17:己の朱に染まり
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*ヒル
行く当てもないヒルに、彼女は「一緒に行こう」と誘ってきた。
最初は断っていたヒルも、あまりのしつこい誘いに「わかりました」と頷くほかなかった。
いつかその血を啜ってやると決めて。
見世物小屋を開幕しているとき、ヒルは手伝いをやらされていた。
見世物小屋の組み立て、小道具の整理、手品の手伝いなど。
なぜこのヒルが、と不平を言ったものだ。
旅をしている間、彼女に手品を教わっていた。
簡単そうに見えて意外に難しく、嫌々ながら習っていたヒルも、習っているうちにそれを面白いと思い始めた。
種が滑稽だったから、という理由もある。
その日も、見晴らしのいい草原で休憩をしている間に、荷台に腰掛けながら、手品を教わっていた。
「違う違う。タイミングも大事なんだからね」
彼女が最初に見せた、コブシから花を咲かせる手品をやろうとしたが、花は勝手にヒルのコブシの中で潰れてしまうばかりだ。
これも意外に難しい手品のひとつだった。
「うまくいきませんねぇ…」
ふと、彼女がヒルの顔を覗いていることに気付いた。
「なんですか?」と訝しげに尋ねると、彼女は「う~ん」と唸ったあと呟くように言う。
「笑顔がない…」
「は?」
彼女はヒルの顔を指さし、今度はきっぱりとした声で言う。
「笑顔! 一番重要な笑顔がない!」
「笑顔…ですか…?」
一番重要な意味がわからない。
ヒルの心を読みとったかのように彼女は答える。
「無表情じゃ、どんなに上手な手品をやってもお客さんは笑ってくれないよ。はい、やって」
突然笑顔を要求され、ヒルは戸惑いながらも笑顔を作ってみる。
口角を吊り上げればいいものかと思っていたが、彼女は驚いたように仰け反った。
「怖っ!!」
「!」
はっきり「怖い」と言われたのは初めてだった。
意外に傷つくものだ。
「なにか企んでるみたいで怖いよ。ほら、ちゃんと口角上げて、目も笑って、眉は寄せないで」
彼女はヒルの両頬をつねる。
「つねらないでください…」
痛みを訴え、彼女は「はいもう一度」とヒルの頬から手を放し、再び笑顔を要求した。
もう一度やってみる。
ピキ…ッ
普段使わない筋肉が音を立てた。
「うーん、ぎこちないけど…、ぷっ。 逆に笑える」
彼女は口に手を当てて笑いを抑えていたが、ヒルの顔を見つめるうちに我慢できずに腹を抱えて笑いだす。
「……………」
ヒルは黙ったまま睨みつけた。
慣れない顔をしたせいか、普段の表情に戻れなかった。
「大体、ヒルには笑顔なんて向いてません」
それを聞いた彼女は、笑いすぎで浮かべた涙を人差し指で拭って言う。
「あのねぇ、笑顔に向き不向きなんてないの。人間なら誰でもできる」
「…ヒルは人間ではありません」
「なにそれ、ウケ狙い? ヘッタクソだなー」
クスクスと笑う彼女に、ヒルは「だから…」と苛立ち混じりに言い返そうとした。
「ヒルはどこからどう見ても人間だよ」
「血を啜る、口から槍や蛭を出す、目が朱になる、怪我をしてもすぐに治る。それのどこが人間なのですか?」
それを彼女は全て目撃している。
もう朱族の秘密を隠す必要はないのだから殺しはしなかった。
見た彼女は怖がる顔もせず、「凄いね」とか「どうなってるの?」と言っただけだった。
「それがなに? 喋る、食べる、寝る、笑う、怒る、泣く…ところは見たことないけど、人間らしさってそれだけで充分じゃない」
「……………」
どう言い返そうかと迷っていると、彼女は手を2回叩いた。
「はい、手品の練習より、笑顔の練習! いつか本番でやってもらうんだからね」
「なに勝手に決めてるんですか。だからつねらないでください」
この姿を見ても、あなたは「人間だ」と言ってくれますか?
