の量がさらに増加する。
「風遁・圧害! 火遁・頭刻苦!」
両肩の2匹は同時に攻撃を放った。
炎の暴風が朱鬼を襲う。
ゴウ!!
直撃だ。
「やったか!?」
飛段が声を上げた。
体のところどころから焦げ臭いにおいを放つ朱鬼が、黒煙から姿を現す。
ダメージは与えているようだが、余計に怒らせてしまったようだ。
「我にとって、餌であり、脆く愚かな人間如きが…、この我に、なにをした!!?」
朱鬼の、耳をつんざくほどの咆哮がビリビリと、空間と体に響く。
朱鬼の体から出てきた無数の人間の手が、塊となって地に落ち、蠢いた。
サイズは頭刻苦達と同じくらいだ。
その姿は、とても気味悪いものだ。
「んだこりゃァ!? 気持ち悪ィ! 来んじゃねえ!!」
飛段は鎌を振り回し、近づいてくる無数の手の塊を切り裂く。
しかし、塊は分裂してまた蠢きだす。
オレも切りつけるが、こちらも分裂された。
「!?」
無数の手の塊の中心から、朱鬼が顔を出し、ワンバウンドしていきなりこちらに飛びかかってきた。
避けようと動いたが、塊から手が伸びてきて、首をつかまれる。
そして、オレと飛段とミツバが押し倒され、押さえつけられた。
「ぐぅああ!!」
押しのけようとしたら、腹に噛みつかれた。
飛段は左肩を噛みつかれ、ミツバは左脚に噛みつかれている。
鋭い歯が深くオレの体に食い込んだ。
「我の分身に喰われてしまえ」
朱鬼はこちらを見下ろし、せせら笑った。
そうしている間にも、朱鬼の体から塊達が湧いて出てきている。
このままでは、オレ達は食い散らかされてしまうだろう。
「火遁・頭刻苦!」
頭刻苦の口から炎が吐きだされ、塊達が黒焦げの塊へと変わり、動かなくなる。
「火に弱いのか…」
オレは呟き、膝で腹の上にのっていた塊を蹴りあげた。
その勢いで、腹の肉を少し持っていかれる。
「ぎっ…」
腹から血が噴き出し、激痛に耐えながら印を結ぶ。
「この術を使う機会が欲しかったんだ。オレのオリジナルなうえに、実戦で使うのは初めてだから、自信ねえけどよ!」
オレの周りに青い炎がいくつか灯り、形をつくる。
それはコウモリの形となった。
「鬼火…」
無数の手をかわしながら角都が呟いた。
飛段とミツバの体が食い千切られる前に印を結び終え、オレは術を発動させる。
「“火遁・鬼炎”!!」
炎のコウモリ達が一斉に塊達に突っ込む。
塊に触れた瞬間、炎のコウモリは塊を包み、焼き尽くした。
飛段とミツバに圧し掛かっていた塊達も黒焦げの塊と化す。
朱鬼の分身を焼き尽くしたあと、オレ達は一か所に集まった。
角都はオレと飛段の傷口を地怨虞で縫合する。
腹にチクチクとした痛みが走った。
オレはチラリとミツバを見る。
出血していたが、オレ達ほどじゃない。
ただ、飛段との戦いで重傷を負っていたため、真っ直ぐに立つこともできず、貧血気味な表情を浮かべていた。
戦うためのチャクラはもう残っていないだろう。
「角都、飛段…」
オレは2人に耳打ちした。
それを聞いた2人はこちらを驚いた目で見る。
「それでうまくやれんのかよ? おまえ、ヘタしたらヤバくねえか?」
「ヤバいことなんざひとつもねえって。おまえらがいるからな」
オレは口元を緩ませる。
飛段は後頭部をガシガシと掻きながら、「そう言われちゃあな…」と作戦にのってくれる。
目が合った角都も頷いてくれた。
「てめーは預け係だ。隅っこで見物してろ」
飛段はミツバに月代を渡した。
ミツバは飛段を怪訝そうに見つめる。
「殺したり逃げたりしたら、今度こそ、マジ本気で殺すぞ」
ミツバはわずかに頷いたあと、月代を抱えて後ろに下がった。
オレ達3人は朱鬼に振り返る。
「やはり…、贄を喰わねば、思うようにはいかん…」
「言い訳けっこうだ。そんな理由で、オレ達はてめーの喰いモンになる気は血の一滴もねーよ」
オレが言い放つと、朱鬼は屈辱のあまり怒りで体を震わせた。
「増殖されても面倒だ。ここで、血の夢見てもらおうか」
