16:悲鳴という拍手を
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*ヒル
鬼化しかけたユウと死闘を終えたあと、ユウを置き去りにしたヒルは重傷の状態で山を下りた。
途中でクマを殺して血を啜って血を取り込んだが、損傷が激しいのか傷の治りが遅い。
終いには広い丘の木に背をもたせかけて座り込むありさまだった。
意識は朦朧とし、呼吸も苦しい。
体のあちこちが切り傷だらけで、腹には大きな穴が空いていて、左肩も半分以上が引き裂かれていた。
人間ならとっくの昔に死んでいる。
今の状態を見た人間は「バケモノ」と叫び声を上げながらヒルに石を投げるだろう。
そう思っていた。
「!」
いきなり、目の前に突き出されたコブシから白い花が咲いた。
造花なのか、花の匂いはしない。
「そこのお兄さん、そんなケガじゃ、みんな怖がっちゃうよ」
いつの間にか、両目を仮面で覆った女がヒルの目の前でしゃがんでこちらを怯えることもなく見つめていた。
気配にも匂いにも気付けないくらいヒルは体力を消耗していたようだ。
目の前の美味そうな血を啜ってやろうかと考えたが、見慣れない笑顔を向けられているせいかタイミングがつかめない。
純粋な笑顔とはこのことを言うのだろう。
朱族と父上以外の者がヒルに向ける顔といえば、苦痛や恐怖に歪んだ顔だ。
「…放っておいてください」
殺すことも血を啜ることもせず、冷たく言って目を逸らす。
仮面の女はそれを許さず、ヒルの目線を追いかけるように顔を覗きこんでくる。
「ダメダメ。この近くでショーするんだから」
「ショー?」
長く生きているが、その意味自体がわからなかった。
「手当てしてあげるから、見世物小屋においで」
仮面の女はヒルの手をとり、それを自分の肩に回した。
もう片方の手でヒルの腰を支えて立ち上がらせる。
「ちょっと…」
振り解こうとしても血が足りないせいで力がこもらない。
暴れれば余計に体力を消耗してしまう。
だからヒルは途中で仮面の女から離れることを諦めた。
小さな見世物小屋とやらに着いて手当てを受けたあとはその血を啜ってやろうと到着するまで計画を立てておいたのに、その手当ての酷さと言ったら最悪だった。
いきなり消毒だと言いだして酒をかけられ、激痛を覚えるほど体全体を包帯できつく巻かれてしまった。
血の流れが止まりそうだ。
自分のことでいっぱいいっぱいで、再び血を啜るタイミングを失ってしまう。
仮面の女は「舞台袖から見ててね」と言ったあと、恥じらいもなくいきなり目の前でおかしな格好に着替え始め、舞台袖から舞台へと上がっていく。
外は里中の人間が集まっているようだった。
仮面の女が舞台から出ると、拍手とともに迎えた。
ヒルは言われた通り、舞台袖から立ち見する。
舞台の真ん中に立った仮面の女は挨拶をしたあと、見世物を始めた。
袖から数羽の鳥を飛ばしたり、数十本のクナイをおてだまのように操ったり、糸の上を器用に渡ったり、たまにわざとらしい失敗をしてみたり、客の子供を呼んで見世物の手伝いをさせたり。
ひとつひとつの見世物が終わったり、やっている最中も、客は拍手を送ったり、笑ったりしていた。
仮面の女も、男も、女も、子供も、年寄りも、色んな人間が笑っている。
なんてくだらないのだろう、とヒルは思った。
くだらないはずなのに、いつの間にかヒルも笑っていた。
人間と同じように。
*****
見世物が終わり、普通の服に着替えた仮面の女は見世物小屋の片付けをしていた。
なぜかヒルも手伝わされていた。
木材や椅子などを荷台に積んでいく。
「なぜ見世物を?」
木材を運びながら、ふとヒルは荷台で荷物をまとめている仮面の女に尋ねた。
「趣味みたいなモンだね」
「あんなにくだらないのに…」
てっきり怒鳴るかと思ったが、仮面の女は逆に笑った。
「はははっ。いーのいーの。それでも、あんなにくだらないことで笑ってくれる人もいる。たった一人分の笑いでも、あたしは満足できる」
その顔はとても嬉しそうだ。
「笑ってなんになるんです?」
人間の感情の中のひとつではないか。
「わからないかな? 馬鹿馬鹿しくなるんだよ。考えてみなよ。世界中の人間が全員笑えば、戦争も馬鹿馬鹿しくなるでしょ? 笑いってけっこう凄いでしょ?」
今はどこでも戦争は起きている。
つい先日、その惨状に出くわしたばかりだ。
「どれだけ笑おうが、戦争はなくなりませんよ」
だから、ヒル達は作られた。
「確かに戦争は甘くない」
仮面の女は、顔につけた仮面をとった。
仮面の下には大きな火傷があった。
左目の焦点が合っていない。
戦火にやられてしまったのだろうか。
「だけどあたしは、やめないし、逃げない」
右目の強い眼差しがこちらを見つめていた。
その瞳が再び仮面に覆われる。
「あとで人の笑わせ方、教えてあげるね」
嫌だとは言わせてくれないのだろう。
.