.
行く当てもないヒルに、彼女は「一緒に行こう」と誘ってきた。
最初は断っていたヒルも、あまりのしつこい誘いに「わかりました」と頷くほかなかった。
いつかその血を啜ってやると決めて。
見世物小屋を開幕しているとき、ヒルは手伝いをやらされていた。
見世物小屋の組み立て、小道具の整理、手品の手伝いなど。
なぜこのヒルが、と不平を言ったものだ。
旅をしている間、彼女に手品を教わっていた。
簡単そうに見えて意外に難しく、嫌々ながら習っていたヒルも、習っているうちにそれを面白いと思い始めた。
種が滑稽だったから、という理由もある。
その日も、見晴らしのいい草原で休憩をしている間に、荷台に腰掛けながら、手品を教わっていた。
「違う違う。タイミングも大事なんだからね」
彼女が最初に見せた、コブシから花を咲かせる手品をやろうとしたが、花は勝手にヒルのコブシの中で潰れてしまうばかりだ。
これも意外に難しい手品のひとつだった。
「うまくいきませんねぇ…」
ふと、彼女がヒルの顔を覗いていることに気付いた。
「なんですか?」と訝しげに尋ねると、彼女は「う~ん」と唸ったあと呟くように言う。
「笑顔がない…」
「は?」
彼女はヒルの顔を指さし、今度はきっぱりとした声で言う。
「笑顔! 一番重要な笑顔がない!」
「笑顔…ですか…?」
一番重要な意味がわからない。
ヒルの心を読みとったかのように彼女は答える。
「無表情じゃ、どんなに上手な手品をやってもお客さんは笑ってくれないよ。はい、やって」
突然笑顔を要求され、ヒルは戸惑いながらも笑顔を作ってみる。
口角を吊り上げればいいものかと思っていたが、彼女は驚いたように仰け反った。
「怖っ!!」
「!」
はっきり「怖い」と言われたのは初めてだった。
意外に傷つくものだ。
「なにか企んでるみたいで怖いよ。ほら、ちゃんと口角上げて、目も笑って、眉は寄せないで」
彼女はヒルの両頬をつねる。
「つねらないでください…」
痛みを訴え、彼女は「はいもう一度」とヒルの頬から手を放し、再び笑顔を要求した。
もう一度やってみる。
ピキ…ッ
普段使わない筋肉が音を立てた。
「うーん、ぎこちないけど…、ぷっ。 逆に笑える」
彼女は口に手を当てて笑いを抑えていたが、ヒルの顔を見つめるうちに我慢できずに腹を抱えて笑いだす。
「……………」
ヒルは黙ったまま睨みつけた。
慣れない顔をしたせいか、普段の表情に戻れなかった。
「大体、ヒルには笑顔なんて向いてません」
それを聞いた彼女は、笑いすぎで浮かべた涙を人差し指で拭って言う。
「あのねぇ、笑顔に向き不向きなんてないの。人間なら誰でもできる」
「…ヒルは人間ではありません」
「なにそれ、ウケ狙い? ヘッタクソだなー」
クスクスと笑う彼女に、ヒルは「だから…」と苛立ち混じりに言い返そうとした。
「ヒルはどこからどう見ても人間だよ」
「血を啜る、口から槍や蛭を出す、目が朱になる、怪我をしてもすぐに治る。それのどこが人間なのですか?」
それを彼女は全て目撃している。
もう朱族の秘密を隠す必要はないのだから殺しはしなかった。
見た彼女は怖がる顔もせず、「凄いね」とか「どうなってるの?」と言っただけだった。
「それがなに? 喋る、食べる、寝る、笑う、怒る、泣く…ところは見たことないけど、人間らしさってそれだけで充分じゃない」
「……………」
どう言い返そうかと迷っていると、彼女は手を2回叩いた。
「はい、手品の練習より、笑顔の練習! いつか本番でやってもらうんだからね」
「なに勝手に決めてるんですか。だからつねらないでください」
この姿を見ても、あなたは「人間だ」と言ってくれますか?
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