攻撃を仕掛けられる前にオレ達は行動する。
「ヨル!」
三連鎌を構えた飛段が声をかけ、オレはその三連鎌の刃に飛びのる。
「まだ我に刃向かう気か!? …!?」
朱鬼は動きを止めた。
いや、止められた。
オレが飛段の三連鎌に飛びのったときに、角都は一瞬で朱鬼の背後に回り込み、地怨虞を伸ばして朱鬼の体を縛って動きを封じた。
「かまして…きやがれェ!!」
飛段は一回転して勢いをつけ、三連鎌を振るってオレを朱鬼へ向けて飛ばす。
オレがかますのは鬼炎ではない。
頭刻苦のほどの威力がないからだ。
「ぐ…っ、ぁあああ!!」
背中の痛みとともに、背中の服が破れる音を聞いた。
オレの背中に、4組の夢魔が生えたからだ。
「圧害!」
角都の肩から離れた圧害が背後に飛んできた。
角都が術を発動する。
「風遁・圧害!」
暴風と共に、オレは回転と勢いをつける。
「闇で醒めろ」
ボッ!!
そして、朱鬼の胸の中心を貫いた。
ぽっかりと朱鬼の胸に大きな穴が空き、角都に地怨虞を解かれた朱鬼の体はそのままうつ伏せに倒れ、地響きが起きる。
「はぁっ、は、は…」
息を弾ませ、後ろに倒れかけた。
だが、肩に手を回され、支えられる。
「決めたんなら、フラついてねえで最後までカッコ決めろよ、バーカァ」
「飛段…」
「てめーの勝ちだ」
違う。
オレ“達”の勝ちだ。
オレは飛段に肩を貸されながら、角都のもとへと向かう。
「角都ゥー」
角都は圧害と頭刻苦を背中にしまっていた。
こちらを見た角都は、はっとする。
オレと飛段は角都がなにに驚いたのかわからなかった。
そこでオレ達はようやく背後の殺気に気付いたのだ。
飛段よりも先に肩越しに振り向いたオレは目を見張った。
うつ伏せになったままの朱鬼が、こちらを見下ろし、睨んでいたからだ。
ゴボッ!
口からなにか吐きだされると同時に、オレ達は突き飛ばされた。
突き飛ばしたのは、角都だった。
「「角都!」」
オレ達は同時に叫び、地面に転がる。
吐かれた液体を角都はすぐに避けようと飛び退いたが、右肩にかかってしまった。
液体の色を見たオレははっとした。
液体の正体は、真血だ。
最後の気力だったのか、朱鬼は再び倒れ、赤い塵と化した。
「か…、角都…?」
「ぐ…っ」
異変はすぐに起きた。
角都は前のめりになって呻き声を漏らしたあと、カッと目を見開き、縫い目からは地怨虞が溢れだす。
「角都!?」
「近づく…な…!」
飛段が近づこうとしたとき、角都は左手で己の胸を押さえ、右手でこちらを制した。
地怨虞は不気味にうねり、角都の体から出たり入ったりを繰り返す。
角都は呼吸を荒くし、抑え込むのに必死だ。
「オレの…中で…、うぐっ、なにか…! 体が…、焼ける…!」
オレの耳に、角都の心臓が跳ねあがる音が聞こえた。
血の流れも激しい。
オレが真血を与えた時と同じだ。
朱鬼の吐きだした真血が、地怨虞から角都の体に入り込んだのか!?
右肩にかかったとき、地怨虞にも付着したのを思い出す。
「ぐぅぅっ!」
背中の縫い目がブチブチと破れ、地怨虞が一気に溢れだし、角都を飲み込もうとする。
「オレから…、離…っれろ…!」
オレの中に、焦燥感が押し寄せた。
オレが駆け寄ろうとしたとき、先に飛段が動いた。
「角都!」
飛段は角都に駆け寄ると、背中の地怨虞を押さえつけようとした。
される前に角都は飛段を突き飛ばす。
「来るな!」
尻餅をついた飛段だが、すぐに立ち上がって再び角都に駆け寄った。
必死な形相で。
角都は飛段の顔を殴って阻止しようとするが、飛段は吹っ飛ぶことなく踏みとどまり、角都の右腕の縫い目をつかんで地怨虞の漏洩を止めようとする。
角都は右腕を払おうとするが、右腕を動かそうとすると地怨虞の漏洩はより一層激しくなる。
「やめろ…、飛段…! 死ぬぞ…!」
「だから、それをオレに言うかよ…、角都ゥ!!」
弾けるように、地怨虞がどっと溢れだし、2人を飲み込んだ。
.