鬼化しかけたユウと死闘を終えたあと、ユウを置き去りにしたヒルは重傷の状態で山を下りた。
途中でクマを殺して血を啜って血を取り込んだが、損傷が激しいのか傷の治りが遅い。
終いには広い丘の木に背をもたせかけて座り込むありさまだった。
意識は朦朧とし、呼吸も苦しい。
体のあちこちが切り傷だらけで、腹には大きな穴が空いていて、左肩も半分以上が引き裂かれていた。
人間ならとっくの昔に死んでいる。
今の状態を見た人間は「バケモノ」と叫び声を上げながらヒルに石を投げるだろう。
そう思っていた。
「!」
いきなり、目の前に突き出されたコブシから白い花が咲いた。
造花なのか、花の匂いはしない。
「そこのお兄さん、そんなケガじゃ、みんな怖がっちゃうよ」
いつの間にか、両目を仮面で覆った女がヒルの目の前でしゃがんでこちらを怯えることもなく見つめていた。
気配にも匂いにも気付けないくらいヒルは体力を消耗していたようだ。
目の前の美味そうな血を啜ってやろうかと考えたが、見慣れない笑顔を向けられているせいかタイミングがつかめない。
純粋な笑顔とはこのことを言うのだろう。
朱族と父上以外の者がヒルに向ける顔といえば、苦痛や恐怖に歪んだ顔だ。
「…放っておいてください」
殺すことも血を啜ることもせず、冷たく言って目を逸らす。
仮面の女はそれを許さず、ヒルの目線を追いかけるように顔を覗きこんでくる。
「ダメダメ。この近くでショーするんだから」
「ショー?」
長く生きているが、その意味自体がわからなかった。
「手当てしてあげるから、見世物小屋においで」
仮面の女はヒルの手をとり、それを自分の肩に回した。
もう片方の手でヒルの腰を支えて立ち上がらせる。
「ちょっと…」
振り解こうとしても血が足りないせいで力がこもらない。
暴れれば余計に体力を消耗してしまう。
だからヒルは途中で仮面の女から離れることを諦めた。
小さな見世物小屋とやらに着いて手当てを受けたあとはその血を啜ってやろうと到着するまで計画を立てておいたのに、その手当ての酷さと言ったら最悪だった。
いきなり消毒だと言いだして酒をかけられ、激痛を覚えるほど体全体を包帯できつく巻かれてしまった。
血の流れが止まりそうだ。
自分のことでいっぱいいっぱいで、再び血を啜るタイミングを失ってしまう。
仮面の女は「舞台袖から見ててね」と言ったあと、恥じらいもなくいきなり目の前でおかしな格好に着替え始め、舞台袖から舞台へと上がっていく。
外は里中の人間が集まっているようだった。
仮面の女が舞台から出ると、拍手とともに迎えた。
ヒルは言われた通り、舞台袖から立ち見する。
舞台の真ん中に立った仮面の女は挨拶をしたあと、見世物を始めた。
袖から数羽の鳥を飛ばしたり、数十本のクナイをおてだまのように操ったり、糸の上を器用に渡ったり、たまにわざとらしい失敗をしてみたり、客の子供を呼んで見世物の手伝いをさせたり。
ひとつひとつの見世物が終わったり、やっている最中も、客は拍手を送ったり、笑ったりしていた。
仮面の女も、男も、女も、子供も、年寄りも、色んな人間が笑っている。
なんてくだらないのだろう、とヒルは思った。
くだらないはずなのに、いつの間にかヒルも笑っていた。
人間と同じように。
*****
見世物が終わり、普通の服に着替えた仮面の女は見世物小屋の片付けをしていた。
なぜかヒルも手伝わされていた。
木材や椅子などを荷台に積んでいく。
「なぜ見世物を?」
木材を運びながら、ふとヒルは荷台で荷物をまとめている仮面の女に尋ねた。
「趣味みたいなモンだね」
「あんなにくだらないのに…」
てっきり怒鳴るかと思ったが、仮面の女は逆に笑った。
「はははっ。いーのいーの。それでも、あんなにくだらないことで笑ってくれる人もいる。たった一人分の笑いでも、あたしは満足できる」
その顔はとても嬉しそうだ。
「笑ってなんになるんです?」
人間の感情の中のひとつではないか。
「わからないかな? 馬鹿馬鹿しくなるんだよ。考えてみなよ。世界中の人間が全員笑えば、戦争も馬鹿馬鹿しくなるでしょ? 笑いってけっこう凄いでしょ?」
今はどこでも戦争は起きている。
つい先日、その惨状に出くわしたばかりだ。
「どれだけ笑おうが、戦争はなくなりませんよ」
だから、ヒル達は作られた。
「確かに戦争は甘くない」
仮面の女は、顔につけた仮面をとった。
仮面の下には大きな火傷があった。
左目の焦点が合っていない。
戦火にやられてしまったのだろうか。
「だけどあたしは、やめないし、逃げない」
右目の強い眼差しがこちらを見つめていた。
その瞳が再び仮面に覆われる。
「あとで人の笑わせ方、教えてあげるね」
嫌だとは言わせてくれないのだろう。
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