目の前で、その巨体が唸りながらこちらを睨みつけている。
高さは3メートルってところか。
角都が3人肩車状態。ふと浮かんだ想像がおそろしい。
怒りで鼻息も荒く、いつ襲いかかってきてもおかしくない状態だ。
「ヨルさぁ、蛭ヤローにあんだけやられといて後片付け役かよ」
飛段が呆れた声で言いながら、片手で三連鎌を振り回す。
文句を言いながらも、戦う気はあるようだ。
「付き合わせちまって悪いな」
目の前の朱鬼と関係があるのはオレだけだ。
角都と飛段は月代を連れて逃げればいいのに。
らしくないことだが。
「八つ当たりの相手をおまえ達に変えていいのなら、とっととここから…」
「付き合ってください;」
角都の八つ当たりは朱鬼より恐ろしい。
朱鬼は右腕を振り上げ、こちらに向かって振り下ろした。
オレ達は同時にその場から飛び退いて避ける。
ゴッ!!
轟音とともに地面が割れた。
月代の時より威力がある。
地面のヒビが月代が倒れている陣を刻む。
器から抜け出た朱鬼にとって、陣と月代はもはや意味のないものなのだろう。
このままでは月代が巻き込まれてしまう。
月代を回収するには、朱鬼の横を通過しなければならない。
それを朱鬼が許すはずもない。
オレは朱鬼の横を通過しようと走り出した。
予想通り、朱鬼はこちらに体を向け、叩き潰そうと手のひらを振り下ろす。
オレは右へ飛び、その手の甲に両手の夢魔を突き立てた。
「飛段! 月代を!」
オレは囮役だ。
飛段は「ああ」と声を上げて返事したあと、オレに体を向けている朱鬼の背後を通過した。
「!?」
しかし、飛段の体になにかが巻き付いた。
それは、朱鬼の長い黒髪だった。
髪まで操れるのか。
「飛段!」
「く…!」
飛段は逃れようともがくが、黒髪はどんどん飛段の体に巻きついていく。
オレは夢魔を引き抜こうとしたが、引き抜けなかった。
それどころか、夢魔が朱鬼の手の甲に沈んでいく。
喰われてる。
月代が角都を取り込もうとしたときと同じように。
「!」
はっとしたオレはすぐに離れようとしたが、遅かった。
手の甲から無数の手が飛びだし、オレの体をつかんだ。
「うぐっ」
取り込まれそうになったとき、
ズバン!!
大量のクナイが飛んできて、無数の手を手の甲の根元から切り取った。
朱鬼から切り離された無数の手は銀色の血へと液化し、地面に付着した途端、気化した。
「!?」
「……………」
はっと振り返ると、右手をかざしたままのミツバが立っていた。
「おまえ…」
「火遁・頭刻苦」
ゴオ!!
角都の前に背を向けて飛びだした頭刻苦が口から炎を吐いた。
朱鬼の髪を燃やし、髪の毛まみれの飛段が地面に落ちる。
「あちちち!;」
燃える朱鬼の髪を急いで両手で引き剥がした。
「オレごと燃やす気か!;」
助けてもらっておいて、飛段は角都に怒鳴った。
「喰われるか、燃やされるか、どちらがマシか考えろ」
角都の言葉に飛段は少し黙ったあと、
「そりゃ、燃やされる方が…」
「オレはどっちも嫌だ!;」
選択肢から拒否するべきだ。
飛段は立ち上がり、月代に駆け寄った。
「おい!」
半身を抱き起こし、月代の具合を窺う。
呼吸はしているようだが、顔が真っ青である。
驚いたのは、右腕が人間の腕に戻っていたことだ。
朱鬼が体から出たからなのだろう。
それならおそらく、左目も元の色に戻っているはずだ。
「人間如きが…!!」
朱鬼が飛段に振り返り、殺気を纏った瞳で睨みつける。
飛段は月代に背を向け、三連鎌を構えた。
うまく血を採取して儀式をする気だ。
オレは無数の手が液化した時のことを思い出し、ゾッとした。
あれは全て真血だった。
あんなものを一滴でも摂取すれば、飛段の体がどうなるかわかったものではない。
「やめろ!!」
オレは背中から新たな夢魔を引き抜き、飛段の三連鎌の刃を受け止めた。
「奴の血は特別だ! 絶対に取り込むな!」
「特別ゥ? だったらどうす…」
オレの背後をはっと見上げた飛段は言葉を切った。
オレは肩越しに振り返り、大口を開けてこちらに迫りくる朱鬼を見る。
「!!」
夢魔を構えたが、その前に朱鬼の動きが止まった。
口を開けたまま。
なにかが朱鬼の顔を締め付けている。
角都の地怨虞だ。
「角…」
朱鬼の背後を見た途端、オレは目を見張った。
角都の全ての縫い目から地怨虞が溢れ出ていたからだ。
頭巾と額当てが音を立てて角都の足下に落ちる。
「時間の無駄だ。とっとと終わらせるぞ」
頼もしい言葉だ。
角都が押さえてくれている間、オレは朱鬼に切りかかった。
上あごに夢魔を突き刺したが、手の甲に刺した時と同じように、取り込まれてしまった。
「チッ!」
引き抜くことを諦め、舌を打って夢魔から手を放し、朱鬼から離れて飛段の隣に並んだ。
飛段は月代を肩に担いでいる。
「また持っていかれた!」
苛立ち気味に言って、オレは背中から新たな夢魔を引き抜いた。
夢魔はオレの血でできているため、あまり使うと血がなくなってしまう。
己が貧血を起こしかけているのがわかる。
「どいて」
声をかけたのは、朱鬼の背後に立つミツバだった。
右腕を振り上げてから勢いよく振り下ろすと、大量のクナイが雨のように朱鬼の真上に降り注いだ。
オレと飛段は巻き添えを食らいそうになり、飛び退いた。
「ぐぅぅぅぅ!!」
朱鬼が大きく仰け反り、引っ張られそうになった角都は地怨虞を解いて飛び退いた。
「効いてるのか!?」
飛段は声を上げたが、
「違う! 離れろ!」
朱鬼の口角が吊り上がったのを見たオレは、その場にいる全員に怒鳴った。
同時に、朱鬼の体からクナイが飛び出した。
死角はない。
角都は体を硬化させ、飛段はクナイが飛んでくる方向に背を向けて月代を庇う。
オレは咄嗟にミツバの前に飛びだし、夢魔を振るってクナイを弾き、庇った。
だが、全部弾けるわけがなかった。
「いっ!」
両脚に3本ずつ、腹と右胸に1本ずつ突き刺さった。
片膝をつきそうになるのを耐える。
「なぜ、庇う?」
ミツバの問いに、オレは背を向け、体に刺さったクナイを抜きながら答える。
「さっきのカリ返しただけだ」
逆に、なんでこいつが最初にオレ達を助けたのかが気になる。
「おい、飛段、大丈夫か!?」
「大丈夫に見えるかよ!? スッゲー痛ェんだぞ!!」
背中のクナイを引き抜きながら喚いた。
オレは朱鬼を見上げる。
取り込んだものをそのまま返すこともできるのか。
夢魔とクナイは使えない。
飛段の鎌も使えるかどうか…。
「ミツバ、取り込まれたクナイを操ることは?」
体内をズタズタにされたら、朱鬼といえどたまったものではないだろう。
しかし、ミツバは首を振った。
「血肉に遮断されたらムリ」
オレは小さく「そうか」と返す。
「―――となると…」
オレは角都に視線を移した。
角都はオレを一瞥し、行動に出る。
圧害と頭刻苦は角都の体に戻り、両肩に顔を出した。
2匹を取り込み、地怨虞の量がさらに増加する。
「風遁・圧害! 火遁・頭刻苦!」
両肩の2匹は同時に攻撃を放った。
炎の暴風が朱鬼を襲う。
ゴウ!!
直撃だ。
「やったか!?」
飛段が声を上げた。
体のところどころから焦げ臭いにおいを放つ朱鬼が、黒煙から姿を現す。
ダメージは与えているようだが、余計に怒らせてしまったようだ。
「我にとって、餌であり、脆く愚かな人間如きが…、この我に、なにをした!!?」
朱鬼の、耳をつんざくほどの咆哮がビリビリと、空間と体に響く。
朱鬼の体から出てきた無数の人間の手が、塊となって地に落ち、蠢いた。
サイズは頭刻苦達と同じくらいだ。
その姿は、とても気味悪いものだ。
「んだこりゃァ!? 気持ち悪ィ! 来んじゃねえ!!」
飛段は鎌を振り回し、近づいてくる無数の手の塊を切り裂く。
しかし、塊は分裂してまた蠢きだす。
オレも切りつけるが、こちらも分裂された。
「!?」
無数の手の塊の中心から、朱鬼が顔を出し、ワンバウンドしていきなりこちらに飛びかかってきた。
避けようと動いたが、塊から手が伸びてきて、首をつかまれる。
そして、オレと飛段とミツバが押し倒され、押さえつけられた。
「ぐぅああ!!」
押しのけようとしたら、腹に噛みつかれた。
飛段は左肩を噛みつかれ、ミツバは左脚に噛みつかれている。
鋭い歯が深くオレの体に食い込んだ。
「我の分身に喰われてしまえ」
朱鬼はこちらを見下ろし、せせら笑った。
そうしている間にも、朱鬼の体から塊達が湧いて出てきている。
このままでは、オレ達は食い散らかされてしまうだろう。
「火遁・頭刻苦!」
頭刻苦の口から炎が吐きだされ、塊達が黒焦げの塊へと変わり、動かなくなる。
「火に弱いのか…」
オレは呟き、膝で腹の上にのっていた塊を蹴りあげた。
その勢いで、腹の肉を少し持っていかれる。
「ぎっ…」
腹から血が噴き出し、激痛に耐えながら印を結ぶ。
「この術を使う機会が欲しかったんだ。オレのオリジナルなうえに、実戦で使うのは初めてだから、自信ねえけどよ!」
オレの周りに青い炎がいくつか灯り、形をつくる。
それはコウモリの形となった。
「鬼火…」
無数の手をかわしながら角都が呟いた。
飛段とミツバの体が食い千切られる前に印を結び終え、オレは術を発動させる。
「“火遁・鬼炎”!!」
炎のコウモリ達が一斉に塊達に突っ込む。
塊に触れた瞬間、炎のコウモリは塊を包み、焼き尽くした。
飛段とミツバに圧し掛かっていた塊達も黒焦げの塊と化す。
朱鬼の分身を焼き尽くしたあと、オレ達は一か所に集まった。
角都はオレと飛段の傷口を地怨虞で縫合する。
腹にチクチクとした痛みが走った。
オレはチラリとミツバを見る。
出血していたが、オレ達ほどじゃない。
ただ、飛段との戦いで重傷を負っていたため、真っ直ぐに立つこともできず、貧血気味な表情を浮かべていた。
戦うためのチャクラはもう残っていないだろう。
「角都、飛段…」
オレは2人に耳打ちした。
それを聞いた2人はこちらを驚いた目で見る。
「それでうまくやれんのかよ? おまえ、ヘタしたらヤバくねえか?」
「ヤバいことなんざひとつもねえって。おまえらがいるからな」
オレは口元を緩ませる。
飛段は後頭部をガシガシと掻きながら、「そう言われちゃあな…」と作戦にのってくれる。
目が合った角都も頷いてくれた。
「てめーは預け係だ。隅っこで見物してろ」
飛段はミツバに月代を渡した。
ミツバは飛段を怪訝そうに見つめる。
「殺したり逃げたりしたら、今度こそ、マジ本気で殺すぞ」
ミツバはわずかに頷いたあと、月代を抱えて後ろに下がった。
オレ達3人は朱鬼に振り返る。
「やはり…、贄を喰わねば、思うようにはいかん…」
「言い訳けっこうだ。そんな理由で、オレ達はてめーの喰いモンになる気は血の一滴もねーよ」
オレが言い放つと、朱鬼は屈辱のあまり怒りで体を震わせた。
「増殖されても面倒だ。ここで、血の夢見てもらおうか」
攻撃を仕掛けられる前にオレ達は行動する。
「ヨル!」
三連鎌を構えた飛段が声をかけ、オレはその三連鎌の刃に飛びのる。
「まだ我に刃向かう気か!? …!?」
朱鬼は動きを止めた。
いや、止められた。
オレが飛段の三連鎌に飛びのったときに、角都は一瞬で朱鬼の背後に回り込み、地怨虞を伸ばして朱鬼の体を縛って動きを封じた。
「かまして…きやがれェ!!」
飛段は一回転して勢いをつけ、三連鎌を振るってオレを朱鬼へ向けて飛ばす。
オレがかますのは鬼炎ではない。
頭刻苦のほどの威力がないからだ。
「ぐ…っ、ぁあああ!!」
背中の痛みとともに、背中の服が破れる音を聞いた。
オレの背中に、4組の夢魔が生えたからだ。
「圧害!」
角都の肩から離れた圧害が背後に飛んできた。
角都が術を発動する。
「風遁・圧害!」
暴風と共に、オレは回転と勢いをつける。
「闇で醒めろ」
ボッ!!
そして、朱鬼の胸の中心を貫いた。
ぽっかりと朱鬼の胸に大きな穴が空き、角都に地怨虞を解かれた朱鬼の体はそのままうつ伏せに倒れ、地響きが起きる。
「はぁっ、は、は…」
息を弾ませ、後ろに倒れかけた。
だが、肩に手を回され、支えられる。
「決めたんなら、フラついてねえで最後までカッコ決めろよ、バーカァ」
「飛段…」
「てめーの勝ちだ」
違う。
オレ“達”の勝ちだ。
オレは飛段に肩を貸されながら、角都のもとへと向かう。
「角都ゥー」
角都は圧害と頭刻苦を背中にしまっていた。
こちらを見た角都は、はっとする。
オレと飛段は角都がなにに驚いたのかわからなかった。
そこでオレ達はようやく背後の殺気に気付いたのだ。
飛段よりも先に肩越しに振り向いたオレは目を見張った。
うつ伏せになったままの朱鬼が、こちらを見下ろし、睨んでいたからだ。
ゴボッ!
口からなにか吐きだされると同時に、オレ達は突き飛ばされた。
突き飛ばしたのは、角都だった。
「「角都!」」
オレ達は同時に叫び、地面に転がる。
吐かれた液体を角都はすぐに避けようと飛び退いたが、右肩にかかってしまった。
液体の色を見たオレははっとした。
液体の正体は、真血だ。
最後の気力だったのか、朱鬼は再び倒れ、赤い塵と化した。
「か…、角都…?」
「ぐ…っ」
異変はすぐに起きた。
角都は前のめりになって呻き声を漏らしたあと、カッと目を見開き、縫い目からは地怨虞が溢れだす。
「角都!?」
「近づく…な…!」
飛段が近づこうとしたとき、角都は左手で己の胸を押さえ、右手でこちらを制した。
地怨虞は不気味にうねり、角都の体から出たり入ったりを繰り返す。
角都は呼吸を荒くし、抑え込むのに必死だ。
「オレの…中で…、うぐっ、なにか…! 体が…、焼ける…!」
オレの耳に、角都の心臓が跳ねあがる音が聞こえた。
血の流れも激しい。
オレが真血を与えた時と同じだ。
朱鬼の吐きだした真血が、地怨虞から角都の体に入り込んだのか!?
右肩にかかったとき、地怨虞にも付着したのを思い出す。
「ぐぅぅっ!」
背中の縫い目がブチブチと破れ、地怨虞が一気に溢れだし、角都を飲み込もうとする。
「オレから…、離…っれろ…!」
オレの中に、焦燥感が押し寄せた。
オレが駆け寄ろうとしたとき、先に飛段が動いた。
「角都!」
飛段は角都に駆け寄ると、背中の地怨虞を押さえつけようとした。
される前に角都は飛段を突き飛ばす。
「来るな!」
尻餅をついた飛段だが、すぐに立ち上がって再び角都に駆け寄った。
必死な形相で。
角都は飛段の顔を殴って阻止しようとするが、飛段は吹っ飛ぶことなく踏みとどまり、角都の右腕の縫い目をつかんで地怨虞の漏洩を止めようとする。
角都は右腕を払おうとするが、右腕を動かそうとすると地怨虞の漏洩はより一層激しくなる。
「やめろ…、飛段…! 死ぬぞ…!」
「だから、それをオレに言うかよ…、角都ゥ!!」
弾けるように、地怨虞がどっと溢れだし、2人を飲み込んだ。
.